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映画「荒川アンダー ザ ブリッジ」 [感想文]
どの分野に於いても、一部の熱烈なファンの間で興味・注目を集めたものが 一般的に多数の人達に受け入れられるようになるまでには かなりのタイムラグが生ずるものです。
十年とか二十年とか、あるいはそれ以上の。
ファッションならヒョウ柄 ソフトドリンクならチャイが 解り易い例かも知れません。
と、先日-------
私は この映画を観了った時、映画に於いての一つの観点からのタイムラグの了りを感じました。
「荒川アンダー ザ ブリッジ」
大富豪の息子で 一つの会社を任されている青年が、荒川周辺の開発計画をきっかけに、河川敷に奇妙なコミューンを形成する人達と遭遇し、既存の価値基準をくつがえされ 翻弄され じょじょに心の距離を縮め、人間として成長する という、同名のマンガを元に立ちあげられた劇映画です。
役者陣に、小栗旬氏をはじめ 山田孝之氏 高嶋政宏氏 上川隆也氏等々、そうそうたる顔ぶれがひしめき合い、公開劇場一覧をざっと見やると 全国一斉ロードショー。
商業以外の何モノでもないスタンスで創られた作品であるのが確認できます。
私は鑑賞前、商業作品としての完成度の高さにはかなり期待していたものの、商業映画である以上は、実験映画好きの心をくすぐるような要素は おそらく 無い、あったとしても、装飾音符くらいのものだろうと気構えていました。
けれど、座席に掛け 本編がまわり始めるや------
あまりの意外性に息を飲み、スクリーンに吸引されました。
脚本がガッチリ練り込まれているのみならず、イマドキの斬新な台詞選びに心が砕かれているのみならず、小劇場的な演劇の匂いを発散させるのみならず、今まで実験映画の世界でしか観ることの出来なかった映像ならではの表現法が そこここに盛り込まれていたのですから。
主人公の青年と金星人だという少女のやりとりの間に 唐突に クジラのジャンプするショットが挿入されていたり、コミューンの長であるカッパの扮装の男が メタシアター的に 本編が始まってからの時間を読みあげたり、青年とその父との河川敷でのひとつながりのダイヤローグの中 遥かに広ぐ麦秋に立つショットが入れこまれていたり-------と。
-------この手法は、1988年に創られた松本俊夫監督「ドグラマグラ」の 正木教授と呉一郎の研究室での会話に海辺の背景が挿入される場面で印象深かったものですが、商業作品では、たぶん 私は初めて目にしたのではないか と思います。
それらの画が、現代(いま)の時代のテンポで 計算され尽くした緩急で以って展開をみせるのです。
コミューンに関する 大道具 小道具 衣裳 メイク等々が、徹底的に 安っぽい キッチュな これ以上はないというくらい まがいもの性の高いところも、商業かたやぶりな映像とあいまって、この作品のテーマを後押しする重要要素であることが 強烈に主張されていました。
馬鹿馬鹿しいほどの嘘事の まがいものの世界----、しかし、その場所にこそ 真の人間の何たるかがある-----振り返ると、自分が今まで信じてきた「まとも」な世界とは一体何だったのか-----と。
又、私が特に、観後感の尾を長く引いている 好きなシーンは-------
青年と金星人少女とが、「金星人なんて嘘だろ!」「私は たった一人の金星人なんだっ!」と 負の感情をぶつけ合うところです。
二人は 田園であるらしい緑広ぐ中で突き飛ばし合い、遠景にはコミューンの灯りが滲み、空は 完全に夜になるほんの少し前のトワイライトタイム。
この時空の三要素が 美しく哀しく二人の切なさを演出し、映画という手段で以って表現をすることの意義が 真正面から提示されています。
監督・脚本・編集は、飯塚健氏。
私は、氏の名は初めて目にし、氏に対する情報は何も知るところがないのですが、こういう人物ではないか と臆測します。
若く、小劇場の仕事の場数も多く踏み、ロシアの寓喩映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」をこよなく愛しておられるのではないか・・・・と。
脚本までのみならず 編集も監督本人がやられている点も、この方向性で創りながらも力強く成立している大きな理由の一つだと察します。
商業映画の場合、職人的分業といった意識が根強くあるのでしょうけれど、脚本・編集が違う人間であるための作品の方向性・狙いを定める焦点のブレ・ズレ を感ずることがしばしばあります。
観ていて非常に気持ちの悪いものです。
創り手側の事情というのが複雑にあるのは臆測できますが、私は、少なくとも編集までの三役は監督がやるのが ブレのない作品を創るためには望ましいと 様々なジャンルの映画を鑑賞してきて感じています。
最後に、この映画が これほど自由な映像表現を盛り込んでいながらも 商業作品として成功している最も大きな理由は何かと考えると-----
それは、「台詞で 噛んで含めるように十二分に説明しているから」ではないか と思います。
