疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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9:新生活


な、長くなってしまった。
二つに分けた方がいいかもしれないけど、わける場所が見当たらなかったのでそのまま投稿します。
普段の二倍近いかな?


「新しい本拠と生活はどう? リオンにお弟子君?」

 

「どうと聞かれても……まだ三日ほどしか経っていませんよアリーゼ。私はそこまで変化を実感するようなこともないのですが」

 

「僕は【ファミリア】の人数が増えて、ここ数日は新鮮な気分で過ごしてます。本拠も広くなって、今までの生活からガラッと変わりましたから。リリもまだ実感してないというか、あんまり慣れてないみたいで、時々本拠の天井を眺めてぼーっとしてる時がありますし」

 

 『星屑の庭』の団欒室。

 そこでベル、リュー、アリーゼ、輝夜、アストレアの四人と一柱は紅茶を飲みながらちょっとした雑談を挟んでいた。

 

 新しい本拠に生活の拠点を移してから早三日。

 ベルからするとこの三日間は本当に新鮮で、まだまだみんなと一緒に生活しているということに慣れない。

 

 リューはというと、そこまでではないようだ。

 今までとは異なる人と生活することになったが、それでも知り合い同士ではあったからか。

 【ファミリア】の構成人数もそこまで変わらず、本拠も『星屑の庭』より広いとはいえ、そういう生活には慣れているのだろう。

 

 ベルが名前を出したリリはというと、今はライラと一緒にいる。

 リリはライラから罠の作り方であったり恐喝まがいの交渉術であったりと、ベルからすると縁遠いことを教わっており、今はこの場にその二人はいない。

 

 ベルとリューはリリの付き添いがてら、ここ直近にあった調査のことを聞いて、その後はリリも含めて食材の買い出しに行く予定だ。

 ベルとリューの感想を聞いたアリーゼは「へ〜」と意外そうに続ける。

 

「そうなのね。リリちゃんがぼーっとしてるところはなんとなく想像つくわ。境遇が境遇だもの。でも、リオンはお弟子君とずっと一緒にいるんだから、結構嬉しいんじゃない?」

 

「ふぇ!?」

 

「あまりクラネルさんを驚かせるようなことを言わないで下さい、アリーゼ。確かに今までは早朝ぐらいしか時間がありませんでしたから、その時間が増えたのは指導する私も嬉しいです。なによりクラネルさんがレベル3になり、私自身の鍛錬にもなりますから。そういったことを嬉しくは感じていますが」

 

「…………稽古のことばかり」

 

「他にはもっとないの? 修行以外とかの生活面で」

 

「何を言っているのですかアリーゼ? 一緒に暮らすようになったからといって、そうそう変わるような事もありませんよ? あったとすれば、私がクロッゾさんに武器の作成をお願いしたことぐらいなものです」

 

「おやおや、三日も経つのにまだ一緒に入浴もしていないのですか、生娘妖精様は? 命がせっかく良い檜風呂を要望してくれたというのに、随分と勿体ないことをしていますなぁ」

 

「なっ、何を言ってるんですか輝夜さん!? 確かにあのお風呂は気持ち良いですけど、そんなことするわけないじゃないですかぁ!?」

 

「そうですよ輝夜。永遠の愛どころか婚姻の契りも交わしていないような男女が一緒の風呂に入るなど言語道断です。クラネルさんだって、こんな貧相な身体をしている私と混浴などしたくもないでしょう」

 

「りゅ、リューさぁん……そ、そんなこと……ごにょごにょ」

 

「あらあら、兎様はそうでもないといったご様子ですのに。それなら弟子のために修行の後、汗を流すついでに背中も二人で流し合えばいいではないですか? これも修行の一つと、理由などいくらでもつけられるでしょうに」

 

「……きゅぅ」

 

「な、なぜ私とクラネルさんがせっ、背中の流し合いなどしないといけないのですか輝夜! それをしようとしたのはヘスティア様の方だ!」

 

「まさかまさか、主神様の方に先を越されるような真似をされているとは。これだから奥手すぎる脳内お花畑のムッツリポンコツ化石エルフは糞雑魚妖精と、そう(わたくし)に罵られるのですよ? ねぇ糞雑魚妖精?」

 

「なんなのですかその長ったらしい名称は!? 私はそのようなものでも糞雑魚でもありません! こんな昼過ぎからなんて話をするのですか貴女は! クラネルさんが気を失ってしまったではありませんか!」

 

「おや、この殿方には少々刺激が強すぎでしたか。ではせめて、耳かきや膝枕程度のご奉仕をされてはどうでしょう? なんなら今この場で気絶してしまった兎様に、貴女様が膝枕でもして差し上げれば良いではないですか」

 

「なぜここで貴女達に見られながら膝枕をしなければならないのですか! クラネルさん! 目を覚ましてください!」

 

「……」

 

「ああ!? 鼻血まで流して!? 倒れた拍子にぶつけてしまったのでは!? 輝夜! なぜあのような事を言ったのですか!?」

 

「ぶぅぁああああかめ! そんなもの貴様と兎を揶揄って遊ぶために決まっておるだろう! このにぶちんエルフ!」

 

「輝夜ぁ~!!」

 

「リオンが何も言い返せなくなるなんて……良かったですね、アストレア様」

 

「そうね、アリーゼ」

 

「何も良いことなどありませんよ! アリーゼ! アストレア様!」

 

「「そういうところよ」」

 

 閑話休題。

 

「そっ、そそっ、それで? 僕達の新生活はひとまず置いておくとして、この前【ロキ・ファミリア】と合同でクノッソスの調査に行ったんでしたっけ?」

 

