英雄の道標


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作:Sisui.S
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悪の狂宴


 

──燃えている。

 

炎が都市を喰らい尽くす。

夜空を覆い尽くす黒煙、絶え間なく響く悲鳴。

崩れ落ちる建物の轟音が響き、火の粉が雨のように降り注ぐ。

 

これは地獄だ。

 

足元には転がる屍。

顔もわからないほど黒く焦げた遺体。

片腕を伸ばしたまま動かない、助けを求めたまま消えた命。

 

目の前では、誰かが泣き叫びながら逃げ惑う。

傷だらけの身体を引きずりながら、瓦礫の隙間を駆け抜けようとする人々。

だが──

そこに降り注ぐのは容赦ない刃。

 

遠くで爆音が轟いた。

炎が爆ぜ、衝撃が地面を揺るがす。

倒れた者たちの悲鳴が響く。

 

もう、何度目の光景かわからない。

 

私は剣を握る。

その手には、すでに感覚がない。

握りしめた柄が、まるで別の誰かのもののように感じるほど、手のひらは血と汗でぬめっていた。

 

「ッ!」

 

歯を食いしばり、再び走る。

剣を振るう。

目の前に現れる敵を、ただ無心に斬り伏せる。

 

──何度でも。

 

──何度でも。

 

誰かの叫び声。

仲間の怒声。

敵の嘲笑。

何もかもが、混ざり合い、濁っていく。

それでも、私は立ち止まることはできない。

 

敵は次から次へと現れる。

そして、同じように味方も倒れていく。

 

──どれだけ戦えば、この地獄は終わるのだろうか。

 

どれだけ戦えば、この都市は救われるのだろうか。

 

正義を掲げても、理想を叫んでも、敵は何も感じることなく破壊を続ける。

私たちの戦いには、果てが見えない。

仲間たちは次々と倒れ、守るべき人々は無残に命を落としていく。

 

それでも、私は剣を振るう。

 

踏み込む。

前に進む。

何度でも、何度でも。

 

「守らなきゃ……」

 

誰に言うでもなく、呟いた。

 

──私は戦う。

 

そのために、ここにいるのだから。

 

誰かがやらなければならない。

 

泣き叫ぶ人々を逃がしながら、私は走る。

崩れた建物の隙間から、手を伸ばす。

生きている者を引き上げ、まだ戦える者を奮い立たせる。

 

私が、ここで倒れるわけにはいかない。

私が、希望を捨てるわけにはいかない。

 

「援護をお願い!」

 

叫びながら、敵を斬る。

仲間が魔法を放ち、炎が敵を飲み込む。

それでも、敵は止まらない。

 

傷だらけの体。

痛みを感じる暇すらない。

立ち止まることが、許されない。

 

誰かが倒れる。

私は手を伸ばす。

それでも、救えない命のほうが多かった。

 

救えなかった者の顔が、瞼の裏に焼き付く。

 

──どうして、こんなことになったんだろう。

 

どこで間違えたのか。

どうすればよかったのか。

答えは、どこにもない。

 

それでも、私は走る。

誰かの命が、消えないように。

たとえそれが、一瞬の灯火でしかなくても。

 

──そして、その先に、“それ”はいた。

 

燃え盛る炎の向こう。

崩れかけた建物の上。

血に濡れた大地の上。

 

揺らめく光の中で、静かに、揺るぎなく、“影”は佇んでいた。

 

心臓が跳ねた。

 

呼吸が止まる。

 

──嘘。

 

崩れるように膝が落ちる。

 

剣を握る指先が、震えた。

 

信じたくない。ありえない。こんなはずがない。

 

──どうして、あなたがそこにいるの?

 

言葉にならない声が喉の奥で詰まる。

悲鳴すら出ない。

 

これは、悪夢だ。

そうでなければならない。

 

けれど、その瞳が。

 

何よりも大切で、愛しくて、誰よりも守りたかった”あなた”が。

 

私を見下ろしていた。

 

何の感情も宿さない、ただの影として。

 

炎の熱よりも、血の匂いよりも、何よりも。

 

胸を引き裂かれるほどの、絶望がそこにあった。

 

◾︎

 

オラリオ南西、第六区画。

闇派閥の三大拠点のひとつを目前に、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の一行は、路地裏や建物の影に身を潜めていた。

 

「団長、全員配置についた」

 

輝夜の静かな報告に、アリーゼは小さく頷く。

 

「敵には気付かれていない?」

 

問いに応じるように、戦装束に身を包んだ少女が視線を走らせる。普段と変わらぬ着物姿に、佩いた刀が僅かに揺れた。

 

「今のところ、そんな気配はない。ただ……静かすぎるのが気になる」

 

闇派閥の拠点にしては、あまりに不自然なほどの沈黙。

警戒を強めるべきか――そんな思考を巡らせるも、アリーゼは迷いを振り払うように前を向いた。

 

「それでも行くしかない。今日、ここを落とす」

 

決意を滲ませるその眼差しは、目の前の建物へと向けられる。

豪商の邸宅として使われていた過去を持つ、大型の倉庫のような造り。

しかし、今は闇派閥の拠点と化し、不気味な静寂に包まれていた。

 

アリーゼたちのやり取りを視界の端に捉えながら、リューは隣の少女にふと声をかけた。

 

「アーディ……」

 

名前を呼ばれた少女が、静かにこちらを向く。

 

「なに、リオン?」

 

リューは一瞬、言葉を選びかけたが、結局、それ以上のものは見つからなかった。

胸の奥にある思いを、余計な飾りなく、ただ率直に告げる。

 

「……いえ。勝ちましょう」

 

それだけの言葉だった。だが、それこそが今、この場に立つ者たちにとって最も必要なことだった。

アーディは一瞬目を見開いた後、すぐに微笑む。

 

「──うん」

 

短く、しかし確かにその言葉を受け止め、彼女は再び前を向いた。

 

 

 

 

 

「オッタル様、アレン様、本当によろしいのですか? ヘグニ様、ヘディン様、そしてアルフリッグ様方を部隊に加えず……」

 

都市第五区画。

闇派閥の拠点を包囲する【フレイヤ・ファミリア】の戦士たちの間で、緊張が静かに張り詰めていた。

伝令役の団員が、一歩進み出て低く問いかける。

 

「エルフと小人族の手なんざ要らねえ。この猪がいりゃ、それだけで十分過ぎる」

 

短く言い放つアレンの言葉に、オッタルも頷きながら淡々と告げる。

 

「予備隊の指揮はすべてヘディンに任せる。有事の際は、奴の指示に従え」

 

戦場において、彼らの視界に映るものは目の前の敵のみ。

獣人たちの静かな闘志に触れ、伝令の青年はわずかに息を呑み、すぐさま姿勢を正す。

 

