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さようなら!高円寺・オービス!! [映画・演劇雑記]
勝手なもので、自分は「仕事は仕事、趣味は趣味」と その両者が重なることはあり得ないくせに、趣味が高じて営っていると思われる店に客として行くのは 好きだったりする。
そして、そういう店が閉店してしまうと、「悲しい」だの「残念でならない」だの「何でやめてしまうかなぁ」だのと さんざん思いのたけを吐いてまわる。 まったく勝手以外の何ものでもないのだが。
5月31日、大手レンタル店では先ず見つからない 少数派の映画ファンが喜ぶ作品を主に扱うレンタルビデオ店 高円寺・オービスが閉店となる。
私は、既に劇場でも観た 三島由紀夫 監督・主演の「憂国」や マヤデレン短編集や、松本俊夫実験映像集シリーズの自分が所有していない版や、所有するほどではなくとも一度はチェックしておきたかった 寺山修司のラジオドラマ「コメットイケヤ」や 三島最期の演説や 若かりし高田渡 三上寛のライヴ映像や、お世辞にも秀作とは言えないものの上映禁止に追われ知る人ぞ知る映画となってしまった「追悼のざわめき」等々・・・・店内棚にて発見する度に小さく歓喜の声を上げつつ 借り愉しんでいた。
殊に、キノビデオの「エクスペリメンタルシネマ・オブ・ザ1920アンド1930アヴァンギャルド」2枚組は、欧米実験映画史に遺り続ける達作が数多つめこまれ、以前 講座を通して初観し、反芻したいと願いながらもその術を得られなかった作品が幾つも入っており、ネットで米国から直接取り寄せたという店主の拘りに いたく感服した。
5月上旬、レンタル作品は全て販売となっていたので、私はこの「エクスペリメンタルシネマ・オブ・ザ1920アンド1930アヴァンギャルド」2枚組を 記念の意も込め 買い求めた。
店主は、実験映画にまつわる与太話に笑顔で応えてくださったり 電話で待った!をかけて返却にあわてて駆け込む私を閉店時間が過ぎても待っていてくださったりと、そういった点でも、大手チェーン店では絶対に体感不可能な温度と湿度だったことに 感謝と恐縮の念でいっぱいになる。
ありがとう!店主!!
さようなら!オービス!!
オービスは永久に、私の頭蓋という再成装置でカイテンし続けるよ!!!


そして、そういう店が閉店してしまうと、「悲しい」だの「残念でならない」だの「何でやめてしまうかなぁ」だのと さんざん思いのたけを吐いてまわる。 まったく勝手以外の何ものでもないのだが。
私は、既に劇場でも観た 三島由紀夫 監督・主演の「憂国」や マヤデレン短編集や、松本俊夫実験映像集シリーズの自分が所有していない版や、所有するほどではなくとも一度はチェックしておきたかった 寺山修司のラジオドラマ「コメットイケヤ」や 三島最期の演説や 若かりし高田渡 三上寛のライヴ映像や、お世辞にも秀作とは言えないものの上映禁止に追われ知る人ぞ知る映画となってしまった「追悼のざわめき」等々・・・・店内棚にて発見する度に小さく歓喜の声を上げつつ 借り愉しんでいた。
殊に、キノビデオの「エクスペリメンタルシネマ・オブ・ザ1920アンド1930アヴァンギャルド」2枚組は、欧米実験映画史に遺り続ける達作が数多つめこまれ、以前 講座を通して初観し、反芻したいと願いながらもその術を得られなかった作品が幾つも入っており、ネットで米国から直接取り寄せたという店主の拘りに いたく感服した。
店主は、実験映画にまつわる与太話に笑顔で応えてくださったり 電話で待った!をかけて返却にあわてて駆け込む私を閉店時間が過ぎても待っていてくださったりと、そういった点でも、大手チェーン店では絶対に体感不可能な温度と湿度だったことに 感謝と恐縮の念でいっぱいになる。
ありがとう!店主!!
