<再考察>マルちゃん「赤いきつね」CM 油揚げの「うるおい」「柔らかさ」と「女性らしい」映像世界
熱々のつゆと湯気のインパクト
赤いきつねを取り上げた「おうちドラマ編」のCMコンセプトを一言で表現するとすれば「うるおい」がふさわしいだろう。「柔らかさ」としてもよさそうだが、強いてどちらかを選ぶのであればやはり「うるおい」に軍配を上げたい。というのも、CMの世界観が水分を基調として形成されているからである。CMを構成する20のショットはそのために動員されている。
カップを満たす熱々のつゆと立ち上る湯気は、強烈な視覚的インパクトを放ち、ASMRを意識したシズル感を強調する音響とあいまって商品の魅力をアピールしてくる(ショット4)【図1】。そして、うどんの蒸気と、上気して紅潮した女性の頰が画面にうるおいを与える(ショット9)【図2】。そこに寒色系の青白い光を反射したテーブルと氷水入りのグラスのショットがアクセント的に短く挿入され、暖色に満たされたカップ内の様相と鋭く対比される(ショット10)【図3】。その直後には箸で持ち上げられた(つゆのよく絡んだ)うどんのショットが続く(ショット11)【図4】。背景のピンク色のセーターが、太麺の白さを際立たせるためにわざわざ選び取られた小道具であるのは言うまでもない。
1秒のショットに緻密な設計
ちなみに寒色と暖色は同一画面内でも対比されている。女性を真後ろから捉えた画面(ショット3)【図5】と真正面から捉えた画面(ショット14)【図6】を見ると、ちょうど女性を軸にして部屋の左右が寒色と暖色にわかれている。正面から捉えたショットでは、卓上のティッシュボックスとグラスの中の氷水の高さがそろっており、赤いきつねのカップの縁がそれよりほんの少しだけ高い位置にきている。また、カップは女性の身体の中心部分にあり、前を開けたカーディガンの間にすっぽり収まっていることも確認できる。 この画面(ショット14)で大きく動くのはリモコンを持った女性の右手だけである(ショットの終わり際の瞬きと浮かび上がる涙も重要ではあるが)。その右手はグラスとカップの間の空間を効率的に利用している。一般に人の視線は動くものを追う。だから下ろした右手のすぐ横には主役の赤いきつねが鎮座しているのである。画面右側は、卓上のメガネの弦を起点にして、ふんわりとした暖かみのある色に包まれている(ショット3では部屋の光源が明かされている)。わずか1秒ほどのショットだが、緻密に設計されたものであることがうかがえる。 側面からの画面(ショット19)【図7】では、部屋の大きな窓の外に都市の夜景が見えており、凍(い)てつく外界との対比で暖かみのある女性の自室が表現されている。ほかのショットにも共通することだが、総じて後景の焦点がボケているのも作品世界の構築に一役買っている。最後の画面はもちろん赤いきつねのカップのクローズアップである(ショット20)【図8】。窓越しの夜景をバックに、カーテンの間に収まっていることで、赤色がよく映えている。ここまで作り込んだクリエーターの熱意にはただただ頭が下がる。 さて、カップうどん=商品が主役の座を占めている以上、それを食べる女性もまた商品の魅力を引き立てるための道具に過ぎない。涙が女の武器であるとすれば、それを使わない手はないだろう。じっさい、CMの視覚面において、道具としての女性が果たしている最大の貢献は涙を流すことにあると言っていい。女性が泣いているのは、彼女が自室で鑑賞している(おそらくは恋愛)ドラマに心を揺さぶられているからのようだ。大粒の涙をたたえて潤んだ瞳は、彼女の眼前を漂う湯気と混じり合って画面の湿度を大いに引き上げている(ショット5)【図9】。メロドラマは女優の泣き顔のクローズアップを要請し(注2)、その姿を見た女性観客は紅涙を絞る(そして随伴している男性をとりこにする)。映画が女性の涙を飽かず描き続けてきたのは、視覚的快楽の文字通り源泉だからである。それは個々の作り手の創意を超えた、映画/映像史の総意である(注3)。
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