夢を見た。
昔の夢だ。
絶望に満ちた暗黒の時代に、それでも眩い輝きを放っていた彼女たちの夢だ。
大切で、愛おしい記憶。それなのに自分の愚かしさ故に、後悔と悲しみの象徴にしてしまったあの頃の夢。
毎夜繰返し見続ける大切な思い出にして、あの日から今もなお終わらない悲しい悪夢。
リュー・リオンはもう取り返しがつかない過去に、幻影に過ぎない彼女たちに、ただただ謝罪する。
黄昏色の夢──一つの正義の答えを残してくれた
『リオン──正義は、巡るよ』
──アーディ。ごめんなさい。やっと辿り着いたと思った正義の答えなのに、私は間違えた正義を彼へと伝えてしまった。
夜天に輝く星々の夢──
『私は、リオンを助けたい。──きっと正義に正解なんてない。でもリオンだったら、きっと正しいことを選び続ける』
『リオン、そこにいるのか? お前は、生きるんだぞー』
『私の小太刀、くれてやる。形見のように大切にしてくれるなよ、存分に使え。──どうか強く在らんことを。私の初めての好敵手』
──アリーゼ、ライラ、輝夜、みんな。ごめんなさい。貴方達が命を賭して生かしてくれたのに、私は復讐に取り憑かれてしまった。皆が繋いでくれた正義を、捨ててしまった。
闇夜を照らす小さな聖火の夢──復讐すらも果たせずに朽ち征こうとしていた命を、残り少ない
『そもそもは愚兄が切り落とした右腕なのだし、今こうして奴らの手から逃れる事が出来たのだってお姉さんのお陰だ。だから当然の罪滅ぼしとせめてものお礼のつもりだったのだけれど、それでもボクの魔法に対価を払ってくれると言うのなら、人生で初めての友人というものになってはくれないかい? ついでにお姉ちゃんにもなってくれたら万々歳だ。ふふ、最後の最後に大切な兄の命を救って、友人に看取られて死んで逝けるのなら、ボクの人生は間違いなく素晴らしいものだったって、そう兄に胸を張れるようになるからね』
──フェリス。ごめんなさい。友として託されたはずなのに、私は間違えてしまった。壊れて空っぽになった貴方の兄に、間違えた正義を、間違えた生きる理由を与えてしまった。
ああ、本当にどうしようもない。
情けなくて、悲しくて、苦しくて、涙が零れ落ちる。
ごめんなさい。愚かでごめんなさい。
あなた達が託してくれたのに、愚かな私は全て間違え続けてしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
リュー・リオンは何時ものように、泣きながら謝罪を繰り返す。
だけど何度謝罪しても、彼女たちの幻影は赦しを与えてくれる事はおろか、振り向いてさえもくれない。
当然だ。赦されるはずがない。赦されて良い筈がない。
こうして、今日も悪夢を見た。
* * *
「……きて──い……! ……リュ──、起きて下さい!」
「……フェリ、ス?」
肩を揺らされる衝撃と耳元で小さく叫ばれる呼び声に、リュー・リオンの意識は徐々に覚醒する。
ぼやける意識と視界で捉えたのは、魔石灯の光に照らされる幼い少女の顔。出会い頭に燃え盛る炎を、再生の奇跡を宿した炎の魔法を何の説明も無く投げつけて来た、傲岸不遜に笑う決して忘れることが出来ない一夜限りの友の顔。
否。彼女は、フェリス・アズライトはもう死んだ。
リューは寝ぼけて回っていない頭を小さく振り、無理やり意識を覚醒させた。
「リュー様?」
目の前で不思議そうに首を傾げているのはリリルカ・アーデ。ニルス・アズライトの妹ではなく、彼が親しくしている義理のもう一人の妹のような少女だ。
薄暗い地下水路の一角。眠るために背を預けていた冷たい壁から身体を離して立ち上がり、水路の奥の暗がりで、まるで闇に溶けるようにして身を休めている同行者の存在に少しだけ意識を向けた後、リューはリリへと向き直って小さく頭を下げた。
「アーデさん、すみません。少しだけ休息するつもりが、随分と深く眠ってしまっていました。ですが、どうしたのですか? まだ時間には少し早いようですが」
「すみません、うなされていたので心配で起こしてしまいました。あの、リュー様……怪我は本当に大丈夫なのでしょうか? リュー様が戦った敵は第一級の実力者だった上に、厄介な
