疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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12:淫都消滅


「このへっぽこ狐は坊やに助けられたくはないみたいだけど、それでも坊やはコイツを助けるって言うのかい?」

 

 春姫が牢屋から出してくれ、『女主の神娼殿』から脱出できたベルと命。

 春姫も一緒に逃げようと、春姫が犠牲になる必要なんてないと、そうベル達は言ったが断られ、今はアイシャに連れて行かれようとしていた。

 

 そのアイシャから、春姫が望んでもいないのに、それでも助けようとするのかと問われ、ベルは即答する。

 

「助けます。春姫さんがどんなに助けられる資格がないって言っても、助けなくていいって言っても、僕は助けます」

 

「とんだエゴイストだね、坊やは。この子の気持ちも考えないで、それでも自分勝手に助けようとするなんて。そんな残酷なことを、坊やはしようとするのかい?」

 

「……そうですね。でも、『英雄』になるって、僕は決めましたから。僕はエゴイストでもいいです。きっとそれぐらいじゃなきゃ『英雄』なんて──ましてや『最後の英雄』になんて、到底なれませんから」

 

「ほんと、ダンジョンで戦った時も思ったけど、いい気概をしてるよ坊やは。あんだけあたしらから逃げ回っていたくせに、そこは逃げないんだね」

 

「そっ、それとこれとは話が別じゃないですかぁ!?」

 

 先日のことを持ち出され、シリアスな空気から一転、弛緩した雰囲気が場を流れる。

 くつくつとアイシャは笑い、一度息を吐いて真面目な空気に戻す。

 

「それで? コイツを助けようって言うんなら、坊やの【ファミリア】も巻き込んで戦争をおっぱじめると、そう言っているのと同義だ。もう坊やだけの【ファミリア】じゃないのに、大切な仲間や主神を坊やのエゴに巻き込んでもいいのかい?」

 

「っ、それは……」

 

 言われ、ベルの少し後ろに立つ命の顔を見る。

 やはり命は迷っているようだった。

 アイシャが言ったことを気にして、顔を少し俯けていた。

 

 自分が発端で、こんなことに新しい【ファミリア】の人達を巻き込んでしまってもいいのかと。

 命だって春姫を助けたいって、そう言いたい筈だ。叫びたいはずだ。

 

 でもそれが言えず、決断できず、ギリッと歯を食いしばっていた。

 自分一人にその力がないと、苦しそうに、悔しそうに、握りしめる拳が震えていた。

 

 こんな顔を同じ【ファミリア】の仲間にさせてしまっているのは、ベルが【ファミリア】の団長だからだろう。

 団長のベルが【イシュタル・ファミリア】と抗争をすると、そう決断しなければならないのだろう。

 

 自分のエゴにみんなを巻き込んでしまう。

 だったら、そうならないようにするのが、ベルの『理想』だ。

 きっとその『理想』を叶えるのは、果てしなく難しい。

 

 そもそも、ベルと命が攫われてしまった時点で、リュー達も動き出してるだろう。

 既に巻き込んでしまっている。賽は投げられている。

 そんな打算的な思考に嫌気が差すけど、それでもベルは同じ【ファミリア】の仲間達を信じている。

 

 ──だったらそんなの、決まってるじゃないか。

 

 春姫の命が危ないと、知ってしまった。

 

 自分の【ファミリア】と春姫の命。

 

 その二つを天秤にかけられたのなら、ベルはその天秤を打ち壊す。

 

 自分の『理想』を掴み取る。

 

 優柔不断になんかなっている暇なんてない。

 

 そんな悩んでいる時間は『最後の英雄』になるために必要なんかじゃない。

 

 目の前で殺されようとしている女の子一人を助けられないで、『最後の英雄』なんてものになれる訳がない。

 

 己の覚悟は決まった。

 

「命さん」

 

 呼びかけ、命は顔を上げた。

 

「僕も春姫さんを助けたい。儀式の事はともかく、神様達も事情を知っています。だから、迷惑をかけるだなんて思わないでください」

 

「ベル殿……」

 

「同じ【ファミリア】の仲間なんですから。もっと僕達を頼ってください。もっと迷惑をかけてください。僕の覚悟は、もう決まってます」

 

「ですがっ、抗争ともなるのはっ……」

 

 つい先日【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯をしたばかりだ。

 相手の規模は違うけれど、それでも似たようなもの。

 こちらから仕掛けるか、向こうから仕掛けられるか、若干の違いはあるけれど。

 それでも、覚悟を決めているベルは首を横に振る。

 

「いいんです。僕だって、いろんな人に迷惑をかけて、沢山助けられてきたんですから。命さんにだって、戦争遊戯で僕達は助けられました。だから今度は、僕が、僕達が、命さんを助けます。だから、春姫さんを助けましょう。僕達で」

 

 説得する。

 【ヘスティア・ファミリア】の団長が、ベルが、抗争になってでも春姫を助けると、そう決断する。

 

 命は春姫の気持ちも気にしているようだったけれど、なぜ春姫が助けなくていいと、そう言ったのかに気付いているだろう。

 なにせ幼馴染で、知己と呼べるほどに親しい仲で、きっと似た者同士なのだから。

 

