一切の光が消えた都市北西、第七区画。
日が沈み、夜の帳が落ちる中、冒険者たちの影が薄闇に溶け込む。
彼らは息を殺しながら、一つの建物をじっと窺っていた。
「ここで間違いないな?」
「うん。獣人の鼻で追われないよう、消臭の道具まで使ってる怪し~集団が出入りしてるのは確認済み」
ひそめた声を交わすのは、シャクティとアーディのヴァルマ姉妹。
彼女たちの視線の先には、人々の記憶から忘れられた教会が存在する。
「
それは、闇派閥によって管理される闇取引の温床であり、禁じられた品々が公然と売買される場所。
都市の秩序を蝕むその存在は、冒険者たちにとって決して見過ごせない脅威だった。
「シャクティ団長。全団員、配置につきました。いつでも行けます」
「よし、一気に片付けるぞ」
教会を包囲するように、ガネーシャ・ファミリアの団員たちはものかげに身をひそめ、今や合図を待つばかりだった。
シャクティは一拍の呼吸を挟み、告げる。
「全体突入ーっっ!」
団長の命令がかかると同時に、ガネーシャ・ファミリアは雄叫びを上げた。
人っ子1人逃さない意志を喊声に乗せ、目標の教会へ流れ込む。
だが、
「ーーえ?」
先陣を切った冒険者たちの動きが止まる。
彼らの目の前に広がっていたのは、想像を遥かに超えた光景だった。
教会内にいるはずの悪人たちは、例外なく全滅していた。
床に転がる彼らの姿は、まるで嵐が通り過ぎた後のように無残で、逃れる暇すらなかったことを物語っている。
「
「全滅…?私達が突入する前に?一体誰が……!」
アーディは唖然と呟き、遅れて現れたシャクティも瞠目する。
肩透かしという言葉では片付けられない衝撃と不気味さが場を支配し、他の団員たちも慌てて周囲を見回している。
しかし、どれだけ目を凝らしても、倒れている者たち以外の人影は見当たらない。
教会内に残されたのは、ただの静寂と、凄惨な痕跡だけ――そう思われたその時だった。
「嗚呼、また……」
沈んだ声が、一拍の間を置く。
「……騒がしくなってしまう」
まるで空間そのものが呟いたように、くぐもった声が教会内に染み渡る。
「「!?」」
冒険者たち全員が驚きと共に声のする方へ視線を向けた。
倒れている者たち以外、誰もいないはずの教会に突然響いた声――それは、どこかくぐもっており、男か女かさえ判別がつかない不気味な響きだった。
その声の方向、教会の正面部に目を凝らした瞬間、雲がぽっかりと割れ、罅割れたステンドグラスを通して月光が差し込んだ。
青白い光が闇を切り裂き、影に隠れていた輪郭が浮かび上がる。
ローブを纏った一人の人影――。
フードを目深に被り、その顔は影に覆われて見えない。
わずかにフードの隙間から覗く髪は漆黒で、青白い月光を受け、幽玄じみた輝きを放っている。まさに影法師のようだ。
「次から次へと、雑音が絶えない」
影法師は静かに嘆く。
やはり鬱屈とした声で、教会に声を反響させる。
「この地の静寂は守られない…か。嗚呼、嘆かわしい」
場違いなまでに慨嘆に暮れるその姿に、ガネーシャ・ファミリアの団員はみな、無意識のうちに気圧されていた。
(だ、誰…?冒険者?)
アーディは動じる。
たたずんでいるだけにも関わらず、確かな重圧を放つ人の存在に。
(どこから現れたーいや!いつからそこにいた!?)
