ダンジョン都市で正義を騙るのは間違っているだろうか


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作:kuku_kuku
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第七夜 道化ノ挟持 後編


異端児(ゼノス)編、連続投稿二話目


 

 三首脳と神様との密談が終わったその日の内に、ダイタロス通りの仮拠点へと集められたロキ・ファミリア全体に対して今回の作戦目的とその内容が語られた。

 

 ギルドを含む都市全体に向けて表明する表向きの作戦目的は、ダイタロス通りに潜む武装したモンスター達の排除。

 

 一方、ロキ・ファミリア内部における真の作戦目的として伝えられた内容は、人造迷宮(クノッソス)を通り迷宮への帰還を目指すであろうモンスター達が持つ鍵と情報を入手するための捕縛(・・)作戦を隠れ蓑とし、本命はロキ・ファミリアと目的を同じくモンスター達を狙うであろう《都市の破壊者(エニュオ)》一派の闇派閥(イヴィルス)残党の殲滅と複数の鍵の奪取を最優先目的とする二面作戦。

 

 今のロキ・ファミリアにおいては、ダンジョンから地上へとモンスターが湧き出た事実よりもつい先日多くの仲間の命を奪いかけた《都市の破壊者(エニュオ)》一派と彼らが潜む人造迷宮(クノッソス)の方がより大きな差し迫った問題である。もっと言えばモンスターに知性があるという致命的な情報を知りさえしなければ、結局の所はモンスターの件も人造迷宮(クノッソス)という致命的な障害から派生した小さな一つの事故でしかないのだ。

 

 餌となるモンスター達を人造迷宮(クノッソス)へと逃さないように程よく誘導しつつ扉を守り、そしてその扉の奥の人造迷宮(クノッソス)から襲い来るであろう闇派閥(イヴィルス)残党の対処を同時に行う。

 

 余りにも危険な作戦内容に戦々恐々とする団員達に対して、団長は先日の事実上の敗走を引き合いに出し鼓舞して煽りに煽った。

 

 結果として多くの団員たちはモンスターの存在そのものよりも、その危険性と状況の複雑性故に意識の大半を作戦の実行そのものに裂いている。見事なまでの問題のすり替えである。

 

 だが、そう簡単に割り切れない人間も当然存在している。

 

 怒りと悲しみと戸惑いを瞳に湛えながらも鉄面皮のような無表情で静かに剣の柄を握りしめていたアイズにとっては……モンスターを憎み殲滅する事だけが全てだった彼女にとっては、今回の件はそう簡単にすり替えられるような問題ではないのだ。

 

「ニルス……」

 

 作戦会議が終わり、複雑に入り組んだダイタロス通りを俯瞰できる背の高い建物の屋上に設置された作戦本部で、一人やることも無く団長の元に忙しく報告される情報に耳を傾けていた俺の背後からアイズはそう声をかけて来た。

 

「ニルスは、知ってるの……? ベルとリューが、何でモンスター達を庇ったのか」

 

「……」

 

「やっぱり、そうなんだ……。でも、私は……譲れない、認められない」

 

 ベル・クラネルと親しいアイズは、真相に辿り着いているのだろう。だからこそ無言を貫く俺に対し、半ば確信を得ていたアイズは悲壮な顔でそう呟き、続けた。

 

怪物(モンスター)は、人を殺す。沢山の人を殺せる。……沢山の人が泣く。だから、殺さなくちゃいけない……。そうでしょ……?」

 

 アイズが求めている言葉は、何となく分かった。だけど俺にその言葉を言う資格はない。そんな事はアイズだって分かっている。

 

 だから俺は、淡々と事実を告げた。

 

「俺は人を殺した。沢山の人を殺した。沢山の人を泣かせた。だけど、生かされた」

 

「……っ!」

 

 分かりきっていたはずなのに、それでも傷ついて泣きそうな顔をしたアイズは、俺に背を向けた。

 

「ニルスは、違うもんね……。ニルスは【正義の味方】だけど、私の【英雄】じゃないもんね……。私のところには、誰も来てくれない……」

 

 剣の柄を強く握り締めて泣きそうな声でそう漏らすアイズに、俺は溜め息を漏らしながら苦笑する。

 

「……何で笑うの」

 

「俺は英雄になんてなれないけど、それでも今は《正義》を騙るロキ・ファミリアのニルス・アズライトです。だからアイズが本当に俺に救いを求めてるなら、《正義》に誓って必ず助けますよ」

 

「ニルス、気持ち悪い……普通に話して」

 

 怒ったような顔で振り向くアイズに、再度思わず苦笑が漏れる。

 

「それだけ暴言吐けるんなら大丈夫そうだな。だいたい誰も来てくれないなんて寝言ほざいてると暴力ババアにぶん殴られるし、またゴミカス狼ちゃんが拗ねて家出するぞ」

 

「あ……」

 

「それに、さっきの質問。あれをお前が本当に聞きたい相手だって、心配しなくたってお前のことをちゃんと想ってる。だから心配せずに、一回ぶつかって来いよ」

 

 まだアイズの顔には、迷いがあった。だけどそれでも、今にも壊れそうな顔ではなくなっていた。

 ここまで言えば後は何があってもあの残念狼が何とかするだろうし、むしろここで何も出来ないならあの残念狼が全面的に全て悪い。

 

 小さく「行ってきます」と残して眼下のダイタロス通りへと、ベル・クラネルの監視任務へと文字通り飛び立っていったアイズを見送って、俺は新調した槍を肩に担ぎ、再び団長の元に集う情報に耳を傾けながら目を瞑った。

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 オラリオで今最も盛んに語られる話題は、ダンジョンから都市へと湧き出たモンスター達と、他の冒険者を妨害して街に被害を出してまでそのモンスター達を独占的に狩ろうとしたベル・クラネルの愚行についてだった。

 

 Lv.1にしてLv.2のミノタウロスを打倒した偉業から始まり、階層主の異常種の討伐、圧倒的不利な戦争遊戯への勝利等の数々の偉業を打ち立て、たった数ヶ月でLv.3に到達したランクアップ世界最速記録保持者。

