「あ、あのリューさん……僕も分かってはいますけど、そんなに露骨に距離を取られると、流石の僕も傷つきます……」
「すいませんクラネルさん。他の三人は微弱でしたが、貴方にはその香りが随分と染みついてしまっているので。本拠に帰ったらシャワーを浴びてください」
「そ、そうですね……」
『竃火の館』までの帰り道。
ベルとリューの二人は横に並んで歩いているものの、それは道の両端にそれぞれ分かれて歩いており、ほぼ他人のような状態だった。
しょんぼり顔で道を歩くベルに、リューは嫌悪感を若干滲ませた澄まし顔で夜の間に何があったのか、その詳細を聞いてくる。
「それでクラネルさん、まだ貴方から詳しい事情を聞いていませんでしたね。アーデさん達とはぐれてから、貴方の身に何があったのですか?」
「えっと、それがですね……」
夜の間に何があったのか、それを順繰りに説明するベル。
リリとヴェルフからはぐれてしまい、その後すぐにヘルメスに会ったこと。
助かったと思ったら、ヘルメスはベルの事情も聞いてくれず、用事があるからとすぐに何処かへ行ってしまったこと。
その後は一人で帰ろうとしたが、アイシャという名前のアマゾネスの娼婦に捕まってしまったこと。
そのまま【イシュタル・ファミリア】の本拠まで強引に引っ張られ、その瞬間に恐怖のあまり逃げ出したこと。
その後はレベル5らしき人も合わさって、アマゾネスの娼婦達に追いかけまわされたこと。
逃げ回っている途中で、狐人のサンジョウノ・春姫という名前の優しい娼婦が匿ってくれたこと。
そのままほとぼりが冷めるまで匿ってもらい、歓楽街から脱出するのを手伝ってもらったこと。
と、簡単な事実を並べて、説明を終えたベル。
それを聞いたリューは心底安堵した様子を見せると同時に、狐人の娼婦の名前が出てきたところで驚いているようだった。
そしてそのことについて尋ねてもくる。
「その狐人の娼婦は金髪に翠の瞳で、極東の格好をしてはいませんでしたか?」
「へ? そうですけど……リューさんは知ってるんですか? リューさんみたいな人は、あそことは絶対に関わらなそうなのに……」
「いえ、私ではなくヤマトさんの方です。彼女が歓楽街に行っていたのは、その狐人の少女を探すためだったと、そう聞きましたから」
「あ、それで命さんが夜に本拠から抜け出してたんですね。でも、どうして春姫さんを探してたんですか?」
そこでベルの質問に、今度はリューが命の事情を話してくれた。
命達が春姫と極東にいた頃の幼馴染であったこと。
そのような人物が歓楽街で娼婦をしていると、そういう噂を聞いたこと。
それで居てもたってもいられずに、千草と一緒に夜な夜な探しに行っていたこと。
そこまで聞いて、ベルも何故命が黙って夜に本拠から抜け出していたのかに納得した。
「なるほど。そういう事情だったんですね」
「ええ。やはりヤマトさんは仲間想いで義理堅い人です。説教はヘスティア様と二人でしましたが、聞いたからにはもう怒りませんとも」
「説教はしたんですね。それで、リリとヴェルフはどうしてるんですか?」
「私がクラネルさんを探しに出た時に、ヘスティア様が二人に雷を落としていました。もう夜が明けるので、流石にその説教も終わっているとは思いますが」
「あ……僕が二人からはぐれちゃったばっかりに。帰ったら謝らないと」
「クラネルさんならそう言うと思ってましたが、その必要はありませんよ。元はと言えば、無理矢理貴方を歓楽街に引きずっていったのが悪いのですから」
「あれ? 僕がヴェルフに引きずられたって話、しましたっけ?」
「いえ、ただの推測です。アルフィアのことなら、歓楽街や【イシュタル・ファミリア】には近づくなと、そう貴方に伝えていたでしょうから。ですが、やはり引きずられてしまったのですね。これはさらにお説教が必要なようです」