Lv4という高い力を持ちながら、その存在を最初から視界に捉えながらも認識できなかった事実が、彼女の理性を掻き乱していた。
影法師は依然として静かだった。
その声も、気配も、存在感さえも――静謐すぎる。
通常ならば認識されるべきあらゆる要素が、まるで霧に覆われるように感じ取れない。
異質。
その言葉では表しきれないほどの異様さが、教会内の空気を重く、冷たく染め上げていた。
「…これをやったのは、お前の仕業か?」
「他に誰がいる?」
「…どうして、こんなことを?」
「あの人の癇に障る。」
シャクティが口を開き、アーディが質問を重ねる。
影法師は淡々と答えるのみ。
「…あの人?どういうこと?」
さらに質問を重ねるアーディに対し、影法師は無機質な声で語り続けた。
「この塵芥共は不要な域まで妖精の森を荒らし、大聖樹を蹂躙した。挙句ーーここを汚した。故に報いを与えた」
人影は周囲で倒れている闇派閥達に視線も向けず、唾棄の感情だけを声の端々に滲ませる。
静謐の中で唯一鮮明に映えたその感情に、アーディは狼狽えた。
「ここって…この、教会のこと…?」
「ああ……大事な場所だ。あの人にとっても…そして俺にとっても」
伺い知れない人影の表情が何を見ているのか分からない。
しかしその最後の言葉には、確かな感傷が滲んでいた。
ーその時。
「た、たすけっ……」
床に伏していた闇派閥の男が、苦痛と恐怖に引きつった声を絞り出した。
瀕死の状態で助けを求めるその声が、教会内に響く。
しかし。
「骸に変えてやろうと思ったが……ここを血で汚してしまっては元も子もない。後はお前達が片付けろ」
影法師の声は酷く冷たかった。そして、すぐに関心を失い、汚物の処理を押し付けるように教会を後にしようとする。
「逃がすと思っているのか?」
それをシャクティが鋭く声を上げ、身を乗り出して制止する。
「逃げる?」
影法師は足を止め、肩越しに嘲笑するような声を返した。
「逃げずとも、貴様らが俺を認識する事は叶わん」
「なんだと!」
シャクティの顔に怒りが走る。
「ふざけるな!全隊、かかれ!」
その一喝と共に、シャクティの指示は瞬時に下される。たった一人で悪人共の違法市を壊滅させた得体の知れない相手に、この協会にいる全戦力を投入した。
教会内に展開していたガネーシャ・ファミリアの総勢20名以上――上級冒険者を含む団員全員が影法師に殺到する。
「おおおおおおおおおおっ!!」
その雄叫びは教会内に轟き、怒涛の勢いで影法師との距離を詰めようとする。
だが――。
「……!」
冒険者たちは目を疑った。
影法師の姿が、彼らが迫るほどに次第にぼやけていく。
最初は輪郭が揺らぎ、次第にその全身が影のように黒く染まる。
やがて、その影が崩れるようにして霧散し、教会内に消え去った。
「……どこへ?」
冒険者たちは辺りを見回す。
しかし、そこには何もなかった。まるで最初から誰もいなかったかのように、空間だけが残されていた。
「これは……どういうことだ……」
シャクティが呟く声だけが、静まり返った教会内に響いた。
影法師の不気味な消失は、彼らの心に恐怖と疑念を深く刻み込んだ。
誰もその正体を掴むことができず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
◾︎
都市北西のメインストリート、別名『冒険者通り』に、その建物はそびえ立っている。
万神殿を彷彿とさせる荘厳な造り。
都市中枢の象徴とも言える場所──
『ギルド本部』。
「各【ファミリア】代表、揃ったな。ではこれより、定例の闇派閥対策会議を始める──」
そんな『ギルド本部』の奥。
百人以上の同席が可能な大型の会議室では、多くの冒険者たちが円卓に腰を下ろしていた。
【ロキ・ファミリア】からはフィン、リヴェリア、ガレス。
【フレイヤ・ファミリア】からはオッタルとアレン。
【ガネーシャ・ファミリア】からはシャクティ。
そして【アストレア・ファミリア】からはアリーゼと輝夜。
各派閥の団長、副団長、あるいは幹部が集い、名実ともにオラリオの戦力を担う面々が顔を揃えていた。
その中で、肥えたエルフという表現が相応しいギルド長、ロイマン・マルディールは、粛々と会議の開幕を宣言する
──かと思いきや。
「──その前に、現状の体たらくはなんだ、お前達!」
突如、怒声が飛ぶ。
「連日のように襲撃は絶えず、つい先日には大規模の奇襲さえ許しおって!」
