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「〜の癖に」という言葉は自らを蝕(むしば)む呪(のろ)いの言葉

『ドラえもん』を見ていると、ジャイアンとスネ夫のある口癖に気がついた、それがこちらである。

「のび太の「癖に」生意気なんだよ」

そう、よく見かけるのが「〜の癖に」「〜なのに」という否定的言辞であり、これが実はスネ夫とジャイアンのキャラクターの根っこを形成しているのではないだろうか。
普段の言葉遣いにその人の人間性や思考が現れるとはよく言ったものだが、なぜジャイアンやスネ夫はこうやってのび太という自分よりも体格的に弱い子にこんな言葉を放つのか?
単純に作者であった藤子先生がそういう言葉をかけられて育った幼少期を過ごしてきたというだけではなく、その言葉を相手に向けて投げかける恐ろしさを身をもって知っているのだろう。
のび太が藤子先生の分身であるとは本人が公言していたことだが、「〜の癖に」「〜なのに」は「でも」「だって」「しかし」と同じかそれ以上に自らを蝕む呪いの言葉である。

そう言えば、『ONE PIECE』のサンジもゾロ相手にギャグではあるが「〜の癖に」という言葉を使う時があり、具体例としてはワノ国編のこれである。

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「俺よりも懸賞金低い癖に」

ほら、こうやってゾロがひよりを抱き抱えて逃げるだけで嫉妬心からこういう発言をしているのだが、これこそ俺がサンジを好きになれない理由だ。
まあそもそもサンジは初登場からしてそうだが、麦わらの一味の中ではウソップと同等かそれ以上に自己肯定感が低く、コンプレックスの塊ではないだろうか。
ウソップはスリラーバーグ編で自らのことを「ネガティブ」と堂々と宣言していたが、ウソップの場合は自覚があって公言しネタにできるくらいだから可愛いものである。
幼少期に壮絶な餓死寸前の経験をしたことから夢見ることを許されなかった彼は最初ルフィの海賊王という夢やゾロの世界一の大剣豪という野望を腐していた

それは麦わらの一味に入ってもそう簡単に変わるものではなく、表面化しなかっただけで、奥底は麦わらの一味の中で一番自己肯定感が低かったように思う。
ゾロへの対抗心も単にゾロと反りが合わない・気に食わないというだけではなく、己の野望に向かって一直線で誰よりもルフィの信頼を勝ち得ているゾロに対する嫉妬と羨望があったのかもしれない。
だからサンジは一時的に自分がゾロの懸賞金を超えたことに優越感を覚えてマウントを取っていたが、一方のゾロはさほど気にしているわけでもなく、むしろジンベエにすら抜かされたことをいじってすらいた。
こんな風にサンジという人間にはコックとしての圧倒的な才能や紳士的な性格・女好きなどいろんな側面があるが、ことゾロに対してはライバル意識というよりも劣等感のようなものが散見される

ここから伺えることとして、「〜の癖に」「〜なのに」という強烈かつ人間の尊厳すら否定しかねない強烈な接続詞を使う人は実はよほどその対象に嫉妬・羨望を抱えているのではないだろうか。

くせに【癖に】
読み方:くせに
[接助]《名詞「くせ(癖)」+格助詞「に」から》活用語の連体形および格助詞「の」に付く。非難や不満の気持ちを込めて逆接条件を表す。にもかかわらず。のに。くせして。「弱い—強がりを言う」「本当は好きな—、そぶりも見せない」
[補説] 打ち解けた会話に用いられる語。「のに」の場合よりも難詰や非難の気持ちが強い。また、「なによ、何も知らないくせに」のような終助詞的用法もある。

辞書でも書かれているように、「〜の癖に」という言葉を使う人は奥底に自身が相当なルサンチマン(仏語で「怨恨・遺恨・復讐感情」)を溜め込んでいる人だというのが私の持論である。
かつて5chやXで私を叩いていた人、そして今なお同じように私を叩き続けている人の言葉遣い・思考のパターンを分析すると結構な割合で「〜の癖に」「〜なのに」という否定の接続助詞を用いている
そういう意味ではネットで誹謗中傷をしている人の発言を見てその言葉遣いや文体から心理を考えてみるのは結構面白い。
私だって人間だから他者を攻撃することくらい余裕であるし、むしろ私自身はもうそれがデフォルトみたいなところはあるが、相手に向かって「〜の癖に」「〜なのに」という言葉遣いをしたことは殆どないのだ。

最近特に友人から言われたことだが、私はどうやら「ネガティブだと思い込んでいるだけで根っこはポジティブなロマンティスト」らしく、最近では自分でも「そうかも」と思い始めている。
よくよく考えれば、いい意味で「勘違い」させてくれるような人が私の周りにいるし、そういう人たちは波動が高いから一緒にいるうちにいい影響を与え合って相乗効果で伸びていく。
しかし、「〜の癖に」「〜なのに」という言葉遣いを普段からしている人たちの中で波動が高い人たちは見たことがないし、そういう人たちは私の目の前からほとんど姿を消した
人に向かって放った言葉はそれが直接的であれ間接的であれ自分に跳ね返ってくるし、「人を呪わば穴二つ」という言葉があるように、他人に向かって強い否定をすることは自らの可能性を閉ざしてしまっている。