――ごめんねヴェルフ。余計な事を言って。
遠目に極寒に冷えたリューの顔を見て、頼れる兄貴分に心の中で謝罪する。
リューがベルのことを――というよりはそう教えた義母のことを――歓楽街のような場所に自分から足を運ぶことはしないと、そう信じてくれていたのはちょっと嬉しかったが。
そうして二人は『竃火の館』に帰宅したのだが――、
「あ、あの、リューさん。これ、追加のお説教は必要ないんじゃないですかね?」
「そ、そのようですね、クラネルさん。クラネルさんを引きずってまで歓楽街に連れていったことについては、叱らないでおきましょう」
「なにぃっ!? 帰ろうとしたベル君を無理矢理歓楽街に引きずり込んだだとぉ!? まだ怒られ足りないようだね君達はぁ!!」
「「あっ」」
リビングで正座のまま、真っ白に燃え尽きたリリとヴェルフの姿がそこにはあった。
そして二人の前には一晩中説教をしていたのか、顔に疲れも出始めている処女神の姿があった。
一緒にいると聞いていた命は流石に正座ではなく、ソファに座っていたのだが、それでも苦笑まじりの呆れた顔をベルとリューの二人に向けてきた。
そろそろ終わりが見え始めていたようだが、リューが口走った内容が耳に入ったヘスティアは、ビーンっとツインテールを天井に向かって突き立てる。
怒りが再燃したのか、またもがみがみと説教を開始するヘスティア。
それをもはや聞けてもいないだろう二人の首には、こう書かれた立て札が掛けられていた。
リリの物には『リリはベル様を一人にして歓楽街に置いて帰ってきました』と。
ヴェルフの物には『俺はベルを一人にして歓楽街に置いて帰ってきました』と。
そしてヘスティアはさらにそれぞれにこう書き足した。
『リリ(俺)は帰ろうとしたベル(様)を無理矢理歓楽街に引きずり込みました』と。
「……クラネルさん。貴方は早くシャワーを浴びてきてください。まだヘスティア様の説教は続くようですし、このままではいつ終わるのかもわからないので」
「えっ、で、でも僕が神様を止めた方がいいんじゃ……」
「いいですから。それは私が代わりにやります。ですから貴方はその香りをさっさと落としてきてください」
「わ、わかりました、リューさん」
グイグイと、本当は近づくのも嫌だと思うのに、ベルの背中を押してまでリューは言う。
なのでベルは大人しく着替えを取ってきてからお風呂場に向かった。
館の中を歩いている最中も、ヘスティアの怒鳴り声は聞こえてきた。
そしてベルがシャワーから上がった後も、それはまだまだ続いていた。
◆◆◆
「やっぱり命さんも春姫さんのことを助けたいですよね?」
「当然ですベル殿! 幼馴染を助けなくして、どうして武士を名乗れましょうか!」
「そうですよね。身請けには結構な額がかかるって、ヘルメス様が教えてくれましたし……ただ『殺生石』っていうアイテムは聞いたことがありませんけど」
「そうですね。輝夜殿が何かご存知であればいいのですが……」
ベルと命の二人は春姫を娼館から救出すべく、歓楽街に詳しそうなヘルメスに話を聞きに行き、その足で輝夜が巡回をしているという西のメインストリートを歩いていた。
リューは【イシュタル・ファミリア】が関係しているということで、『星屑の庭』に行ってアストレアに報告をしてくれている。
そしてしばらく二人で輝夜の姿を探していると、桃髪のパルゥムと一緒に歩いている着物姿のヒューマンの後ろ姿を見つけた。
「あっ、輝夜殿ー! 少しだけお時間を頂戴してもよろしいでしょうか!?」
「ん? なんだ、命と兎か。時間なら少しは都合がつくが……私に何の用だ」
遠くから命が声をかけ、二人で輝夜達の元に駆け寄る。
輝夜から何の用だと問われ、それに命が自分の事情を話しながら答える。
「実は自分、サンジョウノ・春姫という極東で高貴な身分だったお方と幼馴染なのですが……」
