【挿絵有り】ゴヲスト・パレヱド

磯崎雄太郎

第1話 雪、月と狐と 【挿絵有】

 専用の路線バスが出ていた。燈真とうまが住む燦月市さんげつしから西へ二時間半。直線距離は大したことないが、いかんせん目的地は山間部であり、山を越える必要があった。

 事前に酔い止めを飲んでいた燈真は平気だった。ほかに乗客はいない。これから向かうのは田舎も田舎であり、明確な目的を持ったものでなければまず向かわないのだ。

 そもそもこのバスだって、月に一本運行するだけ。月の第三金曜日の午後四時半に出るのだ。


 燈真は車窓越しに映る自分の顔が、期待でも絶望でも、何色でもない顔色であることに皮肉げな歪んだ笑みを浮かべた。

 冬の空。ちらほらと粉雪が舞っている。燈真は拳をそっと窓に当て、ひんやりとつめたい氷の温度のそれを、今度は掌で感じた。


 西暦二〇三四年、康慈かんじ十六年。妖怪大国・・・・であるこの大和国やまとこくでは、江戸の中期頃から妖怪との共存が本格化して久しい国だ。

 他国では魔物とか亜人、幻獣と呼ばれるそれらは、未だ人目を忍んでいたり、あるいは人間の「狩り」の対象となることから、安住の地を求めてこの大和、特に裡辺地方りへんちほうに流れてくる。


(親父に狐の知り合いがいたなんてな。……いや、いたっけ、かな)


 骨のように白い髪の前髪三房ほどが藍色に染まり、両目も藍色。これは染めているのでもカラコンでもない。

 両親の先祖が「妖怪」で、その血が体色として現れただけだ——あとは、恵まれた体格と、そして人間を優越するフィジカルとしてそれが如実に出ている。


 体がデカい、ぶっきらぼう。調子こいた、スカしたクソ野郎。

 たったそれだけ、燈真は何もしていなくとも、喧嘩を売られる。

 売られるだけなら無視すればいいが、そうするとシカトをこくなと殴られ、当然燈真は返り討ちにする。当然だ、身を守るためにはそれ以外に方法がない。


 そんな生活が中学に上がった頃から卒業まで続いた弊害で、高校で起きた婦女暴行事件の容疑者として逮捕されて一週間の勾留と、高校からは冬休み明けまでの停学を命じられた。

 弁明は、誰も聞く耳を持たなかった。警察も、親も、先生も、弁護士さえも「今はじっとしてなさい」と曖昧に笑うだけだった。


 畜生。


 目元に厳しいしわが刻まれていることに気づき、燈真は首を振った。


「拝啓 漆宮燈真しのみやとうま

 面倒な挨拶は省きます。浮奈うきなの葬式以来ね。あんたが覚えてるかどうかはしらないけど、私は稲尾椿姫といいます。栄えある稲尾家次期当主で、あなたのご両親の友人です。

 人間社会の暮らしに疲れたなら、魅雲村みくもむらにあるうちの屋敷に来てください。

 色々と、心が休まると思います。あるいは、新しい生き方を見つけられるかもしれません。

 今は馬鹿な真似は慎んで、真摯に一つ一つ取り組みなさい。

 敬具」


 そんな手紙が届いたのは一週間前。燈真は家に居場所がないので、すぐに荷物をまとめ、父の名義で引越し業者に連絡を入れた。先方の稲尾家にも連絡を取り、義母がヒステリックに喚くのを、電話越しに、椿姫が「やかましい!」と怒鳴り、黙らせていた。


 これが、燈真が引っ越す理由。

 十二月二日、木曜日。燦月市から直線距離で八二・四キロ。山を越えたバスは、ようやく人里に降りつつあった。


 中心部は地方都市のそれに思えるくらいには発達しており、特に一棟だけ、超高層ビルが立っている。

 あれは——。

 周りには幾ばくかの高層ビル、その周りには繁華街があり、その外周に行くにつれ田舎の風景に溶けていく。

 北側には山に隣接した湖があり、田園や、牧場も存在した。

 のどかなところだった。


「……魅雲村」


 遡ればその由緒は平安時代にまで遡るという。月白御前と呼ばれた九尾の白狐と、当時最強の術師、そして流浪の半神が恐るべき「魎穢もののけの王」——「ヤオロズ」を撃退し、「禁呪の匣」に封印した土地。

 その筋の業界の者にとっては、まさしく英霊伝説の聖地も言うべき村だった。


 燈真を乗せたバスは、村の東側にある商店街前の通りにあるバス停まで律儀に進んで、停車した。

 すでに乗車券は、乗る際に機械に通しているので降りるだけ。燈真はウエストポーチを二つ、腰と胸に引っ掛けて、降りた。

 運転手が「気ぃつけてな」と言って、燈真は「ありがとうございます」と頭を下げ、バスを見送る。


 時刻は、バスが途中でチェーンを巻いていたのもあり(燈真も手伝った)、午後七時。十二月の七時は、もう夜だ。

 裡辺は東北の東、北海道の南東に位置する北国。雪が、本格的に降り始めていた。

 山間部は積もる、と聞いているが、なるほど確かに道脇には雪かきされて山のようになった雪が盛り上がり、建物の玄関は二重構造が多く、断熱性に重きを置いている。


 事前に椿姫と電話した際に「カイロはっつけてありったけ厚着しなさい」と言われたが、よかった、厚着をして——なんならヒートテックを二枚重ね着、トレーナー、セーター、ダウンコートでもまだ寒い。

 俺ってこんなに寒さに弱かったっけ、と呆れながら、燈真は商店街を見た。


 ここに、迎えの「可愛い子」がいると、椿姫は電話越しにもニヤニヤするのがわかる様子で言っていたが。


「あ」

「あ」


 ちょこちょこ歩いてきた、存分に厚着した子が燈真を見るなり声を上げた。

 抱えた紙袋に、いっぱいの熱々まんじゅう。すでに一個頬張っていた。

【挿絵】https://kakuyomu.jp/users/Yutaro-Isozaki/news/16818622170708463383


「あ、あげないぞ!」

「いや、いらないから大丈夫。……稲尾椿姫の言ってた迎えか?」

「うん。とうまでしょ。おねえちゃんが、あんないしろって」

「こんな暗い時間に大丈夫か?」

「へーき。かおなじみ、おおいから」


 幼い彼女はまんじゅうを頬張りながら歩き始めた。見た目は十歳児ほどだが、雪道に慣れているようだ。履いているのはかんじきの取り付けられた専用の長靴で、歩き方も、しっかり雪を踏みつけて滑らないようにしている。

 二本のモッフモフの尻尾が左右に揺れ、白い髪と尾が、月明かりのような色合いで艶を放つ。


 何はともあれ、周りの連中は確かにこの幼い狐の顔馴染みのようで、親しみ深く声をかけるだけで悪さはしなかった。

 燈真は安心し、彼女の後ろをついて行った。

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