「はっ! ……ご武運を」

 

団員が去ると、周囲ではすでに刻々と戦いの準備が整いつつあった。

そして、美神の眷族は、ただひとつの意志をもって動き出す。

 

「予定の刻限と同時に喰い破る……止めるんじゃねえぞ」

「――ああ、殲滅するのみだ」

 

 

 

 

 

「フィン、作戦準備は完了した」

 

都市第七区画。

三つの突入部隊のうち、最後の一つ――【ロキ・ファミリア】はすでに準備を整え、首領の号令を待つのみとなっていた。

装備を整えたリヴェリアが、魔導士の長杖を携えながら静かに告げる。

彼女の言葉に、フィンはゆっくりと視線を上げた。

 

「三拠点の同時突入まで、あとわずか……どうした?」

 

問いかけるリヴェリアの表情が微かに曇る。

フィンは己の右手を見下ろしていた。

 

「……親指が疼いている」

 

手袋に包まれた小さな親指が、他者の目にもはっきりとわかるほど痙攣していた。

 

「いつもの『勘』か?」

「――ああ。八年前、『暗黒期』が始まってから、ずっと疼き続けていたが……今日のそれは、一番強い」

 

その言葉に、リヴェリアとガレスは無言のまま視線を交わした。

フィンの直感がもたらすものの重さを、誰よりも知る者たちだった。

 

「……どうする?」

 

短く問うたのはガレスだった。

ハイエルフとドワーフ、どちらの瞳にも迷いはない。

彼らは決断を待っていた。

 

フィンは一度瞑目し、深く息を吐く。

そして、ゆっくりと目を開いた。

 

「行くしかない」

 

その声には、迷いも、後悔もなかった。

 

「先延ばしにしたところで意味はない。万全の準備を済ませたのなら、あとは乗り越えるか、砕け散るか――二つに一つだ」

 

決意の言葉をもって、そう断じた。

 

 

 

針の音が鳴る。

小人族の少女が持つ懐中時計が、静かに秒を刻んでいく。

金属の針が微かな音を立てながら、確実に時を進めていた。

 

時の経過とともに、場の空気は変わる。

言葉は徐々に消え、一人、また一人と口を閉ざし、沈黙が満ちていく。

 

遠く離れた館では道化の神が、屋敷では象面の神が、市壁の上では使者の神が、巨塔の最上階では美の神が、それぞれの場所から戦場を見つめていた。

 

白妖精と黒妖精、四つ子の小人族、酒場の女主人、単眼の鍛冶師。

女戦士の悍婦、幼き聖女、『牙』の意味に未だ気付かぬ狼人。

穢れを知らぬ白き妖精、剣を持つ一人の少女。

 

アスフィをはじめとする冒険者、鍛冶師、治療師たちは、市内の各地点で待機しながら、闇派閥の拠点を見据えている。

 

アリーゼが、輝夜が、ライラが、シャクティとアーディが、オッタルとアレンが、フィンとリヴェリアとガレスが、それぞれ自らの戦場を見つめ、息を潜めていた。

 

戦の時が、近づく。

 

正義の女神は瞼を閉じ、静かに祈る。

彼女の願いは、ただ一つ。

眷族たちが無事に帰還すること。

 

リューが、武器を抜いた。

針の音が、刻限を告げる。

 

「時間だ」

 

リヴェリアの静かな声が響く。

その瞬間、張り詰めた緊張が弾け、冒険者たちの戦意が一気に膨れ上がる。

それを背に受けながら、フィンは短く命じた。

 

「突入」

 

『大抗争』、開幕。

──時は来た、と。

神は、静かに笑った。

 

◾︎

 

固く閉ざされていた門が、轟音とともに吹き飛んだ。

 

「て、敵襲ぅううううううううううううううう!?」

 

『魔法』の閃光が闇を裂き、同時に三つの拠点で戦端が開かれる。

雪崩れ込む冒険者たちの姿に、闇派閥の兵士たちは悲鳴を上げた。

 

「進めええぇ─────ッ!」

 

第六区画の廃棄商館に響く、轟く軍靴の音。

シャクティの雄叫びが電撃のように突撃を煽り、動揺する敵を次々と薙ぎ倒していく。

 

その波に混じるのは、【ガネーシャ・ファミリア】の猛者たちだけではない。

戦乙女のごとく駆け、閃光の軌跡を描く【アストレア・ファミリア】の姿もあった。

 

「はあぁッ!」

 

リューの木刀が雷光のように閃き、敵の一人を地面に叩き伏せる。

その流れを受け、輝夜、アスタ、ノインの優れた前衛が次々と刃を振るい、敵陣を切り裂いていった。

 

「施設を制圧するわ! ネーゼ、マリュー! イスカ達を連れて散開して!」

「一人たりとも逃がすな! 全員無力化し、捕縛しろ!」

 

アリーゼとシャクティ、両団長の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。

「了解!」「任せろ!」と、ネーゼや【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者たちが応じ、建物の東西に分かれていく。

 

戦場は壁を何度も破壊し、撤去した痕跡の残る大通路。

剥き出しの建材、煤けた壁、足元に積もる灰。

ここはもはや商館ではなく、悪党どもの巣窟だった。

そこに散乱する大量の武器、怪しげな装置、密輸物資が、この場の意味を明確に物語る。

 

「通路奥! それと上! 来るぞ!」

 

素早く戦況を見極めたライラが警告を放つ。

それに即座に反応したのは、アーディだった。

 

「任せて!」

 

片手剣《セイクリッド・オース》を構える。

人を斬ることを厭う少女も、歴としたLv.3。

幾多の魔物、そして罪人を裁いてきたその剣が、痛烈な一撃を叩き込む。

二階の吹き抜けから飛び降りてきた闇派閥の兵士は、反撃の隙もなく剣圧を受け、呻きながら地面に転がった。

 

「がっ……!?」

 

肉を断つことなく、しかし確実に打撃で意識を刈り取る。

 

「青二才、右をやれ。逆は私が仕留める」

「言われなくとも!」

 

通路奥、扉を蹴り開けてなだれ込んできた敵兵に対し、輝夜とリューが鋭く切り込んだ。

憎まれ口を叩きつつも、二人の動きには一切の迷いがない。

 

数の多寡など意に介さず、怯むことなく刃を振るう。

輝夜の刀が抜刀されるより早く、敵が動くことはない。

鋼を断ち、鎧ごと防具を引き裂く一閃。さらに二の太刀、三の太刀が敵が反撃する間もなく浴びせられる。

それは凛冽たる極東の『技』。

斬撃の結界が生まれたかのように、目の前の男たちが次々と崩れ落ちた。

後方の敵兵たちは、その光景に血の気を失い、恐怖を滲ませた。

だが、輝夜には情けの一片すらない。

そのまま自ら突撃し、次々と両の刃を振るい、味方すらも「うわぁ……」と声を漏らすほど容赦なく斬り伏せていく。

 

