瞼の裏に


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作:333Yon
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第2話:6年前


父と共に、再び迷宮都市(オラリオ)を訪れる。

1年ほど前に『大抗争』に端を発する『死の七日間』で都市に大きな被害が出たことや、【猛者(おうじゃ)】がLv.7に到達したという話は都市の外でも有名だった。

実際に都市内に足を踏み入れると、街は復興の最中(さなか)だった。『死の七日間』の爪痕(つめあと)があちこちに見える。

『大抗争』に時を同じくして大陸各地では同時多発的に闇派閥(イヴィルス)の攻撃があり、私たちの訪問先の国や都市がいくつも被害を被っていたが、震源地たる迷宮都市(オラリオ)は被害の規模が桁違いであったらしい。

目にする建物の多くには痛々しい修繕の跡。新築に生まれ変わったものも多く目につく。

中には建て替えが済んでおらず基礎を晒したままの箇所や、解体や瓦礫撤去すら未完了の区域もあった。

前回の訪都から2つ歳を重ね少し高くなった視界と、より物がわかるようになった頭でさらに都市の様子の把握に努める。

以前の私は気づかなかったが、無事な建物の中には万引き防止用の柵を備えた小売店などがあり、そこかしこに治安の悪さが表れているようだった。また、道行く人の顔はどこか緊張感を孕んでいるように思う。

父によれば、これでも都市の治安と雰囲気は2年前よりずいぶん良くなったと言う。それ以前と比べれば雲泥の差だ、とも。

ついでに、今度こそ一人で知らない路地裏なんかへ行くんじゃないぞと言い含められた。

 

 

現在、私達父子がいるのは都市南西の商業区。都市外から持ち込んだ商品の一つをある商会へ持ち込むためだ。

相手方は2年前も取引した商会のひとつだが、当時の建物も担当者も1年前に()()()()()()()ため、私達は以前と異なる場所で初めて会う人物と相対している。

父と相手の会話が始まった。

相手の人と成りを知り、商談という本題に入る前には、たいていの場合緩衝材としてジャブの打ち合い(ざつだん)をはさむ。

その中では、自然と『死の七日間』に関する話題も出てきた。

 

曰く、あの戦いで一般市民・冒険者ともに多大な犠牲が出た。

曰く、体を張ってくれたギルド傘下の冒険者たちには感謝してもしきれない。

曰く、あの戦いを経て『邪神』を奉ずる混沌の勢力、闇派閥(イヴィルス)は大きく削がれた。

曰く、あの戦いを生き抜いた冒険者たちの一部は今も積極的に巡回して秩序維持に貢献してくれている。

曰く、それでも未だ闇派閥(イヴィルス)はこの都市に巣食っており、気を抜けない状況である。

――と。

少し前にも、混沌側の(はかりごと)によりダンジョン内で多くの冒険者が犠牲になったそうだ。

多大な犠牲を払って大きな試練を乗り越えた都市は、それでもなお『暗黒期』を脱したわけではないのだ。

街中でもいつ闇派閥による破壊行為が行われるかわからない現状は、以前より改善したとはいえまだ安心できるほどには至っていないのだという。

 

それでもこの都市に住む人々は日々の生活を営む。

そして、混沌との戦いで命をかけて戦った者たちへ感謝をささげ、今なお歯を食いしばり戦い続ける者たちへはそこに期待も添える。

私が耳にした範囲では、ガネーシャ派とアストレア派の二派閥が特に支持されているようだ。

 

私自身も2年前に正義の眷族の一人に救われたことを思い起こし、目に焼き付いた光景を瞼の裏に浮かべた。

私の危機など、この都市の住民が経験した過酷と比べればちっぽけなものだが、あのとき私は確かに救われた。

『大抗争』に端を発する『死の七日間』という未曽有の過酷を切り抜け、今日(こんにち)まで絶えることなく人々を救い続けている正義の派閥に尊敬の念を抱いた。

 

私がそんなことを考えている横で父たちは商談(ほんだい)を進め、やがて笑みを浮かべながら握手を交わした。

 

 

 

 

