作:レベルの高い合格点をオールウェイズ
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現在アルトは、ダイダロス通りの中でも外界に近い区域にやって来ていた。
ヒメと共に暮らす区画のように暗くなく、ある程度視界も開けたその場所には古い教会のような建物がある。その建物に入ると、中には追いかけっこやごっこ遊びをする十数人の子どもたち。そして、その中央には椅子に腰掛け子どもたちを見守る年老いた女性がいた。
アルトに気づいた子どもたちは歓声を上げながら近づき、彼が取り出した大きな白い袋を覗き込むと、そこには大量のパンや干し肉といった保存の効く食べ物から、足は早いが大人気の様々な甘味。子どもたちは一人ずつアルトにお礼を言い、アルト以外では唯一の大人であるシスターも目に涙を浮かべながら深々と頭を下げている。
一般の人々にはあまり周知されていないが、ここダイダロス通りには複数の孤児院が存在する。そこに集まる子どもは、周囲の人々に迫害された者や早くに親を亡くした者などその境遇は様々。そして孤児院は幾人かの女神による寄付金で成り立っているが、その金額は孤児院の子どもたち全員を養うには十分とは言えず、経済事情は常に火の車状態だ。
アルトがそんな事情を知ったのは、オラリオに住み着いてから半年の時が立つ頃だった。
買い出しの帰りに道で倒れている少年を見つけたアルトは、そこで孤児院の存在とそこの問題を察した。というのも、少年が倒れていた原因が軽度の栄養失調によるもので、来ている衣服もボロボロなものだったためだ。孤児院の経営者に問題があるという可能性もあったが、実際に孤児院に足を運んでその懸念は杞憂だとわかった。
それから、アルトは月に数度こうしてダイダロス通りの孤児院に無償で食べ物を提供するようになった。金に余裕のあるアルトは当初多額の寄付金を渡そうとしていたが、孤児院のシスターがこれを固辞。申し訳ないと頑なに拒むシスターにアルトが折れ、ならば現物をということで大量の食べ物を寄付することにしたのだ。
そして痩せこけて倒れてしまいそうだった子どもたちの姿は今や見る影もなく、彼らはスクスクと健康的に育っている。アルトはそんな子どもたちの成長を喜び、それからしばらく嬉しそうに食べ物を頬張る彼らの姿を微笑ましそうに眺めていた。
アルトが昼過ぎに立ち寄った孤児院を出たのは、町並みが夕日で赤く染まり始めた頃合いだった。名残惜しそうに自分を見送る子どもたちに手をふり返し、ヒメが待つ店への帰路を歩く。
10分ほど歩いたところで店が見えてきたが、そこでアルトは訝しげに目を細めた。
店前に何者かがいる。
アルトの店はその立地から訪れる客は全て顔なじみで、始めて来る者は元から来ていた客に紹介されて来ることが殆どだ。もちろんアルフィアといった例外もいるため、今アルトが見つめる男も店の客と言えなくもないが、如何せん挙動が怪しすぎる。
幾度も周囲を確認しては、ガラス窓から店内の様子を窺っている。今は看板も出していないので、傍から見たら只の家屋に見えるはずの店をあそこまで覗くのはどう考えてもおかしい。先日絡んできた冒険者崩れのチンピラが、アルトに報復しにやってきたのだろうか。しかししばらくすると、男は肩を落としてトボトボと歩き去ろうとし始めたのでアルトはここでようやく警戒を解いて男に話しかけた。
「失礼、そこの方。あそこの家に何か御用ですか?」
気配を消して近づいていたアルトに驚いたのか、男は一度ビクリと震えた後、俯かせていた顔を上げて正面からアルトを見据えた。あまり特徴のない顔立ちのため、血のように赤い瞳がとても特徴的な男だ。
「ええ!伝え聞いた極上の甘味、『しゅーくりーむ』なるものを買いにやってきたのだが.......残念ながら今日は休みらしい。また後日訪れるとしよう」
「シュークリーム......」
店でシュークリームを食べたことがあるのは、ヒメを除くとつい先日やって来たアルフィアとメーテリアのみ。アルフィアの性格を考えると、自分が気に入った店を誰かに紹介するとは考えにくい。そうなると────