「そっ、そうですねクラネルさん。私達の本拠での様子など後回しにして……今日はそちらの話を聞きに来たのですから。どうだったのですか、アリーゼ?」

 

 気を取り戻し、鼻血も止まって、まだ少し顔が赤いものの落ち着きを取り戻したベルは、今日聴きに来たことを話題にのせる。

 リューもベルと同様長い耳がまだ少し赤いものの、ベルのそれに便乗してアリーゼに尋ねた。

 アリーゼは白いカップに一度口をつけ、真剣な表情を作ってから話し始める。

 

「最悪【ロキ・ファミリア】から死人が出るところだったわ。お弟子君から渡されてた『ダイダロス・オーブ』がなかったら、危ないところだったもの」

 

 そう教えてくれたアリーゼに、ベルとリューも揃って険しい顔をする。

 

 ベルは義母からクノッソスの詳細は教えられてない。

 聞いていたのは迷宮からの出入り口の場所と、地上に繋がっているという『ダイダロス通り』からの出入り口の場所の一つ。

 なんでも地上には複数箇所出入り口が存在しているようだが、義母はその一つしか知らないそうだ。

 

 後は闇派閥が関与しているということぐらいで、義母からはあまり関わらないようにとも忠告を受けていた。

 『ダイダロス・オーブ』については、ベルはヘスティアとの生活が安定してから渡そうと思っていた。もともと渡すようにと頼まれてもいたから。

 しかし早くにリューと繋がりができたため、おりを見て義母から教えられていたことを伝え、その時に一緒に渡していた。

 

 そしてアリーゼの代わりに輝夜が口を開く。

 

「あの迷宮の中は最硬精製金属(オリハルコン)製の壁やら扉やらが数えきれないぐらいあってな。天井からその扉が落ちてきて分断されそうになった。幸い、あの魔道具がそれを開く鍵となっていたから分断されずに済んだが……」

 

「そうね。向こうも私達が来るってことを予測してたみたいで、色々と罠や大量のモンスターをけしかけられたもの。リオンは直接見た、あの『穢れた精霊』の分身も出てきたし」

 

「アレが出てきたのですか。よく無事に帰って来れましたね。私も同行できれば良かったのですが……」

 

「それについては別に構わん。私達の方からついて来なくていいと、そう断りを入れたのだからな。【ヘスティア・ファミリア】に慣れるのを優先しろ」

 

「都市の巡回も私は一緒にするつもりでしたのに。それもアストレア様からしなくていいと言われてしまいましたし……」

 

「そのこともいいのよ。せっかくヘスティアの所にいるのだもの。そっちの時間を大事にしなさい」

 

「……わかりました、アストレア様」

 

 色々とリューの事を考えて、アストレア達は気を回してくれていたらしい。

 ベルからしたら、リューと過ごせる時間が長くなるので嬉しくもある。

 だが同時に【アストレア・ファミリア】との時間を奪ってしまっているようで申し訳なさもある。

 嬉しさと申し訳なさが半々といったところだ。

 

「少し話を戻しますけど、いったいどんなモンスターなんですか? その『穢れた精霊』の分身って? 聞いた限りではかなり強いモンスターだとは思うんですけど」

 

 ベルはリューと輝夜の会話から、『穢れた精霊』の分身というのが大変危険なモンスターなのではないかと思い、気になったのでそのことを尋ねてみた。

 それに答えてくれたのは輝夜だ。

 

「そうだな。私達は『精霊の分身(デミ・スピリット)』と呼んでいるが……精霊というぐらいだから、強力な魔法を連発してくる。あそこに出てきたそれを倒すのに、レベル6が五人がかりで苦労するぐらいには強かった」

 

 そう聞かされたベルは絶句してからボソッと呟く。

 

「レベル6で苦労するなんて……」

 

 いったいどんな怪物なのか、今のベルには想像がつかない。

 義母なら一人で倒せるのだろうか、なんて考えていたのがバレていたのか、アリーゼが苦笑いしながら答えてくれた。

 

「アルフィアなら多分一人で倒せるわよ。魔法を無効化する魔法を使えるくらいだもの」

 

 ベルの知らない魔法だ。

 ヴェルフと似ていると思い、そのことを口にする。

 

「そうなんですか? 僕はその魔法は知らないですけど……なんだかヴェルフに少し似てますね」

 

「そういえばそうだな。今度奴と戦うことがあれば、あの鍛治師も連れて行くか。魔力暴発を強制させる方が、無効化より奴には刺さるだろう」

 

「ヴェルフはレベル2になったばかりですから、連れて行くとしてもヴェルフの意思を確認して、ちゃんと守ってくださいね? それで、結局調査はどうなったんですか?」

 

「途中で中止になったわ。怪我人も出たし、フィンさんや【剣姫】ちゃんもなんだか狙われてるみたいだったからね。なにより部隊を分断されそうになったんだもの。調査する事自体は諦めてはないけどね」

 

「【勇者】はあの魔道具が複数個あると睨んでいる。闇派閥の残党共も移動するのに必要だからな。それを確保してから、といったところだ。今後はダイダロス通りと南の区画に別の出入り口がないか、それを探す予定だ」

 

「なるほど……これからは闇派閥を釣り出す必要がありそうですね。こちらから重要な魔道具を奪いに行くのは難しいでしょうし。鍵となるのは、文字通りあの魔道具になりそうです」

 

「そうねリオン。ただ、向こうもそれを警戒してるでしょうから、尻尾は掴みづらいでしょうけど。リオンも察してるみたいだけど、フィンさんは多分、今は私達が持ってる『ダイダロス・オーブ』を囮に使って、闇派閥を誘き出そうと考えてるんだと思う」