「──【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

輝夜が斬り伏せる逆側。

覆面のエルフは敵兵と斬り結びながら、低く呪文を紡ぐ。

 

白兵戦において、輝夜の刀技に一歩譲ることをリュー自身も認めていた。

悔しさを滲ませながらも、それを受け入れている。

──だが、彼女には『歌』があった。

 

前衛に相応しくないほどの『火力』を持つ、その魔導の詠唱。

まとめて敵を焼き払う風の刃が。

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

緑風を纏った光玉の砲撃が通路を埋め尽くし、闇派閥の兵たちを飲み込んだ。

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

無慈悲な閃光が走る。

爆風が吹き荒れ、敵兵たちは壁に叩きつけられ、ある者は吹き飛び、ある者は動くことすら叶わぬまま崩れ落ちた。

通路のあちこちが半壊し、魔力の残滓が霧のように舞う。

その中、リューは淡々と呟いた。

 

「……またやりすぎてしまいました」

「魔導士でもねぇのに、相変わらず馬鹿げた砲撃!」

 

敵がほぼ一掃されたのを確認しながら、ライラが肩をすくめる。

 

「これなら楽勝だな……と言いてえところだが」

 

わざとらしく朗らかに振る舞いながらも、ライラの瞳は油断なく細められていた。

彼女の鋭い眼差しに、大型の槍を持つシャクティも同意する。

 

「ああ、上手く行き過ぎている」

 

闇派閥の末端の兵たちは激しく抵抗している。

だが、ここは敵の本拠地だ。

それにもかかわらず、味方の部隊に目立った損害はない。

それが逆に、冒険者たちに不穏な空気を漂わせていた。

 

順調すぎる進軍の感覚。

それはまるで、目に見えぬ陥穽へと導かれていくかのような不吉さを孕んでいた。

冒険者であれば誰もがダンジョンで経験したことのある、底知れぬ違和感──ライラたちもまた、それを感じ取っていた。

 

「やはり罠をこさえているか。敵の拠点なら、防衛手段の存在は然るべきではあるが……」

 

輝夜が静かに呟く。

 

「だとしても、作戦続行よ! 相手も施設内の人員を大勢失ってる! このまま最後まで畳みかけるわ!」

 

その言葉は、アリーゼの迷いなき決断だった。

引き返すという選択肢は、冒険者たちにはない。

問題の先送りは決して『暗黒期』の終焉には繋がらない。

それに、敵の本拠地へと足を踏み入れた以上、ここで背を向ければ却って危険を呼び込むだけだ。

 

彼女の宣言に、リューたちは頷いた。

シャクティ、アーディ、アリーゼ、輝夜、ライラ、そしてリュー。

両派閥の精鋭たちと、【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者たちで構成された本隊は、明かりのない薄闇の通路奥へと進んでいく。

 

──その中で、一人。

 

誰にも気づかれることなく、アリーゼの表情がほんのわずかに翳っていた。

 

それは、わずかに揺らぐ瞳の色。

かすかに強張る唇の端。

ほんの一瞬、心の奥底で揺らいだ感情を押し殺すかのような、微細な陰り。

それでも、彼女は誰にも悟られぬように微笑を浮かべる。

進まなければならない。迷うことなく。

そうして、本隊は闇の奥へと足を踏み入れた。

 

何枚もの板が打ち付けられた鎧戸は、外の光を一切通さない。

進めば進むほど、空気は冷え冷えとし、まるで冥府の奥底へと誘われているかのようだった。

闇が深まり、冒険者たちを絡め取るように沈黙が支配する。

その中を慎重に進む一行の前に、唐突に通路の終わりが訪れた。

 

「……! 道が開ける! 最深部!」

 

アーディの声が響く。

アリーゼたちは隊列を維持したまま、警戒を怠らずに奥へと飛び込んだ。

 

「ここは……!」

 

そこは、これまでの通路と同じく、酷く殺風景な場所だった。

物資運搬用の鉄製カーゴが無造作に積まれ、乱雑に折り重なっている。

天井は高く、ゆうに十メートルはある。

まるで、空の見えない寂れた港湾。

廃棄された工場というよりも、船の積み荷を放置した倉庫のような場所だった。

恐らく、かつては商館の品を保管する倉庫だったのだろう。

しかし今は、闇派閥が悪事に関わる物資を溜め込む『貯蔵庫』へと変貌していた。

広々とした空間に足を踏み入れ、リューたちが油断なく身構えた、その時。

 

「よぉ、来たなぁ」

 

突然、女の声が頭上から降ってきた。

 

「──!! 【殺帝(アラクニア)】!」

 

リューたちが素早く振り向く。

積み重なったカーゴの上に、ヴァレッタ・グレーデが悠然と佇んでいた。

 

「フィンがいねえ……ちッ、外れだぜ。あの女、てきとーな情報寄こしやがって」

 

ヴァレッタは辺りを見回し、アリーゼたちの顔を確認すると、舌打ち交じりに不機嫌そうに呟く。

その声の後半は、誰にも聞こえないほど小さかったが、一転して彼女の口角が吊り上がる。

 

「にしても、ここまで来んのが早過ぎんだろうがよ~。電光石火どころじゃねえぞ。ったく」

「言葉と顔が一致してねーぞ。汚え笑みくらい消しやがれ……何を隠してやがる」

 

ヴァレッタを鋭く睨みつけるライラ。

その視線を受けても、ヴァレッタは余裕の笑みを崩さない。

 

「さぁなぁ? てめえ等をブチ殺すための算段じゃねえか?」

 

軽薄な笑みを浮かべたまま、見下ろしてくる女。

余裕を崩さない女の嘲笑に、ライラの顔にはさらに険しさが増す。

 

「ヴァレッタ・グレーデ! 施設内は制圧した! 兵士もほとんど捕えている! 大人しく投降しろ!」

 

鋭く告げ、一歩前に出たのはシャクティだった。

彼女の言葉に、アリーゼや輝夜、アーディも視線を注ぐ。

しかし、闇派閥の女幹部はそんな状況すら愉しんでいるかのように、哄笑を上げた。

 

「ヒャハハハハ! その台詞にハイそーしますと頷く悪党がいるかよぉ! ──出ろぉ、てめえ等ぁ!」

 

号令が轟いた次の瞬間──。

 

「伏兵!」

「まだこんなに!」

 

リューとアーディの声が重なった。

周囲のカーゴの陰から、無数の敵兵が現れる。

頭から白濁色のローブを被った、画一的な装いの者たち。

体格からして、獣人とドワーフが多い。

魔導士の姿はない。

しかし、数は圧倒的。

彼らは冒険者たちを包囲するように武器を構えた。

 

