作:レベルの高い合格点をオールウェイズ
▼ページ最下部へ
サポーターの男が訪れた翌日、朝の家事とヒメへの挨拶を終えたアルトは足早に店を出た。目指すはオラリオ中心部のバベル。正確には、その下にあるダンジョンが目的だ。諸々の事情があって冒険者登録を行っていないアルトは本来ダンジョンに潜れるような者ではないが、ギルド職員の目を欺いてこっそりとダンジョンに潜っている。
自作の認識阻害効果が付与されたローブを着ていれば低級冒険者を含めた一般人に存在が露見することも無く、仮に露見したとしても目深にかぶるフードを外さなければ顔を認識されることもない。完璧な偽装をしたアルトは、今日もギルドに立ち寄ること無くダンジョンへと下りていく。
普段は半日ほどしか潜れないため基本的に浅い階層で引き返すアルトだが、今日のように丸一日をダンジョンアタックに使える日は、深い階層に潜ったり同じ階層を周回したりする。そんなアルトは現在、倒れ伏すモンスターの前で一息ついていた。
「久しぶりなので思っていたより手こずりましたね......」
戦闘を終えたアルトは右手に持っていたサバイバルナイフを左腰の鞘にしまい、周囲に誰もいないことを何度も確認してから懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。
そのナイフでモンスターの魔石を取り出すと────
原則、ダンジョン内にいるモンスターは魔石を抜き取ったらその身体は灰のように消え失せてしまう。例外として、ドロップアイテムと呼ばれるものが魔石を取り除いても残る場合があるが、確率はとても低い。故に、ドロップアイテムは装備や装飾品として利用するために高値で取引される。ならば、そんなドロップアイテムが100%の確率で、しかも本来入手できないようなモノまで手に入るとしたら........?
仮にそんな事が出来る者が現れたら、大勢の人間や神々がその者に詰め寄るだろう。中には強行な手段で襲って来る者も出てくるかもしれない。その危険性を考慮しているアルトは、今のところこの秘密を主神であるヒメにしか打ち明けていない。ステイタスにも表れていないその技能を聞いた時、ヒメはとても驚いた様子で、加えてそれがアルト自身の能力ではなく折りたたみ式ナイフに付随したものだと聞いた時には更に頭を痛めたが、最悪事実が露見したらナイフを手放せば被害は小さくなるだろうとポジティブに捉えていた。大事な人からの贈り物だが、アルトもそうなった時は手放すのも仕方ないと考えている。
5分ほどで解体を終えたアルトはその場で立ち上がると、大量に残った肉や骨などに手を触れた。
「【シュリンク】」
発動したのは、Lv.2に昇格した際に手に入れたアルトが持つ唯一の魔法。命名するとすれば圧縮魔法とでも言うだろうその魔法は、戦闘に特化していない、いわばサポーター向けの魔法とも言えるかもしれない。冒険者が点数をつければ100点満点中30点程度の赤点ギリギリなものだろうが、買い出しなどで大量の手荷物を持つアルトはむしろ攻撃的な魔法よりも便利なものだと喜んでいる。
数分の時間を要し、魔法の効果で大きさが1/10ほどに小さくなった肉塊を布で包んでからリュックに入れると、アルトはあまり物音を立てないようにゆっくりと移動を開始する。ダンジョンを出るとすっかり日も落ちていて、家につく頃には時刻は午後8時を回るところだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりー。獲物は獲れた?」
「ええ。今日は久しぶりにガッツリいきましょうか」
今日は店も休みなので、1階の座敷でくつろいでいたヒメがアルトを迎える。
ダンジョン帰りの眷属に
「焼き加減はミディアムレアで、付け合わせはライスですよね?」
「もちろん」
シャワーと着替えを済ませて地下室から上がってきたアルトが、厨房で準備をしながらヒメに一応の確認をする。普段からこの手のメニューを食べる時はこの組み合わせが多いのだが、ヒメの気分によって変えたい時もあるので確認は怠らない。自分は付け合わせをパンにしようと考えていたので、しっかり用意もしてある。
「【
リュックから取り出した小さな肉塊に解呪式を唱えると、その肉たちは見る間に本来の大きさを取り戻す。すべての準備を終えたアルトは、これから始まる大量の肉塊の下処理の手順を思い浮かべて大きく息を吐きだした。
「あいつ、俺を騙したんじゃないだろうな.......,」
