【挿絵イラスト有】ミライセカイのカミノカグラ — 冷凍睡眠から目覚めたら数十万年が経ち、腐った体をサイボーグ化したら竿付きで女体化していた俺の未来世界戦記 —

磯崎雄太郎

EP1 遥か数十万年後の未来へ

Chapter1 Out here only the strong survive

ACT1 数十万年の揺籠 【表紙絵あり】

 銃声が鼓膜を打ち鳴らす。轟く砲号、爆音、悲鳴、それを上塗りする怒号の連続。

 撃ち方の命令で、射撃。迫る、異形の——あれは、そう。——? なんだったか。

 ——ゼン二曹、君は、——むれ! チケットが——。

 誰だ、あんたは。上官——なぜ俺は、上官の顔を思い出せない? 名前も、記憶からこぼれ落ちている。


 赤く燃える空。朱のグラデーションを描く夜空に、大地には、人と、バケモノの死骸と血が撒き散らされている。戦車砲を浴びてなお突き進む、サイのようなバケモノがビルに突っ込み、激甚な破壊をもたらす。

 怪鳥が戦闘機とダンスを踊り、支援戦闘機の空対空ミサイルAAMで肩翼をもがれて赤い電波塔に突っ込む。展望台をぶち抜き、へし折れたタワーが大きな悲鳴と共に崩れ落ちる。


 地獄。

 俺は——こんな、何を見ている? これは俺の記憶なのか? これが、現実なのか?

 いや、そうだ。俺は戦っていた。日本、その首都決戦——。人類の存亡をかけた、総力戦を、最前線で。


 だが連れて行かれる。戦場から引っ張られ、まだ戦おうとする俺を力の強い佐官クラスの隊員が引っ張り、ジープに押し込む。


 ——ウゼン、お前は、生きろ!

 待ってください、俺はまだ戦えます! ——そう、叫んだ記憶は残っていた。


 凌霄花ノウゼンカズラ

 うちの名字は珍しかった。凌霄ノウゼンというアニメキャラクターのような名字はひどく注目を集め、時々揶揄われたりした記憶があったが、先祖代々守ってきたその家名に、自分は、確かな誇りを持っていたことを覚えている。


 だから高校を出てすぐに自衛隊に志願し、鬼教官のしごきに耐え、六年、勤めていた。

 だがその四年目に、「何か」が起きたのだ。

 二年続いた「何か」との戦争は、人類の負けを見込まれ、一部のランダムに人類は地下挿入シェルターや、ギリギリ実用化されていた月面都市、スペースコロニーに避難していた。

 俺は——そうだ、地下挿入されるコールドポッドに押し込められた。何かを注射されて。


 ——冷凍保存はリスクの高い手段だが、安全な時代に目覚められる方に賭けられるチャンスだ。今の注射は、その助けになるものだ。

 ——生き延びろ、ノウゼン。俺の、俺たちの分も。


 そう、声をかけたのは。

 同僚の——。おい、馬鹿野郎。このチケットはお前のだろ!


 待ってくれ。やめてくれ、置いて行かないでくれ。

 コールドポッドに入れられて、体温が急速に奪われていく感覚。麻酔のようなものも噴霧されているのか、それとも冷却の影響か。

 意識が朦朧とする中で、コールドポッドが地中へ埋められていくのがわかった。


 ————————————。

 ——————。

 ——————————。

 ————。


 時間座標差分計算完了。

 西暦六六万・・・二■■■年。

 地表障害物の消失を確認。

 大気成分適合を開始。…………完了。

 適合強化細胞の正常運動率計算完了、規定値をクリア。

 ——被験者を解凍します。


 プシュゥーッという圧搾空気が廃棄される音で、俺は目が覚めた。

 目を開けると視界の右側が黒い闇に染まっていて、寝ぼけていて視界が判然としないのだろうと思ったが、次いで右腕まで動かないことに違和感を覚えた。


 何かおかしい。開いたカバーから外の一歩出ると、そこは俺が連れて行かれた第七実験研究施設のフェンスで区切られた敷地ではなく、完全に外。

 鬱蒼と生い茂る、おそらくはブナの木と思しき落葉広葉樹が生えているのだが、その樹冠は記憶にあるよりずっと高く、低木については記憶にない未知のものだった。まるで知らない、硬そうな山吹色の木の実をつけている。