 震えをとめるようにぎゅっと拳を握りしめ、眦に涙を溜めた命はベルの決断に感謝してくれた。

 

「ありがとうございます、ベル殿。貴方が団長で、貴方のような人と出会えて……本当に良かった」

 

 ベルはアイシャに向き直る。

 自分の【ファミリア】を巻き込んでまで春姫を助けると決めたベル達に、美しい戦闘娼婦は口端を歪めて笑っていた。

 

「そうかい。だったらコイツを奪ってみせな。儀式は今夜だ。場所は別館の空中庭園。あたしが言えるのはここまでだ。そこに坊や達が来れるかはわからないけど、あたしは待っているからね。行くよ、春姫」

 

「……はい、アイシャ様」

 

 春姫はベルと命に何も言うこともなく、そのまま唯々諾々とアイシャに連れて行かれてしまった。

 春姫を連れて行ったアイシャは、何故か儀式の詳細について語ってくれた。

 

「……時間と場所、教えてくれましたね」

 

「そうですね、ベル殿。これから自分達はどう行動しましょうか。春姫殿を救うと決めはしましたが、それでも戦力差は否めません」

 

「一度本拠に戻る時間はないですし……これから僕が【イシュタル・ファミリア】の本拠で騒ぎを起こして、構成員の注意を集めます。その間に命さんは儀式を止めて、春姫さんを救出してください」

 

「畏まりました。恩に着ます、ベル殿」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「あれは……命か!」

 

「命ちゃん!?」

 

 ベルと命を取り戻すべく【ヘスティア・ファミリア】【アストレア・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】の面々は、『女主の神娼殿』に乗り込んでいた。

 

 彼等彼女等は戦闘娼婦達を薙ぎ払い、退かしながら、『女主の神娼殿』を進んでいたが、中庭に差し掛かったところで、倒れている命の姿を輝夜が見つけた。

 千草が心配そうな叫び声を上げる間に、輝夜は命を抱き上げ呼吸を確認する。

 

「……息はしているようだな。万能薬(エリクサー)を持ってきておいて正解だった。桜花、命を運べ」

 

「了解した」

 

 輝夜は万能薬を命にかけてから桜花に渡し、桜花はそのまま命を背負う。

 命が怪我をしていたことから、やはり彼女も戦闘を行っていたようだが、中庭には戦っていたような跡は残っていない。

 

「ヤマトさんはいましたが……クラネルさんの姿は見当たりませんね」

 

「そうねリオン。ここには戦ったような跡も残ってないし……まるで、どこかから落ちてきたみたいね」

 

「ならば、兎がいるのは上か? 確かここの本拠には……空中庭園なるものがあったはずだ」

 

 今日忍び込んだ時に見たのだろう。

 輝夜がそう推測し、全員で上を見上げると、確かに宙に架けられた橋があった。

 ならばあの橋から命は落ちてきたのだろう。

 

 そう全員で思い、早くベルがいるであろう上階へと足を向けようとした時だった。

 アリーゼ、輝夜、リュー、ライラは、自分達の背後から複数の戦意を漲らせた強者の気配を感じ、バッと一斉に振り向く。

 

「おい、急に振り向いてどうした? 早くベルの所に行くんじゃねえのか?」

 

 まだ気付いていない者達を代表するように、ヴェルフがそう尋ねた。

 しかし四人全員がそれにかまける暇もなく、緊張に張り詰め、各々の武器を構えている。

 今この中で最も強い彼女達がそうまで警戒する姿を見て、リリ、ヴェルフ、桜花、千草も後ろに振り返った。

 

 四人が覚えのあるその気配に、アリーゼが問いかける形で確認を取る。

 

「ねえ、ちょっと前にもこんな感じの気配の人、見なかったかしら?」

 

「そうだな団長。これには覚えがある。つい一月ほど前だったか?」

 

「そうだな団長。あん時はアタシ達の前に立ちふさがっていたな」

 

「そうですね。しかも、今回は彼だけではないようです」

 

 ジリジリと、その気配は近づいて来ている。

 何故、という疑問はあまりない。

 彼の女神とイシュタルは犬猿の仲というほどでもないが、特にイシュタルの方が彼の女神を目の敵にしているのは有名だ。

 

 だが、何故今なのか、という疑問は残る。

 何故このタイミングで抗争を仕掛けるのか。

 その疑問は尽きないが、だが現実として、彼等は今この場所に歩いて来ている。

 そして彼等は、ついにその姿を現した。

 

「やっぱり【猛者】ね」

 

「【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】に【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】」

 

「【炎金の四戦士(ブリンガル)】もかよ」

 

「【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】……そしてなにより……」

 

 ──美の女神、フレイヤ。

 

 滅多にバベル最上階から降りてこないその女神が、自身の【ファミリア】の幹部を伴いこの場に来ていた。

 

「ふふっ、アストレアの子達も来ていたのね」

 