 【未完の新人(リトル・ルーキー)】と呼ばれ人々からその未来を期待された少年が行った愚行。

 

 期待が大きかった分、その反動なのだろう。そして未だ都市に潜むモンスターへの恐怖を紛らわせるための都合の良い生贄でもあるのだろう。

 あの光り輝かんばかりの名声は地へと堕ち、今やベル・クラネルは歴とした悪者扱いだ。

 

 街を歩けば悪意に満ちた視線に晒され、侮蔑の言葉を吐かれる。時には石を投げられ暴力を振るわれ、店でまともに買い物をすることも出来やしない。

 

 モンスターを庇うために自分が愚者へと成り下がる。

 

 こうなることを理解して覚悟した上での選択であっても、十四歳の少年には今の状況はかなりきついだろう。

 

 ──そして今、ダイタロス通りはそんな話題の渦中の少年とモンスター達を中心として、天地がひっくり返ったかのような大騒動となっていた。

 

 長い沈黙を破り堂々とダイタロス通りへと姿を現したベル・クラネル。そして夜の街へと響き渡るモンスター達の遠吠。

 

 各地に現れては消えるモンスター達とベル・クラネルを捕まえようと、冒険者達は都市を駆けずり回る。そしてそれと同時に人造迷宮(クノッソス)付近で同時多発的に発生するロキ・ファミリアと闇派閥(イヴィルス)残党、そしてヘスティア・ファミリアとその協力者達による戦闘。アイズもずっと気にしていたベル・クラネルと正面からぶつかり一戦交え終え、そして二人の対話の結末は、ベル・クラネルをまだ捕らえることが出来ていないという事を踏まえると、つまりはそういうことだろう。

 

「……来たのかい?」

 

 そんなお祭り騒ぎの中、瞑っていた目を開けた俺の気配を察したのか、そう問い掛けて来た団長。

 

「成された悪の因果が見える、か。本当に反則級のスキルだね。君の前じゃあ変装も偽装も意味を成さないんだから」

 

「そんなに便利ではないですけどね」

 

 成された悪の因果なんて見えなくても、大半の物事は思っているよりもずっと単純だ。故に世界には《悪》が溢れている。

 それこそ今だって現実世界の視界と重なる形で視えるもう一つの世界は、成された悪の印である傷とその過程である軌跡、そして傷への想いたる渦巻く怨嗟の闇で埋め尽くされている。

 《悪》を名乗っていた昔も《正義》を詐称している今も、傷と軌跡を辿った最終的な果てには最初から分かっていた原因に当然のように怨嗟が渦巻き纏わりつく光景を視る事が殆どである。

 故に、読み解くことすら困難な夥しい数の傷と軌跡と怨嗟で構成された世界に向き合うよりも、大抵の場合は現実世界と向き合うほうが手っ取り早い。

 

「……まあ、団長の言うように今回みたいな人探しにはうってつけですが」

 

 苦笑する団長に部分的な同意を示し、俺はもう一つの視界でダイタロス通りの北西側、避難している大勢の住人が集う外縁部の広場に現れた幾つかの人影を見る。

 

 その人影を構成する数多の傷の大半は、多種多少な人間の手によってつけられたモノ。そして人を人として認識出来ない程に纏わりつき蠢くのは、誰か知らない人達の怨嗟の声。

 

 周囲の圧倒的多数を占める避難住民達とも、彼らの護衛をする冒険者のそれとも違う様相。今のオラリオにおいては異質なそれは、かつての闇派閥(イヴィルス)や犯罪者集団の構成員を思い起こさせるには十分過ぎる特徴だった。

 

 絡め手による妨害。遊軍としての俺の役割はそれらの処理である。つまりは、団長が恐れていた事態ということだ。

 

「この状況下でそこまで効果的とは思えないけれど、一般人を人質にと言うことかな」

 

「それだけではないと思いますけど、まあ、選択肢の一つには入っているでしょうね」

 

 俺の視線の先を確認してそう問いかける団長に、歯切れの悪い答えを返す。悪意を伴う作戦はヴァレッタの得意領域ではあるが、逆に陳腐過ぎる策のようにも思える。

 

「処理は任せていいかい?」

 

 槍を担いで駆け出そうとする最中にかけられた声に「はい、処理するかはまだ未定ですが」と返せば、団長は大きく溜め息を吐いたのだった。

 

「まだ悪は成されていない、か。君に対してのみはその信条を否定するつもりはないけれど、それでも足元を掬われないように注意はしてくれ」

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 ──それは何の前触れもなく都市に響き渡った。

 

『オオオオオオオオオオオオオオ―ッ!!』

 

 ダイタロス通り北西、大勢の避難住人が集う外縁部の広場へと向かっている最中、今まで人造迷宮(クノッソス)へと辿り着くためだけに行動していたモンスター達が突如これまでとまったく異なる行動を起こした。

 

 石竜(ガーゴイル)紅鷲(クリムゾンイーグル)閃燕(イグアス)、そして甲冑を纏った巨大蜂(デッドリー・ホーネット)

 

 雄叫びを上げ空を駆ける有翼種である四体のモンスター達が向かう先は、奇しくも俺の目的地である避難所。

 

 ありえないはずのモンスター達の行動に、危機感と同時に強烈な違和感を覚える。

 

 焦燥に駆られながら闇派閥(イヴィルス)の刺客と思わしき一般人に擬態した五人の人影を見れば、しかし彼らはモンスター達に対して反射的に臨戦態勢を取りかけるという失態を犯していた。

 

「闇派閥ともリオンさん達とも違う、第三者……?」

 

 直感的に呟いたその言葉に、後から遅れて理解が追いつく。そして広場に向けていた視線を周囲へと巡らせ、この付近で最も広場を見渡しやすくかつ最も趣味が悪い背の高い建物を探す。

 

 広場は劇場で、住民は観衆だ。

 

 そして今から繰り広げられるのは舞台の終幕を盛り上げるためだけの、住民へと襲いかかる凶悪な怪物(モンスター)達と、それを撃退する冒険者達の戦いの一幕。

 