アルトが調理を始めた頃、一人の男がダイダロス通りを歩いていた。服装は無地のシャツにジーンズというラフな格好だが、その異様な佇まいから当人自体はラフという言葉からかけ離れている。2mは超える身長に、遠目からでもわかる屈強な肉体。おまけにその顔にはモンスターにやられたであろう大きな傷跡が残っており、その強面に拍車をかけている。
では、なぜこの男がこんな人気のない道を歩いているのか。別に、静寂をこよなく愛するあの女のように散歩しているという訳では無い。
時間はこの日の朝まで遡る────
ーーーーーーーーーー
「暇だな........」
数年前、ヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアは、二大派閥合同で三大クエストの一つである"陸の王者"ベヒーモスの討伐に挑んだ。辛くも勝利したが、そこで払った犠牲は少なくなかった。その中には、死にこそしなかったが戦闘中に病を発症して泣く泣く一戦から退いた冒険者がいた。
【暴喰】の二つ名を持つLv.7の第一級冒険者で、都市最強と謳われるゼウス・ファミリア団長にすら勝てる可能性を秘めるその男こそ、現在ベッドに横たわり、退屈そうに天井を眺めるザルドその人だ。
病に侵され普段から自室に籠ることが多いザルドだが、この日はたまたま調子も良く、節々から感じる痛みもほとんどない。普段自由に出来ない分、今日のような日を渇望しているものだが、いざその日になってみると特にやりたいことも見つからない。昔から闘争にばかり楽しみを見出していたザルドに、今の体で出来るような趣味は一つしかない。
「.......久しぶりに料理でもするか」
今特別やりたい訳でもないが、それ以外にやることも見つからないザルドは自室を出て
「ぐえっ」
引き開けたドアから、一人の男が自室へと倒れ込んできた。
「よお、朝早くにこんなところで何してんだ?」
「おお、ザルドさん!待っていまし────ゲフンゲフン!今日は何だか調子が良さそうですネ!」
「ああ?そういうお前はやけにテンションが高いな.......何かあったのか?」
今ザルドと会話しているこの男は、ゼウス・ファミリア内で最弱の名を欲しいままにする一人のサポーター。冒険者を置いて逃げるというサポーターにあるまじき行動を頻繁に行い、ダンジョン外でも女関係のトラブルが絶えないどうしようもない男だが、こんな奴でも同じファミリアに所属する家族。ザルド自身、目の前でにこやかに挨拶をする、どこか憎めないこの男のことが嫌いではなかった。本人には死んでも言おうとは思わないが。
「フッフッフ........聞きますか?聞きたいですか?」
「あぁ、素直に興味あるな」
「えぇ〜でもなぁ〜」
うざい。シンプルにその一言に尽きる。心底話したそうなのに、もったいぶって一向に内容を話そうとしない、
ザルドの額に青筋が浮かび、もう数秒経てば手が出るだろう状況の中で、サポーターの男はようやく口を開いた。
「実はですね.......とても美味しい料理を出すレストランを見つけたんですよ」
「レストラン?」
「ええ!あれこそ知る人ぞ知る隠れた名店!一度女の子を連れて行けばぞっこんラブ間違いなし!」
美食に目が無いザルドなら本来非常に興味のそそられる話だろうが、それを話して聞かせる相手が相手だ。仮にそれが本当だとして、どうにも胡散臭さが拭えない。
「で?そいつは何処にあるんだ?」
「ダイダロス通りのここら辺ですね。見たこともないようなメニューが山ほどあるのでザルドさんも満足すると思います!」
「こんなところにか........?」
「あ!あと人が来すぎたら嫌なので、あまり言いふらさないように気をつけてくださいねー!」
サポーターの男に地図を見せられながら場所を教えられたザルドは、ダイダロス通りの中でもかなり人気の少ない区域にあると聞いて更に眉をひそめた。しかし、見たこともないようなメニューが山程.......本当かどうかかなり疑わしいが、確かに心躍るものがある。ザルドは軽やかな足取りで去って行くサポーターを見送りながら、今日の夜にでもこの店に行ってみるかと考えていた。
ーーーーーーーーーー
そして現在、ザルドはダイダロス通り深部で右往左往しながら途方に暮れていた。
サポーターに渡された地図を見ながらここまで来たのは良いが、その地図は正確性の低いとても雑なものだ。加えて店の特徴も何も聞いていなかったので、数多くの家屋からレストランを見つけなければならない。