「来やがれ! 遊んでやる!」

 

紅の長剣を肩に担ぎ、ヴァレッタ自身も跳躍する。

それが、戦闘開始の合図だった。

次の瞬間、雄叫びが響き、敵兵たちが一斉に襲いかかる。

鋼と鋼がぶつかり合い、激しい剣戟の音が空間を震わせた。

 

「退け!!」

「がっっ!?」

 

輝夜の鋭い太刀が、一人の敵を斬り伏せる。

しかし、すぐに次の敵が迫ってくる。

 

舌打ちをしながら防御に回る輝夜を横目に、リューは素早く動いた。

ドワーフの戦鎚を受け流し、返す刀で反撃。

さらに、側面から襲いかかる一撃を振り向きざま弾き飛ばす。

 

「乱戦……! これが最後の抵抗というわけですか!」

「孤立するんじゃねーぞ! 敵も雑魚じゃねえ! 数で押されたら足元をすくわれる!」

 

戦場の喧騒の中、リューや輝夜の背を支援しながら、ライラは鋭く呼びかけた。

冒険者と闇派閥の戦いは熾烈を極めるが、敵兵の質が明らかに変わっていた。

 

道中の雑兵とは異なる、より前衛特化の鍛え上げられた戦士たち──『上位兵』。

 

ライラは敵の大剣や鉤爪を軽やかに回避し、飛去来刃を放って味方を援護する。

敵の動きは洗練されていた。

それでも、戦況はこちらが押している。

 

「ははははははははっ! やるじゃねえか、【象神の杖】! それに【紅の正花】!」

 

ヴァレッタ・グレーデが血を滾らせるように笑う。

唯一のLv.5である彼女に対峙するのは、アリーゼとシャクティ。

Lv.4の両団長は、力の差に屈することなく『技』と『駆け引き』、そして緻密な連携を駆使して拮抗を保っていた。

 

──だが。

 

(──臭え。超臭え)

 

ライラは双眼を細め、戦場の奥に蠢く違和感を嗅ぎ取る。

 

(拠点奥で繰り広げてるこれが最後の抵抗? バカ言うんじゃねえ。時間さえかけりゃ、この敵兵もまとめて一掃できる。リオン達が刺し違える可能性なんて、あるわけねえ)

 

リューと輝夜が刃を交わし、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちが奮戦し、

そして戦場の中心では、アリーゼとシャクティがヴァレッタと渡り合う。

 

──いや、アリーゼはそれ以上に。

 

「──はッ!」

 

赤き閃光が駆ける。

彼女の剣がヴァレッタの刃を弾き、間髪入れずに蹴撃を叩き込む。

 

「っの野郎……!」

 

笑いながら後退するヴァレッタとは対照的に、アリーゼの表情はどこか硬い。

息を乱さず、相手の動きを読み、僅かでも隙が生まれれば即座に斬り込む──。

 

その戦いぶりは、Lv.4になりたてとは思えなかった。

──いや、むしろ。

 

(今、私……おかしい)

 

確かに、力が漲る。

体が軽い。

動きが冴えている。

敵の動きが手に取るようにわかる。

だが、それがただの成長ではないことを、彼女は悟っていた。

 

(──アゼルが、近くにいる?)

 

その可能性が頭をよぎった瞬間、アリーゼの胸が強く締めつけられた。

戦場の中で、彼の気配を感じる。

本来ならありえないはずのことが、確信のように胸に落ちる。

ステイタスが上がっている。

研ぎ澄まされていく。

それは、彼がこの近くにいるから。

 

──どうして?

 

──どうして、こんな場所で?

 

「……ッ!」

 

脳裏に広がる疑念と、拭えない違和感。

今、この瞬間に彼を感じるということは──彼が危険な場所にいる可能性を示している。

 

(違う……そうじゃない。彼がここにいるはずがない)

 

戦闘に集中しなければならないのに、考えが逸れる。

それがどこか、恐ろしかった。

自分のステイタスが向上することは、決して悪いことではない。

戦場での優位は、仲間を守る力になる。

 

それでも得体の知れない不安が、喉の奥に張り付くような感覚が離れない。

まるで、目の前にある敵とは違う、もっと根源的なものに足を掴まれているような──

 

(……なんなの、この感じ)

 

目の前の敵に集中しなければならない。

今は戦いに身を投じるべきだ。

なのに、確かにある。

誰にも気づかれないはずの、アリーゼの翳り。

 

ただ、一人だけ──彼女自身は、それを知っていた。

 

自分が、漠然とアゼルを感じ取ってしまっていることを。

それが、自らを強くしてしまっていることを。

そして、それが何よりも、怖かった。

 

 

 

アリーゼは胸にわだかまる不安を抱えながらも、目の前の敵に意識を集中させた。

いまは余計なことを考えている場合ではない。

彼女はシャクティと連携しながら、ヴァレッタ・グレーデを確実に追い詰めていく。

紅の長剣が火花を散らし、槍が鋭く突き込まれる。

 

「ちぃッ……!」

 

ヴァレッタの顔に苛立ちが滲む。

アリーゼとシャクティは、息を合わせるように攻撃を繰り出し、その度に彼女は一歩ずつ後退を余儀なくされた。

 

(……ッ、こいつ……!)

 

ヴァレッタの脳裏に、僅かな焦燥が走る。

アリーゼが強いことは知っていた。

レベルが上がり、団長としての実力を持ち合わせていることも、事前情報で把握している。

だが──ここまでとは思わなかった。

 

(動きが別次元じゃねえか……! )

 

アリーゼの剣は鋭く、隙がない。

経験の浅さからくる技と駆け引きの稚拙さも感じられない。

まるで何年も修羅場をくぐり抜けた熟練の戦士のような身のこなしだった。

 

「っの野郎……クソがァ!」

 

獰猛な叫びと共に、ヴァレッタは反撃のために大きく跳躍した。

天井近くに積み上げられたカーゴを蹴り、勢いをつけてアリーゼへと急降下する。

 

(避けられない……なら──!)

 

アリーゼは迷いなく迎え撃つ。

左へ回避しながらヴァレッタの刃を剣で受け流し、開いた胴を狙ってシャクティの槍が突き込まれる。

 

「ぐっ──!」

 

ヴァレッタは咄嗟に剣を振り回して防御に徹するが、そこにアリーゼが踏み込む。

鋭い斬撃が連続し、彼女の防御を崩していく。

 

「ハアァァァッ!」

 

アリーゼの剣が光を切り裂く。

ヴァレッタは完全に押され、防御のために必死に剣を振るうが、もはや後がない。

 

「終わりよ!」

 

アリーゼの剣がヴァレッタの胸元へと向かう。

決定的な一撃。

 

──それが入る直前。

 

「──ッ!?」

 

突如として、金属がぶつかり合う音が響いた。

アリーゼの剣が、別の刃によって弾かれていた。

 

「な──!」

 

驚愕に目を見開いた瞬間、そこにいた。

 

アリーゼは反射的に後退し、剣を構え直す。

その人物はまるで闇の中から滲み出るように現れ、ヴァレッタを庇う形で立っていた。

 

(……何者?)