「……そりゃ当然ですよ。リオンのお弟子君が攫われてしまったんですもの。けど、どうしてフレイヤ様までここに来ているのか、それが私はとっても不思議なんですけど」

 

 この場のメンバーの中で自分が話すのが一番相応しいと、アリーゼがフレイヤと話し始める。

 その間にアリーゼはリューに向かって後ろ手にハンドサインを出し、それを見たリューはそっとその場から離脱。

 【フレイヤ・ファミリア】の幹部陣はそれを許そうとは思わなかったようだが、フレイヤによって止められた。

 

「別にいいわ。この子達と争う理由がないもの」

 

 争う理由がない。

 そう言われ、幾ばくかの警戒を解くも、武器から手は離さない。

 もう少しぐらいは時間を稼ぎつつ情報を得ようと、アリーゼは弁舌を回す。

 

「そうなんですか? それなら私達も先に進みたいんですけど……フレイヤ様達が何をしようとしているのか。それぐらいは聞いてもいいですか? 私達がそれに巻き込まれるのも嫌なので」

 

「そうね……私にちょっかいをかけてくる女神の派閥を潰す。それだけよ」

 

「イシュタル様を? それはまた急な話ですね。今まではずっと無視をされていませんでしたっけ?」

 

「確かにそうだったけど……ただの神の気まぐれ。もうちょっかいをかけられることにも、飽きてしまったんだもの」

 

「いかにも神様らしい答えですね」

 

「そうね。それで納得してくれないかしら? 私の眷属達には、貴女達とこの場で戦闘をすることは禁じるわ。アストレアの子供だもの。私も貴女達を気に入ってはいるのよ?」

 

「フレイヤ様からそう言っていただけるのは嬉しいですけど、私達はアストレア様の所から離れるつもりはありませんよ? リオンはちょっと例外ですけど」

 

 アリーゼがそんなことを言うものだから、【フレイヤ・ファミリア】の幹部達は揃ってアリーゼに殺気を飛ばしてくる。

 輝夜とライラですら、アリーゼに「何てことを言ってくれるんだ団長」と目で語っていた。

 だがアリーゼはその全ての視線を平然と受け流し、受け止めている。

 

「それは残念だけど……別に私は無理に貴女達を引き抜こうだなんて思ってないわ。だから安心して?」

 

「フレイヤ様がそうおっしゃられるのなら、そうなんでしょうね。それじゃあ……」

 

 アリーゼがそのまま「私達は先に行かせてもらいます」と言おうとしたところで、コツコツと靴音を鳴らしながら、フレイヤ達の背後からやって来る別の人物が目に入り、緑の目を見開く。

 

 その姿を見て、アリーゼは、輝夜は、ライラは、「ああ、帰って来てしまったのか。どのみち【イシュタル・ファミリア】は終わったな」と、冷や汗をかきながら、いつかの【アポロン・ファミリア】の時と同じように思った。

 

「ああ!? この方に近づこうとすんじゃねえよクソババア!!」

 

「【退け(ゴスペル)】」

 

「「「「ッ゛!?」」」」

 

 たった一言(ワンワード)

 ただそれだけで、罵声を浴びせ、高速で槍を振るった【女神の戦車】とオッタル以外を吹き飛ばし、壁が割れる勢いで叩きつけ、意識を奪う。

 

 一瞬で、一言で、レベル6三名とレベル5四名を昏倒させた。

 オッタルは吹き飛ばされることこそなかったものの、地面には足を引きずり抉れた跡が残っていた。

 

「脆弱すぎる。囁いただけだぞ。この程度で都市最強などと言われる派閥の幹部とは、笑わせる」

 

 ただそこに存在する。

 それだけで場の空気を掌握し、支配し、絶対的な存在として君臨する。

 

「……っ、【静寂】」

 

 そう彼女を二つ名で呼ぶオッタルは手に大剣を取り、既に構えている。

 明らかに格が違う。レベルが違う。

 それでも、かつて敗北と屈辱の泥に塗れながら這い上がった武人は、その存在を前に剣を取った。

 

「猪の糞餓鬼。何故貴様は7に留まっている。ザルドを喰ったのだから、貴様に停滞は許されないと思え」

 

「お前は……至ったのか? あの英傑(おとこ)と同じ領域に」

 

「それは貴様の耳で確かめろ糞餓鬼。私は今、急いでいる」

 

「そうか。では、挑ませてもらおう」

 

「その耳は飾りか? 脳筋が。【福音(ゴスペル)】──【サタナス・ヴェーリオン】」

 

 魔女は武人に挑む事すら許さなかった。

 その魔法でレベル7の都市最強を、アリーゼ達の横を通り過ぎるように凄まじい勢いで吹き飛ばし、壁に叩きつけ、他の幹部同様に意識を奪う。

 

 あまりにも理不尽。

 

 あまりにも規格外。

 

 都市最強派閥の幹部達を、都市最強の男を、その一言だけで、ものの数十秒でのした。

 

 その魔女を知らない面々は、あまりにも現実離れしたその光景に言葉を失う。

 

