ロキファミリアの眷属達が、朝食を摂るために『黄昏の館』の食堂へ集まっていた。朝食のあとにダンジョンへ潜る者も居るが、それ以外の今日が休暇の者も居ることから、所属する団員達が皆決まった生活習慣をしていることが一目瞭然だ。
そんな人が多い食堂へ、褐色の肌を大胆に見せた服を着た少女が入ってきた。
「みんな、おはよー!」
ティオナ・ヒリュテが元気に挨拶をしながら食堂へとやってくる。ガヤガヤと朝から人が多く集まり混雑していることから、どれだけ意欲的に冒険稼業をしている眷属が居るのかが分かる。ファミリアで課されるノルマはあれど冒険者は自由がモットー。
それにも関わらず、これだけ朝早くから集まるのは団長であるフィン・ディムナの統率力と、副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴの厳格さによるものだろう。もし、万が一怠惰な者が現れてもフィンに恋するアマゾネスと、弱者が嫌いな
朝にも拘わらず、元気一杯な声に呆れながら彼女の姉であるティオネ・ヒリュテはその声に返事をする。
「はいはい、おはようティオナ。相変わらず朝から元気過ぎでしょあんた。なんか良いことでもあったの?」
「おはようございますティオナさん。それと、そうですよ。ついこの間まであんなに落ち込んでいらっしゃったのにどうしたんですか?」
先に席に着いて朝食の食べていたティオネと、エルフのレフィーヤはどこまでも自然体でティオナに話し掛ける。アマゾネスとエルフは種族的に波長が合いにくいのだが、三人の間に軋轢というものは一つもない。
これは、ヒリュテ姉妹が他のアマゾネスと違い性に奔放でなかったりする点や、レフィーヤが他のエルフほど排他的な思考を持たないからこその関係性なのかもしれない。
「修理に出してたウルガが今日帰ってくるんだよー。他の奴使ってたけどやっぱりなんか違うなーって感じてたんだよね。これで、ようやく【
「あんたねぇ。ゴブニュファミリアの鍛治師に乱暴に扱うなって怒られたばかりでしょう?そのうち、ウルガ壊して借金負うことになっても私は知らないからね」
「えー!?そんなことしないよー!今回のモンスターが特別硬かっただけだって!」
「あはは……ティオナさんがウルガを修理に出すの恒例みたいになってますよね。……あっ、そうだ!ティオナさんもアイズさんみたいに不壊属性を付与して貰えばいいのでは?」
ぽんっとまるで名案のようにレフィーヤが言うが、ティオナがしらーっとした目を彼女に向けた。
「えぇー……、レフィーヤそれ本気で言ってる?」
「後衛の杖を使う魔導師だからってそれは流石に常識を知らな過ぎよレフィーヤ。いい?
だから、相当腕の立つ鍛治師でしか扱えないことはもちろん、そもそも希少金属だから相場も高くなるから、アイズのあの剣一本作るのにどれだけの金額が掛かっているのかあんた知らないでしょう?そんな
こめかみを押さえるようにしながらティオネが言う。おそらく、その、不壊属性を付与したウルガでも壊すことはなくなっても、失くしたりする可能性があるとティオネは思っているのだろう。──そして、それは間違いではない。
そんなことを話していると新たな人影が彼女達の近くに現れる。
「……うん、もの凄くお金が掛かったよ」
「アッ、アアアアアアアアイズさんッ!?!?お、おはようございます!!」
「うん、おはよう。レフィーヤ」
そんな談笑を彼女達がしていると、金糸のような長い金髪を靡かせる、作り物めいた人形のような美しさを抱かせる女性が食堂に入ってきた。いつもの読み取りづらい表情ながらも、女神様でも嫉妬するという美貌は男でも女でも目で追ってしまうほどに可憐だ。
「アイズおはよー!」
「おはようアイズ」
だが、俺は知っている。彼女もまたこのオラリオで一目置かれる存在、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインであると。才能に愛され強力な風の魔法に卓越した剣技。このオラリオで誰もが知っている『Lv.5』の第一級冒険者が彼女に他ならない。
いや、それは彼女だけではない。アマゾネスのヒリュテ姉妹も同じくして『Lv.5』の第一級冒険者である。同じ席に居るレフィーヤも『Lv.3』ではあるが、ハイエルフにして副団長のリヴェリアの後継者という立ち位置を、既に十五歳の身で確立している才女だ。
華やかで魅力的な少女達だが、その実次世代のロキファミリアを牽引する有望株である。
そんな彼女達を見て嫉妬の感情を湧き出てしまうのは、きっと俺が未熟だからだ。既にその道は諦めたというにそれでも諦められないのは情けない俺の女々しさなのだろう。
だから、誰にも気付かれないように息を一つ吐いて、アイズが入った扉とは違う扉から食堂に入っていく。
「あれ?もうみんな居るじゃないっすか。朝なのに早いっすねー」
「……いや、ラウル。あと一時間後にはダンジョンに行くんだからこれぐらいが普通だぞ。それこそ、もう少し遅かったらお前、朝飯抜きだったからな?」
「ええっ!?少しは遅らせてくれてもよくないっすかクリスっ!?事務作業で昨日は遅くまでやってたんっすよー!」
「いやいや、それは俺達もそうだからな?まあ、程度の差はあると思うがアキほどじゃないだろラウルの仕事量は」
