昼食は、どこか静かなところでジャガ丸くんを食べよう。そんな簡単なことさえ、人の多い都会では難しいことなんだと初めて知った俺は、道を覚えながらも大通りから外れていく。
「家が……」
あんなに綺麗で賑わっていた大通り周辺。けど、離れるに従って質素になり、徐々に静けさが増していく。そして十分静かになった頃、古びたベンチを見つけて座り、袋からジャガ丸くんを取り出して食べようとした瞬間、気配を感じて向けた視線の先に少し痩せぎみの女の子を見つけた。
古びた民家の影からこちらを伺ってる彼女の視線を追うと、どうも俺じゃない?
「食べる?」
「いいの?」
問いかけてみれば予想通りジャガ丸くん目当ての返答と一緒に、随分と着古した服の子供が追加で二人出てきた。
「一緒に食べよう」
「うん!」
「やったー!」
喜ばれるのは素直に嬉しい。それに年下どころか同じくらいの年の子供とすら、売り子の時以外で会ったことも話したこともなかったから凄く新鮮だった。ジャガ丸くんを一つずつ3人に手渡しながら、遠慮されないように俺も一緒に食べ始める。そのまま彼女達を観察していたけど、服装なんかから
「家族か仲間かわからないけど、他にもいるんでしょ?」
「うん……」
「持ってってあげて。家族がいなくなったら……寂しいよ?」
「でも、こんなに貰っても返せないし……」
女の子には、ちゃんと常識があったらしい。もしかしたらジャガ丸くんを食べて、空腹が少し満たされたから冷静になれたのかもしれないけど。とにかくこんな状況は、都合が良すぎると誰でも思うよね。だから、行動で示そう。
「何もいらないよ、俺がしたかっただけだから」
ああ、俺は自分が恵まれていることを本当の意味で理解してなかったんだ。婆ちゃんと母さんが愛情をもって育ててくれた。母さんは俺の夢と生き方を応援してくれて、その術と必要な装備に加えてしばらく生きていけるお金まで残してくれた。その結果、マキシムさん達に出会って今がある。
それがなかったのが女の子達。経緯はわからなくても、着るもの食べる物に不自由してるのは、見ただけでわかるから。
不幸なのは俺だけじゃないってわかってたはずなのに、マキシムさんから聞いてたのに甘えてた。そんな自分が恥ずかしい。さあ、再出発だ。そのためにはもう一度初心に帰らないと。そう心に決めてベンチから立ち上がり、大通りへ戻ろうと歩き出した背中に声がかかる。
「私、アイリスっていいます! 名前を教えてください!」
「パーシアス、冒険者になる予定の只人だよ」
そうさ、今の俺はただの人で、何者でもないんだ。だから行動しよう。スタート地点に立とう。
「ありがとうございます、パーシアスさん!」
「「ありがとう、お兄ちゃん!」」
俺は一度だけ振り返って笑顔で頷くと、大通りへと歩き出す。現実を教えてくれた
◇◆◇
大通りの露店で、ジャガ丸くんのバイト代をありがたく使わせてもらって軽く食べた俺は、足早にゼウス・ファミリアのホームへ戻る。するとタイミングよくマキシムさんに出会えた。
「おう、早かったな」
「はい、目的は果たせたので。それでこれから訓練したいんですが、どこか場所はありませんか?」
「練武場を使えばいい、遠慮すんな」
「ありがとうございます」
部屋で訓練着に着替えてから練武場に向かい中に入ると、全員ダンジョンにでも行ってるのか誰もいない。
「さっきはあんなに苦労したのに」
静けさの中、母さんの教えに従って筋肉をほぐしながら柔軟性を確認する。怪我をするとせっかく整えたものが乱れ、すでに出来上がった成果も失われて余計な時間がかかり、成長を遅らせる一因になるからだ。腱を伸ばし、筋肉をほぐし、関節の可動範囲も確認する。自分の身体を理解してはじめて次の成長に繋がるんだ。
十分に身体がほぐれたのを感じたら、精神を整えよう。座りながら柔軟を行ってたから、そのまま座禅を組む。目を瞑って、ゆっくり深く呼吸を繰り返し、雑念を祓う。見ず、聞かず、けれど周囲と一体になって感じるように。時間の感覚さえ曖昧になり、リラックスしたことを感じたら、次は無手の演舞で動きを確認する。体幹を意識して重心を乱さず立ち上がり、流れにそって身体を動かしていく。しばらくそうしていると
「ふっ!」
相手に踏み込んでの突き。身体のキレに問題はないけど躱わされたか。そこで踏み込もうとする相手に。
「はっ!」
懐に潜るかの如く踏み込みながら腕をたたんで肘、身体を止めることで生まれる力がイメージした相手の鳩尾に突き刺さる。いや、受け止められた。なら!