 

 そこでまた紅茶を一口飲み、真剣だった顔を緩めるアリーゼ。

 今回の調査の内容と結果はここまでのようだ。

 

 そしてベルは、アレはそんなに重要な魔道具だったのかと、そうとは知らずに持っていたが思う。

 

 ベルの今までの印象は、闇派閥絡みのなんだか気味の悪い魔道具だなぁ、くらいのもので、義母から言われた通り積極的に関与するつもりはなかった。

 

 これからどうするのかは自分次第だが、ベルから関わろうとするのはきっと義母が止めるだろう。

 もう少しでオラリオに来るのだろうし、なおさらに。

 そう義母のことを考えていると「そういえば」とアリーゼが聞いてくる。

 

「お弟子君ってアルフィアから手紙をもらっていたのよね? なんて書いてあったの?」

 

「えっと、僕については最速記録でのランクアップおめでとうってありました。その後はなんだか不穏な感じがしましたけど……後は、古代のモンスター? か何かをもう少しで倒せそうだとも」

 

「古代のモンスター、ですか? そのようなものがまだオラリオの外にいるとは……アルフィアから具体的には聞いてないのですか?」

 

 リューから問われ、ベルは手紙の内容を思い出しながら言う。

 

「そうですね……蠍型のモンスターらしくて、色々とそのモンスターやヘルメス様への嫌味が書いてありました。面倒なものを押し付けてとか、蠍風情がとか」

 

 多少はマイルドに表現しているが、まぁそれで彼女達には伝わるだろう。

 そう話すベルに、アリーゼは「うんうん」と頷きながら追加で質問をしてくる。

 

「あのアルフィアが面倒って言うくらいなら、強さとかも書いてなかった? その感じだと『精霊の分身』の比じゃないみたいだけど」

 

「そうですね……強さとかは……耳障りな犬や海蛇を思い出すっていうのがそれに該当しますかね? 意味はよくわかりませんでしたけど」

 

 そう言うとアリーゼはなにやら口の中で呟いたようだが、ベルにはよく聞こえなかった。

 そしてそのままアリーゼは続ける。

 

「それはまた……なんでそんなモンスターにアルフィア一人で挑んでいるのかとは思うけど……まぁあのアルフィアだし」

 

「はぁ、そうだな団長。それだけの強敵に複数回単独で挑めるのなら、病が完治した女王ならやりそうだ」

 

「そうですね。アルフィアならむしろ良い上位経験値の塊だとか、そんな風に思って自分の鍛錬用に相手しているかと」

 

「あ、それだけはヘルメス様に感謝してましたよ。ダンジョンの深層でもこれだけの経験値を得るのは難しいってありましたから」

 

 ダンジョン深層にもいないような強大なモンスターらしいのだ。

 それ相手に一人で戦うのだから、得られる経験値は相当なものだろう。

 

 義母のレベルが幾つなのかは知らないが、アリーゼ達と比較した場合、少なくともレベル6以上は確定している。

 もしかしたら7かもなんて思っていると、今度は輝夜から質問が飛んできた。

 

「それで、兎? その蠍とやらを倒せそうなのなら、あのクソババアはそろそろオラリオに来るのではないか? 何かそれらしい事は書いてなかったのか?」

 

「輝夜さん、お義母さんに面と向かってクソババアなんて言わないようにしてくださいね? それで質問の答えなんですけど、そろそろ来れるそうですよ。多分アポロン様の拷問がまだ続いていると思うので、それで少し遅れるんじゃないかなって思ってます」

 

「もう何回もクソババアとは呼んでいるから今更だが……そうか。帰ってくるのか……」

 

「そうね輝夜……あの地獄のような日々が帰ってくるのでしょうね。私と輝夜はレベル6になってるから、より酷くなりそうなんだけど……」

 

「私もそう思います、輝夜、アリーゼ。私はレベル4ですから、そこまで変わらないかとは思いますが。今だけはランクアップしていなくて良かったと、少しだけ安堵を覚えています」

 

 三人揃って遠い目と顔をして、在りし日の事を思い出しているのだろう。

 リューだけはアリーゼ、輝夜とは違い、少しだけ余裕そうな表情をしているが。

 そんな顔でランクアップしていなくて良かったと、そう世迷言を言うリューにベルは無情な事を告げる。

 

「何を言っているんですかリューさん? 寧ろまだランクアップしていないのかって、アリーゼさんや輝夜さんとは別に、より過酷な死地に放り込まれるに決まってるじゃないですか。まだお義母さんへの理解が足りてないんじゃないですか?」

 

 そんな事を笑顔で大真面目に告げると、アリーゼと輝夜は目をパチパチさせた後にリューに生暖かい目を向けて、向けられたリューは二人に助けを求めるかのようにギギギと引き攣った笑みを向けた。

 笑顔は笑顔だが、それはまた別の種類の珍しい笑顔を浮かべるリューは、嘆願するように二人に言う。

 

「あ、アリーゼと輝夜は、私を助けてくれますよね? 今は違うとはいえ、同じ【ファミリア】の仲間だったのですから。当然一緒に、その過酷を味わってくれますよね?」

 

 二人を道連れにしようとするリューであったが、それもまた良い笑顔で無情に断られる。

 

「嫌よ☆」

 

「断る」

 

「な、何故断るのですか二人とも!? 輝夜はともかくアリーゼならと私は思っていたのに!」

 

 叫び声を上げるリュー。

 これまた珍しい反応を見れたと、アリーゼは笑いながら、しかし必死の形相も滲ませて叫び返す。

 