さようなら!オービス!!
オービスは永久に、私の頭蓋という再成装置でカイテンし続けるよ!!!
タグ:オービス
林檎・三 [詩・詞]
えぇ 放(ほか)してしまいましたよ 蛆虫の這い出してきた林檎を
日曜の深夜 安売りスーパーのナイロン袋にぶち込んで
不快さのたけをゴミ捨て場のコンクリートに叩きつけんばかりに 投げてきました
----もしも蛆虫が湧かなかったら いつまでも綺麗な林檎を見ていられたのに ですって?
いいぇ
私は 蛆虫が湧く前から この林檎に飽き飽きしていたのですよ
だって
蛆虫が湧いたら 堂々と放(ほか)してしまえるじゃあないですか
蛆虫が這い出すまで林檎を飾り続けていたら 私がどれほど この林檎を大切に思っていたかという証しになるじゃあありませんか
ほんとうは
とうに前から 隣町で見つけたもっと綺麗な林檎を冷蔵庫に 用意していたのです


日曜の深夜 安売りスーパーのナイロン袋にぶち込んで
不快さのたけをゴミ捨て場のコンクリートに叩きつけんばかりに 投げてきました
----もしも蛆虫が湧かなかったら いつまでも綺麗な林檎を見ていられたのに ですって?
いいぇ
私は 蛆虫が湧く前から この林檎に飽き飽きしていたのですよ
だって
蛆虫が湧いたら 堂々と放(ほか)してしまえるじゃあないですか
蛆虫が這い出すまで林檎を飾り続けていたら 私がどれほど この林檎を大切に思っていたかという証しになるじゃあありませんか
ほんとうは
とうに前から 隣町で見つけたもっと綺麗な林檎を冷蔵庫に 用意していたのです
タグ:りんご
林檎・二 [詩・詞]
えぇ 這い出してきましたよ
出窓に飾り愉しんでいた林檎の向う側から 蛆虫が
----別段 憂いてなどいません
いつか這い出してくるだろうと思っていましたから
いえ ほんとうは 這い出してくるのを 今日か明日かと いらいらしながら待っていたのです
だから あえて 西日の射し込む出窓を じっとりと締め切っていたのです
這い出してきたら 林檎の綺麗なところだけを見ていたかったのに蛆虫を目の当たりにしてしまった不快さを露わにして
放(ほか)してしまうことができますからね
※次回は「林檎・三」を公開しやす


出窓に飾り愉しんでいた林檎の向う側から 蛆虫が
----別段 憂いてなどいません
いつか這い出してくるだろうと思っていましたから
いえ ほんとうは 這い出してくるのを 今日か明日かと いらいらしながら待っていたのです
だから あえて 西日の射し込む出窓を じっとりと締め切っていたのです
這い出してきたら 林檎の綺麗なところだけを見ていたかったのに蛆虫を目の当たりにしてしまった不快さを露わにして
放(ほか)してしまうことができますからね
※次回は「林檎・三」を公開しやす
タグ:りんご
林檎・一 [詩・詞]
えぇ 解っていますよ
この林檎の向う側半分に 蛆虫が湧いていることくらい
それを百も承知で 私は 林檎を出窓に飾り愉しんでいるのですよ
なに こちら側まで蛆虫が這い出してきたら
月曜の可燃ごみの日に 安売りスーパーのナイロン袋にぶち込んで 放(ほか)してしまえばいいだけの話です
ようは 林檎の綺麗なところだけを見ていられれば それでいいのです
※次回は「林檎・二」を公開しやす


この林檎の向う側半分に 蛆虫が湧いていることくらい
それを百も承知で 私は 林檎を出窓に飾り愉しんでいるのですよ
なに こちら側まで蛆虫が這い出してきたら
月曜の可燃ごみの日に 安売りスーパーのナイロン袋にぶち込んで 放(ほか)してしまえばいいだけの話です
ようは 林檎の綺麗なところだけを見ていられれば それでいいのです
※次回は「林檎・二」を公開しやす
タグ:りんご
