疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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10:歓楽街


「やっぱり出て行ったな、リリ助」

 

「やっぱり出て行きましたね、ヴェルフ様」

 

「やっぱり尾行するの、二人とも?」

 

「「当たり前だ(です)」」

 

 昨日よりも遅い時間。

 夕飯を食べ終わり、今日は迷宮探索で疲れたから早めに寝ると、三人にそう言って自分の部屋へと戻った命。

 

 しかしヘスティアがいない所で言ってきたためこれは嘘なのではないかと思い、三人はそれぞれの自分の部屋から館の門を見ていたが、そこから出ていく命の姿を確認できた。

 それを見た三人は揃って館を抜け出して、既に命と千草の後を追っている。

 

「昨日そう決めたではありませんかベル様。既に尾行もしていますし。命様のスキルの関係で、あまり近づけませんが」

 

「そうだぞベル。今更止めるなんて言うなよ? お前だって本当は気になってるくせに」

 

「それは確かにそうだけど……やっぱり後ろめたい気持ちがあって……」

 

 こそこそと隠れて同じ【ファミリア】の人の後を追う。

 命の秘密を暴こうとするその行為に、やっぱりベルは気後れしてしまう。

 そう自分の気持ちを正直に伝えると、リリは溜息をついてからベルに話す。

 

「はぁ、ベル様のそういうところは美徳だと、そうリリは思っていますが……あまり言いたくはありませんが、もし命様が今回のことで【ヘスティア・ファミリア】に迷惑をかけるようなことをしていた場合、いったいベル様はどうするというのですか?」

 

「えっ? どうするって言われても……そもそも命さんがそういうことをしないと思ってるんだけど」

 

「それはリリもそう思ってますよ。わざわざ戦争遊戯のために【ヘスティア・ファミリア】に改宗してくれるような方ですから」

 

「じゃあどうしてそういうことを聞いたの?」

 

「ベル様、これはリリの性格というのもありますが、リリは最悪の事態を想定しなければなりません。そうなる可能性だって零ではないと、そうベル様には思っていただきたいのです」

 

 真剣な表情で語るリリ。

 ベルよりも頭の良いリリのことだ。

 ベルが考え付かないようなことまで想定しているのだろうと、そう思ってベルはリリに問いかける。

 

「最悪の事態って、例えばどんな?」

 

「そうですね……リリが今一番怖いのは、他派閥との抗争に発展してしまうことでしょうか」

 

 抗争と、そうリリが言ったことにヴェルフが口を挟んでくる。

 

「それはいくらなんでも極端すぎやしねえか? 今は【疾風】だっているし、ベルと【アストレア・ファミリア】が懇意にしてるってことは、戦争遊戯でオラリオ中に知られただろ?」

 

「そうだねヴェルフ。あまり頼りきりにはなりたくはないけど、僕達に非がなければ、アリーゼさん達なら動いてくれると思う。それにリューさんからも頼みに行くだろうし」

 

「それはそうですが、あくまで例えです。有り得ないとは思いますが、仮に【フレイヤ・ファミリア】と抗争にでもなってしまえば、いくらアリーゼ様達がレベル6だからといって、今のリリ達に勝ち目なんてありませんから」

 

「確かにそうだけど……って、今曲がり角を左に曲がったね。見失わないようにしないと」

 

 そうベルが二人に伝えると、ヴェルフがニヤニヤしながらベルに向かって言ってくる。

 

「なんだよベル。お前も随分乗り気になってきてんじゃねえか」

 

「うっ……その、やってるうちにちょっとだけ楽しくなってきちゃって……」

 

 あまり気乗りはしていなかったが、それでもベルだって男の子。

 密偵や探偵(こういう)ことにちょっとした憧れを持ってしまっても仕方がない年ごろでもある。

 自分の気持ちをまたも素直に話すベルに、リリは微笑ましい笑みを見せながら言う。

 

「やっぱりベル様は素直ですね。そういう所をリリは好ましく思っていますが……リリがライラ様に教わるようなことは、とてもベル様にはできないでしょうね」

 

「そういやリリ助は【狡鼠】から何やら指導をしてもらってるんだったな。何を教わってんだ?」

 

「昨日は罠や爆弾の作り方の復習ですね。まだ教わり始めてから日が浅いですから、そこまで多くのことは教えてもらってませんよ」

 

「昨日もそんなこと言ってたな。じゃあ今後の迷宮探索で、そういったアイテムでサポートしてくれんのか? 俺としちゃあ魔剣を使う機会が減りそうで嬉しいんだが」

 

「それはそれですよヴェルフ様。クロッゾの魔剣は強力ですから、いざという時は使います。ただ、使う機会が減るというのは、リリもその通りだと思いますけど」

 

「これまでもリリの臭い袋には助けられたしね。爆弾とかの攻撃手段が増えるのは良い事だと僕も思うし」

 

 そうやって話しながら三人で命の尾行を続けていたが、ふとベルは命が進んでいる方角が気になって、二人に確認を取る。

 

「ねえリリ、ヴェルフ。暗くてよくわからなかったけど、命さん、南の区画に向かってるよね?」

 

「確かにそうですね。こちらは南の方かと」

 

「そうだなベル。何か気になるのか?」

 

 ヴェルフに問われ、ベルは自分が気にしていることを二人に伝える。

 

「えっと、実はお義母さんからはオラリオの南の区画には近づくなって言われてて。何があるのかまでは教えてくれなかったけど……南って何があるの?」

 