「嫌に決まってるじゃない! あのアルフィアが与える過酷よ! どれだけみんなと一緒に死地に放り込まれては吹き飛ばされてきたか、リオンは忘れたっていうの!?」

 

「あれを忘れるのは無理がありますよアリーゼ! 今でも少しトラウマになっているぐらいにはあの日々は記憶に焼きついているのですから!」

 

「だったらなおさら私を巻き込もうとしないでちょうだい! そういうのはお弟子君と一緒にすればいいじゃない!」

 

「なっ!? アリーゼは我が身可愛さにクラネルさんを売るのですか!? それが正義の眷属の団長がする所業というのですか!?」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないのだけれど」

 

「アリーゼ!? ではいったいどういう意味で言ったのですか!?」

 

「そのままの意味よ!」

 

「アリーゼぇ……」

 

 なんて、不毛なやり取りをしている二人に、というよりはリューに助け舟を出すベル。

 

「僕は全然良いですよ。今までは一人でしたけど、鍛錬仲間が増えるのは嬉しいです」

 

「そ、そうなのですか、クラネルさん? 私と一緒にアルフィアの相手をしてくれるのですか?」

 

「勿論ですよリューさん。弟子が師匠を一人にする訳がないじゃないです。どっちにしろ、僕も鍛錬を受けることになりますし、その時は付き合います」

 

「あぁ、私の味方はクラネルさんだけです。貴方のような人を弟子にして本当に良かった。貴方は尊敬に値するヒューマンだ」

 

 なんだかとてもしょうもない事(命の危険有り)で大袈裟な事を言われた気がするが、ベルは笑顔のままさらに長文の爆弾を放り込む。

 

「別にこれぐらいどうって事ないですよ。だって、どうせ僕達五人纏めて深層の40階層以降とかに放り込まれるでしょうし。深層のことはまだよくわからないですけど、アリーゼさん達のレベルと到達階層を考えたら、それぐらいのことはすると思います。それか僕達だけでウダイオスを倒せとか。ヴァレンシュタインさんが一人で倒せたんですから、レベル6が二人もいるならできますよね?」

 

 それぐらいなら義母は言いそうだ。

 

 つい一月半ほど前ぐらいだったか。

 当時レベル5だったアイズ・ヴァレンシュタインが深層の階層主を単独で討伐してランクアップをしたと、そうギルドの掲示板に貼られていた。

 

 流石にバロールではないだろうから、ベルが言ったことはおおよそ事実だろう。

 そしてレベル5の一人でできたのだから、レベル6が二人もいればそれも可能と思える。

 そう思って言ったのだが、どうやら他三名は違うらしく、微妙な顔をしていた。

 

「う、う〜ん……できなくはない、だろうけど、相当キツイと思うわよ? だって階層主だし」

 

「そうだな団長。いいか兎? ウダイオスとの戦闘では雑兵としてスパルトイが大量に湧き出てくる。それらを相手にしながら、推定レベル6のウダイオスをたったの五人で倒すというのは難しいぞ」

 

「ならお義母さんはやれっていいますね。不可能ではないみたいですし、アリーゼさんがキツイって言うなら良い鍛錬になる証拠ですし」

 

「それもそうですが……私はそちらよりも五人で40階層以降に放り込まれる方が辛い気がするのですが。クラネルさんもいますから、龍の壺とまではいかないでしょうし、その階層に留まる期間にもよると思いますが」

 

「そうねリオン。物資だったり休息だったり。なにより私達の中で回復魔法を使えるのがリオンだけだし。それもリオンには悪いけど、本職の治癒師ほどではないし」

 

「だったらそれもやりますね。辛くなかったら鍛錬になりませんから。アリーゼさん達は【ロキ・ファミリア】との合同遠征に慣れすぎてしまったんですよ、きっと。フィンさんなら遠征での安全には人一倍気を使うでしょうし。だから今のうちから覚悟はしといた方がいいですよ?」

 

「……はぁ、それも兎の言う通りだな。さっさと現実を認めて、覚悟だけはしといた方が身のためというものだ」

 

「それもそうですね輝夜。どちらにしろ、アルフィアに魔法で吹き飛ばされるのは決まったようなものですから」

 

「おうおう、なんだか不穏な会話が聞こえてきたじゃねえか。アルフィアの話か?」

 

「ベル様のお義母様の話ですか? リリはお名前と見た目ぐらいしか聞いたことがありませんが」

 

 と、そこへ教導が終わったのか、ライラとリリの二人が談話室に入ってきた。

 リリの質問にベルが答える。

 

「そうだよリリ。もうすぐでお義母さんがオラリオに来そうだからって、これからされるだろう鍛錬の内容を想像してたところ」

 

「鍛錬の内容、ですか? いったいどのようなものが考えられるのですか、ベル様?」

 

「それはね……」

 

 と、そのまま話そうとしたベルの口に、隣に座っていたリューがスッと人差し指を当てて黙るよう目で語る。

 リューの顔を見ながら何故だろうと思っていると、アリーゼの方が口を開いた。

 

「ありがとうリオン。お弟子君、リリちゃんにはちょ〜っとこの話は早いというか、刺激が強すぎるというか……リリちゃんの性格や迷宮探索の方針からして絶叫することは間違いないから、今はまだ教えちゃダメ。いい?」

 

 アリーゼは自分の口元に指でバッテンを作り、そう念押しされたベルはこくりと頷いた。

 リリがなにやら怪訝な顔をしているので、それにはリューの方から説明がいく。

 

「アーデさん。アリーゼの言う通り、クラネルさんの義母親は少々過激な面がありまして、今はまだそのことを知らない方がいいでしょう。どうせ後で知るとは思いますが……実際に会ってみた方がいいかと」

 