「画で説明しているんだから 台詞で重複させたって・・・」という立ち位置では、そこまで一挙に飛び越え過ぎては、現在(いま)の時代では未だ 熱烈な映画好き以外の人達を引っ張り込むのは難しいのではないか、と思います。
画の説明で ことさら映画好きではない多くの人達が解釈できるのは、現在(いま)は、役者さんの動き・表情や具体的な場 までではないか、と思うのです。
この作品は、「飛び越え度」の狙い定めた位置が 見事に的を射ていたのではないか と思うのです。
飛び越え過ぎていない的を射た飛び越え度・・・・それでも-----
「商業映画の世界で ここまで自由な映像表現が許される時代が来たのか!!」
私は、心の中に こう歓喜の声をあげずにはおれませんでした。
そして、DVDになったら、何十ぺんも より細部まで繰り返し愉しもう! と、大手チェーン店の空になったチャイのカップを手に 擦り切れたヒョウ柄のコートをはおり 客席を立ちました。


十年とか二十年とか、あるいはそれ以上の。
ファッションならヒョウ柄 ソフトドリンクならチャイが 解り易い例かも知れません。
と、先日-------
私は この映画を観了った時、映画に於いての一つの観点からのタイムラグの了りを感じました。
「荒川アンダー ザ ブリッジ」
大富豪の息子で 一つの会社を任されている青年が、荒川周辺の開発計画をきっかけに、河川敷に奇妙なコミューンを形成する人達と遭遇し、既存の価値基準をくつがえされ 翻弄され じょじょに心の距離を縮め、人間として成長する という、同名のマンガを元に立ちあげられた劇映画です。
役者陣に、小栗旬氏をはじめ 山田孝之氏 高嶋政宏氏 上川隆也氏等々、そうそうたる顔ぶれがひしめき合い、公開劇場一覧をざっと見やると 全国一斉ロードショー。
商業以外の何モノでもないスタンスで創られた作品であるのが確認できます。
私は鑑賞前、商業作品としての完成度の高さにはかなり期待していたものの、商業映画である以上は、実験映画好きの心をくすぐるような要素は おそらく 無い、あったとしても、装飾音符くらいのものだろうと気構えていました。
けれど、座席に掛け 本編がまわり始めるや------
あまりの意外性に息を飲み、スクリーンに吸引されました。
脚本がガッチリ練り込まれているのみならず、イマドキの斬新な台詞選びに心が砕かれているのみならず、小劇場的な演劇の匂いを発散させるのみならず、今まで実験映画の世界でしか観ることの出来なかった映像ならではの表現法が そこここに盛り込まれていたのですから。
主人公の青年と金星人だという少女のやりとりの間に 唐突に クジラのジャンプするショットが挿入されていたり、コミューンの長であるカッパの扮装の男が メタシアター的に 本編が始まってからの時間を読みあげたり、青年とその父との河川敷でのひとつながりのダイヤローグの中 遥かに広ぐ麦秋に立つショットが入れこまれていたり-------と。
-------この手法は、1988年に創られた松本俊夫監督「ドグラマグラ」の 正木教授と呉一郎の研究室での会話に海辺の背景が挿入される場面で印象深かったものですが、商業作品では、たぶん 私は初めて目にしたのではないか と思います。
それらの画が、現代(いま)の時代のテンポで 計算され尽くした緩急で以って展開をみせるのです。
コミューンに関する 大道具 小道具 衣裳 メイク等々が、徹底的に 安っぽい キッチュな これ以上はないというくらい まがいもの性の高いところも、商業かたやぶりな映像とあいまって、この作品のテーマを後押しする重要要素であることが 強烈に主張されていました。
馬鹿馬鹿しいほどの嘘事の まがいものの世界----、しかし、その場所にこそ 真の人間の何たるかがある-----振り返ると、自分が今まで信じてきた「まとも」な世界とは一体何だったのか-----と。
又、私が特に、観後感の尾を長く引いている 好きなシーンは-------
青年と金星人少女とが、「金星人なんて嘘だろ!」「私は たった一人の金星人なんだっ!」と 負の感情をぶつけ合うところです。
二人は 田園であるらしい緑広ぐ中で突き飛ばし合い、遠景にはコミューンの灯りが滲み、空は 完全に夜になるほんの少し前のトワイライトタイム。
この時空の三要素が 美しく哀しく二人の切なさを演出し、映画という手段で以って表現をすることの意義が 真正面から提示されています。
監督・脚本・編集は、飯塚健氏。
私は、氏の名は初めて目にし、氏に対する情報は何も知るところがないのですが、こういう人物ではないか と臆測します。
若く、小劇場の仕事の場数も多く踏み、ロシアの寓喩映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」をこよなく愛しておられるのではないか・・・・と。
脚本までのみならず 編集も監督本人がやられている点も、この方向性で創りながらも力強く成立している大きな理由の一つだと察します。
商業映画の場合、職人的分業といった意識が根強くあるのでしょうけれど、脚本・編集が違う人間であるための作品の方向性・狙いを定める焦点のブレ・ズレ を感ずることがしばしばあります。
観ていて非常に気持ちの悪いものです。
