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facebookについて [独り言]
一年半ほど前から、ソネットブログ皆の記事の下方に 【f いいね!】というfacebook連携機能が付きました。
---表示・非表示の選択は出来るようになっており、私・ぼんぼちは表示にしています。
表示設定にしていると、いいね!の右に、facebookのほうからコメントを入れた人の人数が出るしくみになっており、私の拙い記事の幾つもにも コメントをくださった方々がおられるのが確認できます。
無手勝流の自己満足に創り続けている徘句・短歌・散文詩、日常の中での一寸したささやかな発見、誰れかに感動を伝えずにはいられなかった映画について、吐かずにはおれなかった内なる叫び、等々・・・・
公開後 何カ月かして、あるいは一年以上経って コメントを入れてくださっているケースも沢山あります。
「二冊目のブログ本」というタイトルの 一年分の過去記事を書籍にしましたという報告の記事には3人のかたが、短編小説「あっしがボウフラだったころ」は4人のかたが、そして、「勇者ヨシヒコと魔王の城」感想文に至っては なんと33人ものかたがfacebookコメントを入れてくださっています。
私はfacebookはやっていないので、どこのどなたがどんな文面で入力くださったのかまでは閲覧できないのですが、とにかく嬉しいことです。
どこのどなたか解りませんが、皆さん、ほんとに ありがとね!!
これからも、忌憚ないコメント 何でも書き込んでくださいね!!


---表示・非表示の選択は出来るようになっており、私・ぼんぼちは表示にしています。
表示設定にしていると、いいね!の右に、facebookのほうからコメントを入れた人の人数が出るしくみになっており、私の拙い記事の幾つもにも コメントをくださった方々がおられるのが確認できます。
無手勝流の自己満足に創り続けている徘句・短歌・散文詩、日常の中での一寸したささやかな発見、誰れかに感動を伝えずにはいられなかった映画について、吐かずにはおれなかった内なる叫び、等々・・・・
公開後 何カ月かして、あるいは一年以上経って コメントを入れてくださっているケースも沢山あります。
「二冊目のブログ本」というタイトルの 一年分の過去記事を書籍にしましたという報告の記事には3人のかたが、短編小説「あっしがボウフラだったころ」は4人のかたが、そして、「勇者ヨシヒコと魔王の城」感想文に至っては なんと33人ものかたがfacebookコメントを入れてくださっています。
私はfacebookはやっていないので、どこのどなたがどんな文面で入力くださったのかまでは閲覧できないのですが、とにかく嬉しいことです。
どこのどなたか解りませんが、皆さん、ほんとに ありがとね!!
これからも、忌憚ないコメント 何でも書き込んでくださいね!!
タグ:Facebook
映画「双生児」での北村道子さんの仕事 [感想文]
前回・前々回にて綴ってきたように、結局 私は、憧れていた衣裳作りの仕事を目指すための第一歩からして踏み出すことをしなかった訳ですが、にも関わらず、映画や演劇を鑑賞していると、生意気に「あぁ、自分ならこういう衣裳をあてるなぁ」という思いが湧き出でます。
この人物像なら ワンピースはレモンイエローじゃなくて漆黒だろう とか、もっと汚しをかけて馴染ませたほうが現実的な凄みが出るだろう とか。
そんな中、自分の嗜好・考えとピタリと一致したものがあります。
1999年に塚本晋也監督によって創られた映画「双生児」での 北村道子さんの仕事です。

江戸川乱歩原作の同名小説が、塚本氏独自の時代を越境した激しく内向するアーティスティックな世界観により再構築された、蛇の如き痣を持ち産まれたがために秘かに捨てられ貧民窟に育った双児のかたわれが良家である元家族に復讐する という物語で、北村さんは、資生堂の広告などで卓越した感性を発揮され続けてきた名スタイリストです。
本木雅弘さん演じる捨てられたかたわれや その女であるやはり貧民窟に生きるりょうさんの衣裳を目にした瞬間、私の心は「あぁっ!!」と叫び声をあげない訳にはゆきませんでした。
