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涙のサンドウィッチ [喫茶店・レストラン・カフェ]
未だ私が幼なかった 昭和四十年代-------
街の喫茶店のサンドウィッチには、よく バターやマヨネーズだけでなく 和辛子が塗られていた。
具はたいてい、キュウリとトマトの野菜サンドと ロースハムのハムサンドと 玉子サンド-----これは、店によって 硬茹で玉子をみじん切りにしたのをマヨネーズで和えたのと 薄焼き玉子が挟んであるのとがあった-----、それと 以上の三種が二切れづつくらい盛り込まれたミックスサンド。
どのサンドも 何のてらいもない白い皿に三角にい並び パセリを従えていた。
一見 優しく穏やかな色彩の三角は、幼い子供にはツーーーンと涙が出るくらい 和辛子が効かせてあり、しかし それこそが、ただ穏やかに終わろうとするパンと具の手綱をぐぐっとまとめ引き、白いハイソックスの私は、喫茶店のサンドウィッチが フルーツパフェやプリンアラモードと同じくらい お気に入りだった。
丁寧に作る店では、バターの次に和辛子ではなく、バターを常温に戻し ボウルの中で和辛子と練っていたようだ。
和辛子を使っていた理由は、当時はマスタードが一般的に広く安価に流通していなかったので その代用としてではなかったか と思う。
現代(いま)も、特に東京の東のほうには、私の身長がみるみる縮んでゆきそうな あの頃の喫茶店が幾つもあり、折りあると サンドウィッチを頼んでみる。
が、ま白い皿も三角山もパセリもあの頃なのに、和辛子は塗られていない。
辛さと懐かしさへの涙はいつでも流せるよう 用意してあるのに・・・・・・


街の喫茶店のサンドウィッチには、よく バターやマヨネーズだけでなく 和辛子が塗られていた。
具はたいてい、キュウリとトマトの野菜サンドと ロースハムのハムサンドと 玉子サンド-----これは、店によって 硬茹で玉子をみじん切りにしたのをマヨネーズで和えたのと 薄焼き玉子が挟んであるのとがあった-----、それと 以上の三種が二切れづつくらい盛り込まれたミックスサンド。
どのサンドも 何のてらいもない白い皿に三角にい並び パセリを従えていた。
一見 優しく穏やかな色彩の三角は、幼い子供にはツーーーンと涙が出るくらい 和辛子が効かせてあり、しかし それこそが、ただ穏やかに終わろうとするパンと具の手綱をぐぐっとまとめ引き、白いハイソックスの私は、喫茶店のサンドウィッチが フルーツパフェやプリンアラモードと同じくらい お気に入りだった。
丁寧に作る店では、バターの次に和辛子ではなく、バターを常温に戻し ボウルの中で和辛子と練っていたようだ。
和辛子を使っていた理由は、当時はマスタードが一般的に広く安価に流通していなかったので その代用としてではなかったか と思う。
現代(いま)も、特に東京の東のほうには、私の身長がみるみる縮んでゆきそうな あの頃の喫茶店が幾つもあり、折りあると サンドウィッチを頼んでみる。
が、ま白い皿も三角山もパセリもあの頃なのに、和辛子は塗られていない。
辛さと懐かしさへの涙はいつでも流せるよう 用意してあるのに・・・・・・
映画「エディット・ピアフ 愛の賛歌」 [感想文]
幾多ある映画ジャンルの中に、「劇映画」があります。
シナリオに基づき ストーリー仕立てで展開をみせる おなじみのジャンルです。
この 劇映画には、完全な虚構としての物語と 事実を基に立ちあげた作品があり、後者の中には 「伝記映画」と呼ばれるものが含まれます。
無論 ドキュメンタリーではないので、作品としての完成度を高めるために 多かれ少なかれ 脚色が加えられています。
どのような思想・視点に立って描くかでも、主人公像は変わってきますし、又、オマージュ色強い作品は その人物の良くない部分は極力抑えて描かれます。
が、私達が伝記映画を鑑賞する場合、人となりや時代背景 成し遂げた仕事など、書物の「伝記モノ」と同様に 遺されている資料から はなはだかけ離れて創られてはいない と認識して 間違いはないと思います。
