私達姉妹がオラリオに来た理由は、二つのある。
一つは、神の恩恵を得ることで、病に対抗するため。
私達姉妹は、何の因果か、同じ病を患っている。これを直す手段を探すには、どうしても時間がかかるだろう。であれば、その時間を稼ぎ、なんなら恩恵で幾らかでも快方に向かうことの期待できる神の眷属となる。同じような希望を抱き、眷属となった者がいることを知ったなら、誰もが試す方法だろう。
もう一つは、オラリオが腕利きの治癒術士の集う場所と聞き、そこに希望を見出したからだ。
神々が集い、多くの冒険者が生まれるオラリオでは、優れた治癒術士が誕生しやすい土壌がある。普段から冒険者を癒す経験の多さは、様々な治癒魔法を生み出し、そのおかげで生き永らえた者もいるという。そういった噂には事欠かない場所なのだ。
こうしてオラリオに来た結果、私達はヘラ・ファミリアに拾われ、当初の目的の一つ、眷属となることはできた。恩恵は確かに身体能力を高め、病の進行を抑えてはくれたが、そこまで。それでも時間を稼げたなら、何もしなかった時よりは時間をかけての治療も可能になるはずだ。
しかし、治療には莫大な費用が掛かる。では、どうするか。オラリオには、その答えもあった。オラリオにあるダンジョンでモンスターを倒せば、外に比べれば高品質の魔石を得ることができる。そして、それは高額で取引され、莫大な富を得ることに繋がるという。であれば、体の弱いメーテリアはともかく、まだまともに動ける私が稼ぐよりほかないとの結論に至るのは、そうおかしなことではない。
より早くより強くなり、強力なモンスターから良質な魔石を得て、資金を稼ぐ。私はそのためにひたすらダンジョンへと潜り、治療費集めに奔走。そんな時、特定の階層に居座り、助けを求めれば必ず助けてくれるという盾持ち冒険者の噂を聞いた。
「余裕のあることだ」
噂によれば、その冒険者は無償でポーションを差し出し、殿を務めるという。この時の私は、正直にいって荒れていた。毎日のように潜れども治療費は遅々として貯まらず、以前よりマシとはいえ悪化していくメーテリアの病状は、私から心の余裕を奪っていたのだ。
そんな中、ようやく資金をかき集めて治療に臨んだのだが、残念ながら多少の体調改善程度に留まってしまう。
それがランクアップ直後のこと。何もしないよりはマシと、今後も治療費を集めて繰り返すしかないと落胆していた時、再び聞いた噂。私を上回る最速ランクアップを、あの偽善者が成し遂げたというのだ。
何の柵もなく、健康な身体を持ってすれば、必死に戦わなくとも簡単に強くなれるのか。そんな見当違いの苛立ちを、見知らぬ誰かに向けるほど、私は余裕がなかった。
そして、メーテリアの要望もあって参加した祝いの席。仲間に囲まれて、何の苦労も知らなさそうな整った容姿の男に出会う。
クラネルのように騒がしくないだけが救いだと嫌々参加していた中、僅かでも得る物があればと、どうやって強くなったかを聞けば想像以上にストイックだったことに驚きはあったが、所詮それだけのはずが。
「あれ、急に楽になった?」
祝いの場で起きた奇跡。急に咳き込んだメーテリアに、彼の魔法を試すと、そんな言葉とともにあっさり発作が収まり。目の前の現実に、すべてを忘れ歓喜したとして誰も責められまい。私より重篤なメーテリアの発作を、その場で癒す。これほど劇的な効果など見たこともなければ、そこまでの期待すらしていなかったのだ。
その後、どれだけ高額であろうと支払って見せると覚悟していたのだが、彼パーシアスは何も望まなかった。しかも、定期的に訪れては無償で治療を施し、そのたびに改善されていくのだ。
「今日も良くなったよ、信じられないよね」
「ありがたい話だな」
「姉さんは、頼まないの?」
「今はいい、メーテリアが一段落したら頼むとしよう」
「そっか、無理しないでね?」
「ああ」
