作:ヒーラー
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英雄が居ました。
その英雄は強く勇敢でダンジョンを奥深くまで攻略し、地上に残された脅威を二体も倒した現代の覇者たち。
犠牲を出しながらも地上に平穏をもたらした大英雄。そんな大英雄たちが所属するファミリアが二つ。
ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア。ギリシャ神話でも有名な大神とその妻。その二柱が育て上げた英雄たちは最後の脅威である黒龍に挑もうと準備を始めていました。
その準備の最中で、ゼウス・ファミリアに所属する一人の少年が主神たるゼウスの部屋を訪れて頭を下げていました。
「お願いします、ゼウス様!ボクの魔法を使わせてください!ザルドさんがいれば黒龍の討伐だって可能なはずです!オラリオのためにも、世界のためにも、皆のためにも‼︎ザルドさんの力が必要です!」
「とはいえのう、フィリオ。お前さん、魔法のついでにスキルを使うつもりじゃろ?」
「当たり前です!ザルドさんを治すにはそれしか……!ベヒーモスの毒に侵されて今も苦しそうにしているザルドさんなんて見ていられません!」
そう語る少年が居ました。
まだまだ幼さが残る顔。背丈もそこまで伸びておらず、他の男性団員の中で一番小さく年齢も低い。
補助員であるサポーターの人間よりも幼いながら、彼はヒーラーとして最前線に立っていました。彼の回復魔法には助けられた団員も多いのです。現在のオラリオでも屈指のヒーラーと呼ばれるくらいに実力がありました。
万能薬と呼ばれるエリクサーは腕の欠損も治せる。それと同じことをフィリオは魔法でできるのです。まだレベル三で十三歳の少年であっても陸の王者ベヒモスと海の覇者リヴァイアサンの討伐に参加していました。
リヴァイアサンを倒し、改めての準備とランクアップした人間が新たな器に慣れるためのモラトリアムを過ごしているこの時。フィリオは今しかないと主神に頼み込んでいました。
フィリオの懇願にゼウスは溜息をつきます。そしてこの間恩恵の更新をしてステータスが書き出された羊皮紙が机の上に置かれました。
「なあ、フィリオや。お前さんはベヒーモスとも、リヴァイアサンとも戦った。前線で魔法を使い続けた。これは儂も、世界も認める偉業じゃ。……なのに
レベル三だったはずのフィリオは今やレベル二になっています。レベルが下がるなどたとえ老いてもありえないことです。そういうシステムなのですから。
これにはフィリオのスキルが関連していました。
【
誰も宿したことのないスキル。このスキルにはこう、説明がありました。
・回復魔法による効果増大。効果はスキル使用者のステータスに
殉じたステータスは回復魔法対象者の傷・病が
ゼウスはこのスキルを取り上げた時に文言がおかしいなとは思ったものの、説明欄がバグっただけだと気にしなかったのです。
その証拠に今までフィリオのステータスは順調に伸びていき、偉業もしっかりと果たして災禍の怪物ほどではなくともその年齢にしては速いランクアップを果たしている将来有望な冒険者なのですから。
遠征に出てかなりの深層に潜っているにしてはステータスの伸びが悪いと感じたこともありましたが、ステータスは元々伸びにくいものなのです。そのためゼウスも気にはなりませんでした。
フィリオのスタイルは完全なる後衛ヒーラー。接近戦はモンスターに接近された時だけに護身術程度で使うくらいなので、筋力や耐久のステータスが伸びないことは当たり前だとしか思わなかったのです。
ですが、ゼウスのその認識は間違っていました。
彼のステータスが上がりにくかった理由は成長した分のステータスを回復によって消費していたから。今までは収支が黒字で成り立っていたために怪しまれなかっただけで、今回のように死にかけの人を何十人も何回も治していれば採算が取れなくなってしまったのです。
それは三大クエストの二体を倒して得たステータスでは補えないほどの出費になっていたのです。
ベヒーモスの時はフィリオ自身が悪い予感を覚えて、そしてザルドにベヒーモスの毒がスキルに現れてしまったので更新をしませんでした。更新さえしなければレベル三のままだと、黒龍を倒すまでステータスの貯金を崩すわけにはいかないと思ったのです。
ですが今回、黒龍と戦う前にメインメンバーが更新をしない意味はなかったのでフィリオも更新をしました。そして落ちているステータスが証明されてしまったのでフィリオはこの残ったステータスでできることを直談判したのです。
ゼウスは、頷けません。
「今まではステータスで済んでおった。じゃがベヒーモスの毒の解呪なんてしたらどうなる?この結果を見れば儂とてわかる。……フィリオ、お前が死ぬ」
「ザルドさんの戦力の方が大事です!毒がなくなればレベル八になれる!そうなったザルドさんなら【女帝】すら超えた最強の存在に……!」
「バカモン!そんなこと、儂らの誰も、ザルドも願っておらんわ!
