ダンジョン都市で正義を騙るのは間違っているだろうか


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作:kuku_kuku
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第四夜 「猪鍋」と「水っぽいエール」


 

 最後に『豊穣の女主人』に行ってから、もう既に一ヶ月も経っていた。

 

 ここまで間隔が開い事は過去にもあまりなかったなと思いながら、店に向かって薄暗い裏路地を歩きながらぼんやりとこの一ヶ月の事を思い出す。

 

 一ヶ月前、闇派閥の残党の調査をするために、リオンさんと共に迷宮の18階層に赴いた。そして24階層で巻き込まれた、あの事件。

 

 俺とリオンさんが24階層の食料庫にたどり着いた時には、既に食人花に全て喰らい尽くされていたようだが、あの現場には闇派閥の残党が確かに存在していたという。更にはモンスターと混ざり合い人間を辞めたという元闇派閥の幹部の姿まであったようだ。

 さらに元々18階層を調査する事になった原因である殺人事件と襲撃事件の発端である緑色の宝玉も関係しており、洞窟全体を覆っていた極彩色の肉壁も大量の食人花達も、どうやら緑色の宝玉を守り成長させるためだけに存在していたようだ。

 

 そして三週間前に実施された深層への遠征で、一つの事実が明らかになった。

 

 その緑色の宝玉、中に胎児のようなナニカが眠る、モンスターを別の存在へと変貌させるその宝玉は、はるか昔に神々から遣わされ人と手を取り合いモンスター達と戦っていた、精霊の成れ果てだった。

 

 迷宮の59階層で、ロキ・ファミリアはそれに遭遇した。

 

 モンスターに寄生し、人のような何かへと変貌した宝玉の胎児。59階層の大量の極彩色のモンスター達の魔石を食らいつくしたそれは、歪な存在ではあったが確かに精霊へと至っていた。新種だと思っていた食人花や巨蟲といったモンスター達は、つまりは精霊の成れ果ての触手のようなものだったのだ。

 

 そして精霊の分身とも言える宝玉は一つだけでなく、複数存在していることが既に判明している上に、それらを守り育てている人とモンスターが混ざりあった怪人達が暗躍してる事も分かっている。更に、そこに闇派閥の残党まで関与している。

 

 正直に言って、想像よりもはるかに危険な事態になっていた。

 

 これからどう動く事が最善だろうかと、無意識の内に思考を巡らせてしまう。

 

 が、これはよくない。

 

 既に幾度も考え一応の結論を出したのだし、久しぶりにリオンさんに会いに、もとい借金返済に行くのは、堂々巡りになっている頭を切り替える目的も兼ねているのだから、これ以上一人で考えるのはやめよう。

 

 まあ、借金返済は一ヶ月ぶりだが、リオンさんには二日前にも合っているので、あまり久しぶりと言う感じもしないが。

 

 深層の遠征からの帰還時、大量発生した厄介なモンスターの毒にやられて部隊の大半が寝込んでしまったため、ロキ・ファミリアは18階層で足止めを食らっていた。

 その時、ベルのパーティが事故に合い、まだ適正階層ではない18階層に逃げ込んで来た。リオンさんはベルの主神によって出されたクエストによって編成された救助部隊の助っ人として、失踪したベル達を追って18階層にやって来ていたのだ。

 

 あまり時間は取れなかったが、その時にリオンさんとは多少会話できた。まあ、今日の約束をしたくらいのものだが。

 

 ちなみに先日、俺達が地上へと戻ってすぐに18階層は、17階層の階層主ゴライアス、それもその異常種が攻め込んで来るという異常事態に見舞われたたらしい。

 リオンさんも、ベルやあの子もそれに巻き込まれたらしいが、大きな怪我もしておらず無事とのことだ。

 

 相変わらず自分のタイミングの悪さが嫌になる。

 

 本当に無事でよかった。

 

 

 

*    *    *

 

 

 

「あの……お久しぶり、です……」

 

 『豊穣の女主人』の何時ものカウンター席に着けば、先客が待ち構えていた。何となく想像はしていたので、驚きはしなかった。

 

 居心地悪そうに水が入ったグラスを両手で弄び、目を合わす事が出来ないのか伏し目がちにそう挨拶をする小人族の少女。

 

 リリルカ・アーデ。

 

