1926年、英仏の首都を結ぶ国際列車が構築されました。
英国のロンドンからドーバー海峡を越え、フランスのカレーからパリを結ぶ英仏連絡急行
アート@フレッシュドール-k
その列車のシンボルマークは【黄金の矢】
欧州大陸側の列車名は、、、フランス語で【黄金の矢】を意味する
Fleche d' Or【フレッシュ・ドール号】と名乗りました。


英国側とフランス側、2本の急行列車・ドーバー海峡はフェリーで接続するカタチで英仏連絡急行【黄金の矢】が構築されました。
英国側 ロンドン~ドーバーは英語の【GOLDEN ARROW
フランス側 カレー~パリはフランス語の【Fleche d' Or 】と名乗りました。
所要時間はロンドン~パリでざっくり7時間の旅路。。。ゆえに両列車とも居食にこだわってます♪ 喰うか、くつろぐか、の2択だしなw
poster
《1929年の英仏両国の【黄金の矢】運転告知ポスター》
英国@ゴールデン・アロー号、、、そしてフランス側@フレッシュ・ドール号。。。
・・・2種の列車名を使うワケは、各国を代表する国際列車がゆえ!
英仏は昔っから仲がいいのか悪いのか? 相互乗り入れ車両って発想すら無かったよぉですw ヤレヤレ
それぞれの首都を結ぶというコトで、どちらの国も世界に恥じない豪華車輌を投入♪


【GOLDEN ARROW ゴールデン・アロー号】
1924年にロンドン~ドーバーでプルマン社による豪華急行【コンチネンタル・エクスプレス号】運行開始。英仏連絡を担っており、CIWLでは【ロンドン・プルマン】と称して宣伝していました。
1926年、フランス側@フレッシュ・ドール号の運行開始。
1929年に『ドーバー海峡【黄金の矢】専用フェリー@Canterbury【カンタベリー】号』就役。
同時に【コンチネンタル・エクスプレス号】の名称を【ゴールデン・アロー号】に変更!
英仏連絡急行が【黄金の矢】というキーワードで統一!強固なイメージ戦略完成です!
運営はプルマン社。車輛は英国で製造したサロンカーを使用。
英国@サロンカーの内容は後述のフランス@プルマンカーと同様、大型テーブルをはさんで1+1@二人掛け席を基本とした開放キャビンと個室を有する1等車のみで組成されていました。
Golden Arrow 
《画像は第2次大戦後に復活した英国側@ゴールデン・アロー号をモデル化したHornbyの広告》
機関車のボイラーカバーにでっかい【黄金の矢】をあしらったパシフィック機@【Battle of Britain class】(バトル オブ ブリテン)は日本人の目には異様に映りますなぁ(^^:


【プルマンカー】
1920年代、米国@プルマン社は昼行列車用サロンカーを保有運用していました。
1923年にプルマン社とCIWL(ワゴン・リ)社は協定を結び、欧州大陸で昼行サロン列車(のちのプルマン・エクスプレス)の運行がCIWLの業務に加わるコトになりました。
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英国ではプルマン社のサロンカーのことを『プルマンカー』と称していました。
そこでCIWL社でも『既存の1等車とコンセプトもサービスも超越した運用のサロン車』を【プルマンカー(voiture Pullman)】と呼称することを切望。米国@プルマン社から承諾を得ることに成功しました。この当時、すでにプルマン社@欧州支部といえるほどCIWL社とプルマン社は蜜月関係にあったので自然な流れかと♪


