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パネル:金融的検閲と表現の自由

日時:2025年3月6日
会場:一橋大学 講堂

主催:カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)国際司法クリニック
開催協力:特定非営利活動法人うぐいすリボン

基調スピーチ:デイビッド・ケイ(UCI教授)
モデレーター:ジャック・ラーナー(UCI教授)
パネリスト:落合早苗(O2O Book Biz代表/日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長 )
     :荻野幸太郎(NPOうぐいすリボン理事)
通訳:兼光ダニエル(翻訳家)
   杉山日那子(UCI国際司法クリニック・フェロー)
企画:杉山日那子(UCI国際司法クリニック・フェロー)
開会: 只野雅人(一橋大学教授)



基調スピーチ(デイビッド・ケイ)

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撮影:マンガ論争

おはようございます。私はデイビッド・ケイです。本日のシンポジウムにご参加いただきありがとうございます。まず初めに、この素晴らしい講堂と会議室を今週の会合のためにご提供くださった只野先生に感謝を申し上げます。また、日本で研鑽を積み、米国でも弁護士資格を持つ優秀な法律家であり、カリフォルニア大学アーバイン校の貴重なパートナーでもある杉山日那子さんを育ててくださったことにも感謝いたします。
はじめに、今週私たちがここで何をしているのかを簡単に説明し、それから表現の自由に関する国際人権法と、本日の議論との関連性についてお話ししたいと思います。
只野先生もお話しされたように、私は2016年に国連のミッションの一環として日本を訪問し、2017年に日本における表現の自由の状況について国連人権理事会に報告しました。その際、私たちは日本の放送法がメディアに与える圧力や、メディアの独立性に関するより広範な問題を含む、いくつかの懸念を特定しました。
この報告は、日本が締約国である「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」第19条に基づき、日本における表現の自由の状況を分析したものです。第19条は、すべての人に国境を越えてあらゆる情報や思想を求め、受け取り、伝える権利を保障しています。
同時に、第19条は表現の自由に対する制限を認めていますが、その制限は非常に限定的でなければなりません。国家が制約を課す場合、それは明確に法律で定められ、かつ正当な目的を達成するために必要不可欠でなければならないのです。
しかし、今日のパネルでは重要な問題を掘り下げます。それは、第19条は政府による表現の自由への干渉を対象としていますが、もし制限が政府ではなく民間企業から来る場合はどうなるのか? という問いです。
これは特に、ソーシャルメディアやインターネット規制の文脈で極めて重要な問題です。只野先生も指摘されたように、日本を含むグローバルな情報環境の問題の多くは、ソーシャルメディアプラットフォームがどのようにコンテンツを管理しているかに起因しています。
また、同様のゲートキーピング(情報の取捨選択)が、民間の金融取引企業においても発生しており、それが日本国内のみならず、世界的に文化的表現に影響を与えている ことが指摘されています。
このパネルは、金融取引企業が日本国内で文化へのアクセスを確保する責任をどのように果たすべきかを議論する重要な機会を提供します。同時に、日本政府には、文化的表現へのアクセスを可能にする環境を整備する責任があるのかどうかも検討すべきでしょう。
最後に、金融的検閲は2017年の私の報告書では主たるテーマではありませんでしたが、今後のフォローアップ報告において、金融的検閲を日本における表現の自由の分析の一部として取り上げる予定です。
それでは、カリフォルニア大学アーバイン校の著名な法学教授であり、知的財産、インターネット法、表現の自由、文化的表現の専門家であるジャック・ラーナー教授にマイクをお渡しします。彼は、日本とアメリカの法律を比較する観点からも、今日のテーマに強い関心を寄せています。
そして最後に、東京オリンピックから、パリを飛び越えて、ロサンゼルスオリンピックへバトンを渡すような気持ちで、ラーナー先生にこのバトンをお渡しし、本パネルのモデレーションをお願いしたいと思います。


イントロダクション(ジャック・ラーナー)

