100分の1ミリの細胞内で起きた進化 ところてんが導いた大発見
世界的な科学雑誌「サイエンス」を発行する米国科学振興協会は2月、高知大と米カリフォルニア大の共同研究グループの論文を年間最高賞に選んだ。海中を浮遊する植物プランクトンの生態に関する新発見。高知市の自宅で培養を続けた「ポスドク」(期限付き研究職)の女性研究者が、決定的な役割を果たした。
その発見は、藻の一種である植物プランクトン「ビゲロイ」に関するもの。
高知大の研究メンバーによると、100分の1ミリほどの大きさのビゲロイが外部の細菌を取り込んで体の一部(細胞内小器官)にし、窒素をアンモニアに変えていることを初めて確認した。
細菌に直接的に由来する細胞内小器官は、葉緑体とミトコンドリアでしか確認されておらず、「画期的発見」だった。
発見の原動力となったのは、ビロゲイを採取するため、十数年にわたりバケツで海水をくみ上げ続けた女性研究者でした。壁にぶつかったとき、転居先で出会った専門家に思いもかけないアイデアを提示されたことが、「教科書のページを書き換えるような発見」につながります。
生命に必須の元素である窒素を、生物の多くは直接吸収できないが、ビゲロイは窒素をアンモニアに変えて利用していた。研究がさらに進めば、肥料の要らない植物(窒素固定植物)の創生につながる可能性を秘める。研究グループは細胞内小器官を「ニトロプラスト」(窒素固定を行う小器官)と命名した。
研究のカギとなったのは、高知大海洋コア国際研究所の萩野恭子・特任講師(52)が挑んだビゲロイの培養だ。
萩野さんは高知大生時代に海のプランクトンを調べ、正十二面体のビゲロイに興味を持った。藻の化石の研究者になり、北海道大の学術研究員だった2006年、ビゲロイに狙いを定めた。
「近海で採取できるので、子育てしながら研究できる。恐竜が絶滅した白亜紀末の海で大繁栄した点にも魅力を感じた」
ただ、ビゲロイを海水から見つけるのは至難の業だった。小樽の港で海水をくんで北大に運び、顕微鏡でビゲロイを探したが、なかなか見つからなかった。
海水温の分析で、採取のコツをつかんだのは08年の鳥取県への転居後。ただ、3日ほどで死んでしまうので「研究するには培養が不可欠だった」。様々な培養法を試したが、うまくいかなかった。
自宅の6畳一間で
転機は、夫の転勤に伴い高知市へ転居した後の18年。高知大で海洋微生物を研究する足立真佐雄教授(58)に相談すると、「試してみたら?」と、ところてんの抽出液を渡された。足立教授は自身の研究を通じ、海の微生物の培養には海藻由来のところてんが有効だと気づいていた。
萩野さんはところてんの液を使い、自宅の6畳一間で培養に取り組んだ。すると、ビゲロイは元気に動き、よく増えた。ビゲロイに関する情報交換相手の一つで、窒素固定に着目していたカリフォルニア大側から19年に共同研究を提案された。
新型コロナウイルスの感染拡大で、萩野さんは米国へ渡ることはできなかったが、米側の詳しい解析で細胞内小器官化が確認された。論文は24年4月の「サイエンス」に掲載され、表紙にはビゲロイの絵が描かれた。萩野さんと足立教授は共著者になった。
足立教授は「教科書の1ページを書き換えるような発見。それに役立ったのは非常に名誉なことで、喜ばしい」と語る。
萩野さんは「私は巡りあった研究対象を、自分なりに調べていただけ。培養できたことで科学、研究の進歩に貢献できてうれしい。受賞に驚いています」と話す。
萩野さんは3月、米ハワイ沖で、ビゲロイの仲間にあたる植物プランクトンの採取に取り組む予定だ。
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