小一時間ほどダイダロス通りをさまよった後に店を探し出すことをようやく諦め、踵を返そうとしたその時。何処からか漂ってきた肉を焼く匂いが、ザルドの鼻腔をくすぐった。
「これは.......こっちか」
鍛え上げられた五感で瞬時に匂いの出処を察知したザルドは、そちらへ向けて足を進める。数分歩いて見つけたのは、周囲の家屋よりも少しだけ小綺麗な外観の二階建ての家屋。僅かながら明かりが灯っており、耳を澄ませれば肉を焼く音も聞こえてくる。
少し不安に思いながら恐らくここだろうと当たりをつけたザルドは、恐る恐るドアを開いた。
「あら、お客さん?」
「ああ。入っても大丈夫か?」
中に入ると、カウンター席に座るヒメがザルドへと声をかける。まるで自室でくつろいでいるかのような格好をしているヒメの姿を見て、もしや休みかと心配になる。すると、厨房の方から声に気づいたアルトが皿を持って客席へと顔を覗かせに来た。
「しまった、鍵をかけ忘れていましたか」
「.........もしや休みだったか?」
「いえ、待ってください。貴方はもしかして【暴喰】ですか?」
まさかここまで来てお預けかと絶望して再びドアノブに手をかけたザルドだったが、アルトに呼び止められてその動きを止める。
アルフィアの件があって以来、オラリオに存在する冒険者について学び直したアルトの頭の中には、第一級冒険者について二つ名から容姿に至るまですべての知識が詰め込まれている。故にその容姿と佇まいから当たりをつけ、ザルドへと名前を問いかけた。
「ああ。最近じゃ名前なんて聞かなかっただろうに、よく分かったな」
「先日ゼウス・ファミリアの男がこの店を訪れまして......その時この店をファミリアの者に紹介しても良いかと問われたので何となく予想をしていたんです」
「おい待て。まさかその男、こんくらいの身長で赤眼の生意気なサポーターじゃないだろうな......?」
ザルドが胸あたりの高さでサポーターの身長を再現すると、アルトはその問いかけに大きく頷いて答える。
「ええ。確かにそれくらいの身長で赤眼の少年はサポーターと名乗っていましたね」
「あの野郎.......」
ここでザルドは、あの朝に弱い男が何故今日に限って早く起きていたのかを理解した。恐らく、ザルドにこの店を紹介するためだけに部屋の前でうたた寝しながら待っていたのだろう。
飄々としながらも、たまにこういう気遣いを見せるところがあの男が本当の意味で嫌われていない一因でもある。調子に乗るから本人には死んでも言ってやるつもりは無いが。
「そういうわけで中にどうぞ。知り合いの紹介となれば、休みだろうが関係はありません」
「ああ…悪いな。邪魔するぞ」
アルトに促され、ザルドはヒメと1つ離れたカウンター席に腰掛ける。隣を横目で確認すると、ちょうどヒメが肉を切り分けているところだった。200g程の一枚の肉をナイフで切り分けているその姿に特におかしな点はない。しかし、ザルドは信じられないものを見たかのように大きく目を見開くと、震える指をヒメの手元に向けながら口を開いた。
「お、おい。まさかソレ、
ヒメはザルドの発言にピタリと動きを止め、フォークを置いてからザルドに向き直った。まさかバレるとは思っていなかったアルトも、厨房から固唾をのんで2人の様子を窺っている。
「────どうしてわかったのかしら?」
「ってことはマジなのかよ......バレても良かったのか?」
「だってアンタ、半ば確信してるじゃない。下手に誤魔化して裏からコソコソ探られた方が面倒よ。で、なんでわかったの?」
「勘......としか言いようがないな」
アルトは、冒険者について情報を集めていた際に住民たちの間でまことしやかに囁かれていた【暴喰】についての噂話を思い出していた。
曰く、【暴喰】は文字通りどんなモノでも喰らう。
曰く、ヤツは倒したモンスターの死肉や息絶えた冒険者の血肉などを好む。
曰く、ベヒーモスの毒肉すらヤツにとってはただの肉と何ら変わりない。
全て根も葉もないただの噂話だが、もしこの中の一つでも真実だとしたらザルドがモンスターの肉に気づけたのも頷ける。
何となく納得の表情を浮かべたアルトと違い、ザルドの噂を知らないヒメは呆れたように肩の力を抜く。
「勘で気づくって、アンタどんな五感してんのよ......」
「オラリオ広しと言えど、ソレに気づけるのは俺ぐらいだろうな。何か聞かれたくない事情でもあるのだろう?誰にも話すつもりはないから安心してくれ」