リアリズムではなくアングラティックに 分量のある極彩色が重なり合い揺れ合い、それでいながら、よくあるアングラの舞台のように奇をてらった毒々しさのみに了わらず、徹底して汚しに心が砕かれていたのです。 無論、美しく計算高く。
舞台であれば、ビリビリと破ってドーランを塗りたくるくらいで成立しますが、映像だと---あえて意図した場合をのぞいては---そんな安直な汚しだと周囲から浮いてしまい、まるで学芸会の衣裳のように感じられてしまいます。
私は、過去に幾多の学芸会衣裳をスクリーンに観、失望といらだたしさを覚えてきたものです。
又、りょうさんが、富豪宅から盗んだ振袖をまとうシーンがあるのですが、紫地に手描きの 画面越しにもかなり上質のものであると解るアンティークの着物で、私もここは絶対にモノのいい紫にするところだ!と大きく頷き、こういった部分にも手抜きなく拘っておられることにも 安堵にも似た心地良さを感じました。
---衣裳に限らず、宝石や器類でも---画面越しなら見抜かれないだろうという短絡か 予算の関係上やむを得ないのか、よく、劇中ではとびきりの逸品であるという設定でありながら 安モノ・ニセモノを使っているケースをしばしば目の当たりにし、ここにもその度に へにゃへにゃと心の中の風船がしぼむような落胆を体験してきました。
やはり舞台なら、役者さんの技術によって成立させられるけれど、むしろそここそが芝居の見どころともなるのだけれど、映像だと、どれだけ巧く演ってくださっても、逆に完成された演技であればあるほど ちぐはぐなギャップに役者さんが気の毒に思えてしまいます。
私はこの頃の塚本作品に貫通する美意識や深層部分での血を吐くようなテーゼには ひりつくほど惚れこんでいて---否、照れずに正直に言うと、私にとっての自己投影できる唯一の青春映画群であり ようやっと辿り着けた私の青春そのものでした。
ですから、加えて、自分がやりたかった・自分ならこうやるに違いない夢を塚本作品の北村道子さんの仕事に認識した刹那・・・・
奥底にまだ微かに残っていたカサブタのような憑きもののような衣裳作りに対する未練が ポロリと落ちてスィと消えて亡くなるのを、私は この時、はっきりと自分の内に自覚したのです。


この人物像なら ワンピースはレモンイエローじゃなくて漆黒だろう とか、もっと汚しをかけて馴染ませたほうが現実的な凄みが出るだろう とか。
そんな中、自分の嗜好・考えとピタリと一致したものがあります。
1999年に塚本晋也監督によって創られた映画「双生児」での 北村道子さんの仕事です。
江戸川乱歩原作の同名小説が、塚本氏独自の時代を越境した激しく内向するアーティスティックな世界観により再構築された、蛇の如き痣を持ち産まれたがために秘かに捨てられ貧民窟に育った双児のかたわれが良家である元家族に復讐する という物語で、北村さんは、資生堂の広告などで卓越した感性を発揮され続けてきた名スタイリストです。
本木雅弘さん演じる捨てられたかたわれや その女であるやはり貧民窟に生きるりょうさんの衣裳を目にした瞬間、私の心は「あぁっ!!」と叫び声をあげない訳にはゆきませんでした。
舞台であれば、ビリビリと破ってドーランを塗りたくるくらいで成立しますが、映像だと---あえて意図した場合をのぞいては---そんな安直な汚しだと周囲から浮いてしまい、まるで学芸会の衣裳のように感じられてしまいます。
私は、過去に幾多の学芸会衣裳をスクリーンに観、失望といらだたしさを覚えてきたものです。
---衣裳に限らず、宝石や器類でも---画面越しなら見抜かれないだろうという短絡か 予算の関係上やむを得ないのか、よく、劇中ではとびきりの逸品であるという設定でありながら 安モノ・ニセモノを使っているケースをしばしば目の当たりにし、ここにもその度に へにゃへにゃと心の中の風船がしぼむような落胆を体験してきました。
私はこの頃の塚本作品に貫通する美意識や深層部分での血を吐くようなテーゼには ひりつくほど惚れこんでいて---否、照れずに正直に言うと、私にとっての自己投影できる唯一の青春映画群であり ようやっと辿り着けた私の青春そのものでした。
