2025年1月7日、ナショナル・ボード・オブ・レビュー・ガラでの伊藤詩織さん Photo by Getty Images

伊藤詩織「Black Box Diaries」問題、性被害者支援の観点から懸念されること

後編

内閣府男女共同参画局の男女共同参画白書(令和6年版)によれば、2023年の調査で「不同意性交等の被害にあった経験」があったと答えたのは女性が8.1%、男性が0.7%。そのうち「誰にも相談できなかった」と言う女性は55%に及ぶ。

性暴力は密室の中で起こる可能性が高いからこそ、証明をするのも難しいし、伊藤詩織さんが顔と名前を出して告発したときの誹謗中傷の嵐を見ても分かるように、風当たりがとても強い。

近年日本で起こる性暴力事件でも、罪を認めていた被告が一転無罪を主張し始めたり、加害者側の言葉が「卑猥な言葉との範疇」で脅迫にはあたらないとして無罪となったりと、「性暴力をきちんと認めさせることの難しさ」を我々は目の当たりにしている。伊藤さんが2015年に受けた性暴力について民事訴訟を起こし、勝訴を勝ち取ったのは、重要な一例でもあり、伊藤さん本人と弁護団をはじめとする支援者たちの熱意によるものだといえよう。

2015年に起きた事件が不起訴となり、民事で争って2020年12月に勝訴の判決となった。Photo by Getty Images

今回、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、海外で多くの映画賞を受賞している『Black Box Diaries(以下、BBD)』は、性被害がどのように扱われているかを明確に示すものでもある。だがいま日本で公開できない理由の「問題」とされているのは、そういう内容のことではない。あくまでも「無許可で使用されている映像が多くある」ことだ。

問題が発覚したとされる2024年7月の試写会を企画した浜田敬子さんと、裁判をすべて傍聴してきた小川たまかさん、ジェンダーと教育やメディアの問題を研究している中野円佳さんによる鼎談の前編では、「何が起きたのか」「何が問題とされたのか」を改めてお伝えした。

後編では、「問題」とされることによる影響を考える。

写真左より中野円佳さん、浜田敬子さん、小川たまかさん Photo by FRaU
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なぜ許諾が問題となったのか

――伊藤さんの元代理人弁護士側が最初に4つの「問題点」を社会に明らかにしたのは2024年の10月の会見だった(1:ホテルの防犯カメラ映像の許諾が取れていないこと、2:捜査官Aの声と姿態が無許可の上で使用されていること、3:タクシー運転手の映像が無許可の上で使用されていること、4:弁護士との協議内容が無断で録音され、しかも切り取られて現実とは異なる印象を与える使い方をされていること)。

さらに2025年2月12日にFCCJ(日本外国特派員協会)で会見を開く予定だったが、この会見は延期になった。理由は、2月20日に伊藤詩織さん側も同日に会見を開き、修正をした映画の試写もするということになったからだ。元代理人弁護士側としては、伊藤さんの主張も聞きたいので同日会見を歓迎し、20日に延期したという。集まった記者たちも、20日に双方の主張を確認ができると期待をした。しかし、20日に伊藤さんにドクターストップがかかり、代わりに資料が配られ、試写会も開催されないままになった。

「BBD」の試写会と伊藤さんの会見はなくなり、午前中の元弁護団の会見のみとなった Photo by FRaU

その後の論争で、「大きな権力の犯罪を暴くためにホテルの映像は使われるべきだ」という意見も出た。

伊藤さんは2017年10月に刊行した著書『Black Box』でも、「大きな権力」との関係を綴っている。加害者である山口敬之氏が著作『総理』を出すなど当時の首相である安倍晋三氏と距離が近かったために、逮捕にストップがかかったという見立てだ。その「逮捕の寸前で警視庁からストップがかかった」ことを証言する人として書籍に登場するのが捜査員Aである。

捜査員Aは映画でも重要な場面に登場する。伊藤さん側の現在の代理人からの資料では「加工・変更して使用」しているとあるが、許諾はなく、酔っている状態のところに伊藤さんが電話を掛けた際の会話の内容なども聞き取れる形で使われている。

また、現代理人は「明確な性犯罪であった本件が権力によってもみ消された事実を社会に示す公益性がある」と主張する。この主張に同調し、今回の元代理人弁護士側の会見に対して、「国家権力と闘っているのだから」「被害者である伊藤詩織さんをたたくのか」等と批判する向きもある。それについて3人はどう思うだろうか。

中野円佳(以下、中野):映画を見ているときは、捜査員Aについては、詩織さんはもしかしたら国家権力の側というか、彼のことも告発したかったのだろうか、と思いました。ジャーナリストは刺し違えるような覚悟で勝負をするというときもあると思うので。

でも、よくわからないのは、映画の中で、著書にAの証言を載せるかどうかについて、逡巡するシーンがあるんですよね。詩織さんはAの証言を載せると彼が仕事を失うリスクがあうことを認識していて、エンドロールでAは職にとどまったことが分かる文章が表示されるのですが、それは本に載せた後の時点の情報だと思うんですよね。だったら映像にしても大丈夫だと思ったのか、本で記すことすら迷ったのに映画では更に踏み込んだプライベートと思える会話も出てきて、それを出してまで優先したかったことは何だったのか。

書籍を読み直すと、Aには感謝している様子もあり、出版後に連絡は取ったのか、それとも彼のことを告発するような気持ちで出したのか、疑問が色々沸く。そのあたりは2月20日に記者会見が開かれれば聞いてみたかったし、意図を説明した方が良かったのではと思います。

2025年2月16日に開催されたEE BAFTA フィルムアワードにて、伊藤さんの左側には映画のプロデュ―サーのエリック・ニアリさん、さらにとなりには編集を務めた山崎エマさんがいる Photo by Getty Images

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