「そうですね……南と言えば、ヴェルフ様なんかはお世話になることがあるんじゃないですか?」

 

「ふざけろッ! 確かに【ヘファイストス・ファミリア】の先輩には誘われたことがあるが、俺はまだ一度も行ったことがねえよ!」

 

「あまり大声を出さないでくださいヴェルフ様。命様に気付かれてしまいます」

 

「お、おう。そうだったな。わりぃ、ベル、リリ助」

 

 いきなり大声を出したヴェルフにベルはビクッと肩を跳ねさせ、それに気付いたヴェルフは注意されたリリにも謝る。

 三人は命に注意を向けるが、どうやら気付かれてはいないようだ。

 ホッと三人揃って胸を撫で下ろし、再びベルはリリに尋ねる。

 

「ヴェルフがお世話になるかもしれないって、もしかして鍛冶とかが関係してるの?」

 

「それは違いますよベル様。鍛冶師ではなく、男性がお世話になるような場所です」

 

「あ~そうだな。お前のお袋さんが教えなかったのも分かるし、近づくなって言うのも分かる。南にはな、歓楽街があるんだ」

 

「歓楽街?」

 

 あまり聞き覚えのない単語だ。

 なんとなくだが、遊ぶための場所のような気がするのでそうなのかと聞いてみる。

 

「もしかして遊戯場でもあるの? なんだか遊ぶような場所の名前っぽいし」

 

「言い得て妙ですが……遊技場ではありませんね。あるのは娼館ですから」

 

 これまた聞き覚えのない単語だ。

 

 ベルが義母から教わったのは、オラリオの【ファミリア】であったりダンジョンのことであったりと、主に戦闘のことに偏っている。

 他にはちょっとした教養で食事のマナーや他種族の言語なんてのも教わったが、その中には『娼館』という単語はでてこなかった。

 

 ベルが首を傾げていると、ヴェルフとリリは二人して微笑ましいものを見るような顔をしていた。

 

「なんで二人ともそんな顔をしてるの? そんなに僕がその『娼館』っていうのを知らないのがおかしい?」

 

「いや、別におかしいってわけじゃないんだが……本当にお前はお袋さんに大事にされてるんだなって思ってな」

 

「そうですねヴェルフ様。きっと一生関わる事のないようにと、そう思っていたのでしょうね、アルフィア様は」

 

「そんなに焦らさないでよ。いったい歓楽街ってどんな場所なの?」

 

 三度目の問いで、リリはそこがどこの【ファミリア】がいる場所なのかを教えてくれた。

 

「ベル様はオラリオの【ファミリア】についてはそこそこ詳しいですからそれでお伝えしますが、歓楽街は【()()()()()()()()()()()】が縄張りにしているところですよ」

 

 そうリリが【イシュタル・ファミリア】と言ったところで、ベルはサーっと顔を青くして立ち止まる。

 突然顔を青くして足を止めたベルを心配したのか、ベルの前に出ていたヴェルフが振り返って「大丈夫かベル?」と聞いてくる。

 

「そんなに顔を青くしてどうしたんだ? 今はリリ助が見てるからいいが、あいつらを見失っちまうぞ?」

 

 そう言われるも、ベルは足を先に進める事ができず、もうついていけないことをヴェルフに伝える。

 

「ご、ごめんヴェルフ。【イシュタル・ファミリア】には絶対の絶対に関わっちゃいけないって、お義母さんに言われてて……なんなら【フレイヤ・ファミリア】や闇派閥よりも関わっちゃいけないって言われてるから……その、もう僕は命さんを追いかけることができないや」

 

「闇派閥よりって、普通逆じゃねえのか? そんなに関わるなって言われてんのか? もう少しで着くみてえだけどよ」

 

「う、うん。本当の本当に。もし行ったことがバレたら、何をされるのか分からないぐらいには怒られるから……」

 

 あの義母が【イシュタル・ファミリア】について話してくれた時の顔は、それはもう脳裏に焼き付いている。

 どうしてあの時は両目を開けたのだろうとは思ったが、それだけベルの記憶に刻み付けるためだったと、今ではそう考えている。

 実際、あの怖すぎるくらいに怖い顔は、嫌と言うほど鮮明に思い出せる。

 

 あまりの恐怖に今も足が凍り付いて動かせないぐらいには、それはもう恐ろしい形相で「【イシュタル・ファミリア】にだけは近づくな。絶対に近づくな。構成員と会うことも話すことも許さん。【フレイヤ・ファミリア】よりも闇派閥よりも恐ろしい目に遭わされる。故に、絶対に近づくな」と、そうベルに言ったのだ。

 

「そうは言ってもよ……今はお袋さんもオラリオにいねえし、俺達もお前とははぐれねえようにするから。ほら、さっさと行くぞ。リリ助に置いてかれちまうし、あいつも一人にできねえだろ?」

 

「え!? あっ、ちょっとヴェルフ!? 本当に待って!? 待ってってば!? って、ああああ──!!」

 

 帰ろうともせずその場から動き出さないベルの腕を掴み、ヴェルフはベルを無理矢理連れていく。

 恐怖で体が委縮しているのか、レベル2のヴェルフの力にベルは抵抗することが出来ず、そのまま引きずられて──、

 

「は、はぐれちゃった……」

 

