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2011-09-04 Sun 20:06
96時間のバスに乗ってサンパウロからリマにたどり着きました。
思ったのが、環境が整ってれば別に何時間でも苦じゃないなーと。96時間バスの旅と言っても、一日は24時間しかないわけで、24時間のバスに4日連続で乗ってると思えばどうということはありませんでした。個人的には揺れが激しいバスとか船に30分乗ってる方がよっぽど精神的に辛いと思います。 1日目 なんの問題もなくバスは定刻通りに発車しました。一番不安だった座席はまぁまぁ広くてリクライニングも十分で一安心。人数的に一人で二つのシートを使えたのでこれも嬉しい。幸先は順調です。 一人遅刻しそうな人がいたけど、もし乗り遅れてたらどうするつもりだったんだろう。乗客は20人いないぐらいかな、思ったより多かったです。乗車と同時にサンドイッチのサービスがあったんですけど、思えばこれが罠でした。 結局この日の食事休憩は1回。昼ごはんが終わった後はずっとお腹をすかせてました。朝は食事が出たので、夜も何か出るだろうと期待した僕がバカでしたね。昼食休憩のときに何か夜用に買うべきです。 2日目 朝起きたら外は昨日と変わらない景色。ブラジル出るまでの60時間ぐらいはずーっと同じ景色でした。 この日の食事休憩はしっかり2回あったかな。昨日の反省で、1回目の休憩でたくさん食事を買い込んだ僕は負け組。 この頃からだんだんみんな仲良くなってきます。そりゃ4日間苦楽を共にする仲間ですからね。乗客の間の会話はほぼスペイン語なんですけど、一人英語ができる青年がいたのでその人に通訳してもらいながら僕も会話に参加してました。 バスの車内ではだいたい映画がやってます。スペイン語の吹き替えでスペイン語での字幕って言う完全にアウェーな環境ですけど、なにもないよりはマシです。アクション映画はまぁなんとなくわかる。4本目ぐらいの片腕の女の子がサーファーとして頑張る話は感動しました。 3日目 この日の13時ぐらいにようやくペルーとブラジルの国境に到着です。ここで意味不明に4時間待たされました。言葉がわからないのでホントに意味不明。乗客のみんなも状況がわかってない感じ。でも、4時間後にようやく出発ってなった時に「ようやくだー。行こうぜー。」みたいにみんな笑ってたのがすごい印象的で、清々しくていいなと思いました。 この後、ペルー側のレストランを経営してる現地の夫婦にいきなり日本語で話しかけられたのには驚きました。しかも「日本人はしばらくですね」ってぐらいの達者ぶり。聞けば平成元年から8年ぐらい日本で働いてたそうです。旦那さんはイラン人で奥さんはペルー人。娘さんが日本で産まれたと言っていたので、日本で会ったのかな?愛に国籍は関係ないですよね、うん。 4日目 朝起きたら見覚えのある景色。クスコに戻ってきました。まさかあの山の模様をもう一度肉眼で見ることになろうとは思いませんでした。一ヶ月前のことが色々思い返されます。 そしてここで考える。ナスカ方面に行くならここで降りたほうが一日無駄にしなくてすんだんじゃないかと。まぁ買っちゃったもんはしょうがないからリマまで行きます。 新聞に書いてあった”美しい景色”のことは、たぶんこのクスコからリマへの道のことなんでしょうけど、通ったことあるので別段何も思いませんでした。綺麗ですけど。そういえば今回は高山病的な症状は全くと言っていいほど感じませんでした。やっぱり気持ちの問題ですね。 て感じで今現在、リマにいます。 バスで最後まで一緒だった10人ぐらいは、車内で流れる音楽で一緒に歌ったり、アンティクーチョを見つけてみんなで騒いだりするぐらい、本当に仲良くなりました。お菓子を分け合ったりジュースをみんなで飲んだり、なんか修学旅行のバスに乗ってる感じだったので長旅も全然苦じゃなかったです。別れの時はやっぱり寂しかったなー。 みんなありがとう!ちゃんと名前を覚えてくれてありがとう! |
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2011-09-05 Mon 23:28
最近カメラを持ち歩かない出会い系パッカーです。
4日間バスに乗り込んだときも、最初は「せっかく人が滅多に通らないルートだから面白い写真いっぱい撮るぞ!」って意気込んでたんですよ。でも結果的にブログに載せれるような写真は一枚もなし。二日目ぐらいからカメラはずーっとカバンの中でした。理由?わかりません。どうしてでしょう?昔の撮影に対する情熱はどこへいってしまわれたのか・・・。 そして今日の話。3日目のブラジルの出国審査で4時間待たされたので、リマに着くのも遅れるかなーと思うじゃないですか?予定より2時間早い朝4時に着きました。ちゃんと休憩もとってたのに、なにがどうなってそこまで時間が短縮されたのか全くもって不明です。たぶん運転手さんが頑張ってくれたんでしょうね。 ただ、早く着いたはいいものの朝4時なんて動ける時間じゃない。仕方ないのでターミナル内で夜明けまで時間をつぶそうと思ったら、タクシーの運転手が「もうここのバスターミナルは閉まるから出て行かないといけない。俺が安いホテルまで連れてってやるよ」と話しかけてきました。こんな場所で締め出されて一人になったらそれこそ危ないので、仕方なく連れて行ってもらうことに。値段は”30”をまけてもらって”10”にしてもらいました。 そしてボられました。 最初のホテルが高すぎたので、別にもう1軒回ってもらったんですがホテルの値段はどこも似たり寄ったり。時間も時間なので諦めて予定の2.5倍ぐらい高いホテルにチェックイン。まぁこれはしょうがない。 