ロイマンの目が大きく見開かれ、贅肉を揺らしながら唾を飛ばす。
工場襲撃を皮切りに、都市各地への闇派閥の襲撃は続き、被害は増す一方。
記憶に新しい炊き出し場での襲撃では、一般市民にも死傷者を出してしまった。
管理機関の長として、憤懣が溜まるのも無理はない──
だが、彼の言葉にすかさず殺気を募らせる者がいた。
「さっさと害虫を駆逐してえなら、闇派閥も追ってダンジョン攻略も進めろなんざ、間抜けな注文を押し付けるんじゃねぇ豚が」
鋭く吐き捨てたのは、【フレイヤ・ファミリア】の幹部、アレン・フローメル。
「『遠征』に行った帰りに都市中を回らせやがって……頭の中身まで畜生に変わりやがったのか?」
冷たい視線を向けるアレンに、ロイマンは気圧されながらも必死に舌を動かす。
「し、仕方なかろう! 男神と女神が消えた今、都市の内外にオラリオの力を喧伝するのは急務!」
「でなければ、第二、第三の闇派閥を生み出しかねん!」
言葉を捲し立てながらも、額には汗が浮かぶ。
「ダンジョンの『未到達領域』に辿り着き、都市の威光を示さなければ、世界にも余計な混乱が……!」
「自分の趣味の悪い席が後生大事だと、素直に吐きやがれ」
「その脂ぎった体で権力にしがみ付きやがって」
アレンの毒舌は止まらない。
ロイマンが怯えきっている中、今度はフィンが仲裁に入る。
「アレン、止めよう。話が進まない。僕達が率先していがみ合う必要はない筈だ」
「その口で俺の名を呼ぶんじゃねえ、
険悪な空気が一層濃くなる。
「意思の疎通さえできない眷族の態度、神フレイヤの品性が疑われるな」
そこへ静かに割って入ったのは、リヴェリアだった。
──だが、その言葉に、場の空気がさらに張り詰める。
「──殺されてえのか、羽虫」
アレンの双眼に殺気が満ちる。
たちまち会議室に剣呑な気配が漂い、各【ファミリア】の面々に緊張が走る。
発端を作ったロイマンは、すでに汗まみれだった。
──しかし、あくまで冷静さを保つ者もいた。
泰然としているシャクティ。
顔色ひとつ変えないオッタル。
そして、そんな場の雰囲気を横目に、静かにため息をつく者もいる。
「もう既に帰りたい……何で初っ端から殺気が行き交ってるんですか、この会議……」
会議初参加のアスフィは、心底嫌そうな顔で呟いた。
「【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の険悪さはいつも通りでございますから。気にするだけ無駄かと~」
ギスギスした空気に、腹部を擦る手が止まらない。
輝夜は猫被りの笑みを浮かべ、間延びした口調で助言を送るが──
「無茶を言わないでくださいっ!」
即座にアスフィが拒否する。
「そもそも何で派閥会議に新参者の副団長が駆り出されるんですか……!」
「殴るっ、絶対にあの主神と団長、殴る……!!」
あからさまに不満を募らせるアスフィ。
その様子に、アリーゼは愉快そうに頷いた。
「うんうん、【
「貴方達、真面目過ぎて周りに振り回されそうだもの!」
「自覚があるなら貴方達も言動を自粛してください!」
苛立ちを隠さず、アスフィが声を荒らげる。
──と、そこへ。
バチコーン!
アリーゼが片目を配せし、悪戯っぽく微笑んだ。
「……ッ!!」
日頃の鬱憤が爆発し、アスフィはとうとうキレた。
にわかに騒がしくなる円卓の一角。
その様子を他の冒険者たちは呆れたように眺め──
「この状況で何で騒げんだアイツ等……」
誰ともなく、そんな溜め息混じりの声が漏れた。
「ロイマンを庇うわけではないが……先の奇襲を食い止められなかったのは儂の責任だ。詫びのしようもないわ」
場の空気を断ち切るように、ガレスの静かな声が響く。
重々しい声音に、会議室が一瞬静まり返る。
視線が、一斉に彼のもとに集まる。
「白昼堂々、しかも往来の中心での突然の凶行など、予想できていたとしても止められるものではない。」
「ましてや【
彼を擁護したのは、シャクティだった。
「フィンや憲兵団が想定していたのは『爆発物』による混乱……」
「ガレス達に不審物に注意するよう伝えたのが仇となってしまった」
シャクティが口にした言葉に、アリーゼが疑問を口にする。
「『爆発物』? どういうこと?」
「一連の工業区の襲撃において奪われておった『撃鉄装置』、あれの用途は『爆弾』の製造ではないかと踏んでおった、ということじゃ」
説明を加えたのはガレスだった。
