作:レベルの高い合格点をオールウェイズ
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世界に何千とあるファミリアの中でも頂点に位置するヘラファミリアは、団員たちの住処である
あくる日の朝、そんな大規模な
「姉さん、今日こそ良いでしょう?」
「そうだな.......確かに今日は咳も少ない。一応ヘラにも聞いてみるが、恐らく許可が出るだろう」
「やったあ!やっと行けるのね、姉さんたちが話していたお店!」
アルフィアは、ベッドの上で手を叩いて喜ぶ妹────メーテリアのことを優しい笑みを浮かべて眺めていた。
「姉さん姉さん。また話してくれないかな、そのお店に初めて行った時のお話」
「ああ.....あれはダンジョン帰りに散歩をしていた時なんだがな.......」
アルフィアの話に夢中なメーテリアは、普段から余り多くのことを話そうとしない姉の口から次々と褒め言葉(本人は無自覚)が出て来ることにその店への期待がどんどんと高まっていく。前回ヘラと行った時は、聞いたこともないような名前の料理が大量にあることを知ったのだとか。その中に甘いスイーツなんかがあることを想像すると、メーテリアは更に夜が待ち遠しくなった。
ーーーーーーーーーー
太陽の半分ほどが地平線に沈み、オラリオが夕焼けで赤く染まる頃。
万全の準備を整えたメーテリアはヘラの見送りの元、姉と共ファミリアを出発した。アルフィアは通行人にぶつからないよう体の弱いメーテリアの手を引き、ゆっくりとダイダロス通りを目指す。昔はよくお気に入りの教会を訪れていたメーテリアだったが、最近はあまり外出をしていなかったため久しぶりに見る周囲の光景に目を輝かせながら街を歩く。
案の定、のんびりと歩いていた二人が店に着く頃には陽は完全に沈みきっていた。
「着いたぞ」
「本当にこんなところにあるのね」
アルフィアからダイダロス通りの廃墟区域にあると話には聞いていたメーテリアだが、実際に目にするとやはり驚きが隠せない。しかしその声に不安は全く含まれておらず、むしろ早く入ってみたいという好奇心が抑えきれていない。そんな妹の様子に気づいたアルフィアは、仕方ないなと苦笑した後ドアを開いてメーテリアを先に中へと入れてやった。
「いらっしゃいませ」
中に入ると厨房でワイングラスを拭いていたアルトから声がかかるが、メーテリアはアルトの容姿を見て石のように固まってしまった。
アルフィアからの話の中でアルトについての情報もいくつかあったが、それらは料理の話などに比べると極わずかで、メーテリアはアルトのことを『料理を作ることと話すことが上手なおじいさん』だと想像していたのだ。しかし、実際目の前にいるのは自分たちと同じくらいの年齢で、人形のように整った容姿の儚げな美少年だ。
これは、ひょっとしたらひょっとするんじゃないだろうか。
何せ、アルフィアがプライベートで異性と関わっているという話など一度たりとも聞いたことなどないのだ。この世に命を授かって15年目、ようやく姉に訪れた春を逃してたまるかと気を引き締め直したメーテリアは、パチンと両手で頬を叩いて気合を入れ、見蕩れるほどに美しいカーテシーを決める。
「初めましてアルトさん。私の名前はメーテリア。姉がいつもお世話になっております」
「初めまして。こちらこそ、アルフィアにはいつもご贔屓にしてもらっています」
ほほ笑みを浮かべてそう返したアルトだが、内心はそこまで落ち着いているものではなかった。
連れて来たいと言っていた者がアルフィアの妹だったということはまだ良い。双子故に顔は似ているが、メーテリアの髪はアルフィアの灰色と違って雪のように真っ白なところが大きな違いだろうか。
しかし、それ以上に両者の性格や作り出す空気感というものが全く異なる。どこか冷たい印象を与える表情のアルフィアと、朗らかに笑みを振りまくメーテリア。まるで月と太陽のようだな、と第一印象ながらもアルトはメーテリアの本質を感じ取っていた。
「今日もテーブル席で良いか?」
「ええ。どうぞこちらへ」
思考の海にどっぷりと浸かっていたアルトだったが、不意に聞きなれたアルフィアの声が聞こえたことで現実へと引き戻される。二人をテーブル席へと案内したアルトは、先日と同じように水とメニューを手渡す。
メニューを開いたメーテリアは、話に聞いていた通り知らない名前の料理が数多くある事に目を輝かせる。アルフィアはそんな妹の様子を微笑ましそうに見つめていると、不意に後ろから声がかかった。
「アルフィア、久しぶりね」
「ああ。久しぶりだなヒメ」