【Fleche d' Or フレッシュ・ドール号】
1926年、英仏連絡急行@フランス側【フレッシュ・ドール】が満を持して運行開始。
カレー~パリでCIWL(ワゴン・リ)社が運用。車両は英国&フランスで新造された
【Pullman type Fleche d' Or 】フレッシュ・ドール型プルマンカーが充当されました。
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英国のゴールデン・アロー号と同様、茶+アイボリーのツートーンカラーに白塗屋根の装いで『一対で英仏連絡急行』であることをアピールしていました。
フレッシュ・ドール号@担当車輛には【丸窓の上@幕板部】と【向かい獅子@紋章の両脇】に『列車名:黄金の矢』をイメージした《矢印@シンボルマーク》があしらわれました。
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4人掛けテーブルを備えた個室と2掛けテーブル備えた開放キャビンで構成され、開放キャビンには喫煙席と禁煙席との境に仕切が設けられていました。大型でクッションの効いた椅子は床に固定されていません。重厚な木材で構成された内壁と厚い絨毯に包まれた空間は落ち着きます。車体自体は全鋼製というのも静寂性・高剛性に貢献しているのでしょう。。。
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内装は高級木材のマホガニーを使い、当時の流行美術様式であるアールヌーヴォー調の寄木細工などの装飾が内壁や仕切り壁に施されました。また大型椅子は完成後の搬入は不可能だったため、艤装中のキャビン内で椅子職人が組み立て・最終仕上げを行ったそぉです!
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手前からRivarossi 9555@WSP + Rivarossi 9660@WSPC + Rivarossi 9552@Fg 
【1等座席車@WSP】+【キッチン付き1等座席車@WSPC】の2両で一対とし、行き届いたケータリングサービスを提供!WSP+WSPCの一対で組成するサービス形態は、のちのプルマンエクスプレスの基本組成となります。このケータリングサービスは独逸@初代ラインゴルトにも影響を及ぼしたよぉです♪


【フレッシュ・ドール号 専属 荷物車】
この《フレッシュ・ドール@カラー》となっている荷物車No1283M。プルマンカーと同じく腰板に金モールが施され編成美に貢献してくれます。
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が!?このRivarossi製@品番9552 はNIOEに買い取られた後に食堂車No2741D合わせて塗装した1980年代以降の姿をモデル化したモノでした!

実は『フレッシュ・ドール号の荷物車』は普通の荷物車には無い特徴を持っていました!
画は1926年・着岸したフェリーからの見たカレー港の光景。
kare-
ドーバー海峡を渡ったフェリーは欧州大陸・フランス@カレー港に入港♪
英仏連絡急行のフランス側起点駅@カレー港駅は
岸壁自体が駅でした!
下船したら目の前に豪華列車@フレッシュ・ドール号が待っていました♡

荷物車No.1260-1262の3両がフレッシュ・ドール号専属で運用されていました。
フレッシュドール@荷物車-l
岸壁に着岸したフェリーから荷物を直接積める利点を生かした荷物車@答えがコレ!
車輌の両端にコンテナを2個ずつ搭載できるキワモノ!国家の威信を物流で示す心意気♪
しかし、コンテナを車載した豪華急行列車って、、、なかなかできる発想じゃないよねw
珍車としてかなりソソられます~♡ 残念ながらNゲージとしてのモデル化はありません。
自作モデルならコチラをご覧いただけると心地ヨイかと♪



【CIWL@プルマンカー遍歴】
1920年代はCIWLの『プルマンカー』だけで組成された豪華列車【プルマン・エクスプレス】が欧州各地で運行され、第二次大戦勃発までの短い期間がCIWL@全盛期でした。。。
1926年、フレッシュ・ドール型プルマンカー・シュド型プルマンカーが〔茶+アイボリー〕の装いで運用開始。
1927年《2等プルマン》エトワール・デュ・ノール型プルマンカー登場!プルマン・エクスプレス大躍進の年でした♪
1929年にコートダジュール型プルマンカーが【紺+アイボリー】の装いでデビュー!すると、、、
それまでのプルマンカー群も〔茶+アイボリー〕から【紺+アイボリー】へとカラーリング変更されます。以後【紺+アイボリー】がCIWL@プルマンカーの標準色となるのでした!
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 手前が【コート・ダ・ジュール型プルマンカー】:奥の側窓8枚が【フレッシュ・ドール型プルマンカー】
最終的にフレッシュ・ドール型@30両・準フレッシュ・ドール型(側窓8枚の形態で個室無し・通称:無印プルマン)50両・
コート・ダ・ジュール型@34両製造。 2等プルマンのエトワール・デュ・ノール型@40両製造。
最初期プルマンカーで車両半分が個室のシュド型@15両製造。 以上がCIWL@プルマンカーの陣容でした。