 結局、ヴェルフとリリは命と千草には気付かれてそのまま合流し、合流する直前に人波に揉まれたベルは、一人だけはぐれてしまった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ただいま帰りました、ヘスティア様。リビングや談話室には見当たりませんでしたが、もしかして他の皆さんはもう寝てしまったのですか?」

 

「お帰りリオン君。それはどうだろうね。まだ寝るには少し早い時間だとは思うけど、今日は四人でダンジョンに行っていたから、それで疲れて眠ってるのかもしれないね」

 

「それにしてはあまりにも人の気配を感じないのですが……まあ今はいいでしょう。私はお風呂に入ってきます」

 

「うん。ボクもついさっき入ったばかりだから、まだお湯は温かい筈だよ。いってらっしゃい」

 

 酒場の手伝いが終わり『竃火の館』に帰ってきたリューは、帰宅したことを書庫で本を読んでいたヘスティアに伝え、一度自室に戻って着替えとタオルを取ってからお風呂に入りに行く。

 時刻は午後九時半前。酒場はまだやっている時間だが、客の数も少なくなり人手も足りていたので、リューは早めに上がらせて貰えた。

 

 服を脱ぎ、体を清めてから、檜でできた広いお風呂に浸かって体を温める。

 『星屑の庭』の風呂も広くて使いやすかったが、この檜風呂というのもいいものだと、リューは湯にゆっくりと肩まで沈めて、脚を若干曲げつつも伸ばし、全身から力を抜いて物思いにふける。

 

「……はぁ、やはりこのお風呂は良いですね。一日の疲労が取れますし、頭の中から余計なことが消えていくような気がします」

 

 オラリオでは珍しい木製の風呂だ。

 極東では当たり前のようにあるらしいが、リューはこういった風呂に入るのは『竃火の館』が初めて。

 

「森での水浴びも良いですが……これもまた乙なものです」

 

 大自然に囲まれた泉で水浴びをするというのも良い。

 だがこうして木でできた湯船にお湯を張り、そこで体を温めるというのが心と体に安らぎを齎してくれる。

 鉱石や大理石でできた風呂よりも温かみがあって柔らかく、エルフの自分の性にも合っていると思う。

 

「……ヤマトさんには感謝しなければなりませんね」

 

 また、檜の風呂だけではなく、この風呂場事態にも命は色々と凝っていたようで、『竃火の館』の中でここだけは全てが極東風なのだ。

 この風呂場はほとんどが木で作られており、そういった点でもやはり落ち着く。

 

「木々に囲まれているというのがまたなんとも……」

 

 加工されているとはいえ、それでも木の温もりを肌に感じられるのだ。

 輝夜曰く極東には露天風呂なる外に作られた風呂があり、そこではさらに山の景色などを楽しみながら風呂に入れるそうだ。

 

「……極東に行ってみる。そういうのも、ありかもしれませんね」

 

 他人に見られる心配は無いそうなので、いつかは露店風呂にも入ってみたいと、ここ数日でこの風呂を気に入ったリューは思う。

 

「輝夜の話ですから……その真偽は少し心配ですが……」

 

 と、輝夜の名前を呟いたところで、昨日『星屑の庭』で彼女に言われたことが急にリューの脳裏に走る。

 

『それなら弟子のために修行の後、汗を流すついでに背中も二人で流し合えばいいではないですか?』

 

 いいではないですか? いいではないですか? いいではないですか?

 

 エコーが掛かったようにその言葉がリフレインし、リューは途端に耳まで顔を真っ赤に染めた。

 

「いっ、いえいえいえ! そんな破廉恥すぎる真似をできるわけがない! しようとも思わない! 手はっ……あれはクラネルさんが手袋をしていたので数えなくていい!」

 

 風呂場で一人挙動不審になり、誰にするわけでもない言い訳を叫ぶ。

 

 あの日手を握られた時は、突然のことでリュー自身も驚いていた。

 確かにあの時点で、リューは愛弟子のことをそれなりに気に入ってはいた。

 でなければその前日に、一緒に食事をしようと自分から言い出すはずもない。

 

 自分の厳しい稽古にも弱音を吐かず、それどころか笑みまで浮かべて必死についてきてくれていたのだから。

 素直でひたむきで純粋な愛弟子の姿に、リューは好感すら抱いていた。

 ただあの時までは、まさか手を握られても大丈夫とは思ってもいなかったのだ。

 

 今までリューが手を握られて大丈夫だった人物は、【アストレア・ファミリア】のアリーゼと酒場のシルの二人だけ。

 愛弟子で三人目。しかも愛弟子は他二人と異なり異性でもあるのだが、それでリューが愛弟子をどうこうするつもりもない。

 

「第一! クラネルさんの将来の伴侶はシルと決まっているのですから! 私が彼に手を出すなど有り得ない! 混浴など論外! 背中を流すなど以ての外! ええそうですとも! ありえません! あってはならない! シルは私の恩人なのですから!」

 

 伸ばしていた脚を両腕で抱きかかえ、行儀が悪いとはわかりつつもブクブクと赤い顔を湯船に沈める。

 

 シルはリューの恩人だ。

 暗黒期を終わらせるために己の身も顧みず東奔西走し、疲れ切って本拠にも帰れず、道端に一人でうずくまっていたところに声をかけてくれた。

 

 そのまま『豊穣の女主人』に連れていかれ、ミアに美味しいリゾットまで食べさせてもらったのだ。

 ──その後は法外な料金を請求されてしまい、それを返済するのに苦労したし、あの酒場で強制的に働かされたりもしたが。

 