「メーテリア、ですか」
「ッ!も、もしや貴方がメーテリアの言っていたアルト殿か!」
「ええ、しかし敬称は不要です。今店を開けるので少し待っていてください」
あのメーテリアの紹介だということもわかり、僅かに残っていた警戒心もようやく解ける。アルトは懐から取り出した鍵でドアを開けると、男を店の中へと招き入れた。カウンター席へと案内しながら、アルトは男についてメーテリアの知人であるということしか知らないことに気づく。
「そういえば名前を聞いていませんでした」
「なに、名乗るほどの者じゃあないサ。私のことはサポーター君とでも呼んでくれ給え!」
男のその不遜な態度は、他の者が見れば恐らく眉をひそめて距離を取るようなものだ。しかしアルトは、胸を張って高らかに宣言する男の姿を何処か眩しそうに見つめていた。
ーーーーーーーーーー
「こちらがメニューとお冷になります」
「ありがとう!」
カウンター席に座る男の元にメニュー表と水を持ったアルトが近づいてきていた。
先程、姿を見せた途端に自分を口説き始めたサポーターを一瞥したヒメが『天界にいた
メーテリアに聞いていた通り数え切れないほどのメニューを見て、男は料理を決めあぐねていた。シュークリーム目当てに店にやってきたは良いが、いざ多くのメニューを目にしてしまうとそちらに気を取られてしまう。約束された美味よりも見たことも聞いたこともない珍味を求めてしまうのは、腐っても冒険者である男の性だろうか。
しばらく悩んだ末、男は数あるメニューの中でも一際目を引く料理を頼むことにした。
「アルト、私はこの料理にしよう」
「シュークリームはよろしかったのですか?」
「そちらは持ち帰りは可能にして、今は新しいものに挑戦してみよう。なに、これも一種の冒険というやつサ!」
ビシッと指を立てて宣誓する男に、アルトは思わず笑みをこぼす。そこにいるだけで不思議と楽しい気持ちにさせてくれるこの男は、様々な人物を見てきたと自負するアルトをして初めて出会う部類の者だ。
「ならばシュークリームは丁度今朝作ったものがあるので、帰りに専用の箱に入れてお渡しします。それとそちらの料理は少々刺激の強いものですが、味付けはどうしますか?」
「ふむ......ならこの中辛というので頼む」
「畏まりました」
アルトの忠告に男は上から3番目の辛さのものを頼み、それを聞いたアルトは早速準備に取り掛かろうと厨房へと去っていった。
◇◇◇◇◇◇
厨房から大きめのボウルを持って地下倉庫へと入ったアルトは、倉庫の中でも奥まった場所にある箱から10合の米を鍋に移し、去り際に違う棚からある粉が入った袋を持って地上へと戻る。
厨房に戻ったアルトがまず初めにやったのは米を炊く準備だ。やり過ぎに注意しながら素早く米を研いだら、ボウルに水を張って米をしばらくの間浸水させておく。
その間に、米に合わせるメインの方に取り掛かる。
一つの大鍋に水を入れて火にかけたら、冷蔵庫から取り出したショウガ、ニンニク、リンゴ、葉を除いたセロリはみじん切りにし、人参、じゃがいも、玉ねぎ、鶏もも肉を一口大の大きさに切り分ける。
加熱した別の大鍋にオリーブオイルを敷き、鶏もも肉、人参、じゃがいも、玉ねぎをこんがりと焼き上げたら鍋から取り出す。鶏もも肉から出た油を利用して、今度はみじん切りの野菜類をこんがりきつね色になるまでしっかりと炒める。
ニンニクとショウガの匂いも十分に出てきたところで火を弱め、取り出しておいた鶏もも肉たちを再投入し、最後に地下倉庫から持ってきた粉を全体に均等にまぶしていく。この粉は、クミンやターメリックといった10種以上のスパイスをアルトが独自配合したもので、今回作る料理の要になる重要な要素だ。全体が茶色になったら一度火を止め、小麦粉を加えてしっかりと混ぜ合わせる。
その後は沸かしておいたお湯を加えて炒めておいたものをゆっくりと溶かしていく。全体が均一なとろみになったら塩コショウとしょう油を加えて味を整え、それも終わったら弱火にかけて20分ほど煮込む。
