作:ヒーラー
▼ページ最下部へ
ベルが恩恵を貰って翌日。ちゃんと休養も貰いつつ彼はギルドに来て冒険者登録をしていた。フレイヤ・ファミリアに入団したことと、元ゼウス・ファミリアに所属していたフィリオがオラリオに帰って来たことで少しごたついたが、彼らは今ダンジョンに向かっている。
フィリオがヘルメス・ファミリアに所属していたことはギルドも把握していなかったようでレベルを聞かれた際には3だと答えていた。それが公的に残っているフィリオの冒険者情報だった。そんなフィリオが直々にベルを指導すると言ったおかげで面倒なギルド職員によるダンジョン講習をスキップできた。
その辺りの知識はベルの村からオラリオに向かうまでに済ませてある。
ギルドではゼウス最後の眷属がフレイヤ・ファミリアに所属したことで少しざわめいたが、二人は無視してダンジョンに潜る。
ベルの今の防具は胸のライトアーマーに盾にもなる左腕の籠手。後は両足の脛当てくらいだ。回避を優先するために防具はそれくらいに収めてある。それに耐久のステータスも伸ばしたいために重装甲にすることもなく、ベルの適正であるヒットアンドウェイができるような組み合わせだ。
武器は一般的な片手剣よりも少しだけ軽く刃渡りも短い物を選択。これはベルがまだ十二歳のヒューマンだということで冒険者の平均的な片手剣は取り回しが微妙だったのだ。サブ武器には魔石を取り出すためのナイフを兼用で用意してある。
一方フィリオは高価な若草色のローブ着ているだけ。魔法詠唱者なんてそんなものだ。しかも今回は上層。レベル8たるフィリオはかすり傷も負わないほどに心配のない階層だ。その代わりと言ってはなんだが、背中にはサポーターが背負うような大きな背嚢があった。しかももうパンパンに見える。魔石やドロップアイテムなんて入れる隙間もなさそうだ。
「さて、ベル。では話していた通り今日から一週間、ずっとダンジョンで過ごしてもらう。目標は6階層。階層ごとに全部の場所を巡り、現れたモンスターは全て倒してもらう。これが強くなるための最善策だ。本当であれば格上の冒険者をひっ捕らえてその相手を倒せば早いんだが、ステータスが上がっていない状態でそんなことをしても無駄だ。だからまずはステータスを上げる」
「神様に見てもらわないと、ステータスは上がらないんですよね?僕の場合はフレイヤ様だけど……」
「フレイヤ様も忙しい方だからな。新人団員にかかりっきりというわけにもいかない。大規模な作戦も同時進行で動いているからな」
そういうわけで強行軍だ。大規模作戦はヘルメスに説明をさせているのでフィリオは暇だ。だからベルに一週間も割くことができる。
ステータスが0のままだと無謀と思われるが、そこは回復魔法の使い手のフィリオがいる。簡単に格上の相手を用意できるために育てる場としては最適だった。
それにこれくらいの無茶はゼウス・ヘラ両ファミリアでは当たり前のように敢行されていた。
ベルは1階層のマッピングも含めて問題なく進んだ。怪我とかもせずダンジョンの基礎を学べたことで2階層へ進出する。今までは一体ずつしか現れなかったモンスターも2階層からは複数体出てくる。それでもベルはなるべく囲まれないように一体ずつ倒していく。流石に怪我をしてしまったのでフィリオが回復魔法を使ったが、致命的なミスはなかった。
その辺りで背嚢から食料を出して二人で食べる。背嚢の中には予備武器と食料しか入っていない。魔石などは別のポーチに入れてあるので混ぜてはいない。
休憩時間は適宜取って、ダンジョンに泊まって彼らはモンスターと戦い続ける。フィリオは不眠で動くことができるためにベルが寝ている間の番はフィリオが務めていた。
一日1階層のペースで増やしていき、6階層はかなり苦労していたが最終日になれば立ち回りを意識したのか十分にウォーシャドウを倒せていた。
休憩の度にベルは水で濡らしたタオルで体を拭いていた。これには持ってきていた水を使わず、いつも冷たかったためにベルは尋ねた。
「これ、何か使っているんですか?もしかしてフィリオさんの魔法とか?それとも魔道具だったり?」
「魔法のようなものだ。オラリオに来るまでも使っていたぞ。私がいる間は清潔に保ってやる」
フレイヤに献上する意味もあって、ベルの清潔感は保つようにしていた。これでフレイヤに怒られずに済む。
