宿星オラトリオ


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作:Ziploc  74
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星乙女


「まずは女神を探すのだ。恩恵は君を強くする」

 

 後ろからガシャガシャと音がする。ちらりと振り返ると全身甲冑の偉丈夫が見えた。彼の声は鎧兜の内側から。顔も見えなければ皮膚の露出も一切ない。当然の格好だ。だって彼はアステリオスさんなのだから。

 彼はミノタウロスだ。ミノタウロスが大手を振って歩いていたら、人々は逃げ出すか狩ろうとするかのどちらかだろう。泡を吹いて気絶する人もいるかも。

 いずれにしても素顔も素肌も見せるべきでは無い。

 アステリオスさんは人類の敵になるつもりはない、と言っているけど、ミノタウロスがいきなり喋りだして無害宣言したところで、信じられる人はまずいないだろう。

 

「はい。恩恵欲しいです」

「うむ。だが、邪神には注意するべきだ。また、邪悪でなくとも油断はできない。神というのは巫山戯(ふざけ)た者が多い。平気で我々の人生を弄ぶ、そんな連中は少なくないのだから」

 

 こうしていると誇り高い武人って感じしかしないけど、素顔は牛だ。角だってある。それと神様達に対してはかなり辛辣。理由を聞いたら「いけ好かない者が多い」と吐き捨てていた。過去になにかあったのだろうか?

 さて、このアステリオスさん。

 聞けばずっと僕を探していたのだという。

 なんでも、僕は前世で決着をつけられなかった好敵手(ライバル)で、今回は何としてでも再戦を果たすべく地の果てまで探すつもりだったのだとか。凄い不思議で凄い怖い話だけど、彼の顔はマジだったのできっと本当のことなのだと思う。

 

「うーん、どんな神様が良いんでしょう……?」

「ヘルメスという神と、アポロンという神はやめておいた方が良い。自分が言えるのはそれだけだ」

「わかりました。ヘルメス様とアポロン様……もし会うことがあったら逃げますね」

「それが良い。奴等に関わるとろくなことがない──ろくなことがない」

 

 噛み締めるように彼は繰り返した。どうやら本気で嫌悪しているようだけど、アステリオスさんの神嫌いはもしかしなくても御二方のせいでは? 何があったのか聞くと口を閉ざしてしまうから、僕が知る由はないんだけど……。

 

『オオオオオオオオッ!』

「とにかく女神を探すのだ。恩恵を手に入れ、力を高めること。それが君のやるべき事だ」

『ギャンッ!?』

 

 野犬のモンスターが襲いかかってきて、流れるように真っ二つにされた。剣じゃなくて裏拳で。今、一撃で胴体がちぎれたんだけど、いくらなんでも強すぎない?

 アステリオスさんは立ち止まると、絶命した怪物に歩み寄った。意外に丁寧な手つきで魔石を取り出し、これまた意外に上品にハンカチで体液を拭き取り、僕に手渡してきた。

 

「モンスターの魔石は放置してはいけない。そのほか、ドロップアイテムの置き忘れにも注意することが肝要だ」

「は、はい! 他のモンスターが魔石を食べると、強化されちゃうんですよね!」

「うむ。強化種が生まれる原因になる。多くの人間にとってそれは、回避すべき災厄であると言えるだろう」

 

 アステリオスさんは物知りだ。顔と素肌を隠していると本当に冒険者みたい。本物の冒険者を見たことはないけどね……あくまでイメージっていうか、こんな感じなんだろうと思う。

 

「次の街には女神がいると良いのだが」

「思ったんですけど、どうして女神様にこだわるんですか?」

 

 男神様でも恩恵の性能は変わらないはずだ。アステリオスさんが自分で言ってたことなのに、どうして彼は女神、女神と拘るのだろうか。

 もしかして深い理由があるのだろうか。

 興味本位で聞いてみると、彼はフーッと呆れたように溜め息をついた。

 

「オスとメスならメスが良いに決まっている。ベル、君はむさ苦しい汗まみれのオスと美しく母性に溢れたメス、どちらでも選べるとしたら、どうする?」

「女神様が良いです!」

「そうだ。それが答えだ」

 

 答え、単純な理由だった。

 普通に考えて僕も女神様が良いや。できれば落ち着きのある美人の……いやいや贅沢ばかり言っていると罰が当たる。神様は変な性格の御方が多いって話だし、マトモな御方に会えたらその時点でお願いするくらいじゃないと。いつまで経っても主神様が決まらないなんて事態は避けたい。僕は強くならなければいけないのだから。

 

「どこにいるんだろう、僕の運命の女神様」

「ベル、前方に草むらがある。探してみてはどうだろう」

「えーっと……やめときましょうよ。何か動いてますけど、あれ絶対モンスターですって」

 

 四足歩行してるしアレが神様なわけあるか!