ただただ姉妹で感謝し、笑顔で快方を喜ぶだけの他愛もない会話。そんな思いがけず手に入れた奇跡の日々。
だが、奇跡だなどと浮かれていた私は見てしまったのだ。治療中にマナポーションを使用するなどという、一般的にはありえない状況を。
「なにか私にできることはないのか?」
そう彼に申し出たのは、感謝の気持ちは当然だが、それを大きく上回る申し訳なさからだった。優秀な治癒術士ですら一時凌ぎにしかならないのに、あれだけ効果のある魔法が普通な訳などなかったのだ。おそらくだが、今までもずっと相当な無理をしていたはずで、魔導士としてその可能性にすら思い至らなかったことを心から恥じた。
そんな彼の望みは、後衛の紹介。これから先を見据えれば、ダンジョンを潜る際に必要となるのは理解できるが、あまりにも無欲な願い。にも拘らず、私は条件を付けた。今までの境遇が、人を簡単に信じることに強い拒否感を植え付け、反射的にそう答えてしまったのだ。
だが、そんな私に彼は理解を示した。誰を紹介するにしても、相手を知ることが重要で、そこに信頼関係が無ければ何事も始まらないとまでいってくれた。
この状況は私が作ったもの。であれば、なんとしても団長の許可を取らなければならん。
「メーテリアにも、話しておく必要があるな」
意気込んだ私は、そんなことを呟きながらホームに戻ったのだった。
◇◆◇
メーテリアに話せば。
「いつもお世話になってるけど、私には無理だから……」
などと、しおらしいことをいいつつ、間接的に私が協力することを強請られ、団長に話せば。
「マキシムには釘を刺しておくから、貴女の思うようにやってみなさい。ただし、後悔のないように最善を尽くすのよ?」
と、なんとも意図が読み難いものの許可を得ることはできた。その結果を伝えれば相手方もファミリアの許可が取れたとのことで、予定日にギルドで落合い、ダンジョンに潜る。
以前、祝いの席でも最低限武装してることに気づき、密かに驚いたのだが、今日はその比ではなかった。頭部を除き、全身を覆う重厚な鎧。意図はわからぬが、装備された四つもの盾から恐ろしい重量であることは容易に想像できる。腰には鞘に入った剣を備え、手に持つ武器は見たこともない特殊なモノ。
「随分と重装備なのだな」
「俺は守るために鍛えてますからね。より重くして、不測の事態であろうとすべて受け止められるのが理想です」
「守るため、か」
すでにメ―テリアは、魔法による病の治療で、命を守られている。以前は、どんな富豪かお人よしの偽善者かと思っていたのだが、冷静になった今、そこまでの色眼鏡では見ていない。とはいえ、命を預けられるかと問われれば、否。
だからこそ、見極めるのだ。メ―テリアのためならば、守ってやるのは吝かではないが、その程度の力量ならこの先は危うい。ならば恨まれようとも意思を折って危険から遠ざける。そうさせないでくれと心に秘め。
「行きましょう。モンスターはすべて引き受けますから、ついて来てください。壁や後ろなどには十分注意を」
「ああ、わかった」
事前打合せの内容を確認した彼に返答して、後を追った。
◇◆◇
遅くもないが早いともいえない、そんな速度での移動。私が後衛などといったから、気遣ってるのであれば。
「いつもこの速度か?」
「いえ」
「最速で構わない」
「わかりました」
グンと速度が上がり、ステイタスの高さが伺える。装備からいって力と耐久はかなり高いだろうと思ってはいたが、敏捷も相当だ。私は魔力と敏捷に特化しており、器用さも高レベル。他はそれなりだが、そんな私とほぼ互角なのだから。
移動しながらの戦闘にも慣れているのか、撃破したモンスターの魔石を掴み取り、ドロップアイテムも見逃さず、次々と撃破。あっという間に13層手前まで到達すると、速度を緩めた。
「備えを確認しながら、一度休憩しましょう」
「ああ」
