夥しい死体の山。
悍ましい血の河。
おどろおどろしい死の臭い。
現世に顕現した地獄の如きその場に唯一存在する生者は、しかし他者から見ればその地獄の一部に見えたことだろう。
それほどまでに生気を感じ得ぬ、幽鬼のような男だった。
見渡す限り生きているのは彼一人。人も、魔物も、等しく躯を晒す地獄にてその男は返り血だけで傷一つない。古傷はあるが、それだけだ。
「………は………はは……あははははははは!!」
男は笑う。
地獄の中で、ただ一人。己の勝利を誇るように、己の生存を喜ぶように。
たった一人を殺すために差し向けられた数多の命を打倒し、しかしそれを褒めるものはここにはいない。もう何処にも居ない。
「はは………あ、は……はぁ………あああああああ!!」
仲間を殺した敵をすべて殺して、救済を歌う畜生共を滅ぼして、邪魔する奴等は誰であろうと切り捨てて。取り戻せたものは一つもない。何もかも失い生きる言い訳に使っていた復讐すら終えて、残るのは胸にポッカリと空いた空虚な孤独感。
「………………」
寂しい。寂しい。
生かされたのに、守られた命なのに、生き続けるのが辛い。
──なあ、※※※…剣を執る事は死が付きまとう事を意味するのさ。剣を執らない事はその逆だ
師の言葉が蘇る。剣を取ったばかりにこの光景運命を得たというのなら、剣など取らなければよかったのか?
一度全てを失ったあの時に、弱いまま、何もできぬ弱者のまま蹲り死んでいればこんな思いを味合わずに済んだのだろうか?
生き残ってしまった。大切な者達が出来た。
失いたくなくて、なのに皆より弱いから守られて。
気付けば一人。大切な者達に守られた命を失わぬために行き続けて、奪った者達を殺し続けた。
今の自分は強い。誰よりも!
もう何も失わないと、皆を守れると胸を張って言える!
「………皆は、でも……もう、居ないのに………」
守りたい者など誰もいない。守るべき者は誰もいない。
今更この強さを得て何になる。
剣を握らなければ皆と過ごせなかった。剣を握ったから彼等を失った。
もし次の人生があるのなら、次は剣なんて握らずに………。
「……ル………ベル。起きてください!」
「………………」
白い毛に、赤い瞳。うさぎを思わせる配色に加え、可愛らしい顔立ちがその印象を深める少年。名をベル・クラネル。
揺さぶられて開いた目に映るのは、メイド服姿のエルフの少女。まあ実年齢3桁言ってるけど。
「………今なにか失礼なこと考えませんでしたか?」
「気のせいだろ」
「まあ良いです。もうすぐつきますよ」
ガタガタ揺れる馬車の荷車。御者が気を利かせ体を横にずらすと高い壁と、それより遥かに高い天に届かんばかりの巨塔が見えた。
「あれが迷宮都市オラリオ。世界の中心にして、新時代の英雄が生まれる街です」
「英雄、ね………」
「何だ坊主、男なら英雄を目指すもんじゃねえのか?」
「生憎と、興味ない。祖父の遺言で彼処に住むが、剣なんて握らねえ。適当に楽な仕事探して適当に生きるよ」
「もう………」
と、エルフが呆れたように肩を竦める。
「ベルには才能があります。それでも、戦いたくないのですか?」
「ああ……」
「仕方ありません。無理強いはできませんから……」
「はっはっは! まあ坊主もまだ子供だからな、成長して惚れた女でも出来たら守るために力を欲しがるかもな。そう言う時に神が現れて言うらしいぜ『力が欲しいか』ってな!」
やたら元気な御者の声に顔を顰めるベル。
「惚れた腫れたなんざくだらない。もし誰かに惚れたってんなら、そいつを連れて化け物の巣から少しでも離れるべきだろうが」
「しかしなあ、オラリオとオラリオの外じゃ強さが……」
「新時代の英雄様方が生まれてんだろう? 外の奴等が強くなる必要なんてどこにあるよ」
何処までも自分が力を手にすることに否定的なベルに『ま、仕方ない』と肩をすくめる御者。
メイド服のエルフというのはやはり目立った。
不躾な視線にエルフ故の潔癖抜きにしても不快そうな連れを横目で見ながら、ベルはあくびをして自分達の番を待つ。今の所、騒ぎを起こそうとする物は居ない。
「次の者!」
順番が回ってきた。見目麗しいエルフに見惚れる門番はハッとし仕事に戻る。
「通行許可証はあるか?」