 

黒いローブ。

フードに覆われた顔。

歪んで見える輪郭。

 

影のように不明瞭な存在。

その姿は異質で、焦点が合わない。

まるで意識の隙間から滲み出た幻のようだった。

 

「おいおい……お前の持ち場はここじゃねぇだろ?」

 

ヴァレッタが、目の前の影を見据えてぼやく。

まるで、その存在が当然であるかのように。

だが、次の瞬間には眉をひそめ、舌打ちをした。

 

「チッ……ったく、てめぇのことだ、気まぐれで動いてるんじゃねぇだろうな?」

 

ヴァレッタの言葉を聞いた瞬間、シャクティが表情を強張らせる。

 

「……!」

 

彼女は、すぐに理解した。

この気配。

この異質な佇まい。

思い出すまでもない。

 

(こいつ……!)

 

先日、教会で遭遇した“影法師”と同じ存在。

シャクティは槍を強く握りしめ、呼吸を整える。

ヴァレッタの態度からして、この黒衣の存在は完全な部外者ではない。

むしろ、彼女にとってはいても不思議ではない相手。

だが、ここにいることには疑問を抱いているようだった。

 

アリーゼは、そのやり取りを聞きながらも、目の前の影から目を逸らせなかった。

 

(……なに? なんなの、この感じ……)

 

黒衣の人物は何も言わず、ただ静かに立っているだけ。

それなのに、その存在が心の奥底をざわつかせる。

違和感とは異なる、何か別のもの──

 

不意に、胸の奥が締め付けられた。

 

(ここにいるのは敵……それだけのはずなのに)

 

そう思えば思うほど、別の感情が押し寄せる。

この感覚は何?

 

黒衣の隙間から、わずかに覗く()()髪。

その一瞬の視覚情報が、無意識に脳裏へ突き刺さる。

 

違う、そんなはずはない。

彼の髪は、白銀。

 

それなのに、どうして胸がざわつく?

どうして、この人物の姿が、心のどこかを引っかけてくる?

答えの出ない混乱が、静かに広がっていく。

 

「おい、なに黙ってんだよ」

 

ヴァレッタが舌打ちしながら、黒衣の人物を睨む。

 

「てめぇがここにいる理由は聞かねぇが……邪魔だけはするんじゃねえぞ?」

 

黒衣の人物は何も答えない。

ただ、フードの奥から、じっとこちらを見つめているようだった。

アリーゼは呼吸を整え、わずかに剣を握る手に力を込める。

 

「貴方は…何?」

 

気づけば、言葉が零れていた。

剣を構えながらも、アリーゼの心は酷く乱れていた。

 

黒衣の人物は、アリーゼの問いにまるで興味がないかのように、わずかに顔を傾けるだけだった。

 

「……絶望を見届けに来た」

 

低く、静かな声が、場を支配する。

その声音は、男か女かすら判別できなかった。

まるで音の響きそのものが濁っているかのような、奇妙な声色。

それが告げる言葉に、ヴァレッタは肩をすくめた。

 

「はっ……絶望、ねぇ」

 

どこか愉快そうに、それでいて冷笑を滲ませた目で黒衣を見つめる。

 

「すぐ始まるさ」

 

そう言い放ち、ヴァレッタは視線を逸らすことなく、不敵に笑った。

 

その時だった。

 

ヴァレッタとアリーゼたちが激戦を繰り広げていたその反対側。

別の場所で交戦する冒険者たちの間に、突如として異変が生じた。

 

「あ、あああああ!」

 

甲高い叫び声が、戦場に響く。

悲壮を通り越し、哀れさすら滲ませたその声に、アーディは咄嗟に振り向き、剣を薙いだ。

己の背を狙った一撃を弾き、そのまま次の動作に移ろうとした彼女は──息を呑む。

 

「なっ……子供!?」

 

目の前にいたのは、周囲の闇派閥の戦闘員と同じ、白濁色の頭巾とローブを纏った少女。

リューたちよりも幼く、その背丈はアーディの胸に届くか届かないか程度。

ヒューマンと思しきその少女は、小さな手で握ったナイフを震わせながら、怯えた瞳でこちらを見上げていた。

 

「ぁ、ぁぁ……」

 

その怯えきった表情に、アーディの胸に怒りが宿る。

こんな幼い子供まで戦場に引きずり込むなど──。

 

「こんな……こんな子まで巻き込んで……!」

 

普段は温厚な彼女の表情に、はっきりと怒りの色が浮かんだ。

戦場という場に、あまりにもそぐわない少女の震える姿。

闇派閥がどれほど非道か、その光景が雄弁に語っていた。

 

「ナイフを捨てて! 戦っちゃダメだ!

君みたいな子に武器を持たせる大人の言うことなんか、聞いちゃいけない!」

 

アーディは声を張る。

彼女の中にある『正義』が、目の前の少女を救おうとする。

震える少女を、これ以上傷つけさせはしないと。

 

少女は瞳を大きく見開き──それから、ぐしゃぐしゃに顔を歪め、ぽろぽろと涙をこぼした。

アーディは、優しく微笑みかける。

 

「私は君を傷つけたりしないよ? さぁ、こっちへ──」

 

剣を下ろし、もう片方の手を差し伸べる。

少女はぼんやりとその手を見つめ、自分の右手をゆっくりと伸ばす。

左手は、小さな胸をぎゅっと握りしめたまま。

 

──その瞬間。

 

「────ヒャハッ」

 

嗤う声が響いた。

それは、少女のものではなかった。

 

そして。

それを見た『殺帝』は、

薄く、しかしはっきりと両眼を細め、嗤った。

 

「………………………………かみさま」

 

瞳から光が消え、声から感情が失われていく。

敵意も、殺意も、『正義』も、『悪』も、何ひとつ宿らない。

ただ、静かに──少女は願った。

 

「おとうさんとおかあさんに、会わせてください……」

 

少女は、静かに呟いた。

死した父と母との再会を神に請うように。

震える手で、胸に隠していた『()()』を握る。

 

カチリ──

 

鈍い音が、世界を断ち切った。

 

──その瞬間。

 

「……………………──。」

 

黒衣の人物が、かすかに唇を動かしていた。

囁くような、掠れるような、それでいて確かに響く“言葉”が、爆風の直前に空間を歪ませる。

声というより、まるで風が軋むような音。

それは、明確に聞き取ることはできなかったが、確かに何かを『発した』。

 