「は、はぁ。なんだかよくわかりませんが、そういうことでしたら、今は聞かないでおきます」

 

 一応の納得はしてくれたようで、おずおずとリリは頷く。

 それにホッと胸を撫で下ろすアリーゼとリュー。

 

 ベルとしては当たり前というか伝えてもいいとは思うのだが、どうやら常識とかけ離れていることに慣れ過ぎて、随分と感覚が麻痺してしまったようだ。

 

「さて、それでは私達はそろそろお暇させてもらいます。これから食材の買い出しもあるので」

 

「そうですねリュー様。もうすぐ日も傾き始めますし、早めにお暇させてもらいましょう」

 

「あ、もうそんな時間なんだね。それじゃあアリーゼさん、輝夜さん、ライラさん、アストレア様、お邪魔しました。紅茶美味しかったです」

 

 ベルとリリは揃ってお礼を言って頭を下げ、リューは「また来ます」と告げて三人で『星屑の庭』を後にした。

 その後は予定通り買い物をして三人は『竃火の館』に帰って来たのだが、門の前でばったりと命と【タケミカヅチ・ファミリア】の千草に会った。

 

「あれ、命さんに千草さん? これからお出かけですか? もう日も落ちますし、これから夕飯の準備もするんですけど……」

 

「べ、ベル殿!? それにリリ殿にリュー殿も!? い、今帰って来たのですか!?」

 

 なにやら動揺しているようで、それに少し柳眉を寄せたリューが聞かれたことに答える。

 

「そうですよヤマトさん。今買い出しから帰って来たところです。ヤマトさんとヒタチさんはこんな時間から二人でどこに行くのですか? 遅くなるようでしたら、私の方からヘスティア様に伝えておきますが」

 

「えっ、えっと、それはその……」

 

「わ、私達は今日はこれから外でご飯を食べに行くんです! ね、命ちゃん!」

 

「そ、そうなのです! 【ヘスティア・ファミリア】での近況の報告も兼ねてこれから食事に行きます! ですので自分の分の夕餉はご用意しなくて結構です!」

 

 なにやら口ごもる命であったが、彼女の代わりに千草が答える。

 外食する程度のことがここまで口に出しにくいものなのかとベルは思うも、それに納得したのかリューが頷く。

 

「わかりましたヤマトさん。ヘスティア様にもそう伝えておきますので、ご安心を」

 

「は、はい! よろしくお願いします、リュー殿!」

 

 最後に頭を下げて、命と千草はそそくさと外食をしに行った。

 その後ろ姿を見届けてから三人は門を開けて『竃火の館』の敷地内に入る。

 玄関まで歩くところで、リリがベルにひそひそと話しかけてきた。

 

「ベル様ベル様、なにやら命様の様子がおかしくありませんでしたか? リュー様は納得していたようですが……それは命様が似たような形で【ヘスティア・ファミリア】に来たからという理由での納得でしょうし」

 

「うーん。確かに動揺してるようだったけど……そんなに気にすることでもないんじゃない? 命さんも【タケミカヅチ・ファミリア】の人と外食ぐらいしたいだろうし。僕達と夕飯を食べないことを気にしてたんじゃないかな?」

 

「確かに命様なら気にしそうではありますが……」

 

 礼儀正しく生真面目で義理堅い命の事だ。

 まだ出会って間もないが、それぐらいのことはこの短い期間でもわかる。

 

 それでもリリはなにやら引っ掛かるようではあったが、玄関についたのでその会話もそこで途切れた。

 リューが扉を開け、三人で館に入ったところで、リューが持っている紙袋をベルに渡しつつ言う。

 

「クラネルさん、この荷物をお願いします。私はヘスティア様にヤマトさんのことを伝えに行きますので」

 

「わかりましたリューさん。お願いします」

 

 リューから食材がたっぷり入った紙袋を受け取り、ベルとリリはそこでリューと別れキッチンへと向かう。

 その途中で小太刀のようなものを二本持ったヴェルフに会った。

 

「ベル、リリ助、今帰って来たのか? 二人がいるってことは【疾風】もいるんだろ? あいつは今どこにいる?」

 

「うん、今帰って来たところ。リューさんは今はヘスティア様のところに行ってるけど……すぐ下に降りてくると思うよ。命さんが外食をしに行ったことを伝えに行っただけだから」

 

「【疾風】のことについては分かったが……【絶♰影】が外食だって? なんだ、あいつまた夜に外に出て行ったのか」

 

「また、とはどういう意味ですか? ヴェルフ様?」

 

 また、と、気になることを言ったヴェルフに、キッチンについたリリが食材を冷凍機に入れながら問う。

 ヴェルフは腕を組みながら「それがよぉ」と話し始める。

 

「俺がここ数日ずっと工房にこもりっきりだったのは知ってるよな? そんで夜遅くに館の方に戻ってきたんだが、その時に館の外から帰ってくるあいつを見たんだよ。その時は俺も疲れてたから声はかけなかったんだが……いったい何しにいってたんだろうな?」

 

「それは気になりますね。二日連続で外食に行く、なんてことはないでしょうし」

 

「確かに気になるねリリ。でも……命さんにだって話したくないことの一つや二つぐらいあるだろうし……」

 

 あのリューだってアリーゼ達になにやら話したくないことがあるようなのだ。

 ベルは一緒に18階層のお墓参りに行かせてもらったが、そのこともアリーゼ達には話していないようだった。

 リューはあまり話題にも上げたくないようであったから、それを察してベルもアリーゼ達には話そうとは思っていない。

 

 そう言ったベルにヴェルフは「そうだけどよ」と言ってから続ける。

 