ですから、加えて、自分がやりたかった・自分ならこうやるに違いない夢を塚本作品の北村道子さんの仕事に認識した刹那・・・・
奥底にまだ微かに残っていたカサブタのような憑きもののような衣裳作りに対する未練が ポロリと落ちてスィと消えて亡くなるのを、私は この時、はっきりと自分の内に自覚したのです。
タグ:北村道子
就きたかった職業・二 [独り言]
前回記事にて述べたように、私は、母親との確執により 望んでいた「会社員で生活収入を得ながら小劇場の衣裳を作る仕事」を目指すことは叶いませんでした。
今でも、ついと 頭蓋にささやかな空間ができると、「もしも自由があったら、果たして自分は 希望通りの仕事に就けていただろうか?」と考えます。
私が「小劇場の衣裳」をやりたいと憧れ続けた大きな理由の一つには、他者の意見が介入せずに自分の信念を貫けると思い込んでいたことが大きくあります。
舞台創りに於いては、役者が一番不自由で スタッフは比較的自由で、殊、衣裳なら、例えば、袖丈一センチの長短に 朱か紅かの赤さ加減に拘りダメ出しする演出家は まずいないに違いない と。
---演出家にはというと、憧れたことは一度もありません。 「複数の人間をまとめる」作業が嫌いだからです。---
無論、「非日常の服が好き」というのがきっかけですが、夢がブレずにズームし続けた理由はここにありました。
私は、好きな事をやるにあたっては、自分以外の人間の意思が入るのが 絶対に嫌なのです。
金を稼ぐだけの目的のためには、己れの意と正反対のことを本意だと発するのも 歯の浮くおべんちゃらも 馬鹿馬鹿しくも壮絶な派閥争いに加わるのも仕方がないと諦めがつきますが。
ところが、三十代になり 趣味で映画・演劇を様々な方向から学んでみ、それはとんでもない無知ゆえの子供じみた荒唐無稽な憧れであったと 明確に認識しました。
私なんぞは、小劇団との出逢いを果たせたところで、何カ月もしない内に 尻尾を股ぐらにはさみこんで逃げ出していたこと必至です。
又----
母親が突然の病で亡くなり 私が画業から解放され自由になったのは二十七歳の時なので、その年の春すぐにでも 衣服の専門学校を受験しようと思えば可能でした。
けれど、みぢんも実行しようと発想しなかった。
母親が死んでから とにかくやりたかったのは、たくさん眠ること 好きなものを好きなだけのんびり食べること、そして、自分と同世代の少なからずの者が体験してきたであろう きままに ちょっとばかりカッコイイと思う方面のアルバイトをして好きなことにお給料を使う ことでした。
私はカクテルラウンジでバーテンダーのアルバイトをし、オフの日は、ホテルや街場のショットバーを満喫しまくりました。
衣裳作りの夢など、引き出しの一番奥の下にまるまる毛玉にまみれたソックスくらいに忘れてしまいました。
ひとしきり いささか遅い青春時代に酔いしれ、そして心地良く覚めたところで、ようやっと思い出したように、映画・演劇にまつわる諸々を学び始めた次第です。
あるいは----
一旦は 母親に負けて絵描きになったとしても、何が何でも舞台衣裳をやりたかったら、夜中に 身ひとつで家出して、住民票も移さず 保険証も持たずに、つまり、捜索願を出されても発見されないように息をひそめながら、地方のストリップ小屋かどこかで雑用係などで口に糊しながら 踊子さんの衣裳を縫う という選択肢もありました。
ほんとうに衣裳作りの仕事がしたかったら やっていた筈です。
ですから----
私のような者など すすめなくて・なれなくて妥当だったのです。
正確にいうと----
「すすめなかった」「なりたくてもなれなかった」は言い訳です。
「本気でなってやるという意欲と根性がなかった」のです。
※次回は「映画『双生児』での北村道子さんの仕事」を公開しやす。


今でも、ついと 頭蓋にささやかな空間ができると、「もしも自由があったら、果たして自分は 希望通りの仕事に就けていただろうか?」と考えます。
私が「小劇場の衣裳」をやりたいと憧れ続けた大きな理由の一つには、他者の意見が介入せずに自分の信念を貫けると思い込んでいたことが大きくあります。