一週間ぶりにギルドへ戻ると担当のギルド職員に何で一週間も報告をしなかったのかと問われたが、一週間ダンジョンに篭っていたのだから報告できるはずもなく。このことでギルド長の太ったエルフ、ロイマンがやってきたがフィリオのことを認識した瞬間にギルド職員のことを諌めた。
元ゼウス・ファミリア、現フレイヤ・ファミリアに常識を説いても無駄だと。
ファミリアに戻ってベルのステータス更新ついでにまたフレイヤに美味しく頂かれるベル。
その間にフィリオはオッタル含む幹部たちと歓楽街侵攻作戦について精査していた。
「ヘルメスからの情報を見たと思うが、歓楽街に攻めるのは少なくていい。問題は闇派閥から提供を受けている精霊もどきだ」
「精霊もどき……。ダンジョンにいる存在を確認してきたというのは本当ですか?フィリオ様」
「様はやめてくれヘディン。ヘグニもそう畏まらなくていい」
「い、いえ。フィリオ様。あなたはエルフ・ダークエルフ関係なく敬う存在でして……」
「ハイエルフのリヴェリアでもあるまいし。今はただの同じファミリアの一員だ。そもそも私は雑種で君達の信仰の対象ではないだろうに」
エルフのへディン、ダークエルフのヘグニが傅くような接し方にフィリオは呆れる。別に彼はハイエルフでも神でもない。だから敬われる理由はないはずなのだが、彼らは態度を変えない。
「まあいい。ベルについていって細かい場所も把握してきた。特殊な場所だから特殊な魔道具が必要らしいが、私なら開けられる。そこに攻め込むのが主力で良いだろう」
「歓楽街にはレベル4以下しか送らない。これで良いのか?」
「最大がレベル5、レベル4以下もそこまで多くない。ほとんどがレベル3だ。なら下位のものだけを送り完膚なきまでに叩き潰せ。レベル5に勝てばランクアップする者も出てくるだろう。相手が格上を用意してくれて襲撃していい理由があるのだから存分に利用しろ。お前たちはもっと格上の、オッタルでも苦労する怪物を6体倒してもらう。それらを管理している闇派閥も相手にする、極めて難しいミッションだぞ」
フィリオが感知したのは6体の穢れた精霊。それを潰しておかないと今後面倒なことになるのでさっさと潰すことにする。
穢れた精霊に相対するのはオッタルにアレン、ヘディンとヘグニにガリバー四兄弟だけだ。それ以外の面々は戦力として不足している。ミアとアーニャも連れていきたかったが、彼女達は今やただの食堂の従業員だ。フィリオがついていったとしても、肉壁にもならない冒険者を連れていくつもりはなかった。
だから地上は他の面々に任せて、ダンジョンの中は少数精鋭で挑む。
そんな中でオッタルが一つの報告を挙げる。
「フィリオ、一つ懸念点がある。ロキ・ファミリア……【勇者】がこちらの動きを察知している可能性が高い。ヘルメス・ファミリアの方が後を尾行られたようだ」
「無視しろ。邪魔してきたら殺せ。こちらには闇派閥を潰すという大義名分がある。神アストレアには悪いが、正義という言葉を利用してでもこのオラリオに秩序をもたらす必要がある。ザルドさんが、アルフィアさんがその命を懸けて作ろうとしたのはこんな腐ったオラリオじゃない。黒竜に勝てる冒険者を作り出すための最適な環境だったはずだ。あれから五年。闇派閥なんて有象無象が残り、レベル7がたったの一人。舐めているのか?しかもアストレア・ファミリアを見殺しにしたのは【勇者】だという。アルフィアさんの意志を継ぐ存在を見殺しにした結果が今であれば、本当にオラリオには失望するしかなくなるぞ」
それが過去最大派閥に在籍していた存在の言葉だった。ザルドとアルフィアのことは肩を並べて戦ったからこそ詳しく、それこそその二人がどんな想いでファミリアの中で生き残り、闇派閥に身を
その成果が見られないのであれば、ゼウス・ファミリアの生き残りとして唾を吐きかけたくなるほど今のオラリオは醜悪だった。
フィリオがその胸の内を零すと、ヘグニが暗い顔をしていることに気付いた。
「どうした?ヘグニ」
「……
「私はアストレア・ファミリアについてはあまり詳しくないが。流石はアルフィアさんが見出したファミリアということか。ヘグニ、今回の一件はアストレア・ファミリアの雪辱を晴らす一大決戦であるのと同時に、我らが女神へ捧ぐ聖戦だ。もし邪魔をするのならそれら全てが闇派閥と思え」