私は最近、ふとしたきっかけでシャンソンに興味を持ち、シャンソンの世界を 僅かながらでも どんな形ででもいいから知りたい と考えていました。
と、偶然 発見したのが この映画です。
「エディット・ピアフ 愛の賛歌」(原題・La Môme 英題・La Vie En Rose)
監督・オリヴィエ・ダアン
脚本・イザベル・ソベルマン
主演・マリオン・コティヤール
言わずと知れた 世界で最も著名なシャンソン歌手 エディット・ピアフの一生を描いた伝記映画です。
私は それまで、エディット・ピアフについては、代表曲の幾つかを聴き 不運な生涯を送ったらしい というくらいの認識で、鑑賞を前にした時点では、具体的に どのように不運だったのか解ればいい くらいの気持ちでした。
が-----------
本編が始まり ややもするや、私は 身じろぎ一つできなくなり ラストまで 呼吸(いき)もつかずに画面に吸引され続けました。
映画作品としての出来が、あまりにも見事だったからです。
先ず、とにかく 脚本が心憎い。
大スターとして不動の位置に立つピアフが倒れるところからと、幼少時 娼家に預けられ成長してゆくピアフと、二つの時空が交互に進行し、対比や呼応により 彼女の人生が哀しく鮮やかに浮き彫られます。
本国・仏国民の殆どは-------さしずめ 私達日本人が 美空ひばりのそれを知るように--------本作を観る前から すでに ピアフの一生・人となりは知っているので、単に 生涯の説明に終始しては それらの観客を飽きさせずにラストまで惹き込み続けることはできない訳です。
中でも 殊に私が 舌を巻かずにおれなかったのは、以下の場面です。
人気絶頂期、プロボクサーのマルセルと恋に落ちたピアフは、ある 旅から帰るマルセルを心待ちにする日--------
飛行機の墜落により 彼との永久の別離をつきつけられます。
そして、その後も ピアフは歌手人生を歩み続けます。
この展開を、脚本は ワンシーンで表現しているのです。
帰りを待ちこがれつつ 自室で眠りにつくピアフ
目覚めると、マルセルが そこに微笑んでいる
喜び飛び起き、用意していたプレゼントの時計を 別室に取りにゆくピアフ
時計は見つからない
そこには、ピアフと仕事をともにする仲間達が うち沈んでいる
「時計はどこ?」 叫ぶピアフ
マルセルの死を知らせる仲間
ピアフ、半狂乱になりつつ廊下へ
廊下は、いつかステージ袖になっている
歩きつくと、ライトまばゆいステージ
大スターとして歌うピアフ
このワンシーン表現により、ピアフの 甘い幻想と 突如つきつけられた惨過ぎる現実、それでも、歌手として舞台に立たなければならない厳しさ、同時に、その歌こそが 唯一 彼女を救済もしている・・・・・
という ピアフの内なる嵐が、観る者の胸に 狙い外さぬ数多の矢の如く突き刺さります。
私は何度観ても、このシーンには涙が溢れてしまいます。
こうして見事な脚本は、私達に 感動の大波となり押し寄せる訳ですが、それが ピアフ役のマリオン・コティヤールさんの演技の力量あってこそなのは、観る者誰れもが深く頷くところだと思います。
現代の 歌のみならず しゃべりや動きが映像として遺されている人物を演じるのは、言うまでもなく 非常に不自由が生じるものです。
演者独自に膨らませすぎると、観客には「一人よがりの裏切り」と映り、逆に、当人の再現に心を砕きすぎると「単なるモノマネ」と 鼻であしらわれてしまいます。
が、コティヤールさんのピアフは-------本物のピアフの映像と照らし合わせてみましたが--------なるほど、本国仏国でも高く評価されるに値する 的の中心を射たものだ と 大きく納得しました。
それと、演技の方向性により 舞台も数多く踏まれているかたなのかな とも思いました。
又、ピアフ本人の歌が、話の展開・場面に相応しい箇所箇所で流れるのも、この映画には必然とも言える 語り落とせない点です。
私はこうして、ちょっとしたシャンソンへの興味をきっかけに、エディット・ピアフの人生を知ることが出来た-------のみならず、芸術のもたらす感動の嵐に身を置くことができ、その尾は 静かに長く我が内に遺り続けています。