 その縁で今も時折酒場の手伝いに行っているし、あの酒場はリューにとって『星屑の庭』とは違う──別の居場所になったのだから。

 

「……少し、のぼせてしまいましたね。そろそろあがりますか」

 

 そこまで考えて頭が冷え、ポツリと静かに呟いた。

 そしてリューはざぱりと音を立てて湯船から上がる。

 

 その後は髪を乾かすなどの身支度を整え、タオルを首にかけたまま誰かいないかと談話室に行ってみる。

 それでもやはり、他の団員の影も形も見つからない。

 

「時刻は……十時を回りましたか」

 

 時計を見ると短針は十を指し、長針は十二を少し回っていた。

 流石にもう全員寝ていてもおかしくはない。

 しかしリューが帰って来た時と同様に、館からヘスティア以外の人の気配を感じない。

 

「……皆さんの部屋の前に行って確かめてみますか」

 

 一人呟き、まずは愛弟子の部屋の前へと足を運んでみる。

 ノックはせずに扉の前で耳を澄ませてみるも、愛弟子の寝息のような音は聴こえず、部屋の中にいるような気配も感じない。

 その後もリリ、命、ヴェルフの部屋を確かめてみるも、やはり誰もいるような気配がしない。

 

 ヴェルフは自分の工房にいるかもしれないが、他の三人がいないというのが気になる。

 この感じだと、恐らくは全員同じ場所にいるのだろうとは思うが、全員がヴェルフの工房にいるようなことなどないだろう。

 そう考えていると、玄関の扉がそっと開かれるような音が耳についた。

 

「まさか、こんな時間まで外出を……?」

 

 ヘスティアは【ファミリア】のルールとして門限を定めている。

 今の時間はその門限ギリギリといったところだ。

 なんなら十分ほど過ぎている。

 

「これは少々小言を言わねばならないようですね」

 

 小言といってもそれは説教ではあるのだが。

 そしてリューは今しがた帰って来たのだろう四人を迎えるべく、玄関の方へと足を運んだ。

 そしてやはりたった今帰って来たようで、忍び足で各々の部屋に行こうとしていた三人を見つけた。

 

「なっ!?」

 

「げっ!?」

 

「し、しまっ!?」

 

「こんな時間まで無断で外出とは感心しませんね。その様子だと、ヘスティア様には話していないのでしょう? ヘスティア様はもう寝ていらっしゃるでしょうから、今から報告には行きませんが、私からは小言を言わせてもらいます」

 

 リリ、ヴェルフ、命の三人の順で声を上げ、全員がバレてしまったと、分かりやすい程に顔に出した。

 これは何かやましいことをしてきたなと、そう確信するリュー。

 しかも何やらエルフの自分とは相容れない香りが三人から微かに漂ってくる。

 

 その香りに心当たりのあるリューは、スッと鋭い目で三人を睨む。

 そしてこの場で小言を言おうと口を開いたところで、ヘスティアの声が背中のあたりから聞こえてきた。

 

「それには及ばないぜリオン君。ボクもリオン君が言っていたことが気になってね。君がお風呂に行っている間、みんなの部屋を見に行ったんだよ。そしたら全部もぬけの殻でね。リビングの方で待っていたらビンゴ、というわけさ」

 

「ヘスティア様。まだ起きていらしたのですね。では一度リビングに行って、そこで説教と尋問に移りましょう。私の嫌いな香りが三人から漂ってきますし。クラネルさんの姿が見当たらない事も含めて、洗いざらい話してもらいます」

 

「そうだねリオン君。神の前では子供は嘘をつけないからね。ああ、黙秘は許さないよ? 尋問に関しては【アストレア・ファミリア】にいたリオン君は心得があるんじゃないかい?」

 

「そうですねヘスティア様。【アストレア・ファミリア】仕込みの尋問を、この三人には受けてもらいます」

 

 うねうねとツインテールをうねらせる怒れる女神。

 冷えた瞳と無表情で怒りを表す妖精。

 息がぴったりな女神と妖精に睨まれた三人は、ブルブルと生まれたての小鹿のように震えあがった。

 

 そして場所をリビングに移し、一人の妖精と一柱の女神による説教と尋問が始まる。

 リリ、ヴェルフ、命の三人は全員そこで正座をさせられ、三人の前に仁王立ちで腕を組み、リューとヘスティアはがみがみと説教を始める。

 

 やれ主神に無断で夜に本拠を抜け出すとは何事か。

 やれ門限を過ぎてから帰って来るとは何事か。

 やれ何故ベルが一緒ではないとは何事か。

 やれ抜け出すとしても何も相談しなかったとは何事か。

 やれ何故三人揃って歓楽街に行ってきたような香りがするのは何事か。

 やれヴェルフはともかく、女性のリリと命からもそのような香りがするとは何事か。

 やれまだ日は浅いとはいえ、処女神の眷属がそのような場所に行くとは何事か。

 

 がみがみがみがみがみがみがみがみ。

 

 リューとヘスティアは三人の身を案じる内容ではあるものの、十分近く三人に何も言わせず説教を続け、そこでようやく一息ついた。

 

「はぁ。処女神の眷属になってくれた君達が、歓楽街なんて場所に行ってしまったようなことが、ボクは本当に悲しいよ。ボクがアルテミスみたいに潔癖じゃなくて良かったね。もしアルテミスだったら、この時点でどんな理由であれ派閥から強制脱退させられるか、弓矢で穴という穴を貫かれているだろうからね」