創り手側の事情というのが複雑にあるのは臆測できますが、私は、少なくとも編集までの三役は監督がやるのが ブレのない作品を創るためには望ましいと 様々なジャンルの映画を鑑賞してきて感じています。
最後に、この映画が これほど自由な映像表現を盛り込んでいながらも 商業作品として成功している最も大きな理由は何かと考えると-----
それは、「台詞で 噛んで含めるように十二分に説明しているから」ではないか と思います。
「画で説明しているんだから 台詞で重複させたって・・・」という立ち位置では、そこまで一挙に飛び越え過ぎては、現在(いま)の時代では未だ 熱烈な映画好き以外の人達を引っ張り込むのは難しいのではないか、と思います。
画の説明で ことさら映画好きではない多くの人達が解釈できるのは、現在(いま)は、役者さんの動き・表情や具体的な場 までではないか、と思うのです。
この作品は、「飛び越え度」の狙い定めた位置が 見事に的を射ていたのではないか と思うのです。
飛び越え過ぎていない的を射た飛び越え度・・・・それでも-----
「商業映画の世界で ここまで自由な映像表現が許される時代が来たのか!!」
私は、心の中に こう歓喜の声をあげずにはおれませんでした。
そして、DVDになったら、何十ぺんも より細部まで繰り返し愉しもう! と、大手チェーン店の空になったチャイのカップを手に 擦り切れたヒョウ柄のコートをはおり 客席を立ちました。
「ぼんぼち・J.F.REYで眼鏡を買ふ」の巻 [ファッション]
迷ふというのは、実に いいものでやすなぁ・・・
あっし・ぼんぼち、先日、渋谷から恵比寿へと線路沿いにぽこぽこ歩いていたつもりが、いつしか、左手に始終行き交う若草色のラインの電車を見失ってしまってやした。
------現在地は・・・と・・・・代官山・八幡通りぃぃぃ・・・・???
信号脇には、見たこともない ピカピカのガラス張りの店が 真っ赤なアクセントも小粋に佇立してやす。
迷いついでにウィンドウを覗くと------
初めて目にする 近未来的な直線で形づくられた また アールヌーボーを思い起こさせる曲線の 個性的な眼鏡フレームが 幾つか並んでおりやした。
扉を開けてみやす。
と・・・・あるわあるわ! ツルがくるりと一回転した あるいは折り紙を折ってこさえたような あるいは内側のみが彩度の高い色彩の あるいはバラの花の透かしを乗せた あるいはまつげを元にデザインを起こしたと思われる遊び心溢るるフレームが 怒涛の勢いで、正面を向き 斜めにポーズを決め あっしをキラと見上げ ツンとすまして見下ろしてやす!
瞬間、あっしは、明るい店内の照明よりも遥かにワット数の高い まばゆい光に包まれやした。
そして同時に、店の天井より果てなく高い場所から、うわんうわんとエコーのかかった低く艶のある声を聴きやした。
「ぼんぼちさん! お待ちしておりました!!」
声を聴き終えるや、あっしは お店のかたにカードをいただき、その日は 恵比寿への軌道修正に向かいやした。
------カードには「J.F.REY」と記されておりやした。
あっしはそれ迄、一つだけ眼鏡を持っておりやした。
一年半くらい前に 渋谷と原宿の中間あたりの店の一角で、生まれて初めて納得できるデザインのフレームに出逢っていたのでやす。
フロントの色は赤銅色で ツルはシルバー、フロント上辺にワクは無く、フロントとツルをつなぐ部分に飾りネジの付いた プロデザイン・デンマークというとこのでやす。
無論、眼鏡がいよいよ必要!という時期と 納得できるデザインとの出逢いが一致するような奇跡などあるわけありやせん。
「見えないなぁ」と、家では大型ルーペ 外では携帯ルーペを片手に、約二年間の間 パソコンやケータイや書物と格闘しておりやした。
気に入らないデザインを妥協してかけて物理的に視えたところで、結果 得るのは、それと比較にならないくらいの多大な精神的ストレスだからでやす。
-----因みに、あっしんちの冷蔵庫の冷凍室はとうに壊れてやすが、ペパーミントグリーンの本体色と そこにあっしが貼り付けたポストカードのコラージュが気に入っているので 買い替えようとはみぢんも考えておりやせん。
一つめの眼鏡は今 でやすか?
勿論、度、合ってやすよ。 壊れても傷ついてもいやせんよ。
次の週-----
J.F.REY店内で、あっしは、それはもう 次から次から次から次へと あっしの中で候補のフレームを試しまくりやした。
三十代と思われる男性オーナー店長さんは、気さくな笑顔で「このタイプは こういったお色もございますよ」と、色違いを 奥から出してきてくださったりしやした。
フロント部分のフォルムは長方形に近い横長であること、目尻側にアクセントがあること、色は暖色系の中間色であること、一つめのが金属である質感を前面に出した削ぎ落とすことで構築されたデザインなので その対極の意匠であること、1950年代ファッションにも合うこと。
これらの条件に当てはまるものの中から かけて似合う一品を選ぼうというわけでやすが、あっしは くらくらとめまいがしやした。
決して、並べられている商品にキッツイ度が入っていたんじゃあありやせん。
喜びに くらくらしたのでやす!