ただ、タクシーの料金の単位が「ソル」じゃなくて「ドル」でした。しかも2軒回ったので20ドル要求されました。しかも場所はバスターミナルから徒歩10分ぐらいで行ける上に、この2軒は目と鼻の距離にあるんですよ。アホらしくなってきました。通貨の確認をしなかった自分も悪いのでしょうがないっちゃしょうがないんですけど、タクシーは怖いですね。 そしてそのホテルも朝5時にチェックインしてチェックアウトがその日の昼12時。なんかもう踏んだり蹴ったりな朝でした。なんかこの時点で一日がすでに終わった感覚。 その後、見知った地区に移動して、一ヵ月半前にも泊まった安宿に辿りついたのでした。 近くの中華街で沖縄そば食べたり、泊まってる日本の人に色々興味深い話を聞いたり、やっぱり知ってる場所は落ち着きます。あとチュロスはやっぱり美味しいね。 最近手抜き感があるので、明日は久々にカメラ持ってぶらぶらしようと思います。とは言え、明後日からフライト三昧なのでゆっくりできるのは最後の日なんですけどね。 そしてお察しの通りナスカとイカは行けません。もとい、行きません。また今度ね、また今度。機会があれば。 今日の豆知識:宿にチェックインする時に出国カードが必要な場所もある 今日の出会い:愉快な方々 南米で5年ほど絵を描きながら生活すると言う計画を実行中の芸術家さんとか、フェリーパイロットと言うとても珍しくて面白そうな職業に就かれている方。みんなすごい。本当に色んな人がいます。 |
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2011-09-08 Thu 15:57
半年振りに日本に戻ってきた出会い系パッカーです。
日本だよ、日本。なんか変な感じ。 場所を問わず、数え切れない程様々な人からの支えがあったからこそ、今こうして何の問題もなく日本の地に立っていられてます。 この旅に関わってくれた全ての方々、本当にありがとうございました!出会い系パッカーは2011年9月9日をもって無事旅を終えました! そして、それと同時にこのブログも終わりを迎える時がきました。 自分のわがままで始めたこの世界一周。そんな自分を待ってくれたり心配してくれたりしてくれる人もいる。そういう人たちに何ができるかな、と自分なりに考えて書き始めたのがこのブログです。 世界中のどこにいても毎日このブログで無事を知らせ、無事に帰宅することが、どんな綺麗な写真やお土産よりも大事なこと、そう思いました。今でもそう思ってます。待ってる人、帰る場所があるからこそ183日間続けられた”生存報告”でした。 まぁ便りがないのは元気な証拠とも言いますけど、便りを出せるなら出すに越したことはないですからね。だからお土産がなくても怒らないでください。 と、同時にこのブログは僕の記憶そのものでもあります。 ブログの構成を考えながら写真を撮ったり、どういう書き方をしたら見てくれる人により伝わるだろうと考えながら観光してたり、毎日毎日書いてるうちに、いつの間にか旅の中でこのブログが大きな存在になっていました。ブログを読み返せば、その日の記憶が鮮明に蘇ってくるぐらい書きこんだ日もありました。見てくれている人がいるとわかれば、それだけで本当に大きな力になります。 コメントをくれた人、ありがとう。拍手をしてくれた人、ありがとう。そして読んでくれていた全ての人、ありがとう。 このブログを読んで少しでも一緒に旅をしてる気分になってくれてたら嬉しいです。 そして自分の話。 この半年間、大変だと思うことはたくさんありましたけど、帰りたいと思ったことはありません。 ヒマだなーと思ったことも結構ありましたけど、寂しいと思ったことはありません。 それぐらい毎日が楽しかった。毎日が出会いで、毎日が刺激。トラブルだって考えようによっちゃ滅多にない経験。計画通りにいかないことなんて日常茶飯事でしたけど、この半年間大きな病気もなく、笑って済ませられないレベルのトラブルに遭わなかったのはこの旅最大のラッキーだったんじゃないかなと思います。 後、旅を続けてるうちに日に日に色んなことに対して感謝の気持ちが強くなっていくのが自分でもわかりました。そして、一人じゃ何もできないんだってこともわかってきました。一人でやってるつもりになってただけのことがどれだけあったか。知らない内に色んなものに守られてたんだなーと実感した半年でもあります。 途中から”出会い系パッカー”として人との出会いを意識し始めて、改めて人と人との交流の素晴らしさを認識したりもしました。言葉の壁だって仲良くなるのにそんな大した問題ではないと言う事も肌で感じたりもしました。あのハンガリーでなんとなくつけられた”出会い系パッカー”がここまで大きな意味をもつとは思いませんでしたよね?本当に。 今では自分が初代”出会い系パッカー”だと言うことに誇りを感じてるぐらいです、ははは。 とにかく世界は本当に広い! 半年間色んな場所に行ってみて色々見て知るつもりが、逆に知らないことがさらに増えたばかりか、行ってみたい場所も増えました。まぁ捉え方によっちゃ半年間遊んでただけですし、実際そう言われても仕方ない。だから正しいか正しくないかかなんてわかんないですけど、旅をしながら世界を五感で感じることができて、日本の良さを再認識できたことは決して無駄にはなってないと思いたいです。 旅の途中で無数の別れ道がありました。その分選択肢もありました。それでも迷いながら選んできた道が今の出会いと自分を形作ってると考えると、無意味なことなんて一つもなかったような気がします。 この旅で出会った全てのものが宝物です。全ての出会いに感謝します。 出会い系パッカーばんざい! おしまい。 最後の豆知識:ヨーロッパの女性より断然南米の女性の方が綺麗だと思います。個人的に。 |