「なに? サンジョウノだと? そういう話なら……立ち話ではなく、あまり他人に聞かれないような場所がいいな。ライラ、私は少し巡回からはずれるが、いいか?」
「別に構わねえよ。アタシにもあんまり聞かれたくない話なんだろ? アタシは今日の予定通り回ってるからさ」
「すまないな」
命がサンジョウノという家名を出し、それを聞いた輝夜は一度話を遮る。
ライラから一度別れることの許可を取った輝夜は、ベルと命を個室のあるお店に連れてきた。
極東風の料亭のようなお店で、三人で履物を脱いで席に着く。
といっても長話をするわけではないので、軽食を少し頼んだだけだが。
そこで輝夜は殺気を放ちながら、命に話すように促してくる。
「それで命? 三条家の名前を私の前で出したのだから、相応の覚悟は決めているのだろうな?」
なにやら低い声で脅すように言う輝夜にたじろぎながらも、命は話を進めていく。
「先ほども言いましたが、その春姫殿と自分は幼馴染なのです。どういった経緯なのかは分からないのですが、その方が歓楽街で娼婦をしている姿を、ベル殿が見つけてくれたのです。それで春姫殿を助けるために、輝夜殿の御助力を得られないかと思った次第なのですが」
そこまで命が話して、輝夜は己の勘違いに気付いたのか殺気をしまい謝罪する。
「そうか……すまなかったな。脅すような真似をして」
「い、いえ。輝夜殿にも何か事情があるようなので大丈夫です」
やはり輝夜はサンジョウノという家名を知っていたようだ。
しかもそれがベルと命を脅すようなことに繋がるのだから、きっとあまり触れられたくない事情があるのだろう。
命も同じように考えているのか、ベルと顔を見合わせてそのことには触れないようにしようと頷き合う。
そこでベルが話を進めようと口を開く。
「それで輝夜さん。輝夜さんは『殺生石』っていうアイテムについて何か知りませんか? ヘルメス様が言うには、狐人に関係のあるアイテムらしいんです。春姫さんは狐人なので、それで気になって……輝夜さんなら何か知ってそうだなと思ったんですけど」
「確かに三条家は狐人の家系だが……私は『殺生石』という物については知らないな」
「輝夜殿でも知りませんでしたか。ですが、それ以外の事で、春姫殿を救うのにご協力していただけないでしょうか?」
「そうだな……その春姫という娘の事を私は知らん。ただ、歓楽街に狐人――それも三条家の娘がいるというのが気になるな」
「それはどういう意味ですか?」
昨日ベルが見た限り、歓楽街には色んな種族の人で溢れていた。
エルフの人までいたのだから、狐人がいてもおかしくはないだろう。
三条家というのがどんな意味を持つのかベルは分からないが、その疑問に輝夜は答える。
「兎は知らんのか。狐人は妖術とまで言われる強力な魔法を使える種族だ。歓楽街は【イシュタル・ファミリア】の縄張りだからな。その狐人があの派閥と繋がりがあってもおかしくはない」
その答えもなにやら輝夜の中では繋がっている話のようで、ベルと命はいまいち要領を掴めず首を傾げる。
それを見た輝夜は「ああ、お前たちは知らない話だったな」と、詳しい事を説明してくれた。
「実は少し前に【ロキ・ファミリア】の連中が【イシュタル・ファミリア】に襲われてな。その時に怪しげな魔法を使う妖術師がいたと聞いた。狐人と聞いて、それで少し気になっただけだ。その娼婦がどこの【ファミリア】に所属しているのか、それはわかるか?」
輝夜からの問いに、春姫と直接あったベルが答える。
「恩恵は授かってるようでしたけど……ごめんなさい。どこの【ファミリア】なのかまではわからないです」
「そうか。だが【イシュタル・ファミリア】の可能性は十分にある。あの派閥に関わる可能性があるなら……そうだな。私も手伝ってやろう」
「ほ、本当でございますか!? ありがとうございます、輝夜殿」