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撮影:マンガ論争

私がこの問題に最初に関心を持ったのは、著作権制度の例外的領域にある伝統的な文化的表現の形に興味を抱いたことがきっかけでした。たとえば、アメリカにおけるファンフィクション(二次創作)や、クリエイターエコノミーの動向に注目していました。しかし、日本においては、同人誌という非常に活発で長い歴史を持つ表現文化があることを知りました。
荻野さんや兼光さんをはじめ、多くの方々と話をする中で、金融的検閲—アメリカでは「シャドウ・レギュレーション(影の規制)」と呼ばれることもある問題が、同人誌コミュニティだけでなく、幅広いマンガ出版社やその他の出版業界にも大きな影響を及ぼしていることを学びました。
その結果、私たちのロースクールがデイビッド・ケイ教授と共に日本に戻り、2017年の報告書のフォローアップ調査を行うことを決めた際、金融的検閲とシャドウ・レギュレーションに関する議論と調査を優先事項として設定 しました。
本日は、金融的検閲について非常に深い見識を持つ二人のゲストをお招きしていますので、ご紹介させていただきます。
まず、落合早苗さん。彼女はO2O Book BizのCEOであり、日本の電子書籍市場の研究に長年携わってきた専門家です。電子書籍や従来の出版業界のディストリビューターや出版社と強い関係を築いており、日本の電子書籍市場が2024年以降にどのような金融的検閲の影響を受けているのかについて、非常に有益なプレゼンテーション をしてくださいます。
そして、落合さんの右にいらっしゃるのが、荻野幸太郎さんです。彼は「うぐいすリボン」の事務局長であり、金融的検閲や表現の自由に関する広範な知識を持つ専門家 です。彼は出版や文化的表現に関する視点を提供するとともに、日本国内外の表現の自由の課題についても深い理解を持っています。本日は、荻野さんにもお話しいただく機会を設けています。
それでは、落合さんのプレゼンテーションから始めましょう。彼女は、非常に貴重な情報を共有してくださる予定です。その後、私たち3人で対話を行い、さらに、出版業界の多くの皆様が表現の自由について強い関心をお持ちであることを踏まえ、会場の皆様からのご質問やご意見をお伺いする時間も確保したいと思います。


金融検閲に関するレポート(落合早苗)

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撮影:マンガ論争

皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかりました落合と申します。まず初めに明確にしておきたいのですが、私は性暴力や性虐待に対して断固反対の立場です。
簡単に自己紹介をさせていただきます。現在、O2O Book Bizという会社で代表取締役を務めています。また、日本ペンクラブの言論表現委員会で副委員長を務めており、今回この場に呼ばれるきっかけとなったのは、ペンクラブ内でこの問題について勉強会を開きたいと考え、うぐいすリボンの荻野さんとつながったことによります。
さらに、社団法人日本出版インフラセンターの特別委員として活動し、読書バリアフリー法に対応するアクセシブル・ブックス・サポートセンターのセンター長も務めています。2004年から電子書籍事業に携わり、メタデータ(書誌情報)のデータベースや電子書籍市場の分析を得意としています。

今日お越しの皆さんの電子書籍に関する理解度はさまざまだと思いますので、前提を説明します。インプレスの調査によると、日本の電子書籍市場は昨年度の数字で6449億円規模となっており、その87%以上が漫画の売上です。読者が電子書籍を入手する方法としては、以下のようなストアがあります。

  • 総合型ストア(Kindleストア、Koboなど):文芸書や実用書なども扱う。

  • 漫画特化ストア:電子書籍市場の売上の大半を占める漫画に特化。

  • 無料漫画アプリ:ストアというよりは無料で漫画を提供するアプリ。

  • 雑誌の読み放題サービス。

  • 同人誌販売サイト:同人誌専門のサイトと、総合型ストアで一部同人誌を扱うパターンがある。

今回の話題は主に電子書籍における金融検閲についてですが、ここからは実際に何が起こったのかについて紹介します。

報道された事例として、2024年4月にDLsiteで海外ブランドのクレジットカード決済が停止され、9月にはメロンブックスでマスターカード決済が停止、12月にはVISAも停止されました。また、11月には漫画図書館Zが突然閉鎖に追い込まれたというニュースもありました。