欲しいものがない中で仕方なく選ばざるを得なくて迷っているのではなく、どれもいいと思えて迷うなんて!!
人生に、こんな奇跡が舞い降りるなんて!!!
-----と、華奢なつくりの 目尻の部分に細かな曲線の配された スウィートチョコレート色のフレームをあてがった瞬間・・・・
あっしは、前回を遥かに超えるまばゆい光に包まれ、再び天空からの声を受けやした。
「ぼんぼちさん、お似合いですよ!」
あっしが選んだフレームは、そのまま店名にもなっている 社長でグラスデザイナーでもある J.F.REYさんの同工房にて仕事をされている夫人によるデザインシリーズ・BОZのものだと、笑顔のオーナー店長さんにより 知りやした。
この代官山のお店は、仏・J.F.REYの直営店だということも教えていただきやした。
視力を測っていただくと-----
約一年半の間で ほんの少ぅしだけ進んでやした。
また次の週-----
あっしのためのレンズをキラリと光らせた奇跡の一品を受け取り、早速かけ、オーナー店長さんに見送られ、店を後にしやした。
「迷ふ」という語の魅力を初めて知ったあっしは、スウィートチョコレート色の華奢なツルに指を沿え、あえて 未だ歩いたことのない路を選んで ぽこぽこと 渋谷駅のほうへと向かいやした。


あっし・ぼんぼち、先日、渋谷から恵比寿へと線路沿いにぽこぽこ歩いていたつもりが、いつしか、左手に始終行き交う若草色のラインの電車を見失ってしまってやした。
------現在地は・・・と・・・・代官山・八幡通りぃぃぃ・・・・???
信号脇には、見たこともない ピカピカのガラス張りの店が 真っ赤なアクセントも小粋に佇立してやす。
迷いついでにウィンドウを覗くと------
初めて目にする 近未来的な直線で形づくられた また アールヌーボーを思い起こさせる曲線の 個性的な眼鏡フレームが 幾つか並んでおりやした。
扉を開けてみやす。
と・・・・あるわあるわ! ツルがくるりと一回転した あるいは折り紙を折ってこさえたような あるいは内側のみが彩度の高い色彩の あるいはバラの花の透かしを乗せた あるいはまつげを元にデザインを起こしたと思われる遊び心溢るるフレームが 怒涛の勢いで、正面を向き 斜めにポーズを決め あっしをキラと見上げ ツンとすまして見下ろしてやす!
瞬間、あっしは、明るい店内の照明よりも遥かにワット数の高い まばゆい光に包まれやした。
そして同時に、店の天井より果てなく高い場所から、うわんうわんとエコーのかかった低く艶のある声を聴きやした。
「ぼんぼちさん! お待ちしておりました!!」
声を聴き終えるや、あっしは お店のかたにカードをいただき、その日は 恵比寿への軌道修正に向かいやした。
------カードには「J.F.REY」と記されておりやした。
あっしはそれ迄、一つだけ眼鏡を持っておりやした。
一年半くらい前に 渋谷と原宿の中間あたりの店の一角で、生まれて初めて納得できるデザインのフレームに出逢っていたのでやす。
フロントの色は赤銅色で ツルはシルバー、フロント上辺にワクは無く、フロントとツルをつなぐ部分に飾りネジの付いた プロデザイン・デンマークというとこのでやす。
無論、眼鏡がいよいよ必要!という時期と 納得できるデザインとの出逢いが一致するような奇跡などあるわけありやせん。
「見えないなぁ」と、家では大型ルーペ 外では携帯ルーペを片手に、約二年間の間 パソコンやケータイや書物と格闘しておりやした。
気に入らないデザインを妥協してかけて物理的に視えたところで、結果 得るのは、それと比較にならないくらいの多大な精神的ストレスだからでやす。
-----因みに、あっしんちの冷蔵庫の冷凍室はとうに壊れてやすが、ペパーミントグリーンの本体色と そこにあっしが貼り付けたポストカードのコラージュが気に入っているので 買い替えようとはみぢんも考えておりやせん。
一つめの眼鏡は今 でやすか?
勿論、度、合ってやすよ。 壊れても傷ついてもいやせんよ。
次の週-----
J.F.REY店内で、あっしは、それはもう 次から次から次から次へと あっしの中で候補のフレームを試しまくりやした。
三十代と思われる男性オーナー店長さんは、気さくな笑顔で「このタイプは こういったお色もございますよ」と、色違いを 奥から出してきてくださったりしやした。
フロント部分のフォルムは長方形に近い横長であること、目尻側にアクセントがあること、色は暖色系の中間色であること、一つめのが金属である質感を前面に出した削ぎ落とすことで構築されたデザインなので その対極の意匠であること、1950年代ファッションにも合うこと。
これらの条件に当てはまるものの中から かけて似合う一品を選ぼうというわけでやすが、あっしは くらくらとめまいがしやした。
決して、並べられている商品にキッツイ度が入っていたんじゃあありやせん。
喜びに くらくらしたのでやす!