「良かったぁ。ありがとうございます、輝夜さん」
春姫のことは知らないと言っていたが、輝夜の中では手伝うのに十分な理由があったようだ。
ベルと命は二人揃って輝夜に頭を下げる。
二人が頭を上げてから、輝夜は「それで?」とこれから二人がどうするつもりなのかを聞いてくる。
「お前たちはこれからどうする? 娼婦というのだから身請けでもするつもりか?」
「はい、そのつもりでいます。ですので、これからベル殿とギルドに行って、いいクエストがないのかを探しに行く予定です」
「そうか。だが、強力な魔法を使えるかもしれない狐人だ。仮定の話だが、それをあの派閥がやすやすと手放すとは思えない。私は私で【イシュタル・ファミリア】を調べておいてやろう」
「ありがとうございます、輝夜殿」
「礼には及ばん。他に気になることもあるからな。そのついでだ」
「それでもですよ、輝夜さん。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」
そうやって、再び輝夜にお礼を言う二人。
そして話も終わり、頼んでいた軽食も食べ終わったので、店から出ようと立ち上がる。
そしてベルが靴を履いているところで、なにやら輝夜が二ヤァと嫌な笑みを浮かべていることにベルは気付いた。
――あ、とっても嫌な予感がする。
「それじゃあ輝夜さん。僕達はこれで失礼しますね」
引き攣った笑みを浮かべ早口でそう言って、ベルは急いで個室から出ようとする。
しかし立ち去る前に輝夜にがしっと腕を掴まれた。
レベル6の膂力で掴まれ、ベルは逃げ出すことができない。
命は何が起こっているのやらと、立ったまま目を白黒させている。
ベルがプルプルと震えながら輝夜の方へと振り返る。
そしてやっぱりというか、輝夜は揶揄ういいネタを見つけたとばかりの満面の笑みを浮かべていた。
「あ、あの、輝夜さん? 輝夜さんは早く巡回に戻らないといけないんじゃないんですか?」
早くこの場から逃げ出したいと、輝夜も退店しなければならない理由を述べる。
だが無情にも輝夜にその気はないようだ。
「問題ありませんなぁ。すぐに終わることですし。そうでございますねぇ……これは
「ヒィッ」
邪悪な笑みを浮かべてそんなことを言う輝夜を見て、ベルは小さな悲鳴を上げた。
そして輝夜はベルの腕を放そうとせず、そのままベルが恐れていた事態が起こる。
「さて、兎様? 先程の話だと、どうやら貴方様は歓楽街に行って娼館にも入ったようでしたが……まさかあの妖精様という人がありながら、そのような行為をしてくるとは。なんとも見上げた性根でありますなぁ」
「しっ、してませんよそんなことぉ!?」
「あらあら、
「輝夜さんが変な言い方をするからじゃないですかぁ! それに盛ってもいませんって!」
「本当にそうなのですか? あの生娘妖精と一緒に暮らすようになって、毎夜悶々とした気持ちで過ごしていたのではありませんか? それで我慢できずにと、かような場所まで足を運んだのでは?」
「確かに一緒の【ファミリア】なのは嬉しいですけど、そんな気持ちになったことはありませんよ!」
「それも疑わしいですねぇ。なにせ兎様もお年頃の殿方なのですから。そういった気分になったり考えごとをしたりしても可笑しくはないと、そう
「そっ、そんなことはないですよ!?」
「少々間がありましたねぇ。それに動揺も見られますし。どの程度かは存じませんが、なにやら色々と妄想をしていたようでございますなぁ。そのような顔をしていても兎様もやはり殿方と、そういう訳でございますねぇ」
「僕の顔は関係ないじゃないですかぁ!」
やっぱりこうなったと、顔を真っ赤にしながらベルは思う。
しかも命がいる目の前で、ベルが誰に想いを寄せているのかも暴露された。
命は今回の出来事を正確に把握しているからいいが、それでもそのことを知られてしまったのが恥ずかしい。