ギリシャ最高神と呼ばれるゼウスの一喝にフィリオは雷が落とされたかのように身を竦めます。それほどの威圧感が主神から発せられていました。
ゼウスはそのまま、フィリオの背中に触ります。
「誰かを治療してお前が命を落とす。黒龍との戦いでいつのも調子で戦えばあやつらもヘラ・ファミリアもお前をアテにして攻勢をかけるじゃろう。そしてお前さんのステータスが足りなくなって全滅。それが目に見えておる。お前さんをこれ以上、冒険者にしておくわけにはいかん」
「待ってください、ゼウス様!ボクはただ、もうあんな暴虐を許せなくて……!」
フィリオからどんどんと力が失われていきます。恩恵を失った人間は一般人と変わりありません。エルフでもないヒューマンの見た目をしたフィリオは恩恵を失ってしまえば回復魔法を使えず、誰かを治すことなんてできないのです。
神による恩恵の解除によって、もうここにいるのはただの非力な少年でした。
「【静寂】が前線を離れるのと同時にその妹もオラリオから離れるそうじゃ。お前はその二人についていけ。魔法が使えなくても回復薬は作れるじゃろ。ウチのバカがやらかしていた補填として丁度いい。ゼウス・ファミリアとして、ヘラの眷属を助けてやってくれ」
「……っ!」
フィリオは恩恵を失ったことがショックだったのか、すぐに部屋を出ていきます。ゼウスはフィリオの離脱を眷属たちに伝えに行きます。フィリオを追いかけることをせずに。
そのフィリオはヘラ・ファミリアのホームまで来ていました。ゼウス・ファミリアからそれほど離れておらず、ですがどうしても離れている二柱の関係性を表しているようでした。女人しかいないそのホームにフィリオは入ることはできませんでしたが門番の人に極東の誠意を見せる最大限の行動である土下座を披露していました。
「お願いします!一時的で良いんです!ボクに恩恵を下さい!アルフィアさんを治療させて下さい!」
「そんなことを私に言われても……」
「ヘラ様に取り次いで下さい!お願いします!」
「『
「ごはぁ⁉︎」
見えない魔法によってフィリオは地に伏せました。恩恵がなくなった貧弱な肉体であったために低出力だったその魔法で気絶してしまいました。
もし普通の威力で放たれていたのなら彼は死んでいたでしょう。
魔法を放った黒い服を着た少女が門の近くに来ます。
「なぜ【
「さ、さあ?なんか恩恵が欲しいとかなんとか」
「は?」
そう言われてアルフィアという少女は彼の背中を確認します。そこには確かに恩恵が刻まれているはずなのに、何もないただの傷だらけの背中があるだけでした。
「何があった?ゼウスに取り次いだ方がいいか?」
「ですね。彼も離脱ですか……」
ヘラの眷属二人はゼウスにフィリオのことを伝えます。
ゼウスはすぐにフィリオのやろうとしたことを察してアルフィアたちと一緒に避難させることをやめました。
その代わりに自分の小間使いをさせている旅の神を呼んで彼にフィリオのことを託しました。
アルフィアとその妹であるメーテリアは黒龍の生息地からは逆方向へ。ヘルメスという神が連れ出したフィリオはアルフィアたちとはまた別方向へ。
そしてゼウスとヘラ・ファミリアは黒龍に挑み。
彼らは主神を残して全滅しました。
・
「ん……?」
「やあ、お目覚めかい?フィリオ君」
ボクが目を覚ました時にいたのは何度か会ったことのある神様、ヘルメス。テンガロンハットと呼ばれるものを被った胡散臭い神様だ。
そしてここは、小さな小屋みたいだ。見覚えが全くない。
「ここは?」
「オラリオじゃないよ。ゼウスに言われてオレが連れ出した。君にこれ以上魔法を使わせるわけにはいかないとね」
「……そうやって、置いていくんだ。ボクは最善の選択を提案しただけなのに」
「君が命を落とすことが最善だって?バカを言うんじゃない。治療行為の代わりに医者が死んでたら残された患者はどうすればいい?」
「黒龍を倒せるなら、そんなの誤差だ」
ボクは知っている。あの黒龍の異常さを。暴れた後に残る怨嗟の数々を。
もうあんなものが産まれないように、ボクは冒険者になったのに。