 ソーマ・ファミリアの団員にして今はベル・クラネルのパーティの一員である彼女は、かつて一時期、まだ単独で迷宮探索を行っていた俺のサポーターをしてくれていた少女だった。

 

「久しぶりです。と言っても先日、18階層で会ったばかりですけど」

 

「はい……でもあの時、リリはニルス様に挨拶も出来ず、その……逃げてしまったので」

 

 悪戯が見つかった泣きそうな子供のようにそう畏まるリリに、俺は思わず小さく笑ってしまった。

 

「元気そうで……いえ、ベルの所で元気にやれるようになって、よかったです」

 

「……っ! リリは、リリはずっと、ニルスさんに謝らないと──」

 

 かつて数カ月間一緒に迷宮に潜った仲間。そして、裏切られた冒険者と、裏切ったサポーター。

 俺と彼女の関係は世間一般から見ると、端的にそう表現されて然るべき関係なのだろう。

 

 だけど、少なくとも俺はそう思っていなかった。

 

「リリ。お互いこうやって元気にやれていることを祝して、久しぶりに薄いエールで乾杯でもしますか……いや、乾杯するか」

 

 だから少しだけ過去に戻った気になって、クソババアに矯正された口調も元に戻して、リリにそう言った。

 

 リリは俺の意図を汲んでくれたのか、泣きそうな顔を無理やり笑顔に変えて、「シシシシッ」と悪ガキのように笑った。

 

「ぼ、冒険者様は……大手ファミリア所属で大層な二つ名までお持ちなくせに、相変わらず優秀なサポーターに報いる事ができない甲斐性なしなのですねっ! 仕方ないので今日も安っぽいエールで我慢してあげます!」

 

「うるせえよ酒クズ。てめぇの馬鹿舌じゃあ泥水との区別もつかねえだろうが」

 

「はいぃ? 幼気な少女だったリリを酒浸りにさせて味覚障害にさせたゴミカス野郎が何をほざいてるんですかねえ!?」

 

「酒浸りになったのは自分のせいだろうが。責任転嫁すんなよゴミカス二号のアル中」

 

 元闇派閥所属の都市全体の嫌われ者で、Lv.3のくせにLv.1相当の実力しか発揮できないサンドバッグ。

 ただでさえ小人族で非力な上に冒険者としての適性がなく、サポーターとしてパーティを組んだ仲間からさえも食い物にされていた弱者。

 

 搾取される側だった俺達は生きるために自然と協力関係となり、一緒に冒険をした。

 

 気性の荒い冒険者達から人権などないとばかりに暴力を振るわれて、迷宮で命懸けで得たその日の稼ぎを奪われた毎日。そして二人で策を練って、そんな冒険者たちを撃退したあの頃。

 『豊穣の女主人』で二人で腹いっぱい飲み食いする財力なんてあるはずもなく、何の肉かも分からないあやしい食べ物を出す安いだけが取り柄の裏路地の店で、二人して混ぜ物でかさ増しされた悪質なエールで祝杯をあげて、潰れるまで飲んだかつての冒険の日々。

 

 そして、彼女が何かに追い詰められているのを知っていながら、直接的な救いを求める声がなかったからという理由だけで自ら手を差し伸べはしなかったあの日、リリは俺との関係を断つように、金も装備も全てを盗んで姿を晦ました。

 

 そんなあの日の事を酒に流そうと、俺とリリはかつて何時もそうしていたように、罵り合って、そして笑い合った。

 

 

 

*    *    *

 

 

 

「これは、酷い味だ……」

 

「やっぱあの店、水じゃなくて明らかにもっと変なもん混ぜてたよな……。まだ飲める……つーか、美味い」

 

「はい、まだエールの味がしますし、頭もふわふわしませんし、ちゃんと美味しいです」

 

 リオンさんに無茶を言って、せっかくのエールを水で薄めてもらうという暴挙を行った後、三人でグラスを一気に煽った。

 眉根を寄せるリオンさんとは正反対の感想を漏らして、俺とリリは「昔飲んでたアレは何だったんだ」と笑った。これが思い出補正というやつだろうか。

 

「……どうぞ、冒険者さん」

 

 そんな俺とリリの様子を無表情で見ながら、リオンさんが何時ものように焼き魚の皿をカウンターへ置いてくれた。が、よく見なくても焼き魚なんて存在しておらず、皿には消し炭が鎮座している。