「怪我は既に完治しています。呪詛は、アズライトの炎が焼き払ってくれましたので。心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
心配そうに顔色を覗き込んで来るリリの頭を、何時か彼が彼女にそうしていたのを思い返しながら不器用に撫でれば、リリはくすぐったそうに小さく頭を振って「ニルスさんがですか?」と不思議そうに首を傾げた。
「はい。以前アズライトから、灯りの代わりだと言って彼の火が込められたペンダントを貰ったのですが、どうやら破格の
今もなお継続しているこの騒動の発端にして元凶である男、モンスターの密猟の首謀者であったイケロス・ファミリアのディックス・ペルディクスとの一戦。
自らのレベルを上回る強敵を相手に、決死の並行詠唱による魔法で戦況を覆すことが出来たのは、魔法の妨害を狙って放たれた敵の錯乱の
「ペンダントですか? ニルスさん、あれから数年経ってもまだ何にもないなんて寝言をほざいていたので正気を疑っていましたが、実はちゃんと進展していたんですね! リュー様、どんな物をもらったのですか?」
何故か我が事のようにニコニコと喜んでそんな事を聞いてきたリリに、リューは胸元からペンダントを取り出す。しかし小さな硝子の容器は罅割れてしまっており、中で灯る火も外気によって揺らぎ今にも消えてしまいそうになっている。
「あ、割れてしまっていますね……折角のプレゼントなのに……」
「戦闘で壊してしまったようですね。この騒動が終われば、アンドロメダに直してもらいましょう」
「んん? 何故そこで【
「……? 何故と言われましても、このペンダントは元々彼女がアズライトの火を素材に呪詛の解呪を目的として作っていた
失敗作という話は半分は嘘で、解呪の能力こそ持っていたが任意で発動できなかったからこそ、とりあえずその条件を洗うために自身に持たせたといったところだろう。何時の間にか実験台にされていた事は気に食わないが、それをリュー自身が知っていなかったからこそ敵の不意を突く結果に繋がったのは事実なので、少しだけ複雑な気分ではあった。
眉根を寄せてそんなことを考えていると、大きく溜め息を吐いたリリが「リュー様!」と少し怒ったような様子で声をかけて来た。
「ペンダントの修理の件はリリに、あのゴミいちゃんの妹分であるリリに預けてくれませんか? ニルスさんが『豊穣の女主人』に行く際にでも、絶対にきちんとした形でリュー様の手に戻るように万事手配させて頂きますので!」
「は、はい、分かりまし……」
リリの勢いに押されて思わずそう返したリューは、しかし次の瞬間にはリリの言葉に対して少し重たい気持ちになり、返答を最後まで続ける事が出来なかった。
「リュー様、どうされたのですか? あっ、も、もしもリュー様が少しでも嫌なら断ってくださいね! 当然リュー様とニルスさんの不利益になるようなことをする気は、ヘスティア様の神名に誓っても絶対にないですが、リリはリリが人様から警戒されるのが当然の行いをして来たので、むしろ警戒して頂く方が自然と言うか嬉しいと言うか、とにかくリリがそのペンダントを盗んでしまうのではと疑うリュー様の心配は、むしろリュー様以上にリリの方が──」
顔に出したつもりはなかったが、人の負の感情に敏感なリリには勘付かれたようだった。
勘違いしてしまったリリが早口で紡ぐ言い訳じみた自虐を、リューは「アーデさん」と鋭く彼女の名前を呼んで遮る。
そして、もう一度彼女の名前を呼んだ。
「アーデさん……いえ、リリ。私はあなたがアズライトを本当の兄のように慕っている事を疑っていませんし、事実あなたの存在が彼を救った事を知っています。それに、過去がどうであれ、今のあなたが己の
「は、はい……」
しゅんとして頷くリリの頭を再度不器用に撫でて、リューは謝罪する。
「変に隠そうとしたせいで誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした。アズライトが次に店を訪れる事が本当にあるだろうかと考えて、それで返答に窮してしまったんです。今の私は……ロキ・ファミリアと、少なくともその幹部としての彼を裏切る行いをしていますので。現に、既にアイズ達と一戦交えてしまっている」
