ランクアップ。神の恩恵を授かった者が一つ上の階位へ至ったことを示し、それは器が昇華され神に一歩近づくことと同意であり、生物的には一気に強くなるということでもある。
それとは別に冒険者にとってランクアップは非常にめでたい。なんせ冒険者の50%はランクが上がらず生涯を終えるからだ。
加えて、今日は俺が眷属になってちょうど一年、それが意味するところは……。
「乾杯!」
多少女性の声も混じっていたような気もするけど、相変わらず野太い歓声だ。なんにしても家族が祝ってくれるのはとても嬉しいことで。
「それにしても一年でランクアップとは世界最速だのう」
「環境にも出会いにも恵まれたからですよ」
心からそう思う。三人で暮らした日常。母さんと鍛えた日々。ゼウス様やマキシムさん達に拾ってもらえたこと。アイリス達に出会って想いを新たにしたこと。クーリエさんに出会って、一緒に試行錯誤してきたこと。たくさんの冒険者とダンジョンで出会ったことにも意味がある。ただ残念なこともあって……。
「あの日、練武場にいた皆は移籍したんですか?」
「そうだ。だが、お前が気にすることじゃない。元々うちは強さを求めるファミリアだ。世界最速の一年でランクアップしろなんて誰もいってねえが、限界を感じたなら別の道・別のファミリアで生きた方がいい。それだけだ」
グリグリと頭を撫でながら、マキシムさんがそう言ってくれた。
「そうはいっても気にするのがパーシアス少年じゃろ? なら、力をつけて護ってやればよい。彼らの分までの」
「それはそれで論点のすり替え、ぐえっ」
「こっちで飲むぞ、団長」
マキシムさんの襟首を引っ張ったザルドさんが、ズルズルとマキシムさんを引き摺って行く。気を使わせちゃったな、申し訳ない。
「おーい、パーシアス。さすがに飲ませる訳にはいかないけど、こっちで食おうぜ? 美人もいっぱいいるぞ!」
女性なんてそんなにいたっけ? そう思って振り向けば……。
「クラネルさんはわかりますけど、お二人……というかそちらの女性集団とはどういった関係ですか?」
そこにいたのは仏頂面の少女とそれを取りなす苦笑いの少女。そして、それを見て笑っている女性の集団。
「私達はヘラ・ファミリアよ」
「ヘラ・ファミリアというと都市最強を競っているというあの?」
「ええ、その認識であってるわ。最強は私達なのだけど」
「ふっざけんな、うちにきまってるだろ!」
あ、マキシムさんが戻ってきて絡みだした。
「なに、マキシム? アルフィアの世界最速記録を破った少年を、貴方が自慢して癇に障ったから、どんな筋肉達磨かと見に来てあげたのよ? ついでに祝ってあげてもいいと思っていたら、随分と可愛いくて意外だったのだけれど」
「パーシアスは、金髪碧眼で努力を怠らない少年としか伝えてねえだろうが。どこがどうして筋肉達磨になるんだよ……」
「筋肉達磨の秘蔵っ子は筋肉達磨だと思うのが普通でしょう? 私の秘蔵っ子は私に似て美少女なんだもの」
「なんだと!」
「文句があるというの?」
あーあー、これはマズい雰囲気だ。けど、誰も止めようとしないってことは放っといていいのかな。
「早くこっちにこいって!」
そういって手招きするクラネルさんの元へ、とりあえず逃亡する。
「ごめんね。同じ位の年齢の冒険者ってほとんどいなくて、せっかくだからお祝いにお邪魔させてもらったんですけど。あ、はじめまして、私はメーテリアと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。俺はパーシアスです、それでそちらは……」
「私は別に」
俺が見た限り、ずっと不機嫌なもう一人の少女。綺麗な人なのに、もったいないな。
「姉さん、拗ねてないで仲良くしましょうよ」
「拗ねてなどいない、この騒々しさにイラついてるだけだ」
よくわからないな。何しに来たんだろう、この人は。そもそもそんなことは、来る前から分かってることだと思うんだけど。
「貴様、来る前から分かってるはずなどと思っているな? 私はな、メ―テリアに悪い虫が付かぬように来ただけだ」
「自分の記録を抜いたパーシアスさんが気になってたのに?」
「記録?」
「ええ、以前の世界最速記録は姉さんの一年で年齢が10歳一カ月だったの。君は10歳0か月だから塗り替えたのよ。それで何かコツがあったりするのかなって」
それは知らなかった。そもそも期間なんて意識してもいなかったし。
「ランクアップであれば試練から寄ってきたとしか。成長のコツであれば無いこともありません」
「なに?」
おや、そこは気になるんだ。
「特別なことじゃありませんよ。ステイタスを更新せず、可能な限り身体に負担をかけながら、技術を磨き続けただけです」
「負担とは?」
んー、思いのほか食いついてくるな、この人。
「俺はね、神の恩恵によらない生身の技術こそが最終的な強さに繋がることを知ってる」
「生身の技術……」
彼女の言葉に頷き、さらに続ける。
「それを鍛えるには、過剰なステイタスは邪魔なんだよ。だって、技術関係なく力が出たりするから簡単に倒せてしまうでしょ?」
「だから、ステイタスを更新しないのか?」
再び頷く。
「自分の限界重量装備を着て戦えば、ステイタス補正で受け止めきれないから、生身と同時に技量も鍛えようと思えば鍛えられる。それと同時に力を鍛え、状況に応じた攻防で耐久・器用・敏捷を鍛える。でもね、これは剣士の場合で、俺にとっては効果的だったって話。魔法となれば門外漢だから」
「なるほど、頷ける話だ。まあ、私の場合、一度見れば技術の模倣は可能なのだが」
「へー、それはそれは」
興味のある話以外は基本駄目なタイプっぽいな。
「ゴホゴホッ」
「メーテリア!?」
なんだ、何を慌ててる?