 それらしき塔を見つけ、方向転換して一気に駆け上がる。

 

 今回の事件、中心にいたのはやはりベル・クラネルだろう。

 リオンさんも相当後先考えずに暴れてしまっているが、それでも彼女の顔は少なくとも人間には割れていないのだから、()()()の主役はやはりあの少年に間違いない。

 

 故にこの馬鹿げた舞台の演目とはつまり、愚者へと堕ちた少年が英雄候補へと返り咲くための、怪物退治の英雄譚だ。

 

「モンスターとの共存? 馬鹿を言うんじゃないぜ!!」

 

 到達した塔の天辺で、その神は叫んでいた。

 

「一度滅びかけたんだぜ、人類は!? 男も女も子供も老人も誰も彼もが殺され尽くした!! 他でもない怪物(モンスター)の手で!! 怪物(モンスター)との融和なんて絵空事だ! 何十世紀にも及ぶ憎しみと因縁を覆して何になる? 大神(ゼウス)も言うだろう、無茶を言うなと!」

 

 舞台の中心に躍り出て必死の形相で石竜(ガーゴイル)と戦うその白髪の少年を見つめながら、両手を広げ熱に浮かされたような狂喜を浮かべ、叫んでいた。

 

「『異端の英雄』なんて誰も望んじゃいない。世界にもはや猶予はない。俺はあの白い輝きに全てを賭けたんだ! さあ、原点回帰(モンスター退治)だ!! 英雄になろうぜ、ベル君!!」

 

 橙黄色の髪を持つ飄々とした旅人風の装いをしたその神は、アスフィさんの所属ファミリアの主神──策略を司る男神ヘルメス。

 

 かの神は後ろに立つ俺へと振り返り、路傍の石を見るような目で一瞥してすぐに広場へと視線を戻す。

 

「ダンジョンを抜け出した凶悪なモンスター達が力なき民を襲っているこの状況。もしくは利己的な理由で多くの人を危険に晒した悪の冒険者が、また同じような事をしでかそうとしている現場。君なら真っ先に駆けつけるものかとヒヤヒヤしていたけれど、今回は弟分の名誉挽回のために打算を働かせてくれる気になったのかい? 【正義の味方(ヒーロー)】」

 

 神ヘルメスはそうやって皮肉気に吐き捨てるように笑い、眼下の広場で人類を抹殺せんと荒れ狂う石竜(ガーゴイル)の爪を、ベル・クラネルが悲壮な形相で手に持った黒色のナイフで捌き応戦する姿を嬉々として見つめる。

 言いたい事は色々とあったが飲み込んで、茶番そのものの脚本を書いた張本人である神ヘルメスの左後ろ、何時でも槍が届く距離へと歩み寄る。

 

「あの二人は、殺すべき《悪》ではありませんので」

 

「おいおいおい、じゃあ何かい? ここに来たのはこの俺が目的だとでも、このヘルメスが君が殺すべき《悪》だとでも言うつもりかい?」

 

 心底面白くなさそうな目で、それでも笑顔を貼り付けて演劇の役者のように両手を広げて笑う神ヘルメス。

 俺はそんな神に適当に返答しつつ広場で戦う二つの影と、そしてそれらを遠巻きに見つめるオラリオの民に視線を向けた。

 

「自意識過剰過ぎるんじゃないですか? あなたはまだ何も傷つけることすら出来ていないのに、それで《悪》を名乗ろうとするなんて、もっと言えばそんな体たらくで策略を司ってるだなんて嘯くなんて、少しは弁えたほうがいいと思いますけどね」

 

「……俺は君の事が嫌いだよ。君こそ弁えるべきだと思うけどね。五年前までの漆黒と赤熱の輝きを放っていた君ならともかく、今の君はただの燃え滓だ。あの頃の残滓に成り果てた君にはただでさえ失望したっていうのに、それどころか変身魔法なんて神好みの魔法(とびっきりの未知)と、今までの生き方を改めましたなんて言わんばかりの心躍るスキル(王道の物語)を引っさげて表舞台に降り立ち神を期待させたたかと思えば、蓋を開けてみればそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって? 神をおちょくるのも大概にしてくれよ」

 

「……」

 

「ああ、もしかしてロキは君に言っていなかったのかい? じゃあ今のは忘れてくれよ。だけどまあ、こっちは聞いているだろう? ロキは言っていたよ。世界が求めている『最後の英雄』を決めるこのレースにおいて、君は既に脱落していると。君が未来永劫、英雄になることはないと。だからさ、真の英雄のためのこの舞台に、例えどんな端役だって君の出番はないのさ。せいぜいここで俺と観客に徹してくれよ。今日この日、ベル・クラネルは絶対悪たる怪物達の魔の手から、多くの民を救って『最後の英雄』へと至る道を再び歩み始める。一緒にその勇姿を見届けようぜ?」

 

 神ヘルメスの演説のような言葉の数々。超越存在たる神から告げられた俺の魔法の秘密は、おそらく事実なのだろう。それなりに衝撃を覚えた。

 

 肩に担いでいた槍を降ろし、無言のまま英雄へと至ると神に断言までさせたベル・クラネルの姿を見る。

 

 ──凶悪な石竜(ガーゴイル)から民を守って勇敢に戦う英雄。

 

 ああ、確かにそう見えなくもない。

 

 無言を貫く俺の様子に小さく肩を竦めて鼻で笑い、神ヘルメスは語る。

 

「知性と心がある怪物(モンスター)達。人と地上に対する憧憬を持ち、何時か人類と融和を結びたいと夢を見る彼らは、自らを異端児(ゼノス)と呼んでいる。別に何も俺は、彼らに特別恨みがある訳じゃないんだ。だけど分かるだろう? 少なくとも今の世界の惨状じゃあ、異端児(ゼノス)の存在は人類にとって『害』にしかならない。異端児(ゼノス)との共存を夢見て突き進んだ果てにあるのは仲良しこよしのハッピーエンドなんかじゃない。共倒れする破滅のバッドエンドのみだ」

