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マーダーミステリー界隈における「生成AI画像ツール」騒動、あるいはここ数日で覗いてしまった深淵について


現代の寓話

私は街のしがないラーメン屋です。「街の美味しいラーメンコンテスト」で入賞できたので、とても喜んでいました。

そしたら、近くで別のラーメン屋をやっている、入賞した別の人が「このコンテストではラーメンにエビフライが乗ってるようなゲテモノがウケる」と言い放ちました。

私はとても苛立たしかったですが、その人は続けて、「そのエビフライは発展途上国の子供達を酷使して生産した、道徳的に悪の食べ物だから、この街のラーメン屋全てに即刻使用をやめさせろと市長に直訴した! やめさせないなら私はこの街を出ていく!」と言い出しました。

私は「なんだその言い草は!それに私はエビフライなんか入れてないし、そもそも酷使してる根拠はなんだ!」と反論しました。

するとその人は急にしおらしくなり、「すみません私、他人をすぐイラ立たせてしまうみたいで……。不快でしたら私を無視してください。直訴の件はポーズです」と言い出しました。酷使の根拠は結局よく分かりませんでした。

なんだそれはと思いつつも無視しようかと思いましたが、どうもその人のラーメン屋の出入り業者を見ると、箱に「TNT」とか、「ダイナマイト」といった物騒なラベルが貼ってあるように見えます。それから、そのラーメン屋の友達が「この街の他のラーメン屋はみんなナチ野郎だ」と言い出し、その人も共感しているようです。

ふざけるなと思って抗議しようと思った矢先、そのラーメン屋のお仲間らしき人たちがゾロゾロと集まってきました(見た感じ、ちょっと目つきがおかしいです……)。

その人たちは、いきなりあからさまな罵声を浴びせてきたり、「お前が使ってるラーメンの調理器具は全ての人類を脅かす!」と言い出したり、「世界的に有名なパスタ屋のポール・マッカーロニーさんもお前の調理器具が許せないと言ってるぞ!」などと言い出しました。

そもそも何がそんなに問題なの? と聞くと延々とはぐらかされます。ちなみに私の常連のお客さんは、「お前みたいなインプレッションが低いくせに青バッジ付けてるような奴に発言する資格は無い!」などといった凄まじい罵声を延々と浴びることになりました。

私は身の危険を感じたので、お店に閉じこもって身を守ることにしました。おしまい。

寓話「街の美味しいラーメンコンテスト」

「技術論争」ではなく、「宗教戦争」だった

自己紹介

改めまして、「もっくん」と申します。

これまで、UZUで7人用シナリオを3作品リリースしました。そのうちの一つ「FALLENDES REICH(ファレンデスライヒ)ー狂気の帝国にてー」がUZUアワード2024年下半期の戦略性部門に入賞できました。その節はまことにありがとうございました。とても嬉しかったです。

という話が遠い昔のように感じるくらい、非常に濃密な深淵をこの一週間で覗いてしまうことになりました……。

起こったこと(私の視点)

事の顛末をご存じない方や、マダミス界隈以外の方のために、まずここ一週間で起こった事を簡単にまとめます(あくまで私視点でのお話になります。ご了承下さい)。

UZUアワードは3/2(日)夜に発表されましたが、入賞者の中に「ジャンナ」という作品を発表されている「mari sato」さんという方がいらっしゃいます。「mari sato」さんは、AI生成画像ツールと、それにより生成された画像を使用することに批判的な方です。「mari sato」さんは、X(旧Twitter)にて、同日こう宣言しました。

「UZU作品で使用されているAI生成画像の総差し替えをUZU運営に求める。応じないのであれば、今後UZUにおける作品投稿を止める」

私は自作品にて、AI生成画像をかなり使用しています。そのためこの宣言はとても無視できないと考え、X(旧Twitter)にて抗議の投稿を行いました。思わぬことにかなりのインプレッションを稼ぎ注目されたようです(普段の投稿より1〜2桁多かったです)。私以外にも抗議・疑問の声を上げた方はたくさんいらっしゃいました。一方で、「mari sato」さんに共感する声も多かったようです。

