トランプ政権はすべての学術界を壊そうとしている NYTコラム
ミッシェル・ゴールドバーグ
2021年、(現米副大統領の)J・D・バンス氏はトランプ主義者や政治家が集まる全国保守主義会議で、「大学こそ敵である」と題したスピーチをした。
バンス氏は、「この国で私たちが真実や知識だと理解しているものの多くは、大学によって根本的に決められ、支えられ、強化されている」と述べ、なぜ保守はそんな知的専制に同意するのか、と問いかけた。
当時上院議員候補だったバンス氏は、寄付者を集めたイベントで、ある支援者に、子供たちに洗脳教育をする大学への進学のために借金をさせることのばからしさを語った、と説明した。支援者は「ほかにどんな選択肢があるのか」と尋ねた。バンス氏は、その態度では「大学を強化し続け、保守的な考え方が勝利を収めるのを不可能にするだろう」と述べた。
イエール大学法科大学院を修了し、アメリカ社会の最高階層に押し上げられたバンス氏が発するメッセージの偽善性は、ひとまず脇に置こう。このスピーチで印象的なのは、いわゆる「woke(ウォーク、意識が高い人たち)」だけではなく、学問全体に敵意が向けられていることにある。
彼は、大学に右派の考え方をより多く採り入れることについて話したわけでも、それを夢見ていたわけでもない。すべてを破壊しようとしていたのだ。
「とにかく大学を罰したいだけ」
彼は今や、まさにそのステップを踏んでいる政府の一員だ。私は、ドナルド・トランプ(大統領)の学術界の左派を壊そうとする計画について書いてきたが、彼と彼の仲間は、長らく超党派の支持を得てきた、自然科学を含む、より広範な学問分野を標的にしているかのようだ。
「とにかく大学を罰したいということだけだと思います」。公共政策シンクタンク「ニュー・アメリカ」の教育政策プログラムディレクター、ケビン・ケアリー氏は、そう語った。「一貫した政策目標に基づくものではなく、単に痛めつけたいという願望なのです」
これが、現在法廷で争われている、トランプ政権による国立衛生研究所の研究費削減の試みの背景だ。新たな政策は、大学の諸経費の払い戻しを、現在大学が受け取ることが多い50~70%ではなく、15%にしようとしている。実現すれば、影響は甚大なものになるだろう。
危ぶまれる米国の優位性
サイエンス誌の編集者、ホールデン・ソープ氏は、研究に1ドル使われるたびに、研究設備や支援スタッフ、管理システムにほぼ同じ額が必要になると書いた。現在、政府が間接費の大部分を負担し、残りを大学が負担している。もし、政府の負担が15%に減れば、大学は穴埋めのために学費を上げ、学部を減らすだろうが、それでも不十分だろう。深刻な病気の治療法の研究を含め、重要な研究プロジェクトが、縮小か断念をせざるを得なくなるだろう。
第2次世界大戦後、政府資金が科学技術の優位性を支えてきたが、優位性が続く保証はどこにもないのだ。
中国は大学への投資を継続している。ウェズリアン大学のマイケル・ロス学長は「文化と経済の衰退の一部は、高等教育への投資の減少に要因がある」と話した。「ほかの国々やほかの文化圏が、市民が新たな生活や新たな治療法、企業を作る方法を学ぶための投資をやめるとは思えません」。これらの分野における米国の優位性を放棄するのは、狂気の沙汰だ。
最終的に、どれだけトランプ政権が米国の大学を骨抜きにしたいと思っても、彼らが完全に成功することはないだろうと、(シンクタンク「ニュー・アメリカ」の)ケアリー氏は考えている。
大学は深く根付いた機関で、中には共和党よりも長い歴史を持つところもあり、強力な有権者がいる大学もある。トランプ氏の任期の4年間で「大学は残っているだろうが、弱体化することは確かだ。研究の質は低下し、回復には時間がかかるだろう」とケアリー氏は話す。
(©2025 THE NEW YORK TIMES)
(NYタイムズ、2月14日電子版 抄訳)
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- 【視点】
なぜバンスは大学や学問にこれほどの敵意を向けるのか。真相は私にはわからないが、バンスの著書『ヒルビリー・エレジー』には次のような1節がある。 「人々は、富める者と貧しき者、教育を受けた者と受けていない者、上流階層と労働者階層というように、大きくふたつのグループに分けられる。そして、実際に私たちは、属する集団によって、ますますちがう世界を生きるようになっている。一方の集団からもう一方の集団への文化的移住者である私は、ふたつのグループのちがいにいまでははっきりと気づいている。ときどき私は、エリートたちに軽蔑のまなざしを向ける。」(光文社未来ライブラリー、419ページ) 本書では、バンスがイェール大学のロースクールに在学時の「場違い」な感覚のついても語られている。 この記事では「イエール大学法科大学院を修了し、アメリカ社会の最高階層に押し上げられたバンス氏が発するメッセージの偽善性は、ひとまず脇に置こう」と、脇に置かれてしまっているが、アメリカの大学や学術、あるいはアメリカ全体にとっておよそ良い結果をもたらさないであろうバンスの衝動の底には、過去の個人的経験、権力を手にした今だからこそ叩き潰したい、自身を軽侮した「エリート」への憎悪があるのではないのか。 それは、アメリカンドリームの虚構の後ろにバンスの言う「ふたつのグループ」をつくり出してきたアメリカ社会や「エリート」自身が招いたものでもあるだろう。さて日本はどうか。
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- #トランプ再来
- 【視点】
バンス副大統領の学問に対する姿勢はトランプ政権がインターネット上の記述におけるDEI関連の用語を削除させる行動などと並行してアメリカをルネサンス以前のヨーロッパ的に変質させていく予感があります(この記事ではまだ楽観的ですが)。 ギリシャ、ローマ時代の知的アーカイブスの多くはイスラム社会によって保存されていたわけですが、いまアメリカの知的アーカイブスを保存するのはどこになるのか?に関心があります。中国か、グローバルサウスか? 人々の記憶にもそれぞれのアメリカは強く残ってはいますが本体が消滅してしまう未来も予測可能になって来ました。皮肉なことに外部の記憶にのみグレイトなアメリカが保存されることにもなりかねません。
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