 

 神ヘルメスの言葉は、おそらく事実だろう。

 

 人類と異端児(ゼノス)と呼ばれる彼らが共存できる未来はきっとあるだろう。だけどそれは、人類が滅びを乗り越えた先にのみ存在する僅かな可能性の未来の話だ。少なくともそれは今ではないのだろう。

 

「確かにこの脚本を書いたのは俺さ。だけどあの石竜(ガーゴイル)、グロス君といってね。この舞台は彼らの同意あってこそのものだ。彼らの心は本物さ。自分たちが巻き込んでしまったベル君の今の現状を、本気でどうにかしたいと思っている。そう、彼らは立派なベル君の味方なんだぜ」

 

 この戦いがあの石竜(ガーゴイル)達にとっても強制されたものでなく、むしろそれこそが彼らの望みであるのであれば、実際に何の罪もない人々が傷つけられる事もないのだろう。これは本当に文字通りの意味での舞台なのだから。

 

 神ヘルメスが語るこの舞台の意義には、確かに一理あると納得してしまう。

 

「ああ、話しているうちに君のファミリアの登場だ。そろそろクライマックスだぜ?」

 

 神ヘルメスの言葉通り広場を囲う建物の上に、団長と数人の団員達が到着していた。あくまでも俺の仕事は闇派閥(イヴィルス)の対処であるため、異常事態については団長が受け持つということか。

 

 それを切欠として、石竜(ガーゴイル)は翼を大きく広げ羽ばたいた。それはつまり、ベル・クラネルによって討たれて終幕を迎えるという最期の覚悟に他ならない。

 

 地面すれすれを駆ける石竜(ガーゴイル)の捨て身の特攻。背後にギルド職員の女性を庇うベル・クラネルに回避という選択肢を与えず、反撃を強制する最期の一手。

 

 迫り来る石竜(ガーゴイル)に対して、構えたナイフを突きつけるベル・クラネルは哀れにも泣きそうな顔をしていた。

 

 だけど、その瞳はまだ何も諦めてなんかいない。この期におよんでまだ神ヘルメスの神意という名の運命に意志を委ねる事無く、必死に足掻こうとする者の瞳をしていた。何時かの遠い昔に見た、彼女と同じ瞳をしていた。

 

 繰返し思う。そして、気づけば言葉に出していた。

 

「凶悪な石竜(ガーゴイル)から民を守って勇敢に戦う英雄。ああ、確かにそう見えなくもないですね。だけど──」

 

「さあ、終幕(フィナーレ)だ! 行け、ベル君! 怪物退治だ!!」

 

 興奮に身を任せ思わずと言った様子で叫ぶ神ヘルメスの横で、ベル・クラネルが動かしたナイフの軌跡を見て思わず笑ってしまう。

 

「──だけど、あそこにいるのは誰かを救いたいとだけ思って馬鹿な事をした子供と、そんな子供を救うために犠牲になろうとしてるモンスターだけだ。そんなの、誰が見たって分かるはずだ」

 

 ベル・クラネルはナイフを鞘に納め、両腕を広げて待ち構える。

 

 驚愕に見開かれる神ヘルメスの瞳の先では、ベル・クラネルの無謀な姿を前に石竜(ガーゴイル)が突撃を中断し、飛び退くという光景が広がっていた。

 

 決断できず背後の人質ごと爪に貫かれ無為に死に絶えるでもなく、決断してナイフで敵を切り裂くでもなく、ただ石竜(ガーゴイル)を信じて武器を捨てるという第三の選択肢。

 

 無謀にして愚行にも程がある選択をしたベル・クラネルと、眼の前の少年をただ見つめる事しかできない石竜(ガーゴイル)

 そんな二つの影に、一時、世界は時を止めた。

 

「嗚呼、そうなってしまうか……本当に、君は愚かだ」

 

 驚愕と焦燥を隠すように旅行帽の鍔を指で強く握り引き下げた神ヘルメス。

 この地上において全知無能たる神の瞳は、未だ広場を支配し続ける不気味な沈黙を正しく見抜いていた。

 

 ベル・クラネルを見る数多の目に浮かぶのは、確かな疑惑。

 視点を変えれば数日前の愚行もまるで怪物を助けるかのような行為だった。今眼の前で起きている事態を踏まえると、もしやあの少年は本当に『人類の敵』なのではないか? と、そんな根源的な恐怖を孕んだ確信に近い疑惑が広場に渦巻いていた。

 

 止まった時が動き出せば、広場はすぐにでも恐怖と混乱と憎悪に呑まれるだろう。

 

 そして眼の前のこの神が、そんな事を許容する筈がなかった。

 

()()()、やれ、アスフィ」

 

 冷徹にその言葉が発せられると同時、広場の一角の物陰から一つの気配が湧き上がる。

 魔道具(マジックアイテム)によって透明となり隠れ潜んでいた、ヘルメス・ファミリア団長アスフィ・アル・アンドロメダ。

 彼女の手に握られるのは、『紅針』と名付けられたモンスターを凶暴化させる魔道具(マジックアイテム)

 

 神ヘルメスは、ベル・クラネルの非凡な善性を決して甘く見ていなかった。少年が再度信じがたい愚行を選ぶ可能性を、ある意味信じてさえいたのだろう。

 

 故に神の下僕たる【万能者(ペルセウス)】を保険として遣わせ、『理知ある隣人(ゼノス)』を『理性なき怪物(モンスター)』へと変貌させる切札を用意していた。

 

 だが、その切札が切られる事はなかった。

 

 アスフィさんの手から『紅針』が放たれるその寸前、空中より飛来する黒色の刃が轟音を立てて彼女の足元の石畳を抉り飛ばした。

 

 そして弧を描きながら時が止まったかのような広場の空気を石畳ごと切り裂く黒い刃は、見つめ合うベル・クラネルと石竜(ガーゴイル)の中間地点へと深く突き刺さり停止する。

 

「ッッ!? 俺は、俺は確かに君に言ったはずだぜ!? 原点回帰(怪物退治)のこの英雄譚に、君みたいな奴の出番はないはずだと!」

 

