瞼の裏に


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作:333Yon
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第3話:4年前


迷宮都市(オラリオ)を訪れると、噂に聞いていたとおり都市は希望に満ちているように感じた。

『暗黒期』が終わったのだ。

それを都市中に満ちる雰囲気として実感する。

正義を追求する者たちが、ついにこの秩序という結果をもたらしたのだろうと考えた。

 

我慢できなくなった私は父に無理を言って時間をもらい、迷宮都市(オラリオ)滞在早々にギルドへ赴いた。

回数を重ねることで手慣れてきた『献金』手続きをしようとしたが──、できなかった。

対象の【ファミリア】──【アストレア・ファミリア】がすでにこの都市に存在していなかったからだ。

思考が止まる。一体、どういうことだ?

私に衝撃的な事実を告げたギルド職員は、次いで私の心に追い打ちをかけてきた。

眷族は一人を残し全滅。【疾風】だけは生き残っているが、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に掲載されている。さらに一部の商会からはその首に賞金までかけられている、と。

 

赤髪の団長も、小人族(パルゥム)の少女も。あの日中央広場(セントラルパーク)で見かけた少女たちが皆、もういない…?

秩序のために戦い続けていた正義の眷族たちが、もう…?

信じられない。

そして、瞼の裏の恩人の姿を思い浮かべる。彼女は生きているという。でも、お尋ね者として。一体なぜこんなことに。

 

顔を青くして何が起こったのかと聞く私に職員は、【疾風】が複数の組織を襲撃したほか、大量殺人を犯したからだと述べた。

それ以上のことは全く教えてもらえなかった。

 

失意のままギルド本部を後にする。

信じられない。

信じたくない。

私は、得たばかりの情報を否定するための情報を求めて彷徨いはじめた。

 

短いながら過去に付き合いのあった先を訪れ、話を聞いていく。

【疾風】があそこの商会を潰した、あそこは焼き討ちだったらしい、どこぞ組織が魔法でぶっとばされたらしい、取引相手のあいつが殺された。刃物で一突きだった、罠にはめられた、ギルド職員まで殺したのはびっくりした、ある【ファミリア】の眷族をまるごと滅多刺しにしたらしい。殺した…殺した…殺した…。

否定したい事実を肯定する話ばかりがもたらされる。

商人たちがよく使う酒場にも足を運ぶ。そこでも情報は大きくは変わらない。

本日何度めかの同じような話を聞いていた私の顔が色を失っていく。

 

そんな私の様子に気づかず、現在の聞き込み相手の男がグラスに目を落として口走った。

でも、今こうしてのんきに酒が飲めるのも【疾風】が暴れたおかげかもしれないなァ、と。

バッと男の方を向く。

私の様子に気づいた男はハッとして口をつぐむ。そしてキョロキョロと周囲を伺いだした。

声を低くし詳しく教えてほしいとしつこく頼む私に、ひとしきり周囲を確認し終えた男は安堵の溜息をつく。だが話そうとはしない。

所持金の大部分と、御守代わりに身に着けていた損傷(ダメージ)微小軽減の効果を持つ装身具(アクセサリー)を男の前に出す。金と、換金の容易な商品。今の私の出せる精一杯の情報料だ。

それらに視線をやりつつどこか遠くを見るような目でいた男は、しばらくしてから小声で答えはじめた。

曰く、彼の所属する商会の親商会は【疾風】の首に賞金をかけている。【疾風】の『報復』の対象になっているかもしれないからだ。なぜなら、闇派閥(イヴィルス)と繋がりのあった商会と商売をしていたからだ。という。

答える彼の顔を見て、経験の浅い私の目にさえ他にも後ろ暗いことがありそうだと感じられたが、この場では関係ないことだ。だから話の続きを促した。『報復』という聞き捨てならない言葉も気になる。

彼は『報復』の全容について詳しくは知らなかったが、おそらく闇派閥(イヴィルス)との戦いのなかで【アストレア・ファミリア】が壊滅し、それを恨んだのだろう、と言った。

消された連中は軒並み闇派閥(イヴィルス)と明確に繋がりがあった者や、繋がりが噂される者たちだった。このことから、その『報復』の対象は闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる混沌側の【ファミリア】と、彼らに協力した者たちだと容易に考えられた。

殺されたギルド職員については俺は知らないが…と付け足す彼は、次のような内容を続けた。

彼は、闇派閥(イヴィルス)とその協力者たちが一気に殲滅されたことで暗黒期が終わりを迎えられたのではないかと考えている。似たようなことを考えている者は――少なくとも男の周りには――珍しくないという。

ただし、一部の商会や遺族に目をつけられるのを恐れて、公言する者は決して多くないとも。

だから俺が言ったとは誰にも言わないでくれと言い残し、男は酒場を出ていった。

 

ここでようやく、私の心は少し冷静さを取り戻した。

残り少なくなった所持金から男の分まで代金を払い、店を出る。

ゆっくりと考え事をしながら宿泊先へと足を運ぶ。

――勝手に丸一日フラフラしていた私は、父から大目玉を食らった。

 

 

 

 