「……その黒龍討伐だが、失敗した。参加した冒険者は全滅。残ったゼウスとヘラの眷属は【暴食】と【静寂】、それに【静寂】の妹と君だけだ」
「……そっかぁ。もう、皆には会えないのか……。ボクがいたら、変わったかなぁ?」
それからゼウスとヘラがオラリオから追放されたこと、今の世界の情勢なんかを聞いて
全部の情報をヘルメスが吐いたことで、ボクはヘルメスの胸倉を掴む。
「ヘルメス。オレに恩恵を寄越せ。眷属になってやる」
「随分と横暴だな。いや、魂が変わったか……?」
「世界を巡る。ゼウスたちの遣り残しをオレがやるしかない。オリンピアの穢れた炎を浄化してやるから恩恵を寄越せ。世界の情報は教えてやる。上納金だって払ってやる。だから一年に一回ここで恩恵の更新をしろ。今度こそ、
「待て待て待て⁉︎オリンピアのことは神々しか知らないはずだ!何でそれを君が知っている⁉︎」
ヘルメスは慌てる。ああ、コイツはゼウスから話を聞いていないのか。ゼウスは黒龍の後にオリンピアもどうにかすると言う話をしていた。それが無期限で延期になって、頂点のオレたちが居なくなったのなら当分放置されるだろう。
次に居座ったフレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリア。最大戦力はフレイヤのところの団長、ミア・グランドのレベル六。あの人しかいない。
レベル七が量産されるまでどれくらい時間がかかるんだか。
ヘルメスを脅して恩恵をもらう。何かあった時のためにいつでも改宗できるようにもしてもらい。
黒龍の被害に遭った人間を助けて、望むならオラリオに送って冒険者として生きていけるようにとある美の女神を脅して。
世界を巡って世界に残る問題をいくつも解決していき。オラリオには美の女神に人を預ける以外では近付かず。着実にレベルを上げていき。
八年経って。オラリオで暗黒期たるバカな時代が終わったと風の噂で聞いた時に。
ヘルメスから聞かされたたった二人の訃報を聞いて、あの人たちの選択を聞いて。オラリオの成長を祈って。
特に大きな変化も聞かないまま。五年が経った。
・
「お久しぶりです。ゼ──」
「今はその名で呼ぶな。そうじゃな、ジュピターとでも呼べ」
「わかりました。ジュピター様」
オラリオで暗黒期が終わって五年。フィリオは元主神が住んでいる村に辿り着いていた。生きていることは知っていてもどこにいるのか探ろうとはしなかった。
オラリオを追放されて、どこの誰に監視されているのかわからないからだ。フィリオが訪れたら隠居生活を壊しかねない。だが今回は訪れなければならなかった。
事情が変わったのだ。
フィリオはジュピターの家に着くと、そこに白髪で赤目の少年がいた。年頃としてはフィリオがゼウス・ファミリアから追放された頃と同じくらいか、それより少し幼いくらいだ。
つまり、オラリオでは十分冒険者としてやっていける年齢だ。
白髪と赤目、そしてその年齢から彼がどういう出自かわかってしまった。ゼウス・ファミリアの一員としては彼を捨て置けなくなった。
「お爺ちゃん?その人は?」
「昔の知り合いじゃ。フィリオ、お前さん今はヘルメスの眷属なんじゃろ?」
「お互い利用しているだけです。あの神を主神として崇めてはいませんよ。
「……そうか。それで、何用じゃ?」
ジュピターはフィリオに椅子を進めて話を聞かせるように促す。フィリオも座って話をした。
また親不孝なことをするつもりなのだ。
「オラリオに戻ろうと思いまして」
「……また治療をしに行くつもりか?そんな価値がある冒険者は【猛者】くらいじゃろ。アレが怪我でもしたか?」
「いいえ。──ゼウスとヘラを陥れたオラリオが不甲斐ないので、この手で直接鍛え上げてやろうかと。黒龍の封印もいつまで大丈夫なのかも不明。そしてザルドさんが示した悪を経て五年。レベル七がたった一人、ダンジョン踏破もゼウス・ヘラ連合には全く届かない。このままじゃ結局、地上が滅ぶ」
「えっ……⁉︎」
何も知らなかった少年が目を丸くして驚く。どちらに似たのだろうかとフィリオは思いつつ、ジュピターがどういう回答をするのか待った。
「ザルドのように悪を為すつもりか?」