 

「て、店員さん……?」

 

「どうぞ、冒険者さん。何時もの焼き魚です」

 

「えっと……店員さん、何か怒っていますか?」

 

「いえ、別にそのような事はありません。怒る理由もない」

 

 無表情ではあるが、少なくとも機嫌が悪い……と言うより、何か俺に思う所があるのは明らかだった。

 一ヶ月間借金返済が滞っていたのは申し訳ないが、先月俺が半分死んでいた事も既に知っているし、その後にロキ・ファミリアの仕事として深層に行っていた事も連絡済みだ。

 それに、つい先日18階層で話した時だって特段おかしな様子はなかった。

 

 何だろう。リオンさんの様子がおかしい理由が見つからない。

 

 若干気不味い沈黙が流れる。が、すぐにリリが「それにしても、世間は狭いですね」と笑った。

 

「まさかあの頃、ニルスさんが口を開く度に言っていた店員さんなる人物が、リュー様のことだったなんて」

 

 何故この悪ガキはそういう余計な事を言うのだろう。思わずリリの口を塞ごうと伸ばした手は、リオンさんに渡された希釈エールのグラスによって塞がれる。

 

「……私も、名前まで知りませんでしたが、アーデさんの話は彼から聞いていました。随分と仲良くしていたと。クラネルさんのサポーターとしてお会いした際に、もしやとは思っていましたが、確証もありませんでしたので」

 

「あの時は……その、申し訳ありませんでした……」

 

 苦笑しながらそう言うリオンさんに、リリはしゅんとして謝罪していた。

 

 前回この店に来た時に、リオンさんの歯切れが悪かった理由はつまりそういう事だったらしい。

 

 先日18階層で、ベルからリリの事情は教えてもらっていた。

 

 リリは俺と別れた後も、自身の所属するファミリアに関連する厄介事に巻き込まれ続けていた。

 そしてサポーターとして自身を雇ったくせに正当な報酬を支払わなかった冒険者達を逆にカモとして盗みを働き金を稼ぎ、悪質な所属ファミリアへの上納金を納めつつ、そのファミリアから脱退するために必要な資金をずっと集めていた。

 

 しかしベルをカモとして定めたリリだったが、溜め込んだ資産に目がくらんだ同じファミリアの団員に目をつけられ迷宮で罠に掛けられて死にかけていたところを、自分が騙されていると知っていながらも手を差し伸べたベルによって救われたのだという。

 その結果、今はその事件で死んだことにして、ベルと一緒にパーティを組んで楽しく冒険者をやれているようだ。

 

「そう言えばニルスさん、その似合っていない丁寧な言葉遣い、随分と自然に使えるようになったのですね。店員さんの前で使えるようにと、飲みながら毎回毎回練習に付き合わされたのが懐かしいです。今思えば、リリ、あれに対して賃金を要求してもよかったと思います」

 

 リリがこうして笑えるようになった経緯を思い返している間に、当の本人が唐突にそんな事を言い始めた。油断した。

 

「私の前で、ですか……?」

 

「はいっ! エルフの方は礼節を大事にするからと言って、ファミリアの教育係の人に頼んで──」

 

「おいこら酒クズ。てめぇ、適当な事言うなよ。何度も言っただろうが、あれはうちの児童虐待ママが先ずは言葉遣いから人間になるようにって、虐待するから──」

 

「またまた、何をおっしゃるんですか酒クズ二号。実は自分から頼み込んだって……っ! 何するんですか!? そうやってすぐに暴力で人を黙らそうとするところ、まったく変わってないですねこのゴミカス野郎!」

 

「うるさい黙れコソ泥。お前はそうやってあることないこと言いふらすなよ」

 

「リュー様、耳を貸して下さい! ちゃんと事実を伝えさせて頂きます!」

 

 今度こそ強引にリリの口を塞げば、あろうことかリリは俺の手に噛み付いて来た。お前のそれは暴力じゃないとでも言うつもりか。

 

 リオンさんに助けを求め、彼女の耳元でコソコソと俺に聞こえないように囁くリリに、諦めた。

 もう勝手にしろ。ほんとこいつ、相変わらずいい性格をしてやがる。最初の殊勝な態度、あれ、絶対嘘だろう。

 