準備といわれても特にないが、彼は火精霊の護布を装備して、武器の点検を始める。それにしても特殊な武器だな。
「切断も打撃も扱うのだな」
「選り好みして不利になるぐらいなら、有効な手段を準備します。一撃の差が、明暗を分けるかもしれないでしょう?」
確かに。技術的には何か一つに特化した方がいいと思うのだが、彼の言い分もわかるのだ。実際、キラーアントの甲殻には打撃が有効だし、それ以外はどちらも効果がある。だからといって打撃一辺倒がいいかと問われれば否であり、取り回しを考えれば切断が優位でもあるし。
「……そうだな」
そうこう考え答えた後、しばしの静寂が訪れる。あの男が喧し過ぎるというのもあるんだろうが、同じ男でも彼の落ち着いた静けさは、私にとって心地よい。そして不意に立ち上がる彼に、体力の回復が済んだと察して声をかける。
「行くか?」
「ええ」
無駄のない必要最低限のやり取りを済ませ、私達は中層へと踏み入った。
◇◆◇
アルミラージもヘルハウンドも、当然上層のモンスターも関係ない。攻撃範囲に入れば、まとめて切り裂き、あっという間に駆逐する。上のレベルを見たことのある私だが、このランクこの場所であれば圧倒的といわざるを得ない。
いまだに私は一度も魔法を唱えることはなく、彼は言葉通り前衛を完璧にこなしていた。だが、コレを知ればどうなるか。
「……なるほどな、
遠方での発生を目視したアルミラージを瞬殺。彼が欲する魔法を見て、単純に頼るようであれば論外だが……。
「さて、どうする?」
「今まで通りで」
「ほう?」
そうか、アレを見てもそう言えるのか。それは私を頼らないという意味ではなく、この程度任せておけという強い意志。依存するでもなく、強要するでもなく、今は必要がないという正しい認識。
そうこう考えていたからか、さほど危険はないものの後方に発生したモンスターへ、振り向きざま魔法を唱えようとしてしまった。その瞬間、目に映ったのは、頭を射抜かれ消滅するアルミラージの姿。
「なっ!」
視線の先、深く地面を穿つ杭を見て、何が起きたのか理解する。
「今まで通り、ですよ」
彼は、こういう状況すら想定して備え、自分の言葉と行動に責任を持っていたのだと気づかされた。
それに比べて私は、メーテリアのために彼の意思を無視してでも生きていてもらわねばならないだとか、無条件は流石に無理だとしても先入観で信用ならないとか、そもそも力量を図るなどと同じLV2冒険者風情が何様だというのか。
少なくても私と彼は同じ条件。初めて組んでダンジョンという魔窟に潜るのだから、お互い積極的に協力すべきだろうに。その果てに期待を裏切られたとしても、それまで手を抜いていい理由にはならん。
「並みの数では、この辺のモンスター程度、敵にすらならない、か」
ランクアップしてから一月と少し。同条件同ランク帯において私が知る最優の前衛、それが彼の正しい評価だろう。気づかぬうちに呟いたらしい言葉に彼が答える。
「ええ、先への備えは必要ですが」
「そうだな」
私は一つ頷くと、今までの会話を思い出しながら思考の海に沈む。そして、訪れる静寂。それは次の戦闘が始まるまで続くこととなった。
◇◆◇
メーテリアから聞いた話によると、彼は必ずといっていいほどホームで夕食を取るという。それが何に起因する行動かは彼をよく知らない私に断言できるものではないが、行動を読む材料にはなる。体力的な余裕はありそうだが、時間的にそろそろ……。
「そろそろ戻ろうと思うんですが」
「ああ、そうしよう」
予想通りの言葉にそう返し、引き返した12層で違和感に襲われる。
「……静か過ぎる」
「確かに」
モンスター発生頻度の高い12層にも拘らず、この静けさは異常。せっかくだ、彼の考えを聞こうか。
「冒険者が駆逐したにしても、妙だな」
「ええ、警戒しつつ進みましょう」
一切のモンスターがいない。あちこちに灰が舞っている。つまり、誰かが駆逐しながら戻っているのか? そう思いながら進んだ先、11層直前に鎮座するは……。
