非常に長い歴史を誇るCIWL(ワゴン・リ)は1870年代まで遡るコトができます!
が、NゲージモデルとしてCIWLを楽しむとなると1920年代からの鋼製車両となるかと・・・
が、NゲージモデルとしてCIWLを楽しむとなると1920年代からの鋼製車両となるかと・・・
【新しい概念!】
CIWL(ワゴン・リ)とは車両リース会社だということはご存じかと思います。

全盛期の1920年代後半、欧州各地に寝台列車や食堂車運営・はたまた昼行豪華急行@プルマンエクスプレスを運営!欧州の鉄道網に不可欠なサービスとまで昇華していました。
第一次大戦で敗北したドイツは『鉄道こそ国威発揚の場』と奮起!
プルマンエクスプレスと同等の豪華列車@コンセプトを有した国際列車を構築!!!
その名も高き【ラインゴルト】を登場させるほどCIWLの存在は絶大でした!!

『ライバル同士@列車単位で併結!?』
プルマンエクスプレスや国際寝台列車の車内サービスはCIWLが行いましたが、列車運行は各国の鉄道会社が受け持っていました。
受け持った鉄道会社の都合で、こんな運用も存在したそぉな!?

画:1928年・SBB@スイスにて。『DIE PULLMAN-WAGEN』より引用。
前5両がCIWL@プルマンエクスプレス・エーデルワイス号、その後ろにDRG@ドイツ国鉄・ラインゴルト号が併結されてる画像です。これは運行を担当したSBB@スイス国鉄が『競合相手だろぉが知るか!コッチの都合優先!!一緒に繋げちゃえ』ってコトだそぉな。
例えるならJR東@カシオペアとJR西@トワイライトエクスプレスが併結してJR北海道を走ってるってイメージかなΣ(・ω・ノ)ノ
【列車単位から、車両単位の混結へ・・・】
第二次世界大戦後、敗戦国となったドイツは終戦後しばらくの間、国際列車での食堂車運用を連合国から禁止されていました。そんなドイツの食堂車事情を救ったのが連合国側のCIWLでした。

一時期ではありますが、あのラインゴルトの名を引き継いだ優等国際列車さえもCIWLの青いプルマンカー改装の食堂車にお世話になったのでした。
1950年運行開始のフランス代表列車ミストラル号ではステンレス車体のvoiture DEV INOX編成に一等車としてプルマンカーと鋼製食堂車が組まれていました。

そして豪華列車=CIWL車両であった時代から、各国の一般的な国際列車に食堂車や寝台車としてCIWL車が混結されて運行される時代へと移り変わっていくのでした。
また、CIWLの鋼製食堂車は【CIWLの車輌リース撤退後】に各鉄道会社のカラーリングに塗り替えられつつも使用された個体もありました。

引退後もプルマンカーや食堂車は保存車両に選ばれ、いまだに現存する個体も多いよぉです。特にスペインではイベント運転されるCIWL車@動態保存車が多くみられます♪
【ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス@NIOE】
NIOEは1988年当時、スイスの旅行会社イントラフルーク社が保有し【クルーズ列車】として欧州で企画運行されていました。
『NIOEのCIWL車両だけで組成したクルーズ列車を日本まで運行♡』
それが来日したオリエントエクスプレス'88の正体だったのでした!

そのNIOE、、、かなりムフフな編成で欧州各地をクルーズ運用してたみたいです♪
1998年のNIOEのワンシーン。左側にCIWLのプルマンカーNo4080がチラ見してますが、中央の茶色とアイボリーの車輌は実はCIWLではありません!ラインゴルト@初代車です!!
CIWL@Lx寝台車やプルマン車の同期、かつライバルのDRG@ドイツ国鉄・ラインゴルトの初代車も一緒につなげて【ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス】と名乗って堂々と運用していたのでした!!

