「反動」だけを輸入? 世界で広がる女性嫌悪の根源にあるもの
世界のそこかしこで政治家や著名人のミソジニー(女性嫌悪)をあおるような言動が目立ってきた。進みつつあったジェンダー平等の流れに対する、強烈なバックラッシュ(反動)の根源は何か。国際政治学者の三牧聖子さんと、朝鮮史研究者の崔誠姫さんが語り合い、考えた。
分極化する男女と政治
――米韓の近年の選挙では、若年層では性別間で支持傾向が大きく異なったそうですね
【崔】 2022年の韓国大統領選では支持が極端に分極化しました。当選した尹錫悦(ユンソンニョル)氏への20~30代の「Z世代」の支持率は、女性が少ない一方、男性では非常に多かった。
教育でも雇用でもジェンダー平等が進む一方で、南北の戦争状態が続き、若い男性が兵役を強いられることには変わりない。彼らの「損している」という不満が、同世代などの女性への「女嫌(ヨヒョム)」と呼ばれる嫌悪感として広がっています。そういった心情をくすぐったのが、女性の地位向上などを担う「女性家族省」廃止を公約に掲げた尹氏でした。その政権で、非常戒厳が起きてしまった。
【三牧】 米国も似ています。米国社会は若い層ほどリベラルな政治傾向が強いとみられてきましたが、近年Z世代の男性に共和党支持が広がっている。住宅費や学費の高騰、就職難などに直面する男性に向けて、限られたパイを女性やマイノリティーに分けるのは不公平だ、とポッドキャストやSNSで語りかけるトランプ大統領の言説が刺さっています。
トランプ氏は公約としてきた関税引き上げでは庶民の生活難が改善しないことに気づきつつある。その不満をかわすため、ジェンダー平等を逆行させ、マイノリティーを標的にしています。
対してZ世代女性の間では、夫に従順な1950年代の専業主婦を理想化する「トラッドワイフ」現象がインフルエンサーらを介して広まっている。また、トランスジェンダーの女性スポーツ参加を禁止する大統領令にトランプ氏が署名する際、周りを少女に囲ませて「女性を守るため」という演出をしていました。そのほとんどが白人の少女でした。マッチョ化する政治の犠牲者となる女性や性的少数者を分断し、ジェンダー平等への連帯を困難にしようという意図が透けて見えました。
【崔】 女性の進出が広がる韓国社会でも、性的少数者についてはまだまだ理解が遅れている面があります。コロナ禍の中で、ソウル・梨泰院(イテウォン)のゲイクラブでクラスターが発生しました。ゲイであることを周囲に知られたくない感染者がクラブにいて感染したことを申告できず、社会問題化しました。ウイルスと性的マイノリティーという二重の嫌悪があるためです。
【三牧】 実際は性的少数者の権利は十分に守られていないのに、トランプ氏は「民主党は性的少数者の権利ばかり追求している」と主張し続け、有権者にかなり浸透している。大統領選では、過去に性的少数者の権利について積極的に発言してきた民主党候補のハリス前副大統領も、トランプ陣営に攻撃されることを恐れて、選挙戦中は主張を封印した。敗れた後も民主党内は敗因の的確な分析ができずに、「女性や性的少数者の話ばかりしたから負けた」「ジェンダー平等は票にはならない」という大ざっぱな「反省」が進んでいる。ジェンダー平等と庶民の生活を守ることは矛盾しないし、むしろ結びついているのに、トランプ氏が発したゆがんだイメージにいまだ縛られています。
DEIはポーズ? 女性政治家バッシングの理不尽
――トランプ新政権下で、数々の大企業が「DEI」(多様性、公平性、包摂性)目標を取り下げるなど、逆行が進んでいますね
【三牧】 米国社会では、1960年代の公民権運動や、2020年のBLM(Black Lives Matter)運動を経て、差別は許されない社会が目指されてきたはずでした。BLMの高まりの中で各企業が争うように採用したDEI施策が、なぜここまで急に取り下げられたのか。結局は根本的な社会変革などは目指してはおらず、ビジネス上のポーズでDEIを掲げていただけだったのではないか、ということが問われています。
【崔】 「女には結局政治や経済は任せられない」という空気も根強いですよね。
韓国初の女性大統領だった朴槿恵(パククネ)氏は16年末、知人への利益供与などが批判され、大規模な抗議が起きました。彼女は弾劾(だんがい)され、その後失脚します。