 アステリオスさんはたまに変なことを言う。やっぱりモンスターだから一般常識? に疎いところがあるのかもしれない。だけど彼との旅は思いのほか快適で、ガンガンモンスターを殺していくアステリオスさんは凄く格好良かった。

 僕もいつか彼みたいに強くなって、熱い戦いを繰り広げてみたい。ううん、願うだけじゃなくて実際に努力していかないと! 僕はブンブンと首を振って歩く速度を上げた。

 早いもので、故郷を出てきて半月が過ぎた。 

 素敵な女神様との出会いだけを楽しみに、僕は次の街へと急ぐのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ()()()()()()

 出会った神様の数は十二。うち半分が『キミ男の娘ォ!』とかよくわからない単語を叫びながら、()()()()()()()()

 神様というのは変態が多い。

 お陰で恩恵は手に入らず、僕の身体能力は一般人のまま。迷宮都市オラリオに行けば神様は沢山いるらしいから、どうしても見つからない時は乗り込むしかないと思っている。さっさと行けば良いと思われるかもしれないけど、事はそう簡単ではなく、僕にはアステリオスさんがいる。

 彼はモンスターだ。迷宮都市に入るにあたっては検閲があるので、そこでバレたらえらい騒ぎになること間違いなし。つまりアステリオスさんはオラリオに入ることはできないため、遅かれ早かれ別れの時がやって来るということだ。本人もそう話していた。

 

「強くなりたいのなら、オラリオに行かなければならない。個人的にも君には強くなってもらわなければ困るから、オラリオに行かせるつもりだ」

 

 オラリオにはダンジョンがあって、ダンジョンのモンスターは地上の奴らと比べてとても強い。その強い奴らを倒せば経験値が沢山手に入るし、英雄と呼ばれるような人達としのぎを削ることで、これまた多くの経験値が手に入る。

 強くなりたいならオラリオ一択だ。

 ただ、今はもう唯一の家族とも呼べる人(牛)と別れるのは、正直、寂しかった。強くなりたい気持ちの方が強いから、オラリオには行くけどね。

 

「もう半年も経ってしまった。次の街に女神がいなければ、オラリオに向かうのだ、ベル」

「わかりました……仕方ないですよね」

 

 いつまでも呑気に旅している場合ではない。僕は何にも、誰にも負けないくらい強くならなきゃいけないんだから。たとえ途中で死んだとしても。

 次の街で運命の女神様に出会えなければ、その時点でオラリオに向かう。固く決心して古ぼけた街の門を潜ると、何やら良い匂いが漂ってきた。

 

「炊き出し……ですかね?」

「シャケだ。シャケの馥郁たる香りが漂っている」

「シャケ?」

「そうだ」

「いやあの、牛って魚とか……」

「私は血肉を糧とするモンスターだ。ならばシャケを食らうことに何の不調和がある?」

「なるほど……なるほど?」

 

 ミノタウロスがシャケを好んでもおかしくはない……ないのか? まあアステリオスさんって雑食だし、思い返すと旅の途中ではよく魚を釣ろうとしていた。上手く釣れなくてイライラしてたけどね、アステリオスさん。

 

「僕、貰ってきますね!」

「宜しく頼む。特に油の乗ったジュシーなシャケが好ましい。この旅が始まって以来の大仕事だ。頼んだぞ、ベル」

 

 この旅ってなんだったのだろうか。

 首を傾げつつ僕は炊き出しに近付いた。それにしても街が不自然なほどボロボロだ。モンスターにやられた感じじゃないけど……泥があちこちに溜まってる?