欲しいものがない中で仕方なく選ばざるを得なくて迷っているのではなく、どれもいいと思えて迷うなんて!!
人生に、こんな奇跡が舞い降りるなんて!!!
-----と、華奢なつくりの 目尻の部分に細かな曲線の配された スウィートチョコレート色のフレームをあてがった瞬間・・・・
あっしは、前回を遥かに超えるまばゆい光に包まれ、再び天空からの声を受けやした。
「ぼんぼちさん、お似合いですよ!」
あっしが選んだフレームは、そのまま店名にもなっている 社長でグラスデザイナーでもある J.F.REYさんの同工房にて仕事をされている夫人によるデザインシリーズ・BОZのものだと、笑顔のオーナー店長さんにより 知りやした。
この代官山のお店は、仏・J.F.REYの直営店だということも教えていただきやした。
視力を測っていただくと-----
約一年半の間で ほんの少ぅしだけ進んでやした。
また次の週-----
あっしのためのレンズをキラリと光らせた奇跡の一品を受け取り、早速かけ、オーナー店長さんに見送られ、店を後にしやした。
「迷ふ」という語の魅力を初めて知ったあっしは、スウィートチョコレート色の華奢なツルに指を沿え、あえて 未だ歩いたことのない路を選んで ぽこぽこと 渋谷駅のほうへと向かいやした。
二冊目のブログ本 [ブログ製本]
2009年・秋より このソネットブログを始めた 私・ぼんぼちは、2010年までの記事を 2011年・頭に 一冊の本にしました。
そして、2011年分もまた、今年明けてまもなく製本注文し、今、書籍版「冷たい廊下・弐」を 一冊目の「冷たい廊下」を傍らに 悦に入りつつ 反省を込めつつ ぱらりぱらりと振り返っています。
昨年は、「あっしが○○だったころ」と冠した寓喩短編シリーズ小説に 特に力点をおいた年でした。
当初は、月一ペースで十二話 と考えていたのですが、3月半ばに公開を予定していた「あっしがマッチの炎だったころ」が いささか 地震直後には相応しくないテーマだったので、三月は小説無しの月にし、「マッチの炎」は 4月の「あっしが乾燥ワカメだったころ」の次の 5月に出しました。
そして、十一話 というのもキリが悪いので、どこかで二話公開する月をつくるか もしくは 小説無しの月をもう一つ設けて十話にするか 少々逡巡し、結果 後者を選びました。
十作品中、私なりに一番気に入っているのは、「あっしが乾燥ワカメだったころ」です。
テーマが哲学的である上に提示のしかたが抽象的なので 万人受けはしない と自覚しつつも、私自身は、「小説というものへは こういう姿勢で向かいたい」という思いが強くあります。
------まぁ、所詮は、趣味で享しんでいるにすぎない日曜文士なので、こんな自由が許されるわけですが・・・・
二番目に気に入っているのは、「あっしがモンシロチョウだったころ」です。
これは 極めて自分の実像に近い 内的吐露ともいえる作品なので、主人公には「何故」このような感情が生まれ このような感情にころがったのか、書いていて迷いがありませんでした。
一方、12月に公開した「あっしが隕石だったころ」は、主人公の「何故」が 解ろうにも皆目解らなく、完全に 客観としての観察視点のみで、結果、説得力に欠ける うすっぺらな作品になってしまったと 反省しています。
三番目には「あっしが育毛剤だったころ」です。
根底には ちょっと空恐ろしいテーマを込めた一作ですが、自ら、一人 部屋に笑い声を響かせながら書き進んでしまいました。
-------そこに各当するかたがたには失礼にあたるかも知れませんが、不変的に笑いをとれる材というものはあるものです。
アクセス数の最も多いのは、「あっしがケヤキの木だったころ」です。
ありがちな展開の話かなぁ と 自信なく公開したのですが、幾多のみなさんに閲覧していただき、この作品はこれで良かったのかも知れない と 背中を後押しされた気持ちになれました。
アクセス数という視点から、全ての記事を振り返ってみると------
最も多くのかたがたに見ていただいているのは、一冊目に収められている「タモリ氏の十八番だった寺山修司のモノマネ」です。
次に、これも一冊目の、「山田孝之氏・探し続けていたリアリズム演技」。
以降が、今回 製本した二冊目の中のものとなり------
「きのう・きょう・あしたのジョー」。
次いで、「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)を聴きながら---嗜好に関する自問」 「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)---PV---」です。
この BAWDIESについて書かせていただいた二記事は、今現在も ワード検索やその他のきっかけにより 毎日 少なからずのかたがたからのアクセスがあり、「きのう・きょう・あしたのジョー」を あと幾日もしないうちに追い抜くことは必至です。
そして、地震後まもなくに思いのたけを吐き出させていただいた「心の底が見えるとき」、短歌「フルコース」、それから「あっしがケヤキの木だったころ」と続きます。
これらの、私の記事の中でアクセス数上位になったものは、どれも、公開後何カ月もしてから 様々なきっかけで 多くのかたに訪問していただいた結果です。
つい、公開後二週間ほどの間に 一通り いただいたコメントのお返事を済ませたら、自分の中で「過去のもの」という意識になってしまいがちです。
一年近く前に書いた記事の中には、半ば 内容を忘れかけているものすらあります。
けれど現実には、公開何カ月か後、それからが 公開直後を遥かに上回る数のかたがたが閲覧される可能性が非常に高いわけです。
紙の匂いも新鮮な 書籍版「冷たい廊下・弐」をぱらりぱらりと捲り、私・ぼんぼちの頭には 上のような思いが去来した次第です。
私のような未熟者は 間違った考え・見聞も多々書いてしまうかも知れません。
また ブログは仕事ではないので あえて万人受けする内容を狙って書いてアクセス数を上げようという気もさらさらありません。