「まあ、それはそうっすけどぉ……俺とアキを比べないで欲しいっす。アキの器用さに勝てる人なんてロキファミリアに五人もいないっすよ」
「まあ、それはそうなんだけどな」
同じ『Lv.4』のクルス・バッセルが呆れたように叱ってくる。まあ、遅れてやってきたのは自分のため言い返す言葉など何もない。気付かれない程度に茶化しながら言葉を交わし、みんなが知る『ラウル・ノールド』になった。
「まあまあ、こうして集まれたんですからいいじゃないですか。ほら、食べましょう」
パーティーで回復を担当するリーネ・アルシェが取り持つように場を宥める。図書室で本を読んでいそうな文系の眼鏡少女は、とある
オラオラ系の男性がタイプだとかそういう訳ではない、別の理由があるのだが
朝食を受け取りに行き、いつものメンバーで集まるときの定位置に座ると、隣に座る少女……いや、二十を過ぎているため女性というべきか。その女性がいきなり俺の腕をぐいっと引っ張る。
「えっ!?アキ!?」
「くんくん……、やっぱり……」
首筋に鼻を近付けられて匂いを嗅がれてる……?そんなに臭いがキツいのだろうか。
「(え?何それ泣ける…………い、いや、汗を洗い流してきたから良い匂いの筈だ。で、ですよね!?ねっ!?アキさんッ!?)」
気のせいかジトーッとした視線をこちらに向けている彼女は、黒い艶のある髪を肩甲骨の辺りまでストレートに伸ばし、さらに
彼女は【
彼女は団員からアキの名前で親しまれており、しっかり者で自分をちゃんと持っている猫耳の黒髪美人さんである。それこそ、オラリオでも指折りの美人と数えられるアイズやリヴェリアと比べればその認知度は押して然るべきだが、町を歩けば周囲の人々の目を引くほどに可憐な女性だ。
「(なんなら、前世では猫耳趣味でも何でもなかったのだけど、目の前に居るアキによってちょっと性癖を狂わせられている気がする今日この頃。才色兼備で聡明、そしてベートに臆すことなく話し掛けられる気丈さを持ちながら、しっとりとした女性らしい弱さを併せ持つ……うーん、キャラが強い)」
だが、そんな彼女がどうしてこんな真似をしているのか分からない。それこそ、
「はわわわわっ!?」
「えーと……アキどうしたんだ?というか、俺達は何を見せ付けられてるんだ?それと、リーネ落ち着け。気持ちは分かるが落ち着け」
目の前に居るクルスとリーネの反応に何かを思うべきなのだろうが、アキとは男女の関係という訳ではないため、今この場で最も混乱しているのは自分である。顔が赤くなったりしていないか気になりつつ、何故アキがこんな衆人環視の中でこんなことをするのか。いや、そもそも何故こんなことを俺相手にするのか俺が教えて欲しい。
だが、そんな俺の内面を無視するかのように、所々で黄色い声とザワザワといった喧騒が聞こえ、食堂の四方八方から視線という視線がこれでもかと突き刺さる。
「わー!大たーん!あの二人ってお似合いだと思ってたけどそこまで進展してたんだ!」
「キャー……!や、やっぱり、そうだったんですね!二人の距離感がそうじゃないかとファミリア内で噂になってましたが、本当に恋人同士になっていたなんて……!あんなことお付き合いなされている男性相手じゃないとしませんよね!?ね!?」
「アキの性格からして誰にでもああいうことする
「え……?……あの二人ってそういう感じだったんだ……」
「「「……え?」」」
「……ふんっ」
「え、えぇ……」
さらに、意味が分からないのがどこか不機嫌になっているということ。耳が横に向けてアキがする癖……というか、
ハッキリ言って訳が分からない。自分から匂いを嗅いできて気に入らないから不機嫌になるとか物凄く理不尽なのでは?アキってそういう自分本意な振る舞いとかはしないタイプなんだけど……まさか、朝から誰かがエールを飲ませたのか!?
「あ、あれ?なんかアキ不機嫌じゃない?どうしちゃったの?」
「さ、さあ?ラウルさんが何かしちゃったんでしょうか?……いやでも、ラウルさんは一方的にされていた側ですし、この一瞬で何か落ち度があるようには……」
「痴話喧嘩にしても脈絡が無さ過ぎるし、今日のアキってどうしちゃったのかしら?あとで、少し話に行きましょうか」
話の流れがよく分からないアイズは、ふと思い出した言葉を口にする。
「……スピード離婚?」
「……って、ええええっ!?いきなり、なんてフレーズを口走るのアイズ!?幾らなんでも不穏すぎるよッ!」
「!?」
「…………明らかにロキの入れ知恵ね」
そんなこんなで朝食を済ませて、クルス達とパーティーを組みダンジョンに向かった。クルスとリーネの二人から何とも言えない気まずい視線を受けながら、無心で一匹でも多くモンスターを狩っていくことだけに注力する。浮かれている暇など俺には微塵もないのだが、この状況でその視線を完璧に意識の外へ追いやるのは俺が未熟過ぎた。
……やはり、俺は駄目な奴だ。このままでは、俺のせいでオラリオが終わってしまう。俺の目標は英雄になることなんかじゃない。俺の目標は一日でも早くから原作のラウル・ノールドに追い付くこと。ただそれだけだ。
ちなみに、不機嫌なのは変わらないけどアキはバンバン指示を出したり完璧な連携するため、何一つとして不自由することなくダンジョンを進み帰還した。この人のメンタルどうなってんだよ……。