「インファントドラゴンの強化種、か?」
濃い紅色の小柄なインファントドラゴン。強化種であることに疑いないが、以前聞いた話では緋色のはずだ。それに加えて。
「パーシアスを見ている?」
「そう感じますか、実は俺もです」
彼の動きに都度反応するインファントドラゴン。ここまで露骨に行動されれば、誰でも思い至る。
「……お前をご所望のようだ」
「離れて自衛を、アイツは俺を待っていた!」
そう耳に届いた時、彼の姿は一瞬で遥か前方にあった。迎え撃つように放たれたブレス、それを盾で防ぐ彼。
「以前より重い」
そういいながらも、盾を構えたまま一気に距離を詰めようとする。
「お前もか」
だが、小竜もそれを簡単には許さず、知っていたかのように自ら間合いを詰め、ブレスの圧力を上げているようだ。
「とはいえ」
そうでなくては。ブレスの圧力が減じていくのに合わせて、さらに詰めるべく突撃を選んだ瞬間、ここからなら見えるがブレスに遮られた彼には見えないだろう角度から尾の一撃が迫り、轟音が響く。
「パーシアス!」
思わず名を呼んだ私が聞いた声は、何の焦りもない落ち着いたもので。
「備えあれば憂いなし」
ブレスの影響が晴れたそこには、一切引くことなく、尾による攻撃を身に着けた盾で完全に受け止めた彼の姿。直後、弾き飛ばした尾を追うように、そのままの体勢で突撃して一閃。
「邪魔だな」
斬り飛ばした尾が宙を舞い、小竜は痛みに咆哮するも即座に体当たりで反撃し、再び轟音が響く。
「お返しのつもりか?」
今度は先程よりはっきりと見えた。あれだけの体格差を意に介さず、あっさりと受け止め、微動だにしない。まさに鉄壁の防御。すべてはその時のためにといった彼の備えが、目の前の状況を可能にしているのだろうか。
小竜もそんな彼に何かを感じたのか、受け止められた瞬間に飛び下がり、再度ブレスを吐く。間合いを取ろうとでもいうのか?
「まだ遠い」
だろうな。近接戦闘が主たる前衛において、この間合いは必殺に遠い。であれば詰めるしかなかろう。焼き直しのようにブレスを押しのけながら突撃しようとする彼を、爪によって迎撃する小竜。三度響く轟音は、彼が受け止めたことを意味するのだと信じられた。
「やるなあ」
小竜が再び体当たりし、彼が轟音と共に難なく受け止めた瞬間、小竜は再度飛び下がろうと動き出したが、何度もそれを許す彼だとは思えない。
「けど」
言葉と共に振り下ろされ武器の突起部が深々と突き刺さり、輝く盾を手放した彼の身体を運ぶ。小竜の背を足場に抜き放ったのは、これまで一度たりとも抜かれることのなかった腰に履く剣。黒い刃が一瞬煌めき、小竜の首は容易く切断され、宙を舞った。
灰になる小竜を見て、ふと我に返る。あの程度の攻撃であれば回避しつつ、なんなら回避する必要すらなく撃破できただろう自信が私にはある。
では、なぜ手を出さなかったのかと。あの賢さ、インファントドラゴン強化種などという範疇に収まるものではなかった。間違いなく異常であり、それは強さにも表れていたというのに。
違うな、出さなかったのではない、出せなかったのだ。彼との約束が、彼の意志が、私に自衛以外で動くことを許さなかった。同時に、必要とあらば必ず声がかかると、そう信じられるだけのものを今まで見てきたのだ。
そして、もう一つ。格下相手であればともかく、強者相手に、私は彼と同じことなど絶対にできないと悟った。技術の模倣はできるだろうが、身体能力・アビリティ・装備のすべてにおいてまったく足りていないのだ。
だからこそ彼の守るという行動が強く目に焼き付き、その意思は胸の深いところまで届いた。後ろに発生したアルミラージへの対応も、逸らすことはできただろうに意図して小竜のあらゆる攻撃を受け止めたのも現実。今日一日、私は間違いなく彼に守られ続けたのだから。