---演出家にはというと、憧れたことは一度もありません。 「複数の人間をまとめる」作業が嫌いだからです。---
無論、「非日常の服が好き」というのがきっかけですが、夢がブレずにズームし続けた理由はここにありました。
私は、好きな事をやるにあたっては、自分以外の人間の意思が入るのが 絶対に嫌なのです。
金を稼ぐだけの目的のためには、己れの意と正反対のことを本意だと発するのも 歯の浮くおべんちゃらも 馬鹿馬鹿しくも壮絶な派閥争いに加わるのも仕方がないと諦めがつきますが。
ところが、三十代になり 趣味で映画・演劇を様々な方向から学んでみ、それはとんでもない無知ゆえの子供じみた荒唐無稽な憧れであったと 明確に認識しました。
私なんぞは、小劇団との出逢いを果たせたところで、何カ月もしない内に 尻尾を股ぐらにはさみこんで逃げ出していたこと必至です。
又----
母親が突然の病で亡くなり 私が画業から解放され自由になったのは二十七歳の時なので、その年の春すぐにでも 衣服の専門学校を受験しようと思えば可能でした。
けれど、みぢんも実行しようと発想しなかった。
私はカクテルラウンジでバーテンダーのアルバイトをし、オフの日は、ホテルや街場のショットバーを満喫しまくりました。
衣裳作りの夢など、引き出しの一番奥の下にまるまる毛玉にまみれたソックスくらいに忘れてしまいました。
ひとしきり いささか遅い青春時代に酔いしれ、そして心地良く覚めたところで、ようやっと思い出したように、映画・演劇にまつわる諸々を学び始めた次第です。
あるいは----
一旦は 母親に負けて絵描きになったとしても、何が何でも舞台衣裳をやりたかったら、夜中に 身ひとつで家出して、住民票も移さず 保険証も持たずに、つまり、捜索願を出されても発見されないように息をひそめながら、地方のストリップ小屋かどこかで雑用係などで口に糊しながら 踊子さんの衣裳を縫う という選択肢もありました。
ほんとうに衣裳作りの仕事がしたかったら やっていた筈です。
ですから----
私のような者など すすめなくて・なれなくて妥当だったのです。
正確にいうと----
「すすめなかった」「なりたくてもなれなかった」は言い訳です。
「本気でなってやるという意欲と根性がなかった」のです。
※次回は「映画『双生児』での北村道子さんの仕事」を公開しやす。
就きたかった職業・一 [独り言]
みなさんは、どんな仕事をするのが夢でしたか?
そして、その夢は 叶いましたか?
私・ぼんぼちは、思いこがれていた職業には就けませんでした。
私がなりたかったのは、「演劇の衣裳を作る仕事」です。
幼稚園の頃、歌番組のバックで踊るダンサーを観、「こういうの(ステージ衣裳)を作る人になりたい」と なだらかな四角の前に釘付けになりました。
使い慣わされた形容でいうところの「雷に打たれたような」という あれです。
私の、映画・演劇に対するきっかけ以前のきっかけ---土中萌芽のようなもの は、ここにあったように自覚しています。
身長の伸びに比例して この思いは年々強固なものと成り、中学に入った時、寺山修司の一冊により 舞台衣裳作りの中でも「アングラ演劇の衣裳」という分野があると知り、私の夢は、迷うことなくそこにズームしてゆきました。
同時に、アングラ---現在でいうと小劇場---では食えない とも知り、高校を出たら、学費と生活費をアルバイトで稼ぎながら専門学校で衣裳の基礎を学び、卒業したらどこかの会社に就職して安定した生活基盤を築きながら、土日を利用して、どれほど小さくてもいいので自分の好きな方向性の実現可能な小劇団の座付き衣裳係になろうと考えました。
けれど---
私は物心ついた頃から母親に虐待されて育ったので、当然この意思も 認められる筈はありませんでした。
「会社員やりながらファッションだぁ?!みっともないっ!恥っさらしめが! おめー、それで高校出てすぐアタシを養えるのかよ!月々アタシに100万入れられるのかよ!! 親が金に困ってなかろーが 子供が十八になったら親が決めた仕事をやって親に月々100万渡すのが当たり前の親孝行だろーがっ! こっちは産みたくもないのに産んで おめーのためにさんざん嫌な思いしてきたんだから! 絵描きになれぇぇぇっっっ!!!」