映画館でやってしまいがちなうっかり [映画・演劇雑記]
先日、某映画館にて----
そこは、製作年度・作品名・監督名を スタッフのかたが紹介した後で本編スタートとなるシステムで、その日も時刻になるや、女性スタッフが出入り口に立ち、これから上映される GSに材を取った60年代青春映画の製作年度とタイトルを ニュースを読み上げるアナウンサーさながらに 無表情に淡々と発した。
と、
「えぇぇぇ~~~っっっっ!!!???」
劇場中に響き渡る声を飛ばした人がいた。
私の前列に座る男性だった。
「えぇぇ~~っっ!!?? 違いますよねぇっっっ!!!」
スタッフの女性は、後ろに立つもう一人のスタッフと 間違っていない旨を確認するらしいやりとりを小声で交し、すぐにまた、アナウンサー的な表情と発声で 監督名を続けた。
「違いますよねっ!! 『○○チャンバラ○○』ですよねっ!!」
男性は、再び 言いさえぎった。
隣の席の人が「『青春○○○』ですよ」と、プログラムを手に スタッフと同じタイトルを静かに教えると、男性は
「えっ?えっ?えぇっ!! そっ・・・そんな・・・・・・・・・こりゃ大変だ!!いかんいかん、早くしないと!!!」
火事場から逃げ出す勢いで 手荷物を引っ掴んだ。
「それでは、最後までごゆっくりご覧ください」
スタッフ女性は、いつもと同じ〆めの言葉を いつもと寸分違わぬやはりアナウンサー調で了え、いつもと同じ角度で会釈し いつも通りに消えた。
場内暗転----と ほぼ同時に、荷物を抱えた男性が駆け出て行った。
通常 モギられたチケットの払い戻しは受け付けないものだが、この男性の場合に限っては、理由が理由なだけに 払い戻しをしてもらえたらいいな と思った。
又、男性が目当てだった タイトルにチャンバラが入る作品はいつの上映なのかプログラムを見ると、次の日からの三日間であると解り、これから観ることができるのでよかったな とも思った。
私には、この男性が劇場中に声を飛ばさずにおれなかった気持ちが 痛いほど解る。
何故なら、私にも 似たような経験があるからだ。
前口上のない劇場だったので、随分長い予告編だなぁと 約二十分ほど観すすんだところでようやっと気付き、「えぇぇっっ~~!!??」と声を飛ばした。 私は、心の中で だったが。
そして、既に席を立つに立てない状況だったので、その作品を目当てに来ている他の客と同じように ラストまでじいっと観て帰ったのだった。


そこは、製作年度・作品名・監督名を スタッフのかたが紹介した後で本編スタートとなるシステムで、その日も時刻になるや、女性スタッフが出入り口に立ち、これから上映される GSに材を取った60年代青春映画の製作年度とタイトルを ニュースを読み上げるアナウンサーさながらに 無表情に淡々と発した。
と、
「えぇぇぇ~~~っっっっ!!!???」
劇場中に響き渡る声を飛ばした人がいた。
「えぇぇ~~っっ!!?? 違いますよねぇっっっ!!!」
スタッフの女性は、後ろに立つもう一人のスタッフと 間違っていない旨を確認するらしいやりとりを小声で交し、すぐにまた、アナウンサー的な表情と発声で 監督名を続けた。
「違いますよねっ!! 『○○チャンバラ○○』ですよねっ!!」
男性は、再び 言いさえぎった。
隣の席の人が「『青春○○○』ですよ」と、プログラムを手に スタッフと同じタイトルを静かに教えると、男性は
「えっ?えっ?えぇっ!! そっ・・・そんな・・・・・・・・・こりゃ大変だ!!いかんいかん、早くしないと!!!」
火事場から逃げ出す勢いで 手荷物を引っ掴んだ。
「それでは、最後までごゆっくりご覧ください」
スタッフ女性は、いつもと同じ〆めの言葉を いつもと寸分違わぬやはりアナウンサー調で了え、いつもと同じ角度で会釈し いつも通りに消えた。