その言葉に、リヴェリアが補足する。
「機構を取り付け、誰でも作動できる『爆弾』と化せば十分、脅威になりうる。それこそ魔石製品を扱うようにな」
「なるほど……」
円卓を囲む冒険者たちが、納得したように頷く。
もし炊き出しが行われていた大通りで一斉起爆されていたら──
被害は想像を絶するものとなっていただろう。
「魔剣や魔道具とも異なり、戦闘の心得のない『信者』でも設置及び作動できる。」
「警戒していたのだが……山が外れたか」
シャクティがそう呟く。
すると、リヴェリアが嘆息混じりに言った。
「あるいは、まだ切り時ではないと溜め込んでいるのか、だ」
円卓に沈黙が落ちる。
その中で、黙って聞いていた輝夜が、静かに口を開いた。
「なるほど。理解いたしました」
輝夜が静かに口を開く。
「どうせなら、先に情報を共有しておいてほしかったものですが」
小言めいた響きに、シャクティやフィンが反応する。
『先日の作戦』を立案したフィンは、隠すことなくその真意を語った。
「あくまで予想に過ぎなかったというのが一点。もう一点は、警備を厳重にするあまり、敵の動きを誘いにくくしたくなかった」
その言葉に、輝夜の視線が鋭くなる。
「……勇者様の中では、あの奇襲さえ予定調和であったと?」
「犠牲者の数も算盤で弾いて、小を切り捨てたので?」
敵幹部が率いた炊き出しの襲撃が『陽動』であり、フィンたちが『本命』の敵部隊を先んじて制圧したのは、周知の事実だった。
言葉尻こそ丁寧だが、輝夜の言葉には明確な棘が滲んでいる。
「被害の規模までは読めなかった……と言っても、言い訳にしか聞こえないだろう。」
「だが、おかげで敵の本隊を叩くことができた」
その静かな弁明に、アレンが皮肉を投げる。
「大した勇者がいたもんだな」
「まったくだ」
フィンは苦笑を漏らす。
「常に選択を迫られる今の状況と、それを覆すことのできない自分が、つくづく嫌になる。」
憂いを帯びた表情で、己の無力感を吐露する小人族。
輝夜やアレンなど、一部の冒険者は厳しい視線を向ける。
一方で、彼の決断を責められない者たちは、言葉を失っていた。
いつも口うるさいロイマンですら、沈黙を貫いている。
──会議室に束の間、仄暗い静寂が落ちた。
「──はい、この話題ヤメヤメ!」
そこへ、場の空気を読まない少女の声が響く。
「私こんな不景気な話、聞きたくないわ!」
「嫌な気持ちになって、お菓子をやけ食いしてしまいそう!」
椅子を蹴る勢いで立ち上がるのは、お騒がせ代表──【アストレア・ファミリア】団長。
「アリーゼ・ローヴェル……貴方という人は……」
げんなりとした視線を向けるアスフィをよそに、少女は堂々と宣言した。
「だってそうじゃない! みんな都市を守るために最善を尽くしているのに、それを責め合うなんておかしいわ!」
その一言に、円卓の冒険者たちは目を見張る。
「「「!!」」」
アレンが、輝夜が、リヴェリアが、そしてフィンが驚きの表情を浮かべた。
シャクティや他の冒険者もまた、言葉を失う。
「反省するところはする、いいところは称え合う!」
「それが正しい話し合いというものよ! 子供にだってわかるわ!」
はっきりと断じるアリーゼの言葉。
その場にいた誰もが、言葉を失った。
そして、静寂を破るように、やがて豪快な笑い声が上がった。
「くっくっく、ハッハッハ!」
ガレスが豪快に笑い声を上げた。
「相変わらず全く物怖じしない娘よ! しかし、その通りだ!」
その反応に、アレンが不機嫌そうに舌を鳴らす。
「ちッ……正論ばかりほざきやがって」
「反論できないのなら悪態は控えておけ。」
リヴェリアが微笑を浮かべつつ、静かに諭す。
「その正論こそ、今においては最も建設的であり、有意義な提案だ。」
アリーゼの言葉によって、不毛な停滞は終わりを告げた。
誰も異議を唱えることはなかった。
「清く正しい私の前に、第一級冒険者さえひれ伏したわね!」
胸を張り、堂々と宣言するアリーゼ。
「フフーン! さっすが私!!」
「団長、頼むからこの場で調子に乗るのだけは止めてくれ……」
立ち上がったまま得意げに振る舞うアリーゼに、輝夜が沈痛な面持ちで釘を刺す。
先程から、アレンの視線が痛い、と。
「ふふ……明るい話は生憎ないが、彼女の言う通り、建設的な会議をしよう。」
その光景に、フィンが初めて柔らかい笑みを見せる。
こうして、正式に対策会議が開始された。