 俺は左手でポッドの外壁を掴み、体を支えつつ出た。右足に麻痺が残り、満足に歩けない。

 カバーにはノウゼン、の文字があった。ノウゼンカズラ——生きろ、という、記憶の奥で微かに聞こえる、張りのある男の声。

 親しげな、友の——。

 だが、下の名前は完全に掠れて消えており、俺は自分の一番の外面的なアイデンティティを失っていた。


 どれほど眠っていたのだろう。記憶に残っているのは、あの当時で二〇四三年だったこと。

 そういえばコールドスリープから目覚めたら百年、二百年が経っていた、という話は物語ではよくあるなと思い、だがこの状況ならそれはありうる、と思った。


 しかし……。

 あのバケモノどもがいない。どこにも。そしてここは郊外とはいえ整備された都会の一部だったはずだ。こんな、鬱蒼とした大森林のどまんなかではないし——そもそも、斜面やら、切り立った崖やらが見えるのもおかしい。


 地殻変動、という文字が脳裏を掠め、それから自分に関する記憶はないのにどうしてこんな単語を覚えていたり思考はできるのだろうと不思議に思っていた。

 部分的に記憶が欠落するタイプの記憶喪失——長時間の冷凍睡眠による弊害。考えられる理由はいくらでもあった。精神的なショックも、もしかしたらあったのかもしれない。


 それから木々が大きくなったり未知の新種が存在する事実は、気候変動を意味するのではないかと思い、バケモノどもも環境の変化には適応できなかったと思うと、人類は何のために二年かけて総力戦を挑んだのか、馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 ああそうだ、俺は陸上自衛隊の二等陸曹で、「二十四歳でその階級は将来有望だな、おい! 俺のこと楽させてくれよ!」と上官から肩をバンバン叩かれてた記憶がある。

 その上官が下半身をバケモノに食われた時、「頼む、ノウゼン。らくに、させてくれ」と懇願され、俺は射殺したことも覚えている。


 なのに、自分のことは思い出せない。

 俺は自分に興味がない人間だったのか?


 どこへいくべきか、何をすべきか。そもそも右目はおそらく失明、右腕も機能しない、右足麻痺のこの体で、どこへ行けというのか——。

 どこにも、行けやしない。変えるべき世界を、俺は守れなかったのかもしれない。

 その喪失感と虚無が、じわり、と足元から滲み出すのを感じた。


 その時、茂みが揺れて俺は警戒した。着込んでいたスーツに備え付けられていた万能ナイフを引き抜いて左手で構える。こんなものがどの程度役立つか不明だが、そうするよりほかなかった。

 まさかバケモノか。来るなら来い、殺してやる。


 そのとき、茂みから飛び出してきたのは超大型犬並みの大きさのハイエナ。体重は九〇キロを超えていそうで、体長は二メートルを越す。黄色と黒の斑模様で、そいつは一体だが、群から逸れたのだろうかとか思いつつ、俺はどうすれば、と内心焦っていた。

 こいつは——バケモノじゃない。

 なぜならあのバケモノどもは、ヘドロのようなもので体を纏い、コールタールのように黒かったのだ。


 バケモノではない。だが、ならば、これは新世界に適応した全く新しいせいぶつなのか?