漫画ばかりに注目が集まりがちですが、実は総合型の電子書店でも同様の事態が発生しています。2024年8月、ある総合型書店で、大手クレジットカード会社から「レギュレーション違反」として特定キーワードを含むコンテンツの配信停止要請があり、10月に取引が停止されました。また、11月には別の総合型書店でも決済代行会社から同様の要請があり、12月にはさらに別の総合型書店で「アダルト作品」を特定のキーワードを理由に配信停止するよう求められました。さらに、ある雑誌読み放題サービスでは、大手クレジットカード会社からアダルトコンテンツの配信停止が勧告されたにもかかわらず、そのカード会社のグループが運営する電子書店では当該コンテンツが配信されていたという事例もあります。

書店の対応は主に3つに分かれます。

  1. 勧告に従い当該コンテンツの配信を停止する。

  2. 配信は継続するが、当該コンテンツのみカード決済が通らなくなる。

  3. 電子書店全体の決済取引が停止されてしまう。

次に、出版社側の対応についてお話しします。電子書籍専門のある出版社にヒアリングを行ったところ、2024年11月、コミック専門ストアから配信停止の通知がありました。12月には、別のコミックストアでアダルトコーナーが丸ごと削除され、さらに他のコミックストアでも配信停止の連絡がありました。2024年11月から2025年2月までに配信停止となったコンテンツは660本にのぼり、いずれも特定のキーワードを含む作品でした。売上損失を試算したところ、年額で約3400万円、上代(販売金額)ベースでは1億円以上の損失が見込まれています。

出版社側の対応としては、以下のような措置が取られています。

  • メタデータの修正(特定キーワードの削除)。

  • NGワードリストの作成。

  • 今後の作品ではNGワードを使用しないようレギュレーションを設定。

問題点として、以下の点を指摘したいと思います。

  1. 影響が広範囲に及んでいる
     アダルトサイトだけでなく、一般のコミックストアや総合書店にも影響が出てきた。特に2024年11月以降に急速に広がっている。

  2. 運用が雑である
     本の内容ではなく、特定のキーワードのみで配信停止が決まる。
     クレジットカード会社がサイトをクロールし、キーワードに基づいて判断している可能性がある。例えば、「カロリー」という単語が問題視された事例がある(「カロリー」の文字列の中に「ロリ」が含まれるため)。

  3. 勧告から取引停止までの期間が極端に短い
     漫画図書館Zの閉鎖も短期間で決定され、他の書店でも同様の対応が取られている。説明する時間もなく、一方的に運用が進められている。

私は、性的暴力や性的虐待には強く反対ですが、こうした措置は行き過ぎた「ポリティカル・コレクトネス」ではないかと感じています。特定のキーワードを理由に排除することは、日本では「言葉狩り」といいますが、英語にもそうした言葉はあるのでしょうか?
こうした形で意識が醸成されて、「キャンセル・カルチャー」が進みかねない点も懸念しています。
以上が私からの報告となります。


インフラと表現の自由(荻野幸太郎)

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(撮影:マンガ論争)

先ほどの落合さんのプレゼンを聞いて、皆さん、どんな感想を持ったでしょうか? 会場にはこの金融的検閲の問題に詳しい人が多いので、「そうそう、こういうことがあるんだよ」とうなずきながら聞いて下さっていましたが、逆にその異様さに気がつかなくなってしまう恐れもあると思うんです。忘れないでください。これはものすごく異常な状況なんです。
まず、報道されてないですよね。 かなり大きな出版社や電子書籍ストアでもこういうことが起きていて、しかも有名な作品の書誌情報を書き換えるかどうかで問題になった事例もあります。SNSでは面白おかしくミームのように扱われていますが、しかし新聞やテレビのではほとんど報道されていないのが現状です。
先ほど、いくつかの電子書籍ストアや出版社で起きた事件について、落合さんは紹介してくれました。しかし、どれも匿名での情報提供です。詳しい話は大っぴらにしないでほしいという条件付きで取材に応じてもらったものです。多くの書店は、決済業者との摩擦を恐れて、問題を公に話しません。なぜなら、決済業者と揉めるとビジネスに支障が出るからです。
記者にも話さないし、業界の関係者同士で裏話のように情報交換をすることはありますが、決済に関する話は企業活動の機微に関わるため、あまりオープンにはされません。たとえば「決済手数料が何パーセントか」や「どのような条件で契約しているか」といった情報は、非常にセンシティブな問題です。結果として、出版社や書店が問題を共有して共闘するという状況にはなっていません。