その後連日、暇を見つけては一般市民を捕まえて話を聞いた。

直接的な聞き方を避けたためかなり遠回しな問答を重ね時間がかかったが、結果として2通りの反応を見ることができた。

一つは、大量殺人を犯した『恩恵持ち』である【疾風】を危険人物として恐れる人々。

もう一つは、酒場の男と同じような考えを持っている人々。

後者は更に2つの傾向があった。まず、様々な情報を得られる立場にいる人ほど、この考えをもっているようだった。また、【アストレア・ファミリア】に直接助けられた経験のある人々、または直接関わりのあった人々も同じ考えを持っていることが多かった。

 

結局、彼女が犯した罪を否定する材料は、ついぞ見つからなかった。

しかし罪を成すに至った背景と、その罪が生み出した功績に思いを馳せることはできた。

彼女の犯した罪によって暗黒期が終わったのだとしたら。

私達は、この都市は、その結果もたらされた秩序を享受していることになる。

 

仮に私が彼女を発見したとしてもギルドや商会に突き出すことはないだろう。今回の一連の話を聞こうが聞くまいが、それは変わらない。だからこれまでの聞き込みは、私の行動には何の影響も与えない。

だが、おそらく私と同じように「行動しない」人も少なくないだろうと予感することはできた。

 

正しいやり方ではないがその選択と行為のおかげで私達は今こうしていられるのだ。と、一つの結論を得た私は、ここ数日ざわめいていた心をひとまず鎮めることができた。

 

 

 

 

別の日、時間をもらった私は都市南東に赴いていた。

眼前に見えるのは白い石材でできた無数の墓標と漆黒の巨大な記念碑(モニュメント)。――冒険者墓地だ。

亡くなった少女たちのうち、団長の名前だけは漏れ聞いていたので墓を探したが、見つからなかった。半ば予想していたので落胆はない。

代わりにと言っては何だが記念碑(モニュメント)に花を置き、『古代』の英雄たちと同じ(ところ)へ還った少女達、そして数多の冒険者たちに向け黙祷を捧げた。

 

 

 

都市南東にいた私は流しの馬車を拾い、西の大通りへ移動した。

2年ぶりにお気に入りの店へ足を運ぶためだ。

昼時をやや過ぎたころ例の店の近くで降車する。

入店すると、やけに元気のいい茶色い毛の猫人(キャットピープル)に席へ誘導され注文を取られる。…はて、この店員、見覚えがあるような、無いような?

 

料理を待つ間、店内を見回す。

以前とはすこし雰囲気が変わったように思う。おそらく、店員と席数が増えたのだ。

以前訪れたとき、客席空間(ホール)を行き交う給仕(ウェイトレス)は数人の猫人(キャットピープル)とヒューマンだけだったけれど、どちらの種族の店員も以前より多く視界に入るし、以前は見かけなかったエルフまで混じっている。人員増は間違いない。

この店の料理はうまいし店舗もおしゃれなので繁盛して経営規模を拡大したのだろう、と考えた。

 

しばらくしてエルフの店員が料理を運んできた。不慣れなのか少々所作がぎこちない。やっぱり最近増員された店員なのだろう。

彼女の手で器がテーブルに並べられると共に料理名が告げられていく。

ふと、そのエルフの店員の声に聞き覚えを感じ、しばし料理から目を離して彼女を見た。

肩より上で切られた薄緑色の髪。

こんな髪色のエルフと知り合ったことはないし、彼女の顔にすら見覚えはない。―─気がする。

ただ、真剣な表情を形作る目は空色の虹彩を持っていて、それだけどこか既視感があった。

だが青っぽい目などこの大陸にはありふれている。

結局、何が引っかかったのか私が思い至ることはなく、注文の品すべてをテーブルに届けたことを私に確認した彼女は薄緑色の髪をふわりと靡かせて体の向きを変え、去っていった。

 

この店の料理は相変わらず美味しい。

堪能していると、昼時を過ぎた店内は客が減ってきた。

忙しさからやや開放された店員たちのうち、先程のエルフの店員に鈍色髪の店員が何事か教えているのが見えた。エルフの店員は真剣ながらやや柔らかな表情で頷いている。

同僚同士の仲が良好なのは、飲食店に限らず商売をするうえで大切なことだ。雰囲気が良い店なら食べる料理もおいしく感じる。

 

やがて完食した私は気分よく代金を払って店を後にした。

 




『私』:悩み多き年頃
『彼女』:17歳
『茶色い毛』:テンションの進化(グレ→普通→超元気)

(補足1)
厄災

復讐(準備含め所要期間数ヶ月と想定)

酒場(ド素人時期)

酒場(チョイ慣れ素人時期)←今ここ

というわけで厄災から約1年経っても所作は洗練されてない感じに解釈

(捕捉2)
店員少なければ回せる席数も少なかったんじゃないかな~店員増えれば席数増やせるんじゃないかな~と勝手に解釈。

(言い訳)
いろんな人に聞き込みを行い断片的な情報を総合してやっと「もしかして暗黒期終わったの【疾風】のおかげじゃね?」と『私』に気づかせたかったけど無理でした。無理ご都合展開ですみません。
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