2024.12.20 Friday
トランプ氏の産業政策占う船舶法案
トランプ次期米大統領は1期目に米製造業を強化すると語っていたが、実際にはほとんど支援策を講じなかった。産業政策はバイデン大統領が注力してきた分野で、トランプ氏は大統領に就任したら数カ月以内に、半導体や電気自動車といった業界への政府支援を取りやめるだろうというのが大方の見方だ。
しかし、筆者の見方ではトランプ氏は煙幕を張っているだけだ。トランプ氏は2期目は独自の産業政策を打ち出す可能性がある。それは特に安全保障とビジネスが交差する分野に焦点を当てたものとなるだろう。
次期大統領補佐官が民主党と共同で法案を提出
近くその意味で、トランプ氏が追求する政策がどんなものなのかを初めて垣間見る機会がありそうだ。
超党派で策定した「米国のための船舶法(Ships for America Act)」が提出される予定だからだ。この法案の提案者には民主党のケリー上院議員(アリゾナ州選出)や、トランプ次期政権の国家安全保障担当の大統領補佐官に指名された共和党のウォルツ下院議員らが名を連ねている。
ウォルツ氏は労働者の側に立つ多くの左派寄り民主党議員と同様に、経済と安全保障の分野における中国パワーに対抗するための幅広い取り組みの一環として、米国は海運と造船の業界を立て直す必要があるという強烈な思いを持っている。
大統領補佐官に近く就任する議員が、議会を離れる直前に法案の共同提案者となることは珍しい。このウォルツ氏の行動は、新政権に加わる多くの高官らが、米国の産業基盤再構築に向けた取り組みを政府が支援すべきだと考えている事実を物語っている。
次期政権入りするこれら高官には、ウォルツ氏のほか、国務長官候補のルビオ上院議員(フロリダ州選出)、通商代表部(USTR)代表候補の弁護士グリア氏、産業通商政策担当の大統領上級顧問に指名されたナバロ氏らが含まれる。
「米海運と米造船はあまりにも脆弱」
今回の法案は、レーガン政権時代の政策から決別することを意味する。当時、冷戦に伴う国防支出が造船所を支えるのだからという認識から、商船を建造する造船業界への補助金が大幅に削減された。だが、冷戦は終わり米造船業界は崩壊した。
ケリー議員(元宇宙飛行士で元海軍大佐)は先週、「自分が米国商船アカデミーを卒業した1986年には、米国旗を掲げた外航船は400隻あった。それが今は80隻だ。中国はこれに対し5500隻を保有している。これは米海運も米造船もあまりにも脆弱ということだ」と筆者に語った。
ウォルツ氏はケリー氏と一緒に登壇した最近のイベントで、こう語った。
「我々は医薬品やレアアース、半導体など、中国が生産していて米国がもう生産していない物品の供給を中国が止めることができるかをよく議論する…(中略)確かに中国が(商業)船団の使用を全て禁じれば、米経済全体を文字通り停止させることは可能だ。
中国は船舶を軍艦に転用したり、自分たちの船舶を地政学的影響力を発揮するための手段に変えたりすることもできる。だが、そんなことは到底受け入れられない」
ウォルツ氏は台湾や日本、フィリピンなどアジアの同盟国に対する中国の脅威や、朝鮮半島で危機が発生するリスクについて公に懸念を表明してきた。そして、海軍の強化だけでなく商船を建造する業界の強化がなぜ必要か、海軍と商船の関係についても指摘してきた(兵士の装備や物資の輸送の約90%を商船が担っている)。
それは今や中国と多くのアジア諸国がよく理解していることを改めて浮き彫りにする。半導体でも船舶でも、どんな製品であろうと迅速かつコスト競争力のある形で生産するには一定の規模が必要ということだ。
造船の場合、米国で船を建造すべく投資を促すには、政府による新たな補助金提供と同時に、一定の需要があることを示す必要がある。今回提出される新たな法案には、こうしたアメとムチの要素が盛り込まれることになる。
米、カナダ、フィンランドで砕氷船を共同建造
もちろん、バイデン政権も造船の問題には全力で取り組んできた。デルトロ海軍長官は1年以上前にハーバード大学での演説で、海洋戦略について新たなビジョンを示した。産業戦略から同盟各国および民間部門との協力を含むものだった。
彼はさらに先週、海軍協会が開いた国防フォーラムでこれをさらに詳しく説明し、「海洋商船で大きな力を長く誇ることなく、偉大な海軍を長く維持できた例はない」と強調した。
このデルトロ氏の構想は、カナダ、フィンランド、米国が11月、共同で極地砕氷船の生産を目指す「ICE協定」に関する覚書に署名したことで大きく前進した。
3カ国の提携は、北極圏における安全保障上の懸念に対処するとともに、米産業の生産能力を高め、高賃金の雇用を増やすことを目指している。同協定はバイデン政権のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)も後押ししている。
同氏は今秋、「船舶は産業戦略のいわば新たな半導体だ」と筆者に語った。
そもそもの発案者はトランプ氏
こうした取り組みはバイデン氏が推進してきただけにトランプ氏は大統領就任後、即、葬り去るのではないかと思うかもしれない。だが実際には今後10年で米国の砕氷船を強化するという考えを最初に打ち出したのはトランプ氏だ。
トランプ氏は、米国が砕氷船の強化を図ることは安全保障とビジネスという両面で北極圏での中国とロシアの影響力拡大に対抗する手段になるとみてきた(北極圏の氷が解けるに伴い資源の採掘や海上輸送の機会が増大している)。
彼はあの口調で「俺の産業政策を実行するのに、なぜこんなに時間がかかったんだ?」と言いそうだ。
しかも造船に関する産業政策は労働者の広い支持を得ているだけに、議会で容易に成立する可能性は高そうだ(民主党も共和党も労働者の支持を確固たるものにしたいと考えている)。
米国の複数の労組団体が今春、中国が米国との貿易で不当な措置を続けているのは米通商法301条違反だとして訴えた際に、造船分野のコーディネーターを務めたマイケル・ウェッセル氏はこう指摘する。「こうした産業戦略では共和党と民主党は多くの点を共有している」
そこには米製造業を立て直し、技能などの職業訓練を強化したいという意図も含まれる。
「今回の法案は、トランプ政権が産業戦略に真剣に取り組むつもりがあるのかを試すものとなる」とウェッセル氏は言う。同時に、新政権のかじ取りをするのはMAGA(米国を再び偉大に)を信奉する一派なのか、それともウォール街派なのかを探るヒントも得られそうだ。