「同じことをしても、結局はただの繰り返しでしょう。それに闇派閥を利用しても戦力が足りません。五年前のように『絶対悪』はいないので」
「じゃあどうする?ゼウスとヘラは千年の積み重ね、フレイヤはまだ歴史があるもののロキはまだまだ出来たばかりの派閥じゃ。そう簡単に強くなれるとは思えん」
「ボクはスキルを使わなくても世界最強のヒーラーですよ。無理にダンジョン攻略を押し進めます」
それしか手段がない。そうフィリオは判断した。
オラリオのダンジョン以外にレベルを上げる手段は少ない。黒龍を倒す戦力を育てるために黒龍が封印されている谷に行ってそこから産み出される竜種を狩るのは本質からズレている。
それにダンジョンという最良の修行場があるのだからそこを用いない理由はない。拠点もオラリオにあるのだからダンジョンが一番の近道だ。
その行く手を阻むものが回復魔法の使い手というのであればフィリオはいくらでも力を貸す。
「両方に手を貸すのか?」
「いいえ。二つの派閥は水と油。ゼウスとヘラのように手を取り合えるファミリアではありません。いがみ合ってる相手を無理に引き連れる意味もありません。なら手を貸すのは片方で良い。その方がボクも楽ができますし」
「……フレイヤか」
「レベル七が一人。レベル六が三人。レベル五も複数。これだけでロキより上です。一番芽があるのはフレイヤ、彼女の派閥を置いていない。事実十三年前でもあそこはポセイドンやトールというオラリオ外を除けばトップのファミリアだった。オラリオの頂点に着いてしまったのだから、責務を果たしてもらうだけです」
オラリオの頂点ということは黒龍討伐の責務が発生する。いやこれは本来冒険者全員に発生する責務だが、黒龍に挑むには足切りラインがある。サポーターやヒーラーでもない限り足切りラインはレベル六だ。それ以下は戦力にならない。
あと何年猶予があるか。それを考えると急ぐ理由はあっても、無駄なことをしている暇はない。オラリオに与えたモラトリアムはもうない。
ザルドが、アルフィアが、エレボスが繋げた希望が失われようとしているのなら最後のゼウス・ファミリアの一人として役目を果たさなければならない。
「……わかった。行ってこい。もう引き止められるような年齢でもないからの」
「そもそもボクに年齢の話をする時点でおかしいのでは?」
「……それもそうか。また色々と不安定になっておる。限界が近いのか?」
「わかりません。どうせ地上が滅びればボクも死ぬ。……いや、ボクは死なないのかもしれません。この身体が壊れるだけで、ボクはずっとこの星に在り続けるのでしょう」
「
「あなたがそう言うのならそうなんでしょう。……ああ、その子もオラリオに連れて行きますが、良いですね?」
「はぁ⁉︎ベルを⁉︎」
サラッと付け加えられた言葉にジュピターは汚く唾を吐きながら机をバン!と叩く。
自慢の孫を連れ去ると宣言されたら慌てるのも仕方がない。
「もう立派な男の子でしょう。何もしないまま農村で暮らして黒龍に殺されるか、ダンジョンで死に物狂いで鍛えるか。そのどちらかですよ。それに彼は、ヘラの最後の眷属だ」
「赤子にそれを求めるのか。この子は恩恵を貰っていなかった。それに儂は、メーテリアにこの子を託された」
「見殺しにしろと言われたのなら、この村に縛り付けておけば良い。断言しましょう。ボクがいる限りこの子は殺させない。ボクの
「……ただの村人か、英雄か。選ぶのはこの子ということじゃな」
ジュピターは息を吐いた後、ベルと呼ばれた少年にこの世界の真実を伝えていく。黒龍の脅威、オラリオの現状。フィリオが連れて行こうとしているファミリアの女神のこと。
自分の正体や叔母のことは伝えなかったが、それ以外は全てを伝えていた。
そして無垢な少年は決心する。
「お爺ちゃん。僕、冒険者になるよ。世界のこととかまだよくわかってないけど、僕は英雄になりたい。お母さんのこともおぼろげにしか覚えてないけど、お母さんには怒られるかもしれないけど。──僕は、英雄になる」
その決意にジュピターは背中を押すだけ。
準備をして次の日にはフィリオとオラリオに向かうことになる。