 知っている三人は、そこまでする必要があったのかと疑問に思うも、彼女からすればやって当然なのだろうと、謎の納得感もあった。

 

「さて、乳離れもできない糞餓鬼共もいなくなった。これで話ができるな、フレイヤ」

 

「私と二人きりで話す為に、わざわざ私の眷属達を吹き飛ばしたの?」

 

「そうだ。あれらはいつも喧しい雑音を出す。貴様が関わると尚更に」

 

「そう。それで、貴女が私に何の用かしら?」

 

 自身の派閥の幹部が一瞬で全滅させられたというのに、フレイヤの余裕な態度は崩れない。

 そんな女王のようなフレイヤに、灰色の魔女は自身の要求を突きつける。

 

「あの品性のないクソビッチは貴様に差し出してやる。貴様はここで大人しく待っていろ」

 

「……」

 

「その代わり、それ以外は邪魔をするな。邪魔をするのであれば、貴様の派閥を潰す。それぐらい造作もないことは、そこの糞餓鬼共の姿を見れば十分だろう?」

 

「……そう。ありがとう」

 

 フレイヤはそう言って、ただ嫣然と微笑んだ。

 そして言われたまま、フレイヤは悠然と肘を持つように腕を組み、その場で待つ。

 

 灰色の魔女はそのまま黙って先へ進もうとしたが、そこに輝夜の方から話しかけた。

 

「帰って来たのか、クソババア」

 

 輝夜がそう言っても、魔女はすぐには吹き飛ばそうとはしなかった。

 それすら瑣事だと言わんばかりに、ただ輝夜達に命じる。

 

「話は後だ極東の娘。私はここ一帯を更地に変える。そこのクソビッチでも貴様らは守っていろ。私としては巻き込まれても構わんが、それは貴様らの言う正義とやらではないのだろう?」

 

 返事も待たず、魔女は単身、イシュタルの元へと行くためその場から消えた。

 残されたのは気絶した強靭な勇士(エインヘリヤル)と、泰然とその時を待つ一柱の美神。

 そして、ベルと命の救出部隊。

 

 あまりに突然すぎる出来事と、ここにフレイヤが留まり続けることで、その場に静寂が訪れる。

 しかしとうとう耐えきれなくなったのか、リリが輝夜に問いかけた。

 

「あ、あの、輝夜様? 先程の方はいったい誰なのですか? リリの目が間違いなければ、【フレイヤ・ファミリア】の幹部を赤子の手を捻るように倒してみせたと思うのですが……」

 

 リリの耳には【静寂】という二つ名は届いていない。

 そも、あまりにも非現実的なことすぎて、その衝撃で先の会話のほとんどが頭の中に残っていない。

 

 そんなリリの問いかけに、輝夜は溜息をつき、頭痛がするとばかりに頭を抑え、あの魔女が誰なのかをリリに伝える。

 

「……あれが、兎の義母親だ」

 

 そのすぐ後。

 

 ゴーンという一つの鐘の音と共に、イシュタルが上空からその場に降ってきた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「これでもう『殺生石』の儀式はできません。春姫さんを解放してください」

 

 命では春姫を救えず、しかし命は決死の覚悟でわざと魔力暴発を起こし、ベルに春姫を託した。

 魔力暴発が起きた時の一瞬の隙を突き、ベルは『殺生石』を破壊。

 背後の祭壇で鎖に繋がれている春姫を庇うように立ち、二本の得物を逆手に構える。

 

「解放なんてするわけないだろう!? クソ兎が調子に乗るんじゃないよぉ! 『殺生石』なら新しいのを手に入れればいいんだ!」

 

「……っ」

 

 フリュネが憤怒の顔で喚き散らす。

 確かにフリュネの言う通り、新しい『殺生石』があれば、再び儀式を行うことができる。

 ベルが今さっき破壊したところで、できたことはただの時間稼ぎ。

 それでもフリュネが激怒しているのは、やはり『殺生石』の確保に相応の時間がかかるからだろう。

 

 それでも苦虫を噛み潰したような表情をつくるベル。

 今ここで春姫を助けたいのならば、フリュネ達戦闘娼婦を倒して連れて行くしかない。

 

 覚悟は決めている。

 今この場でフリュネを倒す。

 春姫を助ける。

 だが、そのベルに後ろにいる春姫から、囁くように待ったがかかった。

 

「どうか帰ってくださいませ、クラネル様」

 

「っ、何を言ってるんですか春姫さん!」

 

「わたくしに救われる価値なんてありません。だってわたくしは……わたくしはっ……」

 

 嗚咽交じりでその先を言わない春姫の言葉を、ベルはフリュネに目を向けたまま引き継いだ。

 

「あなたが娼婦、だからですか?」

 

「……そうで、ございます。『英雄』にとって娼婦は破滅の象徴と、以前にもお伝えしたではありませんか」

 

 『英雄』にとって娼婦は破滅の象徴。

 『英雄』に憧れ、『英雄』になると決め、『最後の英雄』を目指すベルにとって、身の破滅は避けなければならないことだと、そう春姫は言う。

 