 

「まったくですヘスティア様。私もある程度、男性にそういったことが必要だとは理解はしています。ですがそれでも、私も一人のエルフですから。自分の派閥の団員がそのような場所の世話になる、そういうことは認められませんね」

 

「ああ、そうだろうね。ボクはリオン君のような眷属がいてくれて嬉しいよ。さて、それじゃあ説教も済んだことだし、理由を聞いてみようか。まだ君達の口から聞いてはいないけど、歓楽街には行ったんだろう?」

 

 ここでようやくリリ達の番が回って来て、今回の騒動の原因である命から説明が始まる。

 それを聞いた二人は、揃ってなんとも怒りにくい微妙な表情をそれぞれ作った。

 リューは表情があまり変わらずわかりにくいが、それでも怒りよりかは命がそうまでした納得感が強い。

 

「それはまた……ボク達がこれ以上は怒れないような内容だね。嘘ではないみたいだし」

 

「そうですねヘスティア様。幼馴染らしき人物が歓楽街で娼婦をしているなどと、そのような噂を聞いてしまえば居ても立っても居られないでしょう。ヤマトさんの性格らしい行動だと、納得はします。一言ぐらいは相談して欲しかったですが」

 

「も、申し訳ありませんリュー殿。やはりお二人には話しにくいことでしたし、なによりも自分達の問題でしたので。【ヘスティア・ファミリア】の方々に、ご迷惑をおかけしたくはなかったのです」

 

「命君、そんなに水臭いことを言わないでくれよ。確かにまだ一緒に過ごした時間は短いけど、もう同じ【ファミリア】──家族なんだ。ボクだってタケミカヅチとは神友だし。ボクにも相談ぐらいはして欲しかったなと、リオン君と同じように思ってるよ」

 

「……はい。申し訳ありませんでした、ヘスティア様」

 

「ちゃんと反省しているようだし、命君は正座を解いてもいいよ。もう夜も遅くなるし部屋に戻っていいけど……命君のことだからこの場に残るんだろう? まだリリルカ君とヴェルフ君のことが終わってないからね」

 

 心底反省した様子の命に、リューもヘスティアももう何も言うことはないだろうと、顔を見合わせて矛を収める。

 ヘスティアは命に部屋に戻る許可を出すも、リリとヴェルフのことを出されて「はい、自分はまだこの場に残らせてもらいます」と頷き、美しい正座のままリビングに居座った。

 

 命の性格上それは仕方ないかと思いつつ、リューは自分の愛弟子のことを二人に尋ねる。

 

「それで? アーデさん達と一緒にいたはずのクラネルさんがまだ帰って来ていないというのは、一体どういうことなのですか?」

 

「そうだねリオン君。どうやら二人はベル君が先に帰って来てると思っていたようだけど、一体全体どういうことなのかな?」

 

 命への説教と聞き取りは終わった。

 だが次はリリとヴェルフの番だ。

 再び二人は顔と瞳に怒りを滲ませ、それを見たリリとヴェルフは背筋を伸ばしてから答え始める。

 

「そ、それがですねヘスティア様。人波に攫われてしまったのか、途中で歓楽街ではぐれてしまいまして……」

 

「俺達も探したんですが見つからなくてですね。ベルはかなり怖がっていたようですから、その時点で先に一人で帰ったのかと、俺達は思ったんです」

 

「命様のスキルに反応もなかったので、それでリリ達は帰って来たのですが……本当にベル様はまだ本拠に帰って来ていないのですか?」

 

 リュー達が詰問しているのに、逆に質問をしてきたリリ。

 これまた嘘ではないと、リューはヘスティアと顔を見合わせる。

 そして一人と一柱はまったく同じ恐ろしい事態を想像して、顔を青くし声を若干震わせて会話する。

 

「ま、まさかとは思いますが、ヘスティア様……」

 

「そ、そうだねリオン君。リオン君はベル君を探しに行ってくれるかい? 君だったら夜の歓楽街に行っても無事に帰って来れるだろう? 二人への説教はボクがしておくからさ」

 

「はいっ。すぐに準備をしてクラネルさんを迎えに行きます」

 

「ああ、頼んだよリオン君」

 

 ヘスティアに頼まれたリューは一分と掛からず準備を終え、『竃火の館』から飛び出した。

 背後ではヘスティアが「ベル君を歓楽街で一人ぼっちにして置いてくるなんて!! 二人ともなんてことをしてくれてるんだっ!!」と雷を落としていた。

 

「アルフィアのことですから、クラネルさんに【イシュタル・ファミリア】には関わるなと教えていそうですが……だとしてもあそこの戦闘娼婦(バーベラ)は強引で強い。しかも【男殺し(アンドロクトノス)】もいる。並の戦闘娼婦ならいい勝負ができるでしょうが、流石にレベル5は分が悪い。厄介な事に巻き込まれていないといいのですが……」

 

 時刻は既に十一時を過ぎている。

 

 リューは一人、夜のオラリオを駆け抜けた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ほ、本当に怖い目に遭った……ごめんなさいお義母さん。言いつけを破っちゃって……」

 

 明け方、まだ陽の光も完全に出ていない時間。

 ベルは歓楽街からどうにかこうにか脱出し、ダイダロス通りに出ていた。

 

「春姫さんが優しい人で本当に良かった。そうじゃなかったら今頃……」

 