「ヘルメスのとこは辞めるのか?」
「残る理由がありませんから。そういう契約です」
「あやつ、儂の所に来る度にやつれておったが……。お前さん何かしたのか?」
「ランクアップが速すぎる。外にいるとは思えないとか言われましたよ。外にだってレベル七や六はいるんです。それをオラリオが認めないだけで。手段が邪道だったり、本当の英雄を知らずに
「神はそういうもんじゃ。……ベル、達者でな。たまには帰って来ると良い」
「うん。行ってきます。お爺ちゃん」
二人は出発する。
ベルは旅をしたことがなかったのでその辺りもフィリオが教えながら移動し。
オラリオに着いて二人がまずしたことは。
「腹ごしらえだ。良いお店に連れて行ってやる。お昼なら冒険者も少ないだろ」
「なんてお店ですか?」
「『豊穣の女主人』。ああ、言っておくがハーレムだなんて話はあまり口外しないようにな。君が強くなればいくらでも女の子とそういう関係になっても構わない。きちんと相手のファミリアと相手を説得した上で、だぞ。無許可で子供なんて作った日にはオラリオが敵になる」
「き、肝に命じておきます」
ベルの二つの目標である英雄になることとハーレムを作ることをフィリオは否定しない。強い子が産まれてきてくれるならそれは良いことだと思っているからだ。
ベルの父親みたいに許可を得ずに孕ませるなんてことは論外だ。だからファミリアの関係という話は口酸っぱく伝えた。
大通りを歩いてしばらく。目的の飲食店に入る。
「二人だ」
「いらっしゃいませ!あ、フィリオさん!オラリオに帰ってきていたんですね」
「帰ってきた、は正しいか。今までは立ち寄っただけで今度こそ帰省になる。シル、こっちは自分の甥っ子にあたるベル・クラネルだ。よろしくしてやってくれ」
出迎えられた鈍色の髪をしたヒューマンのウェイトレスへ紹介するようにベルの背中を押す。十二歳のベルと比べたらシルの方が背が高く、フィリオとは頭一つ違う。そんなまだまだ少年と言えるベルを見たシルの目が怪しく光ったことに気付けたのはフィリオと店主のミアだけ。
「ベルさん、初めまして。私ここの店員のシル・フローヴァと言います。よろしくお願いしますね?」
「は、はい!よろしくお願いします!ベル・クラネルです!」
二人は席に案内される。そして注文してしばらくするとミア直々にテーブルに料理を運んできた。
「【
「どういうも何も。本格的にオラリオで過ごそうと思っただけですよ。二人してフレイヤ・ファミリアに厄介になろうと思っていて」
「はぁ?」
「えー!お二人ともフレイヤ・ファミリアに入団なさるんですか?」
ミアは怪訝な顔を。シルは喜色満面な笑みを浮かべていた。
隠すことでもないのでフィリオは頷く。
「フレイヤのところが最速で強くなれる。ただそれだけだ」
「そんな理由で入る奴は初めて見たね……。魅了、にもかかってないか」
「あんなバッドステータスに、癒者であるオレが引っ掛かるとでも?」
「アンタは良くてもそっちの子供はどうするんだい?」
「強くなるのなら魅了に掛かっても良い。本人も了承済みです」
「……こんのお馬鹿たち。アーニャは今日休みだ。また後日顔を出しに来な」
食事を終えて、シルはベルに常連になって欲しいのか手を握ってまでお見送りをしてくれた。年頃の女性に手を握られたことがないのかベルはそれだけで顔を真っ赤にしていた。
『豊穣の女主人』を出た後、二人は別行動を取ることとなる。
「オレは神ヘルメスのところに顔を出して来る。ベルはバベルに行ってヘファイストス・ファミリアの店舗で装備を整えてこい。予算以内に収めて、なおかつ動きやすい格好をすること。防具は最低限で良い。死ぬ時は死ぬ。生き残る時は生き残る。行動を阻害されるよりも動いて避けられるような軽装を目指せ」
「わかりました!」
ベル・クラネルの冒険が始まる。
その第一歩は恩恵をもらうわけでもなく装備を揃えることだった。
言われた場所でベルは運命に出会う。
魔剣を打てる鍛治師の作品に惚れ込み、その人物の装備で統一した。本人とは会えなかったが、良い買い物をしたとベルとしては満点の装備だった。