直後。

 

──炸裂。

 

──衝撃。

 

──震動。

 

──そして爆熱。

 

「「「「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?」」」」」

 

シャクティが、アリーゼが、輝夜が、ライラが、【ガネーシャ・ファミリア】の団員が、そしてリューが。

知覚の限界を超えた情報量に抗うことすらできず、吹き飛ばされる。

 

炎を帯びた閃光が視界を白く塗り潰す。

耳を聾する爆音が聴覚を破壊する。

地の底で蠢く化け物の唸り声のような震動が、建物全体を揺るがした。

鉄製のカーゴがいくつもひしゃげ、飛び散る。

崩壊する城のごとく、連鎖する倒壊の音。

 

──大瀑布。

 

──雪崩。

 

音の津波が襲いかかる。

何の前触れもなく巻き起こった大破壊に、多くの冒険者が翻弄される。

 

そして。

 

受け身も取れずに吹き飛ばされ、煤と埃にまみれた冒険者たちの中で、リューは震える体を起こした。

頭を貫く耳鳴り。

ちらつく視界。

明滅する光の合間に、ゆっくりと、現実が収束していく。

 

──視線の先。

 

「…………え?」

 

漂う煙が晴れ、カラカラと石材と金属片が乾いた音を鳴らす。

 

ごっそりと、何もかもが抉り取られていた。

 

──竜の大顎で齧り取られたように。

──神の鎌が空間そのものを削いだように。

 

何もかもが、粉微塵に吹き飛んでいた。

壁も、床も、少女たちも、跡形もなく。

 

「……………………ぇ?」

 

リューの呆然とした声が、荒廃した空間に吸い込まれていった。

リューは理解を拒んだ。

 

「……………………うそ」

 

アリーゼは凍りついた。

 

「……………………まさか」

 

輝夜は悪夢を見た。

 

「……………………自爆した?」

 

ライラは誰よりも早く、現実を把握してしまった。

爆風で吹き飛ばされたボロボロの片手剣。

遠く離れた床に転がり、無惨な煙を吐いている。

抉れた床。

砕けた壁。

空間ごと削り取られたその跡には、何もなかった。

 

少女の姿も、影すらも──。

 

──ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!

 

絶望の時を打ち砕く『悪』の哄笑が響き渡る。

放心する冒険者たちを他所に、ヴァレッタは歓喜と狂気の境で打ち震える。

 

「見てるかァ、死神の糞野郎!! てめーがたぶらかしたガキが、冒険者を道連れにしたぞォォ!」

 

唇を吊り上げ、喉を振るわせ、愉悦に濡れた声を吐き出す。

 

「は、ははははははははははははははははははははははッ!!」

 

──『吹き飛んで、冒険者を巻き添えにした暁には、死んだ父母に会わせてあげよう』。

 

ここにはいない『死神』と交わされた契約。

哀れな少女は、己が選んだ運命に従っただけだった。

その結末を見届け、ヴァレッタは本当に愉快そうに、嗤った。

 

「…………アー、ディ?」

 

女の呵々大笑の声が轟く中、シャクティが声の破片を落とす。

爆風がすべてを呑み込み、何も残さなかったその空間。

本来なら、そこにいたはずの少女の影すら消えている。

 

「……うそだ」

 

覆面が破れ、露出したリューの唇が震える。

 

「うそだ、そんな…………うそだっ」

 

否定の衝動が、体を突き動かす。

信じられない。信じたくない。

 

「アーディ!?」

 

弾かれたように、リューは友のいた場所へ走り出した。

 

「よせッッ!! リオン!!」

 

それを背後から抱きとめ、全力で押さえつけるライラ。

 

「アリーゼ、輝夜ァ! 倒れてる連中から離れろぉ!!」

 

全身を使ってリューを制止しながら、必死に叫ぶ。

 

 凄まじい力で振り払おうとするリューを、全身を使って押さえつけながら、ライラは叫ぶ。

 泣くことも取り乱すことも己に許さなかった小人族が、今行ったのは『警告』。

 状況を正しく察知し、それを伝えることが、最優先だった。

 

「吹き飛ぶぞ!!」

 

 彼女が言うが早いか、再起不能に陥っていたはずの敵兵が蠢く。

 傷だらけの体で、仰向けに倒れたまま、懐に仕込んでいた『装置』に手をかけた。

 

「──────────っっ!?」

 

 アリーゼと輝夜が地を蹴って左右に散るのとほぼ同時、

 

「主よ……この命っ、どうか愛しき者のもとへぇぇぇぇぇ!!」

 

 悲壮な叫びが響いた直後、新たな爆炎の華が咲く。

 

「ぐううぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 爆発の余波に殴られ、少女たちの体が凄まじい勢いで吹き飛び、床を削っていく。

 それだけでは終わらなかった。

 

 戦力で劣っていたはずの闇派閥の兵たちが、双眼を血走らせ、涙を流し、手足を震わせながら、次々と己を『兵器』へと変えていく。

 

「死ねええええええええええ!」

「アンジュ、待ってて!」

「世界に混沌をおおおおおおおおおおおお!!」

「タナトス様ぁぁぁ!!」

 

 間断ない爆死。

 断末魔の叫びさえも爆発の連鎖によってかき消される中、殺意の爆流が冒険者たちを襲う。

 対峙していた【ガネーシャ・ファミリア】の多くが巻き込まれ、防御行動を取るも、一部が瀕死に陥る。

 シャクティやライラも例外ではなかった。

 四方八方で発生する衝撃と爆風に、リューも一度は地に伏す。

 

 奏でられるのは、酷くも儚い『命の調べ』。

 

「『火炎石』に、『撃鉄装置』の機構! 上々じゃねえかァ!」

 

 その中で一人、ヴァレッタ・グレーデだけが、喜悦に満ちていた。

 

「誰にでも簡単に扱える『自決装備』の完成ってなぁ!!」

 

 爆発の効果範囲をあらかじめ見極め、カーゴの山で高みの見物を決め込む女の顔には、会心の凶笑が刻まれている。

 

「くそがっ! 糞ったれがァ!! てめえ、仲間を全員ッッ──!!」

 

血と埃で汚れた頰を荒々しく腕で拭うライラが、憤激をもって毒づく。

小さな体の全てを使って怒号をまき散らす彼女に、ヴァレッタが返すのは嘲弄だった。

 

「ようやく気付いたかぁ? 施設を制圧? 兵士を捕えた? ──関係ねえよ」

 

両腕を広げ、仮初の本拠地を示しながら、悪辣に顔を歪ませる。

 

「なぜならそいつらは『戦力』じゃねえ──ただの『花火』だからなぁ!!」

 

爆音と衝撃の余韻が、箱形の商館を揺るがす。

少女の命を奪った最初の爆発の時点で、建物の随所に混乱が生まれていた。

 