 あのヒキガエルのようなアマゾネスの人を思い出し、ぶるっと全身を震わせる。

 あの人には勝てる気がしなかった。

 恐らくは第一級冒険者。

 レベル6ではないから5だろうが、それでも現状のベルでは逃げるという選択肢しかなかった。

 戦ったとしても、一、二分持たせられれば上出来だろう。

 

 アマゾネスの娼婦達から歓楽街中を逃げ回り、その途中で狐人(ルナール)の少女──サンジョウノ・春姫という娼婦が匿ってくれなければ、ベルはあのまま喰われていた。

 もしそんなことになっていたら、きっとベルは再起不能になっていただろう。

 

 本当に最悪な夜だったと、やっぱり義母の言いつけは守ろうと心に決める。

 

「ヘルメス様も何か勘違いして助けてくれなかったし……本当の本当に、春姫さんに会えて良かった」

 

 リリとヴェルフからはぐれて割とすぐにヘルメスと会え、ベルは心底助かったと思った。

 だが彼の男神は何を勘違いしたのか、ただ「うんうん」と頷くだけで、変な物だけを押し付けて去ってしまった。

 

「ヘルメス様のことは……神様に言っておこうかな。凄く怖い目に遭ったし」

 

 それがいいと、ヘスティアにヘルメスへの恨みを晴らしてもらおうと密かに心に決める。

 別に知らない中でもないのにこちらの話を聞こうともせず、一方的にベルの事を置いて行ったのだから、恨みも募るというもの。

 

「それにしても……春姫さんはどこか助けて欲しそうに見えたけど、大丈夫かな?」

 

 英雄譚の話をしている時だった。

 とても楽しい話ができたのだが、娼婦は英雄に救われることはないと、逆に破滅の象徴だと、そう春姫は言ったのだ。

 だが──、

 

「僕だったら助ける。助けて欲しいならちゃんとその時は言ってくださいって、そう伝えたし。矛盾しちゃうけど、またあそこに行くことになるし、お義母さんにも怒られるけど……それでも、これだけはどうしても譲れないから」

 

 『英雄』になりたい。

 

 全てを救える英雄でなくても。

 

 偽善者と罵られても。

 

 ただの自己満足でも。

 

 自分の手が届いて、助けを求める声があるのなら、ベルは春姫を助けたい。

 

「春姫さんのサンジョウノって家名は輝夜さんと似てるから、何か関係がありそうだし……今度聞いてみようかな」

 

 また力を借りることになってしまうが、それでも春姫のことを助けられないよりかは全然いいだろう。

 そうやって一人ごち、ダイダロス通りを歩いていると、正面の方に人だかりが歩いて来ているのが見えた。

 

「あれは……?」

 

 なにやら見覚えのある人達だなと思っていたら、向こうの方から話しかけてきた。

 

「あれ? アルゴノゥト君じゃん!」

 

「え!? ティオナさん!? それに【ロキ・ファミリア】の人達も!? どうしてこんな時間にダイダロス通りにいるんですか!?」

 

「それはアルゴノゥト君も同じだよ! 私達は……むぐぐっ」

 

「馬鹿ティオナ! 極秘だってことを忘れたの! ごめんなさいね、私達がどうしてここにいるのかは、ちょっと話せないわ」

 

 なにやら言おうとしたティオナの口を、咄嗟に彼女の姉のティオネが塞ぐ。

 ただティオネが極秘と言った事と、彼女達が【ロキ・ファミリア】であること、そしてここがダイダロス通りであることが線で繋がり、ベルは「ああ」とそのことに気付き掌を拳で打つ。

 

「もしかしてクノッソスの調査ですか? 【アストレア・ファミリア】と合同で調査してるって聞きましたから」

 

「え!? 君それ知ってるの!?」

 

 ティオネはそう言った瞬間、しまったとそう顔に出したがもう遅いし、なんならベルも割と関係者。

 ベルは義母から教えられていただけだが、最初に【アストレア・ファミリア】に伝えたのはベルであるから、そのことを彼女達に教える。

 

「知ってるっていうよりかは、ただ教えられただけですけど……最初にアリーゼさん達にクノッソスのことを伝えたのは僕ですから」

 

「あ……そういえば君【アストレア・ファミリア】と懇意にしてるって話だったものね。それなら知っててもおかしくはないんだけど……最初に伝えたって、どこまでこのことについて知ってるの?」

 

「もう知ってることは全部アリーゼさん達に伝えましたから、皆さんとそんなに変わらないと思いますよ? それよりもティオネさん、ティオナさんの顔色が悪くなってきているので、そろそろ口から手を離した方がいいんじゃないですか?」

 

 ベルがそう指摘すると、そのことに気付いたティオネは「あっ、ごめんティオナ」と彼女の口から手を放す。

 

「ぷはぁっ! ちょっとなにするのさティオネ! アルゴノゥト君も知ってるんだったら口を塞ぐ意味なかったじゃん!」

 

「そんなのあの時点でわかるわけなかったでしょ馬鹿ティオナ!」

 

「うぎっ、それはそうだけどさ……まあいいか。それで? アルゴノゥト君はなんでこんなところにいるの? なんだか麝香っぽい香りもするし、アルゴノゥト君が歩いて来た方って歓楽街みたいだけど……」

 

 そうティオナが言うと、他の【ロキ・ファミリア】の面々も気付いたのか、顔を顰める人が多数。

 山吹色の髪をしたエルフの人からは何やら鋭い視線が飛んできて、ベルは慌てて説明する。

 