こういった経緯により、いわゆる「マーダーミステリー界隈」において、AI生成画像利用の是非に関する論争が俄かに盛り上がることになりました。

「mari sato」さんが「総差し替え要求」はポーズであると投稿したこともあり、3/9現在では騒動は比較的落ち着いています。

なぜ「宗教戦争」と感じたか

「宗教戦争」という表現を不穏当だと感じる方もいらっしゃると思いますが、私が約一週間の間、「mari sato」さんの投稿と、それに接する過程で遭遇した、他の「AI懐疑派(「反AI派」は蔑称とのことなので、この記事では便宜的にこう呼称します)」の方々の投稿に接した結果、この例えはあながち間違っていないと考えています。以下がその理由です。

①「そもそも何が問題か」という根本理由がドグマ化している
騒動の間、私や他のX(旧Twitter)ユーザは「そもそも何を問題視しているのか」「それが何故問題なのか」といった問いを度々行いました。ですがそのような問いに対する回答はしばしば滞り、少し突っ込んだ質問をするとすぐに詰まったり、あまつさえ「今更そのような疑問を持つこと自体が勉強不足の現れだ」といった反応がありました。

私のような立場からすると、そもそも何故ここまで批判されるのか、よく分からないため、「教条主義的な印象」や「対話不能感」を抱くことになります。

②AI利用者に対するあからさまな罵声・侮辱が見られる
ここ一週間程度で私がX(旧Twitter)でAI懐疑派の方々と接した限りでは、「AI利用者を幼児に見立てる表現」「5ちゃんねる的な、相手を嘲笑することが目的化した受け答え」「露骨な罵倒語の使用」「人格攻撃」など、明らかにバランス感覚を欠いているとしか思えない表現が多数ありました。

これは私が「店に立てこもって身を守る」ことにした主要な理由です。将来的に、脅迫や実害を被ることになるのではないかと危惧しました。

③権威主義的傾向
著名人の記事の引用に頼るケースが散見されます。また、それらは実際のところは無内容です。

一例として、私が実際に遭遇したポール・マッカートニーらの抗議活動の記事を紹介します。引用者は「危険性を訴える記事」と仰っていましたが、どう危険かといった根拠に乏しいです。これは①で言及した「ドグマ化」にも当てはまります。
https://www.jiji.com/sp/article?k=2025022600701&g=int

④極論の多用
私が実際に遭遇した表現として、「X(旧Twitter)が全ての画像の権利を奪うことを発表した」「生成AIはあらゆる人間を脅やかす」といった、およそ事実とは異なったり、事態を過剰に誇張しているとしか思えないものが散見されました。

⑤一方的で過剰な要求の押し付け
「AI生成画像の総差し替え」といった、多くの作家を巻き込む過剰な要求が突然行われました。これは「CO2は危険だから化石燃料を即時使用停止せよ」といった、過激な環境活動家たちの主張に似ています。

⑥AI利用者側の印象操作・悪魔化
「ナチス比喩」に遭遇しました。これは後述します。

こういった姿勢から読み取れるのは、

「自分たちが100%正しく、相手が100%悪い」
「だから我々には理由を説明する義務が無い。それは不勉強な異端者が、自ら悟るべき問題である」
「相手が100%悪いのだから、何を言っても(やっても?)構わない」

といった、排他的な態度です。世間ではこういった態度は、「宗教的」とか「原理主義的」とか、「過激派」などと呼ばれます。

私がタイトルに表現した「深淵」とは、一部のAI懐疑派(一部ですよね? 信じてますよ?)の、このように過激で先鋭化した態度を指しています。


AI生成画像ツールに対する様々な論点、批判に対する私の見解

私は別に専門家でも何でもない一個人に過ぎませんが、様々な「論点」「批判」に対する意見をまとめさせていただきます。比較的冷静で建設的な論点から、過激な主張に対するものまで広範ですが、よろしければご一読ください。

私個人のスタンス

  • 私自身は「AI推進派」というわけではありません。単にAI生成画像ツールを使っていただけの人です(「使ってたらそれはもう『推進派』だ」という意見が遠くから聞こえてきそうですが……)。

  • 私はUZUアワード発表当日の「AI生成画像総差し替え要求」に応じて、自衛のために一連の投稿をしました。なのでこの問題を延々と議論するつもりは全くありません。というかもう早くこの件から身を引きたいので、この記事を最後にAI関係の投稿を止めます。今度こそ止めます!