「気になるもんは気になるし……明日も行くようなら俺達でちょっと後をつけてみないか?」

 

「えっ!? それは……」

 

「命様を尾行すると、そう言っているのですか、ヴェルフ様?」

 

「ああ。まだ日は浅いがもう俺達は同じ【ファミリア】の仲間なんだ。いくらあいつがレベル2の上級冒険者だからといって、夜に隠れて外出してるってんなら心配にもなる」

 

「……確かにそうですね。リリもベル様が夜にこそこそと外を出歩いてるなんて知ったら心配にもなります。リリはヴェルフ様に賛成です」

 

 なにやら乗り気の二人であるが、ベルは少し気後れしてしまう。

 

「別に命さんはこそこそしてなかったし、千草さんも一緒だったよ? なにより神様とリューさんがそれを許してくれるかな? 二人とも夜に外を出歩くことに厳しそうだし。特にリューさんなんかは、夜は治安が悪いから絶対にダメって言いそうだよ?」

 

「そんなもんひっそりと館から抜け出せばいいだけだろ? なによりベルはレベル3だ。お前と俺がいれば暴力沙汰になったところで、そうそう負けねえぞ?」

 

「それは確かにそうだけど……リューさんの目をかいくぐるのって難しいだろうし……ってリリ、そろそろ夕飯を作らなきゃ。このまま話してたら遅くなっちゃう」

 

「そうですねベル様。この話は後にしましょう」

 

「それもそうか。俺も手伝うぞ、ベル。元はといえば俺が話し始めたんだからな」

 

「ありがとうヴェルフ」

 

 買って来た食材も使う分以外は片付け終え、そのまま話し込んでしまっていた。

 そうベルが言い出して、ヴェルフは手に持っていた二本の武器を一度邪魔にならない場所に置き、三人で夕飯の支度を始める。

 

 ちなみにリューは料理当番から外れている。

 酒場の手伝いをしているくらいだからきっと料理もできるんだろうと思い、一度任せてみたことがあった。

 だがその日の夕飯には、それは見事な黒い塊が出てきた。

 

 その日はもったいないからと頑張ってそれを食べて、その後には切るだけでいい果物を食べて口直しをした。

 その時のリューは誰にもわかるぐらいには申し訳なさそうにしていて「私はいつも焼きすぎてしまう」と、彼女の口癖をセルフオマージュしていた。

 

 アリーゼ達はそのことを知っていただろうから、ベル達に伝え忘れていたか、もしくはわざと伝えなかったか。

 恐らくは後者だろうと、輝夜とライラあたりならそうするだろうと、ベルは思っている。

 きっとベル達にもあの料理とも呼べなくもないあれを味合わせたかったのだろう。

 

 今日は命がいないので主食はバターを塗ったパン。

 他にはジャガイモを使ったスープに、リューのためにとたっぷりの野菜のサラダ。

 あとはお肉などちょっとしたおかずを数品作って、三人で食卓に並べる。

 

 ヘスティアはまだ降りてきておらず、リリがリューに居場所を聞き、まだ書庫にいると伝えられて呼びに行った。

 リューはリビングで本を読んでいたため、それに栞を挟んで閉じたところで、ヴェルフが二本の武器を彼女に差し出した。

 

「【疾風】、ご要望の対になっている小太刀だ。銘は刀身が赤銀色の方が『紅葉(もみじ)』で、黒銀色の方が『黒葉(くろば)』だ。どっちもミノタウロスの角と加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)を混ぜたもので作ってる。ヘファイストス様には見せてないが、恐らくは第二等級武装にはなってる現状の俺の最高傑作だ。少し握って確かめてくれ」

 

「ありがとうございます、クロッゾさん」

 

 礼を言い、リューは二本の小太刀をそれぞれの手に握って感触を確かめ、その感想を述べる。

 

「手に吸い付くようにしっくりきますね。やはり貴方は腕の良い鍛冶師です」

 

「オーダーメイドだからな。あんたからそう言ってもらえると俺も嬉しい。本来なら料金を支払ってもらうところだが、同じ【ファミリア】の(よしみ)だ。タダにしといてやる。ベルにもそうしてるしな」

 

「クラネルさんは貴方の専属契約なのですからそうでしょうが……いいのですか? 私は支払うつもりでしたが」

 

「ああ。なんたってあんたはあの【疾風】だ。レベル4の第二級冒険者なら払えない事もないだろうが、今後は【ファミリア】の稼ぎ頭になるんだ。それと比べたら安いもんさ」

 

「そう言っていただけるのなら、ありがたくお言葉に甘えさせてもらいます。ちなみにおいくらか聞いても?」

 

「そうだな……素材はタダ同然だったからあれだが……オーダーメイドってことと素材も含めれば、二本合わせてだいたい一千五百万ヴァリスってところだな」

 

「一本あたり七百五十万ヴァリスですか。第二等級武装ともなるとやはり高いですね。それも含めて、大切に使わせてもらいます」

 

 リューは鞘にしまった状態で確かめるように二本を軽く振るい、その後刀身を見るために少しだけ鞘から引き抜く。

 露わになるのはそれぞれ赤と黒の葉脈のような美しい波紋がある赤銀色と黒銀色の刀身。

 きっとこの波紋から武器の銘を決めたのだろうと、そうリューが思っていると、やはりそうだったのか、ヴェルフが銘の由来を話してくれた。

 

「綺麗な波紋だろ? それを葉っぱみてえだなと思って名付けたんだが……実は『アカミノ』と『クロミノ』にするか迷ったんだ。どっちもミノタウロスの角を使ってるからな。こっちの方が良かったか?」

 

「い、いえ。後生ですから紅葉と黒葉でお願いします。私はこちらの銘の方がいい」

 