朝。

中央広場(セントラルパーク)で父に代わり待ち合わせ相手を待っていると、目の前を赤髪の少女が通り過ぎた。――どこか見覚えがある気がする。

記憶を手繰り寄せ、【アストレア・ファミリア】の団長だと気づく。以前目にした炎をまとう姿を思い出す。

なんとはなしに目で追うと、彼女は少女達の集団に合流した。

様々な種族で構成された彼女らは皆戦闘衣(バトル・クロス)や防具を身につけており、多くが得物を持っている。

見覚えのある小人族(パルゥム)の姿もある。

ダンジョンへ赴くのかもしれない。

ならばきっと、彼女らこそが【アストレア・ファミリア】なのだろう。

同時に、厳しい戦いに身を置き続けてきたであろう正義の眷族たちが少女ばかりで驚いた。

荒事などまるで似合わないと思った。

だが実際、都市の秩序維持の一端は彼女ら(アストレア・ファミリア)が担っている。

『恩恵』を持つ神の眷族たちに関しては、私たち一般人の常識などどこかにポイと捨てて考えたほうが良いのかもしれない。

 

視線の先の少女たちが言葉を交わし合い、やる気に満ちた笑みを向け合っている。

その瞳に使命感と自信、そして信頼を宿しているように私には感じられた。

確かな頼もしさと輝きが、彼女らにはあった。

 

──あれこそが都市に秩序安寧をもたらすために日々奮闘する正義の眷族たちか。

──私を救ってくれた恩人の仲間たちか。

胸に熱いものがこみ上げた。

 

一団の中にあの外套と覆面を探したが、見つからなかった。そこに集ういずれの少女も金の髪や空色の眼を持ってはいない。

少女たちが移動を始める様子はない。まだ来ていない仲間を待っているのだろう。

 

ついに待ち人が来た私は、彼女らより先に中央広場(セントラルパーク)を後にした。

 

 

 

 

 

用件を済ませた父と私は都市内を移動する。

例のごとく商談前にジャブの打ち合い(ざつだん)をしているときに、父が相手から聞き出した料理のうまい店に行くためである。

西の大通り沿いの大きな店舗。看板には、教えられたとおりの名前が書いてある。

店の趣、清潔感ともに合格点。私達は入店することにした。

日中は一般市民が、夜は冒険者がよく利用すると聞いている。今は昼時である。

大衆向けの店にしては料金がやや高めだが、許容範囲内だ。

日中は甘味や飲み物だけを頼む客も多いようだが、私達は昼食を食べに来たので腹にたまるものを注文する。

私達の注文を受けた薄鈍色髪の店員が厨房へオーダーを通しに行った。

 

料理の到着を待つ間、店内を見回す。

 

聞いていたとおり、昼時の今は一般市民であろう出で立ちの客が大多数を占める。

心なしか、往来を歩く人々に比べ店内の客の顔は張り詰めた感じがしなかった。安心感を抱いているようにも見える。

私もどこか、安全地帯にいるような不思議な感覚を味わった。

 

店員は皆女性で、猫人(キャットピープル)とヒューマンが殆どのようだ。厨房で動き回る料理人たちに囲まれている大柄なドワーフが店主なのだろう。彼女を見てふとこの店の名前を思い出した。まさに『女主人』にふさわしい貫禄だ。

しばらくして、茶色い毛の猫人(キャットピープル)が料理を運んできた。

料理は素晴らしく美味しくて感動した。

絶対にまた来たい。

 

 

 

宿泊先へ帰る前、父に断りを入れてギルドに足を運び【アストレア・ファミリア】へ『献金』手続きをした。

父には、もう礼はしただろうと呆れられたが、この制度の本来の目的の『支援』なのだと言い張った。

実際、『彼女』への直接の恩の気持ちだけでなく、この滞在中に聞いた()の正義の派閥の話と、中央広場(セントラルパーク)で目にした眩しい姿を見て、あの派閥を少しでも応援したいという気になっていた。

袋の中の手持ちの金貨を確認する。

送れる金額は、2年前より少し増えていた。




『私』:子供。ちょっと成長した
『彼女』:15歳(出番なし)
『茶色い毛』:グレが収まってきた迷子
学区?まだ来てないんじゃないかな
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