 

(ここしばらく、雨は降ってないと思うんだけど……)

 

 考察しつつ、ふと思う。

 不自然といえば、旅が始まってからの僕はかなりおかしい。発狂気味だとかそういうことじゃなくて、思考能力とか話し方とかが、旅を始める前と後では明らかに変わったように感じている。

 もっと子供っぽかったと思うんだよね、我ながら。

 おじいちゃんとの死別で、覚醒的な何かを果たしたってことかもしれないけど、それにしても成長しすぎだよなあ……。

 

 

「あの、シャケを下さい。僕とあちらの彼の二人分……お願いできますか?」

 

 とりあえず今はシャケを貰おう。

 僕もお腹空いたし、と炊き出しに近づいて女性の背中に声をかける。どう見てもかなり年上のお姉さんだ。しかも凄くスタイルが良い。後ろ姿だけでもわかるしなやかさ。ドキドキしてその時を待っていると、その女性は胡桃色の髪を静かに揺らし、振り返った。

 

「あら、旅の御方……にしては幼いわね? 向こうの彼はお父さん……かしら? ……? ……!?」

「ほえっ、めがみしゃま?」

「うん? そうだけど、どうかしたの?」

 

 その人物、いや神物(じんぶつ)は寂れた街で光り輝いているように見えた。藍色の瞳を持つ美女。スタイルも抜群で、前から見るとより破壊力が凄い。

 胡桃色のロングヘアーはとっても滑らか。純白の衣は神聖さを漂わせつつも、豊満な肢体を隠しきれてはいない。むしろ女性としての魅力を大いに引き立てていた。だって色々と形がわかるし、しなやかで柔らかそうで……お、大きい。

 

「……」

「二匹で良いの?」

「はっ……あ、はい。僕の分はどれでも良いんですけど、できればもう一匹はよく油の乗ったジュシーなシャケ……を?」

 

 優しげに微笑(ほほえ)む姿はまさしく女神。それにドキドキするけど安心もするぞ? 

 声色が子守唄みたいで、これが……母性ってやつ?

 僕は上擦った声でシャケを所望しつつ、ある確信を抱いていた。

 この御方こそ僕の運命の女神様に違いない、と。

 シャケの選定を始めた彼女を穴が空きそうなほど見つめ、僕は意を決して、切り出した。

 

「あっ、貴方の恩恵を、僕にください!」

「!? 身を乗り出したら危ないわよ!」

 

 だが、彼女は承諾も拒否もせずに慌て出す。僕の両手からジューっと焼ける音がした。ギョッとして下を見ると、僕の手はいずれも鉄板に叩きつけられていて、シャケは散乱、すぐに灼熱の感触が来た。

 

「えっ、アーーーーーーーーーッッッッ!?」

「なっ、何をしているの! 水! 誰か水を持ってきて!」

 

 のたうち回る僕は彼女によって拘束され、バケツに両手を突っ込まれた。それがまた痛くて地面を再びのたうち回り、羽交い締めにされてジタバタ。

 最終的には絞め落とされた。女神様は凄い体術の使い手だったのだ。ちなみに水に浸したところで火傷が治るわけもなく、包帯でぐるぐる巻きにされて僕は泣いた。

 

 

 ◆

 

 

 翌朝。

 汚れた教会で一晩を過ごした僕の前に、女神様はやって来た。彼女は笑っていた。ただし美しい顔に影を作って。どうやってやってるのかはわからなかったけど、とにかくひたすらに圧を感じた。怖かった。

 

「落ち着いたようで何よりだけど、二度とあんなことはしないように」

「すみませんでした」

「包帯を勝手に外したのね」

「か、(かゆ)くて……」

「それならそれで、どうしてそのままにしておくの。火傷を甘く見てはいけません」

「ごめんなさい」

「それと、食べ物を粗末に扱っては駄目」

「申し訳ございませんでした」

 

 縮こまる僕にダメ出しを連発する彼女の名前は、アストレア様。彼女はわけあって放浪中で、地滑りの被害を受けたこの街を支援していたらしい。

 清く正しい正義を司る女神。

 それがアストレア様だった。僕は謝り倒した後で彼女に恩恵をおねだりした。

 