 けれど、ベルにとってはそんなもの関係ない。

 ベルがなりたいのは、そんな『英雄』ではない。

 ベルが憧れたのは、春姫が憧れたのは、そんな『英雄』ではない。

 

「違います春姫さん。僕とあなたが憧れた『英雄』はそんなものじゃない。僕がなりたいのは、そんな『英雄』なんかじゃない!」

 

「っ!?」

 

「あなたが娼婦だからとか関係ない! あなたの声も! 顔も! ずっと誰かの助けを求めてた! だから僕はあなたを助ける! あなたの『英雄』になってみせる!」

 

「そ、そんなことは……」

 

「そんなことあります! だからあなたの本音を聞かせてください!」

 

 戸惑い。

 

 躊躇い。

 

 憂い。

 

 ぽたぽたと、涙を流す音が聞こえる。

 

「わたくしは……私は……貴方達の重荷になりたくない! 穢れている私にそんな価値なんてない!」

 

「自分に価値がないなんて決めつけないでください! 穢れていたって価値はなくならない! 僕達はあなたを重荷になんて思いません! 僕達があなたを助けたいから助けるんです!」

 

「そんな自分勝手な貴方の願いで私を助けないで! 私はまだっ……」

 

「そうです! これは僕達の願いです! でも! まだあなたの本当の願いを僕は聞いてない!」

 

「っ……」

 

「ごちゃごちゃと五月蠅いんだよ! 春姫ぇ! アタシに力をよこしな!!」

 

っ!」

 

 横やりが入り、戦斧を振り下ろした衝撃がベルまで届いて吹き飛ばされる。

 防御したのと距離があったため、そこまでの衝撃はなく、ベルはすぐに立ち上がり、フリュネに果敢に突っ込んでいく。

 春姫はずっと黙ったままだったが、ベルとフリュネが戦闘を始めたところで、詠唱を始めた。

 

「【──大きくなれ】」

 

「それでいいんだよ! 英雄気取りの文句も無駄だったね!」

 

「っ、無駄になんかしない! 今ここであなたを倒す!」

 

「馬鹿な事ほざいてんじゃないよクソ兎ぃ!」

 

 力は当然負けている。

 

「【()の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

 速さで劣っている。

 

「【──大きくなれ。神餞(かみ)を食らいしこの体。神に賜いしこの金光】」

 

 技術で互角か、駆け引きを含めてなんとか防戦一方。

 

「【槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

 それでも格下の自分が受けに回れば終わってしまう為、攻める防御という矛盾を実行。

 

「【──大きくなぁれ】」

 

 詠唱が完結する。

 

「【ウチデノコヅチ】!」

 

 金色の光がベルに舞い降りる。

 ベルの能力が激上する。

 速さが──上回った。

 

「何をやってるんだい春姫ぇ!! っ!?」

 

 自分にではなくベルに魔法をかけたことにフリュネは激昂し、その隙をついてベルは本当の意味での攻勢に入った。

 押し返し、押し切り、後退させ、橋の上で剣戟を交わす。

 戦い続けるベルに、春姫は初めて自分の願いを口にした。

 

「もう体を売りたくない! 誰も傷つけたくない! 死にたくない! 助けて!」

 

「はいっ!! 助けます!!」

 

「春姫えぇぇぇ!!」

 

 ──これが春姫さんの階位昇華(レベルブースト)! 行ける! 押せる! 力を御してみせろ!

 

 階位昇華(レベルブースト)により今のベルは疑似的なレベル4。

 フリュネとのレベル差は一つ。

 その程度の差など、義母なら乗り越えてみせろと言うだろう。

 

 レベル4となっても、やはりフリュネの方が力は上。

 大戦斧を受ける両腕は、一撃剣戟を交わすごとにビリビリと痺れる。

 だが自分の武器はこの速さだと割り切り、それを活かして攻める連撃(ラッシュ)

 

 レベル3だった時の現状ベルであれば、きっと五分程度の戦闘が限界だっただろう。

 だが今のベルならば、十分か、十五分。

 それぐらいまでなら、ひたすら攻撃に特化することでフリュネ相手にも渡り合える。

 

 それまでに決着をと、ただひたすらに攻め続け──、

 

「ふっ!!」

 

「このっ、アタシの美しい顔に傷がぁあああああ!!」

 

「がぁっ!?」

 

 大戦斧を弾き、それにナイフを弾かれ、攻撃を躱し、体中切り傷ができながら、フリュネにできた隙に切り傷をつけた。

 そのことでさらにフリュネの怒りがさらに増し、両手のナイフと短刀で防いだとはいえ、横薙ぎの一撃で吹き飛ばされる。

 片手をついて勢いを殺し、宙返りし、ナイフと短刀を構え、その姿が深紅(ルベライト)の瞳に映った。

 

「死ねぇええええ!! クソガキィイイイイ!!」

 

 彼我の距離を一息で詰め、橋が陥没するほど踏み込み、直情的に振り下ろされる大戦斧。

 まともに受ければ死ぬ。

 だからそれは逸らすだけ。

 一瞬の隙を作ることだけに全神経を注ぎ、後は彼女に任せる。

 