リューはそう語りながら、地下水路の闇の奥から伝わる重い気配、人間とは明らかに異なるその気配を発する、今回の騒動の発端そのものである存在へと意識を向けた。
この五日間行動を共にし、多くの言葉と剣を交わした同行者。闇に溶けるように身を休める、黒い皮膚を持つその存在。
ダンジョンで出会えば間違いなくお互いに問答無用で殺し合いをすると断言できる、人類の共通の敵であるはずのモンスター。
理性という概念から最も遠いはずのその存在は、言葉を理解する異端の黒い皮膚のミノタウロス、アステリオスと名乗る武人だった。
* * *
自らを
高い知性と心を持ち、言葉を理解し話す異端のモンスター達だ。
モンスターとはダンジョンから産まれ落ちる人間の共通の敵にして理性なき怪物である。そして彼の存在は、人類を滅ぼすことこそがその存在意義である真の【絶対悪】である。
そんなモンスターと出自を同じくする一方で、地上や人類に対する強烈な憧憬を持ち、人類と分かり合いたいと願う異端の隣人こそが
俄には信じ難い話である。
モンスターとは滅ぼすべき敵であるというその絶対不変の前提が崩れれば、人類全体にどのような影響があるのか図りきれない。
だが、少なくとも冒険者にとっては致命的な悪影響になるとリューは確信していた。
モンスターに家族を奪われた憎悪によって冒険者になった者は少なくなく、またモンスターを
モンスターを狩る事を単純に日々の糧としている冒険者であっても、常日頃から生死を賭けて殺し合いをしている敵に心を持つ存在が紛れているなどと分かれば、下手をすれば戦うことが出来なくなってもおかしくはない。そうでなくとも
そして冒険者の数が減れば、モンスターはダンジョンから溢れ出てやがて世界を滅ぼす。
だが、人間の業は深い。
良くも悪くも、人間とモンスターの途方も無い年月を経た戦いの歴史に変化をもたらす切欠に違いない
今の状況もそもそもは、そんな狩猟者集団が
狩猟者集団は希少種である
それを知った他の
そして五日前、
当然、現段階において人類と
故に地上に現れた
リューはこの騒動にヘスティア・ファミリア所属のベル・クラネルを介して、
ベル・クラネルは
リューが事態に気付いた時には、既に手遅れだった。
友を救わんとするベル・クラネルに危険を前に踏み止まる選択肢はなく、放っておけば無謀にもあのロキ・ファミリアをも撃退した
故にリューは《
リューが偶然独自に入手して保管していた
それを独断で《
「当然と言うべきかも知れませんが、やはり都市の守護者という立場にあるロキ・ファミリアには、
ロキ・ファミリアへの裏切りという言葉だけを発して黙り込んでしまっていたリューは、リリの溜め息混じりのそんな問い掛けにふと我に返る。
リリは都市の裏側で密かに蠢く《
あえて訂正する事はせず、リューはリリが言い淀んで結局は口を噤んだ内容について触れる。
「アズライトに仲介を頼めば、ロキ様や三首脳とも対話は可能でしょう。ですがそれは平時であればの話です。リリ、あなたの認識はおそらく正しい。モンスターが都市に隠れ潜み力なき民が驚異に脅かされている今、例え
他のどの派閥もが到達できない迷宮の深層に潜り、人類の敵を葬り続けているからこそ、ロキ・ファミリアは都市最強派閥の一角として認められ、今代の英雄候補に名を連ねているのだ。例えどのような理由があったとしても、モンスターに味方してしまえばその名声は間違いなく地に落ちるだろう。
そして小人族の復興を掲げ自らその象徴たる英雄になろうとしている【
「はい、リリもそう思います……。仮にリリが【
大きく溜め息を吐きながら冗談めかしてそう苦笑しようとしたリリの笑みが、ピタリと硬直した。そして確信とも驚愕とも取れない何とも言い難い表情のまま、リリはリューの顔を覗き込む。
「リュー様。もしかしてですが……と言うか、俄には信じがたいですが、
自分ですらどうかと思う策をほぼ完璧に言い当てたリリに、リューは「あなたは本当に聡明ですね」と驚嘆しながら返していた。
「アズライトや【
リリには言えないが、事実先日の敵との戦いでリューは
まだかつての家族達が生きていた頃と比べ、随分と姑息になってしまったものだと自嘲してしまう。
《
今回の件は間違いなくロキ・ファミリアへの、否、人類への裏切りだろう。
