ACT5 ブランク数十万年の実戦
「廃工場を根城にする山賊どもの始末、ね」
「殺しは抵抗ある? でも殺せない屑浚いなんてこの先やっていけませんからねえ」
「いや、問題ない。殺しの経験はあるし、覚悟もできてる。この数日で、この時代の命の価値観もうっすら把握した」
移動中のジープで、ベルナはそう言って、俺はどこか昏い声でそれに応じていた。
装備を整えた翌日。時刻は午後六時を過ぎたくらいで、俺たちはオオタキ市を出て南下、元は自動車整備工場であったという廃工場に向かっている。
周囲に簡易的な装甲壁が用意されていることから山賊が安全な根城とするにはちょうど良かったらしく、奴らは破損箇所を廃材で塞ぎ、一応の壁として利用していた。
俺には殺しの経験がある。それはバケモノ殺しの経験ではなく、殺人も含めた意味だ。
リムに半分喰われた上官を射殺する以前、俺は暴徒化した自国民を機関銃で掃射し、撃ち殺したことがある。
あの時の虚無、という輪郭は見えるのに、その内側の空間構造は果てのない「無」である、空間という領域に開いた落とし穴めいた感情に比べれば、明確に敵、と指定された相手を殺すのは、躊躇いはない。
己が守るべき者が鬼のように大挙する光景は、俺にはあのバケモノと大差ないと思えた。
何のために戦うのかわからないと、泣きながら命令に背こうとする後輩を、俺は殴って引っ立たせていた。戦う理由が欲しいのなら俺のために戦え、と命令して。
ただ、俺はもうどこの首輪付きでもないから、そういう「言われたことをやった」ではいつか精神的な限界を迎えるだろう。
外発的動機による行動と、内発的動機による行動。評価、金、名声、という指針を外に向けた行動は、いざそれらの価値に疑いや揺らぎが生じた場合、己のうちに何もないという事実を突きつけられ、立ち上がれなくなるリスクがある。最悪、楽しそうな他人を攻撃し始める。
そういう人間を俺は学生時代に見てきた。成人式で学歴主義だった中学の同級生が、高校ではパッとしない成績しか出せず、明らかに間違った道に進んでいるのを。
早いうち、俺は俺の理由で戦う、ということをしなくてはならない。
「夜襲を仕掛けるのか?」
「ええ。日没まで待機して、最も油断しているであろうリラックスする宵の口を狙います」
「詩的な表現だな。普通に日没直後、の方がわかりやすいだろう」
「私は単細胞っぽいゼロと違って賢いので」
「うるせえな。さっきのこと言ってんなら、あっちが悪いんだろうがよ。殴った方が早かった」
さっきのことというのは、昼飯を屋台の立ち食い蕎麦で済ませたとき(蕎麦は地下プラントでコーパルライト菜園——例のエネルギー樹脂を使ったLED菜園のようなものだ——によって生産されたものを製粉しているらしい)、昼間っから酔っ払っていた屑浚いに因縁をつけられたのだ。
しつこく物理的に絡んだ挙句、胸を揉まれた時に、俺は「しばくぞてめえ!」と怒鳴り、喧嘩になった。
いや、胸を揉まれたら怒るというのは女性的な感情でもないだろう? 男だって酔っ払いに胸を触られたら「なんじゃこいつしばくぞコラ」くらい思う。少なくとも俺はそう思うし、親友のミヤマもそうだった。
流石に加減はしたが、鼻と前歯数本をへし折られた酔っ払いは気を失い、俺は警ら隊に連れて行かれた。
幸い周囲の弁護もあって「次から気ぃつけろ若造」と年嵩の警ら隊員にお叱りを受け、解放されたわけだ。
ちなみに俺は関西と関東の両親がいて、父が関西人である。なのでときどき標準語なのか関西弁なのかわからない、いわゆる似非関西弁が飛び出す。
そのせいで、隊の連中からお笑いライブやれ、とか言われて、仲の良かったミヤマと漫才をしたが、結局スベった。囃し立てた連中すら笑わなかった。こんな酷い話があってたまるか。
さても、ジープが停車。
あたりは低木類が密集しており、道路は整備されているとは言い難い、重たいトラックで踏み固めたような頑丈な幅のある獣道、というくらいのそれが伸びていた。
ジープを隠し、俺たちは徒歩で進む。マップ情報は俺も共有していて、視界に投影されたコンパスバーが目的地を示していた。まるでゲームのUIのような視界である。
「あれか」
俺たちが森林から目にしたのは、高さ五メートルほどの簡易装甲壁。五メートルで簡易、なのだ。実際のところ都市の外部装甲壁は高さ二十メートルに達し、この時代には巨大な幻獣がいることを暗に示していた。
「爆破するのはコストがかかり過ぎますし、気づかれます。
「ああ、左腕に装備してる」
「ならお手本を見せますから、続いてください」
ベルナは言うなり、女騎士風の装甲鎧からは想像できない軽やかさで左腕から伸びたグラップルワイヤーを装甲壁の上面に引っ掛け、巻き上げた。
かなりの速度で引き上げられ、彼女は空中で身を捻って着地した。
俺も真似る。左手を壁の上面に伸ばす。ソフトウェアが起動し、グラップル位置を
ガッチリと掴んだのを確認するなり、俺は巻き上げた。視界が流れ、空中に放り出される——まずい、着地ってどうするんだ!
俺は手足をジタバタさせてどうにか足から着地しようとするが、うまく行かない。やばい落ちる——しかも、壁の向こう側に。
「まあ、上がれただけでもよしとしましょう」
肉声ではなく電波音声でベルナがそう言った。彼女が俺の足首を掴み、壁のヘリから引っ張り上げてくれる。
「あぶねえ、助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
俺はなんとか姿勢を正し、壁の上から廃工場を睨む。
大きな整備場からはライトが漏れており、そこに誰かがいるのは確かだった。
シルエットが人間ではない者もいたが、多分アンスロ族——人外亜種族だろう。
「最初のプラン通り、私がここで狙撃しますから、ゼロは突入をお願いします」
「わかった。位置に着いたら合図する」
俺はそう言って、眼下五メートルの地面に自ら飛び降り、四点着地。
目の前の廃工場を睨み、ライトで照らされている部分を避けて工場内に侵入するのだった。
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