「いやいやいやいや!! そういわれて食う奴がおるかい!!」
ロキが怒り狂い、差し出された『くさりもち』を払いのけた。
しかし、すぐさまザルドが受け止めた。神を神だと思わぬ小馬鹿にした笑みを浮かべ、神々に説く。
「なんだ。食べ物を粗末にするなと教わらなかったのか?」
「それを食べ物扱いすること自体冒涜よ!」
普段の優雅さをかなぐり捨てたフレイヤが大声で罵る。
美の女神はあんな醜態を晒すなら、送還された方が何十倍もマシだと思った。
「貴様ら……賢しげな策略にフレイヤ様を巻き込むか。その侮蔑……万死に値する!」
「…………女神を侮辱するものは、誰であろうと容赦はせん」
ヘディンとオッタルが武器を構えてフレイヤの前に出た。決死の覚悟で彼女を庇う。
例え勝ち目がゼロに等しくても、女神への冒涜を許す訳にはいかなかった。
そんな一触即発の中、ザルドが何気ない風に切り出した。
「そういえば、いい忘れていた。ベルの入団するファミリアだが、今ここで『くさりもち』を食べた神の中から選ぶつもりだ」
「いただきます」
「……フレイヤ様? 気でも狂われたのですか、フレイヤ様!?」
ザルドから『くさりもち』を受け取って即座に口に入れようとしたフレイヤから、ヘディンが慌てて餅を取り上げる。
「返しなさい、ヘディン! それを食べるだけでベルが手に入るのよ!」
「落ちついて下さい! あくまで確定ではなく、候補に入るだけです。それだけのために尊厳を捨てるおつもりか!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ヘディンが高く持ち上げた餅を取り返そうとするフレイヤ様。
美の女神というか、もはやなんか可愛い生き物になっていた。オッタルが仏頂面で内心和んでいた。
「無論、その際は私たちもベルと共に『
「ロキ、せっかく差し出された御菓子を断るのは失礼だよ。さあ」
「せやなあ。んじゃここは景気よく一口で……って、なにが『さあ』や! アホか!! 主神の尊厳を売り渡すつもりか!?」
「ははは! 主神の尊厳を売り渡すだけでベルと最強の保護者が手に入るのなら、安いものだよ」
フィンがとてつもなく良い笑顔でロキの背中をぐいぐい押していた。
必死に踏ん張るロキであったが、一般人レベルの身体能力で抵抗できるはずもなく、ずるずると前に進んでいく。
「リヴェリアーー! リヴェリアならこんな惨い仕打ちとめてくれるよな!?」
「…………すまないロキ。尊い犠牲になってくれ。その雄姿は生涯忘れない」
「リヴェリアああああああああ!?」
まさかの副団長にまで裏切られ、ロキが絶望の叫びを上げた。
「とはいえ、無条件とはいわないだろう?」
喚くロキを押す手をとめずに、フィンが最強の眷属達に問う。
「当然だ。俺たちは『
「加えて先に述べた通り、どのファミリアも区別なく鍛えあげる。例え敵対するファミリアであろうと、有用ならば我々は手を貸すことになるだろう」
「……ずいぶんと吹っかけるな。これでは所属している意味があるのか?」
シャクティが渋い顔をしながら苦言を呈す。
元々自らの主神を売り渡すような真似はしないつもりだったが、これでは他のファミリアも躊躇うのではないか。
自覚はあるのか、ザルドが『くさりもち』を弄びながら利点も上げていく。
「多少の優遇くらいはしてやろう。遠征する際も非常時以外なら同行する。そもそも人の良いベルが入団する時点で過剰なほど益はあると思うがな」
「うむ! ならばこのガネーシャ! キビキビするのも異論なし!」
「おお……! ガネーシャ様がいつもより輝いて見えるよ」
可愛い眷属達のため、我が身を犠牲にしようとするガネーシャに、アーディが尊敬の眼差しを向けた。
シャクティはとめたいところだが、メリットが大きすぎてとめるにとめられないでいる。
しかし、ここでようやくアリーゼが至極当然の質問をした。
「いやいやいやいや!! そもそもなんで神様達にそんな物騒なものを食べさせようとしているの!?