「.........そ、ありがと」
ザルドが嘘を言っていないことを確認したヒメは、ひとまずの危機を脱したことに安堵して再度ステーキに手を伸ばす。
二人の会話が途切れた頃を見計らって、アルトはザルドへと声をかけた。
「メニューはそこにあるものをお使いください」
「おお、悪いな」
席の前に置かれたメニュー表を手に取り、パラパラと読み進める。ある程度目を通したあとに探していたメニューの欄を見つけたが、そこにあったのは牛や豚といった普通の肉を使ったステーキのみ。
「なあ。メニューには無いようだが、そこの神が食ってるモンスターの肉は食えないのか?」
「私の名前はヒメよ。そこの神、なんて呼ばないで」
「それはすまなかった。俺のことはザルドで良い」
その後アルトとも名前を交わし合ったザルドは、アルトに返答を催促する。
「で、どうなんだ?」
「......作れますよ」
「よし!ならそれを頼む」
「一応もう一度聞きますが、本当に良いのですか?モンスターの肉ですよ?」
アルトとヒメはモンスターの肉を普通の食材と同じように扱うが、他の者からしたら正気を疑う所業だろう。モンスターの肉は人体に有害で、まかり間違っても食べれたものではないというのがこの世の常識だ。事実、どんな者よりもモンスターを喰らった経験があると自負するザルドも、強くなるために止むを得ずそうしてきたというだけで、一度たりともそれらを美味いと感じたことなど無い。だからこそ興味が湧き、隣でヒメが食べている美味そうなステーキの姿が目に焼き付いて離れない。
「ああ。焼き加減はレアで、なるべく食いでのあるやつを頼む」
不敵に笑うザルドの期待に応えるべく、アルトはエプロンの紐を結び直して再度気合いを入れた。
◇◇◇◇◇◇
厨房に入ったアルトはまず、普段滅多に使わないため戸棚の奥へとしまい込んでいる大きめのフライパンを取り出した。先程までヒメ用のステーキを焼いていたフライパンと材質は同じで鉄製だが、そのサイズは桁違いだ。直径は倍近く、手をすべらせて足に落としでもしたら大怪我間違いなしの重量をしている。
そのフライパンをコンロに置き、今度は冷蔵庫から拳ほどの大きさの脂身と特大の肉を取り出す。肉はアルト用に既にカットしてあったものなので、後は下味をつけて焼くだけの手軽な一品だ。
厚さ10セルチもある、もはや肉塊と呼んでもいいほどの大きさの肉の両面に塩と胡椒をまんべんなく振るって下処理は完了。
脂身を火にかけ、十分な量の油が出たことを確認してから肉をフライパンに投入した。
ジュワッという音と白い煙が上がり、店内に肉の匂いが充満する。肉を投入したら火は弱火に変え、各面を3〜5分ほどで焼いていく。肉をトングで押さえ、肉の弾力で側面までしっかりと火が入ったことを確認したら、今度は最大火力で表裏に焼色を入れていく。最後に両面30秒ずつ火を入れたらこれでようやく完成だ。
◇◇◇◇◇◇
「お待たせしました」
「.........ッ!」
アルトによって運ばれてきた肉は厚さ10セルチ、直径20セルチはありそうな程の特大肉で、鉄板の上で未だジュージューと音を鳴らし続けている。その匂いはいっそ暴力的なまでに空腹を刺激し、ザルドは堪らずゴクリと喉を鳴らした。暫しの間ステーキを一心に見つめて呆けた表情を浮かべていたザルドだったが、その意識はアルトの咳払いで現実へと引き戻される。
「こほん.....説明をよろしいですか?」
「あ、ああすまない。少し放心していたようだ」
「いえ、お気になさらず」
ハッとした表情で謝罪したザルドを手で制し、アルトはステーキに目を向けて説明を始めた。
「こちらがご注文頂いたモンスターの肉────インファントドラゴンのステーキになります。部位はテールです」
「ほう.......!!!」
インファントドラゴンの肉と聞いて、ザルドは改めてその肉を凝視する。11〜12階層でごく稀に現れるそのレアモンスターは、長年ダンジョンに潜っているザルドをして片手で数えられるほどしか出会ったことがない。最後に見たのは数年前の遠征時だが、まさか数年ぶりの再会がこんな形になるとは思いもしなかった。
思わず込み上げてくる笑みを抑え、早速ステーキにナイフを入れる。ナイフを通して手に伝わるのは、入り込むナイフを弾こうとする肉本来の程よい弾力だ。ザルドは鮮やかなピンク色に染まる肉中心部をしばらく眺めた後、大きく口を開けて勢いよくその一切れを噛み締めた。