最上位プルマンカー@コート・ダ・ジュール型プルマンカーが登場すると、プルマン・エクスプレスの筆頭であるフレッシュ・ドール号にも投入されました。玉突きで【フレッシュ・ドール号】から撤退したフレッシュ・ドール型プルマンカーの半数近くが【2等プルマン化】や【食堂車化】されました。
※【2等プルマン】個室の設定無し・開放キャビンで2+4席を採用・収容人数重視のプルマンカー。CIWL@鋼製食堂車よりシートピッチが広い程度。1等プルマンに対しリーズナブルな価格設定とはいえ、従来の1等車より格上。 
現在のVSOE食堂車のタネ車@エトワール・デュ・ノール型プルマンカーは《2等プルマンカー》として登場。

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Arnold 3907 CIWL blau Salonwagen mit Küche  Ep.2からEp.3へ仕様変更(屋根@グレー化・高速台車換装) 
【食堂車化】されたフレッシュ・ドール型プルマンカー。キャビンは個室廃止、2人+4人掛け席の食堂車仕様に変更。外装はCIWL@鋼製食堂車と同じ紺+黄帯化されました。


そして第二次世界大戦が勃発すると1939年にはプルマン・エクスプレスは運行休止に追い込まれます。
第二次大戦後にいち早く復活したフレッシュ・ドール号でしたが戦争で発展した航空機により需要は落ち、1961年にプルマンカーの連結廃止。普通の英仏連絡列車へと成り果て、、、、英国側のゴールデン・アロー号も1972年に廃止。輝かしい名列車の幕は下ろされたのでした。。。
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このようにCIWLのプルマンカーは昼行豪華列車として運用するための車輌だったのでした。
豪華寝台列車の食堂車として使われるようになったのはVSOEやNIOEの独自な運用ってお話しなのですよん。

ちなみに、現在運用しているVSOEは【往時の英仏連絡急行】をリスペクトしています。かつては史実通りフェリーでドーバー海峡を横断!カレー近郊@ブーローニュ港駅からVSOE@CIWL車に乗り込んでいました。
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現在はドーバー海峡をユーロトンネル経由でバスで移動。しかし、いまだに欧州大陸側起点がカレー駅としているのがリスペクトの一端かと♪




【おまけ:難儀!Nモデル@フランス蒸機】
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さてさてフレッシュ・ドール号の牽引機はパシフィック機の231Eが有名です。
先進的な蒸気機関車の設計者設計者アンドレ・シャプロンの名を取って【シャプロン・パシフィック】や【スーパーパシフィック】の異名を持つ4気筒の高性能蒸機です。

塗装もフレッシュ・ドールにあわせて茶色に~と言いたいところですが、、、
実はこのマルーン色はフランス北部鉄道@Nord(Chemin de Fer du Nord)の標準色です。
Nord鉄道はパリからカレー、そしてベルギー方面へ路線を伸ばしていました。
231e-N&S
1936年にフランス国内主要5社と国鉄が統合されフランス国有鉄道(SNCF)となりました。
その際、緑色ベースの塗装となりました。赤いラインが洒落ています。
現在フランスはミュールーズにあるシテ・デュ・トラン(Cité du train)旧称フランス鉄道博物館に〔3.1192 NORD 231E〕が保存されています。
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Rivarossi/Atlas 9180/2197   SNCF  Pacific Chapelon 231E〔231E13〕 Ep.2
Nゲージモデルでは1970年代~80年代初めにRivarossi社がモデル化以来見かけません。
茶色ベースのNord仕様と、黒ベースに黄色ラインのSNCF仕様が製品化されていました。
緑色ベースに赤色ラインの洒落た姿が好みなんですが・・・
実車のSNCF仕様は黒と緑があったよぉなのでヨシとしましょう(●´ω`●)
どぉもフランス車のモデルをNゲージで揃えるのはかなり困難でありますぅ。。。


以上、英仏連絡急行からのCIWL@プルマンカー遍歴話でしたん♪


2023.09.17.画像更新・不適切箇所修正・本文レイアウト変更。