だが、後悔はない。かつてのように間違えた行動を取っているとは思っていない。
人類も
もしも
逆に人類として当然果たすべき
そんな極限の状況の中でベル・クラネルが選んだ答えは、愚者に成り下がる道だった。目先の利益に眼が眩み、
積み上げた名声を捨てて、それでも純粋にただ
リューは自信を持って断言出来る。あの時、彼は間違いなく一つの正義を成した。
だからそんな彼の横に立ち、愚者の一人としてロキ・ファミリアと剣を交えたことは、決して間違いではない。
リュー・リオンはもう正義ではない。正義を名乗ることは出来ない。だけどリュー・リオンには、ニルス・アズライトに正しい正義を伝える義務がある。
だから
それに、かつての彼女たちをこれ以上裏切る事なんて、自分にはもう出来ない。
ああ、本当に愚かだ。愚かにも程がある。
* * *
ダイタロス通りの廃墟を利用して作られたロキ・ファミリアの仮拠点の一室、団長フィン・ディムナを主とする執務室。
初日に簡単な掃除はしたが元が廃墟のためまだ埃っぽい部屋には、神様と三首脳と俺以外の姿はない。少し確認したいことがあるからと団長に軽い調子で呼び出されたのだが、人払いをしているという事は重たい話なのだろう。
部屋の中央に置かれたソファに座り沈黙を貫く
しばらくして団長は静かに口を開いた。
「君の考えを聞いておきたい。このダイタロス通りに潜伏しているモンスター達。あれらは他のモンスターと同じ倒すべき《悪》かい?」
ダイタロス通りに潜伏しているモンスター達。
五日前に18階層でリヴィラの街を壊滅させ、そしてダンジョンから地上へと侵攻して来た、徒党を組み冒険者の装備で武装した異種混合のモンスター達の異常集団。
「ああ、君の主張そのものは理解しているつもりだ。モンスターはそもそも《悪》じゃないし、同じく人類が《正義》でもない。今回はその前提でいい。僕は正義を論ずるつもりはないが、かといって君の思想とは相容れないからね。平行線であることが分かりきっているその点について議論をしたいわけじゃないんだ。質問を変えよう」
すぐには返答しなかった俺に対して、珍しくも団長はそんな事を言ってカップをテーブルへと静かに置いた。
そして無造作に
「狡いとは思っているが、万が一を考えると立場上、君に僕の考えを伝えることが出来ない。だから君の考えを、君があのモンスター達をどういう存在と定義しているかを教えてくれないかい? 例えどんな荒唐無稽な考えであっても、君の……君たちの不利益にはならないように取り計らおう」
今回の事件で色々と思う所があったのか、随分と参ってしまっている様子の団長。腹を割って話せということであれば別にこのような回りくどい事をしなくてもいいだろうに。損な性格だ。
横のソファにちらりと視線を向ければ、リヴェリアとガレスさんは何の話をしているのかと怪訝そうに眉を顰めている。二人にもまだ話していないということか。
思い返し考えを巡らせるのは、地上に出てきた異常なモンスター達の集団と、そして彼らを庇いロキ・ファミリアの幹部層と一戦交えたというリオンさんとベル・クラネルの行動。
そして今になってもなお何一つ事情を告げずに、そのまま行方を眩ませ続けているリオンさんの真意。
ほぼ確信している結論を、俺は特に隠すこともなくそのまま口にした。
「あのモンスター達は、人間と変わらないような知性と理性を持っていて、意思疎通もできる善人と言っても間違いではないような存在なんだと考えています。リオンさんとベル・クラネルがモンスターを庇ったのも、他の色々な事にもそれで説明がつくので。まあ、それが間違えていても、リオンさんが守ろうとしている存在だから、救われるべき存在だと思いますけど」
「意思疎通可能な善人で救われるべき存在……だと? 知性があることはあのモンスター達の行動からすれば理解できる。だが、ニルス、お前は何を言っている……? 理性があろうが知性があろうが善人の心があろうがモンスターはモンスターで、むしろそのような迷いを齎す存在がいることこそが人類にとっては脅威だろう」
断定的にそう冷たく問いかけて来たのはリヴェリアだった。どう返すべきかと考えながら団長と神様を見れば、特に何も反応はない。ガレスさんを見れば、手の平で顔を覆って大きく溜め息を吐いている。