小学生までは自分の意思を口にも出さずに些細な理由づけで殴られるにまかせていた私でしたが、中学高校は 家に帰ると毎日毎日、己れの意と母親のこの決まり台詞とのぶつかりあいでした。
母親に言わせると、これが、「お前の将来のためを考えて決めてやっている当たり前の思いやり」で、今 思い返すと、ここには、自身を都合よく正当化し虚栄心と贅沢心を満たすのみならず、父に対する復讐心が大きく働いていたように察します。
が、十代の私は、まだ、自分の考えが 幼稚で甘ったれた独りよがりのわがままで間違っているのかもしれない と揺らいでおり、すなはちそれは弱さでした。
結局、毎夜 仁王立ちになり 負の題目の如き台詞をわめき続け 時には実の親という立場を利用しての狂言騒動で警察を呼んでまで意のままにせむとする母親の常軌を逸したエネルギーに、私は負けてしまいました。
そして、高校卒業と同時に 画商と契約を結び、絵描きになりました。
実際、私が、高校を出てすぐに ちょっとしたお金を稼げる手段は、絵を描くこと以外にありませんでした。
かといって、月々100万 母親に渡せるほどの収入になど とてもなりませんでしたが・・・・。
※次回は、「就きたかった職業・二」を公開しやす。


そして、その夢は 叶いましたか?
私・ぼんぼちは、思いこがれていた職業には就けませんでした。
私がなりたかったのは、「演劇の衣裳を作る仕事」です。
幼稚園の頃、歌番組のバックで踊るダンサーを観、「こういうの(ステージ衣裳)を作る人になりたい」と なだらかな四角の前に釘付けになりました。
使い慣わされた形容でいうところの「雷に打たれたような」という あれです。
私の、映画・演劇に対するきっかけ以前のきっかけ---土中萌芽のようなもの は、ここにあったように自覚しています。
同時に、アングラ---現在でいうと小劇場---では食えない とも知り、高校を出たら、学費と生活費をアルバイトで稼ぎながら専門学校で衣裳の基礎を学び、卒業したらどこかの会社に就職して安定した生活基盤を築きながら、土日を利用して、どれほど小さくてもいいので自分の好きな方向性の実現可能な小劇団の座付き衣裳係になろうと考えました。
けれど---
私は物心ついた頃から母親に虐待されて育ったので、当然この意思も 認められる筈はありませんでした。
「会社員やりながらファッションだぁ?!みっともないっ!恥っさらしめが! おめー、それで高校出てすぐアタシを養えるのかよ!月々アタシに100万入れられるのかよ!! 親が金に困ってなかろーが 子供が十八になったら親が決めた仕事をやって親に月々100万渡すのが当たり前の親孝行だろーがっ! こっちは産みたくもないのに産んで おめーのためにさんざん嫌な思いしてきたんだから! 絵描きになれぇぇぇっっっ!!!」
母親に言わせると、これが、「お前の将来のためを考えて決めてやっている当たり前の思いやり」で、今 思い返すと、ここには、自身を都合よく正当化し虚栄心と贅沢心を満たすのみならず、父に対する復讐心が大きく働いていたように察します。
が、十代の私は、まだ、自分の考えが 幼稚で甘ったれた独りよがりのわがままで間違っているのかもしれない と揺らいでおり、すなはちそれは弱さでした。
結局、毎夜 仁王立ちになり 負の題目の如き台詞をわめき続け 時には実の親という立場を利用しての狂言騒動で警察を呼んでまで意のままにせむとする母親の常軌を逸したエネルギーに、私は負けてしまいました。
そして、高校卒業と同時に 画商と契約を結び、絵描きになりました。
実際、私が、高校を出てすぐに ちょっとしたお金を稼げる手段は、絵を描くこと以外にありませんでした。
かといって、月々100万 母親に渡せるほどの収入になど とてもなりませんでしたが・・・・。
※次回は、「就きたかった職業・二」を公開しやす。
日常生活においてしばしば間違えてしまふこと [独り言]
みなさん おはようございやす、今日もどんよりと 無為な一日を過ごしているぼんぼちぼちぼちでやす。
ところで みなさんは、日常生活を送る上で ついちょっとした間違いをしてしまふこと ありやせんでやしょうか?