「ア、アリーゼのいう通りです! アストレア様を汚辱にまみれさせる訳にはいきません! …………でも、食べればベルが入団してくれる?」
「リオン? ちょっとリオン!? 貴女の『正義』が揺らいでいるわよ!」
「…………はっ!? と、とにかく我々は断固反対です!」
一瞬団結に亀裂が入りかけたが、どうにか持ち直してアストレアの眷属達は断固として暴挙を受け入れない姿勢を見せた。
フィンやヘディン達と異なり、話の本質を理解できぬ小娘達にアルフィアがため息をつく。億劫ではあるが、説明するために口を開いた。
「理由は単純だ。現にギルド職員でさえ裏切者が出たのだ。例え味方だろうと裏切者ではない保証はない」
「……アストレア様を信用してないっていってるのかしら?」
普段の陽気さが鳴りを潜めて、アリーゼが静かに怒りを込めながら問いかける。
そんな下らない理由で洗脳しようというのなら、一戦交えるのもやぶさかではないと。
それをアルフィアは鼻で笑い飛ばした。
「愚鈍に過ぎる。信用なくば、そもそもこの場に召集など掛けん」
「で、では何故アストレア様を洗脳しようというのですか!?」
「……前提が間違っている。洗脳のためではない。我らが欲しいのはお前たち主要なファミリアの神が『くさりもち』を食したという事実だけだ」
喚くリューを煩わしく思いながらも、アルフィアが珍しくも律儀に答える。
しかし、答えがわかってもアリーゼとリューはますますわからなくなっていた。
「えっ? つまりどういうことなの!? わかるように説明してちょうだい!」
「……まあ、要するにだ。味方側のファミリアに裏切り者がいるかもしれない。そのために『くさりもち』を利用したいけど、はいそうですかと簡単に食べる訳がない。だまし討ちで食べさせれば禍根を残す。ならどうするか? ――答えは簡単。上に立つファミリアが率先して食べる」
うちは弱小ファミリアだから無関係だと言い張れるよなーと、言い訳を考えながらヘルメスがアリーゼの疑問に答えた。
そんな神を見透かして肩をがっしり掴んでいるアスフィが更に補足する。
「つまり私たちもやったんだ。お前たちもやらないはずないよな、と圧力を掛けるという訳です。取り分け神ロキ、神フレイヤが実践すれば従わぬファミリアはほとんど存在しないでしょう」
「ここまでやって拒否するような神には無理やり食わせればいいしな。……ところでアスフィ、肩が痛いんだけど、放してくれないか? ……くれないよなー」
逃げ出そうとするヘルメスを笑顔で威圧する。
このアスフィ、自分の仕事が減るのならたとえ主神であろうと売り飛ばす。
「味方を疑うのですか……? 確かに現にギルド職員が裏切っていますが……。い、いや、それでも疑心暗鬼で行動に移せば、信頼をなくしてしまいます!」
「そうだね。だからこそ、神だけで済ませる。全ての冒険者に試せば確実性は得られるが、それ以上に失うものが多い。ならば妥協して、この餅で神が完全に味方側だと判断してから、眷属達に裏切っていないかどうかさりげなく聞いてもらう。僕はね、利益に目が眩んでロキの背を押している訳じゃないんだよ?」
「嘘つけええええええ――!! 半分は利益目的やろがああああ!!」
リューの訴えには答えたが、フィンはロキの絶叫をあえて無視した。
しかし、それでも納得ができないとリューが更に食って掛かろうとした時、アストレアが優しく引き止めた。
驚くリューに対して、アストレアは今にも消えてしまいそうな儚げな笑みを浮かべて一言告げる。
「――いいのよ」
全てを覚悟した正義と秩序の女神の偉大な姿であった。
リューとアリーゼはもはや何もいえず、苦痛を堪えるように歯を食いしばり、せめて最後までと傍に控える。
「ロキ、我儘をいっているのはお前だけだ。最大派閥の矜持があるのなら観念して受け入れろ」
「いややああああーーー!! うちは絶対に食わん!! キビキビなんてせんぞおおおおお!!」
「あの、俺も食べるなんていってない…………あっ、はい。食べます。食べますから肩を抉るくらい力入れるのやめて、アスフィ!?」