ベルがチラッと命に視線を移すと、当然というか、ベルの事を微笑ましい顔で見ていた。
それと同時に、なにやら同士を見るような目でもあった。
そしてベルが命を見ていたので、輝夜もそのことに気付いたのだろう。
その後の輝夜の口から出てきたのは、ベルの想像を軽く吹っ飛ばす勢いの言葉だった。
「これは少し申し訳ないことをしたお詫びとして、良い事を兎様に教えて差し上げましょう」
「い、嫌な予感しかしないんですけど……」
「いえいえ、別に恐がる必要はございませんとも。少しばかり、あの妖精様の性格について、お教えするだけですから」
リューの性格と、そう言われても、ベルはもうだいたい把握しているつもりだ。
まだベルが知らないようなこともあるのだろうかと思っていると、輝夜がベルの耳元に顔を近づけてくる。
「っ!?」
いきなりそんなことをしてきた輝夜にベルはギョッとするも、輝夜はそんなベルにお構いなくそっと囁くように呟いた。
「あの妖精様はむっつりスケベなエルフでございますから。きっと夜中の床に忍び込んでも、嫌がりながら内心は喜んでくれることでしょう。今夜あたりに試してみてはいかがですか、兎様?」
むっつりスケベと、その言葉が頭の中をリフレインする。
あのリューが?
潔癖で高潔なエルフのリューが?
麝香の香りを蛇蝎の如く嫌っていたあのリューが?
むっつりスケベ?
そのようにリューの事を表現され、ベルの頭はその後の言葉を碌に聞き取れもしなかった。
そしてむっつりスケベという言葉とリューの事が頭の中で結びつかず、プッシューとそのまま
「べ、ベル殿ー!」
「おやおや、少々揶揄い過ぎてしまいましたか。命、兎を支えて連れて行ってやれ。ここの代金は私が払おう」
「か、かたじけありません、輝夜殿。ベル殿、私達はギルドに向かいましょう」
命に肩を貸されながら、ベルは「むっつり? あのリューさんが? スケベ? エルフのリューさんが?」なんてグルグルと
◆◆◆
「申し訳ありません、ヘスティア様。私がいながら、クラネルさんとヤマトさんが攫われるような事態となってしまいました。お詫びのしようもございません」
「り、リオン君、そこまでしなくてもいいよ。君でも対処しきれなかった事態だったんだろ? そんなことに巻き込まれてしまったんだったら、ボクが君を叱れるわけないじゃないか」
「ですが、攫った相手はアマゾネスの集団です。あれは間違いなく【イシュタル・ファミリア】の構成員。そのような相手に攫われてしまったのですから、私がこうするのも当然です」
愛弟子と命が受けた高額な報酬の
その冒険者依頼は、ダンジョン20階層で取れる素材の採取。
期限は依頼を受けた日の翌日。
長年【アストレア・ファミリア】で冒険者をしていたレベル4のリューもいる。
そのため初見とはいえ採取だけなら問題ないだろうと、愛弟子と命はその冒険者依頼を受けたそうだ。
その日の残りを準備に費やし、翌日――つまりは今日、五人全員でダンジョンに行った。
知識は叩き込まれている愛弟子と、当たり前のようにその階層を踏破しているリューもいたため、無事に20階層に到達。
そして依頼の採取物を取れたところまでは良かった。
問題は五人で帰ろうとしたところに起きた。
大量の怪物進呈に見舞われた。
それに対処しきったと思えば、さらにアマゾネスの集団にも襲われパーティは分断。
リューは【男殺し】と思われる相手に足止めを喰らい、その間に愛弟子が攫われてしまった。
そしてスキルによって同じ【ファミリア】の人の位置を探れる命が追いかけたが、それも叶わず命も同様に攫われてしまった。
リューが一人であったなら、そのままアマゾネス達を追いかけることができただろう。
だが、リリとヴェルフの二人を20階層に置いていけるわけもなかった。
苦渋の決断でリューはアマゾネス達を追うのを諦め、二人を伴い20階層から『竃火の館』に帰還した。