「本当にすみませんでした……あの、僕、アストレア様の恩恵をっ」

「理由は?」

「えっ」

「眷族になりたい理由。欲しいと言われてはいどうぞ、というのは難しいわね。まずは理由が聞きたいのだけれど、話せるかしら?」

 

 これが最後のチャンスだという位のつもりで、何がなんでも彼女の眷族になるんだと、力強く宣言した。

 

「強くなりたいんです! 何がなんでも、誰にも、何にも負けないくらいに強く! そのためには恩恵がないと駄目なんです! でも、誰でも良いなんてことあるわけなくて……あ、貴方が良いんです本当ですっ!」

 

 アストレア様は優しい眼差しで僕が話し終わるのを待ってくれた。僕は胸を高鳴らせた。こんなに慈悲深く見守ってくれているのだから、きっと受け入れてくれるつもりなのだろうと。

 

「……そう。じゃあ、どうして強くなりたいの?」

「そ、それはっ、昔から世界が亡びる夢を見てて……それが凄く怖くてっ……ですね」

「……」

「漠然と強くなって、ならないといけないっては思ってたんですけど、おじいちゃんが殺されて、本気でやらなきゃって思って……け、決意をッ」

「……」

「死んでも強くなるって、誓ったんです!」

 

 しかし、僕の期待感は喋る度に萎んでいった。しばらくは優しげだったアストレア様のお顔が、みるみるうちに厳しい表情に変わっていったからだ。

 最後は苦し紛れに叫んだ僕に、彼女は言った。

 

「難しいわね。今の貴方には恩恵は与えられない」 

「────」

 

 僕は、膝から崩れ落ちた。

 う、運命の女神様に……拒絶された。

 恩恵が貰えないと確定したことと同じくらい、一目惚れした女神様に突き放されたのがショックで、僕はプルプル震えるだけの人形と化した。

 

「ベル、ひとつ教えてあげる。大切なことだから忘れないように。死んだらおしまいなの。そこから強くはなれないのよ?」

「……は、はひっ?」

 

 そんな僕に彼女は歩み寄り、ポンと肩に手を置いた。なんだろう、縋り付きたいこの衝動。実行したら嫌われそうだし絶対できないけどっ。

 力なく女神様のお顔を見仰ぐと、彼女はもう優しい微笑に戻っていた。少し期待してしまう。慈悲をかけてくれるんじゃないかって。

 

「あまり絶望しないでね。誰も見放すとは言っていないでしょう?」

「そ、それならっ」

「ええ、少し一緒に過ごしてみましょうか」

 

 奇跡よ、起これ……強く強く願っていると、叶った!

 僕の期待は爆発して歓喜に変わった。アストレア様は僕を見放してはいなかったのだ。まだ挽回のチャンスは残されていることを知り、何がなんでも認めてもらうことを心で誓った。

 

「この街の復興は目処がついたから、今日は久しぶりの休暇にするつもりだったの。丁度良いから、語らいながら()()()()()()をしてあげる」

「それは何よりですしっ、嬉しいですありがとうございますっ!」

 

 アストレア様の綺麗な手を握り締めて、咽び泣きながら御礼を述べた。久しぶりに手放しで喜ぶことが出来た幸せを噛み締めた。でも、この時の僕はまだ知らなかったのだ。この御方に手ほどきを受けるということが、どういうことなのかを。

 何が起こったのかだけ説明すると、一方的に叩きのめされて最終的には気絶した。僕の攻撃は一度も彼女にあたらなかった。受け止められるどころかひらりと躱され、カウンターを叩き込まれてはゴロゴロと地面を転がる。その繰り返し。

 

「もう少し頑張れないものかしら? 私、まだ1(メドル)も動いていないのだけれど……」

「……ぜっ、ぜぇぜぇぜぇ……げほっ!?」

 

 これはオラリオに住み始めてから知ることになるんだけど、アストレア様は天界時代、バリバリの()()()だったらしい。不埒(ふらち)な真似をしようとした男神様達を容赦なく切り刻んだり、敵対した女神様達を鞭でビシバシ叩いたり、殴ってきた相手の顎を蹴り砕いたり……。アストレア様は決して貞淑なだけの御方ではなく、時に実力行使も辞さない強い女神様だったのだ。

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