「そちらのお嬢さんは........妹さんかしら?」
「初めまして。アルフィアの妹のメーテリアです」
「こちらこそ初めまして。私はそこにいるアルトの主神オオゲツヒメよ。気軽にヒメって呼びなさい。それにしても.......アルフィアの妹というと、貴女もヘラの眷属かしら?」
「ヘラ様をご存知なんですか?」
「天界にいた頃からの神友よ」
2人に声をかけたのは、話し声が聞こえて地下室から上がってきたヒメ。メーテリアはヒメとの会話でヘラに友がいたと知って、先日のアルフィアと同様に酷く驚いた様子だ。
数秒思考が停止したメーテリアだったが、再びヒメのことを見据えると彼女が自分の手元にあるメニューを覗き見ていることに気づいた。
「もしかして、これらの料理についてご存知なんですか?」
「もちろん。全部一度は食べたことがあるもの」
思わぬ協力者の登場により、メーテリアのテンションは急上昇する。
「な、なら!何かオススメの料理を教えて頂けませんか?」
「良いわよ。好きなものや嫌いなものはある?」
「好きなものは甘いもので、嫌いなものは特にありません」
「甘いものならデザートだけど......そういえば、今朝新鮮な牛乳が手に入ったって言ってたわね。ならデザートはこれで、主菜の方は軽めに済ませた方が良いからこれとかどうかしら」
「ありがとうございます!」
メーテリアはヒメにお礼を言ってから注文をしようとアルトを探すと、直ぐ側でアルフィアと話している姿を見つけた。すかさずサッと顔をメニュー表で隠し、声をかけずに二人のやり取りを盗み見ると、アルフィアの表情が自分と話している時のような柔らかいものだと気づく。やはり自分の勘は間違っていなかったと嬉しくなったメーテリアは、視線に気づいたアルトがアルフィアとの会話を中断して声をかけてくるまで、二人の仲睦まじい光景を暫しの間眺め続けた。
「注文は決まりましたか?」
「はい。ヒメ様におすすめして頂いた、これとこれでお願いします。姉さんも同じもので大丈夫?」
「ああ」
「わかりました。それではしばらくお待ち下さい」
◇◇◇◇◇◇
厨房に入ったアルトは、まず冷蔵庫からデザートに使う材料の────牛乳、卵、バターを取り出し、常温に戻すために放置しておく。次にメインの料理に使う野菜や肉類、調味料などを調理台の上に並べる。調理器具も並べ終え、事前準備が完了したアルトは早速メイン料理の調理に取り掛かった。
初めに手に取ったのは大量の野菜たち。今回の料理では皮やヘタなどの普段なら捨てる部分を使うため、念入りに洗っていく。玉ねぎ、じゃがいも、人参、キャベツ、ニンニクを洗い終えたら皮を向き、食材として不要な部分を大鍋にまとめて投入する。そこに水を加えてから沸騰させない程度の弱火にかけ、今度は残された野菜たちをそれぞれに適した形に切っていく。
カットした野菜を一度ボウルに入れたアルトが次に手に取ったのは、用意しておいたベーコンとウインナー。ベーコンを短冊切り、ウインナーを斜め切りにしたら、少なめの油を引いたフライパンで焼いていく。焼き目がついてきたところでニンニクを加え、焦げない程度に軽く炒める。
ニンニクがこんがりと焼き終えたら肉と一緒に一度フライパンから取り除き、それ以外のカットした野菜を投入して、肉から出た油を野菜全体に絡めるようにして炒める。キャベツがしんなりとしてきたところで再びベーコンを投入し、白ワインを加えて今度は10分ほど煮込む。
人参が柔らかくなったタイミングで火を止め、今度は放置しておいた野菜の皮の煮込み汁を見ていく。スープの色味で煮込みが十分だと判断したアルトはザルでスープを濾し、別の大鍋へと移す。フライパンで煮込んだ野菜と肉を白ワインごと大鍋に加えたら、あとは蓋をして弱火で煮込むのみ。
コトコトと蓋が揺れ始めたら完成だ。
◇◇◇◇◇◇
アルトが料理を持ってテーブル席へと向かうと、匂いと音で気づいたのか、3人揃ってアルトの方に顔を向けて待っていた。
「ご注文頂いたポトフです」
アルトは料理を並び終えてから3人の顔を改めて確認する。皆期待した顔をしており、料理を楽しみにしてくれていたのがよく分かる。特にメーテリアはその反応が顕著で、腰を浮かせて前のめりに料理を覗き込んでいる。
「わぁ........」
「くっ、ふふふ.....」
感嘆の声をあげ目をキラキラと輝かせているメーテリアの姿に、アルフィアは思わず顔を逸らして笑いを零す。アルトとヒメも、そんなメーテリアのことを微笑ましそうに見つめている。
「た、食べてもいいんですか?」
「ええ、温かいうちにどうぞ」
「じゃあ.......いただきます」