ひっそりとヘルメスも食べることが決定した今、鋼の意思で食べないと主張するのはロキだけになった。しかし彼女は女神であることを忘れて、鬼神のような表情で踏ん張り始めた。
フィンもこれ以上力を入れると怪我をさせてしまうので、どうにもできない。
リヴェリアが説得するが聞き入れない。いつもの飄々とした態度をかなぐり捨てて、嫌いな食べ物を拒否する駄々っ子と化している。
リヴェリアママでもあやすことができなかった。
「くっ、存外粘るね。……そうだ、ベル。神経毒入りの『くさりもち』ならキビキビしなかったりしないかい? 神経毒を注入させた途端、あの『信者』も大人しくなったみたいに」
「……すみません、残念ながら個人差があって。数秒だけキビキビする時もあれば、十分以上キビキビする時もあります。こればかりは食べないとわかりません」
「聞いたかいロキ。一瞬キビキビするだけで済むみたいだ。だから我儘いわずに、さあ」
「お前それハズレ引いたら終わりやんけ!! キビキビするくらいならうちは死ぬ!!」
迫真の表情で自死も厭わぬロキ。
「モモモ、モモワーーーーイ!」
そんな無様で滑稽な神を見て、モモワロウが嬉しそうに笑っている。
感情を読み取れないウツロイドも、少しだけ揺らめく速さが上がって笑っているように見えた。
喧騒の中『信者』だけがただ一人、静かに立っていた。
「皮肉なものだな。神は子供の嘘を見抜くことができるが、神が嘘をついているかは見分けられない。そのせいでこいつを食う羽目になるのだからな」
もはやどちらが
すると突然リヴェリアがザルドから『くさりもち』を取り上げた。
察したザルドがあえて奪われるままでいると、リヴェリアが餅を片手にロキににじり寄った。
「ほらロキ、口を開けろ」
「よかったね、ロキ。念願のリヴェリアのあーんだよ。こんな機会、逃したら二度と訪れないだろうね」
「……くっ! わ、罠やとわかってんのに、美少女のあーんに逆らえへん……!」
びくんびくんしながら、ロキがゆっくりと口を開いていしまう。そのままリヴェリアは強引に餅を突っ込んだ。
「ふごっ!? …………おっ? 意外と美味しい………………キビキビーーーーー!」
ロキがキビキビ踊り始めた。そのダンスはキレッキレッだった。
フィンが腹を抱えて笑い始めた。まるで悪戯に成功したクソガキみたいだった。
その雄姿を生涯忘れないと誓ったリヴェリアが我慢できずに吹き出した。はしたなくも声を上げて笑い続ける。
あかん光景を唖然とした表情で見る冒険者たち。ヘディンですら呆然としてしまっていた。
その隙を美の女神は見逃さなかった。
ヘディンから餅を奪い取り、とめる暇もなく口に入れる。
「これで、ベルが私のものに………………キビキビーーーーー!」
フレイヤがキビキビ踊り始めた。その表情は怪しく男を誘うように蠱惑的で、さすがは美の女神といえた。
でも、踊っているのはキビキビダンスである。
「フ、フレイヤ様ああああ!!」
ヘディンが普段の冷静さをかなぐり捨てて、その場に崩れ落ちた。
女神の暴挙を許してしまったことを極東スタイルのハラキリで詫びようとするも、オッタルが慌ててとめに入る。
しかし、暴れるヘディンをとめながらもその目線はフレイヤのキビキビダンスに釘付けであった。
オッタルはなんだかイケナイ不思議な気持ちになっていた。
「うおおおおおおお! 俺も続くぞおおおお! ………………キュビキュバアアーーーーー!!」
「えっ? 俺も食べる流れ? だよねー………………キ、キビキビー……!」
続いて男神二柱も『くさりもち』を食べた。
ガネーシャがキビキビ踊り始めた。その踊りはとても情熱的で激しかった。
ヘルメスもキビキビ踊り始めた。他の神に比べると大人しく、どこか恥ずかしそうだ。
ベルは過去に『くさりもち』を食べてしまった姉と親友を連想して、なんだか懐かしい気持ちになった。
「…………ガネーシャ様」
シャクティは主神の献身を見て、心の底からお労しいと感じた。
なお、その隣で妹は遠慮容赦なく笑っている。