  • 私は専門家ではなく1ユーザです。なので、学術的に深い知見を持っているわけではありません。私の意見が学術的に完全に正しいなどとは思っていません。

  • 「AI生成画像ツールを取り巻く著作権問題は一切存在しない」などと考えているわけではないし、現行法に何ら問題がないと考えているわけでもありません。

  • しかし、だからと言ってAIの使用そのものを直ちに止めさせるといった要求は、非常に行きすぎたものだと考えます。

  • 私が本当に問題視しているのは、純粋な技術論争よりもX(旧Twitter)上で見られる一方的で過激な要求や感情的・先鋭的な意見、そして誹謗中傷です。

「マダミス作家は各作品にAI生成画像を利用しているかどうかを表記するべき」

別に良いと思います。UZU運営がそういう方針になれば従います。

「UZU運営はAI使用有無が分かるタグを作るべき」

別に良いと思います。UZU運営がそういう方針になれば従います。

「AI生成画像ツールは既存の著作権を侵害している」

まず、こういった意見は利用者より先に開発者や企業に対して発信するべきだと思います。

ですが、あえて私個人の意見を述べますと、AIのディープラーニングの結果、既存の著作権(特にAIツールへの利用に同意していない著作物の著作権)を侵害していないことを完全に証明することはできないと思います(そもそも、これは悪魔の証明に当たるので土台無理な話ですが)。

だからと言って、「完全に証明しきれない以上、そのようなツールは使うべきではない」というのは極端な意見と考えますので、私は同意できません。

「AIの『学習』と人間の『学習』は別物なので、同じ扱いをするべきではない」

X(旧Twitter)でも書きましたが、脳は有機物でAIは無機物なので、それぞれの「学習」の「原理」や「思考演算の仕組み」が違うのは当たり前だと考えます。

逆に言うと、原理や仕組みが違うとして、それがどうしたのかという話です。

要点は行為の同一性だと思います。人間も生まれてから膨大な著作物に接し、意識的にせよ無意識的にせよ影響を受け、画力向上のため模写などのトレーニングを行ったりします。私はここに人とAIの明確な違いを見出せないので、問題点も自ずと見出せないです。

「AI生成結果が他の著名作家の作品と似てしまった結果、意図せず他人の著作権を侵害する危険性がある」

X(旧Twitter)でも書きましたが、人間の創作の結果が他人と似てしまうことは十分にあり得ることです。創作結果が先行の創作物に類似していないかどうかは、人間も生成AIの利用者も同様に注意し、チェックすべきことです。

「AI生成画像ツールによって、既存のイラストレーターの需要が減少し、失職したり生活に困る可能性がある。可哀想だとは思わないのか」

可哀想だと思いますし、私が同じような立場に置かれればつらいと感じるでしょう。私個人も文芸についてそれなりのプライドを持っていますので、小説を作成するAIは怖いと感じています。

ですが、こういった意見の問題点は、「人類史(特に近現代史)は、そういった技術革新と既存産業の衰退の繰り返しだった」という視点が無いか、意図的に無視していることです。

人間のイラストレーターの需要の減少を悲観視する方は、まず「私たちが普段当たり前に使っているもの(例えばスマホとか車とか)は、かつて誰かが奪われたくなかった何かかもしれない」という視点に対する回答及び、なぜ世界はイラストレーターの需要のみを保護しなければならないのかという理由付けが必要です。