誰とは言わないが、人様を批判するときにこういう言葉遣いをしてしまうのは日本の学校教育の中にある「見えない階級」のようなものがその人の「楽しさ」「自由度」「幸福感」を自然と決めているからだ。
「3月のライオン」という漫画にこんな1コマがある。

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少年期に形成された自分の立ち位置や他人からの評価は大人になっても意外と引きずることが多く、その頃にあまりいい思い出がなかったりいじめっ子・いじめられっ子だったりした人は潜在意識に深い闇を横たえている
そしてそういう人たちは他人が幸せであることや何かに必死になって頑張っていることが許せない、他人を認めてしまうとまるで自分がちっぽけに感じられてしまうという負の感情と向き合いたくないから必死に否定するのだ。
それが結果として「〜の癖に」「〜なのに」という言葉になって現れるのではないだろうかと思うと、実は『ドラえもん』において一番弱い卑怯者は他の誰でもないジャイアン・スネ夫ではないだろうか。
方や力自慢だけが売りのマッチョ野郎に、方や一人じゃ何もできない小心者、家庭でもそれぞれに殴られる蹴られるのが当たり前の奴と小さい頃からなんでも欲しいものを買い与えてもらって甘やかされた小金持ち。

そういう家庭環境の中で育ってきた経験が彼らの思考・波動・行動・言動の全てを作り上げたわけだし、だからこそ自分よりも弱いのび太を自分の下に無意識に置くことで優位性を保持しようとする
実はクラスの人気者と呼ばれるやつの大半はこういう風に自分の力を誇示して自己顕示欲を外に出さなければ気が済まない人が多く、根っこにあるのは報われないネガティブな感情ではなかろうか。
私は人と接した時にその人の思考・言動・行動などのあらゆる癖を見ながら「ああ、この人はこういう人かな」というのを事実ベースで客観的に見て、その人との接し方や言葉遣いを選ぶところがあったと母に言われる。
だから、クラスメートのことも担任の先生のことも「まあこの人にはこういういいところがあるから」みたいな感じで見ていて、「〜の癖に」「〜なのに」という主観的な判断をしたことはない

感情的に嫌いとかはもちろんあるが、だからと言ってその人に何かしてやろうということも別になく、私自身の星が銀の鳳凰座(午未天中殺)だからというのもあるが、事実ベースで判断できることしかジャッジをしないのだ。
「カーレンジャーは正義のジャッジメントをしない!」ではないが、「〜の癖に」「〜なのに」という否定的言辞が口を衝いて出てくる人を見ていると気の毒になる。
きっと恵まれない人間関係の中で心根のさもしい人として育てられてきただろうことが何となくであれわかってしまうし、そういう人たちが何を一番羨むかというと批判している人の幸せだ。
ジャイアンとスネ夫はどこかでのび太の方が羨ましいのではないかと思うし、サンジだってゾロのことが羨ましくて仕方ない、そんな風に読み取れて最終的には微笑ましくなる。

だからだろうか、ネットで私を必死に叩いてる人たちも結局のところは私のことが羨ましくて仕方ないのだろうなと思えるようになって、そういう救いようのない者を俯瞰しながら鼻で笑うのが最近の楽しみだ。
こういうのを酒の肴にして楽しむのもまた1つのエンターテイメントではないかと思いながら、楽しく生きている。

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コメント

6
冬野
冬野

まぁ「癖に」とか「嫉妬」って基本的には「見下してる人が自分より良い思いをしている」時に現れるモノだと思うんですよね。

(まぁ「のび太」君が出来杉君を嫉妬する事はあっても、出来杉を馬鹿にするのでは無くて「自分も出来杉みたいになりたい」って感じでまた違いますが。)

言われた方も呪われてしまいますが、言ってる方もその人に呪われてる感じはして、面白いですよね

ヒュウガ・クロサキ
ヒュウガ・クロサキ

>伊藤さん

いいことも悪いことも、相手に向けた言葉は自分に跳ね返ってきますからね。
批判するなら覚悟とスキル、信念がなければただの悪口にしかなりません。

ヒュウガ・クロサキ
ヒュウガ・クロサキ

>さき姫さん

無印信者が02の大輔をやたら批判していたのは最終的に活躍しまくっている大輔が妬ましいんでしょうね。太一からゴーグルと勇気を奪い、さらには彼が8人がかりでも成し遂げられないことを次々成し遂げてしまったのですから。まさにタケルやヒカリと同じです。

ヒュウガ・クロサキ
ヒュウガ・クロサキ

>冬野さん
そう、「癖に」「なのに」という否定的な文句をぶつけないと済まない人たちは相手が自分と違って幸せだったり自由だったり、輝いていたりすることが認められないのです。

のび太は勉学が得意じゃないだけで頭の回転は早いし、大学にも一応きちんと出て自分で会社興せるくらいには天才ですから、単なる力自慢とも親の脛齧りとも違います。

相手に向けて放つ言葉は自分自身をも苦しめてしまう荒縄です、使い方にはぜひ用心しましょう。

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「〜の癖に」という言葉は自らを蝕(むしば)む呪(のろ)いの言葉|ヒュウガ・クロサキ
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