 槍を投擲し終わり、そして広場へと向けて跳躍する間際の俺に突き刺さるのは、殺意を滾らせた瞳を隠そうともしない神ヘルメスの怒声。

 

「俺も言ったはずですよ? あそこにいるのは誰かを救いたいとだけ思って馬鹿な事をした子供と、そんな子供を救うために犠牲になろうとしてるモンスターだけだって。互いを助けたいって思いあってて、どっちも正しく《正義》に違いない。この趣味の悪い茶番劇の中でも外でも、正しく《正義》を成したはずのベル・クラネルと異端児(ゼノス)達が救われないなんて、もしもそんな事があるならそっちの方が嘘だ」

 

 そう神に吐き捨てて、時間が動き出し阿鼻叫喚の狂乱状態となっている舞台の上、少年と怪物が待つその場へと飛び降りた。

 

 

 

*    *    *

 

 

 

「見損いましたよ、ベル・クラネル。【絶対悪】であるモンスターを庇うなんて」

 

 ヘスティアは見た。

 

 神意という名の糸に操られ、怪物退治の英雄劇が繰り広げられていた楕円の大広場の舞台。

 愛おしい少年が策略の神(ヘルメス)の神意を超えてグロスとの殺し合いの手を止め、そして再び愚者への道を転がり落ちる寸前。

 広場に集った民衆の敵意が『怪物(モンスター)』と『人類の敵(愚かな少年)』へと向けられて、今にも爆発せんと熱が高まり切るその間際。

 

 空よりとてつもない速度で打ち下ろされた黒色の長槍が、轟音を響かせ広場の端から中心までを円弧状に大きく抉り取ったのを。

 

 唐突な轟音に民衆と一緒に驚愕し思わず目を瞑って吹き荒れる土埃をやり過ごした後、再度少年たちが立つ広場中央へとヘスティアが視線を向けた時には、ベルとグロスの間に突き立てられた槍の傍らにその青年は静かに立っていた。

 

 全身をマントで覆い、顔の下半分を覆面で隠した、燃え尽きた灰のようなくすんだ色の髪の男。

 

 ロキ・ファミリア所属の冒険者。【道化(ピエロ)】という哀れな二つ名を与えられた第一級冒険者、ニルス・アズライト。

 

 彼はヘスティアの身の丈の倍以上はある漆黒の長槍を抜き取り、そしてベルへと突きつける。

 

「五日前に続いてたった今の行動。これで言い逃れは出来ないでしょう。君は明らかに今回地上に出てきたモンスター達を守ろうとしていますね」

 

「ニ、ニルスさん……っ!」

 

 誰もが口に出さずとも薄々感づいていたその可能性を、ベルを間違いなく破滅へと導くその決定的な言葉を、ニルスは淡々と事実を告げるように叩きつける。

 集ったオラリオの民や冒険者達の中から「おい、本当かよ……」「腐ってもあいつはロキ・ファミリアで、【勇者(ブレイバー)】だって否定してない……」「お、俺も前から怪しいと思ってたんだ……」と次々と確信に満ちたどよめきが広がり、最早覆しようのない速度でニルスが告げた言葉が伝播し浸透して行く。

 

 突きつけられる冷たい殺意と憎悪に、ベルは思わず半歩後ずさる。

 

 ヘスティアは知っている。

 

 ニルス・アズライトは、ベル・クラネルがこのオラリオで最も信頼している大人の一人だ。

 冒険者になってすぐに知り合い、彼は今日までベル・クラネルを幾度も助けてきた。

 

 そんな彼から向けられる失望の瞳と純粋な殺意に、ベル・クラネルは大きく動揺していた。

 

 だからだろう。淡々とまるで当然かのように振り払われたニルスの槍にまるで反応できず、長大な刃の切っ先に切り裂かれたベルの首筋から鮮血が吹き出す。

 

「俺は今からそこのモンスターを排除します。抵抗してもいいですが、容赦はしません」

 

 宣言と同時、反射的に首筋を手で押さえて止血するベルを捨て置き、ニルスはグロスへと襲いかかる。回復薬(ポーション)を傷口に浴びせたベルが冷静さを取り戻した時には、既にグロスはどうにかニルスの槍を爪で受け止め絶体絶命に近い状態となっていた。

 

 漆黒の槍がグロスの石の爪に徐々に食い込みそのまま圧し切られる間際になって、ようやく覚悟を決めたベルの逆手に構えられた黒と紅の二刀のナイフがニルスの背後へと振り抜かれる。

 

 ベルとて、その二連撃がまともにニルスを切り裂けるとは思っていなかっただろう。

 それでも攻撃を中断し反転させた槍で防御、もしくは飛び退いて刃を避けるか、ともかくグロスが立て直す時間程度は稼げると踏んでいたに違いない。

 

 しかし次の瞬間にベルの顔に浮かんだのは、純粋な驚愕のそれ。

 槍から片手を離したニルスは鉤爪のように開いた左手でベルの一刃目を易々と打ち払い、そして二刃目をあろうことか素手のまま掴んで防いだ。

 

「【火を灯せ(イグナイト)】」

 

 ニルスによって静かにその歌が唱えられると同時、広場の中心から熱波が吹き荒れる。

 そして次の瞬間には、熱源たるニルスの左の鉤爪からはベルの紅刀を圧し折らんと膨大な熱量と力が加えられ、もう一つの熱源である右手に握られる槍は赤熱しグロスの石の爪をまるでバターのように切り裂き始めた。

 

「ッッ! 【ファイアボルト】!!」

 

 そこに重なるベルの砲声。零距離で紅刀越しに放たれる無詠唱速攻魔法、緋色の炎雷。

 

 轟音が鳴り響き炎が弾け、ニルスを挟んでベルとグロスが衝撃によって強引に引き剥がされ後方に吹き飛ぶ。

 

 焼け溶け消し炭となったベルの左の手甲とグローブの下の皮膚は、痛々しいまでの火傷が広がっており、グロスの右の五指の爪のうち二本は完全に切断されていた。一方のニルスは平然とした様子で、それどころか右手に持つ槍は更に熱量が高まりさっきまでよりも赤く輝いている。