<補足>
「過去の産業は『創作』ではない」
→創作に関係するものもありました(例えば、「写真」の登場によって写実主義の絵画が衰退し、印象派絵画などが登場しました)し、創作ではない産業の喪失にも感情的な葛藤は伴います。
「本質は技術革新ではなく人権侵害」
→「AI生成画像ツールは既存の著作権を侵害している」で記述した件に収斂する問題だと考えます。

「AIと人間には性能差がある。だから同一視するべきではない」

上述と類似の問題と考えます。

また、性能でクリエイティビティを脅かすことは原理的に難しいとも考えます。

さらに付け加えると、この指摘は人間の天才にも当てはまってしまうので、「天才は凡人の需要を脅かしているから、規制するべきなのか?」という不毛な議論に発展するように思います。

「我々は何年も前からこの問題について討論を重ねてきた。なぜ今さらそんなことを説明しなければならないのか。勉強不足だ! 何度も投稿したじゃないか!」

X(旧Twitter)で発信者主義を押し付けるのは無茶です。

私たちはあなた方のファンでも、ネットストーカーでもありません。あなたたちの投稿を常日頃から逐一チェックしていたわけではありません。なので、普段あなたたちがどのような問題意識を持ち、討論を重ねてきたのか知る由もありません。

相手の行動変容を求めるなら、過激な手段ではなく、丁寧で段階的な手続きや根気強い説得を試みるべきです。でなければ、私が感じたような「宗教的」「原理主義的」な印象の再生産になるだけでしょう。

「マーダーミステリー界隈はAI画像に対する問題意識が薄い。遅れている! 〇〇界隈や△△界隈では……」

〇〇界隈や△△界隈が正しくて、マダミス界隈が間違っている根拠はなんでしょうか?

なお、私見ですがこの界隈は「問題意識が薄い」のではなく、あなたたちのような「過激派」に目をつけられて炎上するのが怖くて、表向き利用者側の意見が少なかったというのが実態だと思います。

「マイクロソフトのCEOやビートルズのポール・マッカートニーもAIを批判していたぞ!」

権威主義です。

「偉い人が言っていた」は根拠になりません。私はイーロン・マスクの引用をすればいいですか? 「より偉い人カード」をぶつけ合うカードゲームになるだけです。

まず自分の言葉で語ってほしいです。

「AI生成画像は、気持ち悪い! だから見たくない!」

そういう感覚や意見表明自体を止めるつもりはありません。ですがそういう作品やプラットフォームの存在まで否定する権利は無いので、見たくないのであれば離れていただくしかないです。最終的に不快だという方が大半になればそのコンテンツが廃れるだけです。

そもそも、そんな生理的な理由で他人の作品の存在自体を否定するのは無茶な話です。私がもし手書きイラストに「素人レベルのヘッタクソなイラスト見るの不快だから上げるんじゃねーよ!」と言えばそれも受け入れてもらえるのでしょうか?(例え話です。特定の絵を念頭に置いているわけではありません)。

おそらくほとんどの人は、「自分が不快だから、できれば消えてほしいもの」は多かれ少なかれ抱えています。ですが、だからと言ってみんながみんなそのような要求を始めると、最終的には人類が滅亡するのではないでしょうか。なのでみんな、生理的嫌悪感をある程度我慢して生きています。あなたたちも我慢して下さい。

ちなみに皆さんはボカロは好きですか? 私は好きです。でも、大嫌いな人もいるみたいですね。

「お前が使っているAI生成画像を全て差し替えろ!」

差し替えません。

あなた方が言っていることは、
「化石燃料の即時全面使用禁止を求める環境活動家」
「捕鯨船に衝角突撃する動物愛護団体」
「耳目を集めるために美術館の絵画にペンキをぶちまける活動家」
などと同様の、過激で行きすぎた要求だと考えます。