書物による伝記モノも 勿論 有意義ですが、映画ならではの表現方法による伝記映画、この素晴らしさを痛烈に実感した一作です。


シナリオに基づき ストーリー仕立てで展開をみせる おなじみのジャンルです。
この 劇映画には、完全な虚構としての物語と 事実を基に立ちあげた作品があり、後者の中には 「伝記映画」と呼ばれるものが含まれます。
無論 ドキュメンタリーではないので、作品としての完成度を高めるために 多かれ少なかれ 脚色が加えられています。
どのような思想・視点に立って描くかでも、主人公像は変わってきますし、又、オマージュ色強い作品は その人物の良くない部分は極力抑えて描かれます。
が、私達が伝記映画を鑑賞する場合、人となりや時代背景 成し遂げた仕事など、書物の「伝記モノ」と同様に 遺されている資料から はなはだかけ離れて創られてはいない と認識して 間違いはないと思います。
私は最近、ふとしたきっかけでシャンソンに興味を持ち、シャンソンの世界を 僅かながらでも どんな形ででもいいから知りたい と考えていました。
と、偶然 発見したのが この映画です。
「エディット・ピアフ 愛の賛歌」(原題・La Môme 英題・La Vie En Rose)
監督・オリヴィエ・ダアン
脚本・イザベル・ソベルマン
主演・マリオン・コティヤール
言わずと知れた 世界で最も著名なシャンソン歌手 エディット・ピアフの一生を描いた伝記映画です。
私は それまで、エディット・ピアフについては、代表曲の幾つかを聴き 不運な生涯を送ったらしい というくらいの認識で、鑑賞を前にした時点では、具体的に どのように不運だったのか解ればいい くらいの気持ちでした。
が-----------
本編が始まり ややもするや、私は 身じろぎ一つできなくなり ラストまで 呼吸(いき)もつかずに画面に吸引され続けました。
映画作品としての出来が、あまりにも見事だったからです。
先ず、とにかく 脚本が心憎い。
大スターとして不動の位置に立つピアフが倒れるところからと、幼少時 娼家に預けられ成長してゆくピアフと、二つの時空が交互に進行し、対比や呼応により 彼女の人生が哀しく鮮やかに浮き彫られます。
本国・仏国民の殆どは-------さしずめ 私達日本人が 美空ひばりのそれを知るように--------本作を観る前から すでに ピアフの一生・人となりは知っているので、単に 生涯の説明に終始しては それらの観客を飽きさせずにラストまで惹き込み続けることはできない訳です。
中でも 殊に私が 舌を巻かずにおれなかったのは、以下の場面です。
人気絶頂期、プロボクサーのマルセルと恋に落ちたピアフは、ある 旅から帰るマルセルを心待ちにする日--------
飛行機の墜落により 彼との永久の別離をつきつけられます。
そして、その後も ピアフは歌手人生を歩み続けます。
この展開を、脚本は ワンシーンで表現しているのです。
帰りを待ちこがれつつ 自室で眠りにつくピアフ
目覚めると、マルセルが そこに微笑んでいる
喜び飛び起き、用意していたプレゼントの時計を 別室に取りにゆくピアフ
時計は見つからない
そこには、ピアフと仕事をともにする仲間達が うち沈んでいる
「時計はどこ?」 叫ぶピアフ
マルセルの死を知らせる仲間
ピアフ、半狂乱になりつつ廊下へ
廊下は、いつかステージ袖になっている
歩きつくと、ライトまばゆいステージ
大スターとして歌うピアフ
このワンシーン表現により、ピアフの 甘い幻想と 突如つきつけられた惨過ぎる現実、それでも、歌手として舞台に立たなければならない厳しさ、同時に、その歌こそが 唯一 彼女を救済もしている・・・・・
という ピアフの内なる嵐が、観る者の胸に 狙い外さぬ数多の矢の如く突き刺さります。
私は何度観ても、このシーンには涙が溢れてしまいます。
こうして見事な脚本は、私達に 感動の大波となり押し寄せる訳ですが、それが ピアフ役のマリオン・コティヤールさんの演技の力量あってこそなのは、観る者誰れもが深く頷くところだと思います。
