宿星オラトリオ


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作:Ziploc  74
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宿星の雷光


くっ殺は死語なのだろうか。


 夢を。

 ずっと、夢を見ている。

 無数の少女に切り刻まれる、悪夢。

 一方的に肉と骨を削られていく中で、狂気的な笑い声を響かせていた、同じ顔をした少女達。

 終末を告げる風が北の大地に吹き荒れた。

 大精霊の風印(ふういん)が引き裂かれ、終焉の園への死道(みち)が開く。腐り果てた肉が天高く巻き上がって空を覆う。この世の地獄を目にしたら、後は正気を手放し発狂するのみ。本当に壊れた人間は笑い出すものだから、僕もきっと笑っていたのだろう。

 

「夢に負けてはいけない。ベル、どうか、再戦を諦めないで欲しい」

 

 低い声音にバッと振り返る。

 おかしい。痛みが消えた。夢? ああこれは夢かと彼の顔を見て自覚する。いつの間にか周りの景色が消えている。白一色の不思議な空間は夢の賜物。僕の前に立っているのは猛牛の武人、アステリオスさん。

 

「必ずや、再戦を──目を覚ませ、ベル」

 

 彼は筋骨隆々とした体を屈めると、次には()()()()()()()。頭突きである。だがただの頭突きではなく、角あり、それも埒外の力を持って繰り出された殺傷力抜群の頭突きだ。まともに受けた僕は吹っ飛ぶことすら許されず、お腹に突き刺さった角に引っかかってジタバタともがいた。

 

「ーーーーーーーー!? ーーーーーーーーーー!?」

 

 こえが でない!

 ってアレ痛くないぞ? ああそっかこれは夢だったのかと納得して顔を上げると、そこにはアステリオスさんの気まずそうな顔があって

 

「すまない、やりすぎた……愛ゆえに」

「えっ」

 

 喉の奥から変な声が出て、そこで急激に意識が遠のいていく。夢が終わる。いやホント変な悪夢だったなあと汗を流しながら、僕は体に力を込めた。角を抜こうとしたんだけど、抜けない。

 

「すまない、やりすぎた……愛ゆえに」

「……」

 

 アステリオスさんがモジモジしている。ちっとも可愛くないし気持ち悪い。

 

「ベル、自分は実は(メス)だったのだ」

「……」

 

 なんだ今のカミングアウト。

 アステリオスさんが女の子って、そんなわけあるか! 

 ホント変な夢だ。

 僕は最後にそう思った。

 

 

 ◆

 

 

 ──『強くなれたら良いな』。 

 

 僕、ベル・クラネルは昔から『英雄』に憧れていた。小さな頃は漠然と。具体的にどうすれば良いかはわからなかったし、調べようともしなかった。ただし正体不明の()()()は常にあって、怖い夢を見たら短くても一週間は引きずっていた記憶がある。

 少しでも強くなれば恐怖心が薄れるかもしれない。

 そう思って素振りを始めたのが七歳の時。一年半ほど継続した。少し筋肉がついたから自信を持ってゴブリンに突撃したら、押し倒されて胸の肉を食べられてしまい、それ以降は引きこもりがちに。おじいちゃんによれば危うく乳首がなくなるところだったらしい。男でも乳首がないのは困るから、不幸中の幸いだったと彼は安心していた。何がどう困るのか僕が知るのは、随分と後になってからのこと。

 

 

 ──『強くなれたら良いな』。

 

 九歳の誕生日を迎えた頃には、努力することを完全にやめていた。ゴブリンに殺されかけて、外に出るのが怖くなったからだ。おじいちゃんと家で過ごすことが増えて、英雄譚を聞かせてもらっては夢想した。自分が英雄になって、強いモンスターをバッタバッタとなぎ倒し、女の子達からモテモテになっている姿を。

 

 ──『強くなれたら良いな』。

 

 十歳になっても同じ悪夢を見ていた。同じ顔の少女達に切り刻まれた後、喋るミノタウロスが出てくる不気味な夢を。

 ただし変化もあった。

 夢の最後に優しい少女が出てくるようになったのだ。僕を切り刻む少女達と同じ顔の、アイズさんという超絶美少女。はじめは恐怖心を抱いてしまったけど、アイズさんは狂った少女達とは違って攻撃的ではなく、一緒に昼寝をしてくれる素敵な女の子だった。

 

──『なんて可愛いんだ』。

 

 怖いばかりの悪夢の最後には、しばしばアイズさんが出てきてくれるようになった。不思議なことに前回のやり取りを彼女は覚えていて、僕達は夢の中で友人になった。そんな彼女から教えてもらったことは、屋敷の中でも素振りはできるということ。

 目からウロコとはこのことだ。僕は意気揚々と素振りを再開した。木刀がすっぽ抜けておじいちゃんの顔面に直撃してしまい、危うく殺してしまうところだった。

 

 ──『強くならなきゃいけない』。

 