そしてヘスティアへの謝罪が冒頭の会話である。
リューは輝夜が見ても綺麗だと認めざるを得ないほど、それはそれは整った土下座をヘスティアに披露していた。
ヘスティアにやめるよう言われるも、リューは土下座を続けたまま。
リューがそこまでするのを見て、リリとヴェルフはおろおろとするだけで役に立たない。
何故かこの場にいる輝夜は、珍しいものを見れたとばかりに、リューの土下座姿を目と記憶に焼き付けている。
それに業を煮やしたのか、ヘスティアは声を張り上げてリュ―に命じた。
「やっぱり君は頑固だね! 主神命令だ! ちゃんと立ち上がってくれ!」
「っ……わかりました、ヘスティア様」
主神命令と、そこまで言われてしまえば流石のリューも立ち上がる。
そしてリューが立ったところで、ようやく輝夜が口を開いた。
「やっと帰って来たと思えば、兎も命も攫われてしまったのか。だが、これで【イシュタル・ファミリア】に抗争を仕掛けられる口実もできたな」
抗争を仕掛けると、穏やかでない表現をする輝夜。
何故輝夜がここにいるのかという疑問もそこそこに、リリが輝夜に問いかける。
「輝夜様、抗争を仕掛ける口実とは、いったいどういう意味なのですか?」
「それは私がここに居る理由も含まれているが……今夜には貴様達が助けようとしていた春姫が殺される可能性がある、そう分かったからだ」
春姫が殺されると、そう言った輝夜に全員が目を見開く。
そして輝夜は自分がこの場に居る経緯を話し始めた。
「今日は巡回がてら南の歓楽街まで行ったのだがな、
元々【イシュタル・ファミリア】は色々と怪しい噂が立っている派閥だ。
【ロキ・ファミリア】が襲われた件や【ヘルメス・ファミリア】がクノッソス関連で南を調べるというのも聞いていた。
そのついでに輝夜は春姫に関する情報も集めたのだろうと、リューはそう結論付ける。
そしてその『殺生石』の儀式が問題なのだろう。
輝夜は目を細め、表情を険しくしてその儀式について語り出す。
「これが醜悪な儀式でな。満月の夜が条件だそうだが、『殺生石』というアイテムに狐人の魂を閉じ込めるらしい」
「魂を閉じ込める、ですか? それはいったいどういった意味があるというのです?」
ついリューは口を挟んでしまい、それを輝夜に「黙って聞いてろ青二才」と久々に青二才と呼ばれ、思わず口を閉じた。
「その『殺生石』では魂を閉じ込められた狐人の魔法が使えるようになる。たとえ粉々に砕かれても、その破片にも力が宿る。魔剣と似たような物だ。先程も言ったが、魔剣なんかよりも醜悪だがな。吐き気がする、人の命を代償に魔法を使えるアイテムを創り出すなど」
「ですが、その狐人がまだサンジョウノさんと決まった訳ではないのではありませんか?」
今度はまっとうな質問だったので、特に罵倒されることもなく輝夜は言い続ける。
「それはそうだが、あの派閥の団員名簿にサンジョウノ・春姫という名前は載っていなかった。狐人の団員や娼婦がいるという話もない。不自然な程にな。故にだ。このような儀式をしようとしているなら、その存在を秘匿しようとするだろう。私はその可能性が高いと考えている」
そう自分の推測を語った輝夜に、ヘスティアは礼を言いながら助力を求めた。
「そうかい。色々と命君の為に調べてくれてありがとう、輝夜君。それで、ボク達はこれからベル君と命君を助けに行こうと思ってるんだけど、君達も協力してくれるかい?」
「ええ、私も命には指導をつけている身ですから。当然助力いたします、ヘスティア様」
「ありがとう輝夜君。リリルカ君、ヴェルフ君、リオン君。君達も覚悟は決まっているんだろう?」
「当然ですヘスティア様。ベル様と命様を助けたいに決まってるじゃないですか」
「そうだなリリ助。俺だって、あいつらに何かしら仕返しをしないと気が済まねえ。仮にあんた達がいなくたって、俺は乗り込む気だったからな」