とある日の【NIOE@ノスタルジー イスタンブール オリエント エクスプレス】 編成は運行毎に組成するので順不同です。
この日は判別できる範囲で、 Ae477@NIOEカラー + CIWL@バケージ+ 謎車 + CIWL@コートダジュール・プルマンWSP + DRG@ラインゴルトx2 以下略な組成だった模様。

NIOEはCIWLのプルマンカーや寝台車をはじめ、ラインゴルト@初代車やドイツ@MITROPAの食堂車などをサロンカーやクルーズ客車に仕立て複数所有していました。しかし固定編成にすることなく、時には他の動態保存車輌まで借り上げて運用したりと・・・歴史ある豪華車輌をつなげて走るけど【編成美】無視!な潔さがウリだったよぉです♪
しかし!、、、コレって鉄道模型やってる人なら誰でも夢見る編成ぢゃない?っかと♪

鉄道模型ならレール軌間と連結器さえ合えばどんな車輌だって連結できるワケです。
そんな遊びココロをリアル@鉄道車輌でやってのけちゃったのがNIOEだったりします!
『夢列車♡伝説の彼方に・・・』

NIOEは1988年当時、スイスの旅行会社イントラフルーク社が所有していました。
残念なことにイントラフルーク社は1992年ごろに経営破綻。
引き継いだミッテルトゥールガウ鉄道(MThB)も2002年に経営統合。
その後『もとNIOEの車両群』はスイスの欧州横断鉄道株式会社 Transeurop-Eisenbahn AG (TEAG)の所属となりました。
今まで出生@デフォルトのカラーリングだった『もとNIOEの車両群』の大半は2003年から2005年にかけて、【車体の下半分とドアを紺】【上半分を白】【幕板部と窓枠に細い紺帯】のツートンカラーに統一したカラーリングに変更されました。
そんな中、オークションで売却されることになったCIWL@プルマンカーがコチラ。

【箱根ラリック美術館所蔵車 コートダジュール タイプ プルマンカー WSP@No4158】
幕板のロゴはTEAGによって書き換えられましたが、車体の塗り替え前にオークションに懸けられたのでプルマンカラーは死守!伝統の姿で来日を果たしました♪
2007年に商標名【オリエントエクスプレス】の使用に関してオリエント・エクスプレス・ホテルズ(VSOEの運営会社)とフランス国鉄(SNCF)によって訴訟を起こされ『オリエントエクスプレス』を名乗る運行が不可能となり『NIOE』の名称は破棄されました。
かわりに新生クルーズ列車【 "GRAND-EXPRESS-EUROPEAN Train de Luxe"】と名乗りますが、2010年以降はTEAG自体の活動は行われていない状況です。

どぉです?史実は小説より奇なりです。。。
遊び方は【if】でもいいんぢゃね?