 諦めて水っぽいエールを飲みながら、消し炭そのものの焼き魚に齧り付く。

 この炭みたいな焼き魚といい、リリの存在といい、本当に昔に戻ったみたいだ。

 

「冒険者さん」

 

「なんですか? 店員さん」

 

 リリとの内緒話が終わったリオンさんが、無表情かつ淡々とした口調ではあるが、先ほどまでとは少し違う柔らかな声をかけて来た。

 

「礼儀正しい人間は確かにそれだけで好感が持てます。ですが私は、不器用だったが実直だったあの頃の貴方にも、好感を持っていた。だからもし窮屈に思うのであれば、たまにはあの頃のように話して欲しい」

 

「ですって! よかったですね、冒険者様!」

 

 何故か鼻高々に胸を張るリリに無性に苛ついたが、それよりもリオンさんのそんな言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。

 

 そうか。リオンさんは、そんな事を思ってくれていたのか。

 

 であれば、あの地獄の折檻の日々は何のためだったのだろうとも思ったが、精神衛生上よろしくないのでその事は忘れよう。

 

 

*    *    *

 

 

「本日のオススメの猪鍋です」

 

「これ、わざとやってません?」

 

 数品の前菜の後に大きな鍋をカウンターに置いたリオンさんの後ろ、厨房のミアさんを見れば鼻で笑われた。確信犯である。

 

 目の前に置かれた大きな鍋には、たっぷりの野菜と一緒にゴロゴロとした猪肉が入っている。

 美味しそうではあるが、それにしても複雑な気持ちになる。鍋をカウンターに置いたリオンさんも、少し困ったように眉根を寄せていた。

 

「猪のお肉、苦手だったのですか? 昔は何でも……と言うより、肉ですらない得体の知れないものを嬉々として食べていたのに、随分と美食家の真似事をするようになったのですね」

 

「先月猪に殺されかけたからな……ていうか、あれ、やっぱり肉じゃなかったのか……」

 

 何気にショッキングな事実と共に投げ掛けられたリリからの疑問の声に、ちょっと言葉を濁して誤魔化す。

 そんな俺に不思議そうに首を傾げながら、リリは続けた。

 

「はあ、そうなんですか。あ、話を変えてしまいますが、猪と言えば遂にLv.8の冒険者様が誕生されましたね。それにニルスさんも同じタイミングでLv.5になったと聞きましたよ。おめでとうございます、これでついに第一級冒険者ですか」

 

「アーデさん、話題が変わっていません」

 

「はい?」

 

 困ったように苦笑するリオンさん。俺も苦笑するしかなかった。

 

「よく分かりませんが、とにかくおめでたい事ですし、ご無事でよかったです。ベル様が大変な目に合いながらLv.2になったのを見ていたので、ニルスさんも大変だったのだろうな思っていたんですよ。そう言えば、その説は、ロキ・ファミリアの皆様には大変お世話になりました。ニルスさんと剣姫様には、意識を失ったベル様とリリを地上に運びまでして頂いたようで」

 

「だからリリ、話が変わってない……」

 

「もう、さっきからお二人して何なんですか!」

 

「まあ……何と言うか、ベルには二重の意味で申し訳ない事をしたからな。たぶんベルに俺の助けなんて必要ないだろうが、リリの事で感謝もしてるし、何かあったら罪滅ぼしに力になるって言っといてくれ」

 

 怒るリリに、先月の24階層の食料庫での事件の後のことを思い返しながら、俺はそう答えることしか出来なかった。

 

 あの事件の後、ダメージを負って寝込んでいた俺は、皆と別れ回復を待つために二日ほど一人で18階層に滞在していた。

 そして地上に戻る際に、都市最強と名高いフレイヤ・ファミリア団長オッタルと遭遇し、戦闘になった。

 

 ミノタウロスを鍛えるなどという悪巧みとしか考えられない事を行っていたオッタルと対立し、結果的に俺は死の一歩手前まで徹底的にやられた。

 

 瀕死の重傷を負って全てが終わるまで寝込んでいた俺は、あの猪人が語った「我が神の命に従い、ベル・クラネルへ試練を課す」というふざけた行為をみすみす見逃してしまったのだ。

 

 そして目が覚めて、ステイタス更新だけ済ませて慌てて迷宮に行ってみれば、しかし全く想像すらしていなかった、Lv.1のベル・クラネルがLv.2のミノタウロスに勝利するという偉業を達成する瞬間を見ることになった。