このような一方的で高圧的な要求に私は屈したくないし、UZU運営にも毅然とした態度を期待しています。

「AI生成画像ツールの利用を今すぐやめろ!」

やめません。詳しくは上述の通りです。

「AI生成画像ツールは、全ての人類を脅かす!」

本気で世の中を変えたいのなら、そのように過激で、事態を過度に誇張した表現は慎むことをお勧めします。ドン引きされるだけです。

また、本当にそこまで高い目的意識をお持ちなら、現代社会ではもっと差し迫った人権問題がたくさん発生していますので、こんな平和ボケした島国じゃなくて、チベット・ウイグルとか、パレスチナでその志を発揮することを強くお勧めします。

「とにかく嫌だからやめて! なんで分かってくれないの!? AI画像を見ると吐き気が……、_| ̄|○、;'.・ ウ、ウゲエエエ」

知らんがな(´・_・`)

基本的には上述の通りなのですが、感情的な理由ばかり並べられても、世の中の人はそういった不快感を多かれ少なかれ我慢しながら生きているので、自分だけが「でもでもだって」されても、従えないものは従えないです。

「え? こいつAI生成画像使って金取ってんのキッショw」「バーカ! アーホ!」「マダミスなんていうつまらんゲームやってる奴はやっぱり知能が低いw」「お前みたいなインプレッションが低いくせに青バッジ付けてる自意識過剰な奴は……」

あ、はい、そうですね! すみませんでした知能が低くて! では私はそろそろお暇させていただきます! 失礼しました〜ガラガラ(ラーメン屋の引き戸を閉める音)。


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マジで止まって!
  • 次章は、非常にセンシティブなテーマを扱っています!

  • 生成AIの話から、もはや離れてしまっています!

  • 特定の人物を名指しで強く批判しています!

  • 興味が無い、読みたくない方は、「20年前の寓話」まで飛んで下さい!

「ニーメラーの警句」を引用したM106氏について

寓話の続き

……ですが、ラーメン屋は「ナチ野郎」の件だけはどうしても許せなかったので、やっぱり抗議することにしました。

寓話「街の美味しいラーメンコンテスト」

M106氏のポストの引用

「mari sato」さんと同様に生成AIの利用に懐疑的なマダミス作家さんに「M106」という方がいらっしゃいます。この方は3/4頃にこのようなポストを発信しました。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は労働組合員ではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。


これは、ニーメラーの警句と呼ばれているものだよ。
声をあげられるタイミングであげないと、取り返しのつかないことになるかもしれないという事を端的に表しているよ。

だから僕も声をあげるけど、僕は自分のシナリオで生成AIは使わないよ。
僕が推理動線をかんがえたり、テスプでフィードバックしたりしたシナリオで生成AIが使われてるかもしれないけど、それは一旦置いておくよ。

大事なのは、僕は生成AIを使わないという表明だよ。
今はイラストだけかもしれないけど、いずれはSEやBGMやボイス、果てはHOまで生成AIで作られるかもね。

今生成AIの利用に賛同しているあなたの考えたギミックやトリックも、簡単に流用されたりしてね。
まぁそこまで行ったら、マダミスなんて遊びは無くなるだろうけどね。

「ニーメラーの警句」とは何か

まずは、「ニーメラーの警句」とは何かについて、「中立的な説明」を得るために、AI懐疑派の皆さんが大嫌いなAIツールの一つであるGrok3(どうもこのツールは、AI懐疑派の皆さんもなぜか日常利用しているX(旧Twitter)に内蔵されているようです)に聞いてみます(以下、引用文の太字は筆者が強調したもの)。

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(「ニーメラーの警句」の起源と意味)

### 1. ニーメラーの警句の起源と意味
マルティン・ニーメラー(Martin Niemöller)は、ナチス政権下のドイツで活動した牧師で、自身の経験(当初はナチスを支持しつつも後に迫害された)を基にこの警句を創作しました。原文は時代や文脈によって若干異なりますが、一般的には以下のように引用されます:

> 最初に彼らが共産主義者を攻撃したとき、私は声を上げなかった。
> 私は共産主義者ではなかったから。
> 彼らが社会民主主義者を攻撃したとき、私は声を上げなかった。
> 私は社会民主主義者ではなかったから。
> …
> そして彼らが私を攻撃したとき、
> 私のために声を上げてくれる者は誰もいなかった。