「いやあ!」
腕を交差しながら牽制の突き、そのまま身体を回転させつつ下段足払い。跳んだな?
「ふん!」
大地を踏み締めて、身体を打ち上げるように立ち上がりながら、その動きの延長で突き上げる。それでも受け止めるか、だが!
「おおお!」
受け止められた腕の肘を、残る腕で押し上げ、防御ごと撃ち抜け!
「ふう。いや、今日の母さん、強過ぎだろ」
あれかな、アイリス達のお陰で初心に帰ったら、母さんも応えてくれたとか。とりあえず、そのまま呼吸を整える。攻撃をもらったはずの母さんが、その威力を利用して宙返りしつつ着地する幻影に笑みを溢す。
「わかってるよ、母さん」
幻影の母さんに急かされて、練武場の外周を走る。今、速さはいらない。必要なのは呼吸を極力乱さず長く走ることで、持久力を鍛えるためだから。呼吸が苦しくなるまで走ると、速度をゆっくり落としながら、再度息を整えていく。ある程度整って歩く速さまで落ちきったら、ゆっくりと時間をかけて止まり、完全に息が整うまで小休止する。
さて、最後だ。訓練用装備の中から棒状の物を探すと棍があったから、それを地面に突き刺し、人に見立てて戦闘訓練を始めよう。勿論、俺の装備も借り物だ。
まずは盾を構えての移動。摺り足で、狙った位置取りを素早く繰り返す。距離感をしっかり把握しないと身体のどこかが棍に当たるから、細心の注意を払って延々と納得するまで続ける。
「次に行こう」
相手が動かないなら、こっちが動くしかない。それでも隙を晒さないで、しっかり守りつつ攻撃できる必要がある。イメージの攻撃を躱しながら、間合いを必要以上に詰めず、攻撃時間を最小にして防御体制に戻る。あとはそれをひたすら繰り返す。熱が入った俺は、そんな訓練をマキシムさんに夕飯だからと止められるまで繰り返したのだった。
◇◆◇
夕食後、部屋で母さんの本を手に考える。家族はいなくなってしまったけど残されたモノがたくさんあって、それは家族の夢の結晶。俺は俺自身の意思と、家族の想いを胸に進むんだ。
「不幸な人は、どこにでもいる」
比べるものじゃないけど、それでも恵まれてることに気づかせてくれた人がいた。
「本人はそんなこと思ってないだろうけど」
小さく笑って、たった一度だけあった
「後悔しない人生を歩んでね。そのための協力は惜しまないから」
そんな母さんの言葉が聞こえた気がした俺は眠りにつき、翌日、マキシムさんにファミリア入りを打診したのだった。
◇◆◇
ランクアップできずに頭打ちとなった母親は、ステイタス上昇によらない方法で力を求めた。そこで行き着いたのが様々な技術であり、修練方法である。パーシアスが自己鍛錬を始め、本気だと理解した母親は、自分の二の舞にならぬように惜しみなくすべてを伝え、書物も残しているとか。
《修練》
【柔軟】
生まれた時、人は柔軟性が高く、それ以降の過ごし方で身体の柔らかさは失われやすい。
パーシアスは、早いうちに柔軟性の維持・拡張に取り組んだので軟体動物のよう。母親監修。
【座禅】
母親のパーティーにいた極東出身者直伝。すでに習慣化していた母親を真似た。後に母親監修。
【無手】
座禅同様、極東出身者直伝。母親からパーシアスに受け継がれ、存命中は組み手も行った。
イメージの母親は相当強い模様。おそらく思い出補正や憧れが強く反映されていると思われる。
【盾ありきの戦闘術】
盾持ちは基本待ちである。
だが、待てるということは隙を突けると同義であり、自ら動くことも可能。
そんな理論の体現者が母親であり、母親の生きた証である技術はパーシアスに受け継がれた。
本人の資質と噛み合った技術は、今後のパーシアス次第で発展していくだろう。