「なんだ、今の爆発は!?」

「団長達は無事なのか!」

 

商館二階部分。

シャクティ達本隊とは別行動を取っていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちは、激しい驚愕と狼狽に呑まれていた。

すでにこの階を制圧していた上級冒険者たちが一瞬の困惑を見せた、その刹那。

捕縛されていた兵士の一人が、傷だらけの腕を伸ばし、意識を絶った仲間の服をまさぐった。

 

「──っ? おい、お前っ、何をしてっ──」

 

 団員の一人が気付く。

 だが、遅い。

 

 カチッ。

 

小さな音が響くと同時に、『自決装備』を纏っていた全ての兵士──捕えられていた邪神の眷族たちは、敵を燃やす業火と化した。

轟音。

誘爆に次ぐ誘爆が階ごと吹き飛ばし、上級冒険者たちの息の根を止める。

 

「この命をもって、罪の清算をぉ!!」

 

狂信者の男が、血と涙に濡れた顔で誓いの叫びを上げた。

 

「っっ!? ノイン、アスタ、逃げろっ──!!」

 

狼人のネーゼが派閥内でも随一の五感と、獣のような直感に従い、即座に地を蹴った。

なりふり構わぬ絶叫と同時に後衛の少女の腕を掴み、鎧戸をブチ破る。

彼女の後に、【アストレア・ファミリア】の別動隊は一も二もなく従った。

 

混乱と戦慄の直後、紅蓮の華が商館を裂く。

三階から飛び降りた少女たちは、爆風に殴りつけられ、地に叩きつけられた。

 

「周囲から、爆発が連鎖している……!?」

 

戦闘衣が破れ、血が滴る二の腕を押さえながら、輝夜が呻く。

周囲を見回す彼女の視線を追うように、天井と壁の奥から次々と爆発が連なり、施設全体を震わせていく。

埃が降っては散り、ミシ、ミシと辺りから嫌な亀裂音が生じる。

 

「一発目が『合図』だ。もう止まらねえ。──じゃあな、くたばりやがれ」

 

ヴァレッタは唇を吊り上げ、あっさりと身を翻した。

自分の背後に残していた退路、裏口の通路に逃げ込む。

 

そして前を向いたまま、後ろへ放り投げた火炎石。

 

ドンッ!

 

爆風が走り、通路を瓦礫で押し潰した。

もう、誰にも使わせるつもりはない。

 

「ヒャハ……最高だな」

 

ヴァレッタは肩越しに振り返り、炎に包まれる戦場を眺め──そこで、ふと気づく。

 

──黒い衣の姿が、ない。

 

見届けると言っていたはずの“そいつ”は、どこにもいなかった。

瓦礫の影にも、炎の向こうにも、その痕跡すらない。

 

「……あっはぁ?」

 

 ヴァレッタは肩をすくめ、喉を鳴らすように笑う。

 

「見届けるんじゃなかったのかよ?」

 

 炎が轟く中、揺れる赤い瞳が僅かに細められる。

 だが、次の瞬間には肩を竦め、踵を返した。

 

 

 

 

(全敵兵一斉起爆──施設がもたない──建物ごと私達を押し潰して──!!)

 

 周囲の情報をいち早く収集し精査するアリーゼが、思考を高速で回転させ、一瞬にも満たない間に決断を下す。

 

「シャクティ、ライラ、輝夜! 脱出っっ!!」

 

 あらん限りの声量に異を唱える者などいない。

 

 だが──

 

「わかってる! けどっ……リオン、よせ! やめろ!」

「アーディっ、アーディ!!」

「阿呆! 行くなっ! 生き埋めになるぞ!」

 

リューの体を必死に押さえつけるライラが制止を呼びかける。

駆けつける輝夜も彼女の腕を掴むが、暴れるエルフの少女は、退路など残されていない広間の奥へ向かおうとする。

 

「でもっ、アーディが!! あそこに! まだあそこに、一人で!」

 

 取り乱すリューは訴えた。

 感情が決壊したぐちゃぐちゃの表情で、空色の瞳から悲愴の雫をこぼしながら。

 

「アリーゼ、待ってっ! ライラ、輝夜、待ってぇ! アーディが、亡骸がまだっ、あそこにいるっ!!」

 

彼女が示す先には、何もない。

瓦礫の側に無残に残るのは、もう少女ではなくなった血痕しか存在しない。

 

「……っ!!」

 

アリーゼが、輝夜が、ライラが、瞳を葛藤に震わせる。

 

そしてライラたちの拘束が緩んだ瞬間、リューは腕を振りほどき、走った。

床に転がった少女の遺剣を手にしても、なお止まらない。

 

彼女の前には、先程まで戦闘を繰り広げていた麗人が──自爆を食い止めるために敵兵を絶命させたシャクティが、血塗れの姿で呆然と立っていた。

 

「シャクティ!! アーディがっ、アーディがぁぁ……!」

「………………………………………………………………っ」

 

反射的にリューの進路を遮ったシャクティは、息を震わせた。

振り返れば、シャクティは止まらない。

己の後方で眠る妹のもとまで、彼女はもう止まれない。

依然続く爆撃、抜け落ちようとする天井、脳を加圧する崩壊の秒読。

女は岐路に立った。

 

姉か、戦士か。

愛か、使命か。

 

彼女の正しきは。

彼女の『正義』は──。

 

自分の代わりに涙を滂沱と流すエルフの少女に、声を詰まらせ────眦を引き裂く。

 

「────ッ!! アリーゼ、行けぇ!! 脱出する!!」

 

眉を逆立て、叫んだ。

リューの腹に手を回し、肩に担ぎながら、心の内で泣き崩れる愛情を焼き殺す。

 

彼女が選んだのは、『戦士』。

そして『使命』。

 

決して振り返らず、別れの言葉も打ち捨て、シャクティは出口に向かって疾走した。

 

「アーディッ!! アーディイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

泣き喚くリューだけが、遠ざかる光景に向かって必死に手を伸ばす。

揺れる視界、点になっていく少女の死に場所。

涙のせいで、彼女の温かい笑顔をもう思い出せない。

 

拳を握りしめるアリーゼも、輝夜も、ライラも背を向けて走り出し、生き残る【ガネーシャ・ファミリア】の団員がその後に続く。

誰もが涙の代わりに、紅い血を流す。

 

 ──直後。

最後の爆発が、施設に止めを刺した。

 

何本もの支柱が倒れ、均衡を失った闇派閥の拠点が、冒険者を道連れにせんと断末魔の咆哮を上げる。

すぐ背後に迫りくる瓦礫の濁流から逃れんと、アリーゼ達は地を蹴り、出口から飛び出した。

 