私は1980年生まれで、静岡の田舎町で育ちました。本屋は近所に小さいところが二つしかなく、欲しい本がたくさんあった10代の頃は、よく本を注文していました。しかし、当時の取次システムはいい加減で、本がなかなか手に入らないことも多かったんです。
その後、宅配業者が通信販売を始めたことで、「これならもっと本が買える!」と期待しました。しかし、日本の出版業界には流通業者や書店が集まる強いギルドがあり、その圧力によって通信販売はなかなか広がりませんでした。
当時の私はそんな状況を恨めしく思っていましたが、しかし、このギルドは、出版の自由を支える強固なインフラでもありました。これまでの日本では、本の流通業者が問題のある本の出版を止めてしまったといった話は、ほとんど聞いたことがありません。
でも、日本の出版業界がAmazonに屈してから、業界のあり方は色々な面で大きく変わってしまったように思います。

今回の来日で、デイビッド・ケイ教授は、歴史認識問題や宗教など、日本におけるさまざまな論争的テーマに関する表現の自由の問題について取材をされたことと思います。しかし、そうした激しい反発を招くテーマや見解を扱った本であっても、書籍の流通が止まることはほとんどありませんでした。
日本では書籍の卸売りは数社による寡占事業ですから、そこが圧力に屈すれば本の流通は止まるはずです。でも、誰かが本の取次業者を吊るし上げて出版を妨害したという事例はあまり聞いたことがありません。それは「禁じ手」だという意識が社会にもあったのだと思います。
ですから、クレジットカード会社の意向で本の流通が止まる日がくるなんて、私はまったく予想もしませんでした。インターネットは、もっと人々を自由にするものだと思っていました。個人が誰でも自由に出版できるような世界になると信じていたのです。
しかし、今になって思えば、若いころの私は、分かっていなかったのです。私たちの表現の自由や知る権利は、私が古臭いものとバカにしていたインフラとギルドによって守られていました。インフラを他者に支配されてしまうというのは、こんなに惨めなことなのだなと、私は思い知らされました。

さて、今日、私たちは金融的検閲という表面的なレイヤーの問題について議論してきました。でも、私たちが本当に向き合うべき問題の本質は、さきほどの落合さんのプレゼンの冒頭と最後に現れていたと思います。
最初のスライドには「性暴力や性虐待を許容しない」というパワフルなメッセージがありました。そして最後には「キャンセル・カルチャー」や「ポリティカル・コレクトネス」の問題が提示されていました。
「性暴力や性虐待には絶対に反対だ」と、以前ならもっと自信を持って迷いなく断言できることだったと思います。しかし今日の世界では、いったいこの言葉は何を意味しているのだろうかと、立ち止まって考えざるを得ない状況に直面しています。言葉の意味が広がってしまったからです。
「インテグリティを傷付けるような敵対的環境を醸成する構造を助長する表現を傍観することも性暴力だ」といった定義で、性暴力が語られることも珍しくありません。性暴力について扱った文芸やマンガやアートの制作や出版、あるいは刑法についての議論が、表現の仕方が十分に適切でなかったことを理由に性暴力として激しく批判を受ける時代を私たちは生きています。

流通させるべきではない表現とは何かの議論は、アメリカの市民社会の中で行われています。クレジットカード会社やインターネット企業のポリシーは、アメリカ社会での議論によって形成されていきます。しかし私たち日本人がその議論に参画することは難しいのが現実です。アメリカで、日本の文脈や事情が考慮されないまま、日本の情報流通に関わる重要なインフラのあり方が決められ、結果として日本の出版が止まる状況が生まれています。この状況をどう変えていけるか、ぜひ皆さまと考えたいと思っています。


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