目をつぶって一度手を合わせたメーテリアは、スプーンを手に取りスープをすくった。褐色のスープは色の割に非常に透き通っており、その美しさに思わず数秒見蕩れてしまう。
「おぉ.......」
「メーテリア、そんなに見つめていると冷めてしまうぞ」
アルフィアの指摘に顔をサッと赤くしたメーテリアは、恐る恐るスプーンに口をつけた。
「美味しい......」
思わず口から感想がこぼれた。口いっぱいに広がるコクのあるスープは、油っぽさを感じさせない非常にあっさりとした味わいだ。
二口目からは具材にも手を伸ばす。野菜はスープが染み込んでいて噛めばジュワリと旨みが広がる。ニンニクと肉類は、野菜と交互に食べることでガツンとした味わいをプラスし、食べている者を飽きさせない工夫を実感する。
メーテリアはポトフを半分ほど食べ終えたところでアルトに声をかけた。
「アルトさん、こんなに美味しい料理をありがとうございます」
「その言葉を聞けただけで、料理を作った甲斐が有るというものです。それに、まだ全てを出した訳では無いですよ」
「まだ.......あっ、デザート!」
今まで忘れていたもう1品の存在を思い出したメーテリアは、更に表情を明るくする。
「ふふ。ええ、そうです。用意に時間もかかりますので、私は一度厨房に戻ります。おかわりはヒメに言ってもらえると助かります。ヒメ、お願いしますね」
「任されたわ」
「ヒメ、おかわりだ」
「アンタは食べるの早すぎよ......」
早速おかわりを要求するアルフィアと、自分のことは棚に上げて引きつった笑みを浮かべるヒメ。メーテリアはそんな二人のやり取りをクスクスと笑いながら眺め、アルトは三人を横目に厨房へと戻って行った。
◇◇◇◇◇◇
手を洗い直したアルトは、棚から取りだした真っ赤なリンゴを薄くスライスし、鍋に水と一緒に入れ火にかける。弱火で2~3分ほど煮出したら火を止め、紅茶用の茶葉を入れて1分ほどした後に取り出す。あとは飲む直前まで放置だ。
次に、アルトはメインとなるデザートの調理に取り掛かった。
常温に戻しておいたバターと牛乳を鍋に入れ、砂糖を加えて強火で温める。沸騰したら火を止め、小麦粉と卵を数回に分けながらよく混ぜ合わせていく。混ぜ終わった生地を絞り袋で均等に絞り出し、あらかじめ温めておいたオーブンに入れる。次は生地に挟むクリームの用意をしていく。
今回使おうと考えているクリームは4種。カスタードとイチゴはつい先日作ったものがまだ残っているので、今から作るのは抹茶とチョコのみ。
鍋で沸騰させた牛乳に砂糖と混ぜ合わせた卵黄と抹茶粉を入れ、中火よりの強火でよく混ぜ合わせながら炊き上げていく。全体につやが出てサラサラとした状態になったら生クリームを加え、全体が緑色になるまで混ぜ合わせる。混ぜ終わったら冷凍庫に入れて急冷する。
並行して沸騰させておいた生クリームを火から下ろし、温かいうちにブロック状のビターチョコレートを加えてよく混ぜる。チョコレートが完全に溶け切ったらボウルへと移し、氷水に当てながらクリームの角が立つまで泡立てる。もったりとした状態になったら、こちらも冷蔵庫に入れて冷やしておく。
これらの作業が終わって数分後、オーブンが時間経過の合図を告げた。表面がこんがりと薄茶色に焼き上がった生地をオーブンから取り出し、それぞれ上部を切り離す。切り終わったら冷凍庫から抹茶クリームとチョコクリーム、冷蔵庫からカスタードクリームとイチゴクリームを取り出し、絞り袋でたっぷりと絞る。加えてイチゴクリームの上にだけは、丸ごと1粒のイチゴを乗せる。最後にクリームの上に切り離した生地の上部を乗せ、上から少量の粉砂糖をふるったら完成だ。
◇◇◇◇◇◇
蒸らしておいた紅茶を温め直してからガラス製のティーポットに移し、平皿に盛り付けたデザートとカップと一緒にトレーに乗せて再び3人の下へと戻った。
「シュークリームの盛り合わせとアップルティーです」
アルトがそれぞれのカップに見とれるほど美しい所作でアップルティーを入れていく。メーテリアは全員の準備が出来たことを確認してから、真っ白な平皿に美しく盛り付けられたシュークリームに手を伸ばした。
まず手に取ったのは、一番シンプルそうに見えたカスタードクリーム。焼きたてのシュー生地からはホカホカとした温かさが伝わって来ていて、メーテリアは躊躇うことなくシュークリームにかぶりついた。
サクリ、という心地いい音が脳に響いた直後、口内に卵と牛乳の香りがふわりと広がった。クリームが一瞬舌先に当たっただけでここまで豊かな甘さを感じさせることに驚くが、思考が停止していてもその口は動き続ける。加えて舌触りも滑らかで、もったりとしたカスタードクリームの重さがダイレクトに伝わってくる。
