「みちのく記念病院」看護師の証言
事件を受けて、元院長ら2人を知る看護師が、匿名を条件にNHKのインタビューに応じ、病院内ではあらゆる判断を当時の院長が行い、現場で判断することや意見を言う機会はほとんどなかったと証言しました。
看護師は「元院長の独裁的な経営によって、現場のスタッフはもどかしい気持ちで働いていると思います」と述べました。
また、違和感を感じても声を上げることができず「『何やったって駄目』という諦めたような発言がスタッフから聞かれるが、自分自身もそうだと感じている」と院内の様子を振り返っていました。
また、元院長は病院内の入院患者の回診や外来の診察で、患者と話すところを見ることはなかったということで「症状を見て、それに対して薬を処方するという対応をしているが、直接患者と会話するところは、あまり見たことはなく、患者から話を聞くことも多くなかったと思う」と話していました。
一方で、ほかの病院で受け入れられなかった患者なども積極的に受け入れていたということで、今後の病院のあり方については「病院自体は存続していくことが地域のためでもあると思う。ただ、今いろいろと明るみに出てきたところは、正しく直してほしい」と話していました。
3年前、みちのく記念病院で亡くなるまでのおよそ3か月間、母親が入院したという女性は「病院側に容体のことで何度も説明を求めたが、医師と一度も会うことすらできなかった」と話しています。
八戸市に住む細越由美さん(62)は、一緒に生活していた当時89歳の母親が、足を骨折してから歩行が難しくなり、入院先を探したということです。
入院先はすぐに見つかりましたが、3か月がたつと退院を迫られ、病院を転々としたということです。
そして、認知症の症状が徐々に重くなると、次第に受け入れてもらえる病院は見つからなくなっていったといいます。
こうした中、当時、入院していた病院から転院先を紹介されたのがみちのく記念病院でした。
このころ、新型コロナウイルスの感染拡大で対面での面会はできませんでしたが、オンラインで面会をするたびにやせこけていったといいます。
そして、そのおよそ3か月後、母親とは一度も会うことがないまま、病院から死亡の連絡を受けました。
細越さんは「すぐに向かう」と伝えましたが、看護師から「処置があるので1時間後に来てほしい」と言われました。
しかし、その15分後、「葬儀会社が来たので来てほしい」と言われ病院に行くと、遺体はすでに葬儀会社の車に乗せられ、母親の荷物は全て段ボールに詰められ、病院の外に置かれていたということです。
また、医師はおらず、亡くなったことについて説明もなかったということで、細越さんが遺体と対面できたのは葬儀場に着いてからで、当時の院長名義の死亡診断書を後日、看護師から手渡されたといいます。
女性はその後、母親にどのような治療をしたのかや、生前の様子、それにどのように亡くなったのか主治医から説明するよう求めましたが、指定された日時に行くと急用を理由に会うことはできなかったといいます。
女性は「病院に説明してほしいと何回も言ったが、それがかなわなかった。いまも真実を知りたいという気持ちは変わらない。これから先も同じことを繰り返さないでほしい」と話していました。
事件について、みちのく記念病院の関係者が匿名を条件にNHKのインタビューに応じ、“みとり医”と呼ばれる、死亡診断書を書く専門の医師がいたことを明らかにしました。
病院関係者は「みちのく記念病院では当直医を置いておらず、みとり専門として認知症の疑いがあり、この病院に入院していた高齢の医師を雇っている」と話していました。
この病院は、医師の住宅が近いなどの理由で青森県から宿直を免除され、夜間は通常、病棟に医師がいないということで、“みとり医”がいる理由については「常勤の医師に当直代を出したくないことや、夜間や休日に毎回出勤することが大変だからだろう」と指摘しています。
また、病院は元院長ら2人のトップダウンの組織だとしたうえで「たてつくと辞めさせられたり、不本意な職場に人事異動させられたりする。院内で重大事件が起きると『イメージダウンになる』ので隠蔽を指示されることを職員は予測していたのではないか」と話していました。
八戸市や県の立ち入り検査で常勤医師の勤務状況について不備を指摘されていることについては「病院には勤務実態のないいわば『幽霊医師』がたくさんいる。これまで県や市は毎年1回の立ち入り検査をしているはずだが、事前に予告された上で、数時間もかからずに終わる。勤務医の出勤簿やタイムカードをしっかり確認してはいない」と検査のあり方に疑問があると述べました。