「まず、シャクティたちが制圧した『悪人共の違法市』について情報の共有を──」
フィンが議長となり、各派閥の報告を確認し、闇派閥の情報を持ち寄りながら検討を進める。
議論は、地上、ダンジョン、さらには都市外へと広がり、多岐にわたる情報が交わされた。
長丁場となるが、誰もそれを面倒がることはなかった。
この情報の伝達が、いつか自分の命を、ひいては身内の命を救うことを──
八年前の『暗黒期』の幕開けから、冒険者たちは痛感していた。
誰もが積極的に発言し、意見を求め続けた。
「今日までに起こった事件、および伝達事項はこれくらいかな」
設置された大型時計の長針が三周しようかという頃。
フィンが報告の収束を確認し、周囲を見回す。
「誰か、他に共有しておきたい情報はあるかい?」
その問いに、長らく沈黙を貫いていた男が、おもむろに口を開いた。
──オッタル。
「……闇派閥側に、最低でも一人、手練れがいる。」
低く響く声に、場の空気が引き締まる。
「恐らくは、生粋の戦士。」
その言葉に、アリーゼが興味深そうに身を乗り出す。
「あ、例の超硬金属の壁を破壊されたっていうアレね。」
「でも、交戦したわけでも、姿を見たわけでもないんでしょう?」
彼女の問いに答えたのは、当時の現場に居合わせたアレンだった。
「確認する必要もねえほどの離れ業だった。それだけだ。」
「少なくとも、闇派閥の幹部どもができる芸当じゃねえ。」
言葉少なに、しかし確信を込めた断言。
「ンー……精査する情報は少ないだろうが、オッタル、敵の能力を仮定するとしたらどれほどになる?」
フィンが静かに問う。
オッタルは、一拍の間を置いた。
そして、常よりさらに低い声で、答えた。
「……Lv.6以上。以下はありえん。」
オッタルの低い声が、会議室に響く。
「なっ……!? 【猛者】と同じ……?」
アスフィが驚愕を隠せず、呻く。
──どよめきが広がる。
Lv.6。
それは現在のオラリオにおいて、オッタルしか到達していない領域。
都市最強の冒険者と並び立つ存在が、闇派閥に与している可能性がある。
その情報は、冒険者たちに衝撃を与えた。
しかし、オッタルの表情は、どこか冷ややかだった。
まるで、その”想定”すら甘いとでも言いたげに。
そして彼は、言葉を続ける。
「……だが、“それ以上”だろうな。」
──空気が、凍りつく。
一瞬、誰もが息を呑んだ。
オッタルと同格──いや、それ以上の”怪物”が潜んでいる。
その事実が、冒険者たちの背筋を凍らせた。
だが、彼はそれ以上、言葉を重ねない。
“真の脅威”を口にすることなく、ただ、静かに沈黙を落とした。
「我々も『倉庫』制圧の際、素性不明の男と遭遇した」
オッタルの報告に重ねるように、シャクティが口を開く。
「魔導士か、魔法剣士か……いや、それすらも定かではない」
会議室に、微かなざわめきが広がる。
「直接の被害はなかったものの、私を含めた総勢三十の団員が手玉に取られた」
その言葉に、驚きを隠せない冒険者たち。
「【ガネーシャ・ファミリア】を、一人で……だと?」
リヴェリアが品よく眉をひそめる。
「奴はまるで”幻”だった。」
一瞬の沈黙が落ちる。
「影のように現れ、そして霧散するかのように消えた」
戦場に残されたのは、混乱する【ガネーシャ・ファミリア】の面々だけ。
そもそも”本当にそこにいたのか”すら疑いたくなるほどの存在感の薄さ。
しかし、それが作り物の幻でないことは、彼らが痛感していた。
「過去の強豪共の例もある。」
沈黙を破ったのは、ガレスだった。
「第一級冒険者並みの戦力を隠し持っていた可能性は捨てきれんのう。」
彼の言葉に、円卓の冒険者たちは難しい表情を浮かべる。
まだ男神と女神が健在だった頃、彼の二大派閥と鎬を削り合った勢力がいくつかあった。
中には、複数のLv.6、さらにはLv.7の団長を抱えながらも、ギルドに戦力報告をせず秘匿していた派閥すらあったほどだ。
他派閥と結託し、頂点を打倒せんとしたが──
──結局、時代を制したのは男神と女神だった。
都市抗争に敗れ、多くの眷族を失った主神たちは都市から逃亡した。
しかし、一部の派閥は、未だオラリオに留まり続けている。
「……すっかり凋落した【セベク・ファミリア】などが、その一例か。」
ガレスが呟くように言い、誰かが息を呑む。
前例があるだけに、円卓に集う冒険者たちの表情は一様に険しいものとなっていた。