「はい。フィリオ様」
「外では様付けなどするなよ。他派閥に私のことを漏らすつもりはない。エルフに知られると面倒だ。存在でしか語らず実力もなく喚く存在に価値はない。お前達はそうなるなよ」
「……わかった、フィリオ。一団員として扱えということだな?」
「それでいい、ヘディン」
対応が変わったことに満足げに頷くフィリオ。
その日一日を休養に当てて、次の日に主力組はダンジョンに入っていく。フレイヤ・ファミリアとしては遠征以外で主力全員がダンジョンに向かうことは珍しいどころか皆無だ。フレイヤ・ファミリアは最上位ファミリアということもあって有事に備えて幹部の誰かはフレイヤの供回りとして配属されている。
特にとある酒場に行く時は必ず護衛がいることが常だ。
だというのに今回は半小人族であるレベル4のヴァンに護衛を任せてダンジョンに向かう幹部達。
その動きはわかっていたかのように、ロキ・ファミリアの幹部達が9階層で待ち伏せをしていた。
「やあ、オッタル。それにフレイヤ・ファミリアの面々も。そんなに大人数でダンジョンに潜ってどうしたんだい?」
「邪魔だ、【勇者】。我らが女神に捧げる忠節のためにダンジョンに巡る。これのどこかおかしな点があるか?」
「あるとも。君達幹部が勢揃いってことも、普段は気にかけないヘルメス・ファミリアと懇意にしていることは異常事態だ。もし何かをするつもりなら協力しよう。二大派閥としてそれを伝えたかったんだ」
ロキ・ファミリアの三幹部に加えてレベル5のアマゾネス姉妹にレコードホルダーたる【剣姫】もいた。ロキ・ファミリアも今回の事態を重く見たのかかなりの戦力を揃えている。
これはフィンの親指が震えたことが原因だ。何かまずいことがある。それを察知して大部隊を動かしていた。
それはフレイヤ・ファミリアからすれば邪魔でしかない。
「五年だ」
「何?」
「あの大抗争から五年だ。それからどれだけの変化があった?オレ達のランクアップは遠く、上に上がってくる派閥もなし。正義の派閥も三年前に消え、まだ闇派閥はコソ泥のごとく這いずり回っている。闇派閥を掃討しろなどとは言わん。だが我らの女神への忠誠を邪魔するな。ランクアップには殺し合いかダンジョン攻略しかない。新人も増えたことだし、幹部でどれだけ潜れるかを確認するだけだ」
フィンはオッタルの言葉の真偽を探る。そしてフレイヤ・ファミリアで見覚えのなかった人物へ目を向けた。
その人物はフィンより歳下なため、フィンを含む三幹部は知っている。最強派閥の生き残り。生きていることを知らなかった、当時最高の治癒術師と呼ばれた天才少年。
その少年が十三年の年月を経てオラリオに帰ってきたのだ。
「新人は君だろう?フィリオ、戻ってくるなら僕達に声を掛けて欲しかった。外ではランクアップに恵まれなかっただろうけど、君なら幹部として受け入れられたのに」
「私がロキ・ファミリアに?なぜ?ゼウス様とヘラ様を追い出した派閥に何故私が加わらなければならない?」
「それは、フレイヤ・ファミリアも同じだろう?まさか魅了でも掛けられたのかい?」
「我が主神は入団希望者に魅了を使わないぞ。……神ロキではなく神フレイヤを選んだ理由は三つ。オッタルの存在、主神の在り方。そしてそこの【剣姫】の存在だ」
「……わたし?」
フィンとフィリオの会話でいきなり名前を出されたことで無表情のアイズが首をこてんと傾げる。アイズからすれば十三年前にオラリオから出て行った人物に心当たりなどなく、ギルドに出された人物像を見たが全く知らない人だったのに理由の一つに挙げられて意味がわからなかったのだ。
「理由がわからないなら別にいい。ああ、別に嫌っているわけではないぞ?存分にダンジョンを攻略してくれ。そして君の願望を叶えてくれると助かる。それで?【勇者】殿、そうも二大派閥を誇示するのだから我らが記録は超えたかな?なにせ我らがいなくなって十三年も経った。73階層を制覇したのかな?」
「……まだだ。以前の二大派閥とは違ってそちらのファミリアと連携してダンジョン攻略をしているわけではないからね」
「そうか。では神ロキは選ばないだろう。五年前にザルドさんを倒したのはオッタルだという。なら私にはザルドさんの意志を継ぐオッタルを見届ける義務がある。これが神フレイヤを選んだ理由だ」