「はい、ここに」
「うむ。しっかり二人分………背中を向けてくれ」
「あ、私は
エルフの言葉にほう、と見つめる門番。
「まあ密偵がそんな警戒させるようなことは言わないと思うし、過去の詮索は………少しお待ちを。先に少年から」
神の恩恵を見るというアイテムを使いベルが恩恵なしか確認する。エルフの方はステイタスが封印状態かの確認のようだ。
「問題なし。これならなにかもできないだろう。念の為、【ファミリア】にはなるべく早く所属してギルドに報告してくれ」
「はい」
「そっちの坊主も【ファミリア】に所属するのか?」
と、チェックをしていた制服姿の門番とは別の、帯剣していた門番が話しかけてくる。おそらくは、荒事になった時のための恩恵を持った憲兵だろう。
「所属する気はない。したとしても、生産系とか商業系だな」
「そうか? 志の低い坊主だな。よっぽど
「……………」
ベルが静かに男の目を見ると怖い怖い、と肩をすくめる。
「俺はハシャーナ。【ガネーシャ・ファミリア】所属だ。憲兵やってる性質上、人間と戦うこともある。働き口が見つけられなかったら、俺の名を出してホームに来な」
「考えておいてやる」
「はは。考えねえやつの言葉だな!」
ハシャーナはバシバシとベルの背中を叩きながら豪快に笑った。クソ痛い。
「それで、フェリはどうする?」
「私はやはり何処かの【ファミリア】に入るべきでしょう。先程のギルド職員の言葉もありますし……所属しないベルも受け入れてくれるか、ベルが所属してもいいと思う生産系か商業系にするべきですかね」
「…………腕っぷしは強いんだからな探索系で良いだろ。お前の容姿なら引く手数多だろうし」
「そうですか。では、ベルも受け入れてくれるところを探しましょう。その前に、まずは宿を」
宿の店主がぼったくろうとしたがエルフ、フェリが正式な値段で金を払った。
フェリが知り合いの墓があるという冒険者墓地、その人目を避けるような場所にあった墓に花を添えた。ベルも添えてほしいと頼まれ仕方なく花を添えた。
前職は農民。手持ちの武器もなく、愛想笑い一つも浮かべない子供。しかも冒険者になる気はないがホームの宿などは使わせてほしいなど、幾ら元冒険者のエルフがついていると言ってもそうそう受け入れられるものじゃない。中には『そんなヒモやめて俺の女になっちゃいないYO』とかいう神もいた。
「まさかベルが先に仕事先を見つけるなんて………」
「おお、かわいいメイドさんだね。ベル君もしかして貴族だったのかい?」
ジャガ丸くんなる商品の屋台にて働くベルと可愛らしいツインテールの女神。フェリははぁ、とため息を吐きながらジャガ丸くんを購入する。
「貴族じゃない。ただの農民だ……贅沢な生活知ってたら、きっと俺は働かなかったろう。こいつは、何故か爺ちゃんに仕えてたメイド」
「元々所属していたファミリアの重鎮なんですよ」
「へえ、元冒険者かあ。あれ、今ベル君かなり駄目な発言してたな」
ベルの同僚たる女神は可愛らしい見た目にそぐわぬクズな発言にギョッと振り返る。
女神、そう女神だ。【ファミリア】の長たる女神がバイト?
働くのが好きなのか、働かなくてはならないほど零細なのか。
「だったらボクの【ファミリア】に入らないかい?」
「よろしいのですか?」
「むしろこっちからお願いしたいね! 何せ、ボクの【ファミリア】は団員が未だ一人しかいない!」
「それ俺のことか? 何度も断ってるだろ」
「う、いや。でも、一緒に働いて賄を分け合ったり……もう実質
どうやら一人すら居ない【ファミリア】らしい。しかしこの女神、随分とベルを気に入ってるようだ。これは、都合が良いかもしれない。
「そ、それで……どうだいメイド君」
「喜んでお受けします。ただ、叶うならホームにベルも住まわせてほしいのですが。ベルは、冒険者になる気はないようですが」
「うん? そうなのかい。まあベル君とボクはバイト仲間だからね! 一緒に住めばお互い遅刻もしないよう起こせるし、大歓迎さ!」
「ありがとうございます、女神様。改めて、私はフェリと申します。恩恵こそ封じておりますが、レベルは5です」
「ボクはヘスティア! いずはロキのファミリアだって超えて見せる神になる、君達の主神さ!」