「昔俺に、真っ当な大人になるには知性と理性と道徳心が不可欠だって教えてくれたのはママだったと思いますけど、老化して思想まで耄碌してきたんですか?」
「それは貴様が人類だからこそ当てはまる話だ、ゴミクズ息子」
「人類だけって理由で救われるんなら、ロキ・ファミリアの副団長様でもエルフの王族様でも、結局は闇派閥の下っ端と同じ穴の貉なんですね。大変勉強になりますご同類のクソババア」
「……」
おもむろに杖を握り締めて立ち上がろうとするリヴェリアのローブを掴んで、ロキ・ファミリアの良心ガレスさんが無言で小さく首を振って落ち着かせる。何かとすぐに実力行使に出る暴力ババアはどうにか落ち着いたようで、団長を一瞥してソファへと座り直した。
一連の会話を見届けた団長は無言でもう一本
「ああ……やっぱり僕の仮説は間違えていなかったのか。根本的に人間とモンスターの区別がついていない君が最も公平な視点からそう結論づけたのなら、それが真実なんだろう」
「根本的に幼女と成人女性を区別してない団長も同じ考えなんですね」
「だからそれは誤解だ。過去に
「待て待て待て。フィン、あのモンスター達に、つまりは心があるというのは本当なのか?」
淡々と話を進めようとする団長を止めたのはガレスさんだった。
ドワーフ特有の硬そうな顎髭を撫でながら頭が痛そう大きく溜め息を吐き出すガレスさんに、団長は苦笑気味に答える。
「ああ、ほぼ確実だろうね。少なくともニルスが言ったように、その答えが一番今の状況を説明できる事は事実だ。
フィン・ディムナが【
「フィン、お前……」
哀しそうな笑みでそう締めくくった団長に、ガレスさんは二の句を告げる事が出来ずに黙り込んでしまう。だが団長は重くなった空気を掻き消すように、小さく吹き出して笑った。
「ああ、ちょっと紛らわしい言い方をしてしまったかな。【
団長のその宣言にガレスさんとリヴェリアは同時に微笑みながら満足そうに頷き、ようやくソファに深く腰を落とした。
俺は今でこそロキ・ファミリアの幹部であるが、それも所詮は元闇派閥出身という経歴を逆説的に活用するための外部顧問のようなものだ。そんな俺には正直に言って、ロキ・ファミリアの三首脳が共有している思いは全く分からない。
だがそれでも今の団長の宣言は事実上、既にリオンさん達……もっと言えばモンスター達に協力する気でいる俺に対する敵対宣言であるのだろうという事は分かった。
「こらこら、早まらんとき。ほんっとに自分はリューたんが関わると、途端に視野狭くなる上に排他的になるんやから。もう少しこの子らのこと信じたりや」
とりあえずこの場から逃げ出そうかと窓の外に視線を向けようとした瞬間、ケラケラと笑う神様からそんな制止の声がかかる。
神様は「よっこらせ」と親父臭い声を出してベットから飛び降りて俺の横まで歩いて来て、肩に手を置いた。
「フィンも最初にニルスと愛しのリューたんの不利益になるような事はせんって言っとったやろ? それにママかて敢えてあんな口喧嘩ふっかけてボロ負けしてまで、ニルスは道徳的に正しいって認めとったやん」
「ロキ、それは言ったらいかんだろう……」
「家族同士でする腹の探り合いと建前での会話ほど無意味なもんはあらへんやろ」
再度大きく溜め息を吐くガレスさんに、神様は再度ケラケラと楽しそうに笑う。
「ほらほら、建設的な話に入り。とりあえず先ずはフィンとニルスで交互に現状の理解言い合って、前提の整理するんやろ?」
手を叩いて「はよはよ」と急かす神様に、少し暴走気味だった思考が冷静になる。
リオンさんが関わると視野が狭くなって排他的になる、か。確かに全く否定できない自覚がある。
「神様、ありがとうございました。それに団長達、すみませんでした。もしファミリアとしての最終的な決定に相容れなかったとしても、その時はちゃんと宣言してから敵対するようにします」
「まあ、一応は信じてくれてありがとうと言っておこうか。君が敵対すると必然的に、絶対にモンスター側には立たないアイズと君との間で板挟みになってリヴェリアが壊れて、芋蔓式にエルフの団員も全滅するから、そうはならないことを祈るけどね」
頭を下げて謝罪した俺に、団長は頭が痛そうにそう苦笑した。