 

 手前勝手な理由で理不尽を成す悪に容易く屈した俺とは対象的に、救わなければならないと思い込んでいた少年は、俺の助けなんて必要とせずに自らの力で理不尽を乗り越えてみせたのだ。

 

 だから謝罪以外に、俺が出来ることなんて何もなかった。

 

 そして笑えない事に、何も成せなかったはずの俺は、オッタルに殺されかけた経験によってLv.5へのレベルアップまで果たしている。その時ほど【道化(ピエロ)】と呼ばれるに相応しいと思った事はない。

 

「さっきから何を言いたいのかリリにはよく分かりませんが、もうどうでもいいです。お二人が食べないならリリが美味しく頂いてしまいますね!」

 

 そう言って鍋から小皿に大量の猪肉を取るリリに、俺は小さく溜息を吐いて、負けじと猪肉を食い尽くす事を決意した。

 

 そうして俺達は三人で、猪鍋と共に水で薄めた不味いエールを大量に飲み干したのだった。

 

 

*    *    *

 

 

 満腹になって酔いも回ってきた頃、カウンターに突っ伏して眠り込んでしまったリリを見ながら、俺はリオンさんにぽつりと言った。

 

「ベルは、凄い奴ですね。ミノタウロスの討伐も、もう18階層に到達したことも、ゴライアスの異常種の討伐も」

 

 ベル・クラネルはミノタウロスの単独討伐の偉業により、冒険者になって一ヶ月と少しでLv.2に到達するという世界最速記録を打ち立てた。

 さらには事故による強行軍の結果でパーティの適正な実力ではないとは聞いているが、それでも冒険者を始めて二ヶ月で中層18階層にまで到達してみせた。生涯を賭けても18階層に到達することが出来ない冒険者が多くいることを考えると、破格としか言えない速度である。

 

 そして18階層で発生した異常事態、18階層へ侵攻してきた17階層の階層主ゴライアスの異常種の討伐においても、ベルは大きな功績をあげたと、酔っ払ったリリが自分の事のように嬉しそうに話していた。

 

「……」

 

 じっと静かに俺を見つめるリオンさん。本心はそうでないだろうと見透かされているかのような彼女の視線に、俺は溜息を吐く。

 

 そして、幸せそうな顔で眠る事が出来ているリリを見ながら、心の内を正直に話した。

 

「それに何よりも、ベルはリリを救った。俺が四年かけても出来なかった事を、ベルは簡単にやってのけた。うちのファミリアの奴がミノタウロスと戦ってるベルを見て英雄みたいだったって言ってたけど……本当にそうですね。救いを求められなくても困っている誰かがいれば救ってしまって、結果的に相手を幸せに出来る……幸せにしてしまう。そんな綺麗事でしかない理想を、叶えられてしまう。昔リオンさんが教えてくれた《正義》と《英雄》の話、最近ちょっとあれを思い出してました」

 

 この世の全ての悪を憎み殺し尽くした果てに、それでも誰かを救う。それがあの日俺を救い、そして俺が憧れた《正義》の形である。

 

 だけどその俺の憧れた《正義》をリオンさんは否定して、過去に捨てたという本当の《正義》を苦しそうに哀しそうに、そして迷いながらも俺に語ってくれた。

 

 綺麗事だらけの理想を掲げて、届かないと知りながらも追いかけ続けて積み上げ続ける行為。それが彼女が語ってくれた一つの《正義》の形だ。

 そして同時に、叶わないはずの理想をも実現してみせる存在がいれば、それこそは正しく《英雄》であるのだろうとも彼女は語った。

 

 かつての《正義》が間違ってなんかいないと今でも信じているが、リオンさんが語ったそれも正しく一つの《正義》なのだと思っている。

 

 だからこそ《正義》の向こうにある《英雄》を体現してみせたベルに尊敬を覚えると同時に、何も成せなかった自身に失望してしまっている。

 

「アーデさんの事情を話してくれませんか?」

 

 別にリリの事情を知りたい訳ではないのだろう。ただ俺に吐き出させるためにそう問い掛けてくれたリオンさんの善意に、甘えることにした。

 