現代の 歌のみならず しゃべりや動きが映像として遺されている人物を演じるのは、言うまでもなく 非常に不自由が生じるものです。
演者独自に膨らませすぎると、観客には「一人よがりの裏切り」と映り、逆に、当人の再現に心を砕きすぎると「単なるモノマネ」と 鼻であしらわれてしまいます。
が、コティヤールさんのピアフは-------本物のピアフの映像と照らし合わせてみましたが--------なるほど、本国仏国でも高く評価されるに値する 的の中心を射たものだ と 大きく納得しました。
それと、演技の方向性により 舞台も数多く踏まれているかたなのかな とも思いました。
又、ピアフ本人の歌が、話の展開・場面に相応しい箇所箇所で流れるのも、この映画には必然とも言える 語り落とせない点です。
私はこうして、ちょっとしたシャンソンへの興味をきっかけに、エディット・ピアフの人生を知ることが出来た-------のみならず、芸術のもたらす感動の嵐に身を置くことができ、その尾は 静かに長く我が内に遺り続けています。
書物による伝記モノも 勿論 有意義ですが、映画ならではの表現方法による伝記映画、この素晴らしさを痛烈に実感した一作です。
鞄には川端康成 [独り言]
井の頭線で渋谷へ。
住宅 区民農園 商店街 冬枯れの木立ち レンガ造りのキャンパスを過ぎる。
ゴーーーーーーーーーーーッと闇に。
トンネルである。
東京にも トンネルはある。
トンネルを抜けると、そこは渋谷である。
抜けたとて、悲しい美しさをたたえた儚げな少女には、むろん 出逢えはしない。


住宅 区民農園 商店街 冬枯れの木立ち レンガ造りのキャンパスを過ぎる。
ゴーーーーーーーーーーーッと闇に。
トンネルである。
東京にも トンネルはある。
トンネルを抜けると、そこは渋谷である。
抜けたとて、悲しい美しさをたたえた儚げな少女には、むろん 出逢えはしない。
タグ:井の頭線
彩色写真 [独り言]
中学生のころ、彩色写真のポストカードを集めるのに 夢中になっていた。
彩色写真(着色写真とも)------
未だカラー写真の誕生する以前の時代に、白黒のそれに絵の具を染付けた写真である。
背景から指輪やネックレス一つ一つにまで 神経をはりめぐらし 一筆一筆 輪郭きっちりに塗り分けられたものもあれば、服と傘だけ というような 面積の広い主要部分だけが塗られたものもある。
又、ポンポンと 派手目な華やいだ色彩のついているものもあれば、仄かに淡い中間色が セピアの濃淡の地に 実に自然に融け込んでいるものもある。
いずれも、現代の物の美しさとは別次元の 小さな異界の完結美である。
たいていは、切手が貼られ スタンプも押された使用済みで、アンティークショップのねじりん棒のテーブルの上のガラス皿などに置かれて 売られていた。

すでに古い物が震えるほど好きだった私は、中学生のこずかいでも容易に手に入る この彩色写真のポストカードを、原宿のアンティークショップに 毎週のように求め通った。
日本の 風景や芸者のもあったが、私が好んで収集したのは、アメリカやヨーロッパの ふんわりとしたドレスに身を包み日傘をさした 美女達だった。
私は、エアレーション装置のない水槽の金魚が水面に口を出して生命を保つように、鮮やかに 淡く 全体に 部分に彩色された掌の異界美を、日々、わずかな時の隙間を見つけては 秘かに眺めいった。
同級生達には、この趣味は話さなかったと思う。
キディランドでアメリカンコミックスのグッズに歓声を上げる友らに、私の嗜好など 理解不可能だと判断していたからだ。
一寸だけ大人の家庭教師には、自慢気に見せてみたことがある。
が、瞬時に目を丸くされた。
「これ、どうするの? 使用済みの葉書は もう使えないんだよ」
年を重ね、少しづつではあるが、気に入った物が あれこれと買えるようになり、物理的な自室の中でも 精神の部屋の中でも、私の彩色写真のポストカードは、片隅に寄せられ 埋もれ、ともすると 忘れてしまったりしていた。
と-------。
最近、古本屋で「昭和幻燈館」という 久世光彦氏のエッセイ集を発見した。
表紙が 西洋の美女と白馬との彩色写真である。