あっし・ぼんぼちは しばしばでやす。
例えば 昨日一日を振り返ってみても----
朝、顔を洗おうと、ちびたセッケンに手を伸ばしたつもりが、果たしてそれは 角の丸くなったケシゴムでやした。
おそらく前の晩、うろうろと家中を歩き回りながら俳句をこさえていた時に、無意識にポン!と 洗面所に置いてしまっていたのでやしょう。
朝食のサラダはアスパラにしやうと 茹で上げ 齧りついたら・・・お恥ずかしい、緑の色エンピツでやした。
巨大スーパーで求めたため、野菜売り場で足をとめたつもりが ワンフロア上の文具売り場に行ってしまっていたのでやしょう。
駅へと向かいやした。
と、気がつけば、あっしは全身びしゃびしゃの ぬれねずみならぬぬれぼんぼちになっておりやした。
駅へゆくつもりが液へ入ってしまっていたのでやす。
とにもかくにも このぬれぼんぼち、我が身を一刻も早く乾燥させねばならぬと 人目もかまわず歩道にしゃがみこみ、ノート型パソコンを広げやした。
朝からすでに三つも間違いをおかしてしまっているので もう重ねる訳にはまいりやせん。
思わず おとつい観た映画の感想を投稿しそうになりやしたが、さすがぼんぼち、事前に回避・・・・
音楽ライブラリを開け、間奏に聴き入りやした。
初夏といへども なんだか風邪をひいちまったようでやす。
今日の予定はキャンセルしやうと、手にはキャンベルのスープ缶・・・
タクシー拾おうと手をあげれば、スウェットの兄ちゃんに「何さらすんじゃい!」殴り返され・・・
平謝りに平原綾香って ダッシュでダルビッシュ・・・
ほうほうのていで 我が擦り切れた四畳半のアパートに帰り着き、服を脱ぎ捨て、シャワーの蛇口をひねったつもりが徘句をひねってしまひ・・・
セッケン手に取ったつもりが またしてもケシゴムで、めんどくさいのでそのままゴシゴシやったら、ぼんぼち、存在じたいが間違っていたのでやしょう・・・
あとかたもなく消えてしまひやした。


ところで みなさんは、日常生活を送る上で ついちょっとした間違いをしてしまふこと ありやせんでやしょうか?
あっし・ぼんぼちは しばしばでやす。
例えば 昨日一日を振り返ってみても----
おそらく前の晩、うろうろと家中を歩き回りながら俳句をこさえていた時に、無意識にポン!と 洗面所に置いてしまっていたのでやしょう。
朝食のサラダはアスパラにしやうと 茹で上げ 齧りついたら・・・お恥ずかしい、緑の色エンピツでやした。
巨大スーパーで求めたため、野菜売り場で足をとめたつもりが ワンフロア上の文具売り場に行ってしまっていたのでやしょう。
駅へと向かいやした。
と、気がつけば、あっしは全身びしゃびしゃの ぬれねずみならぬぬれぼんぼちになっておりやした。
駅へゆくつもりが液へ入ってしまっていたのでやす。
朝からすでに三つも間違いをおかしてしまっているので もう重ねる訳にはまいりやせん。
思わず おとつい観た映画の感想を投稿しそうになりやしたが、さすがぼんぼち、事前に回避・・・・
音楽ライブラリを開け、間奏に聴き入りやした。
初夏といへども なんだか風邪をひいちまったようでやす。
今日の予定はキャンセルしやうと、手にはキャンベルのスープ缶・・・
タクシー拾おうと手をあげれば、スウェットの兄ちゃんに「何さらすんじゃい!」殴り返され・・・
平謝りに平原綾香って ダッシュでダルビッシュ・・・
ほうほうのていで 我が擦り切れた四畳半のアパートに帰り着き、服を脱ぎ捨て、シャワーの蛇口をひねったつもりが徘句をひねってしまひ・・・
セッケン手に取ったつもりが またしてもケシゴムで、めんどくさいのでそのままゴシゴシやったら、ぼんぼち、存在じたいが間違っていたのでやしょう・・・
あとかたもなく消えてしまひやした。
ラグタイムに疎いぼんぼちによるラグタイムにまつわるモノローグ [音楽雑記]
神田神保町・古書店街に出向く。