「ッ!!!」
一噛みした瞬間口いっぱいに肉肉しい味わいが広がり、その想像以上の味わいに驚いたザルドは目を見開いて動きを止める。
基本的に、肉体というものは使えば使うほど筋肉が発達してその肉質は硬いものとなる。加えてテールという部位はその傾向が顕著で、一般に食べられるような牛のテールは可食部が少なく、その硬さから殆どが煮込み料理として使われる。そして、例えドラゴンの肉になろうともその特性は他の肉と何ら変わりは無い。
いや、むしろインファントドラゴンの肉はその傾向は特に際立っていると言える。というのも、インファントドラゴンの尾は他生物への攻撃に使われており、それによって筋肉が他の部位よりも発達して鋼のような硬質さを誇るためだ。
ザルドがここまで驚いているのは、その特性を理解しているからだという理由も関係している。部位を聞いた時にはいっそ食べられたものではないとまで思ったが、肉にナイフを入れ、それを自らの奥歯で噛み締めたことでそんな予想は遥か彼方へと吹き飛んだ。たしかに女子供では少し食べにくいと思うかもしれないが、所詮はその程度。ザルドからしてみれば、噛みごたえがあってテールステーキの中でベストな硬さと言える。
噛めば噛むほど溢れ出る肉汁に、ザルドはこと
その美味さと空腹も相まって、数分後には顔ほどの大きさのあったステーキは中心部の骨を残してすっかり消え失せてしまっていた。その後コップに入った水を飲んで一息ついたザルドの下に、見計らったかのようなタイミングでアルトがやって来る。
「次の部位はサーロインになります」
それほど時間も置かずお代わりを持ってきたことに普通だったら面食らうものだが、まだまだ腹が空いているザルドは驚きよりも喜びの方が勝った。今度は付け合せにじゃがいもや人参、バゲットなどがついており、ステーキのみだったテーブルに華やかさが広がる。
早速ステーキにナイフを入れるが、先程とは明らかに違うその感触にザルドは瞠目する。意識しなければ切ったことにすら気づかないほどのその柔らかさは、部位は違うと言えど同じ生物からとれた肉とは到底思えない。
恐る恐る口に入れ一噛みすると、肉が一瞬で溶けた。確かに顎は動かしているはずなのに、その食感が柔らかすぎて脳が情報処理に追いついていないのだ。その癖、肉の美味さはしっかりと伝わってきて、ナイフとフォークを動かす手が止まることはない。
半分ほど食べ進めたところで視界の端に映るバゲットを手に取ったザルドは、切り分けた肉をバゲット中央の切り込みにたっぷりと挟み込み、大きく口を開いてそのサンドにガブリと噛みついた。
このバゲットはクリスピーさよりもモチモチとした食感が強いため、肉から溢れ出る肉汁を余すこと無く吸い込んでいる。加えて付け合せにレモンが置いてあるのも良かった。レモンが脂身の多いサーロイン肉をさっぱりとした味わいに昇華させ、これなら幾らでも食べられると思わせる美味さがある。
その後もザルドは休むこと無く手を動かし続け、インファントドラゴンの部位を全て堪能した頃にようやくフォークを置いた。
「もう追加はよろしいですか?」
「ああ。もう一口も食えそうにないな」
ザルドは右手で膨れた腹を擦りながらアルトの問いに答えた。そして、そんなザルドの様子を今まで黙って眺めていたヒメは、山のように大量の肉を食べ終えたザルドに呆れたような視線を向けている。
「比喩無しで私の100倍は食べてたわよね.......どう考えてもその身体に入る容量じゃ無かったし意味分かんないわ」
「俺の胃袋もお前ら神々が好きな下界の未知ってことだな」
「生憎、私は特定の分野以外の未知は一切興味ないのよ。だからアンタの胃袋が不壊属性を帯びていようが、ブラックホールに繋がっていようが然程驚きもしないわ」
ザルドの軽口にやれやれと肩を竦めるヒメ。ザルド自身、自分の粗野な態度を許すヒメにある程度の好感を覚えたこともあって、二人の軽口の応酬はそれからしばらく続いた。途中から片付けの終わったアルトがその会話に加わり、小一時間ほどしたところで腹が休まったザルドはカウンターに金貨の袋を置くと、おもむろに席を立った。
今まで喰ったモンスターの中で一番美味かった、などと言って笑いながら立ち去ったザルドを見送り、アルトとヒメは新たな友の出現に喜びつつその日は眠りに着いた。
なお、後日に追加料金だと言いながら1000万ヴァリスもの大金を持ってきたザルドと二人の間で、一悶着あったとか無かったとか。