アスフィは日頃の鬱憤が少しは晴れたのか、爽やかな表情でヘルメスのキビキビダンスを見守っていた。
「…………やっぱりできないわ!! アストレア様をキビキビさせるなんて、私は嫌よ!」
「こんな……こんな暴挙、やはり許されていいはずがありません!」
邪神の儀式でももう少し品があるだろう光景を見てしまったアリーゼとリューは、今まさに餅を手にしていたアストレアをとめに入る。
その眦には涙が溜まっていて、彼女たちは本心からアストレアの身を案じていた。
そんな正義の使途たちに女神は語り掛ける。
「……アリーゼ、リュー。私は貴方たちに絶対の正義を教えることなんてできない。でも、一つの道を示すことはできるわ。例え悪路に見えようとも、この道を進めば必ず救える命があるのよ」
そういい残したアストレアは、眷属達の制止を振り切って餅を口に含んだ。
「アリーゼ、リュー。これも一つの『正義』の形よ………………キビキビーーーーー!」
とうとうアストレアもキビキビ踊り始めてしまった。何故か笑顔で規律よく踊っていて、どこか楽し気に見えた。
女神の啓示を受けた眷属達は、涙を流しながら正義の姿を見つめていた。
「…………ここは
全てを見ていたギルド長が、ギルドにいることも忘れて声を震わせ怯えながら呟く。
「ようやく全員食べたか。……しかし、ここは騒々しい。部屋を変えるか」
「お前は鬼か。……まあ。神々も俺たちに見られることを望まぬだろう」
とんでもない仕打ちをしでかした張本人の一人であるアルフィアが、煩わしそうに眉を潜めて提案した。ザルドが呆れながらもフォローをして、他の者へ退出を促す。
この場に反対するものは誰もいなかった。
……オッタルだけがなんだか名残惜しそうにしていた。
「神様にあんな真似をさせてしまい、本当にすみませんでした……」
「…………いえ。貴方は最後まで反対していました。恨んでいませんよ」
別室に移動した後、ベルは真っ先に神々の眷属達に謝罪した。リューが各人を代表するように謝罪を受け入れる。
ヘディンは女神を貶めた恨みを抱えていたが、その女神がよりにもよって自分から堕ちていったので何もいえなかった。苛立たしそうにしつつも押し黙る。
笑っていた者たちも正気に返ったのか、気まずそうに沈黙していた。
重い沈黙が場に伸し掛かる。
アルフィアだけが満足げな顔をしていた。
「……その、なんだ。このまま時間を過ごすのも無駄だろう。ベル、こいつらに今のうちにポケモンの基礎知識を教えたらどうだ?」
「あっ、うん。そうだね。でも皆さん、今の状態で頭に入りますか?」
ザルドが気を利かせてベルを促す。しかし、ベルは皆の心象が心配であった。
「いや、大丈夫だ。僕たちは時間を無駄にできない。講義をしてくれるなら喜んで受けるよ」
フィンがベルの気遣いを嬉しく思いながら提案を受け入れた。
他の者も異論はないのか一言肯定したり、頷いたりしている。
……たった二人を除いて。
「あのねベル、私バカなの! だからきっとお勉強しても理解できないわ! フフーン!」
「アリーゼ、自身満々にいうことではないです……」
薄い胸を張っていってのけたアリーゼに、リューがあきれ顔で突っ込む。
「大丈夫です。わかるまでちゃんと教えますから」
そんなアリーゼを馬鹿にすることもなく、ベルは胸を叩いて請け負った。
「……俺には学がない」
勉強と聞いてその巨体を縮めていたオッタルが、自信がなさそうに呟いた。
「安心してください。向こうの世界では小さな子でも習うような内容です」
『猛者』の言い訳をベルは容赦なくぶった切った。
アルフィア達が戻ってくるまで最強であった男は、むっつりと押し黙ることしかできなかった。
「それじゃあ皆さん大丈夫そうですね。では、今からメモや筆記用具をお借りしたら勉強を始めましょう」
ベルが笑顔で宣言した。
おバカ二人はそんなベルに従う他なかった。
フィンやヘディンがそうそうに基礎知識を習得し応用に手を出していたり、大なり小なり時間を掛けつつも他の者が基礎知識を会得する中、バカ二人がタイプ相性でうんうん唸り声を上げ続けていたのはいうまでもないだろう。