「今牛若丸」の異名を取った阪神の名遊撃手で、監督として1985年(昭60)に球団初の日本一を達成した吉田義男(よしだ・よしお)さんが2月3日、91歳の生涯を閉じました。日刊スポーツは吉田さんを悼み、00年の日刊スポーツ客員評論家就任以前から30年を超える付き合いになる“吉田番”の寺尾編集委員が、知られざる素顔を明かす連載を「吉田義男さんメモリーズ」と題してお届けします。

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今年もプロ野球の開幕が近づいてきた。25年シーズンの新生阪神は、敵地広島に乗り込んで、3月28日からマツダスタジアムでの3連戦で幕を開ける。

計3度の監督を務めた吉田さんは「開幕ダッシュはポイントですわ」と説いた。過去に同じ広島での開幕戦で“落とし穴”にはまった苦い思いが脳裏にこびりついている。

これでもか、これでもかとこだわった守備の達人が、敵の内野陣から仕掛けられたトリックプレーにあった。ベンチで怒りに似た悔しさを覚えたのは想像に難くない。

「まさかでした。悔しくてたまらんかったです。長いこと野球やってますけど、あんなプレーにあったことはありませんでした。めったにあるもんと違いますからね」

吉田さんが2度目の阪神監督に就いた1985年(昭60)の開幕戦だった。4月13日、広島市民球場での広島戦。3対3の同点で迎えた延長10回表の攻撃だった。

広島のサウスポー大野に、代打北村が左前打で出塁し、1番真弓がきっちりと犠打を決めた。勝ち越しのお膳立てができた瞬間、二塁走者・北村が“隠し球”にひっかかった。

広島の指揮をとったのは前年、日本一になって緻密な野球で知られた古葉竹識監督だった。二塁木下、ショート高橋の二遊間。最後は北村が木下からタッチを受けた。

絶好のチャンスがつぶれたばかりか、その裏の阪神はストッパー山本和が福嶋に中越え二塁打のサヨナラ打を浴び、開幕からショッキングな負けを喫した。