その間に、先程浸水させておいた米を軽く洗って水を切り、棚から取り出した大鍋に米と適量から少し少なめの水を入れて火にかける。今米を炊いている鍋は知り合いの鍛冶師に作ってもらった特注の圧力鍋で、普通の鍋よりも格段に速く美味しく米を炊くことができる。
5分ほど経ったら火を止め、10分ほど放置して米を蒸らす。機を見計らって圧力を抜き、完全に圧力が下がりきったところで蓋を開けしゃもじで全体をかき混ぜる。
皿の片側に炊きたての米を盛り付け、その逆側に煮込んでおいたルゥをかければ完成だ。
◇◇◇◇◇◇
「出来ましたよ」
「うおおぉぉ!!!」
アルトがスプーンと皿をテーブルに並べると、サポーターの男は目を大きく見開いて歓声の声を上げる。どこかメーテリアに似ているな、なんて思いながら微笑ましく眺めていたアルトは、男が声を沈めたところで料理について語り始めた。
「こちらがご注文いただいた『チキンカレーライス』になります。色々と刺激が強い料理ですので、火傷に注意して────」
「イタダキマス!!!」
男は、アルトの説明の途中で我慢できずに勢いよくカレーライスを口に含んだ。瞬間、男の目がカッ!と覚醒したかのように鋭く光る。口に含んだ大きな一口を飲み物でも飲むかのように素早く処理した男は、反射的に腹から声が出た。
「うま..........辛っ!?」
辛い、でも美味い。この究極の二要素に挟まれながら男はゴクゴクと水を喉に流し込むが、ヒリヒリと口を刺激する痛みが引くことは無い。普段食べなれていないスパイスの独特な刺激に舌が驚いているが、カレーライスの美味さの前ではそんな事は些事でしかない。
呆れた顔をうかべるアルトを他所に、男はバクバクとカレーライスを食べ進める。
嗅いだこともない香りのはずなのに、何故か美味いという確信を持たせてくる不思議な香り。口に含むとピリリとした辛味が口内に広がり、先程と違って落ち着いて食べるとむしろ更なる食欲を沸き立たせてくる。スパイスの味の中ではニンニクやリンゴなどがルゥに深いコクを持たせ、そのせいでライスを食べる手は一向に止まる気配がない。
鶏もも肉は噛めばジュワリと旨味が口内に広がり、これがまたカレーの味と最高にマッチする。
じゃがいもと人参は主張の強いカレーの中でもちゃんと存在感を維持しており、玉ねぎはそのトロトロとした食感でカレーに更なる旨味を付け合わせる。
野菜、肉共に完璧な美味しさを体現したものと言えるかもしれない。
結局男が食べる手を止めたのは最初の一口の直後だけで、その後は一息で米粒1つ残さずに食べきってしまった。
「ふぅ.......」
「どうでした?」
最初は辛そうにしていた男のことをオロオロと心配していたアルトだったが、もの凄い勢いでカレーライスの山を切り崩していく男の姿を見てホッとした表情を浮かべていた。
「アルトさん!あなたは天才です!!」
美味しさに感動した男は、目に涙すら浮かべながらアルトに縋りついて感謝を叫ぶ。アルトは困ったように笑いながら男を宥め、数分立つ頃には男もケロッとした表情にはなったが、料理を褒める口が止まる様子はない。流石に居た堪れなくなったアルトは、先程からずっと聞きたかったことを男に質問することにした。
「そ、そういえば、貴方はいつメーテリアにこの店のことを聞いたのでしょうか?彼女はあまり人と接触できないと聞いた気がするのですが......」
「ほほう!聞きたいのならば聞かせてあげましょう。そう、あれは今日から2日前のこと────」
そうして、サポーターの男はアルトの返事など聞かずに、まるで英雄譚でも語るかのように仰々しく自らの
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広大な敷地に、汚れ一つ無い白亜の外壁。
まるで王族が住んでいるかのようなその城は、数多のファミリアが存在するオラリオでも最大の勢力を誇るヘラファミリアの
眷属たちによる鍛錬などで連日賑わうそこには、現在主神であるヘラやファミリア幹部たちが軒並み出払っているため僅かな人員しか残っていない。
そして、
しかし、そこは天下のヘラファミリア。そうやすやすと下衆な侵入者を許すはずもなく........