 

 突如始まった冒険者同士の戦闘に、広場はかつてない喧騒に包まれていた。

 

 零距離からの魔法の打ち合い。

 

 戦闘経験がないヘスティアも、また恩恵を持たない多くの民衆達も、そして他の異端児(ゼノス)達を相手取る冒険者達も理解していた。これは本気の殺し合いである、と。そして既に天秤は傾いていることも、その場にいた誰もが理解していた。

 

「もう隠すつもりもありませんか。そこのモンスター、状況からして調教師(テイマー)の関与ではなさそうですが、とにかく高度な知能を持ってるようですね。多少賢いせいで情でも湧きましたか?」

 

 ニルスを前後から挟む形となったベルとグロス。少年と怪物に交互に視線をやり、ニルスはそう問いかける。

 

「ニルスさん……違う、違うんです……っ! グロスさんは、モンスターですけど……、モンスターですけど……!!」

 

 異端児(ゼノス)の存在を、ベルは語ることが出来ない。

 彼らの存在を明るみに出せば、世界は混乱する。

 ベル・クラネルは誰かの為に己を斬り捨てる選択は出来ても、大のために小を斬り捨てる選択も、小のために大を斬り捨てる選択も決してできない。

 

 何かを伝えようとして、だけど結局何も伝える事が出来ないベル。そんなベルに溜め息を吐いたニルスは赤く輝く槍を凄まじい勢いで投擲し、どうにか二つの刃を重ね防いだベルはそのあまりの熱量にうめき声をあげる。そしてニルスは投擲の勢いのまま反転して、グロスへと駆け寄り熱と握力で全てを圧し砕く鉤爪で無残にその身体を傷つけていく。

 

 そしてまたグロスが致命的な一撃を浴びるその間際にベルがどうにかニルスの動きを反らし、しかし次の瞬間にはニルスによって襤褸切れのように吹き飛ばされ地面を転がる。

 

 大気を歪める程の熱量を発する両の鉤爪はベルの身体を鎧ごと抉り焼き、赤熱する槍がグロスの身体を貫き切り裂く。

 

 ニルスが少年と怪物を打ち据える度に、何時の間にかオラリオの民から歓声があがるようになっていた。

 

 その男の過去がどうであれ、そして未だにどれだけ大多数のオラリオの民から蛇蝎の如く嫌われ蔑まれていようが、ニルス・アズライトは一時期は神々から正式に【正義の味方(ヒーロー)】と認められていた冒険者なのだ。

 紛うことなき【絶対悪】である怪物(モンスター)と、それに与する『人類の敵』へと堕ちた愚かな少年。これ以上ないほど分かりやすい《悪》を《正義》が懲らしめるその光景は、この五日間恐怖に晒されてきたオラリオの民にとっては最高の薬となったのだろう。

 

 ヘスティアはその光景を呆然と見ながら、しかし何もする事が出来ない己の無力さに、ただただ唇を噛み締め血が滲む程に拳を握り締めていた。

 

「お願いだ……いや、主神としての命令だ。君たちは、ベル君の戦いに絶対に介入しないでくれ……」

 

 Lv.5の圧倒的強者に嬲られるベルの救援に向かおうとしていた己の子ども(ファミリアの団員)達たちにそれだけ告げたヘスティアは、気付いてしまっていた。

 

 神であるヘスティアに、嘘は通じない。

 

 そしてニルス・アズライトは、嘘を吐いていた。

 

『見損いましたよ、ベル・クラネル。【絶対悪】であるモンスターを庇うなんて』

 

 あの言葉は、全てが全て完全なる嘘であった。

 

 ニルス・アズライトはベル・クラネルを見損なってもいなければ、モンスターのことをそもそも【絶対悪】などと思ってすらいない。

 

 五日前に愚者へと成り下がった少年の横に、迷うこと無く並び立ってみせたリュー・リオン(かつての正義の眷族)の《正義》を継ぐ者であり、そしてあの道化師(トリックスター)と恐れられるロキ()が唯一己の異名を分け与えることを許可した子どもであり、そして全てを察して眼晶(通信魔道具)へと涙ながらに小声で叫び続けるリリルカ・アーデ(賢き者)が兄と呼び慕う青年。

 

 全知無能にして超越存在であるヘスティアには、理解が出来てしまっていた。

 

 彼は、愚者(ベル・クラネル)を救うつもりだ。そして、異端児(ゼノス)をも救おうとしている。

 

 嗚呼、彼はやはり正しく【道化(ピエロ)】なのだ。

 

 神の脚本に支配された舞台に降り立った道化は、独り踊り狂う。

 

 あえて残虐に、あえて同情を誘うように、あえて目を逸らしたくなるような手口で、道化は少年と怪物を甚振り続ける。

 

 少年と怪物の命の灯火は、最早何時消えてもおかしくない程にまで小さくなっていた。

 それでも未だその灯火が消えていないのは、互いが己の命を度外視してまで庇い合っているからに他ならない。

 

 その命を賭けて隣人を救う様は、一種の崇高な光景にすら見えた。

 

 何時しか胸がすくような勧善懲悪の舞台を囃し立てていたオラリの民の歓声は小さくなり、次第に「おい、これ、やり過ぎなんじゃ……」「お兄ちゃんも、モンスターも、可哀想……もうやめてあげてよ……」「モンスターがあれだけ人間を庇うなんて、もしかしてあいつ普通のモンスターじゃないんじゃ……」「【未完の新人(リトル・ルーキー)】の奴、もしかしてそれを知っていて……」と小さな囁き声が聞こえ始める。

 

 【絶対悪】たる怪物(モンスター)とそれに与する『人類の敵』に同情が集まる。

 

 今や広場には、異様な空気が蔓延していた。

 

「【我が身を焚べろ】」

 

 そして疑惑の火種すらを糧として、道化は舞台を加速させる。

 