「はぁあああああ!!」

 

「っのお! 小癪な真似をぉ!」

 

 半身になり、角度を合わせ、大戦斧を横に逸らし、白い髪が少し宙を舞って、それは橋に叩きつけられた。

 ゴウッと大きな衝撃が入り、橋全体に罅が入る。

 しかし大戦斧は橋に挟まり、ベルの狙い通りフリュネに隙が生まれた。

 

「貴方の信頼に答えましょう、クラネルさん」

 

「ああ!? ギッ!?」

 

 木刀の一閃が入り、大戦斧を持つ手が切り裂かれ、フリュネは武器を手放した。

 そしてベルが大戦斧を蹴り飛ばし、橋から落とす。

 

「ありがとうございますリューさん!」

 

「【男殺し】は私が相手をします! 貴方はサンジョウノさんの元へ!」

 

「はい!」

 

 やはりベル達のことを助けに来てくれていたリューが、ベルと入れ替わりフリュネの相手をする。

 そしてリューはベルの邪魔はさせないと──詠い出す。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々──】」

 

「っ、お前らぁ! 武器をよこせぇ! 詠唱を止めさせなあ!」

 

 ベルの背後から聞こえる詠唱と声、戦闘音。

 周囲に控えていた戦闘娼婦は、フリュネに命じられリューとの戦いに加わる。

 

「【──来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け。何物よりも疾く走れ】」

 

 しかし、止められない、止まらない。

 レベル5一人と複数のレベル3を同時に相手にしながら、それでもなお詠唱は加速し、リューの魔力は臨界に達した。

 

「【星屑の光を宿し、敵を討て】──【ルミノス・ウィンド】!」

 

「「「きゃあああああああ!!」」」

 

 三十と五の光玉が橋に落とされる。

 既にひび割れていた橋はそれで限界を迎え、半ばから崩落する。

 橋を壊し、リューは自分もろとも戦闘娼婦を宙に投げ出した。

 

「【疾風】ぅうううう!!」

 

「クラネルさんの邪魔はさせません。二度と貴女に遅れは取らないと、そう決めていましたから」

 

 ベルは橋が崩壊する音に振り返り、落ちていくリューの姿を瞳に映す。

 それでもきっと、あの師匠なら大丈夫だと、ベルはリューのことを信じて前を向き、春姫の元へ向かった。

 いつの間にか金色の光は切れており、ベルのレベルは元に戻っている。

 

 そして再び祭壇に戻って来たベルを待ち受けていたのは、きっと春姫には救われて欲しいと、そう願っているであろう戦闘娼婦の姿だった。

 

「……アイシャさん。春姫さんを、奪いに来ました」

 

「ああ。待っていたよ、坊や」

 

 そのアイシャの手には大朴刀が握られている。

 アイシャはただで春姫を奪わせる訳にいはいかないと、そう意思表示していた。

 その姿を見て、レベル5との全力の戦闘で疲労もあるベルは、それでもニ本の武器を構える。

 

「そうだ。そのまま春姫を奪わせる訳にはいかない。これはあたしのケジメってやつでもあるけど──男が女を奪う時ってのは力ずくと、そう相場が決まってるのさ」

 

「そういうのはちょっとよくわからないですけど……ケジメというのなら、わかります」

 

「そうかい。まあ坊やみたいな子にはわからないか。春姫、あんたは下がってな」

 

「はい、アイシャ様」

 

 春姫の鎖はアイシャが壊していたようで、春姫は祭壇の端にまで移動する。

 

「……春姫さん」

 

 その途中、春姫の背中に声をかける。

 春姫は顔だけ振り向いて、ベルの名前を呼んでくれた。

 

「なんでしょうか、ベル様?」

 

「少しだけ、待っていてください」

 

 アイシャに勝つと、言外に言ったベル。

 それに春姫はなんだか複雑な表情を見せるも、それでも儚げに微笑んだ。

 

「はい、お待ちしております」

 

 春姫が祭壇の端っこで一人佇み、ベルを待つ。

 

 そしてベルとアイシャは示し合わせたように、互いに一歩ずつ、ゆっくりと、歩みを進めた。

 

 次第にそれは速くなり、二人の距離を殺し、そして──激突した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 コツリ、コツリと、その靴音が静まり返った『女主の神娼殿』に響き渡る。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 この本拠の主神は、既に女神に明け渡した。

 

 品性の欠けた女神に魅了をかける暇も与えず、ただ一言も呟かず、外に吹き飛ばした。

 

「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 本拠に残っている淫売共が襲い掛かってくる。

 

 ただそれを撫でるまでもなく、触れるまでもなく、空気をなぞるだけで終わらせる。

 

「【神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】」

 

 自らが外に出る。

 

 満月の夜。

 

 満天の星空。

 

 淫獣共の街には火が放たれているが、それももはや関係ない。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる!】」

 

 耳障りな雑音が街中に響いている。

 

 しかしそれも関係ない。

 

 全てはこの一撃で滅されるのだから。

 

「【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】」

 

