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多くの大学で社会課題の解決を目指す起業家育成の取り組みが行われています。大学の社会起業家育成プログラムに参加したのをきっかけに、「生理の貧困」という課題に向き合い、大学側の協力を得て、課題解決につながっていった事例を紹介します。(社会起業家育成プログラムで発表する大木優芽さん[写真右]、写真=龍谷大学提供)
きっかけは学生のアイデアから
「生理の貧困」とは、生理用品の入手困難だけでなく、清潔な水や衛生的な環境、または生物学や生殖に関する正しい知識へのアクセスが欠如している状態を指します。この課題解決を目指したのが、2020年当時、龍谷大学文学部の1年生だった大木優芽さんです。
龍谷大学では、社会問題に関心を持ち、持続可能な解決策をビジネスの視点から考え、行動する人材の育成を目的に、「社会起業家育成プログラム」を実施しています。
大木さんがこのプログラムに参加したのは、入学直後の2020年8月。受験からまだ間もない頃で、友人から「受験と生理が重なり、思うような結果が出せなかった」という苦労話をよく聞いていました。自身も、病院で低用量ピルを処方してもらったお陰で生理を回避して受験を乗り越えた経験がありました。そこで、生理の問題をビジネスの視点で解決できる手法はないだろうかと模索し始めました。
生理に関する知識や情報がもっと普及すれば、生理に悩む多くの女性を助けることができるのではないか。大木さんは情報発信の重要性に気づき、ビジネスモデル「生理に関する正しい情報発信」を20年11月に大学が主催したイベント「社会起業家育成プログラム2020 ファイナルピッチ」で発表しました。
大木さんが考えたのは、学生や経済的に余裕のない人でも無料で生理に関する正しい情報を得られるようにウェブサイトを立ち上げ、その広告収入でサイトを運営するというビジネスモデルです。このアイデアは、同年の学長賞を受賞。賞金の20万円を使ってウェブサイトのデモページを作りましたが、実際にビジネスとして運営するのは負担がかかるため公開はしませんでした。その後、社会起業家育成プログラムを担当する教授から「学内での生理用ナプキンの無料提供や生理に関する情報発信に協力してくれないか」と声がかかり、大学全体での取り組みへと広がっていきました。
生理用品を無料提供する設備を設置
21年6月、教職員主導の「社会課題の解決に向けたワーキンググループ」が発足し、学生へのヒアリングなどを通じて生理に関する課題とニーズを明確にしていきました。そして、公共施設などに生理用品の無料提供を行う東京都内のオイテル株式会社と「ジェンダーギャップ・経済的格差の解消に向けた取り組みを推進する連携協定」を締結し、同年9月から生理用品の無料提供設備「OiTr(オイテル)」が学内約220カ所の女子トイレや「だれでもトイレ(多目的トイレ)」の個室内に設置されていきました。
個室トイレに入って便座に座るとセンサーが感知し、デジタルサイネージ(映像表示システム)に動画が流れます。生理用品がほしい人はスマホでOiTrアプリ(無料)を起動し、ディスペンサーにかざすと生理用品が1枚提供される仕組みになっています。広告収入を活用して生理用品を無料で提供するサービスです。当時、「OiTr」導入は関西の大学としては初の試みでした。
「最初はビジネスモデルの発表だけで終わると思っていましたが、みるみるうちに大学全体のプロジェクトへと加速していき、驚きました。友達からも『いつでも生理用品が手に入ると思うと、授業中も安心』『突然の生理にも対処できてありがたい』と感謝されてうれしかったです」(大木さん)
一方で、この取り組みに対して、ネット上では「女子しか得をしていない」などの厳しい声もありました。
「批判もありましたが、生理用品や生理痛の痛み止めなどは、毎月、女性だけにかかる出費です。これまでは話しにくかった生理の問題に多くの人が関心を持つこと自体に意義があると前向きにとらえました」(大木さん)
男性への啓発活動も
龍谷大学では、さらに多様な取り組みを続けています。男性への啓発活動にも力を入れており、「生理のことを一緒に考えませんか?」という啓発シールを作って、女子トイレだけでなく男子トイレにも貼り付けています。
「生理の貧困」問題は、21年3月にNHKの番組で「経済的な貧しさから、学生の約5人に1人が生理用品を確保できずに困っている」という調査結果が取り上げられたのをきっかけに社会問題となり、全国に広まりました。当時はコロナ禍で、生理用品の品薄やバイトなどが減ったことによる収入減なども影響していたと考えられます。
「身近にも、『生理痛がつらい』という声や『生理用品が買えない』という問題があるのは知っていましたが、『5人に1人が困っている』とまでは思っていませんでした。生理に関する知識や支援の大切さを痛感し、だれもが当たり前にサポートを受けられる社会であってほしいと思いました」(大木さん)
社会起業家育成プログラムへの参加を通じて大木さんが学んだのは、「ビジネスとして持続可能な解決策を考える」という視点です。それは、大手小売店に勤務する社会人になった現在も生かされており、「社会課題とビジネスの両立」を意識しながら、仕事に取り組んでいます。「今後は会社の中で、社会課題に取り組むようなプロジェクトを立ち上げたい」と抱負を語ります。
⿓⾕⼤学ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターの研究員である並木州太朗さんは、プログラムの意義についてこう話します。
「大木さんのように、このプログラムを通じて身近な課題に気づき、それを解決する方法を考えたり行動したりする力を育んでほしいと思います。課題解決能力は企業に入ってからも十分に生かしうる力ですし、今後は就職するうえでの必須スキルにもなってくるので、ぜひ積極的に参加してもらいたいです」
「起業家育成」大学の取り組み
社会課題解決を目指す起業家の育成は、現在、多くの大学が力を入れています。
東京大学では、産学協創推進本部を中心に、起業について初歩から体系的に学ぶ「アントレプレナー道場」を入学直後から開講したり、ベンチャーキャピタルを設立して資金的な支援をしたりするなど、大がかりな取り組みを続けています。23年12月には、公益財団法人Soilとの共催で「課題解決のための社会起業」ワークショップを開催。受講生から出された事業計画から最終審査で6人が採択され、活動開始のための助成金100万円と、専門家による3カ月間のメンタリングを受けることになりました。
立命館大学では、社会への価値創造を支援するプラットフォーム「RIMIX」を立ち上げ、小学校から大学院までを通して社会課題解決型の起業家の育成を目指しています。企業などと連携して教育プログラムを開発するほか、学校法人立命館が100%出資して「立命館ソーシャルインパクトファンド(RSIF)」を設立して資金提供するなど、包括的な支援体制を整えています。
関西学院大学では、IPOアントレプレナー100人創出プロジェクトを始めました。上場起業家を創立150周年の2039年までに100人輩出することを目標に掲げ、全学部生を対象に、授業の中で「ベンチャービジネス創成」を指導し、起業に向けての理解を深めます。また、「Kwansei Gakuin STARTUP ACADEMY」として、実際の起業家とともに事業計画を作成し、実践を繰り返すなどの取り組みがあります。
様々な社会課題の解決を目指し、新しい事業を創り出す力は、これからの社会でますます必要となってきます。大学の起業家育成プログラムは、その一歩を踏み出す大きなきっかけになります。
(文=石川美香子)
【写真】「生理に悩む多くの女性を助けたい」 広告収入の仕組みで、大学で生理用品の無料提供を実現
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