「たっ、確かにそれはそうなんですけど、大変な目に遭って逃げてきた帰りなんですよ! アマゾネスの人達に追いかけまわされてたんですって! 今だって無事に帰ることができてホッとしてるんですから!」

 

 誤解されたくないため、ベルは必死になってつい数時間前の出来事を【ロキ・ファミリア】の面々に伝える。

 それで一応は納得してもらえたようで、厳しい顔をしていた人達の表情が若干和らいだように見えた。

 ティオナなんかは信じてくれたようで「そっか~」と続ける。

 

「確かにアルゴノゥト君があそこで遊ぶようには見えないし、アマゾネスが追いかけまわそうとするのも分かるよ。私だって同じアマゾネスだし」

 

「私達はそんなに他のアマゾネスよりも節操がないわけじゃないけど……それは災難だったわね。そもそも、どうして歓楽街なんかに行くことになったのかは気になるけど」

 

「それは同じ【ファミリア】の人──女性ですけど、その人が夜に出歩いてたのが心配で、他の団員と一緒に後をついていってみたんです。そしたらその先が歓楽街で……僕は途中でついていけないからって言ったのに、無理矢理引っ張られてしまって……」

 

「ありゃりゃ、そりゃホントに災難だったね。何はともあれ、無事でよかったね、アルゴノゥト君」

 

「はい、本当に。ところで……なんかずっとヴァレンシュタインさんから見つめられてるんですけど、どうかしましたか?」

 

 そう。

 ベルがティオナとティオネの姉妹と話している間、ずっとじぃ~っとベルの顔をアイズ・ヴァレンシュタインが見ていたのだ。

 そのことを伝えると、二人とも今気づいたようで、それぞれアイズに話しかける。

 

「ほんとだ。どうしたのアイズ? アルゴノゥト君に聞きたいことでもあるの?」

 

「本当ね。珍しいわね、アイズから他人に関わろうとするなんて。何か聞きたいことがあるなら聞けばいいじゃない」

 

 しかし当のアイズは迷っているようで、二人に言われるもずっと黙ったままだった。

 表情が変わらないので何を考えているのかは分からないが、それでも何か気になることがあるようなので、ベルの方から促してみる。

 

「僕に聞きたいことがあるようでしたら、答えられることには答えますよ、ヴァレンシュタインさん」

 

 そう言うも、それでも聞きにくいのか暫くの間黙っているアイズ。

 数秒の間沈黙が場を支配するも、やっと心を決めたのか、アイズがようやく口を開いた。

 

「えっと……君はどうしてそんなに早く、強くなれるの?」

 

 どうして早く強くなれるのか。

 きっとレベルやステイタスの話をしているのだろう。

 

 ベルがレベル3になるまでに掛かった期間は二か月半。

 並の冒険者とはかけ離れた速度でランクアップを果たしている。

 

 ベルからすると、まだまだ自分はリューよりも義母よりも弱い。

 確かにステイタスの成長速度は異常だとは思うが、こと戦闘面における戦術や戦略──『駆け引き』は、上達しているとはいえまだまだ未熟。

 歴戦の第一級冒険者達と比べると、やはり見劣りしてしまう。

 

 なのでそれも踏まえてベルは答える。

 

「ステイタスについては、僕もどうしてかは分からないです。神様は成長期って言ってましたけど……ただそれ以外は、やっぱり目指している明確な目標があるからだと思います」

 

 リューがヴェルフに言っていた。

 明確に目指すべき場所があるのはいいことだ、と。

 

 ヴェルフの場合はヘファイストスだろう。話の流れ的にそう思う。

 ベルの場合はリューと『英雄』になりたいという思い。

 

 あの憧憬(ひと)に追いつきたい。

 あの憧憬(ひと)と同じ領域に立ちたい。

 その領域であの憧憬(ひと)と一緒に冒険をしたい。

 そして『最後の英雄』になりたい。

 

 そんな目標があるから。

 最初の憧憬(おかあさん)に誓ったから。

 だからベルはどんなに辛いことにだって耐えて、前へ進もうと思える。

 

 ベルが目標があるとアイズに伝えると、彼女はその言葉を繰り返した。

 

「目標……?」

 

 きっとどんな目標があるのかと、そう聞きたいのだろう。

 言葉が少なく表情の変化も乏しいため定かではないが、そう思ってベルは続ける。

 

「はい。僕にはどうしても一緒に並び立ちたい人がいるんです。どうしても『最後の英雄』になりたいんです。自分の大切な人に、自分自身に、そう誓いましたから」

 

 『最後の英雄』と、その言葉の指す意味が分かっているのだろう。

 はっきりとアイズは目を見開き、他の【ロキ・ファミリア】の団員も驚いたようで絶句している。

 それを見ながらもベルは言葉を続け、言い締める。

 

「だからどんなに辛い修行も乗り越えてきましたし、これからも乗り越えていきます。それで強くなれてるんじゃないかなと、僕は思ってます」

 

 ベルが義母の修行を乗り越えられたのは、義母の悲しい顔を見たくなかったから。

 『最後の英雄』になって、ずっと義母と一緒にいたかったから。

 だから過酷な鍛錬も乗り越えられた。

 今ではリューに追いつきたいと、別の想いもできた。

 それがベルの原動力だ。心の根幹だ。

 

