Cursorで記事を書ける!? 話題のAIエディタは、文章を書くにも役立つのか?
「いま文章を書くのに「Cursor」を使わないのは損だ」
私はいつも通りXを眺めていたら、ふとそんな衝撃的な情報を目にした。
もともとは開発者向けのAI搭載エディタとして人気を博してきたCursorであるが、なんとそのコード補完機能を文章作成にも活かせるらしい。
一体、どのような仕組みで、どんなメリットがあるのだろう?本当にCursorを使えば、文章がスラスラ書けるのか?
私はそんな好奇心に駆られて試してみることにした。
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1. Cursorとは?
Cursorは、もともとプログラマーや開発者向けに設計されたAI搭載エディタとして知られている。
最大の特長は、AIによるコード補完機能。例えば入力途中のプログラムコードを、AIが推測して候補を提示してくれるため、煩雑な作業を効率化し、生産性を大幅に高めることができる。
エンジニアにとっては、いちいち定型文や定型コードを手入力する手間が減り、ミスタイプも少なくなるという恩恵が大きいらしい。
しかし、Cursorはコードだけでなく、文章作成もできるらしい。
文章を書くときも、AIが自然な流れで次の文を提案し、ライティングを支援してくれるらしい。
2. Cursorで文章を書ける!?
私はASCIIの遠藤さんが書いた記事「いま文章を書くのに「Cursor」を使わないのは損だ」を見て、衝撃を覚えた。そこには、実際にCursorで文章作成が可能であることが詳しく紹介されている。
開発者向けエディタで文章を書くというのは、一見違和感があるかもしれない。実際、文章を書く際はGoogle document やWordなど、別のソフトウェアを使って書いた方が開発者向けエディタよりも見やすいし、使いやすい。
しかし、記事によれば、自然な日本語文章の補完が可能であり、実用的なツールとしても活用できるとのことだ。
実際、Cursorの補完機能がどのように文章作成を支援しているのか、具体例を交えて紹介されている。
実際にCursorを使いながらライティングすることで、手が止まらずに文章を書き続けられる。ワープロを使ってきたことがバカバカしくなる――そうした感想が綴られており、私も興味をそそられた。
3. ~スラスラと文章が進むが…
記事を見て気になったので、実際に使ってみた。実際、この記事はCursor上で書いている。
初に驚いたのはその提案のスピード感だ。コード補完と同様に、行を入力し始めるとCursorが次の文や単語の候補を提示してくれる。これが短文や定型文を書くときには非常に便利で、タイピングの負担がぐっと下がる印象を受ける。
4. 実用上の問題点
しかし、実際に文章を書いてみると「本当にAIが提示した文をそのまま使っていいのか?」という迷いが生じた。
というのも、AIが提案してくれる文章は「無難な日本語」や「世俗的なイエスマン」的フレーズが中心で、尖った表現やユニークな比喩などはほとんど出てこない。
コンテンツに個性を出したいライターやブロガーにとっては、そこが物足りないと感じる部分かもしれない。
また、書いていて、AIに誘導されているかのような気持ち悪さを感じる。
行単位で文章を書き進めるたびに、Cursorが次の1文を候補として提示してくれると、どうしてもその提案に目が行きがちだ。もちろん面白くないので却下し、自分で考えたエッジの効いた意見を書いたりするのだが…。
これは特に、AIに批判的な論点を盛り込みたいときや、独自の視点を強調したいときに顕著な気がする。
5. Cursorは文章作成にも使えるのか?
さて、ここまでお読みいただいて、Cursorは文章作成に活用できそうかどうか、なんとなくイメージがわいてきたのではないだろうか?
結論から言えば、Cursorは「一定の条件下では非常に使えるが、万能ではない」というのが私の感想だ。
例えば、学業や仕事で提出する文書、事務的なレポート、あるいは企業のブログなどで無難な内容をまとめたい場合は、AI補完機能が大きな助けになるだろう。
一方、尖った個性やユニークな表現を追求したい場合、あるいは批判的な視点を盛り込む場合には、Cursorの提案が役に立たないことがあるかもしれない。
これはChatGPTなど他の大規模言語モデルを使った文章生成にもいえることだけれど、AIツールが提供する“型”に寄りかかりすぎると、文章が没個性的になる可能性は否定できない。
ASCIIの遠藤さんが「いま文章を書くのに『Cursor』を使わないのは損だ」と絶賛されているのは、おそらく企業から出す雑誌という特性上、肯定的な意見や説明的な文章を出す機会が多いことや、長年の編集・執筆経験をもつプロとしての独自の技があるからだと思う。
私は、本は別として、記事1本を仕上げるために長時間の推敲を重ねるタイプではない。noteの記事もいつも2時間程度で書いている。
そんな私からすると、Cursorの補完機能に頼りきるよりも、ChatGPTや他ツールとの組み合わせでアイデアを練ってから書き始める方が性に合っている。
(あくまで個人の意見であり、Cursor愛用者を非難する意図はない。私としては成果さえ出せれば好きなツールを使えばいいと思う。)
おわりに
Cursorはツールとして、非常に優秀であることには疑いようはない。
CursorのAI補完機能は文章入力のスピードを高め、ライターや学生、ビジネスパーソンにとっても助けになるシーンは多いだろう。
しかし、使ってみて思うのは、「生成AI出現以前のやり方」を前提としたテクノロジーである、ということ。
生成AIはもともと、文があったときに、その次の文を予想する大規模言語モデルから始まった技術だ。だから、Cursorとは相性がいいのは確かだ。
だが、それが現状の技術をもとに最も使いやすい方法かと聞かれたら、違うような気がする。
文章を書く際は、どのように書くかはなんとなく決まっている。だいたいどんな感じで書くか、アイデアの時点で、書ける文章の品質の幅は既に決まっている。これはプログラミング等、ソフトウェア開発能力においても同じことだ。
Cursorは、作品自体を作るのではなく、飾りつけをするツール
――私はそんな気がするのだ。
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