 灰色の魔法円(マジックサークル)が光り輝く。

 

 橋を渡り、そして、途中でなくなった橋の先で足を止めた。

 

「【哭け、聖鐘楼】」

 

 見えたのは白い髪。

 

 唯一愛した妹と同じ白い髪。

 

 彼女の忘れ形見であり、自らの甥であり、愛息子。

 

 二か月半ぶりに見るその愛息子は、少し見ないうちに強くなっていた。

 

 またランクアップしたのか、もうレベル3の上位のステイタスはしているようだ。

 

 そして、その相手もまた愛息子と同じレベル3。

 

 娼婦のようなのが気に入らないが、それでもそれなりにやるようで、ランクアップは間近だろう。

 

 今の愛息子には丁度いいかと、その戦闘には介入しない。

 

 自身からすれば両者共にまだまだ弱く未熟だが、それでも自らの子供の成長とは嬉しいものだ。

 

 なにやら奥には珍しい狐人もいるが、それは今はどうでもいい。

 

 完成した魔法を保持する。

 

 閉じられていた瞼が開き、灰と緑のオッドアイが露わになる。

 

 愛息子の戦う姿を、自らの両目に直接映す。

 

 見覚えのある戦い方が目についた。

 

 自分が教えたものではないそれは、五年ほど前まで鍛えてやったエルフのものと酷似している。

 

「本当に、あのエルフの娘に教わっているのか」

 

 アストレアから話は少し聞いていたが、どうやら本当のようだった。

 

 まあ愛息子とあのエルフの娘は戦い方は似ているから、取り敢えずは良しとしよう。

 

 アレに愛息子の指導が務まるのか、それは甚だ疑問であるが、どうせ自身で纏めて鍛えるのだから大差はない。

 

「……ほう、無詠唱。良い魔法が発現したようだな」

 

 超短文詠唱ですらなく無詠唱。

 

 自身のそれより発生は早い魔法だが、威力が低いのが難点か。

 

「あれならすぐに魔力は伸びそうだが」

 

 まあ威力が上がったところで自分には効かないが。

 

 それでも第一級にでも上り詰めれば、魔導士並の魔法を無詠唱で放てるようになるだろう。

 

 『魔導』の発展アビリティでも発現してくれればいいが、息子の魔法では少々厳しいか。

 

「後はスキルだが……ああ、今使っているのがそれか」

 

 ゴーン、ゴーンと、大鐘楼の音が鳴り響く。

 

 自身が嫌っている魔法の音と酷似しているが、愛息子の鐘の音は不思議と嫌に感じなかった。

 

 相手のアマゾネスも並行詠唱を習得しているようで、既に詠唱は済んでいる。

 

 愛息子のスキルの詳細は分からないが、相手の魔法にぶつけようとしている時点で攻撃に関するものなのは確かだろう。

 

 どんなものかと、その結末を見届ける。

 

「【ヘルカイオス】!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

 まさかの威力が低い魔法で打って出たが、それはもはや別物といってもいい程の火力となっていた。

 

「……ふむ。増強系のスキル。時間に応じて威力が上がる、か」

 

 このスキルがあるのなら、魔法の欠点も補える。

 

 恐らくは魔法以外にもスキルは適応されるだろう。

 

「これもいいスキルだな。あの子の目指すものを考えれば、必須のようなものだ」

 

 そして、決着がつく。

 

 最後は煙を突き破って接近した愛息子が相手の腹に拳を打ち込み、魔法でもって吹き飛ばした。

 

「さて、あの子は回収するとして……狐人か」

 

 妖術とまで言われる魔法を扱える種族。

 

 どんな魔法が使えるのか、聞くだけ聞いてみるとしよう。

 

 なにやら愛息子はあの狐人を助けようとしていたようだが……。

 

「まさか、あれ以外にも女を助けてはいないだろうな。それは後で聞けばいいが」

 

 狐人から熱い視線を向けられている愛息子。

 

 溜息を吐きたくなる。

 

 両目を閉じ、橋を飛び越え、愛息子の前へと姿を見せる。

 

「え!? あ、アルフィアお義母さん!?」

 

「変な雌犬が纏わりつくのは御免だと、そう言った筈だが、忘れたのか?」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「変な雌犬が纏わりつくのは御免だと、そう言った筈だが、忘れたのか?」

 

 ベルが二か月半ぶりに会う義母は、なんだか会った瞬間から怒っているような気がした。

 

「変な雌犬って……別に春姫さんはそういう人じゃないし、僕も色々と助けられた優しい人だよ?」

 

「べ、ベル様のお母さま!? そっ、そんな! まさかこんなにすぐ親公認の仲にぃ!?」

 

「は、春姫さん!?」

 

 なにやら突飛な事を考えている春姫にベルはアルフィアもいる為ギョッし、恐る恐るアルフィアを見る。

 

「……」

 

「お義母さん! 無言で拳を構えるのはやめて! 普通に怖いから!」

 

 無言で怒りを表し、拳を構える義母の姿がそこにはあった。

 普段ならもう手を出しているはずなのに、拳を構えるだけで我慢してくれているのは何故なのか。

 その疑問はすぐに氷解する。

 