 ベルが質問に答え終わると、アイズは黙ったままずっと自分の言葉を探しているようだったので、ベルはそれを待つ。

 【ロキ・ファミリア】の団員は、ベルが『最後の英雄』と言った衝撃がまだ抜けきらないのかただ呆然としているか、アイズが話そうとしているのに気付いて黙っているかの二択に別れていた。

 

 そしてアイズは時間がかかったが言葉を見つけたようで、ゆっくりと口を開く。

 

「それじゃあ君は、私のライバル、かな? それとも──」

 

「クラネルさん! ようやく見つけました!」

 

 と、なにやら言おうとしたアイズの声に被さるようにベルの好きな人の声が聞こえてきて、ベルは驚きながらも破顔する。

 

「リューさん!? もしかして一晩中探してくれてたんですか!?」

 

「ええそうですよ、クラネルさん。怪我はないようですが……アマゾネスの娼婦に襲われませんでしたか?」

 

 民家の屋根の上を駆け抜けて、ベル達がいる路地へと降り立つリュー。

 そのリューからの問いに、ベルはアリーゼや輝夜のように誤解を招かないよう、正確に伝える。

 

「追いかけまわされはしましたけど、襲われることはなかったですよ。途中で匿ってくれた人がいて、なんとか逃げ切れましたから」

 

「そうですか。それは良かった。もし貴方の身に何かがあれば、本気でアルフィアに殺されかねませんから」

 

「ああ、お義母さんに知られたら僕もただじゃおかないので、このことは黙っておきましょう。そうした方が身のためです」

 

「それもそうですね。ヘスティア様には全て報告しますが、アルフィアの耳には入れないようお願いしましょう」

 

「はい。それこそ雑音ですから」

 

「そうですね。耳障りな雑音です」

 

 二人揃って【ロキ・ファミリア】を置いてけぼりにして苦笑しながら会話を繰り広げ、そこでようやくリューも彼女達に気付いたのか声をかける。

 

「ああ、すいません【ロキ・ファミリア】の皆さん。クラネルさんが無事でホッとしてしまい、貴女達を無視するような真似をしてしまって」

 

「い、いえ。私達も彼とばったりここで会って、少し雑談してただけなので」

 

「そうなのですね【怒蛇(ヨルムガンド)】。ここはダイダロス通りですから、貴女達は調査の帰りですか?」

 

「そうです。彼にも同じように聞かれたけど……私達もこれから帰るところ」

 

「そうですか。もう夜が更けますし、私達の主神はクラネルさんのことを心配しながら本拠で待っているので、これで失礼させてもらいますね。行きましょう、クラネルさん」

 

 自然な動作で手を掴まれ、ベルはそのことに驚きつつも笑顔になり、最後に別れの挨拶を【ロキ・ファミリア】の面々──主にティオナに向けて──する。

 

「それじゃあ失礼しますね。今度は英雄譚のお話しをしましょう、ティオナさん」

 

「うん! じゃあねアルゴノゥト君! またアーディと一緒にお話ししよ!」

 

 掴まれていない方の手でティオナに手を振り、大きく振り返してくれた彼女の姿を目に収めてから前を向く。

 その途中でリューはベルの手を掴んでいたことに気付いたのか、パッと離されてしまったことが酷く残念だった。

 

 

 

──────────────────

色々捕捉

 

本編では書きませんでしたが、ベル君は18階層でアーディ、ティオナと英雄譚の話で盛り上がってました。

この話を書いてる時に思いついてしまったので、ちょっと書けなかったというのが本当の所。

番外編とかで書けるかな?

でもダンまちの英雄譚の話って詳しい事がよくわからないから、それだけで番外編をかけるかな?

リューさん視点でならいけそうだけど……わからないので保留ということでお願いします。

 

それでですね、この時にベル君はヒリュテ姉妹と面識を作ってました。

アイズさんは話しかけたそうにしてましたけど、ベル君は主に【アストレア・ファミリア】の四人、リリ、ヴェルフ、アーディ達と一緒にいて、彼等彼女等と話していた為、コミュ障なアイズは話しかけられませんでした。

なのでアイズさんがちゃんとベル君と話ができるのはこのタイミングだと思い、ここでそれを書きました。

 

アイズさんが「私のライバル」と言ったので、レフィーヤはベル君に対抗心がめちゃくちゃ湧き出てます。

 

アイズさんが最後に言おうとした言葉は、まあ簡単にわかりますよね。

だってチビアイズもちゃんと心の中にいるのですから。

アイズさんが話すのに時間をかけすぎて、人だかりができているところを見つけたリューさんが乱入してしまい、言えずじまいになってしまいました。

 

言ったところでベル君の解答は分かりきってますので、カットしてもいいでしょう。

アイズさんの心の闇的にも、ここは少し焦らした方がいいかなと思いまして。

短いですけど、二人が会話をしたのは今回が初めてですし、もうちょっと時間をかけるのか、異端児編でこじれにこじれるか、はたまた何もなくスムーズに進むのか、それはまだわからないのでお楽しみに。

 

ベル君が誤解を招くような言い方で伝えるのかどうか悩みましたが、アリーゼや輝夜がよくそういった言い回しをするのを聞いているので、ベル君ならそうはしないだろうと思い、正確にリューさんに伝えました。

 

誤解を招くような言い方をしたら、リューさんがポンコツになる姿を見られたのですが……長くなりそうでもあったし【ロキ・ファミリア】の人達もいるので、ポンコツは回避です。

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