けれど、一記事一記事 大切に書いてゆこう------これだけは 強く心に誓っています。
------余談になりますが、一冊目の書籍発行日(ネット上での注文日が発行日として記されるようです)も二冊目も 偶然 1月19日でした。
こうなると、偶然を必然にもってゆきたくなるもので、三冊目の注文日は、やはり1月19日に・・・-----ここだけは狙おう と もくろんでいます。


そして、2011年分もまた、今年明けてまもなく製本注文し、今、書籍版「冷たい廊下・弐」を 一冊目の「冷たい廊下」を傍らに 悦に入りつつ 反省を込めつつ ぱらりぱらりと振り返っています。
昨年は、「あっしが○○だったころ」と冠した寓喩短編シリーズ小説に 特に力点をおいた年でした。
当初は、月一ペースで十二話 と考えていたのですが、3月半ばに公開を予定していた「あっしがマッチの炎だったころ」が いささか 地震直後には相応しくないテーマだったので、三月は小説無しの月にし、「マッチの炎」は 4月の「あっしが乾燥ワカメだったころ」の次の 5月に出しました。
そして、十一話 というのもキリが悪いので、どこかで二話公開する月をつくるか もしくは 小説無しの月をもう一つ設けて十話にするか 少々逡巡し、結果 後者を選びました。
十作品中、私なりに一番気に入っているのは、「あっしが乾燥ワカメだったころ」です。
テーマが哲学的である上に提示のしかたが抽象的なので 万人受けはしない と自覚しつつも、私自身は、「小説というものへは こういう姿勢で向かいたい」という思いが強くあります。
------まぁ、所詮は、趣味で享しんでいるにすぎない日曜文士なので、こんな自由が許されるわけですが・・・・
二番目に気に入っているのは、「あっしがモンシロチョウだったころ」です。
これは 極めて自分の実像に近い 内的吐露ともいえる作品なので、主人公には「何故」このような感情が生まれ このような感情にころがったのか、書いていて迷いがありませんでした。
一方、12月に公開した「あっしが隕石だったころ」は、主人公の「何故」が 解ろうにも皆目解らなく、完全に 客観としての観察視点のみで、結果、説得力に欠ける うすっぺらな作品になってしまったと 反省しています。
三番目には「あっしが育毛剤だったころ」です。
根底には ちょっと空恐ろしいテーマを込めた一作ですが、自ら、一人 部屋に笑い声を響かせながら書き進んでしまいました。
-------そこに各当するかたがたには失礼にあたるかも知れませんが、不変的に笑いをとれる材というものはあるものです。
アクセス数の最も多いのは、「あっしがケヤキの木だったころ」です。
ありがちな展開の話かなぁ と 自信なく公開したのですが、幾多のみなさんに閲覧していただき、この作品はこれで良かったのかも知れない と 背中を後押しされた気持ちになれました。
アクセス数という視点から、全ての記事を振り返ってみると------
最も多くのかたがたに見ていただいているのは、一冊目に収められている「タモリ氏の十八番だった寺山修司のモノマネ」です。
次に、これも一冊目の、「山田孝之氏・探し続けていたリアリズム演技」。
以降が、今回 製本した二冊目の中のものとなり------
「きのう・きょう・あしたのジョー」。
次いで、「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)を聴きながら---嗜好に関する自問」 「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)---PV---」です。
この BAWDIESについて書かせていただいた二記事は、今現在も ワード検索やその他のきっかけにより 毎日 少なからずのかたがたからのアクセスがあり、「きのう・きょう・あしたのジョー」を あと幾日もしないうちに追い抜くことは必至です。
そして、地震後まもなくに思いのたけを吐き出させていただいた「心の底が見えるとき」、短歌「フルコース」、それから「あっしがケヤキの木だったころ」と続きます。
これらの、私の記事の中でアクセス数上位になったものは、どれも、公開後何カ月もしてから 様々なきっかけで 多くのかたに訪問していただいた結果です。
つい、公開後二週間ほどの間に 一通り いただいたコメントのお返事を済ませたら、自分の中で「過去のもの」という意識になってしまいがちです。
一年近く前に書いた記事の中には、半ば 内容を忘れかけているものすらあります。
けれど現実には、公開何カ月か後、それからが 公開直後を遥かに上回る数のかたがたが閲覧される可能性が非常に高いわけです。
紙の匂いも新鮮な 書籍版「冷たい廊下・弐」をぱらりぱらりと捲り、私・ぼんぼちの頭には 上のような思いが去来した次第です。
私のような未熟者は 間違った考え・見聞も多々書いてしまうかも知れません。
また ブログは仕事ではないので あえて万人受けする内容を狙って書いてアクセス数を上げようという気もさらさらありません。
けれど、一記事一記事 大切に書いてゆこう------これだけは 強く心に誓っています。
------余談になりますが、一冊目の書籍発行日(ネット上での注文日が発行日として記されるようです)も二冊目も 偶然 1月19日でした。
こうなると、偶然を必然にもってゆきたくなるもので、三冊目の注文日は、やはり1月19日に・・・-----ここだけは狙おう と もくろんでいます。
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あっしが雫だったころ [小説]
あっしは、ただ ひたすらに 落下してやした。
この地球(ほし)の重力に逆らうことなく、------いえ、逆らおうにも、ここが地球である以上 逆らえるはずもなく------ただただ 落下してやした。
-------これは、あっしが前世で 雫だったころのお話でやす。
夜更けの都市に静かに降る 雨の雫の一粒だったころのお話でやす。
あっしは、いつ どんな形でもって 雫であることの生を了えるのだろう?