「この質問の答え次第で殴るが、狐人の娘。貴様はどんな魔法が使える?」

 

「わっ、(わたくし)の魔法でございますか!? お母さま!?」

 

 お母さまとアルフィアのことをそう呼ぶ春姫に、アルフィアは眉根を寄せた。

 まだ手は出さないが、それでもこれ以上そう呼べば手が出そうな気がする。というか絶対に出す。

 実際そのことを気にしているようだった。

 

「貴様にお母様などと呼ばれる筋合いはない。さっさと答えろ、狐人の娘。私は雑音が嫌いだ。余計な事は喋らず、聞かれたことに疾く、速やかに答えろ。次はない」

 

「こんっ!?」

 

「春姫さん! お義母さんの言う通り早く答えた方がいいですから! お義母さんの福音拳骨(ゴスペルパンチ)は本当に痛いですから!」

 

 拳を構えたままの義母を見て、ベルは慌てて春姫に魔法のことを話すように促す。

 ベルも一応知ってはいるが、詳細まではわからない。

 答えるのは春姫の方がいいだろうとそう思い、そして春姫は自分の魔法について語る。

 

「わ、(わたくし)の魔法は『階位昇華(レベルブースト)』でございます」

 

「何? レベルブーストだと? ……詳しい効果を教えろ」

 

 アルフィアでも知らない程の超希少魔法(レアマジック)

 明らかに驚いた様子の義母に詳細を尋ねられ、春姫は大人しくそれに答えていく。

 

「か、かしこまりました。【ウチデノコヅチ】という魔法なのですが、これを使うと、(わたくし)以外の方を一人、十五分間ランクアップさせることができるのです。効果はそれだけなのですが」

 

 春姫はそう言うが、一人だけを十五分間限定とはいえ、ランクアップさせることができるのだ。

 破格も破格な魔法で、神々は口を揃えて「ちーと乙」とか言うのだろう。

 春姫が自分の魔法の詳細を答え、それに付随する形で、ベルは春姫の事情を未だ無言のアルフィアに語る。

 

「それで、お義母さん。春姫さんはこの魔法のせいでっていうか、これが原因で今夜殺されそうだったんだけど……」

 

 と、『殺生石』の儀式など今夜の出来事を含めてベルがアルフィアに伝えたところで、アルフィアは手を伸ばしてベルの頭を撫でてくれた。

 

「お、お義母さん?」

 

 突然のことで、ベルは若干戸惑う。

 割と頭を撫でられることはあるが、そういうのは大抵家でゆっくりしている時。

 こういう時に撫でられるというのは珍しい。

 アルフィアはそのまま無言でしばらくベルの頭を撫で続け、そして両の目と共に口を開いた。

 

「……今回ばかりは、狐人の娘──春姫を助けた事を褒めてやろう。よくやったな、ベル」

 

 微笑みを湛え、頭を撫でて褒めてくれたアルフィア。

 アルフィアからこんな風に褒められたことは初めてのような気がする。

 そんな初めての感動に、ベルは胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 

 さっきまで激しい戦闘をしていた者とは思えない。

 そんな少年が、義理とはいえ母親に見せる年相応の笑顔。

 ベルは泣き笑いでアルフィアの顔を見上げる。

 

「うんっ!」

 

「ああ、よく頑張ったな。狐人の娘――いや、春姫」

 

「は、はいっ。なんでございましょう?」

 

 ベルの頭を撫で続け、アルフィアは春姫に話しかける。

 あまり他人をちゃんと名前で呼ばないアルフィア。

 そんなアルフィアが春姫のことを名前で呼んだことにベルは驚くも、今はアルフィアのなすがままにされ、この幸福な時間を噛みしめる。

 

「貴様の身の安全は私が確保してやる。この子を貴様に渡すようなことはないが……それぐらいは私がしてやろう」

 

「こんっ!?」

 

「……貴様も大概残念な娘か。まあいい、話は終わった。ここを滅ぼすぞ」

 

 なんだか和やかな空気だったのに、その一言で殺伐とした雰囲気となる。

 ベルは未だに頭を撫でられながら、引き攣った笑みをアルフィアに向けた。

 

「お、お義母さん? 滅ぼすっていったいどういう意味?」

 

「そのままの意味だ。ここ一帯を更地に変える。春姫、貴様もこっちに来い。私の魔法に巻き込まれる」

 

 ――あ、本気でやろうとしてる。

 

 これを止めるのは無理だと、ベルは諦めの境地になる。

 春姫はいきなりの展開に、なんだかあわあわとしていたので、アルフィアが腕を掴んで引き寄せた。

 

「耳ぐらいは塞いでいろ。それでは、滅べ。【ジェノス・アンジェラス】」

 

 灰銀の大鐘楼が顕現する。

 

 咆哮のような鐘の音が鳴り響く。

 

 この日。

 

 オラリオの歓楽街。

 

 その一帯が更地に変えられたところで、今回の騒動は幕を閉じた。

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