普段からは考えられないような大きな一口だったため、メーテリアの頬袋にはシュークリームがパンパンに詰まっている。両手で食べかけのシュークリームを持って必死に顎を動かすその様は、さながら冬眠前のリスのようだ。
一口目を飲み込んだメーテリアは残りを二口でペロリと平らげると、一度口内をリセットするために紅茶を口に含んだ。芳醇なリンゴの香りが鼻から感じられ、しかし紅茶自体は一切甘くない。単体で飲む分には少し味気ないかもしれないが、クリームで甘くなった口ではこの紅茶を最大限美味しく楽しめる。
「ふう......」
紅茶を飲み込み一息ついたメーテリアは、残った三つのシュークリームにも手を伸ばす。
まずはチョコクリーム。ビターチョコレートによって生クリームが程よい甘みに抑えられており、シュー生地とチョコレートの相性の良さも相まって非常に食べやすい。
次にイチゴクリーム。かぶりつくと、新鮮なイチゴからシャクリという音が響く。イチゴクリームから感じる甘さと生のイチゴから感じる程よい酸味が混ざり合い、これまたペロリと食べ終えてしまう。
最後は抹茶クリーム。初めて見た抹茶に興味津々なメーテリアは、一度持ち上げて全体を見渡した後、勢いよくかぶりついた。直後、口いっぱいに広がったのは色からは想像のつかないようなまろやかさ。生クリームの甘さを感じるはずなのに、何故か爽やかさを感じて全く重く感じない。いくらでも食べられそうだな、なんて上の空で考えていると、気づけば手に持っていたはずの抹茶シュークリームが消えていた。
紅茶を挟みながら一通り全ての味を堪能したメーテリアは、アルトが用意したナプキンで口元と手を軽く拭ってから幸せそうに息を吐いた。
「はぁ〜〜〜」
「どうでしたか?」
「ものすっっっっっごく!美味しかったです!!!」
「それは良かった」
メーテリアが心の底から美味しいと思っていたことが伝わり、アルトも思わず笑みがこぼれる。横を見るとアルフィアとヒメも食べ終わっており、紅茶を飲んでくつろいでいた。
「アルフィアとヒメもどうでした?」
「凄まじいという一言に尽きる。まず間違いなく、今まで食べた甘味の中で一番美味かったな」
「私も久しぶりに食べたけど、前回抹茶味は無かったわよね?他のと比べても個性が立ってたし、なかなか美味しかったわ」
「それは良かったです」
先程食べた味を思い出して再び幸せの余韻に浸りながら絶賛するアルフィアと、冷静に味を分析して褒めてくれるヒメ。両者の賞賛に笑顔で返したアルトは、紅茶のお代わりの用意や皿の片付けなどの仕事へと移っていった。
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「そろそろ帰るか。あまり遅くなるとヘラが心配する」
「は〜い」
紅茶も飲み終え、4人でしばらく談笑した後にアルフィアが帰宅する旨を告げる。メーテリアも少し残念そうにしながら席を立った。2人がドアの前に立ったところで、アルトが手に持っていた黒い箱をメーテリアへと手渡した。
「えと.......アルトさん、これは?」
「持ち帰り用のシュークリームです。生地を沢山焼いたので用意しておきました」
「やったーーーーー!」
「おい.......本当に料金は大丈夫なのか?」
「ええ。むしろ前回貰った分が多すぎてまだまだ余るくらいですよ。それとその箱は少し特殊なので、足の早いシュークリームでも1ヶ月ほどはもつと思います」
「わかりました!」
「まさかこれも魔道具か.......なら食べ終わったら直ぐ返しに来るとしよう」
アルフィアがドアノブに手をかけ、店内へと振り返った。
「ではな、アルト、ヒメ。また近いうちに来るとしよう」
「アルトさん、ご馳走様でした!ヒメ様もお話してくれてありがとうございました!とても楽しかったです!」
「私も楽しかったわ。また今度続きを話しましょうね」
「2人とも、またのご来店を」
頭を下げるアルトと手をヒラヒラと振るヒメに見送られながら、2人は店を去っていった。
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「姉さん姉さん、料理すごく美味しかったね」
「ああ。ポトフも良かったが、特にあのシュークリームは良かったな」
「アルトさん、良い人だったね」
「........惚れたのか?」
「良い人だったけど、そういう感じではないかなあ」
「そうか」
「んふふ」
「......なぜ笑う」
「いやー先はまだまだ長そうだなーって」