もちろん朴氏の責任は厳しく問われるべきです。ただ、彼女に対して猛烈な批判が浴びせられたのに対し、非常戒厳という最悪の事態を引き起こした尹氏は、支持率が回復する動きさえある。戒厳を決めたのは尹氏なのに、スキャンダルが伝えられる尹氏の妻の金建希(キムゴニ)氏に責任を求めるような声もあります。この落差の理由を突き詰めると、「女に政治は任せられない」「悪いことをやらかすのは女だからだ」という韓国社会の雰囲気に行き着くと考えています。
【三牧】 女性政治家へのバッシングや批判が理不尽に強くなる現状がいまだにある。ハリス氏の経済政策には「抽象的だ」と厳しい目が向けられた一方、関税を引き上げながらインフレを抑えるという明らかに矛盾した政策を掲げたトランプ氏に対しては、「彼はビジネスマンだから経済を分かっている」という漠然とした好印象論が先行しました。
トランプ新政権のもとでは、イーロン・マスク氏やバンス副大統領といった、ミソジニーを隠さない男性たちが政権の中枢に入りました。彼らは、「黒人や女性のように差別是正措置に助けられることなく」「実力主義」で成功した、とアピールする。しかし、その主張には、多くの虚偽や誇張があるのではないでしょうか。
マスク氏によるテスラやスペースX社の成功は、米国政府の支援に大きく依存してきました。貧困家庭出身のバンス氏は、多額の奨学金を受けて成功をつかみました。彼らは自分たちも人生で制度に助けられていたにもかかわらず、女性や有色人種を助ける制度の不公平性ばかりを言いたて、「やっぱり政治は男だ」というイメージを作り出している。
弱者を守る変革が#MeTooの原点だった
――性被害を告発する「#MeToo」運動の高揚後も、バックラッシュが進んでいます
【三牧】 2017年に著名映画プロデューサーのワインスタイン氏をハリウッドの著名な俳優たちが告発したことから爆発的に広がった米国の「#MeToo」ですが、元々はその10年以上前、黒人女性の社会運動家タラナ・バークが、社会で周縁化され声を上げられない性暴力被害者を支えるために始めた運動でした。それがハリウッドでの訴えをきっかけに、白人女性が前面に出た運動になった。プロデューサーや監督、俳優など個々の著名人への、ハッシュタグで拡散されるセンセーショナルな告発に注目が集まりました。もちろんこの展開の意義も大きかったのですが、社会的弱者を守る抜本的、長期的な社会変革という当初の目的が見失われた面もありました。
【崔】 韓国社会でも2018年ごろから「#MeToo」が広がります。権威主義政権で発言機会を封じられていた元慰安婦への連帯意識など、韓国特有の事情とも関わりつつ、大きく展開しました。その中で注目されたのが、雑誌「ハンギョレ21」の特集をきっかけに広まった、「オッパ#MeToo」という言葉です。
「オッパ」とは「女性からみた兄」の意味で、つまり兄やいとこなど近親者の男性から受けた性被害を告発する運動です。一方で、「オッパ#MeToo」には韓国に根強い家父長制も背景にありました。家族は母方の親族から受けた性暴力については強く抗議してくれるのに、目上である父方の親族から受けた性暴力だった場合は沈黙する、というような非対称性があった。結局はオッパが気に入る範囲でしか抗議できない、として批判もされました。
チョ・ナムジュの小説「82年生まれ、キム・ジヨン」(2016年)では、女性が生きづらい男性中心の韓国社会が描かれます。この文化は、朝鮮王朝時代からの儒教的思考に、日本の植民地支配で持ち込まれた全体主義的な家父長制や、19世紀から進出したキリスト教の家族主義などが混ざって成立したものです。これに対する異議申し立てとしての韓国フェミニズムの高まりと、その反動としての「女嫌」とが、激しくぶつかり合っています。
「親日」で尹政権を評価した日本
――日本でもジェンダー平等の動きはなかなか進みません
【三牧】 米国や韓国でバックラッシュがここまで激しいのは、制度上ではジェンダー平等が進んできたからという面があります。一方、日本ではその取り組みがまだまだ進んでいない。そこに米国や韓国のバックラッシュだけが輸入され、「ジェンダー平等が行き過ぎている」とか、「DEIは時代遅れだ」との評価が生まれていることには違和感を禁じ得ません。
