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LGBT法を推進したエマニュエル大使が最後まで理解できなかったこと

ラーム・エマニュエル駐日アメリカ合衆国大使が帰国した。エマニュエル大使が在任中に振りまいた話題の中で、最も大きかったものの1つがLGBT理解増進法の推進だろう。

 

経緯を振り返ってみよう。

 

2023年5月13日、エマニュエル大使は「LGBTQI+の権利を支持する在日外国公館のメッセージ」という動画をTwitterなどのSNSに投稿した。(魚拓)

 

www.youtube.com

 

この動画はエマニュエル大使の挨拶から始まることから判断して、おそらくは彼の呼びかけにより作成されたものだろう。この動画に参加したのは EU に加え以下の14か国の大使館である。

 

アメリカ合衆国、アルゼンチン、アイルランド、デンマーク、スウェーデン、オーストラリア、フィンランド、オランダ、イギリス、ノルウェー、ベルギー、カナダ、ドイツ、アイスランド。

 

このリストを見て気づくのは、非常に同質的な国の集まりによってこの動画が作成されているということだ。すなわち、参加したすべての国が白人が多数派を占める国であり、その主要な宗教はキリスト教なのである。

 

こうした国々において、かつてはキリスト教の教会が人々の道徳的な価値観を支配していた。その聖書の一節には、男色行為を行ったものは殺せと明記されている。

 

女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべきことをしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう。

レビ記 20 章 13 節  (英語)。

 

以下のような記述もある。

 

それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはできないのである。 

コリント人への第一の手紙6章9 - 10節 (英語)

 

男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。 

ローマ人への手紙1章27節 (英語)

 

こうした抗いがたい宗教的抑圧があったため、西洋での同性愛者差別は日本にくらべて苛烈であり制度的であり暴力的だった。たとえば、上述の動画に参加した14か国(EUを除く)の多くが20世紀後半まで(少なくとも男性の)同性愛行為を犯罪としていた。日本は開国後に西洋文化を採り入れる必要性にかられて1872年に同性愛行為を犯罪としたが、1880年に作った法律では同性愛行為は非犯罪化されている (1882年発効)。14か国のうち、日本よりも前に同性愛行為を非犯罪化したのはベルギーとオランダだけである。

 

以下のリストは、日本および14か国で同性愛行為が非犯罪化された年を示している。

 

ベルギー  1795年 (注1)
オランダ  1811年
日本  1882年
アルゼンチン  1887年
デンマーク  1933年
アイスランド  1940年
スウェーデン  1944年
アメリカ  1961-2003年
ドイツ  1968/1969年 (注2)
イギリス  1967-1982年 (注3)
カナダ  1969年
フィンランド  1971年 
オーストラリア  1975-1997年 
アイルランド  1993年

(注1) ベルギーは当時はフランスの支配下。

(注2) 東ドイツが1968年、西ドイツが1969年。異性間と同性間で性交の承諾年齢が同じになったのは東ドイツで1988年、統一ドイツで1994年。

(注3) イングランドとウェールズが1967年、スコットランドが1981年、北アイルランドが1982年。

 

原則論でいえば、聖書はキャンセルされなければならないはずなのだが、キャンセルするには聖書は手ごわすぎる。そこで次善の策として法律で聖書にカウンターをあてたわけだ。西洋諸国には法律という世俗的な手段で宗教的権力を縛り上げる切実な必要性が少なくとも日本よりはあったのである。

 

性的少数者の権利や同性婚に関する意識や法の整備が「日本は遅れている」とする欧米人を見かけるのだが、そういう人は欧米と違ってキリスト教の軛 (くびき) のなかった日本では一般的に性に関してはおおらかだったという事実に無知である。世界には多様な文化があるということが想像できないのである。

 

エマニュエル大使の話に戻るが、彼の他のツイートなどを読んでみると、彼は日本では同性婚などについて国民の多数派は賛成しているのだが、自民党の守旧派や日本会議などの保守系団体が強硬に反対しているせいで法制化が実現しないと考えていた節がある。確かに過半数が賛成しているというアンケート結果もあるのだが、欧米のような宗教的抑圧に対する強い意志の表れというよりも、もっと一般的に自由を尊ぶという気高いけれどもふんわりとした気持ちの表れであることが理解できていなかった (ちなみに、LGBT法案の議論が沸騰するさなかに慎重派が過半数を占めるというANNの世論調査結果もでている)。

 

リベラル系の欧米人で日本人を古い因習を救い出す救世主になることができると舞い上がって、無自覚に宣教師的態度をとる人がいるが、そういう人に限って世界には多様な文化や歴史があることを忘れてしまうようだ。