「あら、今日は調子がいいというから許可したのだけど」
「調子、ですか?」
「ええ。大きな声では言えないけど、あの子、不治の病なのよ」
不治の病……、効果を病に限定して拡大すれば、少しは良くなるか?
「俺の魔法で、少しは癒せるかもしれない」
「本当か!? 頼む、メーテリアを、妹を助けてくれ!」
「少しはだぞ、俺自身病気を癒そうとすること自体初めてなんだ。それから治っても治らなくても、秘密にしてくれ」
メーテリアさんの姉と、ヘラ・ファミリアの団長に言って聞かせる。
「確かに知れ渡ればいらぬ問題を抱えこむでしょうね。わかったわ、秘匿させましょう。問題が起きれば、私が責任を取ります」
「私も他言無用を約束する、だから!」
言質は取った。後は、可能な限り影響を与えやすくする方法だけ。
「えっと、メーテリアさんの手を取ってもいいか?」
「必要なら仕方ない」
許可を取ってから、苦しそうにしていて反応できないメーテリアさんの手を取ると、【拒む者】の効果のうち病に限定して効果を拡大するという意思を強く込め。
「
瞬間、今までにない違和感。なんだ? 反発というか抵抗か? これを突破しないといけないなら精神力を込め続けるしかなさそうだ。にしてもキツイ! 精神力の消費は止まらず、このままだと
「き、たっ」
なんとか抵抗を突破したけど、今の魔力と精神力では到底癒やし切れる病じゃない。それでも俺にできる限りを!
「あれ、急に楽になった?」
「ふー。効果、あったみたいだね」
「メーテリア!」
妹に抱きつく姉を尻目に、場所を移す。これは、マズい。このままだと……。
「なんだ、パーシアス。酒気で酔ったのか?」
「ははっ、どうもそうみたいです。ちょっと外の空気吸ってきますね」
揶揄うような言葉に苦笑いで答えながら、ドリンク片手に店の外へ出て、備え付けのベンチに座る。正直にいって精神的にも体力的にも周りを気遣う余裕がないし、せっかくいい感じの空気を悪くしたくなかった。
「備えあれば憂いなし、っと」
マナポーションを飲んで、精神力は回復できた。体力はゆっくり休むしかないかな。さすがにマナポーション飲みながら治療したら気を使わせちゃうだろうし、そもそもここまでキツいとは想像もしてなかったからやらなかったんだけど。
店の中からは、さっきまでと違った歓声が聞こえてくるが、本当にキツい。とはいえ。
「とりあえず良かったよ」
そう呟きながら見上げた夜空は、随分と綺麗で。その後、少し落ち着いたのか、仏頂面だった彼女が柔らかな笑みを浮かべながら俺を探しに来た。
「ここにいたか、礼を。妹を癒やしてくれてありがとう」
「気持ちは受け取るけど、ほんの少しだよ。完治にはほど遠い」
「そのほんの少しすら今までは無理だった」
「そうか」
「ああ」
それからしばらく、お互い何も話さず、店の喧騒から離れた静寂が続き。
「アルフィア、私の名はアルフィアだ」
「俺はパーシアスだ」
不意に告げられた名に名乗り返すと、再び静寂が戻った。それはクラネルさんとメーテリアさんが、騒々しく迎えに来るまで続くことになる。