場内暗転----と ほぼ同時に、荷物を抱えた男性が駆け出て行った。
又、男性が目当てだった タイトルにチャンバラが入る作品はいつの上映なのかプログラムを見ると、次の日からの三日間であると解り、これから観ることができるのでよかったな とも思った。
私には、この男性が劇場中に声を飛ばさずにおれなかった気持ちが 痛いほど解る。
何故なら、私にも 似たような経験があるからだ。
前口上のない劇場だったので、随分長い予告編だなぁと 約二十分ほど観すすんだところでようやっと気付き、「えぇぇっっ~~!!??」と声を飛ばした。 私は、心の中で だったが。
そして、既に席を立つに立てない状況だったので、その作品を目当てに来ている他の客と同じように ラストまでじいっと観て帰ったのだった。
タグ:映画館
音楽の世界の隠語 [音楽雑記]
「お年玉 ゲーセンもらえたー」
「このアイス、デージューで買えたよ」
私は幼い頃、これらの言葉を 何の疑いもなく使っていました。
ゲーセンは五千円、デージューは二十円 という意味です。
クラシック音楽の世界の隠語です。
1 2 3 4 5 6 7 を、それぞれドイツ音階の ツェー デー エー エフ ゲー アー ハー に置き換えて言う訳です。
8 9 は、上にオク(オクターブの略)がついたように記憶しています。
私が物心つくかつかないかの頃まで私の父はクラシック音楽の仕事をしており、私を育てるにはあまりにも収入が少なすぎるため諦め 別の仕事を始めましたが、この音楽隠語だけは日常的に使い続けていたようです。
そして、それが隠語だとは全く知らずに聴き覚えた私も、当たり前に、他のたくさんの語と一緒に頭の中の引き出しに並列にしまい 取り出していたのです。
友達や先生に通じないことを別段気にも留めなかったので、だから それが決して美しくはない 表立って使うべきではない言葉だと気付いたのは遅く、小学高学年くらいになってからでした。
以来、四十年間ほど、私はこれらの言葉を口にしてはいません。
けれど、時折、うっかり白々とはみ出すソックスの先っぽのように 頭の引き出しから姿を現わし、そんな時は
「お会計、750円になります」
----ハーヒャクゲージューですね。
我が内にぽそりとつぶやいてみたりするのです。


「このアイス、デージューで買えたよ」
私は幼い頃、これらの言葉を 何の疑いもなく使っていました。
ゲーセンは五千円、デージューは二十円 という意味です。
クラシック音楽の世界の隠語です。
1 2 3 4 5 6 7 を、それぞれドイツ音階の ツェー デー エー エフ ゲー アー ハー に置き換えて言う訳です。
8 9 は、上にオク(オクターブの略)がついたように記憶しています。
私が物心つくかつかないかの頃まで私の父はクラシック音楽の仕事をしており、私を育てるにはあまりにも収入が少なすぎるため諦め 別の仕事を始めましたが、この音楽隠語だけは日常的に使い続けていたようです。
そして、それが隠語だとは全く知らずに聴き覚えた私も、当たり前に、他のたくさんの語と一緒に頭の中の引き出しに並列にしまい 取り出していたのです。
友達や先生に通じないことを別段気にも留めなかったので、だから それが決して美しくはない 表立って使うべきではない言葉だと気付いたのは遅く、小学高学年くらいになってからでした。
以来、四十年間ほど、私はこれらの言葉を口にしてはいません。
けれど、時折、うっかり白々とはみ出すソックスの先っぽのように 頭の引き出しから姿を現わし、そんな時は
「お会計、750円になります」
----ハーヒャクゲージューですね。
我が内にぽそりとつぶやいてみたりするのです。
タグ:隠語