 木刀顔面直撃事件が発生した翌週、おじいちゃんが本当に死んだ。僕の目の前でゴブリンの群れに袋叩きにされて「ひょえ〜」と崖から落ちていった。おじいちゃんを始末したゴブリン達は次は僕に牙を剥き、一斉に襲いかかってきた。

 

『ガアァッ!』

『ゴブゴブッ!』

『ガアアアアッッ!』

「う、うあああああああっ!?」

 

 今度は胸の肉だけではすまない。いかに最弱種(ゴブリン)とは言えど牙もあれば爪もある。子供を貪り食うくらいわけない。思わず頭を抱えて(うずく)った僕は聞いた。大地を揺るがすけたたましい足音と、ゴブリン達の()()()を。

 

『オオオオオオオオオオオオオン!!』

『ゴビュッ!?』

『ガッッッ』

『ゴヒュッッッ』

 

 返り血が次々と降り注いでくる中、僕は恐る恐る顔を上げた。そこにいたのは二足歩行する牛。黒銀に輝く筋骨隆々の体を持った『ミノタウロス』だった。

 

「ひ、ひいっ!?」

『……』

 

 そのミノタウロスは僕をじっと見ながら、いかにも人間らしくコキコキと肩を鳴らした。次には腕を組んでの仁王立ちに変わり、威風堂々と(うなず)いて見せた。

 ミノタウロスとはこんな動きをするものなのだろうか。してもしなくても関係はなかった。どうせ僕は食い殺されて終わりだ。嗚呼(ああ)来てくれるなら牛じゃなくてアイズさんがよかったなあ、と僕はダラダラと涙を垂れ流した。

 

『……』

「……」

『……』

「……?」

 

 だが、おかしい。黒銀のミノタウロスは襲ってくることはなく、何度もウンウン頷きながら僕を見ていた。なんだ、何が起こっているんだ。まさかどこから食べるか悩んでいるのか。どうせなら苦しまないように一撃でお願いしますと願っていると、そのミノタウロスの口が開いた。

 

『ベル、再戦を』

「……えっ」

 

 落ち着きのある声で喋った。

 いやいや幻聴だろう。だってモンスターだし有り得ないと乾いた笑いを浮かべる僕に、彼はズンズン近寄ってきて、大きな右手を差し出してきた。目を白黒させる僕の手を握って、握手をしてきた。

 

『自分はアステリオス。どうかベル、再戦を』

「……えっ?」

 

 握手の力加減は優しい感じで、あとやっぱり喋ってた。それとアステリオスって言った。夢の中に出てくるミノタウロスと同じ名前。そういえば良く見なくても姿形が全く同じだ。と、なればこの後の僕が辿る運命は……串刺し?

 

「……角でグサリは、やめて、クレマセンカ」

『馬鹿なことを言わないで欲しい。そんなことをしたら子供はすぐに死んでしまう。自分は幼児虐待に興味はない。本当だ』

 

 いや本当だって言われても……。僕はへなへなと尻もちをついて、大の字になって倒れ込んだ。

 なんなんだ、一体。ひとまず殺すつもりはなさそうだけど、かといって手放しで喜ぶことなんて出来なかった。おじいちゃんは死んでしまった。また夢を見てるならそうだと言って欲しかった。アステリオスさんでも誰でも良いから、これは非現実の世界での出来事だって慰めて欲しかった。

 

『ずっと、夢を見ていた。君と再会し、いずれ再戦を果たすという壮大な夢を』

「……ひっく」

 

 彼は何か言っていた。けど、しゃくり上げて泣き始めた僕は、ほとんど耳に入ってこなかった。

 強くなれたら良いな、ではダメだった。

 漠然と願っているだけなら誰でもできる。僕に必要だったのは身を削ってでも強くなるという覚悟であり、行動。正体不明の恐怖心から逃げ続けた結果、最愛の祖父を見殺しにしてしまった。自分が頑張らなかったからおじいちゃんは死んだのだと、この時の僕はそう思えてならなかった。

 

「……うっ」

『ベル、どうした』

「頭が、われる……」

 

 不意に視界がグラリと揺れた。続けてやってくるのは頭が砕けたと錯覚するほどの強烈な頭痛。目の前にバチバチと火花が散る中、僕は夥しい数の怪物と、空に巻き上がる死体の山を幻視した。

 飛び回る人肉に怪物達が食らいつく地獄絵図。

 確信する。この光景はいつか実現してしまう、文字通りのこの世の地獄であると。根拠はなかった。でも本能が告げていた。

 

 みんな死ぬ、と。

 

 僕はのたうち回って苦しんだ。胃の中身をぶちまけてぶちまけて最終的には吐血する。強くならないと全てが終わる。そんなのは嫌だ。そんなことになるのだけはダメだ。

 

 ──『強くならないとダメだ。何にも、誰にも負けないくらい強く』

 

 僕は気を失い、目覚めた時にはアステリオスさんに運ばれていた。おんぶだった。

 ベル・クラネルが本当の意味で強さに焦がれるようになったのは、きっとこの時。死んでもあの光景だけは回避するのだと、使命感の炎が燃え盛り、僕の心を焼き焦がした。

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