長い眠りから覚めた家計の金融資産は行き場を探している。成長のための資金を求める事業会社にとって、大きなチャンスだ。社債や株式の購入を機にファンになってもらえれば、本業にも収益をもたらす。
2023年、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールドHOKKAIDO」を核とする「北海道ボールパークFビレッジ」が札幌市のベッドタウン、北広島市に開業した。
サッカー場40面以上に相当する敷地面積約32万平方メートルの広大なレジャー拠点は、総工費約600億円をかけて建設された。実は、親会社の日本ハムはこのうち200億円を個人投資家から調達した。
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資金調達の新たな扉を開く
愛称を「北海道日本ハムファイターズボンド」と名付けられた個人投資家向けの無担保社債は、22年10月に起債された5年債で利率は年0.37%。「野球場にはファン、つまり個人客が多く訪れる。アピールのチャンスにもなると見込んだ」。日本ハム経理財務部の住吉直樹担当部長は狙いをこう語る。
別の事情もあった。22年は約40年ぶりの急激な金利上昇の年であり、世界の中央銀行が相次いで利上げに動いていた。「機関投資家向けに起債するには、良くない環境だった」(住吉氏)。日本ハムはそれまで発行した経験がなかった個人投資家向け社債で、資金調達の新たな扉をこじ開けた。
新球場のアピールも兼ね、1席数万円するプレミアムエリアの観戦チケットを抽選で贈るといった、ファン心理をくすぐる特典も話題に。SBI証券などネット上で販売したファイターズボンドはわずか50分で完売した。「個人向け社債は効果的な資金調達の手段だと分かった。今後も機会があれば検討したい」。住吉氏は確かな手応えを感じている。
個人向け社債に着目しているのは日本ハムだけではない。アイ・エヌ情報センター(東京・千代田)によると、23年の個人向け発行総額は2兆1542億円と、過去最高だった09年の2兆1602億円に迫る勢いだった。新型コロナウイルス禍で経済活動が停滞した20年の3.7倍に増えた。24年は8月時点で既に2兆832億円に達しており、15年ぶりの記録更新が見込まれる。
1万円から買えるデジタル社債
若者も買えるように1万円単位と少額の社債も登場している。一例が、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用するデジタル社債で、セキュリティートークン(ST)債とも呼ばれる。20年施行の改正金融商品取引法で発行が解禁された。発行企業が社債の保有者を把握しやすく、自社商品やサービスなどの特典を付けやすいのも特徴だ。
丸井グループは自社のクレジットカード「エポスカード」の会員向けに22年から24年5月にかけて4度、デジタル社債を最低購入単位1万円で発行した。証券会社経由で販売する通常の社債と異なり、発行企業が個人に直接販売できるのもデジタル社債の特徴だ。その経験で見えたのは若い層から資金を集められる可能性だった。
22年のデジタル社債と同じ時期に証券会社経由で売り出した通常の社債(約13億円分)は1口100万円ということもあって、30代以下の購入者は人数ベースでわずか4%にとどまった。これに対し同年のデジタル社債は調達額こそ約1億円を2回と少額だったが、30代以下の比率が38%に達した。
「顧客のエンゲージメントの向上にも効果が見られた」とデジタル社債プロジェクトの担当者は話す。第1回のデジタル社債に申し込んだクレジットカードのゴールド会員は、社債申し込み後6カ月間のカード利用額が前年同期比で平均11万円増え、非申込者の3万円増を大きく上回った。社債で消費者と結びつくことが、資金調達だけでなく本業の収益にもプラスになることを示す成果だった。
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