 その二節目の詠唱が唱えられると同時、ニルス・アズライトが静かに天へと掲げた左手の先に、炎が集い五本の剣の形を成す。

 瞬間、五本の炎剣が放射状に解き放たれ無防備だった群衆へと降り注ぐ。

 

「……は?」

 

 世界が、停止した。

 

 気付いた時には広場に集った群衆の中の五人が、炎の剣に串刺しにされていた。

 

「今、モンスターを庇うような発言をした奴も、ベル・クラネルと同罪だ。動けば焼き殺す」

 

 死んではいない。だが、それだけだ。五人の身体を貫く炎の剣に込められた熱量は、何かあればすぐにでも心臓を焼き払うと迷わずに確信出来るほどの威容を放っていた。

 皆が皆呆けたような声を出してただ呆然とする事しか出来ない中、ニルス・アズライトの決して大きくは無いが強く重い声が広場を満たす。

 

「モンスターが人間を庇ったから、普通のモンスターじゃない? ──知るかよ、そんなこと」

 

「普通のモンスターじゃないとベル・クラネルが知っていた? ──だから何なんだよ」

 

「可哀想? やり過ぎだ? ──まだ死んでねえだろ」

 

 広場を満たしていた民衆の疑惑の声を繰返し、そして否定するニルス。

 同時、天に掲げられたその左手に炎が宿る。

 

「モンスターもそれに味方する奴も、《悪》に決まってるだろうが。《悪》は、俺が殺してやるよ」

 

 否、左手だけではない。右手にも長槍にも炎が灯り、そして彼の周囲には数えることすらままならない夥しい数の多種多様な炎で形作られた武器が出現する。

 

 一種幻想的にも見える炎を、千の武器を従えるその男の姿に、広場のあちこちから恐怖にカタカタと歯を鳴らす音が聞こえ始める。

 

 【業火】【千の魔法】【純粋悪】──かつての暗黒期において、幾つもの呼び名で恐れられた少年の姿を彷彿とさせる光景に、ついにかの時代を知る者達が発狂したような叫び声を上げた。

 

「あ、あ……あいつだ……!」

 

「い、嫌だ……また、街が火の海に……!」

 

 恐怖の悲鳴は、伝播する。

 振るえて蹲る人々と、残酷に傷つけられた少年と怪物、そして炎剣で貫かた五人の民の姿。

 

 今や、広場はつい先程モンスターが襲撃した時と同等以上の阿鼻叫喚の舞台へと成り果てていた。

 

 息も絶え絶えなベル・クラネルと石竜(ガーゴイル)は元より、他の三体の異端児(ゼノス)達とそれを迎え撃っていた冒険者達すらあまりの事態に戦いの手を止めていた。

 

 突如として舞台に出現した炎を従えるその男。たった今罪なき民衆五人を無残にも串刺しにしたその男は、無防備に立ち竦むモンスター達よりも余程差し迫った驚異に他ならない。

 

 我に返った冒険者たちは、ニルス・アズライトを取り押さえようと一斉に彼へと襲いかかる。

 

 しかし、それは無謀な試みであった。

 

 広場を守護していた冒険者たちはLv.5には遠く及ばない実力しか無い。

 無造作に薙ぎ払われた黒色の槍の一撃で、冒険者たちが束になって吹き飛ばされ、そして槍をかい潜った残りの冒険者達も、宙に浮く数多の武具によって撃ち抜かれ、そして彼に辿り着いた数人すらもが燃え盛る鉤爪の如き左手によって鎧ごと焼き貫かれてその場へと崩れ落ちる。

 

 残った冒険者たちも、その圧倒的な虐殺という言葉でしか表現できない光景に既に心を折られていた。

 

 広場全体に恐怖の悲鳴が響き渡る。いつ放たれるとも分からない【千の魔法】に対する恐怖で誰一人動くことすら出来ない中、しかし、唯一動いた者達がいた。

 

 瀕死のベル・クラネルを、傷ついた冒険者達を、そして狂ったように泣き叫ぶ民衆達を守るように男の前へと立ちはだかったのは、紅鷲(クリムゾンイーグル)閃燕(イグアス)巨大蜂(デッドリー・ホーネット)石竜(ガーゴイル)──四体の異端児(ゼノス)達だった。

 

「──モウ、ヤメテクレ」

 

 そして、ついに異端児(ゼノス)である石竜(グロス)が言葉を発した。

 

 モンスターが人間の言葉を話す。

 

 それは、ありえないはずの光景だった。

 

 【純粋悪】の恐怖に支配されたこの場において、しかしその異常な光景は人々に逆に冷静さを取り戻させる程の衝撃を与えた。

 

「俺達ハ、抵抗シナイ。オ前ノ言ウ通リ、俺達ハ人間ニトッテ《悪》ダ。分カリアエル筈ガナイ。分カリ合ウ意味モナイ」

 

 片言ではあるが、確かな理性と知性を備えた言葉。

 圧倒的な暴力でこの場を支配する人間(ニルス・アズライト)に対して、言葉によって立ち向かう怪物(モンスター)の姿。

 

 世界が積み重ねてきた歴史を真っ向から否定するその光景に、人々は言葉を失っていた。

 

「ダカラ俺達ヲ殺シテ、ソレデ終ワリニシテクレ。俺達ノセイデ、コレ以上ベル・クラネルヲ、苦シメタクナイ。コノ誇リ高キ小サナ冒険者ハ、人間ガ傷ツケバキット泣イテシマウ」

 

 怪物が少年のために、そして自分たちの為に、その命を投げ出そうとしている。

 

 その信じ難い事実に、オラリオの民はただただ呆然とすることしか出来なかった。

 

「ニルスさん、彼らは、モンスターだけど、ただのモンスターじゃないんです!」

 

 そしてベル・クラネルは、決断していた。

 

 少年はボロボロの身体を引きずって立ち上がり、石竜(グロス)の隣へと並び立つ。

 

「彼らは、異端児(ゼノス)と言います! 彼らは僕達と変わらない意志と心を持っているんです! 夢を持っているんです! 暗くて冷たいダンジョンで他のモンスター達からも襲われて、冒険者からも襲われて、孤独に彷徨って、それでも何時か地上に出てみたいと、人間と仲良くなりたいと願って、今日まで生きてきたんです! だから……だから、彼らは《悪》なんかじゃないんです!」