雫である生を こうして 一瞬一瞬ちぢめながら 自問してやした。
誰れも上ることのない 古い小さなビルの屋上の空調の機械の脇に 音もなく砕けるのか、客がつかまらずに彷徨するタクシーのフロントガラスに丸く落ちるや ついとワイパーに拭い去られてしまうのか、アスファルトの引き立ての白線を より白々と光らせ流れるのか・・・・
いずれにしろ、あっしも あっしの他の雫達も、いつかは この 周囲の世界を逆さに膨らまし映す身を 必ず了えるのでやす。
未来永劫 永遠不滅の雫など、ここが重力ある地球であるかぎり ありえないのでやすから。
------夜更けの都市上空に雫として生を受けたことは けっこう幸せだったんじゃないか?
あっしは、少しづつ 生の了りに近づきながら思いやした。
何故なら、眼下に惜しげもなく広がるまばゆい銀河をこの身に映せることは、雫として、理屈抜きに 享しく 心地よく ハッピーだったからでやす。
雫仲間には、「都市の銀河なんてものは 所詮は まがいものなんだよ」と、したり顔で眉をひそめる者もおりやした。
確かに それが本当かも知れやせん。
けど、あっしは、この銀河が何より好きでやした。
この銀河の輝きを満喫し、全身に映し出すことより気持ちのいいことなんて 雫として他にないんじゃないか とすら感じてやした。
あっしがここ以外の世界を知らなかったからかも知れやせん。
きっと そうだからでやしょう。
でも、あっしは、それでかまわないと思いやした。
まがいものの銀河しか知らずに まがいものの銀河を美しいと感じ まがいものの銀河を全身に映して了える一生も、あっし自身が満足なら それでいいじゃないでやすか。
あっしは、一瞬でも永く 都市銀河を映し享しみたいと願ってやす。
そして、紡錘型の身体が崩れる一刹那は、身いっぱいに銀河をキラキラと映し 綺麗なものの上に 酔いとろけ果てたいと祈ってやす。
まだ空高くいるうちに 運悪く ヘリコプターの羽に砕け散るのだけは辛すぎやす。
現に、あっしのすぐ下に、濁音に打ち砕かれ 地上にはまだまだなのに 雫であることを了えた 悲しい仲間の一群が見えやす。
地上まで辿り着けたとしても、最期にこの身に映るのが、玉子のカラや歯型にえぐれたハンバーガーの腐りながら詰まるゴミ袋だったり、安風俗店のピンクと黄色のひび割れた看板だったら、吐き気にもがき苦しみそうでやす。
都市銀河上空に生を受け、きらめきを映し享しめる----ということは、逆を返せば、そんなものの上に生を了える可能性も十二分にありうる ということでやす。
どこに落ちるか、あっし自身には選択権はありやせん。
小粋なカフェの窓に 銀色のエスプレッソマシーンを覗きながら ガラスに儚い草を一すじ描いて果てることができるか・・・と思いきや、無情な風に 道の向かい側の浮浪者の集め積んだ古週刊誌の山に飛ばされ どろりと滲んでしまうかも知れず、あるいは また・・・・
あっしは、ぐんぐん落下しながら 自問しやした。
あっしは、いつ どんな形で 雫としての生を了えるのだろう?
自問したところで、落下の距離が長くなるわけでも 綺麗なものの上に落下できるわけでもないのに、それでも 自問せずにはおれやせんでやした。
あっしは、いつ どんな・・・・


この地球(ほし)の重力に逆らうことなく、------いえ、逆らおうにも、ここが地球である以上 逆らえるはずもなく------ただただ 落下してやした。
-------これは、あっしが前世で 雫だったころのお話でやす。
夜更けの都市に静かに降る 雨の雫の一粒だったころのお話でやす。
あっしは、いつ どんな形でもって 雫であることの生を了えるのだろう?