 まずい、まずい。心臓が鼓動を加速する。恐怖が、アドレナリンを放出。闘争か逃走を迫られた扁桃体は、本能的に闘争を選択。今の足では、逃げることは現実的ではないと体は知っていた。

 一矢報いろ。本能が、怒鳴った。

 俺は意を決してナイフを振り上げた——と。


 ハイエナの頭が、次の瞬間見えない手で張り倒されたように弾け、破裂。それとほぼ同時に銃声がし、俺は驚いて勢いのままにつんのめり、膝と手をついた。

 狙撃——一体、誰が。


 そこへやってきたのは、騎士甲冑のような装甲鎧を着込んだ顔色の悪い女。

 SFゲームで見るアンドロイドを女騎士にしたらこんな感じだろうと思える外見で、彼女は大きな狙撃銃を担いでいた。

 俺を見るなり「大丈夫ですか?」と声をかけてくる。

 俺はどうにか立ちあがろうとしたがうまく行かず、彼女に助けられつつ、どうにか立ち上がった。


 アンドロイド——実用化されていたのか? そんな話は聞いていない。プレビュー用の出来のいいモデルはあっても、こんな有機的に動くアンドロイドは知らない。

 そういうコスプレをしてそれらしい演技をするパフォーマーは知っているのだが。

 だが、こいつは違う。質感も、雰囲気も、アンドロイドなのだ。


「ありがとう……俺はノウゼン。陸上自衛隊、二等陸曹。悪いが、どこの部隊の所属だったかを思い出せない」

「リクジョウジエイタイ……? 隊、ってことは、軍隊ですか?」

「厳密には違うが、まあ認識としてはそうだ。国……の名前も、思い出せないが、とにかくその国土を守る組織だよ」

「そんな組織も、クニってのも聞きませんが……どこかの企業都市ですかね」


 話が噛み合っていない。と、そこで女(アンドロイド? そんなのが実在するのか? こんな精巧なロボットが?)はコールドポッドを見た。

 そこに近づき、うなじのジャックからコードを伸ばして外装をとんでもない怪力で剥がし、剥き出しの機械に接続する。今ので、こいつがコスプレした人間ではないことが明らかになった。


「ノウゼンさん。……日本人ですね。名前は違いますが」

「違う?」

「記録では、ノウゼンという人間ではなく、ミヤマヘイゾウがここにいるはずだったんです」


 ミヤマヘイゾウ——俺の同僚で、階級は一個下。別の部隊にいて、そいつとはライバルで、親友で、悪友だった。

 そうだ、本来はあいつがここで眠るはずだった。それを、外装の己の名を塗りつぶし、俺の名を勝手に書いたのだ。

 あいつも……死んでしまったのか。

 いや、いまは……。


「……あ、ああ! そうだ、日本国陸上自衛隊、そうだ、そうなんだよ! 仲間は、あのバケモノは!?」

「落ち着いて聞いてください。日本という国は、数十万年前に滅んだ、超古代文明の一つなんです」


 ……?

 なに、を。こいつ、今何を。


「数十万年前、どこからともなく現れた怪物「リム」と、その後に起きた地殻変動と気候変動で世界は一度滅んでいます。その後わずかに生き延びた人類が空から降りてきて、地上で進化した。それが今の歴史です」

「まっ、ま……待ってくれ。数十万年も俺は寝てたのか!?」

「右目の白濁、腕と足の異臭……気づいていますか? あなた、少なくとも右手足は末端から腐っているんですよ。それがその証拠になりませんか?」


 俺は今全身タイツに近いスーツを着てる。それを脱いで手足を確認する勇気は、俺にはなかった。

 そして嗅覚が慣れてしまっていたのだろう。指摘された俺は右手に鼻を近づけ、その腐敗臭に吐き気を覚えた。


「ついてきてください。事情はしっかり説明しますが、今は命を大事に生きましょう」

「ドラクエってまだシリーズ続いてるのか?」ふざけないとやってられなかった。

「それが何なのかは分かりかねますが、急ぎますよ」


 女は俺を素早く担ぐと斜面を降りていき、停めてあったジープに乗り込んでエンジンを回し始めた。

 ジープは土煙をあげて道路を下っていき、俺が眠っていた山から遠ざかるのだった。



【表紙】https://kakuyomu.jp/users/Yutaro-Isozaki/news/16818622170557905391

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