「おい!!!そっちに行ったぞ!」
「クソッ、相変わらず逃げ足だけは速い!」
「今日こそはぶっ殺してやるわ......!」
「なぜバレたぁぁぁぁぁ!!!」
つい数分前までとある少女との語らいへの期待に胸を躍らせていたサポーターの男は、現在建物内の廊下を悲鳴を上げながら駆け回っていた。本人すら自覚していない僅かな呼吸の音を聞き付けたエルフの女が、敷地全体に響き渡るほどの大声で男の存在を知らせ、それを聞いた眷属たちが男を追いかけ始めたのだ。
剣や弓、果ては並行詠唱による大規模魔法まで飛んでくる始末。もはや彼女たちの頭の中には、男を生かして捕らえるなどという選択肢は無かった。というのも、このサポーターの男がヘラファミリアの
男がヘラファミリア
「あともう少し......!!!」
目的の部屋を目前にした男は、転がり込むように────否、実際にゴロゴロと床を転がりながら部屋へと飛び込んだ。
肩で息をしながら立ち上がった男が部屋を見回すと、広々とした部屋の奥にあるベッドで体を起こした少女────メーテリアの姿が目に映る。周囲の騒ぎから彼の来訪を察していたのだろう、突然部屋に入って来た男の姿を見てもメーテリアはただ嬉しそうに微笑むだけだ。
「今日は随分遅かったんですね」
「ゼェゼェ......途中で迷子の子供を見つけてね.....それで少し遅れてしまったんだ」
息も絶え絶え、服もボロボロ。おまけに顔中ホコリまみれ。
そんな穏やかな事柄への対処でないのは明らかだが、彼と彼を襲撃した彼女たちは毎度何もなかったの一点張り。
自分の知らないところで何か取り決めでも作ったのだろうが、ここで何度も問いただすのも無粋というものだ。
そう考えたメーテリアは、苦笑しながら何時ものように男をベッド横の椅子へと誘導する。
「ふぅ〜......それで、今日はどんな話をしようか?」
「そのことなんですけど、今日は私からお話したいことがあるんですっ」
「ほほう!ならば今日の私は聞き手に徹するとしよう.....ゆっくりで良いから、君の話を聞かせてほしい」
「はい!」
椅子に座った男は息を整えると、何時ものようにオラリオでの面白可笑しい世間話や冒険譚を話し聞かせようとするが、今日の語り部はどうやら彼女の方らしい。
拳を握ってブンブンと腕を上下に振るう彼女は、ずっと男に話したかったある料理店での出来事を語り始めた────
「ふむ、『しゅーくりーむ』か.....確かに聞いたことがない」
「私それを食べた日から、あのクリームの甘さとサクサクとした生地の食感がずっと忘れられなくて......」
シュークリームの記憶を思い出しながら、メーテリアは幸せそうな顔で虚空を見つめている。男がそんな彼女の横顔を微笑ましそうに見つめていると、ある一つの名案が頭に思い浮かんだ。
「ならばメーテリア、私がその店で『しゅーくりーむ』なるスイーツを買ってきてあげよう!」
高らかにそう宣言する男にメーテリアは暫しの間呆けていたが、その言葉が何を意味するかを理解すると、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「本当ですか!?」
「ああ、この私に二言はないよ」
その後店の場所を聞いた男は代金としてヴァリスを渡そうとするメーテリアの制止を振り切り、颯爽とヘラファミリアを去っていった。
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「────と、いうわけだ」
「......」
アルトは、鼻高々にそう語るサポーターの男を何処か胡乱げな目で眺めていた。
襲い掛かるヘラファミリアの面々の尽くを無力化し、堂々と正面門から立ち去ったと言うが、眼の前の男からはアルフィアに感じたような強者特有の雰囲気は全く感じない。そも、冒険者ではなくサポーターと名乗った時点で色々とお察しなのだが。
まあでも、作り話として聞く分には痛快でなかなか面白かったと思う。
アルトは呆れたように苦笑をこぼすと、サポーターに向けて右手を差し出す。突然のアルトの行動に理由が分からず首を傾げる男だったが、アルトの視線の先にある空になった皿に気がつくと、大きな笑みを浮かべてそれを手渡した。
「まだ余裕はありますか?」
「ああ!大盛りで頼むヨ!」
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結局合計5杯のカレーライスを食べきった男は、椅子の背にもたれながら膨れた腹をポンポンと叩いて幸せそうな笑みを浮かべていた。
会計が50ヴァリスだという驚異的な安さに男が今日一番の叫びをみせるという一悶着もあったが、それ以外は特に何かあったわけでもなく、男とアルトは数年来の友人のように気さくに色々と語り合った。
それからしばらくした後に、男はアルトの見送りを背に店を出ようとドアを開けたところである考えが頭に浮かんでその手を止めた。
「どうかしたのですか?」
「私もこの店をある人に紹介したいのだが、良いだろうか?」
「ええ、貴方の知り合いなら別に構いませんよ」
「そうか!ありがとう我が友よ!」
返事に喜んだ男は笑顔でアルトに握手し、その手をブンブンと上下に揺すった後、『また会おう!』というセリフを残して店を去っていった。