ソウル大の女性学生比率はすでに4割くらいまで来ているんですよね。
【崔】 はい。韓国は学歴主義が強い社会ですが、少なくとも数字上では大学の女性受け入れが進んでいます。
ソウル大は市内の冠岳山(クァナクサン)という山にキャンパスがあるのですが、数千人規模で住める男女別の寄宿舎が整備されています。韓国から来た留学生が東大など日本のキャンパスを訪れると、まず「男が多い」「寄宿舎が全然ない」という感想をもらすんですよ。先日SNSで「地方女子はなぜ東大に行けないのか」という議論が話題になり、地方の女性が経済的理由から首都圏の大学を目指せないことや、県人寮の多くが男性専用であることなどの問題が指摘されましたが、地方出身者の受け入れ態勢から見れば、韓国の大学は先んじています。
【三牧】 フラットに見たら韓国の方が進んでいるのに、そういった制度面を見ずに韓国を批判する言説が日本では多いように思います。
【崔】 他国理解が日本に都合の良い形でしかされにくい。尹政権も、日本では安定的な「親日」政権と評価される一方、反ジェンダー平等の実態が伝わってきませんでした。
【三牧】 社会派でメッセージ性が強い韓国映画が、日本で公開されるとなぜか、甘いラブストーリーのようなポスターになってしまうこともありますよね。あれはなぜなんでしょう……。
【崔】 「82年生まれ、キム・ジヨン」なんて、全然ストーリーと違いましたよね。
韓ドラの「かっこいい」から「はて?」を
でも、今私たちが大学で教えているような日本の若者たちの韓国観は、確実に変わってきています。韓国ドラマの女性は自己主張が強く、たくましく見える。年配世代だと、それを敬遠したり恐れたりする人も多かった。一方で若者は、それを「かっこいい」と感じている人が増えてきていると感じています。
日本の人が韓ドラの女性に「強さ」や「かっこよさ」を感じるのは、日本の女性がおとなしく従順であることを求められてきた裏返しでもあります。韓国の女性も抑圧されつつ、抗議の声を上げてきた。確かに「強く」見えるけれど、社会的な強者ではない。そこに「はて?」と疑問を抱くことも、日本社会の意識を変えていくことにつながると思う。
【三牧】 誰もが触れる機会があるエンタメでの「はて?」から、社会構造は変えられるという気づきが広がってほしい。今、政治やビジネスの世界では多様性への逆風が吹き荒れています。でも、地道な文化交流を通じて社会に根付いてきた多様性を尊重する姿勢は、ポーズだけのDEIとは違ってそう簡単に崩れないはず。草の根の多様性の底力を信じたいです。
みまき・せいこ 1981年生まれ。同志社大准教授。米国政治外交史、国際関係が専門。著書に「戦争違法化運動の時代」「Z世代のアメリカ」、共著に「アメリカの未解決問題」など。
チェ・ソンヒ 1977年生まれ。大阪産業大准教授。朝鮮近代史、ジェンダー史が専門。著書に「女性たちの韓国近現代史」など。2024年のNHK連続テレビ小説「虎に翼」で朝鮮文化考証を担当。
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- 【視点】
国際女性デーにふさわしい、読み応えある力作記事。ぜひ広く読まれてほしい。 日本でジェンダー平等の取り組みがまだまだなのに、押し戻そうとするそこにバックラッシュだけがアメリカや韓国のトレンドに倣っているという指摘に頷きながらつくづく情けないと思う。 どこの国にも差別はあり、平等が進むとバックラッシュもある。日本に足りないのは、バックラッシュを押し返そうとする、市民の闘いの本気度だと思う
…続きを読む - 【視点】
現実に一定程度の変化があるからこそのバックラッシュ、現実に変化はないのに生じるバックラッシュ、どちらも逆行であるがゆえに醜いが、一度気づかれた抑圧や差別は気づかれる前に戻ることは決してない。明るみに出てきた不正義をなかったことにしようとする動きは、その動き自身が不正義であるという意味づけを免れないからだ。すんなりと前進することはなくとも、いちいちの苦難をくぐりぬけることが人類にとって不可欠なレッスンとなると願う。
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