この警句は、集団的な無関心や沈黙が最終的に自分自身にも被害を及ぼすことを警告するもので、特に**ナチスによる迫害**や**全体主義的な抑圧**を象徴する政治的メッセージとして知られています。

どのような場面で使われるのか


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(一般的な使用場面)

### 2. 一般的な使用場面
ニーメラーの警句は、歴史的・政治的な文脈で使用されることが圧倒的に多い表現です。以下にその主な使用例を挙げます:

- **ホロコーストやナチズムの反省**: 第二次世界大戦やホロコーストの記憶を伝える教育、記念碑、講演などで頻繁に引用されます。たとえば、ダッハウ強制収容所やホロコースト記念館でこの言葉が掲げられることがあります。
- **人権侵害への警告**: 政治的な抑圧、マイノリティ差別、言論の自由の侵害など、全体主義や権力による不正義が疑われる場面で使われます。例として、冷戦時代や現代の独裁政権批判(例: 中国のウイグル問題、ロシアの反体制派弾圧)で見られます。
- **社会運動**: 公民権運動、LGBTQ+の権利擁護、環境正義などの運動で、特定のグループへの攻撃を無視することの危険性を訴えるスローガンとして採用されることがあります。
- **教育・文学**: 歴史教育や倫理学の教材、詩や小説の中で、道徳的教訓として引用されます。

これらの使用例から、ニーメラーの警句は**政治的・歴史的な重みを持つテーマ**に結びついており、軽い議論や日常的な不満を表現するツールとしては通常使われないことが分かります。

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(一般的な認識と適切性の基準)

### 3. 一般的な認識と適切性の基準
- **重みの認識**: 一般的な認識では、この警句はナチス政権下の迫害や大量虐殺といった極端な状況を指すものとされています。そのため、軽微な対立や個人的な不満に使うと、状況の深刻さを過剰に誇張していると受け取られるリスクがあります。
- **文化的感度**: 特に欧米やホロコーストの歴史に敏感な地域では、ナチスを比喩に使うことは非常にデリケートな問題とされ、過剰使用は批判を招くことがあります。日本でも、戦後教育や平和主義の文脈でこの警句が知られていますが、日常的な議論で使うことは稀です。
- **文脈依存性**: 使用が適切かどうかは文脈に依存します。たとえば、人権侵害や大規模な抑圧が明らかな場合(例: 政府による反対派弾圧)には有効ですが、個人の創作活動や技術論争(例: AI生成画像の使用)に適用するのは、状況の規模と比較して不均衡と見なされる可能性が高いです。

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(M106氏の使用における一般的な評価1)
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(M106氏の使用における一般的な評価2)

### 4. @M106106106の使用における一般的な評価
@M106106106さんがニーメラーの警句をAI生成画像の利用批判に引用したケースを、一般的な視点から評価してみます。

- **文脈の不一致**: AI生成画像の使用(たとえば、あなたのマーダーミステリーの挿絵)は、クリエイティブなツールの選択であり、ナチスによる迫害や全体主義的な抑圧とは性質が大きく異なります。この警句を適用することは、AI利用者を「ナチス的な加害者」、反対派を「迫害される犠牲者」として位置づける過剰な比喩と見なされます。
- **感情的誇張**: @M106106106の意図は、AIが伝統的なアーティストを「攻撃」しているという危機感を強調することかもしれません。しかし、具体的な証拠(例: AIがアーティストの生計を奪ったデータ)がないままこの警句を使うと、感情的な訴えに終始し、議論の説得力を損なう可能性があります。
- **反発の可能性**: あなたが感じたように、ナチス比喩は相手に強い不快感や怒りを引き起こす可能性が高く、特に被害を受けた当事者(ホロコースト生存者やその子孫)からすれば、歴史的悲劇を軽視する行為と受け取られるリスクがあります。Xのような公開プラットフォームでは、このような発言が炎上や批判を招くことも一般的です。