 

 人類には、まだ異端児(ゼノス)と分かり会えるほどの余裕はない。人類と異端児(ゼノス)の出会いは早すぎた。

 

 少年は異端児(ゼノス)と出会えてよかったと思っている。だけどそれと同時に、大きな秘密を抱えたことで散々迷い続けて苦しみ続けて、今日まで傷つきながら生きてきた。だからこそ、異端児(ゼノス)の存在を秘匿するという大神(ウラノス)達の決定に異を唱えなかった。

 

 だけど、異端児(ゼノス)達だってこれまでずっと苦しみながら生きて来た。そして今この時こそが、人類と異端児(ゼノス)にとって分水嶺に他らないと直感していた。

 

 だからこそ少年は今、己が信頼するもう一人《正義》の使者へと正面から向き合っている。ニルス・アズライトに、そして今ここに集ったオラリオの民に、異端児(ゼノス)達の優しさを知ってほしいと願って必死に立っていた。

 

 ヘスティアは、少年の決断に胸が張り裂けるような思いに駆られる。

 

 これは人類にとって茨の道を強いる選択だ。ベル・クラネルは、今日のことを思い出してこの先何度も苦しむことになるだろう。

 

 だけど、きっとこの決断は間違ってなんかいない。

 

 業火を従えるニルス・アズライトから民を守るように立つベル・クラネルと怪物(モンスター)達の姿に、今やオラリオの民は声援を送っていた。

 きっとそれは一時的な感情に違いない。熱が冷めれば今日の歓声なんてなかった事にされるかも知れない。

 

 だけど、間違いなく今この瞬間、並び立つ少年と怪物を人類は受け入れていた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 ──だが、運命は(ヘスティア)の神意すらも超えるほどに気まぐれだった。

 

 雄叫びと共に、空から真の黒き『怪物』が降ってきた。

 

 広場の石畳を壊滅させた漆黒の猛牛(ミノタウロス)は、巨大な両刃斧をニルス・アズライトへと叩きつけ、槍で防いだにも関わらず体勢を崩したニルスの腹部へと雄々しく延びる両の角を叩きつけ、空高くへとかち上げる。続いて石畳を割り砕く程の跳躍と共にニルスを空中で追撃し、その勢いのまま角による突撃(チャージ)でニルスごと広場を囲う民衆を飛び越え、果てには幾多もの建造物を突き破った。

 

 恩恵のない人間なら肉片にまですり潰されると確信出来るほどの圧倒的な暴力。

 

 突如として舞い降りた黒い暴風が、【業火】を蹴散らして重なる建物に風穴を開けて消えて行った先を、誰もが呆然として眺めるしか出来ない状況。

 

 しばらくしてその漆黒の猛牛(ミノタウロス)は、土埃舞う幾多もの壁に空いた風穴の向こうから悠然と歩いてくる。

 

 その紅き瞳に映すのは、白き少年(ベル・クラネル)の姿。

 

「──夢を、ずっと夢を見ている」

 

 神が用意した舞台も、道化が狂わせた舞台も、全てを破壊した漆黒の怪物。

 

「たった一人の人間と戦う夢」

 

 彼はただただ、ベル・クラネルのみを見つめて真っ直ぐに進む。

 

「血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意志を交わした、最強の好敵手」

 

 民衆の波が割れ、漆黒の猛牛とベル・クラネルは触れ合える距離で見つめ合った。

 

「──名前を、聞かせて欲しい」

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 ──その日、地上に最も新たな英雄譚が誕生した。

 

 人だとか怪物だとか、そんな事がどうでもよくなるくらいの、白き英雄と黒き猛牛の熱き戦いの物語が。

 

 

 

*    *    *

 

 

【登場人物】

 

ベル・クラネル

年齢 種族 所属 二つ名 Lv.

14歳 ヒューマン ヘスティア・ファミリア 未完の新人(リトル・ルーキー)4

基本アビリティ

耐久 器用 敏捷 魔力

I0 I0 I0 I0 I0

発展アビリティ

幸運 耐異常 逃走

G H I

魔法 【ファイアボルト】・速攻魔法

スキル

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

闘牛本能(オックス・スレイヤー)

・猛牛系との戦闘時における、全能力の超高補正

火風礼賛(フランマ・テデウム)

・救いを求める声がある時、疾走の速度に応じて火力に補正

 

 

ニルス・アズライト

年齢 種族 所属 二つ名 Lv.

18歳 ヒューマン ロキ・ファミリア 正義の味方(ヒーロー)】【道化(ピエロ)5

基本アビリティ

耐久 器用 敏捷 魔力

B721 A891 E492 E452 S999

発展アビリティ

炎熱 耐異常 鉤爪 火炎

A F H F

魔法 【イデア】・使用条件付き変身魔法

・理想を不可逆に体現する

【アグニ】

・自傷型儀式魔法

・自身の肉体を代償に火を灯す

・痛みを熱に、傷を炎に変換する

スキル

【正義詐称】

・通常戦闘における全能力超マイナス補正

・与えたダメージと同等の痛みを受ける

・代償として、憧れた正義を騙り代行する権利と義務を得る

―憧れた正義の姿は、

 この世の全ての悪を憎み殺し尽くした果てに、

 それでも誰かを救った荒ぶる【疾風】。

 故に、その瞳は殺すべき悪を識り続ける。

―憧れた正義の心は、

 救い求める者へ手を差し伸べてしまう、

 愚かしいまでの崇高な優しさ。

 故に、その炎は救いを求める声のためだけに燃え盛る。

―憧れた正義の志は、

 綺麗事だらけの理想を掲げて届かないと知りながらも、

 追いかけ続けて積み上げ続ける在り方。

 故に、それは正義を詐称し続ける。

【灰被残火】

・焚べる心が尽きた果ての残り火

・救いを求める声に応じて火力微増強

【千遍万火】

・火は其処に在る

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