「そうですね。元はと言えば、私が不覚をとってしまったのが原因ですから。その罪滅ぼしも兼ねて、全力でクラネルさんとヤマトさんの救出に当たります」
「ああ、頼んだぜ。ボクからはタケのところにもお願いしに行こう。輝夜君たちがいれば十分だとは思うけど、命君も攫われてしまったからね。彼等も命君と春姫君を助けたい筈さ」
そう話がまとまり、それぞれが行動に移る。
輝夜は事情の説明とアリーゼ、ライラを呼びに、一度『星屑の庭』に帰った。
リュー達は気休め程度に休息を少し挟み、武装の準備を整えて、集合場所の『女主の神娼殿』付近に向かった。
ヘスティアはタケミカヅチの元へ行き、事情を全て説明して、桜花達も『女主の神娼殿』に行くことが決まった。
◇◇◇
「アリーゼ君と輝夜君がいるから大丈夫だとは思うけど……助け出す前に、ベル君が何かされてないといいんだけど」
タケミカヅチの所に説明に行き、一柱『竃火の館』で己の眷属達の帰りを待つヘスティア。
チクタクと時計の針が進む音だけが聞こえるも、それを邪魔するかのように館のチャイムが鳴らされた。
「ん? 戻って来るにしては早くないかな? はーい、今出ますよっと」
玄関に行き、扉を開ける。
ヘスティアの目の前に現れたのは、一柱の女神と一人の女性。
「あれ、アストレアじゃないか。どうしたんだい? 輝夜君から事情は伝わってると思ってたんだけど」
「そのことは聞いてるわ、ヘスティア。用があるのは私じゃなくて、この子の方だから」
そう館を訪ねて来た女神――アストレアに言われ、ヘスティアはもう一人の人物のことをよく観察する。
神々にも劣らない美しい女性だ。
波打つ灰色の長い髪。
閉じられた両の瞼。
漆黒のドレス。
それらの特徴を見て一人の人物が思い当たるも、ヘスティアが口を開く前にその女性が話しかけてきた。
「貴様がヘスティアか? ベルが世話になっているな」
「あ、ああ。ボクがベル君の主神のヘスティアだけど……君はもしかしてベル君のおb、ふぎゃっ!?」
叔母さんと、そう言いかけたヘスティアの頭の頂点にドゴォっとヤバイ音を鳴らしながら衝撃が走った。
知覚不能。
回避不能。
防御不能。
全知零能の身をもってしても、それがなんなのかわからなかった。
わかったのは、ただひたすらに全身が痛いという結果が残っただけ。
涙目になって頭を両手で押さえ「ぎゃあああああ!!」と悶えうずくまるヘスティアを余所に、その人物は言葉を並べる。
「いくらあの子の主神で、これから私の主神になる神だからといっても、殴るぞ?」
「もう殴ってるよ!!」
これは聞いていたよりも想像以上に苛烈な人物だと、ヘスティアはその女性への認識を改める。
痛みも引いてヘスティアが立ち上がったところで、女性は話を進めてきた。
「それで? 今あの子はどこにいる? 館からは人の気配を感じられないが」
「それは……ちょっとボクの眷属達は野暮用があってね。それで、ベル君も含めて全員出払っているんだ」
ベルとリューから、彼女に歓楽街のことについて話して欲しくはないと、そうお願いされている。
実際にヘスティアの目から見ても、これは言わない方がいいだろうなと、そう思って言葉を濁した。
そのことを察したのかはわからないが、それでもこの場では追及しないようで納得してくれた。
「……そうか。では早速で悪いが、改宗の儀式をしてもらおうか」
「うん、わかったよ。ベル君からもそう聞いてるしね。アストレアはどうするんだい?」
「私は本拠に帰るわ。あそこを無神にするわけにもいかないし、お邪魔するのも悪いもの」
「そうかい。もう日も落ちてるから気を付けてね」
「心配ありがとう、ヘスティア」
そうしてアストレアは一柱『星屑の庭』に帰って行った。
神が一人で夜の街を歩くのは心配だが、アストレアのことだから大丈夫ではあるだろう。