崩壊の音。凶悪な土砂の旋律。

それにかき消されることなく、絡み合うのは、少女の名を呼ぶエルフの叫びだけだった。

 

 

 

「────!!」

 

アストレアは、立ち上がった。

本拠で膝をつき、静かに祈りを捧げていた女神は、ふと瞼を開き、呟く。

 

「……リュー? みんな……?」

 

微かな予感が、剣となって胸を刺す。

言葉にならないざわつきが、心の奥で渦巻く。

そして、その瞬間。

震えた。

館の外が。

都市そのものが。

アストレアの深い藍色の瞳が、大きく見開かれる。

 

 

 

「なんや……何が起きとる!? あの煙はなんなんや!?」

 

都市北部、『黄昏の館』。

長邸と呼ばれる本拠の空中回廊から、ロキは身を乗り出した。

彼女の目に映るのは、夜の闇に溶けるように立ち昇る黒煙。

遥か遠く、都市南方から南西にかけて、いくつもの煙柱が舞い上がっていた。

 

「ロ、ロキ! 都市で……『爆発』が……!」

 

夜の帳が広がる中、必死に目を凝らしていると、背後から駆け込んできた青年の声が響いた。

 

ロキが振り向くと、そこには肩で息をするラウルの姿。

まだ十四歳の彼の顔は、蒼白だった。

 

「まさか、フィン達が攻め込んだ拠点か!?」

 

問いかけるロキ。

しかし──

 

「………………違うっす」

 

ラウルの声は、かすかに震えていた。

 

「……ラウル?」

 

ロキが目を細める。

少年はただ、ひたすらに血の気を失い、

全身の毛穴という毛穴から、汗を滴らせていた。

その異常な様子に、ロキの動きが止まる。

そして、ラウルは絞り出すように、告げた。

 

「拠点だけじゃあ、ないっす……」

 

 

耳をつんざく爆発音が、建物を貫いた。

衝撃と震動が大地に残る中、南に位置する都市第五区画。

剛剣によって破られた壁の奥から、【フレイヤ・ファミリア】の団員たちが次々と脱出していく。

 

「……被害は?」

 

分厚い壁面を粉砕した大剣を肩に担ぎ、悠然と闇派閥の拠点から歩み出るオッタル。

背後を振り返りながら、低く問いかけた。

煙を上げる敵拠点は、侵入時とは比べ物にならぬほど崩壊し、まるで潰れた樽のような有様を呈していた。

周囲では治療師の少女たちが、治療と状況把握に追われている。

魔法の輝きが負傷者に施されるも、痛ましい呻き声が響いていた。

 

「五人殺られた。ちッ、よくもあの方の眷族を……」

 

長槍の穂先を紅に染めたまま、アレンが地を蹴って着地し、応じる。

敵幹部を逃さず仕留めたにもかかわらず、その眉間の苛立ちは一向に消えない。

施設内の闇派閥は、一人余さず──『全滅』。

それも、文字通りの『自爆』によって。

精鋭たる自派閥の強靭な勇士たちを奪った『悪』の使徒に、第一級冒険者は怒りを滲ませる。

巌のように立つオッタルが、錆色の瞳を細めた、その瞬間。

 

猫の耳と猪の耳が、同時に揺れた。

自分たちを襲った爆発音が──また、響いたのだ。

それも、一度ではない。

連続する轟音。

街の遠方から、幾重にも積み重なるような震動が響く。

 

「……? おい、待て。この『爆発』……いつまで続いてやがる?」

 

アレンがばっと周囲を見渡す。

オッタルもまた、僅かに双眸を見開いた。

──ただの拠点制圧ではない。

何かが、おかしい。

 

「──まさか」

 

 

 

「負傷者はリヴェリアの魔法円まで移動! 治療を済ませろ! 部隊を再編する、急げ!!」

 

間断なく響くのは、フィンの指示。

 

突入した闇派閥の拠点──そこから離れた広場の一角。

走り回る団員たちの足音が絶え間なく響き、その中心では、リヴェリアが詠唱を続けている。

 

翡翠色の魔法陣。

半径六メドルの円が煌めき、その範囲内で膝をつく負傷者たちの傷が、見る見るうちに癒えていく。

 

攻撃、防御、そして治療にまで精通する【都市最強魔導士】。

その名は伊達ではない。

 

だが──。

 

「まさか『自爆』とはな。お主が敵の装備に気付いとらんかったら危なかったわ」

 

リヴェリアは眉を寄せ、魔法を紡ぎながら吐き捨てるように言った。

命を『特攻兵器』に変える闇派閥のやり方に、嫌悪感を隠せない。

 

「全く……まるで狂犬の群れじゃ」

 

横で煙を吐くガレスは、ボロボロになった大盾をサポーターに預ける。

 

フィンの洞察と判断、そして阿吽の呼吸で壁役を務めたガレスの防御によって、【ロキ・ファミリア】の死者はゼロ。

重軽傷者は数え切れぬほど出たが、それもリヴェリアの『魔法』が癒している。

 

三つの突入部隊の中で、最も早く戦況を立て直した彼ら。

だが、その横顔から焦燥が消えることはなかった。

 

「だが、フィン……これは……!」

「──ああ。街の様子がおかしい!」

 

彼らの耳朶を撃つのは、衝撃の嘶き。

 

オッタルたちが捉えたものと同じ、連続する爆発音。

フィンの碧眼が険しさに歪む。

 

「敵が拠点に仕掛けたのは『罠』じゃない……『狼煙』だ!」

 

すべてを察した【勇者】は、総指揮を執ったであろう女の笑みを脳裏に浮かべ、言い放つ。

 

「狙いは冒険者じゃない! 奴らの標的は──!!」

 

都市が燃えている。

地獄の釜が蓋を開けたように、燃え盛る炎が夜を裂く。

轟く爆音、染まる空、嗤うかのような火の粉の舞。

 

「敵の標的は……『都市』、そのもの?」

 

アスフィは呆然と呟く。

通りで、広場で、建物の中で。

火が噴き、周囲を破壊しながら燃え広がる。

 

──これは、侵略ではない。破壊だ。

 

一斉蜂起のごとく姿を現した闇派閥の兵隊。

迎撃する冒険者たち。

だが、奴らは躊躇しない。

『装置』を押し、命の灯火を咲かせる。

燃え尽きることを厭わず、死とともに破壊を撒き散らす。

巻き起こるのは、悲鳴。

男たちの苦悶、女子供の絶叫。

 

オラリオが燃えている。

 

繁華街、見晴らしのいい大賭博場の屋上。

周囲の警戒に努めていたアスフィは、隣に立つ虎人のファルガーともども震撼し、叫んだ。

 

「オラリオが──!?」

 

──『悪の宴』が始まる。

 

 




ついに大抗争です。
ここから原作と離れる点が増えてきます。
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