「ソーマ・ファミリアの団員達は、主神のソーマが作る神酒(ソーマ)を信奉してます。別に麻薬のような中毒性があるものではなくて、ただただ美味過ぎて一度飲んだら忘れられなくなるくらい心底心酔してしまう酒。神酒(ソーマ)を作ることにしか興味がない主神と、その神酒を飲むことにしか興味がない眷族達。人間がダンジョンで稼いだ金で神が神酒を作り、多くの資金を提供した人間には神からより多くの神酒(ソーマ)が対価として渡される。人間にとって酒が魅力的過ぎるからちょっと違和感があるだけで、本質的には健全な関係です」

 

「私も試飲したことがありますが、神酒(ソーマ)は名酒と名高いだけあって美味でした。それに【神の恩恵(フォルナ)】を与える神々を信奉するからこそ成り立つファミリアがあるように、利害関係の一致のみが神と人の繋がりであるというのも、別段おかしな話ではない」

 

「はい、ソーマ・ファミリアは、本当はよくある中小のファミリアの一つなんです。まあ、市場に出回ってる神酒(ソーマ)は失敗作で、ファミリア内にしか出回ってない完成品は、それこそ人生を狂わす程度には危険なんですけどね。もう一回それを飲むためだったら、命懸けでダンジョンで金を稼ごうなんて平然と思うくらいには。だけどそれもある意味酔いの一種で、ある程度したら酔いは覚めて冷静になる。そこも含めて神業というしかない完成度の酒です」

 

「あれで失敗作なのですか……」

 

 流石に驚いたのか言葉を失うリオンさんに苦笑して、俺は続けた。

 

「だけどそんな需要と供給が釣り合うはずの健全なファミリアは、実際は崩壊してます。ファミリアの団長や幹部とかの権力を持ってる層が、神と一般団員の間に入って、神酒(ソーマ)と金を中間搾取してるせいで。悪質なのは一般団員達の酔いが覚め切らないように、摂取量と摂取間隔を調整して事実上の中毒状態にすることで、犯罪すら厭わないような精神状態のままひたすら金を集めさせてる事です。リリはそんな一般団員だった両親から生まれ、生まれたときから崩壊したソーマ・ファミリアの中にいて、そして無力だから一般団員達から搾取され続けてたんです」

 

「……」

 

「俺がソーマ・ファミリアがそんな状態だって知ったのは、リリが俺のところを去ってからでした」

 

「確か、彼女に装備や資産を全て盗まれたのでしたか。だが貴方は、彼女を《悪》だとは見做さなかった」

 

 当時のことを思い出してかそう呟くリオンさんに、俺は頷く。

 

「どっちかって言うと、リリは俺を助けたんですよ。ある程度安定して稼げるようになって、リリと俺はソーマ・ファミリアに目をつけられてた。今はともかく、当時は別に殺しても大々的に感謝こそされ、ロキ・ファミリアからも文句は言われなかった俺を、リリは暴走した団員達から守ろうとしたんでしょうね。金目の物を本当に全部根こそぎ奪ったからこそ、ソーマ・ファミリアは俺から興味をなくした。自分だって困ってたくせに、リリは俺なんかを救おうとしたんです」

 

 それな体たらくで【正義の味方(ヒーロー)】なんて二つ名が付いてたのだ。本当に笑い話にもならない。

 

「調べて、知って、そして諸悪の根源である《悪》がいることも確信できた。だから実際に歴代の団長とか幹部達に会って脅したり、色々やりました。だけどソーマ・ファミリアは変わらなかった。変わってもそれは一瞬で、すぐに元に戻るどころか、以前よりも悪化したことも、より狡猾になったこともありました。だからって《悪》を全部殺してみても、結局は次の《悪》が生まれ続けた。あれから四年間同じことを繰返しても、結局は何も変わっていない。俺は、リリを救えなかった」

 

 そしてそれは、ソーマ・ファミリアに限った事ではない。このオラリオ中で俺は何度も同じことを繰返し、そして結果として多くの人を救えていない。

 

 ああ。だからこそ今の二つ名は、自分に相応しいと思っている。

 神様のような【道化師(トリックスター)】ではない、愚かなだけの【道化(ピエロ)】が俺だ。

 

 だけど、あれから四年間苦しみ続けたリリは、ベルによって救われた。

 自身を騙していたリリに、ベルは救いの手を差し伸べた。

 