いやさっ!【if】だからいいんぢゃね(^^♪
積み重ねてきた歴史と格式。。。それゆえにワゴン・リに許された楽しみ方だと思います♪
2023.09.10.本文&画像見直し
CIWL(ワゴン・リ)とは車両リース会社だということはご存じかと思います。
全盛期の1920年代後半、欧州各地に寝台列車や食堂車運営・はたまた昼行豪華急行@プルマンエクスプレスを運営!欧州の鉄道網に不可欠なサービスとまで昇華していました。
第一次大戦で敗北したドイツは『鉄道こそ国威発揚の場』と奮起!
プルマンエクスプレスと同等の豪華列車@コンセプトを有した国際列車を構築!!!
その名も高き【ラインゴルト】を登場させるほどCIWLの存在は絶大でした!!
『ライバル同士@列車単位で併結!?』
プルマンエクスプレスや国際寝台列車の車内サービスはCIWLが行いましたが、列車運行は各国の鉄道会社が受け持っていました。
受け持った鉄道会社の都合で、こんな運用も存在したそぉな!?
画:1928年・SBB@スイスにて。『DIE PULLMAN-WAGEN』より引用。
前5両がCIWL@プルマンエクスプレス・エーデルワイス号、その後ろにDRG@ドイツ国鉄・ラインゴルト号が併結されてる画像です。これは運行を担当したSBB@スイス国鉄が『競合相手だろぉが知るか!コッチの都合優先!!一緒に繋げちゃえ』ってコトだそぉな。
例えるならJR東@カシオペアとJR西@トワイライトエクスプレスが併結してJR北海道を走ってるってイメージかなΣ(・ω・ノ)ノ
【列車単位から、車両単位の混結へ・・・】
第二次世界大戦後、敗戦国となったドイツは終戦後しばらくの間、国際列車での食堂車運用を連合国から禁止されていました。そんなドイツの食堂車事情を救ったのが連合国側のCIWLでした。
一時期ではありますが、あのラインゴルトの名を引き継いだ優等国際列車さえもCIWLの青いプルマンカー改装の食堂車にお世話になったのでした。
1950年運行開始のフランス代表列車ミストラル号ではステンレス車体のvoiture DEV INOX編成に一等車としてプルマンカーと鋼製食堂車が組まれていました。
そして豪華列車=CIWL車両であった時代から、各国の一般的な国際列車に食堂車や寝台車としてCIWL車が混結されて運行される時代へと移り変わっていくのでした。
また、CIWLの鋼製食堂車は【CIWLの車輌リース撤退後】に各鉄道会社のカラーリングに塗り替えられつつも使用された個体もありました。
引退後もプルマンカーや食堂車は保存車両に選ばれ、いまだに現存する個体も多いよぉです。特にスペインではイベント運転されるCIWL車@動態保存車が多くみられます♪
【ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス@NIOE】
NIOEは1988年当時、スイスの旅行会社イントラフルーク社が保有し【クルーズ列車】として欧州で企画運行されていました。
『NIOEのCIWL車両だけで組成したクルーズ列車を日本まで運行♡』
それが来日したオリエントエクスプレス'88の正体だったのでした!
そのNIOE、、、かなりムフフな編成で欧州各地をクルーズ運用してたみたいです♪
1998年のNIOEのワンシーン。左側にCIWLのプルマンカーNo4080がチラ見してますが、中央の茶色とアイボリーの車輌は実はCIWLではありません!ラインゴルト@初代車です!!
CIWL@Lx寝台車やプルマン車の同期、かつライバルのDRG@ドイツ国鉄・ラインゴルトの初代車も一緒につなげて【ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス】と名乗って堂々と運用していたのでした!!
とある日の【NIOE@ノスタルジー イスタンブール オリエント エクスプレス】 編成は運行毎に組成するので順不同です。
この日は判別できる範囲で、 Ae477@NIOEカラー + CIWL@バケージ+ 謎車 + CIWL@コートダジュール・プルマンWSP + DRG@ラインゴルトx2 以下略な組成だった模様。
NIOEはCIWLのプルマンカーや寝台車をはじめ、ラインゴルト@初代車やドイツ@MITROPAの食堂車などをサロンカーやクルーズ客車に仕立て複数所有していました。しかし固定編成にすることなく、時には他の動態保存車輌まで借り上げて運用したりと・・・歴史ある豪華車輌をつなげて走るけど【編成美】無視!な潔さがウリだったよぉです♪
しかし!、、、コレって鉄道模型やってる人なら誰でも夢見る編成ぢゃない?っかと♪
鉄道模型ならレール軌間と連結器さえ合えばどんな車輌だって連結できるワケです。
そんな遊びココロをリアル@鉄道車輌でやってのけちゃったのがNIOEだったりします!
『夢列車♡伝説の彼方に・・・』
NIOEは1988年当時、スイスの旅行会社イントラフルーク社が所有していました。
残念なことにイントラフルーク社は1992年ごろに経営破綻。
引き継いだミッテルトゥールガウ鉄道(MThB)も2002年に経営統合。
その後『もとNIOEの車両群』はスイスの欧州横断鉄道株式会社 Transeurop-Eisenbahn AG (TEAG)の所属となりました。
今まで出生@デフォルトのカラーリングだった『もとNIOEの車両群』の大半は2003年から2005年にかけて、【車体の下半分とドアを紺】【上半分を白】【幕板部と窓枠に細い紺帯】のツートンカラーに統一したカラーリングに変更されました。
そんな中、オークションで売却されることになったCIWL@プルマンカーがコチラ。
【箱根ラリック美術館所蔵車 コートダジュール タイプ プルマンカー WSP@No4158】
幕板のロゴはTEAGによって書き換えられましたが、車体の塗り替え前にオークションに懸けられたのでプルマンカラーは死守!伝統の姿で来日を果たしました♪
2007年に商標名【オリエントエクスプレス】の使用に関してオリエント・エクスプレス・ホテルズ(VSOEの運営会社)とフランス国鉄(SNCF)によって訴訟を起こされ『オリエントエクスプレス』を名乗る運行が不可能となり『NIOE』の名称は破棄されました。
かわりに新生クルーズ列車【 "GRAND-EXPRESS-EUROPEAN Train de Luxe"】と名乗りますが、2010年以降はTEAG自体の活動は行われていない状況です。
どぉです?史実は小説より奇なりです。。。
遊び方は【if】でもいいんぢゃね?
いやさっ!【if】だからいいんぢゃね(^^♪
積み重ねてきた歴史と格式。。。それゆえにワゴン・リに許された楽しみ方だと思います♪
2023.09.10.本文&画像見直し
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