団長の言葉にリヴェリアを見てみれば、ママは明後日の方向に顔を逸らす。俺は何も言うことが出来ずとりあえず思考を放棄した後、誠実に対話するつもりがあることを示すために、神様の言葉に従って先ずは自分から事件の発端についての認識を口にした。
「今回の事件の中心は、意思疎通可能な善良な感性を持つと思われるモンスター達の存在で間違いないと思っています。これは団長もさっき言ってましたけど、そのモンスター達の存在を以前から知っていて、かつ協力関係にあるのはギルドの上層部ないしはトップである老神ウラノスとその私兵。あとはガネーシャ・ファミリアもですね。両者の最終的な目的が何なのかは不明ですけど、ギルドの肝入りで始まってガネーシャ・ファミリアが取り仕切る
「同じ認識だ。ヘルメス・ファミリアの件もレフィーヤが別の団員から似たような情報を得ているから、確実だろう。じゃあ次は僕の番だね。モンスター達と敵対関係にあったのは、
「異論なしですが、一点補足すると多分そのディックスを倒したのは、リオンさんだと思います。説明が難しいですが、五日前にリオンさんに渡した
「失敗したと聞いていた解呪の
団長は思わず身を乗り出しかけたが、俺の曖昧な表情を見てあからさまに残念そうに「そう上手くは行かないか」と呟く。
間違いなく俺の魔法が発動して
制作者であるアスフィさんすら「何を言っているのですか? あれは失敗作ですよ?」と胡散臭そうに言っていたのだから、使用したリオンさん自身に聞いてみない限りはこれ以上は何も分からないだろう。
「まあ、そのイレギュラーについては後から詰めよう。で、続きだけど、今回の事件はイケロス・ファミリアが意思疎通可能なモンスター、ベル・クラネルと【疾風】が庇ったあの
「まあ、モンスター達をまとめて捕らえるためにあえてイケロス・ファミリアが
「
そう締めくくった団長は一息吐いて、神様にちらりと視線をやる。
神様がどこまでこの事態の真相を把握しているのかは知らないが、
そんな神様の様子に団長は肩を竦めて続ける。
「大きく外してはいないみたいだね。それじゃあここからが本番だ。率直に聞こう。【疾風】は今回何を狙っていて、そして、僕達が持ちかけられている取引は何だい?」
「目的は
「見返りは
人に聞いてきたくせに最後は自分でそう断定した団長に対して、俺は無言で同意を示す。
俺の考えを聞いておきたいなんて言っていたが、最初からほぼ確信を持っていたのだろう。何となくだがようやく団長が俺を呼び出した理由に検討が着いてきた。
故に神様の言葉に従い、俺も率直に団長に問いかける。
「《
「ああ、そのつもりだよ。このタイミングで
顔面に向かって飛来する炎の刃を、フィンは右手の指で挟んで受け止めて握り潰す。
「──肯定と受け取らせてもらうよ。ふふ、このナイフといいその表情といい、昔の恋人の話を聞いて昔に戻ったみたいじゃないか、【
「俺がヴァレッタの元恋人なら、今の恋人はちびっ子勇者ってことでいいみたいだな。本人とティオネに伝えといてやるよ」
「ああ、それは本当にやめてくれ。僕が死ぬ」
ヴァレッタ・グレーデ。過去、闇派閥に所属していた俺の最初の直接的な上司のような存在だ。神様の言葉を借りればパワハラにセクハラにサイコパスという最悪の三拍子を兼ね揃えた上にショタコンなる性癖を併せ持つ無敵の変態であるが、もっとも七年前の抗争時に団長に徹底的にやられオラリオから逃げ出してからは、俺ではなく団長に執着している事が唯一の救いである。
と、まあ、ゴミのような人間ではあるがそのLv.5という単純な戦闘能力と目的のためには手段を選ばない残虐性は勿論、当時も今も闇派閥の頭脳を担っている指揮官としての能力も侮れない厄介な敵だ。
つまりは団長が俺に期待しているのは、そんな歩く爆弾のような迷惑極まりない相手の対処という訳である。
とは言え、返答すべき言葉は決まっている。
「ヴァレッタの対処、承りました。その代わりリオンさん達への協力は──」
「わかるだろう? 現時点で他の団員達に真実を告げることは出来ない。故に、ロキ・ファミリアとして彼女に協力する事はできない。だけど結果的にそうなるように、僕達三首脳とロキが状況をコントロールしよう。約束するよ」
三本目の
まったくもって頼もしい限りである。