「それじゃ、ボクの神室に行こうか。ついてきてくれ」
「ああ」
そうして女性を神室まで案内し、さあ改宗の儀式をしようとしたところで、ピタリとヘスティアの手が止まった。
「ステイタスは待機状態にしてあるだろう。さっさと済ませろ」
「い、いや、確かにそうなんだけど……君は【アストレア・ファミリア】じゃなかったんだっけ? ここには【ヘラ・ファミリア】ってあるんだけど」
「それのことか。心配ない、許可は貰っている」
「いや、そうじゃなくて。改宗の猶予期間の方の話さ。一年は経っているのかい?」
「……」
「黙秘は許さないぜ?」
「ちっ、これだから神の相手というのは面倒極まるのだ」
「君みたいな子供なら、そう思っても仕方ないのかもしれないね。それで? どれぐらい【ヘラ・ファミリア】に戻ってから時間が経ってるんだい?」
「……二か月だ」
「おいおい、それじゃあ改宗できないじゃないか。ヘラだって、まだ下界にいるんだろう?」
「これは貴様等神々が勝手に決めた規則だろう。そんなもの私の知った事ではない。それに、これを破ったところでいったいどんな罰がある? ヘラもオラリオに戻って来ることはない。故に、貴様が気にすることなど微塵もない」
「急に饒舌になったね。そんなにベル君と同じ【ファミリア】にいたいのかい? 別にあと十か月待てば改宗も普通にできるし、しなくたってここに居てもいいんだぜ?」
「……ふんっ。子供の母親がそれを望んで何が悪い? 所属がヘラの眷属なのは、オラリオでは体裁が悪いというのもある。こんな事を私が気にしなくてはならないのは癪だが、それであの子の身に何をされるのか判ったものではない。私が何もさせないが、四六時中見ることは叶わんからな」
「確か追放されちゃったんだっけ? 君の言うことももっともだけど……はぁ。ボクは炉の女神でもあるし、そういうのには弱いっていうのもある。本当はボク達が決めたルールを破りたくはないんだけど……仕方ないか」
自分で言った通り、ヘスティアは仕方なく改宗の儀式を済ませる。
指をプスリと針で刺し、神血を垂らして改宗を進める。
その間に彼女のステイタスを見ていたのだが、レベルを見ては驚いて、しかしとあるスキルを見て、ヘスティアはとても柔らかい笑みを浮かべた。
「はい、改宗の儀式は終わったよ」
「感謝する。ところで、先程何か隠した様子だったな。あの子が本拠にいないことが私に知られると、芳しくない事情でもあるのか?」
「ん? そうだね。スキルにも現れる程ベル君を大切に思ってると分かったなら、これは伝えておかないといけないね」
「その言い回しだと、今あの子に危機が迫っているように聞こえるが、なんだ?」
「実はね、今日ベル君が【イシュタル・ファミリア】の構成員に攫われてしまってね。今はみんなでその救出に……って、もういない!?」
いつの間にか神室の窓が開いていて、彼女はそこから飛び出したようだ。
これまたあまりにも速すぎて、ヘスティアの目には何も映らなかった。
「まあ、あんなスキルが出てるぐらいだから、そりゃこうもなるか。本当に親子だね、君達は」
アルフィア
Lv.8 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :H148
耐久 :I96
器用 :H180
敏捷 :H183
魔力 :G238
魔導 :B
耐異常:D
魔防 :D
精癒 :D
覇光 :H
音波 :I
《魔法》
【サタナス・ヴェーリオン】
【
【ジェノス・アンジェラス】
《スキル》
【
【
【
【
・
・生命力の向上
・体力及び精神力の
・状態異常及び呪詛の無効化
・
・戦闘継続時間により効果拡大
・
・
・
【
・既詠唱魔法の保持権
・保持可能数は階位依存
その日、現オラリオの最強にして最凶が、夜の歓楽街に解き放たれた。