「そうか。アカミノとクロミノもいいかと思ったんだが、あんたがそう言うならそっちにするか」

 

 やはり絶妙にネーミングセンスが悪く、なんだかガッカリした様子のヴェルフを見たベルは苦笑いを浮かべる。

 ベルの専属鍛冶師は腕はいいのだが、このネーミングセンスが原因でなかなか売れていなかったのではと、そう思ってる。

 

 きっとこれからもこんなやりとりがこの本拠で繰り返されるのだろうなと、そうベルが微笑ましく思っていると、ヘスティアがリリと一緒に降りて来ていたのかリューに声をかける。

 

「リオン君、そろそろそんな物騒な物はしまって夕飯にしようぜ? 今日は命君がいないからパンみたいだけど……この匂いはジャガイモのスープかな?」

 

 ヘスティアの疑問にそれを作ったベルが答える。

 

「そうですよ、神様。ジャガイモをすり潰してポタージュのスープにしました。レシピ通りに作ったので、美味しくできてると思うんですけど」

 

「ベル君の作る料理は全部美味しいからね。きっとそうに違いないさ」

 

「僕の作る料理っていっても、お義母さんの知り合いから貰ったレシピ通りに作っているだけですよ? そのレシピを書いた人の方が凄いですって」

 

 それは七年ぐらい前のことだったか。

 今ではその人達の記憶も朧げだが、目に傷のついた大きな男の人と黒い神様のような人が、ベルと義母が手を繋いで麦畑を歩いているところにやって来たのだ。

 

 義母は男の人と知り合いのようで、なにやら色々と話していたのを覚えている。

 そしてその時に分厚い本のようなものを受け取っていた。

 それには様々な料理のレシピが書かれており、今ではベルがそれを持っていて、日々の料理に生かしている。

 

 ベルがそのレシピを書いた人のことを褒めると、リューが「そんなことはありません」と刀身を鞘にしまって本の近くに小太刀を置きながら言う。

 

「レシピ通りに料理ができるというだけで凄いと私は思いますよ、クラネルさん。私は何度やってもああなってしまうので」

 

「そんなにしょんぼりするようなら自分から言い出すもんじゃないぜ、リオン君。さ、無駄話もここまでにしてご飯にしよう」

 

 ヘスティアに言われて全員が席に着き「いただきます」と、命から教わった両手を合わせて極東の挨拶をしてから食事を始める。

 自分の分の料理をベルがお皿に取り分けていると、リューが「そういえば」とヘスティアに話しかける。

 

「ヘスティア様。先程伝え忘れていたのですが、私は明日の朝から『豊穣の女主人』に行きます。帰ってくるのは夕飯よりも後でしょうから、今日のヤマトさんと同じように、私の分は用意しなくても大丈夫です」

 

 明日一日リューが館を留守にする。

 そのことを聞いたベル、リリ、ヴェルフはバレないように目だけを見合わせた。

 リューから明日の予定を聞かされたヘスティアは了承の意を込めて頷きつつ質問する。

 

「それはわかったけど……随分と急だね。酒場に行くのは明日の一日だけかい?」

 

「はい。シルから明日は団体の客が二つ入って忙しくなるから手伝って欲しいと頼まれたので。手伝いに行くのは明日の一日だけです」

 

「了解したよ、リオン君。君には必要ないかもしれないけど、気を付けて帰ってくるんだよ?」

 

「ご心配ありがとうございます、ヘスティア様」

 

 その後は今日あったことの話――クノッソスについては極秘なので話す訳にはいかないが――をして、夕飯を終えた。

 そしてリューがお風呂に行っているタイミングで、ベル達三人で集まって尾行の話をする。

 

「リューさんは明日帰ってくるのが遅くなるみたいだけど……どうするの? 明日も命さんが夜に出かけるとは限らないけど」

 

「それは確かにそうですが、リュー様が館にいない好機を逃すわけにはいきませんし……」

 

「あいつが出かけたら後をつける。それに賭けるしかないか」

 

「まあそうなりますよね」

 

「僕はあんまり尾行するようなことをしたくはないんだけど……」

 

「何を言っているのですかベル様。ベル様は【ヘスティア・ファミリア】の団長なのですから、団員の動向を直接把握しておいた方が良いに決まってます」

 

「僕自身はリューさんの方が団長に向いてるんじゃないかって思ってるんだけど……なんならお義母さんが来たら譲ろうかなって思ってたし」

 

「ベルはヘスティア様の最初の眷属じゃねえか。それ以外になんか理由があんのか?」

 

 少し話が逸れてしまうが、聞かれたのでベルはそのまま答える。

 

「だって僕はレベル3になったばかりだし、お義母さんは多分だけどレベル6以上の第一級冒険者だよ? 【ファミリア】の団長なら、第二級冒険者よりも第一級冒険者の方がいいんじゃないかなって」

 

 そうベルが推測で義母のレベルについて話すと、ヴェルフとリリは二人揃って目を丸くして絶句していた。

 それも当然かと思うが、ベルからすると割と身近に第一級冒険者がいるため、これも感覚が麻痺しているのだろうか。

 

 現状のオラリオの第一級冒険者の数は三十名から四十名と言われている。

 その中でもレベル6以上はついこの前【ロキ・ファミリア】の幹部が全員レベル6になったらしく、それが七名。

 【フレイア・ファミリア】の幹部が三名レベル6で、団長の【猛者】オッタルはレベル7。これを合わせて十一名。

 そして【アストレア・ファミリア】のアリーゼと輝夜がレベル6で、合計で十三名しか今のオラリオにはレベル6以上はいないのだ。

 

