のどかな村だ。静かで、されど寂しさを感じさせない。
男は思わず苦笑してしまう。
あの女が好きそうな場所だ、と。
黄金の穂がたわわと膨らんだ畑と畑に挟まれ、親子が通る。子は拳骨を落とされ涙目となってはいるが、二人とも楽しそうだ。
足を向けようとするが、動かない。
自分が行けば、もしかするとあの子はまた親を失うかもしれない。
見ればわかる。あの子は平和な時代の子だ。己と同じゼウスとヘラの最後の子。されど、闘争でしか生きられない己とは違い、他の生き方も知ることができるだろう。それには親の愛が必要不可欠だ。
「・・・今行こうとアルフィアは必ずあの子を守ろうとする。無駄足か…」
踵を返し、最後に一目姉貴分の姿を一目見ようとすると、目が合った。
何故か足が止まり、木の陰に隠れる。自分でもわからない。帰ろうとしていたはずだ。少年と彼女を見て満足したはずだ。
だが、あの視線に引き留められた気がした。
親子・・・アルフィアとベルは隠れた木陰のすぐそばの小道を通る。
幼いベルはチラチラと男の隠れた木陰を見る。アルフィアはその様子に何処か面白がっているようなため息を吐くと目を閉じたその顔を男の隠れた木陰に向けた。
「【
文字通り爆音が破壊を伴って男へ迫るが、革の帯を使い打ち消す。
「デカい図体が隠れていない。ベルにすら気取られるとは鈍ったか?
「鈍ったつもりはないのだが…。それとその呼び名はやめてくれ」
過去は幾度となく、対面し、話し、しごかれた。だが、それも何年も前だ。目の前にいる女は過去の怪物とは余りにも乖離している。
過去より弱く、過去より儚く、しかし強い。そのあり方は冒険者でも英雄でも怪物でもなく、母だ。
「ヘルメスの使いか?それともこの死に体から
「叔母さ・・・お義母さん。この人は?」
「なに。昔、接点があっただけだ」
「あ、ああ。昔に修行をつけてもらったからな。顔を見に来たんだ」
「おじさん…
何故かベルの目が同情的な光を抱くが、すぐさま拳骨が落とされる。
拳骨の主、アルフィアは、はぁとため息をつくと木陰に座り、抱くようにベルを足の上に乗せた。
「・・・何している。早く要件を話せ」
「ああ。俺が来たのはヘルメスの使いでも
「は?」
「
呆れたようにアルフィアはアルケイデスを見る。
「それがどうした?討ち入りにでも来るつもりか?」
「奴は、終末を起こすつもりだ」
「それとお前がここに来るのに何の関係がある?まさか縋り付くつもりではないだろうな?」
「いや、今のお前にそんな酷な頼みをするつもりはない」
アルケイデスはしまったとばかりに顔を顰める。が、覚悟していた
顔に浮かぶ色を恐る恐る伺うと、それは諦念だった。
誰よりも似合わない顔だった。誰も願わない顔だった。
夢を砕かれた子供のように唖然とするアルケイデスを一目見ながら、アルフィアは言葉を紡ぐ。
「そんな顔をするな。自分の体は誰よりもわかっている。魔法衣無しでは己の魔法にすら耐えられない。もう長くはないだろうな」
「お義母さん…しんじゃうの?」
「確かに私はもう冒険者としては死んだようなものだがまだ母として死ぬつもりは毛頭無い。エレボスにもそう伝えてくれ」
「・・・最期は看取らせてもらう」
「だから母としてはまだ死ねんと言っているだろう?」
何処か子供がわくわくするような顔でアルフィアはお腹に顔をうずめて泣くベルの頭を優しく撫でる。
「この子に英雄の作法を叩き込むまではな」
それが、アルケイデスとアルフィアの最後の会話だった。
ザルドは討たれ、アルフィアは死んだ。そしてアルケイデスは別のファミリアへ入り未だ最強を守り続けている。
「あちゃぁ…すげえ行列だ。お客さん、こっからは歩いてった方が速いよ。どうするかい?」
「ああ、歩かせてもらう。長旅で体が錆びついて仕方がないからちょうどいい」
揺られる馬車の中、泣き疲れて眠ったらしいベルはあの頃よりも少し大きくなっている。
だが、己と比べると誤差のようなものだ。ここからどれだけ大きくなるか楽しみに感じる自分に驚いた。きっとこれを親心と言うのだろう。
「起きろベル、ここからは歩きだ」
「うにゅ…おはよう、おかあさん…」
「性別すら違うぞ。ベル、起きろ。ベル」
長々とため息を吐くと荷物を片手にベルを背負う。お代を払い手を振る御者に礼を済ませ、革帯を背負い紐がわりに結ぶとオラリオへ向かった。
これは、ゼウスとヘラの残した下界の希望達と太陽の眷属、それから