中に、「彩色写真・1900年のポストカード」という一編もあり、久世氏は 彩色写真のあの独特の魅力に 想いを馳せていた。
そういえば、私の彩色写真がかなり分厚く貯まった頃------。
生まれて初めて 自分の嗜好に合うテレビドラマと出逢った。
他でもない、久世作品だった。


彩色写真(着色写真とも)------
未だカラー写真の誕生する以前の時代に、白黒のそれに絵の具を染付けた写真である。
背景から指輪やネックレス一つ一つにまで 神経をはりめぐらし 一筆一筆 輪郭きっちりに塗り分けられたものもあれば、服と傘だけ というような 面積の広い主要部分だけが塗られたものもある。
又、ポンポンと 派手目な華やいだ色彩のついているものもあれば、仄かに淡い中間色が セピアの濃淡の地に 実に自然に融け込んでいるものもある。
いずれも、現代の物の美しさとは別次元の 小さな異界の完結美である。
たいていは、切手が貼られ スタンプも押された使用済みで、アンティークショップのねじりん棒のテーブルの上のガラス皿などに置かれて 売られていた。
すでに古い物が震えるほど好きだった私は、中学生のこずかいでも容易に手に入る この彩色写真のポストカードを、原宿のアンティークショップに 毎週のように求め通った。
日本の 風景や芸者のもあったが、私が好んで収集したのは、アメリカやヨーロッパの ふんわりとしたドレスに身を包み日傘をさした 美女達だった。
私は、エアレーション装置のない水槽の金魚が水面に口を出して生命を保つように、鮮やかに 淡く 全体に 部分に彩色された掌の異界美を、日々、わずかな時の隙間を見つけては 秘かに眺めいった。
キディランドでアメリカンコミックスのグッズに歓声を上げる友らに、私の嗜好など 理解不可能だと判断していたからだ。
一寸だけ大人の家庭教師には、自慢気に見せてみたことがある。
が、瞬時に目を丸くされた。
「これ、どうするの? 使用済みの葉書は もう使えないんだよ」
年を重ね、少しづつではあるが、気に入った物が あれこれと買えるようになり、物理的な自室の中でも 精神の部屋の中でも、私の彩色写真のポストカードは、片隅に寄せられ 埋もれ、ともすると 忘れてしまったりしていた。
と-------。
最近、古本屋で「昭和幻燈館」という 久世光彦氏のエッセイ集を発見した。
表紙が 西洋の美女と白馬との彩色写真である。
中に、「彩色写真・1900年のポストカード」という一編もあり、久世氏は 彩色写真のあの独特の魅力に 想いを馳せていた。
そういえば、私の彩色写真がかなり分厚く貯まった頃------。
生まれて初めて 自分の嗜好に合うテレビドラマと出逢った。
他でもない、久世作品だった。
タグ:着色写真
痛くはなくとも [独り言]
常日頃から 髪は自分で切っているので、先日も ハサミを右手に鏡に向かった。
半ばほど切りすすんだところで、ふと 左手を見ると、人差し指の腹が赤くなっている。
ハサミの先っちょで、髪の毛と一緒に チョンとやってしまったのだ。
舐め拭うと、五ミリほど切れていた。
痛くはない。
左人差し指先っちょに全神経を集中させてみても、まるでもって寸分たりとも 痛くない。
------何のことはない。 酔っていたからだ。
友人にも、馴染みの店から 自転車での帰路、手の甲一面をブロック塀に擦り 血まみれになっていたのを 翌日目覚めて初めて気がついた とか、炬燵で飲んでいて 太腿を低温やけどし、皮膚移植のため 入院するハメになったのがいる。
私も 丙丁つけがたい酔っ払いである。
いつか、酔っ払い運転で 車窓から出していた片腕が 何かに挟まり千切れ去っても 自覚なく そのまま帰って寝ていた男の話というのを読んだことがあるが、さすがにここまでくると信じがたいものもあるのだけれど、現実的に、酔いの度合いによっては そこまで麻痺するものなのだろうか?
私は そもそも免許すら持っていないので、飲酒運転などはおよそ他人事だが、身体の一部を失って帰る可能性は ゼロとは言い切れない。
やはり、一番失いたくないのは頭部である。
頭がなくなったら、もう 自分で髪を切ることもできなくなってしまう。