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(結論1)
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(結論2)

### 6. 結論
ニーメラーの警句は、通常**非常に政治的な場面(ナチスによる迫害、人権侵害、全体主義的抑圧)**でしか使われない表現であり、一般的な認識でもその重みが強く意識されています。@M106106106さんがAI生成画像の利用にこの警句を引用したのは、反AI感情を強調する意図があったと考えられますが、以下の理由から適切でないと評価されます:
- **文脈の不一致**: AI利用とナチス迫害は性質が異なり、比喩として不均衡。
- **感情的誇張**: 具体的な証拠がないまま使うと、議論を感情的な対立に引きずり込む。
- **文化的感度**: ホロコーストや戦争の記憶を軽視するリスクがあり、反発を招きやすい。

日本では特に、娯楽分野(マーダーミステリー)での使用は「大げさすぎる」と受け止められ、あなたが感じたような苛立ちや不快感を多くの人が共有する可能性が高いです。このような比喩がXで炎上するケースも、過去の例(例: 政治的発言の過剰な比喩)から見て一般的です。あなたが例え話で「ナチ野郎」に強い反応を示したのは、この警句の一般的な使用範囲から逸脱した不適切さに対する自然な反応と言えるでしょう。

まずは表現レベルの採点から

まずは歴史的・政治的な文脈を一旦脇に置いて、純粋に比喩表現として的を得ているかという観点から言うと、全くもって的外れであると考えます。なぜなら、この比喩は逆の視点から語っても成り立ってしまうからです。

この比喩はAI利用者側の「炎上が怖いからといって無視を続けた結果、今回のような総差し替え要求に至った経緯」や、「一部の「反AI過激派」の行きすぎた態度」、そして「AIに対する過剰な警戒が将来に禍根を残すリスク」に対して使っても、成り立ってしまいます。

なので、単純な比喩表現として見ても、「非常に程度の低いもの(0点)」と考えます。

意味分かって言ってますか?

そんなことよりはるかに問題なのが、この警句が持つ歴史的・政治的な意味合いに対する、「度し難い無神経さ」(あるいは、「現状認識の異常さ」)です。

散々引用した通り、この警句はとある「非常に特殊な政治状況」を象徴したもので、なおかつとても有名な文章です。

いかなる意図があったか知る由もない(知りたくもない)ですが、この比喩は相手に対する「私はあなたたちを人間ではなく悪魔だと思っている」という意思表示と取られても仕方がないものです(私はそれに近い解釈をしました)。

あの……、あなたたちはAIによる著作権侵害という「人権侵害」に苦しみ、あるいは同情し寄り添っていらっしゃるんですよね?

にも関わらず、それよりはるかに巨大で厳然とした、歴史的に強い重みを持つ比喩表現を、ここまで無神経に使ってしまえる理由は何ですか?

A1:「そのような重みを持つことを知らずに投稿・引用してしまった」
→そんなあなたには、生成AIツールどうこうよりもずっと先に、深く勉強すべき巨大な人権侵害のテーマが存在すると思います。それこそ、「どうとでも勉強して下さい」。

A2:「そのような重みを理解した上で、比喩として妥当だと思い投稿・引用した」
→素晴らしい現状認識能力ですね! そのまま頑張って下さい! あなた方が多数派を形成することは絶対に無いと思います!


20年前の寓話

テクノロジーの進歩と著作権のコンフリクトは、別に今回が初めてというわけではありません。約20年前には、ファイル共有ソフトを用いた音楽ファイルの無料ダウンロードに関する著作権問題の議論が活発に行われていました。

当時の状況を風刺した楽曲に、ウィアード・アル・ヤンコビック("Weird Al" Yankovic)というパロディミュージシャンの、“Don't Download This Song(この曲をダウンロードしないで下さい)”という曲があります。この曲は、ファイル共有ソフトによる著作権侵害に対する過剰反応を皮肉ったものです。

私は今回の騒動を通して、この曲を強く想起しました。「歴史は繰り返す」と思えてなりません。

(おしまい)

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