雫である生を こうして 一瞬一瞬ちぢめながら 自問してやした。
誰れも上ることのない 古い小さなビルの屋上の空調の機械の脇に 音もなく砕けるのか、客がつかまらずに彷徨するタクシーのフロントガラスに丸く落ちるや ついとワイパーに拭い去られてしまうのか、アスファルトの引き立ての白線を より白々と光らせ流れるのか・・・・
いずれにしろ、あっしも あっしの他の雫達も、いつかは この 周囲の世界を逆さに膨らまし映す身を 必ず了えるのでやす。
未来永劫 永遠不滅の雫など、ここが重力ある地球であるかぎり ありえないのでやすから。
あっしは、少しづつ 生の了りに近づきながら思いやした。
何故なら、眼下に惜しげもなく広がるまばゆい銀河をこの身に映せることは、雫として、理屈抜きに 享しく 心地よく ハッピーだったからでやす。
雫仲間には、「都市の銀河なんてものは 所詮は まがいものなんだよ」と、したり顔で眉をひそめる者もおりやした。
確かに それが本当かも知れやせん。
けど、あっしは、この銀河が何より好きでやした。
この銀河の輝きを満喫し、全身に映し出すことより気持ちのいいことなんて 雫として他にないんじゃないか とすら感じてやした。
あっしがここ以外の世界を知らなかったからかも知れやせん。
きっと そうだからでやしょう。
でも、あっしは、それでかまわないと思いやした。
まがいものの銀河しか知らずに まがいものの銀河を美しいと感じ まがいものの銀河を全身に映して了える一生も、あっし自身が満足なら それでいいじゃないでやすか。
あっしは、一瞬でも永く 都市銀河を映し享しみたいと願ってやす。
まだ空高くいるうちに 運悪く ヘリコプターの羽に砕け散るのだけは辛すぎやす。
現に、あっしのすぐ下に、濁音に打ち砕かれ 地上にはまだまだなのに 雫であることを了えた 悲しい仲間の一群が見えやす。
地上まで辿り着けたとしても、最期にこの身に映るのが、玉子のカラや歯型にえぐれたハンバーガーの腐りながら詰まるゴミ袋だったり、安風俗店のピンクと黄色のひび割れた看板だったら、吐き気にもがき苦しみそうでやす。
都市銀河上空に生を受け、きらめきを映し享しめる----ということは、逆を返せば、そんなものの上に生を了える可能性も十二分にありうる ということでやす。
どこに落ちるか、あっし自身には選択権はありやせん。
小粋なカフェの窓に 銀色のエスプレッソマシーンを覗きながら ガラスに儚い草を一すじ描いて果てることができるか・・・と思いきや、無情な風に 道の向かい側の浮浪者の集め積んだ古週刊誌の山に飛ばされ どろりと滲んでしまうかも知れず、あるいは また・・・・
あっしは、ぐんぐん落下しながら 自問しやした。
あっしは、いつ どんな形で 雫としての生を了えるのだろう?
自問したところで、落下の距離が長くなるわけでも 綺麗なものの上に落下できるわけでもないのに、それでも 自問せずにはおれやせんでやした。
あっしは、いつ どんな・・・・
紙の王冠 [詩・詞]
夕の雑踏------
紙の王冠を頭に乗せた男がいた
小さな男の子の手を引いていた
-------そうか! 今日は日曜日だったのだ!!
紙の王冠の男は
今夜 座布団の王座に大仰に腕を組み
むむ・・・と おどけて 下唇を突き出してみたりするのだろう
明日の夜も あさっての夜も
むむ・・・と やるのだろう
しかし いつか
王冠は 茶の間の隅に 埃をかぶり
ゲーム機か何かの重みに
へにゃりと たわむのだろう
私の父は
日曜日-----
奴隷の衣裳で 我が家に居た
日曜日だけ奴隷の衣裳をまとったんじゃあない
日曜日だけ 家に居たのだ
だから
私は奴隷以外の父を見たことがなく
むしろ
居た というより 来た というほうが正しかった
私が十八になったとき
奴隷の父は 日曜日も家に来なくなった
何のことはない
もう 奴隷の役を担う義務がなくなったからだった


紙の王冠を頭に乗せた男がいた
小さな男の子の手を引いていた
-------そうか! 今日は日曜日だったのだ!!
紙の王冠の男は
今夜 座布団の王座に大仰に腕を組み
むむ・・・と おどけて 下唇を突き出してみたりするのだろう
明日の夜も あさっての夜も
むむ・・・と やるのだろう
しかし いつか
王冠は 茶の間の隅に 埃をかぶり
ゲーム機か何かの重みに
へにゃりと たわむのだろう
私の父は
日曜日-----
奴隷の衣裳で 我が家に居た
日曜日だけ奴隷の衣裳をまとったんじゃあない
日曜日だけ 家に居たのだ
だから
私は奴隷以外の父を見たことがなく
むしろ
居た というより 来た というほうが正しかった
私が十八になったとき
奴隷の父は 日曜日も家に来なくなった
何のことはない
もう 奴隷の役を担う義務がなくなったからだった