「アーデさんは死を偽装しているだけで、彼女を取り巻く環境は根本的には何も変わっていない。だが、それでもアーデさんは、確かにクラネルさんによって救われたのでしょう」

 

「はい。今日久しぶりに話して俺もそう確信しました。例え一時的にソーマ・ファミリアの目を欺いているだけでも、そういう事じゃなくて、ベルが手を差し伸べたからこそ、リリは幸せになれたんだと、俺もそう思います。……《悪》を殺す事と誰かを救う事は必ずしも同じではない。理解はしてましたけど、結局色々考えた上で俺が最良と思って選んだ手段は、《悪》を殺すことでした……。あの日、俺もベルみたいにしてればよかったんですかね……」

 

 リオンさんの言葉に頷きながらそんなどうしようもない事を吐き出して、俺は薄いエールを飲み干す。

 

 そして、少し迷って、リオンさんに自白した。

 

「今の、嘘ついた。本当はベル・クラネルがやったみたいに、逃げたリリの手を強引に掴んで俺が直接守ることが、リリを救う事だけを考えれば最良の手段だって理解してた。だけど俺は、ただただ怖くて、そうすることを選ばなかった。選べなかっただけだ」

 

 多分俺は、リリに死んだ妹を重ねていた。だから、そんなことをするとリリまで死んでしまうと思って、怖かった。

 

「……やっと、口調を元に戻してくれましたね。先程から、私にだけはずっと敬語のままだった」

 

 リオンさんは俺の前に新しいエールのジョッキを置いて、そしてそんな事を言いながら俺の頭を撫でた。

 

「気付いていましたか? 五年前、私が何度説得しようと《悪》と判じた者を制裁する事しか頭になかった貴方が、誰かを救うための手段としてそれを成し始めたのは、アーデさんが貴方の元からいなくなってからだったのを」

 

「いや、そんなことは……」

 

「貴方が正直に本心を言ったのだ。だから私も、一つ告白しましょう」

 

 とっさの否定の言葉を遮って、リオンさんは珍しく一気にエールを飲み干した。

 

「一度も会った事がない小人族のサポーターに、おそらく私は劣等感を抱いていた。ロキ様は、当時心が燃え尽きて抜け殻だった貴方を人間に変えたのは、私だと言ってくれました。だがそれは私ではなく、貴方と一緒に冒険をした小さな少女の成果だと私は知っていた」

 

「……」

 

「当時は、やはり私は貴方の前にいるべき人間ではないのだろうと、迷っていました。毒になれど、決して薬にはならない。だから、そんな悩みを忘れかけていた今頃になって現れたアーデさんに、正直に言うとかなり心を乱された」

 

 このポンコツエルフ、何言ってんだ。

 唖然として何も言えない俺に、リオンさんは生真面目な表情を崩さすに、真剣そのものといった様子で続けた。

 

「だが、貴方を救った少女が、先程私に一つ頼みごとをしてくれました。なので私はこれからも、変わらず貴方から借金を徴収し続けようと思います」

 

 そして再度エールを飲み干したリオンさんは、小さく、だけど柔らかく微笑んだ。

 

「は? いや、店員さん、さっきから何を言ってるか全くわからないんですけど……。根本的に色々と勘違いしてそうですし、頭大丈夫ですか? それにリリ、何を言ったんですか?」

 

「ふふ、一つだけ教えましょう。アーデさんは、クラネルさんだけでなく、貴方にも救われたと言っていました。なので、冒険者さん。クラネルさんを賞賛するのであれば、その賞賛は自分に向けても良いはずだ」

 

 それだけ言ってリオンさんは、もう話すことはないとばかりに黙ってしまった。

 

 何なんだ、これ。本当に意味が分からない。

 

 

*    *    *

 

 

 それからは、何時ものようにリオンさんと情報交換をした。

 

 新種のモンスターを操る怪人達と、それと協力関係にある闇派閥の残党達の存在。

 それらの勢力が巣食っている本拠地がダンジョン内部であり、そのダンジョンと地上を繋ぐ入口がオラリオに聳え立つダンジョンの蓋であるバベルの塔以外にも存在している可能性が高い事。

 そして奴らの狙いが、ロキ・ファミリアの幹部総員でどうにか倒せる程のふざけた力を持つ精霊の分身を、緑色の宝石として未知の経路を使ってダンジョンから地上に持ち出し、地上で成長させるつもりであろう事を。