普段なら、映画・演劇専門の矢口書店をまっ先に目指すところだが、この日はその隣の 音楽専門の古賀書店の扉を押す。
音楽には疎いながらも日常的に聴き愉しんでいるジャンルの一つである ラグタイムについてまとめられた一冊が欲しかったからだ。
残念ながら、発祥・歴史・音楽理論・近隣ジャンルとの関わり合い等を詳らかに深く掘り下げた書はなく、----店員のかたに伺うと 出版自体がほとんどされていないとのことで、アメリカ・ルーツミュージックを民族と楽器とを軸に追究したものを購入することにした。
----と、古賀書店を出たところで、一人の男性に声を掛けられた。
「ラグタイムがお好きなんですか? 珍しいですね!」
瞬間、てっきり 同志の発見に喜びを隠せなかった音楽趣味人なのだろうと思ったら、なんと、大学でラグタイムの研究をされている先生なのだという事だった。
「ラグタイム全般の書籍は日本ではありませんが、スコットジョプリンについて書かれたものは 五年くらい前に出版されているので 手に入りますよ」
この情報を私に伝えるために呼びとめて下さったのだと解った。
又、「本国・アメリカでは、ラグタイム全般のも幾つも出ているので、もしも原語でお読みになれるのなら・・・」 とも。
そして何度も、「ラグタイムがお好きとは珍しい」と 繰り返された。
私は、自分のような どこの馬の骨とも知れぬ ちょっと趣味で聴きかじっているに過ぎない音楽そのものに疎い者に わざわざその道のプロ中のプロのかたが時間を割いて教えて下さったことに いたく恐縮してしまった。
と同時に、ラグタイムというジャンルを好む者が、今まで自分が漠然と想像していたより 遥かに少数であったのだという事実に 愕然としないわけにはゆかなかった。
それにしても、ラグタイム、一体何故 これほどファンが少ないのだろう?
猥雑で安っぽく肩肘張らないこの音楽、私は中学生の時から アンティーク店で 商品の一つである蓄音器よりペラペラとこぼれるのを耳にするのが、山高帽や彩色写真やねじりん棒の家具を眺めるのと同じくらいに 愉しみでならなかったのだが・・・・


普段なら、映画・演劇専門の矢口書店をまっ先に目指すところだが、この日はその隣の 音楽専門の古賀書店の扉を押す。
音楽には疎いながらも日常的に聴き愉しんでいるジャンルの一つである ラグタイムについてまとめられた一冊が欲しかったからだ。
残念ながら、発祥・歴史・音楽理論・近隣ジャンルとの関わり合い等を詳らかに深く掘り下げた書はなく、----店員のかたに伺うと 出版自体がほとんどされていないとのことで、アメリカ・ルーツミュージックを民族と楽器とを軸に追究したものを購入することにした。
「ラグタイムがお好きなんですか? 珍しいですね!」
瞬間、てっきり 同志の発見に喜びを隠せなかった音楽趣味人なのだろうと思ったら、なんと、大学でラグタイムの研究をされている先生なのだという事だった。
「ラグタイム全般の書籍は日本ではありませんが、スコットジョプリンについて書かれたものは 五年くらい前に出版されているので 手に入りますよ」
この情報を私に伝えるために呼びとめて下さったのだと解った。
又、「本国・アメリカでは、ラグタイム全般のも幾つも出ているので、もしも原語でお読みになれるのなら・・・」 とも。
そして何度も、「ラグタイムがお好きとは珍しい」と 繰り返された。
と同時に、ラグタイムというジャンルを好む者が、今まで自分が漠然と想像していたより 遥かに少数であったのだという事実に 愕然としないわけにはゆかなかった。
それにしても、ラグタイム、一体何故 これほどファンが少ないのだろう?
猥雑で安っぽく肩肘張らないこの音楽、私は中学生の時から アンティーク店で 商品の一つである蓄音器よりペラペラとこぼれるのを耳にするのが、山高帽や彩色写真やねじりん棒の家具を眺めるのと同じくらいに 愉しみでならなかったのだが・・・・
タグ:ラグタイム