「そう言われてしまうと、どうしようもないね」
ゼウス・ファミリア唯一の生き残り。その人物の言葉だとするとフィンはこれ以上勧誘できない。当時最強と呼ばれた治癒術師はできれば自派閥に組み込みたかった。実力もさることながら彼は深層の奥深くまで進んだ知識もある。その知識もフレイヤ・ファミリアに独占されてしまうことはかなりのディスアドバンテージだ。
そういう損得勘定で引き抜きを考えているからフィリオは選ばなかったのに。
「もういいか?遠征の邪魔だ」
「本当に遠征に行くのかい?」
「ああ。目標は60階層だ」
オッタルのその言葉にロキ・ファミリアは目を見開く。彼らの到達階層は現在54階層。それを大きく超える階層まで潜ろうとしているのだ。
しかもロキ・ファミリアはサポーターも数多く連れて派閥の有力な戦力をほぼ全員連れていって遠征に挑むのに彼らは十人に満たない人数で挑もうとしている。いくらレベル7がいるとはいえ、こんな少人数で行くような場所ではないというのが彼らの常識だ。
だが、経験者からすれば何もおかしくはない。
フィリオがいた頃は60階層なんて稼ぎに行くための場所だった。十人程度で行くことはしょっちゅうで、レベル帯も大差ない。その上レベル8になったフィリオがいるのだ。むしろ安全マージンはきちんと確保されていた。
今回は24階層の
道中の人工迷宮こそが大変で、その後ならば60階層なんて屁でもないというのがフィリオの見解だ。
「ヘルメス・ファミリアと懇意にしていたのはあそこの団長が作るアイテムが欲しかったからだ。これ以上時間を浪費したくない。言葉で退かないのなら実力行使をさせてもらうぞ?」
「……わかった。退こう。邪魔をしたね」
ロキ・ファミリアはフレイヤ・ファミリアの動向を確認するためにダンジョンで待ち伏せしていたようで、彼らは潜ることなく上へ向かう。すれ違う際にティオネに睨まれ、アイズに視線を向けられたフィリオだが完全に無視した。
余計な時間を食ったと、フレイヤ・ファミリアの全員で息を吐く。
「アレがロキ・ファミリアの現状だ。フィリオ、どうだった?」
「……戦力として期待していたが。フレイヤに言って有望そうな者だけ魅了で引き抜くか?それか戦争遊戯でも仕掛けて奪うのもありか?何故奴等はザルドさんとアルフィアさんを見て上を目指さない?あの二人の死が無駄だったと言いたいのか?」
「それは、オレ達も言葉を返せなくなる。この五年、停滞していたのは事実だ」
「これからの働きで返せ。……あのファミリアは特段騒めきが煩い。声が多すぎる。【剣姫】だけではなく、所縁の存在があんなにいる場所では私が保てない。そういう意味ではお前達は真に現代に選ばれた
「あの新入りが?まだ入団して一週間くらいだろう?今回の作戦で歓楽街への突入メンバーにも組み込んでいたけど、死なない?」
アルフレッグにベルのことを心配されるが、フィリオは首を横に振る。
伊達で一週間もダンジョンに缶詰にしたわけではないのだ。
「既に敏捷だけならDになっている。歓楽街の後に同じように12階層までぶち込めばランクアップするだろう」
「はぁ?」
「Dぃ?」
「たったの一週間で?」
「フィリオっていう規格外がいるからってそんなのあり?」
ガリバー四兄弟が呆れた声を挙げるが、この詰め込みダンジョン探索はゼウス・ファミリアの伝統だ。むしろフィリオの頃なんてポーションで回復するか魔法による自力で傷を治すしかなかった上に、パートナーもレベル3くらいだった。それに比べればかなり温情のある訓練だったと言える。
「それに歓楽街はフレイヤの与えた試練だ。これを乗り越えなければお前達に追いつくことはない」
「追いついてくると?アルフィアのように何段飛ばしで昇華するつもりだ?」
「さて。先人ともあろう者が追いつかれるなよ?アレは大神が見出し、精霊が祝福し、確かな才媛の血脈だ。そしてその魂はフレイヤも認める気高きもの。進め、
フィリオの檄が効いたのか、24階層に着いて醜悪な肉壁のような食料庫に着いた途端、彼らは己の力を爆発させた。
「闇派閥は鏖殺だ。我らの贄になれ」
こうして彼らは二週間に渡る遠征を経て。
6度の試練を超えた祝福を、昇華という形で受け取った。