 

 ダンジョンと地上を繋ぐ未知の経路についてはリオンさんにも心当たりがあるようで、独自に探って情報を流してくれるという約束をしてくれた。

 

 俺は俺でいくつか心当たりを当たってみよう。

 

 

 会計を済ました後は、酔い潰れて熟睡してしまっているリリを背負った。

 こうしてリリを背負うのも、随分と懐かしい。今のリリの拠点が何処なのか知らないが、ベルのファミリアの本拠地の廃教会の場所は知っている。そこに届ければ大丈夫だろう。

 

 途中少しポンコツエルフがポンコツな事を言ってよく分からない空気になったが、久しぶりの食事はとても満足の行くものだった。

 

 が、気分良くリオンさんと別れようとした瞬間、ニヤニヤと笑いながら登場したシルさんから、

 

「ニルスさん、ニルスさん。お土産にとっておきの情報ですよ。なんとリューは、つい先日18階層でベルさんと一緒に裸で水浴びをしたとのことです。さらにベルさんの手を自分で握って、『私の手を取ってくれる人が、握れる人が現れたんです。クラネルさん、貴方は優しい。尊敬に値するヒューマンだ』なんて事まで言っちゃった程ベルさんに惚れ込んでいるようです! ざまあみろです!」

 

 と、ものすごい早口で似てない声真似を交えつつ意味不明な情報を叩きつけられた。

 

 は?

 

「シル、だからあれは何度も違うと説明したではありませんか。私の水浴びをクラネルさんが事故で偶然目撃し、それ以降の事は、皆の墓参りに付き合って頂いたクラネルさんに、私の過去を説明しただけです」

 

「だいたい全部事実じゃねえかよ。つーか性悪毒物製造機、てめぇは毒物渡してるだけで何もしてねえのかよ。ちょっとはポンコツエルフを見習え」

 

「ぐっ……! きょ、今日は引き分けにしておいてあげます!」

 

「ぼ、冒険者さん……? 何か、怒っていますか?」

 

「いえ、別に。怒る理由ないですし」

 

 一気に気分が悪くなったので、とりあえずリリを叩き起こして、朝まで別の店で飲み直した。

 

 

 

 

*    *    *

 

 

 

【とうじょうじんぶつ】

 

 

ニルス・アズライト

・都市最強冒険者オッタルさんに半殺しにされた間の悪い冒険者さん

・かつて教育ママに「どうしたらエルフに認められる真人間になれる?」と訪ねた所「一回死ねばいい」と返された根っからの駄目人間

・世直し出来ない必殺仕事人

 

リュー・リオン

・久しぶりにやらかした消し炭製造機型ヒロイン

・本日のお酒は「水っぽいエール」。本当は違うお酒を用意していたが、今日はこれで良かった。

・間違えた憧れを抱いてしまった少年を正そうとして来た、かつて正義を掲げていた冒険者さん

 

リリルカ・アーデ

・第四話のカウンター席への飛入り客

・主人公の昔の相棒であり今はベル君に惚れ込んでいる、家庭環境が複雑な小人族の少女

・主人公の事を「兄のように思えなくもないゴミカス野郎」と思っている。主人公は「酒で人生壊しそうな可哀想な酒クズ妹分」と思っている。

・ヒロインさんに「リリがお願いするのはお門違いですが、これからもどうか兄を見捨てないで下さい」とお願いした

 

ベル・クラネル

・話題にされた人その1

・Lv.2到達の世界最速記録保持冒険者君

・順調に店員さんとフラグを建て主人公にダメージを与えている原作主人公

 

ミア・グランド

・茶目っ気もあって強くて料理上手な完璧な女将さん

・本日のオススメの一品は「猪鍋」

 

シル・フローヴァ

・ポンコツエルフの友人の情報通の店員さん

・主人公との通算の戦績はだいたい五割

・得意技は自爆戦法

 

オッタル

・話題にされた人その2

・フレイヤ・ファミリア所属の都市最強冒険者にして先日Lv.8に到達した紛うことなき英雄

・八年前に主人公に半殺しにされた事があるので、私怨込みでリベンジマッチとして主人公を半殺しにした猪獣人さん

・第二ヒロインにしてラスボス

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