「……後者はともかく、前者の工場襲撃者が闇派閥に与している可能性は高い。」
フィンの言葉が静かに響く。
「各派閥、独断行動は避けるようにしてくれ。」
その注意喚起に、会議室の冒険者たちは表情を引き締めた。
音が消える。
──そして。
「さて、これで最後になるが……『本題』に入る。」
静寂を切り裂くように、フィンが核心を突く。
「【ヘルメス・ファミリア】の偵察によって、闇派閥の新たな拠点が見つかった。」
「「!!」」
アリーゼと輝夜が目を見張る。
その反応を追うように、他の冒険者たちも驚愕を隠せずにいた。
「廃棄された施設を利用しているようです。」
椅子から立ち上がり、情報を提供するのはアスフィ。
「これまでとは異なり、かなりの規模……それも三つ。」
「内部までは探れませんでしたが、一般人を装った見張りの数からいっても、相当に臭う。」
「恐らくは『本拠地』と言っても過言ではないでしょう。」
【ヘルメス・ファミリア】の斥候たちが収集した情報を、余さず伝える。
その報告を受け、フィンは頷いた。
「【ヘルメス・ファミリア】の情報を精査し、ギルド上層部も敵の棲家であると判断した。」
そして、彼は決断を下す。
「そこで、この三つの拠点を同時に叩く。」
──その瞬間。
「──一つは【アストレア・ファミリア】が行くわ!」
机に手をつき、真っ先に名乗りを上げたのは、アリーゼだった。
その勢いに、隣に立っていたアスフィがぎょっとする。
「まだ僕は何も言ってないよ?」
フィンが苦笑する。
だが、アリーゼは身を乗り出し、迷いなく言葉を重ねた。
「本拠地に突入する【ファミリア】を募るんでしょう?」
「【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が散らばるのは当然として、残り一つは余る。」
「なら私たちが受け持つわ! 機動力なら負けはしないもの!」
誰よりも危険を恐れず、誰よりも勇敢さと無謀をはき違えず、
何よりも──”正義”を最優先にする少女。
彼女の意思を受け、シャクティも口を開いた。
「……フィン、我々も【アストレア・ファミリア】と連携する。それならば頭数も十分だ。」
フィンは少し考えた後、頷く。
「わかった。なら予定通り、一つは僕たちが。」
そして、視線を向ける。
「もう一つを……オッタル、頼めるね?」
「いいだろう……」
重厚な声音で、猪人が頷く。
【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】。
都市二大派閥の参戦が決まり、会議室の冒険者たちの士気が俄然高まる。
しかし。
「話の腰を折るようで恐縮ですが、罠の可能性は?」
鋭い眼差しで、輝夜が切り込んだ。
「それも見越した上で動く。」
フィンは即座に応じる。
「突入隊に十分な戦力を割くことはもとより、他の区画にも目を光らせる」
すでに彼の中には、作戦図が描かれていた。
「ヘファイストス、イシュタル、ディオニュソス……全ての有力派閥に協力を要請する」
「ロイマン、そちらは任せた」
「仕方あるまい……都市に平和をもたらすためだ」
渋々ながら、ロイマンが頷く。
「【ヘルメス・ファミリア】は都市全域に警戒を」
「異常があった際、迅速な情報伝達を頼む」
「了解しました。派閥の者に徹底させます」
アスフィも同意する。
波のように寄せては引いていく冒険者たちの話し声。
だが、今度ばかりは、完全に消えることはなかった。
「さて、察しの通り、これは大規模な『掃討作戦』になる。」
フィンの静かな声が、会議室に響く。
「拠点が発覚した今、放置の選択肢はない。こちらから打って出る。」
碧眼が、円卓に座す冒険者たちを見回した。
「作戦の開始は──三日後。」
──ぎゅっと。
幾人もの冒険者が、膝の上に置いた手を強く握りしめる。
この戦いが、戦局を決定づけるものになることを、誰もが理解していた。
「敵に気取られないよう、準備には細心の注意を払ってくれ。」
「……ここで、決める。」
フィンの言葉に、会議室の空気が一段と引き締まる。
しかし、そんな中で。
「任せてちょうだい! やってやるわ!」
明るく響く少女の声。
アリーゼだった。
その快活な一言に、張り詰めた空気がわずかに和らぐ。
一部の第一級冒険者たちが、彼女に釣られて微笑む。
だが、フィンは顔を引き締めたまま、最後に静かに告げた。
「それでは、解散。」
──こうして、決戦の幕が上がる。