 そんな人がオラリオの外にいるのだから、二人の反応も当たり前かと、改めてベルは思う。

 あまりの衝撃に開いた口が塞がらず黙っていた二人だが、リリが最初に復帰してベルに義母のことについて尋ねてくる。

 

「今日はリュー様から少々過激ということを聞きましたが……本当に一体何者なんですか? ベル様のお義母様――アルフィア様、でしたっけ? そんな名前の第一級冒険者をリリは聞いたことがありませんが」

 

「……俺も気になるな。知ってることだけでいいから教えてくれないか、ベル?」

 

 リリにつられるようにヴェルフも口を開き、二人に問われたベルは「うーん」と頭を悩ませながら、義母の印象を語っていく。

 

「とても静かな人だよ? 五月蠅いのが嫌いだから、僕とお祖父ちゃんが騒がしくしてると魔法で吹き飛ばされたし。お祖父ちゃんなんかは頭を下にして畑に埋められてたし」

 

「は、畑に、埋められ……?」

 

「それは……少々過激って表現でいいのか?」

 

「リューさんだからそう言ったんだと思うけど……あとはフィンさん達は【静寂】って二つ名で呼んでたね。二つ名がついているぐらいだから、昔はオラリオにいたんだと思うんだけど」

 

「【静寂】ですか……そんな二つ名をリリは聞いたことがありません。なので少なくとも十五年以上前の冒険者になりますね」

 

 十五年と、その年月を疑問に思い、ベルは思った事をそのまま口にする。

 

「あれ、リリってもしかして僕よりも年上? てっきり下かと思ってたんだけど……」

 

「失敬な! リリは今年で十五歳になりますよベル様! ベル様よりも一つだけお姉さんなんですよリリは!」

 

「マジかリリ助。俺もてっきりベルよりも下かと思ってたぞ。どっちにしろ俺よりは下なんだが」

 

「ヴェルフ様にもそう思われていたのは心外です! リリはそんなにも幼く見えるのですか!?」

 

「おう、見えるぞ」

 

「キィー! 流石のリリも今のには怒りましたよヴェルフ様! 表に出ろと言ってやりたくなります!」

 

「言えばいいじゃねえか。どっちみち俺が勝つが」

 

「だから言わないのではありませんか! やるとしたらライラ様から教わった罠を張り込んでからです!」

 

「ふざけろッ! 後で知ったが戦争遊戯の罠は滅茶苦茶だったって話じゃねえか! そんなものに俺を引っ掛けようとするな!」

 

 衝撃の事実。

 ベルが年下だと思っていたサポーターは実は一つだけ年上だった。

 ベルが唖然としている間もリリとヴェルフはなにやら口喧嘩を繰り広げていたが、それがひと段落ついたところで、リリが再びベルに聞いてくる。

 

「はぁ、はぁ……今回の口喧嘩はこのぐらいにして……レベル6以上と、そうベル様が思った理由はあるのですか?」

 

「えっ? ああ、ごめんね呆然としてて。えっとね、アリーゼさん達もまだ敵わなそうな様子だったし、僕もお義母さんとアリーゼさん達を比較して、それぐらいかなって思ったから。もしかしたら7かもしれないけど」

 

「レベル7となると……現状はオッタル様と学区に一人いるぐらいしかリリは知りませんね。何故今は都市外にいるのですか? そんな特大の戦力をギルドが野放しにするとは思えませんから」

 

「今はヘルメス様の依頼をやってるけど……それ以前は僕と暮らすためかな? ギルドには知られたくなかったみたいで、リューさん達にも口止めしてたみたいだから」

 

「お前は相当お袋さんに大事にされてるんだな、ベル」

 

「うん。僕もお義母さんのことは大好きだし。だからさっきも言ったけど、もう少しで【ヘスティア・ファミリア】に来るだろうし」

 

「ああ、アルフィア様が【ヘスティア・ファミリア】に加入したらギルドの税金が……リュー様が入ってベル様もレベル3になったので、ついこの前派閥のランクがDになったばかりというのに。レベル6以上が加入したらC……もしかしたらBぐらいにはなりますよ」

 

「まだ決まったわけじゃないけどね。お義母さんは冒険者としてギルドに再登録するのは渋るだろうけど……僕はちゃんと一緒にダンジョンに行きたいし」

 

「そっ、そうですよベル様! ギルドに登録せずにそのまま知らんぷりしてしまえばいいのです! アルフィア様もその気ならリリは賛成です! リリはアルフィア様の方につきますとも!」

 

「おいおいリリ助。いくらギルドの税金が嫌だからってそりゃあないだろう。それこそ団長のベルがお袋さんを説得するだろうさ」

 

「だから団長は……お義母さんも柄じゃないとか面倒くさいとか、そう言って断りそうだなぁ」

 

 今になって思い返してみれば、あの義母なら【ファミリア】の団長などやりたくもないと言いそうだ。

 なんならそのままベルにやらせるだろう。きっとそうだ。

 話が命のことから逸れに逸れてベルの義母のことになってしまったが、そこでリリが話を戻す。

 

「さてベル様。話を命様に戻しますが、明日も命様が夜に出かけるようであれば、リリ達はヘスティア様の隙をついて館を抜け出して尾行すると、それでよろしいですね?」

 

「そうだなベル。ヘスティア様にはわりぃが、館にヘスティア様しかいないんだったら抜け出すのは簡単だ。リリ助の言った通りでいいか、ベル?」

 

「う、うん。本当は気が進まないけど……わかった。明日もし命さんがまた出かけるようなら、命さんの後について行こう」

 

 そうリューのいない間に三人で明日の予定を決め、この日は解散した。

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